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【南極奇譚】

 ――トイフェルラント生活一七五八日目。




 エアステンブルクまで魔導鉄道の線路が伸ばされ、事前に用意していた駅舎を設置した。駅舎はエアステンブルクの北側、街道の真横に建設された。ペルフェクトバインを使って地下ドックから運び出し、設置場所を掘削して駅舎が水平となるように調整する。

 現在はプラットホームの奥にある車輪止めの位置まで、線路を敷設する作業が行なわれている。

 近日中に魔導機関車が客車を引いて試験走行を行うという話なので、春までには、ノイエ・トイフェリンへのアクセスが大きく改善されることになるだろう。




 過労による療養生活を始めてから、トイフェルラントに長期滞在していたティファニアによって、トイフェルラント初の公共新聞の発行が開始された。その名も『アオスクンフト(情報)』。トイフェルラント国内の情報だけに留まらず、オディリア共和国の情報まで掲載する、野心的な週刊誌だ。

 紙面のサイズは、日本の日刊紙より少し大きめ。週に一度の発行であるため、その情報量はなかなかに濃い。アオスクンフト紙の特徴として、国内の政治と経済に力を入れており、トイフェルラント政府も官報代わりに資金を提供して、記事や広告を紙面に載せている。

 新聞のノウハウを提供したティファニアの影響か、オディリア共和国の情報にも明るく、一紙で世界情勢が俯瞰ふかんできる優秀な情報媒体となっている。

 ゆくゆくは日刊紙として毎日発行したいという話なので、恭一郎が注目している会社である。

 アオスクンフトの本社はノイエ・トイフェリンにあり、国内最大の流通ハブの特性を如何なく発揮して、瞬く間にトイフェルラント国内に販売網を構築していた。

 このことにより、一部の通信用魔導具や口伝人伝くでんひとづてでしか正確な情報に触れられなかった人々に、活字として鮮度の高い正確な情報が届きやすくなった。

 その効果はすでに表れ始めていて、ベルクドルフからノイエ・トイフェリンまで開通した魔導鉄道の利便性を知ったアッカーバーデンから、早くこちらまで線路を伸ばすよう、矢のような催促が来ているという。




     ◇◆◇◆




 この日はペルフェクトバインを使用して、二年近く前にウルカの破壊光線によって切り倒され、グリゼルダの巨大な無限軌道キャタピラの下敷きにされた、アルトアイヒェの残骸を回収した。

 強度のある木の幹が移動要塞の重量によって粉砕されていたので、寄って集めて圧縮して、熱を加えて一枚板に成形させる実験を行った。

 本来の強度よりもさらに固くなった板をウルカバレー沖の海上に浮かべ、浮力や耐水性などの検証も行う。この実験の結果が良好であれば、海上にこの板で作ったフロートを浮かべ、遊園地の基礎とする予定なのだ。

 果たして実験の結果は、箱舟級大都市艦に使用されているメガフロートに引けを取らない、非常に頼もしい性能を発揮してくれた。このことにより、恭一郎の遊園地構想は実行段階へとまた一歩近付いた。




 実験で浮かべた板材を回収してから帰宅した恭一郎に、訪問者があった。

 国務大臣で犬人族のゲアハードと、駐トイフェルラント大使のミヒャエルという、初めての組み合わせによる急な訪問だった。

 複雑な国際関係が見え隠れする訪問理由を想像しつつ、二人を応接間へと通した。それから要人二人と向かい合うように、応接間の椅子に腰掛ける。

「お二人が一緒に訪ねてくるということは、両国にとっての厄介事。そのように理解してよろしいですか?」

 ヒナの給仕してくれたお茶に手を伸ばしながら、会話のタイミングを計る。来客二人は恭一郎がお茶を一口含んでから、それぞれ同じようにお茶に口を付けた。

「大筋では、その認識で間違いありません」

「厄介の度合いですと、我が国が九割、貴国が一割と言ったところでしょう」

 ゲアハードとミヒャエルが、そう言いながら難しい顔をしている。

「実はこの件は、陛下から閣下へと相談するように、直接通達が来ております」

「こちらを指名するような事態ですか?」

「まずは、こちらのファイルをご覧ください」

 ミヒャエルが持ち込んだケースの中から、数枚の写真と文章が提出された。恭一郎はそれを受け取り、手早く目を通す。

 写真は水中と思しき不鮮明なモノで、何かがカメラの前を横切っているように見える。文章は、極秘の判が押された、古い資料のコピーだった。

「そちらは統合軍の古い極秘資料の中にあった、大陸水没前後の事件を纏めたモノです。添付されている写真は、大陸水没時代に撮影されたモノとなります」

「大海獣及び海獣群討伐記録?」

 資料に目を通すにつれて、恭一郎は真剣にならざるを得なかった。

 この極秘資料によると、オメガ出現からしばらくすると、海上で船が行方不明となる事件が発生するようになったという。その原因は、巨大なくじらのような大海獣と、群れを成す異形の海獣の襲撃を受けていたことが判明したのだそうだ。

