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【南極海海底資源基地跡殲滅戦】

 スキュラの群との海戦が終り、移動要塞ナウシカと要塞守備艦隊は被害を出しながらも、スキュラの群を全滅させることに成功した。

 その後は散発的なスキュラとの戦闘が発生したが、ナウシカと守備艦隊は、南極海の海底資源基地の建設された海域に到達した。

 海底資源基地の海域には小型のスキュラが密集する地点があり、その中心こそが海底資源基地の建設されていた場所だった。

 要塞司令のジェニス准将は、スキュラが海底資源基地を襲い、地下に伸びる坑道を巣穴として利用しているモノと判断した。

 そこで周囲の海域に存在するスキュラを排除して、破壊された海底資源基地の内部を調査。坑道がスキュラの巣穴となっていた場合は、基地の再建を断念して、基地施設を破壊することが決定した。




 ジェニスは友軍を三つの部隊に分けた。ナウシカとCA部隊、要塞守備艦隊、航空機部隊だ。この三つの部隊が三方向から資源基地周辺の小型スキュラの群に対して、同時に飽和攻撃を仕掛ける。

 これは対オメガ戦における防衛施設エピタフ攻略の定石であり、それをスキュラの群の撃滅にも応用した形だ。今回の相手は水中にいるため、魚雷を中心とした大規模な雷撃攻撃となる。

 なお、基地内の調査という危険な役回りを担う恭一郎とレイア達フィリーズは、今回の戦闘には参加しないことになっている。それでも事態が急変した時に備えて、ナウシカの飛行甲板の隅で戦闘待機していた。




     ◇◆◇◆




 小型スキュラの群に対して、殲滅を目的とした雷撃が開始された。航空機が編隊を組みながら航空魚雷を一斉に放ち、要塞守備艦隊からも多数の魚雷が発射された。水中用CAからも魚雷が一斉発射される。

 三方から多数の魚雷攻撃を受けた小型スキュラの群は、ことごとく魚雷の爆発に巻き込まれて海の藻屑と消えた。

 継戦火力の乏しいCA部隊に代わり、ナウシカが主砲を発射する。基本的に対艦対水上攻撃用の大型四連装砲であるが、砲弾の信管を調整することで、爆雷のように水中で砲弾を爆発させることが可能だ。

 しかも砲弾の散布界を広げることによって、広範囲の目標を加害範囲に収めることが叶う。砲弾が着水する時の衝撃も凄まじく、攻撃地点には複数の水柱が生み出される破壊領域と化していた。

 情け容赦のない飽和攻撃に曝された小型スキュラの群は、逃げ出すことも叶わずに全滅した。




     ◇◆◇◆




 海底資源基地の周辺を掃除したジェニスは、資源基地を大きく取り囲むように要塞守備艦隊を布陣させ、ディープタイプで海底資源基地の傍にもう一つの包囲を作った。

 艦隊とCAによる二重の警戒線を強いた後、恭一郎のペルフェクトバインとレイア達フィリーズのメサイア四機が、外壁を破壊された海底資源基地の内部へと侵入した。

 南極海の海底資源基地は、チタンや鉄のような金属を中心に産出していた。基地の構造はある意味独特で、目当ての鉱床の上に巨大な蓋をして、その蓋の下を掘削するのだ。そうすることにより、掘削時に舞い上がる物質の海中拡散を抑止して海洋汚染を防ぎ、蓋の下の海水を循環浄化することで、素材となる様々な副産物質の効率的な回収を行っていた。

 海底を覆う蓋の部分には、基地施設の本体となる海底ドームが建設されている。ドームの中には空気があり、作業員の活動空間となっている。海底にあるという環境を除けば、箱舟級大都市艦で生活して働いているのと、ほとんど変わらない環境が整えられていた。

 スキュラの襲撃を受けた当時、この基地には三〇〇〇名以上の人間がいたことが確認されている。その多くがスキュラによって基地の外壁が破壊されたことで、逃げる間もなく溺死していたと考えられている。

 一部の非常用区画や重機で作業中だった者達も、基地内に進入したスキュラによって悲惨な最期を遂げていた。基地の強固な外壁を食い破る巨大生物が相手では、非武装の彼等に生き残る術がなかったのだ。

