2,入学式前日①
入学式前日。生徒会長補佐として忙しいであろう兄達が私の部屋にやってきた。
「久しぶりだな。フューネ。全然会えなくて寂しかったんだぞ!」
アンナが来訪者を伝えた瞬間にドアがパッコーン、という音を立てて取れた。
ん?
取れた、だと……?
「あ、やっちゃった。まあ、良いか、今年に入って未だ十回目だし」
長男のリュートが朗らかに笑ってドアの残骸を壁に立て掛けた。
「十回はやりすぎです」
窓のお掃除をしていた私は突然の事で暫く動けなかった。ようやく口が動く様になってそういうと、次男のオルナーが苦笑混じりに言う。
「軽く百回は壊していますよ、リュート兄さん」
私の二人の兄、リュートとオルナーはハイスペック、ほぼ欠点なしの好青年だ。
微笑めば周りの女子を恋に落とし、歩けば金魚の糞の様に女子を侍らせ、走ればタオルを差し出され、着替えれば脱ぎ捨てた服が取られている、という、妹から見れば『私の置かれている状況と違い過ぎて怖い』の一言にすぎる事態が発生していた。
銀髪碧眼で、伸ばした髪を下の方でリュートは赤、オルナーは青のリボンで結んでいる。剣の腕前は流石、剣術の名門、ニューウェーストの息子だ、と褒めちぎられるほど。
そう、兄達はチート過ぎるのだ。平凡な私と違い、多くを持っている。
しかし、リュートは力加減ができないのでよく物を壊す。私の知っているリュートは鉄製のパイプを折ってしまう程度の力しか持っていなかったのだけれど、どうやら魔法のかかった、常人では開けられない扉を開けてしまうほどになった様だ。
「ああ、そうだ。明日、入学式だろう? フューネに似合うドレスを用意してあるから、ちょっと着てみてくれないか?」
そのままにしないでください、とアンナが切れたのでリュートは仕方なくドアを元の位置にはめた。
え?
はめた?
「いちいち突っ込んでいちゃダメだよ。流さなきゃやっていられないから」
オルナーが上から魔法を上書きしながら淡々と言った。
「うん」
オルナーの言葉に返事をしたのだが、リュートは自分の言葉に返事をしたのだと思い、そうかそうか、と笑うと、私に似合わない、ターコイズブルーのドレスを何処からか出した。
何処から出したのかは気にしないことにする。
「安心しろ、これで汗は拭いていないから。あ、鼻水も拭いていないから」
口を開かなければ好青年、開くとずれまくっている兄はぐいぐいとドレスを押し付けるとオルナーの首根っこを掴んで部屋の外に出て行った。
「着替え終わったくらいに部屋に入るからなー」
ノックして下さい、とアンナがため息をついた。
「変人度に磨きがかかっていましたね、リュート様は」
「そうね」
アンナと私はお互いに吹き出し、ターコイズブルーのドレスをマジマジと見るのだった。
アンナに着せてもらい、その場をくるりと回るとアンナは「んまあ」と声を出した。
「ねえお嬢様」
アンナは伊達眼鏡とカツラをつけようとした私の手をやんわりと包んで耳元で呟いた。
「その格好で舞踏会の会場をご覧になって来たらいかがですか」
「何故?」
こんな、素顔を人様に見せてはいけない少女に、なんて酷な事を言うのかしら。
「何でもです! さあさあ、行って! ご友人が出来るかもしれませんよ」
友人。
「その話、乗ったわ!」
そうして、辺境の令嬢は三階の自室の窓から飛び降り、舞踏会を行う場所へと向かったのだった。
そこで、一人の美青年にロックオンされるとも知らずに……