【時は来た】
――トイフェルラント生活一七一五日目。
ノイエ基地に縦五〇メートル、横二五メートル、高さ一五メートルの多目的屋内運動場を建設し、トランプやチェス、危機一髪やビリヤードを複数個提供した恭一郎は、それぞれのプレイングマニュアルをトイフェルラント語で記して配布した。
次回は球技用の道具を用意してくることを約束し、今後の遊び道具の方向性を見極めることになった。
恭一郎の遊園地計画は、基地司令のマックスまでが知る秘密となっており、その参考のために、提供した遊び道具の使用状況が密かに報告される態勢を整えていた。
◇◆◇◆
この日の夜、明日が早いという遥歌が先に就寝したため、家事の手伝いをしてくれたヒナにも早く休んでもらい、恭一郎とリオは就寝時間まで居間のテレビで映画を観て寛いだ。
視聴した映画は火星を舞台としたポリスアクションストーリーで、同僚を失って傷付いた男性刑事と気の強い女性刑事が、特殊な連続殺人事件を追うというモノだ。
その|オリジナルビデオアニメーション《OVA》版を再編集した劇場版が、源一郎の私物の中にあったのを見付け、リオが一緒に観ようと恭一郎を誘ってきたのだ。
海外で支持された作品だけあって、派手なガンアクションや追い詰められて行くサスペンス、事件の真相に迫りビターなロマンスが展開されるなど、その描写は大人を対象としている。そしてラストの小さな希望が、それまでの逆境を吹き飛ばしてくれる良作だ。
「オリジナルビデオアニメーションでしたか? 今まで観てきた作品の中でも、かなりクオリティーの高い作品でしたね」
「開拓途上の惑星における、低出生率と労働力不足解決の両立。それの倫理的側面を描いているからな。こんな重たい内容、なかなか一般には受け入れられないからかもしれない。だから内容で勝負しているんだろう」
「どことなく、この世界も似たようなところがありますね」
「まあ、ヒナから下の娘達は、このヒロインと同じような身体だからな。出生率は別にしても、慢性的な兵力不足に陥っていたみたいだし」
この世界は、オメガの存在によって、大きく歪められていた。その影響で、人間の社会は歪な変貌を遂げていた。
強大な力を持っていた敵に対抗するためには、絶滅寸前の人類は数が足りなかった。現在は廃止されている婚姻統制も人口増加政策の一つであり、戦傷によって失われた身体を補填する、義肢素材や生体用部品の技術が進歩していた。
その人工素材で作り上げられているヒナ達は、基本的に人間と同じことができる構造になっている。重水の補給が必要なセナを除き、ヒナ達は食事と排泄の機能はオミットされているが、それ以外はしっかりと女の子になっている。
それだけではなく、人工授精から人工子宮による生育施設も存在しており、損耗の激しい兵力の供給を支えていた。でなければ、オディリアの人間はとっくの昔に滅んでいたことだろう。
「その歪みも、今は昔。アナタが裏で手を回して、大統領を炊き付けて廃止に追い込みましたけどね」
「増え過ぎた人口は、社会にとって大きな負担だからな。地球にあった最大の人口を誇る国では、食べられるモノは何でも食べていたし、その人々を飢えさせないように、絶えず周囲へ膨張を繰り返して侵略戦争を仕掛けていた。兵力だけは、掃いて捨てる程に補充できるからな。自国民を間引いて隣国を占領し、同化政策の名の下に原住民の根絶やしを行う。そうやって手に入れた資源で、国をさらに肥え太らせる。そして肥え太った国を支えるために、周囲を自分の領域に作り変える」
「まるでがん細胞のような国ですね。平和的に共存できないんですか?」
「統治機構が法律の上にあるから、都合が悪くなれば、朝令暮改も思うがまま。自己中心で責任転嫁の虚言症。相互監視で密告も横行。不都合な人物は国家の安全の名の下に、例え未遂でも逮捕され、薬物や拷問、思想矯正に洗脳、闇に葬られることもある」
「なんですか、その暗黒郷は!? よくそんな息苦しい社会で、大勢の人が生活できますね!?」