 こちらにも対オメガ戦終結による軍縮の影響が出ていて、少数の警備部隊を常駐させ、統合軍の防衛部隊は完全に撤収していた。このことが、スキュラによる被害を急拡大させたモノと考えられる。

 ともあれ、結果論だけでは始まらない。別個体のスキュラからの襲撃に備えるためにも、基地がどのような被害を被っていたのかを調査しなければならなかった。

 レイアとマイアのユニコーンとペガソスが先行して、恭一郎のペルフェクトバインを基地内へと誘導する。セレイアとネレイアのケルピーとスレイプニルが後続として、先行する三機の後方を警戒する。

 無事だった大型物資用の水密扉を手動でこじ開け、基地のドーム内へと進入を果たす。外壁が食い破られていたドーム内の空間は、海水で満たされていた。動くモノはおろか、基地の主機すら沈黙して闇に閉ざされている。

 暗視装置や近距離用センサーでドーム内を観測すると、内部施設のことごとくがスキュラによって食い破られていた。その内部は物取りの後のように乱雑に荒らされており、スキュラが内部に腕を伸ばして、溺死した犠牲者達を一人も残さずに平らげていたことを物語っていた。

「酷い光景ですね」

「戦争が産み落とした狂気だな。こうまでしなければ、オメガに対抗できなかったのだろう」

『結果的には、それでもマイン・トイフェルは敗北を喫し、トイフェルラントを封印する道を選ばざるを得なかった』

 過去の絶望的な戦況を想像しつつ、ドーム内の調査を続ける。

 観測可能な範囲には、スキュラを含めて生命反応は検知されていない。施設の各所に設けられていた緊急避難用のシェルターを調べると、そのほとんどが使われていなかった。

 事前の予測通り、ドーム内部への海水の流入がとても激しかったようだ。運良く避難できたものと思われるシェルターは、設備が丸ごと齧り取られて破壊されていた。

 このように徹底した捕食をされてしまっては、生存者など望めない。

 重苦しい沈黙が場の空気を支配する中、恭一郎達は破壊を免れた物資運搬路を辿って幾つもの水密扉を開放し、海底の地下坑道へと侵入を果たした。

 海底資源基地の蓋の下には、擂鉢すりばち状の露天掘削された空間が広がっていた。天井の蓋にはドームの中から食い破られた穴が開いており、ここからスキュラが出入りを行っていたことが窺い知れる。

 観測可能な露天掘り部分にも生命反応は感知できず、その代わりに、掘削作業用の大型機械の残骸が、すり鉢状の底の部分に堆積していた。その周辺にはうろこの欠片のようなモノが散乱している。

「ここで彼等は、必死の抵抗をしていたようだな。コクピットだけではなく、掘削用のドリルやドーザーブレードにも、スキュラの歯型が残っている」

 バラバラに解体された重機には、人間で言うところの防御創ぼうぎょそうと呼ばれる抵抗をした傷跡が、そこかしこに残されていた。

『ガーディアンの一世代前に当たるディフェンダーを、水中作業用に改造した機体のようです。元がCAでしたので、掘削装置で対抗しようとしたのでしょう』

 マイアが破壊の限りを尽くされた残骸について、恭一郎にその来歴を語ってくれた。恭一郎にも操縦経験のあるガーディアンの一つ前の主力機で、南極海の海底資源基地に払い下げられたディフェンダーを改造して、水中用の作業機械として運用していたらしい。

 確かに、人力でちまちまと鉱物を掘削していたら、オディリアの工業生産力を支えられるだけの資源を提供できないだろう。元々汎用性の高いCAを転用して掘削すれば、その効率は人力の比ではない。

『採掘場の安全を確認しました。これより、坑道内の調査を開始します』

『基地のデータと照合したわ。坑道は四本。どれも分岐の無い一本道のようね』

『サルベージした最新の作業工程表によると、一号から三号までの坑道が、鉱脈調査のため採掘作業を見合わせ中。四号坑道だけが掘削作業していることになっているけれど、何か邪魔になるような障害物の撤去作業が組まれていたみたい』

 レイアが場を仕切り、セレイアとネレイアが基地から吸い出した情報を味方と共有させた。坑道の地形データと共に、スキュラの襲撃を受けた当日の作業予定表が開示される。

『それでは手分けして、私達四機で各坑道の調査を行います。恭一郎閣下はこの場に留まっていただき、私達の背後の安全の確保をお願いします』

 マイアが機体の大きなペルフェクトバインのことを考慮して、恭一郎にこの場に残るようにお願いしてきた。坑道の大きさは一五メートル級の機体で掘り進んでいるため、二〇メートル級のペルフェクトバインでは少々身動きが取り辛い。

