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【軍隊が暇なのは平和の証】

――トイフェルラント生活一七〇五日目。




 たった二カ月弱で大怪我から復帰したマクシミリアンによって、ノイエ・トイフェリンにある近衛軍駐屯地、通称ノイエ基地が本格的に稼働を開始した。

 多くの隊員が練兵課程に取り組み、自らの基地に必要な施設の建造を行っている。隊員達の官舎は恭一郎が用意しておいたので、凍えるような屋外でのテント生活というハードな仕打ちにはなっていない。

 隊員達の練兵には、親衛隊から教官として必ず二名が、休息日を除いて毎日ノイエ基地まで派遣されている。

 近衛軍は基地が二つに増えたため、ウルカバレーの近衛軍基地は、近衛軍総司令部へと名称を変えた。だが人々は、この場所に親衛隊だけが常駐しているためか、親衛隊基地という認識になっている。




     ◇◆◇◆




 この世界の軍隊といえば、オディリア統合軍が最大の規模を誇っている。恭一郎の父である源一郎が、この世界の人々と一緒にオメガに対抗するために組織した、攻勢に重きを置いた軍隊である。

 海に空に、宇宙にまで部隊を展開するオディリア統合軍は、惑星オディリアの制海権と制空権及び制宙権までも手中にする、オディリア共和国の覇権の象徴だ。

 次に規模の大きな軍隊は、トイフェルラントの正規軍に当たる国防軍だろう。一部任務の共通する警備隊を加えると、三〇〇〇名近くの人員を有する集団となっている。

 保有戦力は微々たるものであるが、CAの導入が決定しているため、これから組織体制が充実して行くことになる。

 それから忘れてはいけないのが、親衛隊を含めたトイフェルラント近衛軍だ。人員こそ五〇〇名に満たないが、装備と練度は国防隊を上回っている。しかも総司令部の保有する戦力は異常なまでに突出しており、オディリア統合軍ですら比較の対象にならない圧倒的な格差だ。

 そんな三種類の軍隊が存在する惑星オディリアであるが、未だかつて経験した事のない平和な時代を迎えていた。この星に生きる者全ての敵であった邪神は完全に滅び去り、別宇宙からの略奪者も再来する気配を見せていない。

 後者について油断は禁物だが、それでも警戒する以上のことはできない。保有する戦力の多くが役割を与えられず、解体しないまでも長期保存モスボール処理されたり、収容施設の中で待機している状態だ。

 幸いにして平和を謳歌する空気が満ち溢れているため、トイフェルラントとオディリアの関係が急激に悪化するような事態は考えられない。どちらの国内も戦後の体制改革期に入っているため、関心事は国内関連が中心である。

 国際的な喫緊の要事は、トイフェルラントで春に行われる結婚式と、オディリア共和国で秋に行われる大統領選の中間選挙くらいである。

 そのような世界情勢のため、各軍はそれぞれの足場を固めるために、体制の刷新と改革に注力していた。




 この日のトイフェルラントは真冬の大型連休の始まりで、それぞれが暖かな屋内でのんびりとしていた。それは近衛軍も同様で、非番の隊員達は官舎の中で、思い思いに余暇を楽しんでいる。

 総司令である恭一郎はエアストEXを持ち出して、またリオと一緒に温泉旅行へと向かっていた。その道すがら、途中にあるノイエ基地へと立ち寄り、隊員達の視察を兼ねて、基地司令のマクシミリアンの部屋を訪ねた。

 基地の事務所の一部に設けられたマクシミリアンの部屋で、リオとマクシミリアンが二カ月弱振りの再会を果たす。

「……」

「……」

「……不仲か!?」

 無表情のリオと表情を強張らせたマクシミリアンが机を挟んだ対面で椅子に座り、どちらも言葉を発しない。この重苦しい空気を吹き飛ばすため、恭一郎は敢えてこの状況に突っ込みを入れた。

 リオはマクシミリアンに良かれと一服盛られ、衝動的に病院送りにしていた。

 マクシミリアンは反省をして心を入れ替えているが、リオはマクシミリアンの見舞いに現れず、謝罪の機会が得られないまま今日に至っている。

 これはあくまでも個人の間の擦れ違いであって、両者の間に反目する意図はない。しかし、魔王と近衛軍の基地司令という間柄であることから、この事態をいつまでも放置しておくと、両者の関係があらぬ誤解や憶測を周囲に与えかねない。

