表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/64

【それは一品料理の完成系】

――トイフェルラント生活一七三五日目。




 とある休息日の早朝。恭一郎は家族の皆から贈られた専用スーツ、正式名称を『龍皇りゅうおう』と定められた鎧を着て、単身ウルカバレーの浜辺へと向かった。

 浜辺に建てられた小屋の中に入り、乾燥させた海産物を袋詰めにする。雪が積もり始めてから、海藻や貝類、魚などを加工して干物にして、氷点下となる小屋の中で保管しておいたものだ。

 トイフェルラント近海は、生態系がある程度戻っている。最初の頃は、結界によって二〇〇〇年もの時間が経過した結果、自然と海洋汚染が浄化されたモノと考えていた。

 しかし現在は、汚染の残る外洋と直に接しているのにもかかわらず、その汚染がトイフェルラント近海にまで及んでいない。オディリアの大陸は沈んでしまっているが、海流までは消滅していないため、時間経過以外の要因が働いているモノと考えられている。

 そんな希少な天然モノの海産物を回収して、今日は気合を込めた一品料理を作る予定となっている。それは作るのに手間の掛かる料理でありながら、美味しく食べられる時間が限られていた。

 その味のバリエーションには果てが無いのか、次々と新たな味が開発され続けている。その果てなき美味しさを求めて、人々が長蛇の列を成すことも珍しくない。

 それは舶来の料理でありながら、国民食の地位まで獲得するに至った大人気の食べ物。手軽に作れるようにインスタント食品にもなっている、多くの人が大好きなモノ。

 ラーメンである。

 シナソバや中華そばなどとも呼ばれるラーメンは、小麦粉などの麺を茹で、スープやタレ、漬けダレなどと一緒に食べる料理の総称である。そこに加えられる具材は千差万別で、全ての料理の要素を一つの丼の中に集約されていることから、一品で完結している料理とも呼ばれている。




     ◇◆◇◆




 朝食の片付けを終えた恭一郎は、ラーメン作りを開始した。今回作るのは、ある程度の個体数となって生産量の安定した家禽のヒュプシェから作る、鶏出汁系スープのラーメンとなる。

 ヒュプシェはトイフェルラントの高級地鶏とでも呼ぶべき存在で、装飾品の素材としても人気の高い白い羽根を持つ小さめの鳥だ。性格は大人しく繁殖力は弱めだが、その肉質は適度な脂身があってとても柔らかく、コクと甘みの強い上品な味をしている。

 今回はヒュプシェの若鶏ではなく、卵を産まなくなった四歳以上の個体を解体して使用する。驚いたことに、老いた個体でも肉質が硬くなり過ぎることがなく、長時間の煮込み料理でも肉の形が残っていてくれる程よい硬さに止まっている。

 自宅にある一番大きな鍋を用意して、解体したヒュプシェの骨ガラと足と皮を下茹でする。ある程度の灰汁を取ってから下茹でのお湯を捨て、取り残していたゴミや汚れを取り除く。

 下茹での終った鍋の中に玉葱と生姜、葉キャベツやニンジンのような香味野菜を入れ、水から時間を掛けて煮込んで、旨味のエキスを抽出する。

 返しとして醤油にオディリアの酒をみりん代わりに一緒に煮て、アルコールを飛ばしておく。こうすることによって、混ぜ合わせたスープの味に深みが出るようになる。

 灰汁を取りながらスープを煮ている間に、別の鍋にヒュプシェの肉と殻を剥いた茹で卵を用意する。こちらは具材とする鳥チャーシューと味付け卵をつくる。

 小麦を使わずに大豆だけで仕込んだ溜り醤油を使い、昆布のような海藻と小魚の煮干し、干物の削り節モドキでしっかりとした味付けをする。これをスープに使用した香味野菜などと一緒に煮込んでから冷ますことで、具材に味がしっかりと浸み込んで美味しくなってくれる。

 具材がこれだけでは寂しいので、暗所で大豆を発芽させてもやしを作っておいた。食べ頃で収穫できるように、計算して発芽させている。あのシャキッとした歯応えは、量も確保できて良いモノだ。

 ネギは確保できなかったので、今回は用水路で育てているクレソンを収穫してきている。ウルカベレー産のクレソンは少々香りと辛味が強いので、この成分を抽出して芥子の代用にできないものかと、試行錯誤を続けている。