「承知した。この場はこちらで確保しておく。君達は前だけを見て進んでくれ。だが、万が一の事態を考えて、身代わり用に羽根を一枚ずつ同行させる」

『お心遣い、感謝いたします。それでは、行ってまいります』

 レイアの合図によって、フィリーズが散開した。一号坑道から順番に、レイア、マイア、セレイア、ネレイア、と分かれ、躊躇なく坑道の中へと進んで行く。

『ヴィシュヌ、パージ。各対象の護衛に就きます』

 ミズキが羽根を四枚だけ切り離し、フィリーズ各機へと護衛に向かわせた。量子通信による遠隔操作のため、水中でもヴィシュヌは使用できる。しかしその機動性は周囲の水の影響を受けていて、宇宙空間のような機敏な機動は望めなくなっていた。

 それでも羽根の形状によって水の抵抗は幾らか低減されているため、加速距離によっては音速も十分に越えることができる。緊急時には彼女達の機体を敵の攻撃から庇い、後退を促すことになる。

 恭一郎がヴィシュヌをレイア達に同行させたもう一つの理由は、量子通信で繋がっている羽根を通して得た情報を、別々の坑道を単独で調査している仲間の機体へと伝える中継役を引き受けるためだ。

 メサイアでは、水中での長距離通信能力に限界がある。しかもチタンや鉄のような金属を採掘している坑道であるため、通信環境としては有線ケーブルで互いを繋いでおきたい状況なのだ。

 そのため、距離の離れた姉妹の誰かに何か問題が発生した場合、他の姉妹はその事態を把握する術を持たない。有事の場合は羽根を機体に接触させて、ペルフェクトバインを中継器とした接触回線で通信を行うことになるだろう。

「フィリーズ各機が、相互通信範囲を超えました。データリンクも解除されています」

『坑道内の地形データを更新中。四号坑道に戦闘の痕跡があります。機体の残骸とうろこの欠片が、大量に散らばっています。かなり激しく抵抗を続けていたようです』

 羽根に内蔵されているセンサーから得た情報は、狭い坑道の至る所に刻まれた、人間とスキュラの激しい戦闘の痕跡だった。

「正面からの潰し合いだったのだろうな。それでも非戦闘用の装備では、物量に抗し切れるものではなかっただろう」

 奥へ進むごとに転々と現れるCAの残骸から、人間側が押し込まれていった状況が容易に想像できた。正面以外から敵が来ないというのは迎撃側には有利だが、攻撃側の戦力が著しく高ければどうすることもできない。

『スレイプニル停止。……坑道奥に生体反応を検知! 戦闘態勢に入った模様!』

 どうやら四号坑道の奥で、ネレイアが生物と対峙しているようだ。戦闘にまでは発展していないようだが、相手の正体までは判別できていない。

「スレイプニルと回線を繋げ。状況を報告させろ」

 ヴィシュヌの羽根がスレイプニルの胴体後部、通信用アンテナの真横に張り付いた。通信回線が開いて、データリンクも回復する。

『前方に複数の生体反応を確認。ただし、全て反応は微弱』

 ネレイアがスレイプニルの水中用突撃銃を坑道の奥へと構え直して、警戒しながら微弱な生体反応に接近を試みる。メサイアのセンサーでは、水中で二〇〇メートル前後先までしか観測できない。必然的に戦闘は近距離となってしまう。