 そこで恭一郎が気軽に立ち寄ったというていで、リオとマクシミリアンに関係の正常化を図る機会を用意していたのだ。それに、いつまでも血縁関係者同士がわだかまりを残しておくことを、恭一郎は望んでいなかった。

「……」

「……」

「二人共、いい加減にしてくれないか?」

 互いを意識しつつも踏ん切りの付かない様子に、恭一郎は溜息を吐いて項垂れた。

 リオは己の行為がやり過ぎであったと認識はしていたが、傷付いた乙女心はそう簡単に癒えるものではなかった。

 一方のマクシミリアンは大怪我によって心にも傷を負い、圧倒的強者であるリオに萎縮してしまっていた。

 このままではらちが明かないので、こんなこともあろうかと、自宅で仕込んできた飲み物を二人に勧めた。

「仲直りのさかずきということで、これを二人で同時に飲んで、この件は完全に水に流せ。い・い・な!?」

 清々しいまでの笑顔で二人を威圧して、恭一郎はリオに透明の液体の入った盃を持たせた。リオが渋々盃を受け取り、目配せしたマクシミリアンも自ら盃を手にする。

「それじゃあ、二人共、互いにごめんなさいと言って、一気に盃の中身をあおるように。それじゃあ、さん、はい」

「「……ごめんなさい」」

 恭一郎の提案に従い、二人が同時に盃を呷った。盃を満たしていた液体が二人の喉を過ぎた瞬間、恭一郎に飲まされた液体の正体に気が付いた。

「にゃ、これは……!?」

「私の漬けた酒ではございませぬか……!?」

「ご名答。猿梨の酒だ」

 してやったりの恭一郎が、悪そうな暗い笑みを湛えて二人の様子をたのしんでいた。いつまでも和解しない二人に居ても立っても居られず、敢えて自らを悪とすることで、二人に行動を促したのだ。

 酒の力を借りて、理性を取り払うという目論見は、無きにしも非ずだ。

「二人が和解しないから、俺が二人に一服盛った。和解するにはまだ足りないというのなら、まだまだ残っているぞ」

 マクシミリアンから頂戴した猿梨の酒を持ち出して、驚いている二人に見せびらかす。マタタビ科の猿梨が漬けられた酒は、まだまたたくさん残っている。ネコ科獣人系の亜人である二人にとってそれは、史上まれにみる魅惑の液体だ。

 二人が同時に生唾を飲み込み、恭一郎によって左右に振られているガラスの中の液体の動きに、視線が釣られて動いている。

「さあ二人共、仲直りしたらこれを注いでやろう。今ならオプションで、心ゆくまでナデナデのサービス付だ」

 この後二人がすぐに仲直りしたのは、語るまでもない。猿梨の酒で上機嫌となった魔王と基地司令は、恭一郎が供した酒の摘まみを平らげ、事務所の外に聞こえる程の仲良し振りを周囲に見せ付けることになった。

 この二人の声は近衛軍の中だけに止まらず、多くの国民に両者の関係の強さを印象付けることになったという。




 和解も無事に済み、両者の身体からアルコールが抜け始めた頃、いつもの調子を取り戻したマクシミリアンが、恭一郎に相談事を持ちかけた。それは、近衛軍の隊員達についてだった。

「隊員達は、毎日の厳しい練兵に勤しんでくれています。しかし、今日のような休みの日には、官舎でだらけていたり、アルコールを飲んで過ごしているだけなのです。冬場であるから仕方ないのかもしれませんが、もっと遊ぶような余裕を持ってほしいのです」

 それは、隊員達への福利厚生についての相談だった。軍事優先のオディリア共和国程ではないが、トイフェルラントも二〇〇〇年にも及ぶ長い衰退の時代を経験したことによって、娯楽の多くが時代の波に飲み込まれて消失していた。

 マクシミリアンの生きていた二〇〇〇年前は、もっと多様な娯楽があったのだが、マクシミリアンは貴族出身であったため、市井の者でも楽しめる娯楽を心得ていなかった。大型獣の狩猟など、今の野生動物の絶えたトイフェルラントでは、できようはずがない。