 大陸水没後、源一郎によってもたらされた箱舟級大都市艦が、生き残っていた人々を救っていた。その数は一二隻。現在の七隻よりも、五隻多かった。この五隻が失われている理由が、この海の化け物共にもあるのだという。

 大海獣は二隻の箱舟級大都市艦と相打ちとなり、多大な犠牲と共に滅んだ。海獣の群は一隻の箱舟級大都市艦を全滅させ、救援に駆け付けた源一郎達の手によって、殲滅させられていたらしい。残りの二隻は、オメガとの戦いで沈められている。

「次に、こちらの写真をご覧になってください」

 ミヒャエルから、かなり鮮明な写真が手渡された。そこには、下半身が魚のようにひれを持ち、腹部に大きな牙の生えた人魚のような怪物が映っていた。全身が鉛色のうろこでおおわれていて、頭部にある口には、何か機械の一部のようなモノがくわえられている。

「この写真に映る怪物は?」

「数日前、我が国の南極海にあります海底資源基地において、対潜哨戒カメラが撮影したモノです。その資料にある、海獣ではないかと思われています。大きさは、推定一〇メートル前後。資料によれば性格は非常に獰猛で、完全な肉食。この数分後には資源基地との通信が途絶え、海面に多数の気泡と基地の内部にあった浮力のある品々が浮かんできたそうです」

「それでは、この基地で作業していた方々は……!?」

 残念ながら、そうミヒャエルは顔を横に振った。

 海底と呼ばれる基地だけあって、その構造は水圧に耐える強固な構造であったことだろう。それをこの怪物が破壊して、基地は壊滅してしまったようだ。

「すぐさま救助に統合軍の潜水部隊を向かわせたそうですが、誰も戻ってこなかったのだそうです」

「まさか、全員この化け物に?」

「最後の交信では、現場が酷く混乱していたことしか、理解できない状況だったようです」

 二〇〇年ほど前に殲滅させられたはずの海獣が、今になって蘇えったとでも言うのだろうか。真偽のほどはともかく、南極海において多数の死者行方不明者が出ているのはまちがいないようだ。

「実はその化け物なのですが、どうやら旧トイフェルラントが関係しているようなのです」

 このタイミングで話しに加わってきたゲアハードが、予想外の単語を口にした。旧トイフェルラントということは、先代魔王のマイン・トイフェルの治世である。

「閣下が先の戦いで助け出した同胞の中に、魔神教の関係者がおりました。その者の証言から、先代の魔王様が邪神と戦うにあたって投入された、魔導兵器である可能性が浮上したのでございます」

「それはまさか、マイン・トイフェルも生物兵器を!?」

「別の世界から召喚したとも、亜人の始祖を改造したとも言われていますが、実態は不明でございます。しかし、その者はこの魚人族の姿をした化け物のことを、『スキュラ』と呼んでおりました。海を渡って攻め込んでくる敵の船を沈めるため、群れで襲い掛かっていたと証言しているのです」

「それじゃあ、スキュラと呼ばれる化け物が南極海で目撃されて、オディリア人に犠牲者を出していると?」

「その辺りの調査も含めまして、閣下に出動をお願いしたいと、陛下が申し上げております」

 先代魔王の遺産に絡んだ、国際問題の調査と解決。身重のリオが恭一郎に求めているのは、両国のこれからを左右する事件の真相究明だろう。取り急ぎ、これ以上の犠牲が出ないように統合軍と協力して、このスキュラなる怪物の排除をお願いしてきたようだ。