「恐ろしいことに、それに馴らされてしまっているんだ。リオも魔素の少ない生活は気になっていただろうが、実際はそれが当たり前だっただろ? そういう教育を施されているから、誰も自身の国の異常性に思い至らない。もし思い至ったとしても、勝ち馬に乗れるなら乗っていたいと思うからな。そこで異を唱えようものなら、非国民の不穏分子扱いさ」
「そんな国があったから、アナタが殊更に、自由民主主義をトイフェルラントに広げようとしていたんですね?」
「どちらかというと、民族自決かな。亜人という種族が惑星オディリアでこれからも生きて行くために、自らが考え、自らが判断し、自らが行動する。そんな力を持ってほしかったんだ。それに、自由や正義は、立場によって内容が変化する。民主主義も人々が間違えれば戦争を起こすし、質の悪い為政者が社会構造を自分の都合で作り変えることもある。民主主義とは、人々が国の行く末を考える当事者であることを認識していなくてはいけない社会形態なんだ。人々の選択が結果として生じた問題は、それを選択した人々に責任が生じることになるからね」
「だから、私が全ての責任を負う専制君主国家ではなく、立憲君主の議会制民主主義国家にしたんですね。国の統治者たる君主が、必ずしも善政を敷くという保証がありませんから」
「買い被らないでもらおうか。俺はこうしてリオと一緒にいる時間が大切だから、リオの負担を人々に肩代わりさせただけだ。今までの理由は、所詮は後付けの理屈だよ」
これで、この話題はお終いだ。そう言わんばかりにリオの唇を奪い、刹那的な安息を求める。恭一郎にとって、世界が平和であれば、それだけでよかった。ただ、リオがトイフェルラントの行く末を想って行動を起こしたことで、現在の状況に至っているだけだ。
もしリオが武力による覇道を求めていたとしたら、恭一郎もその力となるべく暗躍と謀略を展開していたことだろう。あくまでも烏丸恭一郎という人物は、良くも悪くもエゴイストなのだ。
二人が話し込んだことで時間が経過し、就寝時間が近付いた。そろそろ寝ようという雰囲気となり、二人は同棲している自室へと移動した。
◇◆◇◆
自宅の二階には、手洗いを除いて大きな部屋が四つある。恭一郎の使っていた、リオに占有されていた子供部屋。源一郎が使っていた、恭一郎とリオの同棲する家長の部屋。新たに家族として迎えた遥歌のために整備された、元収納の物置部屋。洗濯物の室内干し用の物干し部屋である。
子供部屋と家長の部屋は隣り合っており、廊下を挟んだ反対側に、遥歌の部屋、階段、手洗い、物干し部屋と言う順番で並んでいる。その内、家長の部屋は階段と手洗い分の広さだけ他の部屋よりも間取りが広くなっていて、そこには多くの蔵書が収められ半ば書斎のような造りとなっていた。
リオが同居を始めたことで多少手狭にはなっていたが、それでも収納を工夫することで生活空間は維持されていた。
だが、恭一郎は自室の扉を開けて見たモノは、生活空間には似つかわしくない、無骨なモノだった。黒紺に輝く一組の鎧兜が、黒塗りの箱の上に鎮座していたのである。
「端午の季節だったか?」
多少見た目が違っているが、その構造は日本の鎧兜のそれと同じに見える。袖付き鎧と兜だけではなく、面頬に籠手、佩楯や脛当まで揃った具足のようだ。
「私達家族からアナタへの、サプライズプレゼントです」
リオが部屋の扉を閉めながら、理解の追い付いていない恭一郎の背中に話し掛けた。
「日本の鎧兜を参考に製作した、アナタ専用の新型パイロットスーツになります。ペルフェクトバインの殺人的な性能に耐えるため、着用者に身体強化の魔法を付与する機能が盛り込んであります」
見た目に関する違和感の正体は、本物の当世具足ではなく、パイロットスーツとしての機能から来ていたようだ。しかし、パイロットスーツにしては装飾過剰で、着座の際は草摺が邪魔になりそうな気がする。
「そして今度の結婚式用衣装の一つとして、実戦投入可能なオプションアーマーを装着してあります」
リオが龍の顔をあしらった前立ての付いている兜を外して、首の左右と後方を護るしころと呼ばれる装甲板の綴られた部分を取り外して見せた。
