19.婚約破棄の顛末は
そして、冒頭に戻る。
学園から、ある程度の距離まで離れた馬車は、緩やかにスピードを落とした。
人通りの少ない場所まで行くと、御者は馬車を止める。
キョロキョロと人目がない事を確認すると、御者は馬車の扉を静かに開けて、スッと中へ入った。
「ジゼル、お疲れ様!」
御者の格好をしたジゼルに声をかけると、芝居がかった仕草でお辞儀し帽子を取った。帽子の中に隠れていた、長い茶色の髪がパサリと落ちる。
「私は、大丈夫です。それより、お嬢様こそお辛かったのではないですか?」
「いいえ、全く」と、キッパリ言うと、思わず二人で吹き出してしまう。
やっと、正式に婚約解消できたのだから、気分は晴れやかだ。
「これから先は、森を突っ切り山へ向かう。徐々に道も険しくなるから、ジゼルは中でゆっくりするといい」
立ち上がったロランは、馬車を降りる。
「ありがとうございます、ロラン様」と、馬車の操縦をロランと交代し、ジゼルは私の正面に座る。
「本当、ジゼルって何でも出来るんだねっ。男装もかっこいい!」
馬車の中に用意されていたお菓子を頬張りながら、キーランは楽しそうに言った。
「元々、お転婆でしたし。騎士の一族ですから、特に馬の扱いは得意です。それに、私はスカートよりズボンの方が動きやすくて合っているみたいです」
キーランの言葉に、ジゼルは照れながらそう答えた。
「……私も動きやすい服に着替えたいわ」
このドレス姿じゃ、賊に襲われたら戦いにくい。
でも、ノアはこのままドレスを着ているように言ったのだ。
何か意味があるのかしら?
これから向かう先は、私たち以外には絶対に知られてはいけない。だから、いつもの御者は呼べなかったのだ。ジゼルの変装は完璧で、学園の門番にも気付かれなかった。
別行動のノアは、今夜にも合流を予定している。本当ならキーランも、そっちだったのだが。多分、後で叱られるだろう。
「今頃、会場は騒然としているでしょうね……」
私が会場から出された後、ノアにはまだ仕事があった。
ダンスが1曲終わった所で、エルネストは拉致……じゃなくて、王族用控室に連れて行かれた筈。
そこで待ち受けているのは、国王陛下の代理の王太子殿下と、宰相のお父様。勿論、口の堅い信用できる側近だけを連れてね。
そして、今回の出来事がどれ程の愚行だったのかを説明されるのだ。
本当にあの様な婚約破棄を行えば、下手したら廃嫡の上、名誉毀損と懲罰的損害賠償も科せられる。国王陛下の命に反き、宰相の娘の公爵令嬢を罠に嵌めようとしたのだ。アリス共々この国には居られなくなるだろう。
それを理解させた上で、先程の婚約を白紙に戻す為の書類が何だったのか伝える。そう、破棄では無く契約を無かった事にする主旨。ベアトリーチェ・ドルレアン公爵令嬢には非は無く、損失を一切与えないという内容が書かれていたのだ。国王陛下とお父様のサイン付きで。
きっと、あの偉そうな王子は真っ青になっているだろう。
「でも、あの馬鹿王子もノアの提案に乗るしかないよね〜。それは、ちょっとだけ見たかったかもっ」
キーランは、無邪気に笑う。
エルネストとアリスが、その状況を回避する方法は……あの態とらしい断罪イベントを、本当のサプライズイベントだったと生徒達へ伝える事だ。
そう、この創立を祝う学園祭の楽しいイベントとして、生徒達へのドッキリだったと。最近流行りの舞台劇を模したってね。
その為に、国王陛下から借りた魔道具に、私からのメッセージ付き画像を入れて放映する。あのドレスお披露目会の時、今日と同じ格好で録画しておいた。
聖女であるアリスと、エルネスト王子への祝福の言葉もバッチリおさめてある。
学園祭は生徒の為のお祭りだ。
なんせ、王立として初めて建てられた学園、創立100周年の記念の年。正式な式典は後日、学園ではなく宮殿で行われる。
国王陛下も、エルネストには自覚を持たせる良い機会だと、納得してくれたそうだ。
最後に来賓として、宰相と卒業生でもある王太子が祝辞を述べ、国王陛下のメッセージを流す。生徒達も喜んでくれるだろう。全て、ノアとお父様の計画だ。
流石です!
「ですが、お嬢様。公爵様に修道院に入りたいと仰るなんて、意味があったのですか?」
入るつもりは毛頭ない。
「ああ、あれは表向きの嘘よ。エルネストと聖女が結ばれ、この国の未来の為に泣く泣く身を引いた……ってね。ふふ、お父様も知ってらっしゃるわ」
私が旅する二週間の間に、色々と事後処理も済ませてくれるそうだ。
「何というか、公爵様とノア様は何処と無く通じるものがありますね……」
うん、完全に策士よね。
大物の側近は、聡明で冷徹……策略家じゃないと務まらないのかもしれない。
◇◇◇◇◇
どんどんと深い森を進むと、まだ夜ではないのに辺りは薄暗くなった。
そして、馬車の揺れでお尻が痛くなった頃。
「そろそろ、いい感じの場所があるんだよ」と、キーランが教えてくれた。
その場所に着いたのか、ロランは馬車を止め扉を開けた。
「此処で、一旦休憩しよう」
ロランに手を貸してもらい馬車から降りると、そこは木漏れ日の降り注ぐ美しい場所だった。




