2.始まりは突然だった
――ふわっ。
まるで空を飛んでいるようだった。
桜吹雪……舞い散る桜の花弁が、なんて綺麗なのだろう。
いつもの、歩道橋の一番上から落ちていく瞬間……私はそれに見蕩れた。
◇◇◇◇◇
今日は、中学の卒業式。
卒業証書と後輩に貰った可愛い小さな花束を手に、浮かれる気持ちを悟られないよう表情を引き締めた。手提げの中には、寄せ書きとお気に入りの小説、それともう履くこともない上履きが入っている。
無事、失敗しないで答辞も読めた。生徒はもちろん、保護者席からもすすり泣きが聞こえたので、成功だったと言える。
一年間、生徒会長をやって引退後の最後の仕事。
親への感謝の言葉もしっかり入れた。これで望月の義母も満足してくれただろうと胸を撫で下ろす。
私は、望月日向。中3の女子。
小学生の頃に家族旅行で事故に合い、両親を亡くした。
父方の伯父に引き取られ、このド田舎とも呼べる地に越してきた。
真面目で堅物の伯父と、明るく優しい伯母。それと、伯母の連れ子の一つ上の男の子。そこに、私が加わった。
伯父は、責任感が強い人だ。
だから、義理の息子と同じように、姪である私を養女にして育ててくれた。
私は、両親を亡くした可哀想な子から、優しい家族に引き取られた恵まれた子……そう、世間は認識したのだろう。
――最初は、私だってそう思った。
おかしいな? と、思い始めたのはいつ頃だっただろうか。
備え付けの食洗機が調子が悪く、買い足された食器乾燥機。いつものお手伝いで、乾いた食器を棚に片付けようとした時だった。
何故か、いつもより沢山の食器が詰め詰めで入っていた。
しかも、皿と皿の間に、包丁の刃が上に向けられて並んでいたのだ。背の低い私には、見難い位置だったので、危うくスパッと切ってしまうところだった。
きっと……お義母さんは、おっちょこちょいだから包丁を置く場所を間違えたのだ。お義母さんがうっかり怪我をしなくて良かった、そう思った。
それが度々続くようになり、私の靴下や箸が片方だけ無くなるようになった。お義母さんに聞いても、変ねぇ……と、一緒に探してくれたが見つからない。
結局、引っ越しで持ってきたお気に入りの持ち物は、百均の品に変わっていった。別に、百均が悪い訳ではないし、可愛い物も沢山ある。
ただ、無くなった物には思い出があったから……悲しかった。
ある日、短縮授業で早く帰宅した時に見てしまった。鼻歌を歌いながら、空の食器乾燥機に棚から綺麗な食器を沢山並べていた義母を。楽しそうに、包丁も一緒に。
暖かい日だったのに、体がどんどんと冷たくなった。
それからは、全てを注意深く見るようにした。
私の大切な物の片方や、お気に入りは切り刻まれて義母のクローゼットの上の方の段ボールに入っていた。
ボタンのある服を着る時は、服の間に縫い針が刺さっていないか確かめる。
そして気づいた。
義母がそれをする日は、私だけが誰かに褒められた日。特に容姿を。一緒に義母も褒められたら大丈夫。
少しでも、家に居る時間を減らすために通った図書館。沢山の本を読むようになって知った言葉。
義母のそれは、たぶん嫉妬だ。
それに加えて、思春期で部屋から余り出なくなった、義理の兄。妻の浮気を知りながら、見て見ぬ振りをする義父。それでも、外では仲良く振る舞う。
――歪な家族だった。
だから、高校は寮のある学校を選んだ。
一人っ子だった私に、両親は自分達に何かあった時の為にと、ちゃんと保険に入っていてくれた。
だから、義父は私の好きな学校に行きなさいと言った。
もしかしたら、義母が私にしている事も知っていたのかもしれない。
とにかく、誰にも文句を言われないように、勉強も生徒会も頑張った。
それなのに……。
◇◇◇◇◇
卒業式を終え、友人との写真撮影会をして一人きりの帰り道。いつもの通学路の歩道橋。
私を見つけたのか、家の方から義兄が走りながら何か叫んでる。
珍しい事もあるものだ。滅多に部屋から出ないのに。
何か用事があるのだろうと、階段を下りようと一歩踏み出そうとした時だった。
人の気配を感じ、振り向くと……ママ友と先に帰った筈の義母が、ニッコリ笑ってそこに居た。
――あ、これはあの笑顔だ。
そう思った時には、遅かった。
階段へ勢いよく押し出された私の体は、宙に浮いた。恐怖でギュッと目を瞑る。
私は甘かったのだ。
小さな嫌がらせは、次第にエスカレートして歯止めがきかなくなる。人の心は歪み過ぎると……壊れると知らなかった。
ほんの数秒の出来事が、とてつも無く長く感じる。
これで……。
意味は違うが自由になるのかもしれない。もう、無理しなくていいのだ。気を張って眠る必要もなくなる。
ひょっとしたら、両親に会えるかもしれない。
会えたら、よく頑張ったと褒めてくれるだろか?
抱きしめてくれるだろうか?
また一緒に居られると、喜んでくれるだろうか?
そうだ……喜んでくれ……る?
……んなわけ、あるかあぁぁぁぁっ!!!
私が死んだら、悲しむに決まってるじゃないか!
今まで、必死に耐えてきたんだっ。死んでたまるかぁっ!
すると、額がとても熱くなり、火傷したみたいに深い痛みが走った。
気が遠くなりそうなのを堪えて、目をグッと開けると……。
『――鍵、見ぃつけたぁ』
可愛い声が頭に響いた。
びゅう――……っと風が吹いて、桜並木の花が揺れ花弁が舞った。
思わず見蕩れた美しい桜吹雪の間をぬうように、大きな何かが降ってきた。
はいぃぃ!?
人は死ぬ時、走馬灯をみると言うが。
私が、薄れていく意識の中で見たのは――肉球だった。
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