首の左右と後ろがすっきりした兜の中身は、見慣れたヘルメットの構造になっていて、パイロットスーツとして使う場合は、邪魔な部分を取り外せる仕掛けになっているようだ。このギミックが、ヘルメットに取り付けられている目の下頬だけでなく、袖や草摺などにも取り入れてあるらしい。
「基本構造は、これまでのパイロットスーツと同じになっています。特殊素材を使用したアンダースーツを着た上に、各種オプションを装着可能なアウタースーツを着込むだけです。このアウタースーツの特殊素材が防護服兼装甲服としての機能を果たしています」
頭部の取り外された首の部分から内部を覗きこみ、説明通りの二重構造であることを確かめる。やたらと特殊素材と連呼していたが、その手触りはこれまで使用してきたモノよりも良くなっている。
続いて、鎧の装甲を確かめる。小札と呼ばれる小さな装甲板が、絲で組み合わされているように見えていたが、うろこ状の装甲板を重ね合わせた鱗鎧だった。
うろこの手触りは金属のようで、爪で突くと高い音がする。重ね合わせてあるため装甲の切れ間が無く、ある程度うろこが動くので、柔軟性もあるようだ。
胴の鱗鎧はダブルのコートのような構造になっていて、アウタースーツの方から腰の部分までを覆っている。身に着ける時はアウタースーツの前を閉じ、側面までの長さがある鱗板を固定することで、固定式でありながら動き易い胴鎧となっている。
腰から大腿部を護る草摺を持って捲ってみる。本来ならば揺絲と呼ばれる部分で胴と草摺が繋がっていて、足の動きを邪魔しない構造になっている。だがこの鎧には、独立した七枚の鱗板が腰の部分でベルトの様に巻かれていた。
鱗板の草摺の正面に当たる一枚の裏側には留め具があり、これを外すことによって、簡単に腰回りのオプションを排除できる仕組みだった。
ふと視線を落すと、佩楯と呼ばれる腿と膝を護る鱗板は、アウタースーツに固定されていた。着座状態では邪魔にならない場所のため、プロテクターとして標準装備としたのだろう。
草摺と同じような留め具によって胴と繋がれていた袖は、肩から肘の辺りまでを護る大袖の造りになっていた。こちらも鱗板で構成されていて、肩周りの動きを邪魔しにくいようになっている。
袖の下には佩楯と同じような小さな鱗板が固定されていて、アームガードのような役割が与えられているようだ。
籠手はフィンガーガード部分まで鱗板で覆われていて、指の外側まで守られている。こちらも必要でなければ、手首の内側にある留め具を外すことで、手首から先の装甲部分だけを取り外せるようになっていた。
足元も同様の作りになっているのか確かめてみると、脛当てが靴と一体化しており、鱗板に覆われた長靴となっていた。足元は装甲靴という扱いらしい。
一見すると日本の当世具足のようだが、その実は西洋の鎧の要素を盛り込んでいた、トイフェルラント仕様の鎧のようだ。ペルフェクトバインのミッドナイトブルーに合わせた配色となっていて、正に専用装備と言ったところか。
だが、一つ引っ掛かることがある。ペルフェクトバインは、ヒュッケバインの系譜に連なる凶鳥の眷属だ。恭一郎の個人エンブレムも、剣と銃と稲穂を持つ八咫烏となっている。
新しいパイロットスーツの前立てが龍であり、装甲板も龍のような鱗に覆われている。恭一郎専用と言うのならば、ここは鳥をモチーフとした装飾であるべきだ。
ふとここで恭一郎が、この疑問の答えに辿り着いたような気分となった。
恭一郎を護るということで、その守護者筆頭にして、これからは妻となるリオをモデルに、最も強い龍の姿をモチーフにして製作したのではないだろうか。というものだ。
オプションの取り外しが可能なため、他の種族の特徴も後付できると考えたとしても、この場合は不思議ではない。あまり妙ちきりんな格好をさせられるのは勘弁してほしいため、そこのところをリオに訊ねてみる。
「この鎧のデザインが龍をモチーフにしているのは、どうしてなんだ?」
「ふ。ふ、ふ。よくぞ聞いてくれました……!」
妙に勿体付けて、リオが自信ありげに胸を張った。
「それはですね、この鎧に身体強化の魔法を付与するにあたりまして、魔導具化するのに最適な素材を見付けたからなのです」
