【不死鳥は廃品の中から蘇える】
総理官邸での会議を終えた恭一郎は、リオの案内で同階の給湯室を勝手に使わせてもらうことにした。給湯室の入口にセナを立たせ、誰も給湯室に近付かないようにしておく。
トイフェルラント仕様の給湯室は、水道こそ蛇口であったが、コンロは魔導具であった。魔力機関を持たない恭一郎では扱うことができないため、水を満たしたポットを置いてリオの操作で湯を沸かす。
備品として置かれていたハーブの茶葉をティーポットに入れ、湯が沸くまで二人で並んで肩を寄せ合う。
お茶が出来上がるまでの時間で、恭一郎はリオに対して、どうしても言っておきたいことがあった。
「トイフェルラントの軍備を急ぐ理由は、俺の負担を減らすだけなのか? それとも、紅星軍のような危険な奴等が、またこの世界に現れるかもしれないと感じているからか?」
現在のトイフェルラントは、魔王として即位したリオを統治者と認め、オメガの災禍からの復興と発展を強力に推し進める治世に対して、概ね良好な支持を集めている。
新生トイフェルラントで発足した初めての議会と内閣も、投票率九〇パーセントを越える選挙で選出され、ご祝儀補正を考慮しても推定値七〇パーセント以上の支持率を有している。
そのため、政府が注力すべきは産業や建設の分野であり、現状では費用対効果の薄い国防ではないはずだ。しかし、リオの根回しと鶴の一声によって、国防隊にトイフェルラント製CAが配備される流れになってしまっている。
トイフェルラントの進むべき未来について、恭一郎だけではなく、ミズキやハナ達とも議論を重ねて現在の状況を作り出したリオが、急激な施政方針の転換を行う理由を知りたいからだ。
恭一郎の問いに対してしばらく沈黙を貫いていたリオは、怒気を孕んだ声を震わせて答えた。
「何度も何度も死にそうになって、それでも戦い続ける恭一郎さんがいけないんですよ……!」
統治者としての体面を捨て、一人の女の子に戻ったリオが、目尻に涙を浮かべながら恭一郎を睨み付けてきた。
「いくら戦うに足る理由があるからといっても、それで恭一郎さんが傷を負うことを許容することにはならないんですよ! 私が治癒魔法を使えるからといって、多少の怪我なら魔法で何とかなるから大丈夫だと、油断をしているのではないですか!?」
いつにない剣幕で捲し立てながら、恭一郎の上腕を掴んで身体の動きを封じ、頭を恭一郎の胸元に当てた。
「治癒魔法は万能ではないんです……! 欠損カ所の再生は可能ですが、欠損した部位と受けた損傷の分だけ、生命力が着実に減っているんです! もう全身に治癒魔法を使っている恭一郎さんは、確実に寿命が短くなっているんですよ! 内臓に至っては、もう四度目です! こんな自らの命を省みない戦い方を続けたら、若くして多臓器不全に陥ってしまいます! 恭一郎さんは、そんなに生き急ぎたいのですか!?」
リオの偽らざる感情をぶつけられてしまっては、恭一郎には己の配慮の欠如を猛省するしかない。自己満足の理由で強大な力を振るい、その力で自らも傷付くことすら自己陶酔だと断じられてしまった。いかに自分が最愛の家族に心配を掛け、その心を過分に痛めさせていたことに思い至らなかった。
「どうやら俺は、相当舞い上がっていたようだ。大好きな子がこんなに近くで傷付いていることに、この瞬間まで全く気付くことができなかった。よく頑張ったな、リオ……」
動かすことのできる前腕だけで、胸に頭を当てて震えているリオの背中と頭を慈しむように撫でる。
「これから話すことを、何も言わずに聞いていてほしい。俺の言葉を無理に理解しようとしたりする必要はない。ただ、俺の嘘偽りない想いを知っていてほしいだけだ。聞くに堪えないと判断したら、終わるまで聞き流してくれて構わない」
何も言わないでいるリオから、無言の同意を得たと判断した恭一郎は、両手と上腕、胸板でリオの温もりを感じながら、その胸中を吐露する。
「俺は今まで、自分以外の存在を本気で好きになったことはなかった。それがこの世界でリオに出会って、誰かを好きになる感情を始めて持つことができた。俺もある意味ではリオと一緒で、これまでとは別の存在に生まれ変わっているのかもしれない」
外見こそ立派に成長しているが、こうして恭一郎の胸に抱かれているリオの姿は、初めて出会った栄養失調状態の頃と同じように、少し強く抱き締めただけで折れてしまいそうなほどに儚い。
「ようやく出会えたリオとの日々は、結構大変だったけど、とても幸せな時間だった。これが自分の思い描いていた、幸せの形なんだと思っている。だから、この日々がいつまで続くのか、とても心配なんだ。いつまたあの時のような辛い別れが訪れて、全てを壊してしまうのではないかと不安で仕方なかった。だから俺は、大好きな女の子と、その女の子が護ろうとする世界を、全力で護りたいと思った」