「ネレイア特尉。スキュラと接触した場合は、直ちに後退して味方と合流をするように。決して一人だけで対処しようとするな」

『了解……!』

 暗闇に支配されている狭い坑道の中を、スレイプニルが最微速で前進する。微弱な生体反応にゆっくりと近付き、水中突撃銃の射程距離内に捉えた。

『生体反応を確認……。直径二メートルほどの球形物体。その周辺に、半透明の膜状物質が多数残留。これは、スキュラの卵!?』

 送られてきた画像データには、巨大な魚卵のような物体が、坑道の壁に多数産み付けられているように見えた。

『卵の産み付けられている坑道の壁面に、微弱な生体反応を伴う障害物を発見。反応の詳細は……計測不能!? 恐ろしく巨大な何かが、坑道内に突き出しています』

 ネレイアが細心の注意を払いながら、生体反応に接近する。そして、謎の魚卵の詳細を調査した。

 事ここに至り、恭一郎の背筋が急激に寒くなった。久々に感じる悪寒に、疑うことなく行動を開始する。

「フィリーズ全機に撤退命令! 全力で坑道を抜け出し、基地から脱出する!」

 ミズキがフィリーズの残り三機に羽根を接触させたのとほぼ同時に、巨大な生体反応が急激に強まり出した。第四坑道だけでなく、海底資源基地全体が不気味に振動を始める。

『大規模な地殻変動を感知! 震源は、第四坑道付近です!』

「全機全速離脱! 脱出口は、こちらで開く!」

 直上の海底資源基地の底蓋に向けて、シヴァを構える。同時にヴィシュヌの羽根を全て切り離して、坑道の出口付近が埋もれないように保護した。そして、最低出力の魔導砲を発射する。

 海中で発射された魔導砲が海底を覆っていた蓋を撃ち抜き、海面から上空へと突き抜けた。これで脱出口が確保できた。

 海底を揺るがす震動は増々激しくなり、そこかしこに陥没や亀裂を生み出している。補強しながら掘り進んでいる坑道にも揺れの影響は避けられず、第四坑道は脱出を図るネレイアを飲み込むように、坑道が端から崩壊を始めている。

 擂鉢状の掘削面の崩落が始まるのとほぼ同じタイミングで、四機のメサイアが坑道の中から飛び出してきた。海中に土砂が舞い上がり、視界を塞ぎ始める。

「全機、俺の機体に掴まれ!」

 ペルフェクトバインが両腕と副腕の可動式装甲を広げ、真上から見ると『X』に見えるような格好となる。それぞれの腕に一機ずつメサイアを保持して、魔力融合ロケットの推力で一気に海面まで脱出する準備を整えた。

 ほどなくして、フィリーズ全機がペルフェクトバインと接触を果たした。

「歯を食い縛れ! 脱出するぞ!」

 移動させる質量と水の抵抗を計算して、移動方向に空間歪曲場を楔状に展開する。同時に推力全開で四機のメサイアと共に海面へと急上昇する。

 魔導砲で開けた基地の蓋の穴を突き抜け、採掘施設からの脱出に成功した。その十数秒後に、海底資源基地は地殻の崩壊に飲み込まれ、舞い上がる土砂の中に埋没して行った。




     ◇◆◇◆




 勢い余って海面から飛び出してしまったペルフェクトバインが、味方に向けて警告を発した。

「緊急離脱! 海底に巨大な何かがいるぞ!」

『全軍離脱! それぞれ可及的速やかに、現海域から離脱せよ!』

 形振り構わずみんな逃げろ。そうジェニスが味方に指示を与え、全軍が急速反転から全速力で離脱を開始する。

 恭一郎は四機のメサイアと共にナウシカの飛行甲板まで飛行して、そこでフィリーズを着地させた。

「海底の地形が広範囲に渡って、次々と崩壊しています! 崩壊と比例するように、巨大な生体反応が、海底から海中へと浮上して来ます!」

 波の影響を受けにくい巨艦のナウシカが、海底から浮上する巨大生物に押し上げられた海水の質量の移動を受けて、艦尾が浮き上がって未固定のモノが艦首方向へと転がって行く。

『総員、何かに掴まれ!』

 ジェニスの発した警報とほぼ同時に、ナウシカに大波が襲い掛かってきた。移動要塞を打ち付けた波は、飛行甲板の上を洗い流し、複数の航空機が海へと押し流されてしまった。

 この大波は要塞守備艦隊にも襲い掛かり、複数の艦艇が深刻な影響を受けていた。比較的小型な駆逐艦などは、大波を乗り過ごすことができたのだが、より大型の巡洋艦や戦艦クラスは、大波に呑まれて数隻が転覆、大波に乗り上げたことで船体の一部が割れてしまう被害を出してしまった。

 海底隆起の影響で、海面の異常上昇が止まらない。何十メートルも海水が持ち上がり、滝のように周囲へと流れ落ちる。そして、一際巨大な水柱が立ち上り、膨大な量の海水が激流となってナウシカと要塞守備艦隊を飲み込む。