「解りました。私が直接赴きます。南極海だけでなく、他の海域でも化け物が出没するようになると、オメガを斃して手に入れた平和が無駄になってしまいますからね」

 恭一郎は即座に出撃を決めた。ゲアハードとミヒャエルが帰ると支度を始め、非番で休んでいたミナに留守を任せてから、ヒナと共にペルフェクトバインに乗り込んだ。




     ◇◆◇◆




 ペルフェクトバインはフォーゲルフォルムで周回軌道まで昇り、南極海方面への弾道飛行を行って、短時間で南極海上空へと到達した。

「南部方面第六軍第二師団所属、移動要塞ナウシカより通信。これは……救援要請です! 大型補給艦が、巨大生物の襲撃を受けている模様! 護衛艦が撃沈され、ナウシカからでは救援が間に合わないとのこと! 四時の方向、距離三〇〇キロメートル!」

「急速反転! 最大戦速!」

 フォーゲルモードの機首を反転させ、推進翼の魔力融合ロケットを目一杯に噴かした。身体強化された状態でも辛い加速を行い、大型補給艦の救援に向かう。

 数秒もしないうちに、懸命に逃走を図る大型補給艦が視界に入った。

『友軍艦後方、四九〇メートル、海面下に大型生物の反応を検知。同種と思われる反応複数』

「反応をスキュラと判断! ヴィシュヌによるピンポイント攻撃を行う!」

「了解! 火器管制装置(FCS)オンライン! 目標二〇、捕捉完了!」『パージからの、ウイングダイブ!』

 大型補給艦の上空をフライパスして、同時に二〇基の羽根を切り離す。ヴィシュヌはミズキのコントロールで海面に全速力で突っ込み、巨大な水柱を作り上げた。

「全弾命中! 目標の動きが止まりました! 撃墜です!」

「上出来だ! 周囲の警戒を行いつつ、大型輸送艦に接触を試みる。撃沈された護衛艦の乗員を救助する必要があるかもしれないからな」

 ペルフェクトバインを大型輸送艦と並走するようにゆっくりと飛行して、大型輸送艦の無事を確かめる。

「大型輸送艦ネレウスより、護衛艦二二三号の撃沈座標を入手しました。これより、誘導します」

 周囲の安全を確保した恭一郎達は、撃沈された護衛艦の乗組員の救助に当たった。しかし、そこには護衛艦の残骸の一部しか残っておらず、生存者はおろか遺体すら発見することができなかった。




     ◇◆◇◆




 大型輸送艦ネレウスを護衛しつつ、この海域の防衛を担当する移動要塞ナウシカと合流を果たした。ナウシカはグリゼルダのような水陸両用の戦車型移動要塞ではなく、超大型艦艇の移動要塞であった。

 全長は九九九メートル、全幅一六〇メートル。艦の前方が戦艦、後方が飛行甲板となっている、航空戦艦型の移動要塞だった。

 艦の中央には巨大な艦橋構造物が聳え立っていて、その左右を艦尾から続く『(ブイ)』字型で五五五メートルの長さを誇る飛行甲板が挟み込んでいる。

 艦橋の前方には背負い式の大型四連装砲塔が三基あり、艦首部分には大量のミサイルVLS(垂直発射管)が配備されている。艦体各所には大量のCIWS(近接防御火器装置)が装備されていた。

 ネレウスの護衛を終えたペルフェクトバインを、艦橋構造物の傍の飛行甲板に着陸させる。ペルフェクトバインは統合軍の機体よりも大型であるため、艦内に格納するには多くの手順を必要としていたためだ。

 出迎えの兵士に要塞内を案内してもらい、恭一郎はヒナと共に要塞指揮官と面会することになった。窮地の友軍艦を救出して、無事にこの海域まで護衛してくれた礼を述べたいとのことだった。

 今までであれば、ハナ達戦闘担当の姉妹が恭一郎の護衛に就くところなのだが、恭一郎が専用スーツの龍皇を装備しているので、シルバーグレーに赤の差し色の入った勝負服姿のヒナだけでも、十分に護衛が務まっている。むしろ支援型のヒナよりも、恭一郎の方が強いかもしれなかった。

 艦橋構造を昇る主幹エレベーターを使い、上層階の会議室まで通されると、そこには要塞指揮官の女性が顔見知りの男性と共に恭一郎達を待っていた。

「移動要塞ナウシカ司令、ジェニス准将です。閣下の来援に感謝いたします。私の横に控えているドートレスとは、元夫婦の間柄となります」

「ヴェルヌで共に戦って以来のご無沙汰をしています、閣下。准将より紹介がありました通り、ジェニスは私の一人目の妻だった方です」

 いつもは飄々としているドートレスが、ジェニスの隣で大人しくしていた。階級上でも特佐であるドートレスよりも上で、しかも別れた最初の元嫁を前に、ドートレスはかなり緊張している。

