17.事件です
――ある日。
アリスが階段から突き落とされた……らしい。
何故、『らしい』なのか。
それは、落ちた瞬間を誰も見ていなかったから。
悲鳴を聞き、すぐさまエルネスト達が駆け付けた。階段下で蹲っているアリスを見つけた時には、周りには誰も居なかったそうだ。
徐々に集まってくる生徒達の中、アリスは「誰かに階段の上から突き落とされた」と言った。
――その上。
「落ちる瞬間に、黒髪の生徒が見えた気がした」とも。
この学園に、黒い髪の生徒は多くない。
となれば、黒髪がトレードマークの私が容疑者として上がってくる。更に――今までアリス自身が、私に嫌がらせを受けていると吹聴していのだから、疑われるのは至極当然の流れだ。
そして、その話を信じている者が「きっと、もしかして、やりかねない」という勝手な想像をし、「アリス男爵令嬢がベアトリーチェ公爵令嬢に突き落とされた」と影で噂を広めていった。
噂に尾ひれが付くのって、どの世界も一緒ね。
そもそも! 階段から突き落とされて死んだ私が、何でそんなことをするのよ。その行為の危険さは、嫌と言うほど知っている。
ただ、そんなことは言えないし。
けれど、その時間帯……私はケリーと学園の庭でコッソリ遊んでいた。たまたま、私を見かけた他クラスの男子生徒が、アリバイを証言してくれたそうだ。
ノアがそれを上手く広げ、エルネストにもしっかりと納得させ事無きを得た。
男子生徒くん! 誰だか知らないけど、感謝だわっ。
お礼を言いたいとノアに伝えたのだが――。
「彼は恥ずかしがり屋なので、必要ありません。それに、お礼は私からしてありますので。……そうですね、十分に癒されている筈です」と、断られた。
ノアは、何か癒しグッズでもあげたのかしら?
――それにしても。
アリスは誰に狙われたのだろうか。確かに、私はアリスを好きじゃない。というか……近い将来エルネストと共に、ベアトリーチェを断罪してくる厄介な人って認識だ。特に恨みもなければ、二人に対して嫉妬心など皆無だしね。
ジッと、アリスが落ちた階段を眺める。
この見通しの良い階段で、誰にも目撃されず突き落とすには……。伯母がしたように、ギリギリまで隠れ、アリスが下りる瞬間に背中を押すしか無い。
変なのは、アリスは足を少し怪我しただけ。それも、足首に近い脛の擦り傷だ。出血はしたが打撲とかは無かったらしい。
それって、ちょっと違和感がある。もしかして、上る時に踏み外して前のめりにコケたとか?
「ベアトリーチェ嬢、こんな所で何をしている?」
背後から声をかけられた。
……デジャヴだ。
やはり、エルネストとアリスが立っている。二人して、私を無視しないなんて珍しい。
「先生に頼まれ、次の授業の道具を運んでおりますの」
腕の中に抱えていた道具を見せた。今日は、日直なのだ。ついでに、通り道の階段を見上げていた。
「……ふん。犯人は現場に戻ると言うからな」と、ジロリと私を見た。
それでか。アリバイもあるのに、まだ疑うのかバカ王子め。
「そうですか。では、この階段を使う方は皆全て怪しいのですね。その中から犯人を探すのは、大変ですわね」
「……っ!」
「アリス様、お怪我はもう大丈夫なのですか? なんでもご自身で治癒されたとか? 光属性なんて、本当に素晴らしいお力ですね」
ニッコリと、嫌味ではなく本気で褒めた。
「いえっ、大した傷では無かったので」と、言いつつ勝ち誇ったような笑みを向ける。
「そうだ。私もその場に駆けつけ、治癒するのを見た。出血していた脛の傷が瞬く間に治っていった。やはり、アリス嬢は聖女だ」
あーあ、聖女とか言っちゃってるし。まだ極秘事項でしょうが。
「私も同感ですわ。それにしても、どうやって落ちたらその様な怪我をされるのかしら? 押した方を見たのなら、振り返られたのですよね? あら。でも、それですと背中から落ちるような……」
私のようにね。
ま、落ち方には色々あるだろうけど、ちょっとだけカマをかけた。
ちょうどスカートから見える、足首に近い位置の出血。それを人目を憚らず、光魔法で癒した。まるで、皆に見せる為にやったみたい……。
「……!! あ、いえっ、前のめりに落ちて、階段を見上げた時にチラッと見えたのです」
アリスは、当初の自分の証言をあっさり変えた。エルネストの眉が、ピクリと動いたのを見逃さない。
「まあ、前のめりに。お怪我が軽くて何よりです。早く犯人が捕まると良いですわね。では、私は急ぎますので」と、二人に挨拶をしてその場を去った。
気付きなさいよ、王子なら。これが何を意味するのかを。
まさか、怖い思いをしたから記憶が曖昧だったのだろう……なんて解釈しないでよね。
◇◇◇◇◇
初めて会った時のアリスの印象や、今迄の出来事を合わせると、薄々気付いていたが……今日の出来事でハッキリした。
「はい。アリスは、自己防衛の為に嘘をつき、尚且つそれを真実だと思い込むタイプの人間ですね。ですから、本人には罪悪感は有りません」と、ノアは言う。
「悪気が無いからこそ、タチが悪いわ。きっと、王族に対して偽証言した自覚もないのでしょうね。聖女として崇められるようになり、アリスの本質を見抜く者が権力者の中に現れたら……」
「確実に利用されますね」
エルネストは、王子としての資質が足りない。もっと、人を見る目を養わなければ。
「でも、何でアリスは人前であの力を使ったのかしら? 一刻を争う怪我でもなかった様子だし」
お父様だって、聖女については私にも話せなかったのに。
「……手遅れかもしれません」
ノアは、小さく呟いた。
お読み下さり、ありがとうございました!
誤字報告、とても助かっております。
ありがとうございますm(__)m