この口振りだと、既存のミスリルやオリハルコン、アダマンタイトではないらしい。まだこの世界には恭一郎の知らない素材があるため、それを見付け出したのだろう。
「それが、特殊素材なのか?」
「はい。まったく盲点の素材でした。こんなに優秀な素材が身近にあったなんて、このパイロットスーツの制作を始めるまで、誰も思い至りませんでした」
「それで、その正体は?」
「その正体は――」
わざとらしく沈黙したリオは、手にしていたヘルメットを元に戻し、パイロットスーツをあるべき姿にした。そして、その横に並び立つ。
「――アナタの目の前にありますよ?」
「どういう、ことだ……?」
恭一郎の目の前には、特に変わったモノはない。身近にあるということは、普段から目にしているモノなのだろう。部屋の中にはパイロットスーツを除くと、恭一郎とリオ、そして家財道具や書籍しかない。
「まだ、解りませんか? それとも、そのことを考えないようにしているんですか?」
悪戯を愉しむ子供の様に、リオがにやけ面で恭一郎のことを見守っている。ややもして、恭一郎の視線がリオに固定された。そして、リオが微笑む。
「正解です。特殊素材の正体は、私でした」
「正気か!?」
思わずリオに詰め寄り、恭一郎はその両肩を強く握ってしまった。
「私は正気ですよ。それに、いつも傷付いてしまう恭一郎さんと比べれば、私の受けた痛みなど、縫い針で指を軽く刺す程度ですから」
「だからって、俺のためにリオが傷付くことを、俺が良しとすると思うのか!?」
「では聞きますが、私のどの部分が使われているか、アナタには判りますか?」
「そんなの、リオが変身した、龍人のうろこに決まっているだろ!? 生皮を剥ぐようなモノじゃないか!? 傷が残るような怪我をしていないよな!?」
「大丈夫ですから、落ち着いて」
この世界よりも大事な存在が傷付いてしまったことに、恭一郎は取り乱してしまった。自身が傷付くことには無頓着だが、大切な家族が傷付くことにはヒステリックに反応してしまう。
「なにもうろこがあるのは、龍人の時だけではないですよ。真龍化してからハナさんに手伝ってもらって、慎重に数枚だけ剥がしただけですから」
「あの美しい身体から、うろこを……!? そうまでして、このスーツを俺のために……!?」
「本当なら式の当日に拉致って、有無を言わさず着替えさせる予定だったんですけど、急遽予定が変更になりまして……」
どうやらかなり前から、恭一郎が安全にペルフェクトバインを操縦することができるように、この特別製のパイロットスーツを用意していてくれたようだ。
真龍化してうろこを剥いだということだが、リオの全身に鱗を剥いだ後のような傷跡は無かった。どうやら本当に、大した傷ではなかったようだ。
しかし、サプライズの予定が急遽変更になったとは、どういうことなのだろうか。ペルフェクトバインで出撃しなければならないような事態が起きた――にしては、自宅の中の空気が少しも殺気立っていない。
「この装備一式を、俺に渡さなければならない。そんな緊急事態が発生しているとは、思えないんだが……?」
「私も今朝まで、気付かなかったんですけど……」
リオの肩を握る恭一郎の優しく手を解き、そのまま誘導して自身の下腹部に触れさせた。
「できた、みたいです。私達の赤ちゃん」
「……っ!」
リオに誘導されて恭一郎の手が触れている場所は、子宮の上だった。嬉しそうにはにかんでいるリオの顔と、新たな命の宿ったという子宮のある場所を触れている手の間を、恭一郎の視線が何度も往復しる。
「今朝方から魔力機関に微かな違和感があって、時期的に女の子の日でもないし、それとも違うような気がして、違和感の原因を調べてみたんです。そうしたら、お腹の中に別の魔力機関のような反応があったんです。念のため、バイサー先生にも判断を仰いだら、どうやら受精卵が着床したことで、胎芽に魂が形成され始めたのではないか。という結論になりました」
「そんなことまで、判るモノなのか? ローザさんの時は、もっと後になってから判ったんだぞ?」