『巨大生物が、海中へと完全に浮上しました。推定形状、流線形水滴型。推定全長、一〇キロメートル。いにしえの大海獣である可能性が非常に高い』

「友軍艦隊、およそ半数が横転もしくは転覆! 沈没艦も複数! ナウシカもスクリューシャフトを損傷! 被害甚大です!」

 すぐさま残存艦と活動可能なCA、水難救助が可能な航空機が発進して、被害を受けた味方の救助に向かう。

『大波による被害と救助活動により、友軍の戦力はほぼ戦闘に参加できなくなりました。巨大生物は低速で移動を開始。更なる被害の発生が予測されます』

『これが、スキュラと共に海で暴れ回った、大海獣「カリュプディス」なのか!?』

 マイン・トイフェルがスキュラと共に海に放った、もう一体の化け物。大海獣カリュプディス。その形状は巨大な鯨と伝えられ、島のような巨体を移動させることで海水を激しく渦巻かせ、大きな口を開いてオメガの艦隊を一飲みにしたと言われている。

「奴は二〇〇年くらい前、父が討伐したのではなかったのか!?」

 箱舟級大都市艦を二隻も失いながら討伐を果たした。と記録されていたが、どうやらその時に倒し切れていなかったのかもしれない。

 カリュプディスはおよそ二〇〇年前の戦闘で瀕死となり、仮死状態で敵を欺いた後、南極海の海底深くに身を潜めて、傷付いた身体を癒していたのかもしれない。最初に検出した微弱な生体反応は、カリュプディスが活動を休止していた状態であったからかもしれない。

 そんなカリュプディスの存在をスキュラが何らかの手段で感じ取り、たまたまそこに存在していた海底資源基地を襲ったのかもしれない。そしてスキュラによって刺激されたカリュプディスが、こうして覚醒を果たしている。

「巨大生物が沈没艦に接近! 沈没艦が沈降方向を変えました! 海中の潮流の変化を観測、沈没艦が飲み込まれていきます!?」

『統合軍に即時撤退を打診します! このままでは身動きの取れないナウシカは、巨大生物の餌でしかありません!』

 海中の巨大生物が艦隊殲滅を目的とするカリュプディスであるのならば、戦闘能力の低下しているナウシカとその守備艦隊だけでは、カリュプディスの相手は務まらない。切り札であるメサイアもたった四機では、この巨体の相手は無謀でしかないからだ。

 唯一この場でカリュプディスに対抗しうる戦力は、ペルフェクトバインしかない。しかしこれだけの巨体を斃すためには、かなり強力な攻撃を仕掛けなければならない。

 真空の宇宙ならばいざ知らず、海中での高威力攻撃は周囲の海水にも伝播して、広範囲に壊滅的な被害を与えてしまう。戦闘海域に味方の統合軍が存在している状況では、ペルフェクトバインの攻撃によって、カリュプディス諸共に友軍を海の藻屑にしてしまいかねない。

「それでも、何か方法があるはず……!」

 ペルフェクトバインを巨大生物の上空まで移動させ、再び海中へと身を投げる。海底付近は隆起した巨大生物の影響で、堆積していた土砂が舞い上がって視界が無くなっていた。そのため、肉眼での判別は不可能だ。

「俺達のペルフェクトバインなら、味方を護ることができるはずだ!」

 ブラフマーによって再生させた羽根を全て切り離し、巨大生物の巨体の広範囲に観測用のセンサーとして打ち込んだ。

「魔導剣の攻撃ならば、周囲への被害は最小限に抑えられるはずだ!」

 シヴァから極太の魔導剣を発生させ、胴体の辺りに容赦なく突き刺した。そのまま奥深くまで魔導剣を突き刺し、力任せに切り裂く。

 その直後、海中に巨大な音が響き渡った。

 ドオオオオオオォォォォォォォォォォ!