 具材はこの程度で十分ということにして、ラーメンの麺を作る。基本的には小麦粉で作るのだが、ラーメンの麺には鹹水かんすいと呼ばれるアルカリ性水溶液を混ぜて作る。今回は重曹を煮て作った炭酸ナトリウムを用いる。

 麺に用いる小麦粉は、本来ならば中力粉と呼ばれる蛋白質量の小麦粉が用いられている。パン食用に適した強力粉よりも水を加えた際の粘り気が弱く、かといって薄力粉のようにさらさらした感じにもならない。

 うどんを作った時は強力粉のまま麺を細めにすることで食べやすくしていたが、今回はオディリア産の小麦粉で香りの強い品種を混ぜ、蛋白質の含有量を調整した。

 麺は小麦粉に塩を加えて撹拌し、卵と水と鹹水を加えてしっかりと捏ねる。出来上がった生地は十分に寝かせた後、打ち粉を振ってから薄く伸ばして重ね合わせてから細く切り、いつでも茹でられる状態にしておく。

 午前中にエキスを取り出した香味野菜を鍋から取り出し、そのまま煮詰めてガラを潰し、鶏白湯の白濁スープの原形が完成した。




     ◇◆◇◆




 ラーメン作りを中断して、昼食の調理をしていると、珍しく遥歌が最初に食堂へと姿を現した。どうも最近、ツァオバーラントの艦内設備で専用機の特殊攻撃戦闘機を開発しているそうで、完成するまで秘密になっている。

 その午前の作業を終えてきたため、かなりの空腹となっている様子だ。作業服の繋ぎの下から、可愛いお腹の虫が鳴いている。

「美味しそうな香りが家中に広がっているから、食欲が刺激されて大変なことになってしまった。責任を取ってほしい」

 一応換気扇は回しているのだが、いかんせん調理中の品が多い。その香気が屋内に籠ってしまうのは致し方が無い。

 そしてもう一人、我が家の胃袋ブラックホールの登場だ。

「鳥肉の匂い。これは醤油と海産物。麦の香りもありますね。お昼ご飯は鳥料理ですか?」

「残念。柔らかハンバーグだ」

 ラーメンの香りに翻弄されたリオへ、冷蔵庫で寝かしておいたハンバーグを取り出して答え合わせを行った。

 着床から一月ほどが経ち、妊娠初期のリオが普段通りにお腹を空かせて、お昼ご飯を強請りに来た。見た目はまだ変わりはないが、お腹の胎芽は順調に育っているようだ。

 お腹の子の成長に比例して、懸念されていた魔力機関の違和感が強くなってきているという。まだまだ魔法を使うのに問題はないという話だが、普段以上の集中力を要するようにはなっているということだ。

 今日は家族全員がお休みであったため、リオは警護としてラナとリナを伴い、エアステンブルクの大聖堂にウェスリー司祭を訪ねていた。春の結婚式の際には、ウェスリーに式の手伝いをお願いしているためだ。

 厳密には魔神教の信徒ではなくなったリオであるが、現在の信仰対象である創世神の存在が世間で全く認知されていないため、国内向けに魔神教の方式を採用している。

 しかも恭一郎は異世界からの転移者であるため、異教徒との婚姻ということで、専用の手続きや作法を必要としているのだそうだ。そこのところの確認と相談を、元信徒であるリオが進めてくれている。

「もうすぐパンも焼けるから、席に座って待っていなさい」

 電気オーブンでは、シンプルな丸いパンを焼いている。それにレタスにトマト、焼きたてのハンバーグを挟んで、ハンバーガーの完成である。付け合せのジャガイモは油で揚げずに蒸かしていて、サワークリームオニオンソースを添える。

「以前演習で焼いた肉は硬かったのに、恭兄さんの焼く肉は硬くないのよね。挽肉はボソボソしていないし、火の通りも良くて生焼けを見たことがないわ」

 軍人であった遥歌の料理の腕は、オディリア人の平均よりは高いのではないのかな、という程度であった。料理では致命的な失敗を犯かなさい代わりに、成功もしないという具合だ。

 料理の腕は、リオの方が圧倒的に強者である。そのため、遥歌はたまに料理の練習をしていて、ある程度の料理をそれっぽく作れるようになっている。

「コツさえ覚えれば、何とかなるもんさ。これから焼くハンバーグは、牛と豚の合挽き肉、玉葱、パン粉、卵、塩と香辛料、そしてポイントとなる牛乳を入れてから良く捏ねて、一晩寝かせておいたものだ。こうすることで肉のタネが馴染んで、肉の中にも水分が保持される状態が出来上がる」