心なしか、リオの体温が少し上がったような気がした。呼吸と脈拍も乱れて、僅かに早くなっているようにも感じる。
「もしそれが叶わなかった場合も考えて、改型やパラーデクライトにゲシュペンスト、果てはペルフェクトバインまで生み出してしまった。それだけじゃない。ケーニギンやツァオバーラントに惑星間や恒星間航行能力を持たせたのは、この星で生きることができなくなった場合、家族を別の生活可能な惑星へと逃がすためなんだ。過剰なほど性能を高めてあるのも、危険極まりない外宇宙を少しでも安全に移動するためなんだ」
恭一郎の述懐を黙って聞いていたリオの手に、少し力が入った。心なしか、身体の震えが少しだけ収まっているように感じる。
「そこまで考えてしまう俺は、慎重を通り越して、臆病になっているのかもしれない。だからなおのこと懸命に、リオと過ごすこれからの人生を護ろうと身体を張ってしまった。そのことが原因で、リオが傷付いてしまうのは、俺としても本意ではない。辛く悲しい泣き顔ではなく、明るく楽しい笑顔を見るために、俺は行動しているのだから」
言いたいことを言い終えた恭一郎は、そのまま無言でリオを抱き締めた。儚く小さな震える身体は、元の大きさと優しさを取り戻していた。視界に映る金色の尾が、ゆっくりと左右に揺られている。
どうやら恭一郎の想いが、リオの心に多少は届いたようだ。
「こんな独り善がりな男だけど、リオは許してくれるか?」
リオの出す答えを待ち、恭一郎が押し黙る。そのまま時間だけが過ぎ、コンロに掛けられたポットのお湯が沸騰した。蒸気の圧力がポットの笛を鳴らす中、二人は抱き合ったまま動かない。
「――言葉だけでは、許せません」
恭一郎にしか聞こえない小さな声で、リオが拗ねたように呟いた。その呟きは、笛の鳴る中でもはっきりと聞き取れた。
「その言葉が真実であることを、行動で証明してください。でないと私は、このまま全てを投げ出してしまいそうです」
リオが恭一郎に対して、身の証を要求してきた。どうやらいつものリオへと戻っているようで、強かな計算で恭一郎に譲歩を迫っているようだ。
本来ならば恭一郎が一蹴に伏して、リオの思惑を跳ね除けているのだが、今回ばかりは恭一郎もリオと同じ場所に立っていた。
「露天風呂の改修許可を貰って来た。一緒の休みが取れたら、二人だけでゆっくりと過ごそう」
「三食昼寝付きですよ?」
「今回は特別に、デザートも用意しよう」
「約束ですよ? 言質は取りましたからね?」
「満足してもらえるように、気合を入れて準備するよ」
恭一郎との約束に満足したのか、リオが最高の笑顔で見上げてきた。その瞳は、怪しい輝きが見え隠れしている。
「それなら私からも、極上のデザートを提供する用意があります。期待していてくださいね」
そのまま求めるようにリオの顔が迫り、恭一郎の顔と重なった。互いの愛情を確かめるような啄みの音は、水蒸気の鳴らす笛に掻き消されて誰の耳にも届かなかった。
◇◆◇◆
少し苦みのあるハーブティーを飲み、仕事が残っていたリオと別れた恭一郎は、セナと共に中央市場で温泉ロッジ用の調度品を購入してから、それを積んだ魔導車で帰宅した。
ガレージに一時保管してある、組み立て前の温泉ロッジの入っているコンテナの中に、購入してきた調度品も一緒に収納した恭一郎は、地下ドックへと繋がる通路から現れた遥歌と出くわした。
「ただいま、遥歌。少し時間を食ったが、許可も調度品も手に入った。これで心置きなく、温泉施設を改修できる」
そういえば遥歌をまだ、シュムッツ高原の温泉に連れて行ったことがない。記憶を失っていたり、エアステンブルクに掛かり切りだったりした影響で、温泉の存在だけを知らせている状態で止まっていた。近い内に遥歌にも温泉を堪能させてあげたいところだが、リオとの約束が最優先のため、連れて行くのはもう少し後のことになるだろう。
「お帰り、恭兄さん。何だか楽しそうね? リオ姉さんと何か好いことでもあった?」
なぜか遥歌に、リオとの間に特別な出来事があったことをピンポイントで悟られた。実はリオと二人きりの小旅行を楽しみにしていた恭一郎は、逸る気持ちを抑えて平静を装っていた。多少の腹芸はできるようになった気になっていたのだが、今日一日行動を共にしていたセナに視線を向けると、あからさまに明後日の方向に顔を背けられてしまった。
どうやら感情が、表情に漏れ出ていたようだ。これはかなり恥ずかしくなるような、セナがそっぽを向くほどの腑抜けた顔をしていたのだろう。
色々とばれてしまっているので、ノイエ・トイフェリンの総理官邸での会議の話しを伝え、国防隊にCAを配備することになりそうだと告げた。