 そこで異世界出身者の知恵を借りようと、この機会に話を振ったという次第だ。常々娯楽の不足を感じていた恭一郎にとっても、それは重大な関心事だった。

「差し当たり、冬場の屋内で楽しめる娯楽。ということで考えればいいのか?」

「屋内で複数の相手と楽しめれば、申し分ないですな」

「恭一郎さんを相談相手と判断するあたり、さすがハイデッカー基地司令ね」

 日本から持ち込まれた娯楽に最も汚染――恩恵を受けているリオが、自分の知らない娯楽の知識を持つ恭一郎を迂遠に褒める。リオのお気に入りは映像作品で、以前はハナの同時通訳による日本語の勉強を兼ねて、二人でずっと一緒に過ごしていた。今では特定方向に尖った博識である。

 二人から絶大な信頼と期待を寄せられた恭一郎は、室内での遊びを考える。冬場でもある程度の人数が集まれる場所は、官舎の中では食堂しかない。かといって、食堂を遊興のために占拠することは避けなければならない。食堂は隊員達が食事をする所だからだ。

「最低二人から、最大でどのくらいが目安だ?」

「そうですな……、我々は基本的に陽気な者が多いので、一〇人単位で考えてみてはどうでしょうか?」

「近衛軍の綱紀として、賭け事は避けるべきか?」

「オディリアでの一件もありましたから、原則禁止にしておくのが無難かと」

「テーブルに座ってできる遊びと、ある程度身体を動かせる遊び。どちらが好ましい?」

「どちらでも構いません。ただ、身体を動かすとなると、種族によってはかなりの運動量を発揮することをご留意くだされ」

「仲間で協力する遊びと、仲間と勝負する遊び。この場合は?」

「明確な決まりで条件が対等であれば、どちらでも大丈夫でしょう。こちらも種族によって、好みが分かれます。我々のような捕食する側の種族ですと、後者の勝負事を好む傾向。非捕食系の種族はその逆に、前者の方を好むでしょう」

「遊びを通じて何かを得られるモノと、単に時間泥棒のモノ」

「前者で確定ですな。我々は遊ぶことを通じて、狩猟本能を呼び覚まして行くのです。隊員達にも遊ぶことを通じて何かを得て、成長してほしいですからな」

「性別を気にする必要はあるか?」

「身体同士の接触がある場合は、配慮しなければなりませんな。種族によっては性別によって、身体のサイズなどに大きな差異が認められる場合がございます」

「ちなみに近衛軍の綱紀で、隊員達の恋愛は?」

「公序良俗と任務に差し障りが無い限りは、基本的に保障されています」

「分かった。今聞いた条件を持ち帰って検討して、早ければ数日中に回答しよう」

「よろしくお願いします、総司令」

 こうしてリオとマクシミリアンの和解は、酒の力を借りて成功裏に終わった。しかし、思わぬ宿題を持ち帰る形で、恭一郎とリオは温泉へと向かうことになった。




     ◇◆◇◆




 温泉ロッジへ到着し、諸々の準備を終えてからゆっくりと温泉に浸かり、疲れを落して体を温めてから、夕食を食べる。食後の休憩で互いに寄り添い合いながら、二人で熱い夜を過ごす。

 今回は初めての時とは違い、互いの要所を弁えている。前回の旅行の後から同じ部屋で寝起きするようになったため、二人が肌を重ねる機会が頻繁ではないが存在していたからだ。

 そして、ほのかな間接照明に照らされながら、事後のピロートークタイムを楽しむ。

「もっと撫でて、もっと私に触れていてください」

 火照った身体を密着させて、リオが子猫の様に恭一郎に甘えた声を出す。

「今日は、やけに甘えて来るな?」

 リオの体温を肌で感じながら、その頭を優しく撫でてあげる恭一郎。

「だって私は、アナタを独り占めにしたいんだもの。今日初めて、雄にも嫉妬しちゃったんだから」

「ああ、ナデナデサービスを、マックスも希望してきたことか」

 両者の和解のために要した策により、恭一郎はリオとマクシミリアンの関係を修復させた。その際に猿梨の効果で魅了された二人は、恭一郎に撫でてもらっていた。

 普段からスキンシップとして撫でられているリオだけではなく、妻子のいた大人の男性であるマクシミリアンまでもが、まるで子猫の様に撫でてもらって夢心地となっていたのだ。

 そんな甘えるマクシミリアンが、恭一郎がリオに対して愛称を使うように、マクシミリアンにも愛称呼びを懇願してきたのだ。それもリオの時と同じように、マックスと呼ぶように指定をしてである。