 遥歌の目の前でハンバーグを適当な大きさに丸め、次々とトレーの中に並べて行く。大きさはパンの直径に合うように、大体の目分量で分けている。

「仕込みの一手間を惜しんでいては、美味しい料理は作れない。という訳ね」

「時間短縮の裏ワザとかがあるから、一概にはそうと言えないな。だけど、その心構えは大変に結構なことだ」

 手早くハンバーグを小分けにして、フライパンを用意する。日本ではどこの家庭にもあるような、一般的なテフロン加工のフライパンだ。

「プロだったら鉄のフライパンを使って焼くんだが、俺のはあくまでも家庭料理だから、普通のフライパンを使う。ただし、波型の溝があるタイプでは焼かないぞ。余計な脂を落すために使う人もいるが、あれは熱の伝わりが偏るから、その部分の肉から旨味と水分が余計に出て行ってしまうんだ」

 フライパンを火に掛け、熱くなったらハンバーグを焼き始める。この時の火力は中火にしておき、ハンバーグの表面を均一に焼いて旨味と水分を閉じ込める。

「こうして美味しい成分をハンバーグ内に閉じ込めたら、弱火にして蓋をする。このサイズなら三分程度焼いたら裏返しにして、こちらも表面を中火で焼いたら、蓋をして弱火で三分。その後は火を止めて、五分ほど余熱で火を通せば完成だ」

 手本を示して焼き上がったハンバーグを皿に移し、焼き上がったパンを真横に切ってから具材を挟む。出来上がったハンバーガーをリオと遥歌に食べさせる。

旨旨うまうま

「柔らかい。それでいて粗挽きの肉が程よい弾力で美味しい」

 日本とは違い、トイフェルラントやオディリアでは、地球の食材を全て揃えることができない。それでも五年もこちらで主夫をしていれば、料理のレベルを地球のソレに近付けることもできるようになる。

 その後、遥歌に焼きを経験させて上手にハンバーグを仕上げ、料理の腕に自信を持たせることに成功した恭一郎だった。そしてハンバーガーは旨かった。




     ◇◆◇◆




 午後になり、遥歌は再びツァオバーラントへ作業に向かった。リオは部屋に戻って書類仕事を片付けている。

 これから、ラーメン作り午後の部の開始である。

 鶏白湯スープの原形を煮る。骨や髄からの旨味を最大まで引き出し、スープの完成度を上げるのだ。煮込んだことで水分が蒸発してしまった分は、適量のお湯を加えて水分量を調整する。

 醤油ベースのかえしの味見をする。アルコールが完全に飛んでおり、奥深い重層的な味の返しになっていた。代用品でもこのレベルであるから、糯稲もちいねを見付けて栽培することができれば、本物のみりんから返しが作れるようになる。

 みりんは糯米と米麹をアルコールと混ぜてから醸造して、そのかすを搾り取って造る甘いお酒だ。調理用に重宝するので、またイネ科の植物でも捜索してみたいところだ。

 鶏チャーシューと味付け卵は十分に煮込んだので、香味野菜を取り除いて火を止め、冷ましながら味を浸み込ませておく。

 寝かせ終えた麺の生地を台の上に打ち粉をしてから置き、麺棒で薄く伸ばしていく。腰を入れて体重を掛けながら、四角く均等な薄さになるように心掛ける。

 一応家庭用の製麺機はあるのだが、今回は全てを手打ち麺にしている。家族三人分、例外的に一人だけ爆食な亜神のお嬢さんが含まれているが、時間さえあれば一人でも賄える作業量だ。

 手の掛かる仕込は午前中で集中的に終らせておいたので、午後は無理せず製麺作業ができる。

 今回は卵が入った中華麺なので、出来上がった麺は淡い黄色のストレートの細麺となった。それを一人前ずつに束ね、打ち粉をまぶして玉にしておく。これを繰り替えして、家族三人用で一五人前の麺を作成した。

 後は麺が茹でるだけの状態となったので、鶏白湯スープの仕上げに取り掛かる。煮込み続けて骨からエキスが出尽くしたので、ザルで固形物を濾してスープだけを取り出す。

 出来上がったスープはヒュプシェの旨味と香味野菜の香りを凝縮した、後味のさっぱりしている白濁の液体となった。このスープをベースに返しを加え、茹でた麺と各種具材のトッピングを乗せれば、夕食に出すラーメンの完成である。

