8,手合わせをしよう
「とてもかっこいい方ね」
「どなたかしら」
「お約束している方はいらっしゃるのかしら」
「入学式の際にはいらっしゃらなかったわよね」
俺はナバルの護衛をしつつ、辺りの様子を窺っていた。
王太子で婚約者のいないナバルには、ハエのように多くの女が寄ってくる。
それをあしらうのが俺、グルーネイの役目だ。
しかし、今日はナバルに寄ってくる女が少ない。なんとなく理由が気になって周囲を見渡せば人が多く集まる場所があった。
「ナバル。あれは何の騒ぎだろう」
レイナハルン皇国皇太子もやって来て、首を傾げた。
「気になるね、行ってみようか」
好奇心旺盛な王太子と皇太子は俺に意見を求めることなく人の多い方へ進んでいった。
そこで見たのは。
「うわ、すっごい綺麗な人もいたもんだね」
ナバルもそう称賛するほど美しい令息だった。
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「えーと、あの……」
剣術をするなら余計なものがない方が良い。
そういう理由から変装道具は付けずにいたのだが、まさか顔が悪すぎて絡まれているのか。
「あの、御名前をお伺いしても?」
腕に絡み付き、自らの胸を私に押し付けてくる令嬢がいた。
入学式でお友達になろうと声をかけ、私を振った美女だ。
「えーと……」
「すみません、名乗り出ていないのに御名前を聞こうなんて。わたくしはフローラ・シェーンフルツと申します。シェーンフルツ家の長女です」
もしかして、男と間違われている⁉︎
そして、何となく、本名を告げてはいけない気がして、偽名で名乗る。
「ラレンスと申します。とある方の護衛をしております」
兄達の真似をしてみれば、卒倒する御令嬢が。
「本日は楽しんでこい、と言われましたので自由に行動しております」
「そうですか、では、一度お手合わせをして頂きたいですね」
そう言って人混みから現れたのはナバル殿下だ。
「ナバル殿下にザーク殿下」
騎士の礼をしてみれば、ザーク皇太子はじい、と私の腰あたりを見ている。
「ザーク殿下……?」
問えば、ザーク皇太子はポツリと呟いた。
「天使の持っていた短刀と同じ鞘だ」
「天使、ですか」
良く分からないので放っておくことにした。
「お手合わせ、とは?」
それよりも、手合わせ、の言葉に惹かれていたのでナバル殿下に問いかけた。
「どうやら君は剣が強そうだからね。対戦してもらいたい。もし、僕に勝ったら卒業後王室付きの騎士に入れたいとも思っている」
「それは……!」
身を乗り出せば、ナバル殿下は笑った。
「まあ、勝ったら、だけどね」
「では、俺とも手合わせを。王族を守る者は強くなくてはいけない。俺にも勝て」
グルーネイが後ろから声を上げた。
「では、僕とも」
ザーク皇太子も名乗りをあげた。
「面白そうですし」
ナバル殿下もザーク皇太子も、いずれ一国を率いる立場にいる。恐らくだが、強い。加えて、ザーク皇太子は私がドレスに仕込んでいた短剣に気づいたかもしれない人物。
手合わせ、するしかない。
「ぜひ手合わせして頂きたい」
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一度だけ会った、天使の様に美しい人。
その人は、将来添い遂げる人がいると告げていた。
そして、目の前にいる美麗な令息。護衛騎士と言ってはいたが、そんな身なりではない。
腰に下げる剣が、あの令嬢の持っていた短刀と対になるように設計されたものであることは一目でわかる。
シェーナ王国では、婚約者となった者同士、男は長刀、女は短刀を持つという風習があるとナバルは言っていた。
つまり、目の前の男はあの令嬢の婚約者。
手合わせでは、何か、自分も大切なものをかけることができると聞く。
幸い、剣は強い方だ。
では。
令嬢を奪うことができるのでは?