 どうやらそのことに、リオは初めて異性に対しても嫉妬を覚えてしまったようだ。ということは、リオにとってマックスとは、仲間以上家族未満という立ち位置のようだ。

 マックスには少しだけ同情するが、リオであれば自然なことなのかもしれないので、恭一郎はリオが安心するように愛情を持って触れるだけだ。

「血は争えないとは、よく言った言葉です。この撫でられ好きの血は、確実にあの甘えん坊な先祖の血ですね。全く同じ個所が撫でられて気持ち良いなんて、無性に恥ずかしくて不愉快です」

「同族嫌悪、って奴か? そういえば、ウルカに対しても、似たような反応をしていたな? やっぱり似たモノ同士は、見ていてイラッとするものなのか?」

「知りません。私は性別を問わずに相手を撫でるアナタに、私が一番だと証明してほしいだけです」

 そう言いながら、リオは汗で湿り気を帯びていた恭一郎の胸板に、その頬を摺り寄せてマーキングを行う。その時に触れる側頭部の捻じれた龍の角が、室内の気温に近い冷たさで心地良い。

「大人げないぞ。と言いたいところだが、実年齢は子供だから仕方ないか?」

「数え年で、一五になりました。もう立派な成人です。お酒だって飲めます」

「日本には、『酒は飲んでも飲まれるな』『飲んだら乗るな。乗るなら飲むな』って標語がある。アルコールは判断力の低下をもたらすから、その危険性を説いている言葉だ」

「何が言いたいんですか?」

「子猫一匹かまっただけで、嫉妬なんかするんじゃない。それで成人とは、語るに落ちると言いたいのさ」

 子供じみた理由での嫉妬を指摘され、リオが可愛くむくれて頬を胸板に密着する。

 トイフェルラントの成人は、リオの言う通り一五歳となっている。人間に比べて身体の成熟が早い、亜人ならではの成長感覚だろう。それに加え、これまでの亜人達の平均寿命が、五〇年に満たないことも影響しているのかもしれない。

 日本も一昔前までは、一五で元服して大人の扱いとなっていた。平均寿命の短かった昔の人々にとって、現在の二十歳前後で大人という感覚は、その後の大人としての人生の短さに直結していた。

 文化も種族も違うトイフェルラントでは、昔の日本に近い理由で成人年齢が設定されているようだ。

 トイフェルラントでは成人したと見なされる年齢となったリオであるが、日本では義務教育を終えていない年齢だ。日本で恭一郎が同じようなことをしていたら、警察に逮捕される事態となる。

 成年に未たないと書いて、未成年である。それはつまり、精神的にも成年と比べて未熟という意味合いも持っている。

 恭一郎にとって成人を主張するリオは、これまで通りの子供扱いがもっともしっくりくる年齢なのだ。それでも一人の女性として扱っているのは、リオを愛していると同時に、本心で尊重しているからに他ならない。

 恭一郎の指摘に反論できないリオだが、別に言葉で責められている訳ではないので、その声を楽しんで聞き入っていた。




 しばらく睦み合って身体の火照りを醒ましてから、話の内容は現実的な物へと変わって行った。

「隊員達への福利厚生のことですが、何か方策はあるのですか?」

 マックスから出された、近衛軍隊員達への娯楽提供の件である。

 元来軍隊とは、戦うための存在であり、国家の暴力装置でもある。統合軍や国防隊が、この分類に該当している。両者は国家の秩序を乱す存在と戦うために、国家の許可を得て武装しているのだ。

 その点で言えば、近衛軍は恭一郎個人が擁する私兵集団ということになる。家族の負担を分散させるために組織された経緯は別としても、その維持と運営に恭一郎の資産が充てられているので、やはり私兵であることに変わりはない。

 さて、そんな軍隊は、いつでも脅威となる存在と向き合えるように、日頃から準備を整えておくことも仕事の内だ。そのためには日頃から、戦力となる人員の心身を健康に保つ必要がある。いくら強力な武装を保有していても、それを扱う者達が病気や怪我で動けなければ、軍隊の存在する意味が無い。

 今回出された宿題は、心身の部分の心に大きく関係している。毎日の厳しい訓練で疲れた心身を、休息日に回復させることが目的なのだ。その為には、隊員達の疲れた心をリフレッシュさせるための遊興の充実が求められている。

「腹案はある」

 後に実現可能な腹案など存在しなかったことがばれ、多くの国民を不安のどん底に叩き落とした人物のような発言をして、恭一郎は考えを開陳する。

「マックスが言っていたが、遊びはその後の教訓となるべきことを学ばせる手段の一つだ。それを敢えて勉強と呼ばないのは、教え込むことではなく、経験を積ませることに重心を定めているからさ」