「バイサー先生の見解だと、私の様に魔力操作に長けた者が、ギリギリ気付くかどうかの非常に小さな変化だから、普通の妊婦には感知できなのではないか。だそうです。私もアナタに抱いてもらっていなかったら、気の所為で片付けていましたから」
これも一つの、虫の知らせであるのだろうか。幾つもの条件が重なって、初めてリオが気付くことができた小さな変化だ。恐らく妊娠したリオの体内では、ホルモンバランスなどが大きく変化して、母親となるための準備を開始しているのだろう。
「妊娠したことは、大変嬉しい出来事だ。けれど、このスーツを俺に渡すことに、何の関係があるんだ?」
「お腹の子が途中で死んでしまう可能性はありますが、紛れもなく私達の子です。こうして私のお腹に別の命があるように、もう恭一郎さんの身体は恭一郎さんだけの身体ではなく、この子の父親の身体なんです。だから、多少無茶をしても死なないように、私の切り札をお渡ししたんです」
「言っていることは分かるが、それとスーツを渡す理由が、まだ上手く繋がらないんだが?」
「実は、私の魔力機関への違和感が、今朝と比べて僅かに強くなっている気がするんです。魔法を使うことに支障の出るようなことはありませんが、もしこの違和感が、この子が成長するに従って大きくなってくるとなると、数か月後には魔法が上手く制御できなくなるかもしれません。そうなると、治癒魔法のような高難度の魔法が暴発する危険があるんです」
「亜人女性が妊娠すると、魔法が使えなくなるのか?」
「私の知る限り、そのような話は聞いたことがありません。ですが、私達は普通の関係ではありませんし、その間に生まれる子供が普通の子供になるのか、私達には知らないことがたくさんあるんです。こういう時に頼りになりそうなウルカさんは、もういません。だから……」
「万が一の事態に備えて、俺に保険を掛けておくということか」
母親になり始めたリオがいつにも増して、慎重な判断で行動している。その思考はすでに子を護ることを目指していて、魔法の使えない事態では恭一郎の身を護るどころではなく、むしろ守ってもらわなければならないと判断したようだ。
「妊娠のことを知っているのは?」
「家族を除いては、相談したバイサー先生だけです」
「魔力機関の違和感のことは?」
「家族だけです」
恭一郎も父親になるため、子を護るために思考を巡らせる。
もしリオの懸念する通り、お腹の子の成長に比例して魔法の使用が困難になると、魔王としての立場が危うくなる。その圧倒的な戦闘力の根源が魔力にあるリオは、魔法が使えなくなることで、確実に弱体化することになる。
そうなると、魔王の存在で抑え込まれている野心を持つ者達が、これを好機と捉えて魔王の排除を試みるかもしれない。それはリオの命を狙うことであり、そのお腹の子も危険に曝されることになる。
リオの治世は安定している状態だが、まだ実績と呼べるだけの評価を出し切れていない。善政を敷くことで支持を集めているが、リオが後ろ盾となっているコーエン政権の支持が失われると、リオへの評価も悪くなる。
それは国内の不安定化の原因となる、非常に危険な問題だ。その時に魔王であるリオが巻き返しを図ることができれば最高なのだが、弱体化した状態ではむしろ致命傷になりかねない。
何事もなく子供が生まれ、魔力機関も回復してくれれば、取り越し苦労で済む。だがそんな希望的観測は、足をすくわれる危険性が高い。何か手を打たなければ、後でその付けを払うことになるからだ。
「魔力機関の違和感については、全員に箝口令を敷く。可能な限り誰にも悟られないように、複数の姉妹を護衛に付けることにする。リオは親衛隊の仕事を盗らないように、なるべく彼女達に仕事を割り振って偽装工作を行ってくれ」
「分かりました。お腹の子のことは?」
「もうしばらくは、秘密にする。こっちは、慶事だからな。もう少し安定したら、皆にも祝ってもらおう」
リオが望み、恭一郎がその想いを受け入れた証が、こうして結実した。
恭一郎はリオの献身の込められたパイロットスーツを手に入れ、家族を護り抜く決意を新たにした。