「きゃぁ!」

「……頭が……割れる……!?」

 海中の音を拾っていたヒナが悲鳴を上げ、音の圧力で恭一郎の視界が歪む。

『桁違いの出力の超音波です! 防備を固めた当機でなければ、機体も搭乗員もバラバラになってしまいます!』

 こちらの攻撃に反応して、ペルフェクトバインに強烈な超音波が照射されたようだ。空間歪曲場と頑強な機体構造、それに加えて龍皇の防御力が無ければ、今の反撃で戦闘不能に陥っていた。

 動きの鈍ったペルフェクトバインに向かって、巨体が恐ろしい速度で迫ってきた。巨大生物が物理的にも、恭一郎達の排除に動いている。

 迫る巨体によって圧縮された海水が暴流となって、ペルフェクトバインの機体を木の葉のように錐揉みさせる。そして巨体の体当たりを受け、海面を突き抜けて上空高くへと打ち上げられた。

「近接戦闘は、こちらに分が悪いか……!?」

 重たい衝撃で意識の飛び掛けた恭一郎が、頭を軽く振って気付けをする。恐ろしく頑丈なペルフェクトバインは無傷だが、生身の恭一郎は少なからず衝撃によってダメージを被った。

『周囲への被害を気にしなければ、ペルフェクトバインに負けは無いのですが……』

 魔導砲による殲滅攻撃だけではなく、魔力榴弾による爆撃でも、海中の巨大生物は駆除することができる。しかし、それを実行してしまうと、ナウシカや守備艦隊が攻撃の余波に巻き込まれてしまう。

「何度も先程のように弾かれてしまっては、いくら龍皇を装備した恭一郎さんでも、身体が持ちませんよ!?」

『では、巨大な銛でも打ち込みますか?』

 エイハブ船長でもあるまいに、白鯨ではなく巨大生物に対して銛程度では、明らかに攻撃力不足だ。それこそ巨大な銛を何本も生み出して、それぞれ加速して撃ち込まなければ、大したダメージも与えられないはずだ。

『その役目は、私が貰うわよ!』

 唐突に遥歌が、コクピット内の会話に割り込んできた。レーダーを確認すると、戦闘海域の外縁に、ツァオバーラントが接近していた。

 まさかまた、ツァオバーラントで敵に突撃する、バスター・ソード・ダイブを仕掛けようというのだろうか。

『烏丸遥歌。ブレセスト、発進!』

 ツァオバーラントの電磁カタパルトによって、淡い蒼色の小型機が空中へ射出された。陸戦用のパラーデクライトを改修したブレセストは、疑似的な飛行能力を備えている。

『ブレセスト専用特殊攻撃戦闘機、射出』

 ハナがツァオバーラントの射出口から、特殊攻撃戦闘機を艦内から撃ち出した。淡い蒼色の機体がツァオバーラントから飛び出して、折り畳まれていた翼を空中で展開した。

 それはペルフェクトバインのフォーゲルフォルムのような、大きな鳥の姿をしていた。ペルフェクトバインよりもさらに鳥の体躯に近付いているが、ステルス戦闘機に通じる直線的な見た目によって、見る者に対してより機械的な印象を与えている。

フィルマメント(蒼穹)、軸合わせ! ブレセスト、フォルムチェンジ!』

 ブレセストが両腕を広げた直立状態で機体を固定、フィルマメントと呼ばれた巨大な鳥が胸部を迫り出させ、胴体との隙間にある連結器から、ガイドレーザーをブレセストに向かって照射した。

『両機、軸線に乗った。合身開始』

 ブレセストがフィルマメントの胸部の隙間に入り込み、連結器によって機体が固定された。そのままフィルマメントの迫り出した胸部が引き込まれ、ブレセストが巨鳥の内部に収納された。

『合身完了! 目覚めなさい、蘇えった、凶鳥の血族!』

 遥歌の言葉と共に、巨鳥がその姿を変える。

 腰が半回転して、折り畳まれていた足首から先が開く。両腕を収納していた翼が腕を分離して、肩部の大型ショルダーアーマーの後方へと移動する。頭部を保護していた機首部分が背中へと後退して、人型の頭部が姿を現した。

 ペルフェクトバインをも上回る三〇メートルの体躯を持った、簡易変形機構を備えたミドルレッグの機体。これこそが、遥歌が極秘に開発していた特殊攻撃戦闘機フィルマメントとブレセストが一心同体となった、真の遥歌専用機。血族フェアヴァンテの名を与えられた、もう一つの到達点。

『ヒュッケバイン・フェアヴァンテ!』

 これが恭一郎の家族として蘇えったハリエットが、遥歌として自らの力を伴って戦場に舞い戻った瞬間だった。

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