 借りてきた猫のように緊張して大人しくしているドートレスの姿からは、とても爛れた異性関係で婚姻を繰り返してきた人物とは思えない。ドートレスは本質的に、女性の尻に敷かれるタイプなのかもしれない。

「ネレウスは救えましたが、護衛艦の乗員を発見できなかったのは、痛恨の極みです」

「閣下がお気になさる必要はございません。海獣の行動範囲を読み違えた、我々統合軍の落ち度ですので。むしろネレウスが無事であったことが、我々には幸運だったのです」

「ネレウスの補給物資の中に、メサイア用の最新型水中戦モジュールが搭載されていたのです。この装備があれば、友軍の敵討ちができますので」

 ジェニスとドートレスの話しによると、元々ナウシカは演習のため、南極海を遊弋ゆうよくしていた。ドートレスは新人の指導教官として、ナウシカに配属されていたのだそうだ。

 そこへ海底資源基地との通信途絶の報を受けて、現在の地点まで移動してきたのだという。それと同時に護衛艦隊の一部を海底資源基地の調査と生存者の救助へと差し向けていた。

 その後は恭一郎が知らされた通りに誰も戻らず、海面下に海獣の存在が認められたため、ネレウスに水中戦用装備を運搬させていた。そこを海獣の群が襲い、恭一郎が駆け付けて助け出した。という次第だった。

「実はその海獣に関して、こちらからも情報が有ります。その前に、実物を見ながら説明します」

 恭一郎がヒナに目配せをして、ヒナがミズキに通信を送った。すると、海の中からヴィシュヌで仕留められた海獣の死骸が浮上して、ナウシカの傍の上空に羽根の推力で浮き上がらされた。

「この化け物の名前は、スキュラ。旧トイフェルラントを治めていた先代の魔王、マイン・トイフェルがオメガとの戦いで投入したとされる、魔導兵器であることが判明しました」

 背骨の部分にヴィシュヌの羽根が突き刺さり、完全に事切れている巨大な人魚のような姿に、周囲の兵士達が恐怖でざわつき始めた。人間の五倍以上もある異形の怪物が群れを成していることに、本能的な恐怖を感じているようだ。

「スキュラの生態を解剖して調べたいので、どこか邪魔にならない場所に置かせて頂いてもよろしいですか?」

 恭一郎達が正体不明の海獣を捕獲していたことに驚いたジェニスだったが、敵の正体を把握するため、飛行甲板の端に解剖用の区域を設定してくれた。




     ◇◆◇◆




 未知のウイルスなどによる感染症や汚染を警戒して、防護服に身を包んだ滅菌消毒部隊が周囲を固める中、パイロットスーツ姿の恭一郎達が、スキュラの巨体を解剖する。

 龍皇の身体強化のサポートを受けた恭一郎が、以前リオが行なっていたタイグレスの解体を参考にしつつ、料理の知識を応用して、約一〇メートルの巨体に刃を入れる。

 解剖に使う刃物はペルフェクトバインで生成した、刃渡り五〇センチメートルのなたのような包丁を使用した。恐らく解体を終えた頃には刀身部分が寿命を迎えているはずなので、使い捨ての刃物になる。

 これから解剖するスキュラだが、人型の上半身に魚型の下半身という人魚のような形をしており、頭部と腹部の二カ所に口がある。どちらの口にもサメのような構造の牙が複数列並んで生えていて、生物を捕食することが前提の構造となっていた。

 まずは、仰向けにしたスキュラの上に乗る。喉の辺りに刃を突き立て、胸部まで鉛色のウロコごと斬り裂いた。肋骨部分まで断ち切った胸部を、ペルフェクトバインが指で左右に抉じ開ける。

 開いたスキュラの胸部には、うろこの後ろに隠れていたエラが無数に確認できた。どうやら上半身のうろこの裏には呼吸器が隠されていて、この巨体を素早く動させるだけの酸素を、効率よく取り込む仕組みになっているようだ。

 胸骨の内側には、頭部の口から続く消化器官がある。食堂の部分を断ち切り、胃袋の中を確かめる。胃袋の中には未消化の食べ物が詰まっていて、それだけでも気色の悪い光景が存在していた。

「胃の内容物を確認した。あまり伝えたくないが、撃沈された護衛艦の乗組員のミンチだ。やはりこいつは、生かしておけないな」

 胃袋の中に手を突っ込み、スキュラに咀嚼された犠牲者の一部を手にする。海上用迷彩服の破片だ。灰色の斑模様まだらもようが血肉の色に染まっていて、消化液によって形が崩れかけていた。