 最後にもやしを茹でて、夕食の準備が全て整った。




     ◇◆◇◆




 夕食時となり、家族が自然と食堂に集まってきた。恭一郎はリオと遥歌の分の麺を茹で、出来立てのラーメンを提供した。

「鶏白湯醤油ラーメンの鶏チャーシュー味玉もやしクレソン乗せ、一丁上がり」

 リオ用の通常の三倍丼と、遥歌用の普通の丼を出す。どちらも以前訪れたオディリアの生活雑貨店で、ラナが見付けて購入してきたモノだ。これでも複数回お代わりをするのだから、それだけ食べてよく太らないものだといつも感心している。

 二人仲良く頂きますを言ってから、ラーメンを食べ始める。

 リオは重たい丼を片手で軽々と持ち上げ、具材もスープも一緒に麺と絡めて口の中に掻き込む。麺料理ではなくご飯ものを食べているようなスタイルだ。

 一方の遥歌は、スープを一口飲んでから、麺をスープと絡めて上品に食べている。具材にも箸を付けながら、黙々と麺が伸びてしまう前に胃袋へと収めていた。

「お代わりは要るか?」

 ラーメンを一心不乱に食べ進めている二人に、お代わりの有無を問い掛けた。すると二人共、無言で首肯してお代わりを要求してきた。どうやら、お気に召してくれたようだ。

「食べ終わったら、丼を持っておいで。すぐに盛り付けをしてあげるから」

 この後、リオは三杯の九人前、遥歌も三人前を平らげることになった。恭一郎は二人前だけに留め、残った一人前は冷凍して非常用の夜食に回すことにした。




 夕食の片付けを終え、居間で落ち着いた恭一郎の所へ、リオがやってきた。遥歌は夕食前に風呂を済ませていて、ミズキと今後の打ち合わせをするために司令室へと赴いている。

「ラーメンというのは、美味しい食べ物ですね。ラーメン大好きな作品があったのも納得です」

「スープと麺と具材を、一つの食器の中で調和させた料理だからな。味も組み合わせも無数にある。自分の好きな味に巡り合えたら、それだけで幸せな気分になれるのさ」

 基本的な昔ながらの味から、ご当地限定のレアな味まで、日本全国にラーメン店が建っている。チェーン店だろうが個人経営だろうが、それぞれに拘りや特色を打ち出した、多様なラーメンで勝負を行っていた。

 今回作ったヒュプシェのラーメンは、素材の大量入手が困難なため、トイフェルラントでは高価な料理となる。だが、その調理方法は非常に応用が利くので、素材を安価なヒューナーに変更するだけで、大きくコストを抑えられる。そうすれば、一般にもラーメンが出回るようになる。

 その布石として、味付きのインスタント麺を流通させているので、生ラーメンの味は受け入れてもらえることだろう。

「ところで、なぜ今日はラーメンを作ったんですか? 今までだと、蕎麦、うどん、そーめんといった、もう少しシンプルな麺料理を作っていましたよね?」

 どれも美味しかったと、リオが味の回想を口にしている。ここまで手の掛かるラーメンは、一度も作ったことがなかったからだ。

「それは、食べることもまた、楽しいことだからさ」

「楽しいことですか? まあ、恭一郎さんの美味しい料理が食べられて、私は幸せでしたけど……」

 いまいちピンと来ていないリオに、恭一郎は説明を続ける。

「トイフェルラントやオディリアには、娯楽が少ない。このことは以前にも話したが、実はこのラーメン作りにも繋がっている話なんだ」

 料理が好きな恭一郎がそもそも台所に立っているのは、そうせざるを得なかった過去があったからだ。幼少の頃から仕事ばかりしている父の背中を見て育った恭一郎は、その父を応援するために台所で包丁を握った。

 そもそも不器用だった手先で、料理を何度も失敗した。流した血の量を合算すると、当時の身体で致死量に及ぶほどだ。まさに血と汗と努力の結晶で料理の腕を磨いた恭一郎は、以後二〇年ほど自宅の台所を預かる身となっている。

 最初の頃は父を応援するための義務感から始めたことであったが、上達する料理の腕と父の喜ぶ顔が楽しくなり、現在は愛する家族の幸せのために料理を続けている。楽しくなければ、料理は長続きしないのだ。

 このような恭一郎の料理遍歴を加味しつつ、本筋に戻る。

「食事をするということは、他の命を頂いて糧とする生き物の基本だ。生きるために食べるのであれば、それでもかまわないだろう。だが俺達には、味覚というモノがある。身体が欲するモノは、大概美味しいモノばかりだ」

