1,入学前の日常
この度連載を始めさせて頂きました。
今回は全然甘くない。どう甘くしていこう。
私は辺境に生まれた可愛くもない公爵令嬢だ。
兄二人と、戦負け知らずの父と広すぎる屋敷に住んでいる、ただの地味子。
兄は美丈夫で数多の令嬢から言い寄られているとかいないとか。
一方の私は婚約者も、言い寄ってくる令息もいない、可哀想な、売れ残りの娘。
「友達何人できるかな……」
そんな私は、兄が通う、王立シェーナ魔法学校に通うことになってしまった。
「大丈夫ですよ、お嬢様の魅力、特に笑顔を持ってかかればそこいらの方々なんてイチコロです!」
王立シェーナ魔法学校は、全寮制だ。
一週間後に控える入学式に間に合わせるには今日辺境にある自宅から王都メルティナへ馬車で移動しなければならなかったのだ。
「アンナの手にかかればみんな惹かれるでしょうけど、私の場合は遠巻きにされるのが落ちよ……」
ゆるふわ可憐な侍女のアンナを見てため息をつく。
「でも、良いの? 私なんかの手伝いの為にあんなイケメンさんを振ってしまって」
結婚適齢期に達した女性は誰しもが結婚したがる。アンナもそうだと思っていたのだが……。
「勿論ですとも! お嬢様のそばにいるのが私の一番の幸せですもの。結婚なんて糞食らえ、です」
とっても口が悪いけど良い子。それに、嬉しいことを言ってくれるじゃない。
「んー、もう。アンナがそう言ってくれるなら友達なんていらない!」
そう言って抱きつくとアンナはとても優しい手つきで私の頭を撫でてくれる。
「アンナみたいに可愛く生まれたかったー!」
手足をジタバタさせる。
馬車に乗っていることを忘れていた為、大きく動かし過ぎ、手を壁に強くぶつける。
ゴツ、という音が 鳴り響き、慌てて顔を上げ、壁の穴が開いていないか確認した。
御者のワーナーが心配そうに前に開いている窓から覗いてきた。
『ごめんなさい。大丈夫よ』
口パクで伝えるもワーナーはまだ心配そうに見てきたが、前を向いてくれた。
ごめんなさい……人騒がせな上に顔面が汚くて……
「もうそろそろ学校に着く様です」
アンナがそう伝えてきた。
「こちらを付けてください」
アンナが手渡してきたのは、兄が是非つけて欲しい、と一ヶ月前に送って寄越してきた伊達眼鏡とカツラ。
私、ハゲてるかしら、と色々な人に聞き回り、神妙な顔をされたので、そうなのだろう。
なんて気遣いのできる兄を持ったんだ、感激した。
伊達眼鏡は何の為につけるのか分からないが、きっと理由があるのだ。
馬車の窓から外を見れば、丁度学校の重厚な扉が開いたところだった。
私は伊達眼鏡とカツラを付けて、アンナに頷きかけた。
アンナは少々不満げに顔を顰め、でも窓をコツコツと叩いて御者にドアを開ける様に伝えた。
「アンナ」
馬車から降りる直前、私は険しい顔をしてアンナを呼んだ。
「はい、何でしょうか」
私は重大な事を告げるかの様に重々しく口を開いた。
「お手洗い、何処かしら」
アンナは残念そうな顔をして私をトイレへと連れて行ってくれた。
魔法学校に着いて一番最初に行く場所がトイレだった令息、令嬢は私以外にいなかったそうだ。
いや、仕方ないでしょう。トイレ、五時間我慢していたんだから。
そうして、私の人生初めての寄宿生活は始まったのだった。