 かなり強力な消化液を分泌しているようで、龍の素材を基にして造られた龍皇を着ていなければ、パイロットスーツも数分で溶かされていたことだろう。そうなれば恭一郎は、全身に消化液による大やけどを負っていたところだ。

 ヒナに消化液の成分を調べてもらっている間に、腹部の大きな口を解剖する。人魚としては有り得ない位置に存在する二つ目の口は、強靭な顎と筋肉を持つ、破壊のためのあぎとだった。

 腹部の口には消化器官が存在しておらず、その代わりに護衛艦の残骸である金属の破片が、巨大で鋭利な三角の歯の隙間に挟まっていた。

 腹部の口を構成する顎はサメのように大きく開く構造となっていて、開閉するための発達した筋肉が、背中と下半身をしっかりと繋いでいた。

「どう考えても、普通の生物じゃないな。亜人達も進化生物学的には突っ込み所が多かったが、こいつも大概だ。口を二つも持つように進化するなんて、今まで聞いたことない」

 地球の生物の進化には、法則性がある。脊椎動物である人間と鳥や馬は、見た目の差異に顕著な違いがある。しかし、その身体の基本となる骨の構成には、見た目以外の差異はほとんどない。

 人間の腕を構成する骨は、鳥の翼を構成する骨と同じ数が存在している。いわゆる手羽先と呼ばれる部分は、人間で言うところの手の部分となるのだ。同じような例として、キリンの首は人間と同じ数の骨で構成されている。

 翻ってトイフェルラントの亜人は、人間には存在しない部位が付属している。リオの場合、背中に生えている鳥の翼がそれに当たる。

 本来ならば、翼となる部分は腕であるはずなのだが、背中から天使のように直接生えている。羽ばたくための構造を無視した翼の存在に、最初は理解に苦しんだ。

 後に翼自体が魔法で飛翔するための器官であることが判明して、異世界だしそういう進化もアリだろう、と追及を止めた過去がある。魔法が使えないと満足に動かすことができない構造のため、魔素の枯渇していた時期に、翼を持つ種族の多くが淘汰されてしまっていた。

 ちなみに最近分かったことなのだが、リオの白隼しろはやぶさの羽根は、白変種のモノであることが判明した。ヴェルヌで救助した亜人の中に、隼人しゅうじん族の女性が含まれていて、彼女の証言から、黒の羽根が混じった雪上迷彩のような翼が、本来の白隼の翼であるようだ。

 この期に及んでまで無駄に属性を増やすとは、さすがリオである。

 閑話休題。本筋に戻る。

 今回の問題であるスキュラという怪物は、魚人族のような構造の巨体に、腹部に攻撃用の大顎を備えている。構造はサメの顎と非常によく似ているが、消化器官と繋がっていないという、非常に不自然な構造だ。

 攻撃を意図する進化を遂げるのであれば、頭部の口を大型化したり、人間とおなじ構造の手を甲殻類の持つハサミのような構造に進化させるのが自然だ。

 しかしスキュラは、腹部に攻撃用の大顎を備えている。明らかに歪な進化を遂げた生物なのだ。そういう進化を遂げた世界から召喚された存在である可能性は高いが、生物兵器として改造されたような作為も感じる。

 それはともかく、このスキュラは鋼鉄製の船体を腹部の大顎で食い破り、頭部の口で乗員を食い殺した怪物だ。このような生物に大量に襲い掛かられたら、いかに精強を誇るオディリア統合軍の艦隊でも、甚大な被害を受けてしまうことが想像に難くない。

 下半身を解剖して、非常に発達した筋肉を観察していると、ヒナが消化液の分析を終えて戻ってきた。

「消化液は塩酸ではなく、硫酸が主成分でした。それから、筋肉のサンプルからは、アンモニアが検出されています。この臭気にやられて、数名の兵士が医務室に運び込まれているようです」

「それはまずいな。早く解剖を終わらせて、死骸を廃棄しなければ」

 スキュラの骨格と筋肉の構造を調べ、頭部を割って脳のデータを採取した後、スキュラはペルフェクトバインによって消滅処理された。解剖現場は待機していた滅菌消毒部隊によって、完全に清められた。

 スキュラの体液や肉片で汚染されていた恭一郎の龍皇は、自らの自浄作用によって清潔さを取り戻した。驚きの性能が満載のため、突っ込むことが馬鹿らしくなる装備だった。

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