 人も亜人も、生まれたばかりは無知で無力だ。それが経験を積み重ね、成功と失敗を糧に、大人へと成長する。肉体的な成長はこの時点で止まることになるが、知識と経験の成長に終りはない。

 近衛軍の場合、主目的が恭一郎を中心とした特定の範囲の平穏を保つことだ。その特定の範囲とは、恭一郎の家族であり、トイフェルラントにおける活動圏のことを指している。

 ノイエ・トイフェリンは警備隊の活躍により、治安の悪化は歯止めが掛かっている。ウルカバレー周辺に関しては、大きな事件はマックスが半殺しにされた一件だけだ。

 今の近衛軍に求められているのは、そのような平和な社会を継続させることだ。誰かと戦う武力は必要だが、それ以上に平和に貢献するための力が求められている。

 この平和を維持する力こそ、恭一郎が求める力のあるべき姿だ。その真逆に位置するのが、オメガや紅星軍のような破壊と殺戮をばら撒く存在となる。

 恭一郎の求める平和とは、恭一郎の愛する家族が平穏に暮らせる安全な社会であり、法の秩序によって万人が等しく幸せを追求できる、未来へと続く世界のことだ。

 それは現在、コーエン内閣が着実に実行しているので、近衛軍の出番ではない。警備隊や国防隊の手に負えないような事態も起きていないため、近衛隊が武力を行使する機会はない。

 だからと言って、近衛軍は無用の長物ではない。これだけの人員を統率して運用することができるのは、それだけでも大きな力になる。この力を破壊ではなく、創造に傾けて行使すればいいだけのことだ。

 この平和を盤石なものとするため、トイフェルラントに足りない要素を補填する。そのための力に、近衛軍を投入するのだ。

「それだからですか? エアステンブルクの子供達に、大人の仕事の手伝いよりも、子供同士で遊ぶことを求めたのは?」

「貧しい環境の家庭ほど、子供の就業年齢が低くなる傾向がある。それはつまり、子供も働かなければ生きてはいけないということだ。そんな仕事しか知らない子供達が大人になったら、その仕事以外が分からない大人になってしまう。遊びという行動を通じて、多様な価値や考えに触れ、それを糧にする機会を逸してしまったからだ」

「そういえば、昔の私も結構遊んでいましたね。基本的にお手伝いは前日までにお願いされていましたし、追加仕事も無理せず相談してもらってました」

「ハナと一緒に遊びながら、語学の勉強をしていたからな。その遊びは、魔法でも効果を発揮していただろ?」

「確かに、変身とかもそうですが、仕組みを理解したことで、効率と能力の向上に役立っています。まさか、私みたいな遊びの効果を彼等にも?」

「正解だ。方向性はちょっと違うが、隊員達には遊びから多くの学びを得てもらう。そのために、トイフェルラントに遊園地の建設を考えている」

「遊園地、ですか? 色々な遊具があって、子供から大人まで日常を忘れて楽しめる?」

「屋内用のカードゲームやボードゲームも必要だが、今のトイフェルラントに足りないのは、遊戯全般なんだ。マックスにお願いされた宿題で満点を出すよりも、この際はいつものようにやり過ぎて、その次の宿題まで満点を出してみるのも愉しいだろ?」

 自身の結婚式を控えた忙しい時期であるにも関わらず、恭一郎は己の目的のために、敢えて苦労を背負い込んだ。その考えの裏には、数日前に行われた、遥歌のブレセストの性能テストの光景が焼き付いていた。

 事前通達によってある種の見世物となっていた性能テストは、エンターテイナーのパフォーマンスに通じる感動を、見る者に与えていた。破壊兵器であるはずのCAですら、人々を感動させることができるのだ。

 本格的な遊技場を開設すれば、その効果は性能テストの比ではないだろう。

「言わんとしていることは分かりますが、この時期に無理をするのは、体力的に危険ではないですか?」

 ワーカーホリックの嫌いがある恭一郎の身体を心配して、リオが不安を口にする。しかし、恭一郎に無理をするつもりは全く無い。

「いきなりドデカイ遊園地を作る訳じゃない。最初は手堅く、テーブルゲーム類と屋内運動場だけだ。段階的に遊びの種類を増やしていくつもりさ」

 心配はいらないと、恭一郎はリオの身体をそっと抱きしめた。その温もりを心にまで染み渡らせながら、恭一郎はリオと共に安らかな眠りに落ちた。


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