「魔素の含有量は別にしても、恭一郎さんのご飯は美味しいですよね。初めて肉うどんを食べた時なんて、止められない止まらない悪魔の罠かと思いました」

「……俺が悪魔云々は置いといて。味覚があって美味しいモノが食べられるのなら、これを愉しまない手はない。美味しいモノを好んで色々食べることを、日本では食道楽くいどうらくとも呼ぶ。つまり、食べることも道楽、楽しむことに繋がるんだ」

 他にも、服をたくさん所持して、ファッションを楽しむことを着道楽きどうらく。暇さえあれば、水面に釣り糸を垂れる釣り道楽というモノもある。このように、道を解して自ら楽しむことが道楽なのだ。

「ここで、この世界に娯楽が足りない。に戻るんだが、俺が遊園地構想を準備しているのは覚えているな?」

「ええ、覚えてます。たぶんあの前後ので、デキちゃったはずですから」

 確かに、事の後に二人で横になりながら話した内容だったが、一言余計で恥ずかしい。幸せそうに下腹部に手を触れている姿を見てしまったら、注意し難くなってしまうではないか。

「ウルカとグリゼルダによって薙ぎ倒された大量の廃材を再利用して、海上に遊園地のための大型フロートを建設しようとしている。そこの遊園地において、大型遊具だけではなく、美味しい料理という娯楽も提供しようということなんだ。考えてもみろ? 遊園地の遊具で思い切り遊んで、美味しいご飯を食べて、また遊具で遊ぶ。そして帰る前に、また美味しい食べ物を食べる」

「なんですか、それは!? 地上の楽園ですか!? アニメの設定ではなかったのですか!?」

 実年齢がまだまだ子供のリオは、恭一郎の作ろうとしている遊園地に心惹かれた。これまでは遊具は子供騙しで、大人では楽しめないという先入観を持っていた。

 しかし、恭一郎がこれから作る大型遊具は、身長制限を設けるような本格派で、しかも遊ぶだけではなく美味しい食べ物まで楽しめるというのだ。こちらの世界では成人したという扱いになっているが、まだまだ遊びたいお年頃なのだ。

「ここで、ラーメン作りの部分まで戻るぞ。ラーメンは準備を整えておけば、麺を茹でるだけですぐに提供できる。遊園地にお客さんが入って、昼時なんかには皆が腹を空かせて、食べ物を求めて食堂に集まって来る。そこでラーメンのような、直ぐに提供できる食事を用意しておけば、お客さんは美味しい料理が直ぐに食べられて嬉しい。遊園地側はたくさんのお客さんに料理を食べて貰えて、売り上げが上がる。入園料や遊具の使用料なんかでも利益が得られるから、近衛軍の予算で貯蓄が目減りするのを抑えることができる」

「良い話だったんですけど、いきなり生臭くなりましたね。金策することに文句はありませんが、最後まで夢を見せてほしかったです」

「すまんが俺は、小賢こざかしくて汚い大人だ。リオを助けた後に雇用契約を結んだのも、俺の立場を有利にするためだった。ウルカの誘いに乗らなかったのも、俺が世界の救済を考えていなかったからだ。そしてトイフェルラントの再生と発展に協力しているのも、リオが魔王となることを選んだからだ。俺は基本的に、俺のためになることしかしていない」

「自らの行為を偽善と断言するんですか? 相変わらず不器用な人ですね」

 恭一郎の人となりは、リオはよく分かっている。自己中心的なエゴイストでありながら、愛する者のためなら世界すら敵に回すようなお人好しの雄なのだ。

「まあ、そこに惚れた私は、こうして幸せにしてもらっているんですけどね」

 リオが猫のように頬擦りして恭一郎に甘えながら、本来は隠しておくべき本音まで、包み隠さずに話してくれたことを喜んでいた。全てはリオとお腹の子のためなのだから、嬉しくなって当然なのだ。

「取り敢えず遊園地の下準備が整ったら、マックスに相談に行かなきゃならないな」

「どうして遊園地のことで、彼の名前が出て来るんですか?」

 甘えながら上目使いで、恭一郎の真意を訊ねる。

「平和な軍隊は暇だからな。遊園地のキャストとして、近衛軍の隊員達にも働いてもらうからだよ」

「まさかとは思いますけど、近衛軍の隊員募集をした本当の目的は、自由に使える労働力の確保だったのでは……?」

 リオにジト目で問い詰められ、恭一郎は恍けて笑顔を返した。さすがリオ。速攻でバレました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