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97.王妃の印とは

「私も……カルロスと出逢えて、嬉しいです」


 本心からそう呟くと、カルロスは「ああ……」と声を震わせ、背中に手を回し抱きしめた。


「……ですが」

「ん? 何だ?」


 抱きしめられていた腕の中からスルリと抜けて、背の高いカルロスを見上げた。泣き腫らした目でキッと睨んだところで、滑稽でしかないだろう。

 でも、これは私の覚悟だ。見た目なんて今は気にならない。


「私は『王妃の印』について何も聞いておりません。それも、ちゃんと説明してください」


 正直、先にカルロスからあんな想いを聞かされたら……分からなくても、全てを受け入れたくなってしまう。


 でもね、それはそれ。これはこれ、なのだから。

 何か意図があっての事ならば、きちんと話してほしい。


「……そうだな。言わねばならないな」

「はい」

「だが。もう、印は消えているのだろう?」


 カルロスは自身の額に手を当て、苦悩の色を滲ませた。

 

 ――やはりカルロスは、印が消えた事を知っていたのだ。

 

 あの空間で、カルロスから分け与えられていた魔力を抑えた時に、鎖骨下にビリビリと変な感じがあった。

 そして、私自身の力が発動すると同時に、パチンとゴムで弾かれたみたいな痛みが走り、何も感じなくなったのだ。


 寮に戻り、湯浴みを済ませてジゼルを下がらせると、私は鏡の前に立った。バスローブを落とし、身体に魔力を巡らせたが……印が現れることも、鎖骨の下が熱を帯びることも無かった。

 私に許可なく入れられた印は、消滅していたのだ。

 そもそも、納得して入れられたものではなかったから、それで良かったのかもしれない。


 ――けれど。


 私の中では……。

 安堵よりもポッカリと胸に穴が空いたような、何か大切な物を失ってしまった。そんな寂しさの方が大きかったのだ。


 だからこそ! 


 私に対する想いを聞いた今、その印の意味を知りたい。カルロスが、私を必要としてくれるのなら尚更に。


「王妃の印とは、その呼び名の通り。魔王である我が妻に与える印だ。……だが、ベアトリーチェ。其方に与えたのは、本物ではない。それを組み換えた、仮初めの印だった」


 仮初め――つまり、その場かぎりで重要ではない物。


 だから、大きな力が外から加わって、簡単に壊れてしまったのか。

 その意味にズキリと胸が疼いたが、口元にグッと力を入れて尋ねる。


「なぜ、そんな中途半端なものを?」


 額から手を下ろしたカルロスは、私の両肩を掴んだ。俯き加減の顔は、私を見ない。長い睫毛で隠れている瞳は、何を映しているのだろうか。


「あの時、其方を守るには……私の力を分け与える為に必要だった。どれ程、本物を与えたかったか。だが、それを入れしまったら……」


 震える声を抑えるように、カルロスは一呼吸する。


「ベアトリーチェのまま、私と同じ苦しみを背負わなければならなくなる」


「それはいったい……?」


「私の妻。魔界の王妃になるという事は、重責を担うだけでなく……人として、二度と生まれ変われなくなるのだ。そして、周りの大切な者の生が終わるのを、幾度となく見続けなければならい。永遠の命と聞けば、手を伸ばしたくなる者もいる。だが、それは……気が狂う程の無限の孤独なのだ。そう、狂ってしまえたらどんなに楽か――」

 

 苦しそうに言った、カルロスの手に力が入る。肩の痛みより、話すカルロスの方が痛そうだ。


「其方は、どの人生も輝き懸命に生きていた。辛い時すら、その先に希望を見出して。私の唯一の救い……その笑顔を奪ってしまうなど、どうしてできようか」


 ――ああ。

 この人は、どこまでも……私のことだけを考えているのだ。

 

「なんだ……」


 私の口から溢れた言葉。


 カルロスは、ビクッと全身を強張らせた。

 肩に置かれたカルロスの手に、自分の手をそっと乗せる。俯いていた顔がやっと私の方を向き、紫と赤い瞳に私が映る。


「……今、何と?」

 

 カルロスは戸惑いをみせた。


「なんだ、そんな事。そう言ったのです」

 

 私の言葉に、信じられないものを見るかのように、目を見開くカルロス。


「私が王妃になれば、カルロスは孤独ではなくなるのでしょう? 私もカルロスと一緒なら、孤独ではありませんし」


「だが! それはっ」


「ええ、わかっています。いえ……正直に言えば、想像もできません。それでも、カルロス。あなたが孤独の中に一人で居るなんて、私は嫌なのです」


「……後悔、するぞ?」


「私を見くびらないでください。生きている限り、後悔なんて付いてまわるのです。同じ後悔するのなら、思うように精一杯進んでその時にします。それでまた、新しい希望の道を探せばいいじゃないですか?」


「……其方は」


「決して、思いつきで言っているのではないですよ」と、カルロスの言葉を遮る。


「私も、カルロスを愛しています。だから一緒に……ずっと隣に居させてください。……だって、私は魔王のパートナーなんでしょう?」


 言い終わる前に、私はもうカルロスの腕の中に引き寄せられていた。


「ああ、パートナーだ。ベアトリーチェ、覚悟するがよい。……私は、絶対に其方を離してやらんからな」


 魔王らしい口調で言ったカルロスの言葉は、とても温かいプロポーズだと思った。

 だから、私の返事は当然――。


「望むところです!」


 色気なんて全く無いが、満足そうなカルロスは優しく私を見詰め、唇を落とした。


 

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