遥歌も国防に関しては、部外者どころか直接支援する立場にある当事者である。例えこの場で恭一郎が伝えずとも、帰宅したリオから伝えられる情報だ。部外者のいないガレージの中なので、日常会話のように国の重要情報を話題にしても問題はないだろう。
「私も、いずれはと思っていたけど、こうも早くにCAの配備に乗り出すのね……」
CAという兵器の重要性を理解している遥歌は、理想主義的な恭一郎とは違って、もっと現実的な視点でCAの導入を予見していたようだ。
「これから法整備をして行くという話だから、製造から実戦配備までは、まだしばらく時間が必要だろう」
遥歌が顎に手を当てて考え込む。
「CA用の教練課程が必要になるわ。教材は自前の知識と資料でどうにかなるけど、やはり練習機は必要ね。指導教官は、どうするのかしら? そっちも養成しないとダメよね……」
指揮官モードに突入した遥歌が、国防隊のために思案を巡らしてくれている。こういう慣れ親しんだ仕事中の遥歌は、懐かしい感じでかなり生き生きと働いている。もうメサイアに乗ることはできなくなってしまったが、やはり本質は優秀な軍人なのだろう。
とはいえ、可愛い義妹には血生臭い戦場ではなく、平和な日常の中で生きていてほしい。恭一郎としては、そのように願わずにはいられなかった。
「ところで遥歌。何か地下ドックに用事でもあったのか?」
なかなか義妹が現実世界に帰還しなかったので、話題を変えて遥歌の意識を現実に引き摺り下ろした。
「用って程じゃないのだけれど、蒼凰のことが頭から離れなくて……。たまに時間ができたら、地下ドックまで見に行っているの」
遥歌にとって元愛機の蒼凰は、憧れて止まない烏丸源一郎の使用した伝説の機体である。損傷してペルフェクトバインの一部として部品を抜き取られてからは、同じように部品を抜き取られたゲシュペンスト、デスパイアと共に、地下ドックでジャンクパーツとして保管されていた。
現在の蒼凰は破損した光子エンジンを取り外され、機体の各モジュールも装甲材とフレームの一部しか残されていない残骸と化している。この機体に特別な思い入れのある遥歌にとっては、この上なく悲しい光景となっていることだろう。
「遥歌に一言も相談せず、蒼凰を解体してしまったことは、済まないと思っている」
「もういいのよ、そのことは。かれこれ二〇〇年も使い続けた機体だもの、そろそろ休ませてあげてもよかったのよ……」
遥歌の言う通り、蒼凰は機体年齢が二〇〇を数えた、オディリア最古のCAだ。その次に古いヒュッケバインは、封印されていたことで新品同様であったのに対して、蒼凰は父源一郎の使用していた当時から、数名の操者の使用を経て現在に至っている。
その間に幾度も改修が施され、機体寿命が延長されていたが、烏丸源一郎の使用した特別な機体というだけで、旧式であることに代わりはない。むしろ二〇〇年もの長い間、戦闘に参加できたことの方が、よっぽど特別だ。
「それに、今の私は、もうメサイアには乗れない身体。恭兄さんと同じ、ただの人間だもの。もう蒼凰には思い入れはあっても、未練はないわ」
そう語る遥は、ハリエットの頃とは見違えて、感情が豊かに表情へと表れている。遥歌は心の底から、蒼凰がその役目を全うしたことに安心をしているようだ。しかし、それだけではない感情が、遥歌の表情に影を落としている。
「実は遥歌に、まだ話していないことがある。俺の父親のことだ。このことを知っているのは、俺以外はリオしか知らない」
「藪から棒に、何を言い出すんだ? 言ってはなんだが、この世界で源一郎様のことを二番目に熟知していると自負している私ですら、知らないことなのか?」
口調が源一郎のコアなファンであったハリエットに戻るほど、激しい喰い付きを見せる遥歌。恭一郎にヒュッケバインがあったように、遥歌には蒼凰があった。どちらも源一郎がオディリアに残した遺産であり、二人を禍から護る大きな愛であった。
家族である遥歌には、この世界の成り立ちから現在に至るまでの裏事情を、伝えていた方が良さそうだ。もちろん、エロゲー関連は切り離して伝えることになる。
「この話を墓場まで持って行く覚悟がなければ、この話はしない。ちなみにヒュッケバインと蒼凰に関しては、リオにも話していないことだ」
「なんなんだ、それは!? あの機体に、どのような秘密がある!?」
恭一郎が勿体付けて煽ったことで、遥歌は距離を詰めて迫ってくる。
「どうする? 話しを聞くか?」
「聞かせてもらおう……!」
「覚悟はあるか?」
「他言はしない。必ず墓場まで持って行く……!」
真剣な眼差しの遥歌と見詰め合った恭一郎は、遥歌の本気を感じ取った。
「では、俺の部屋で話そう。あの部屋なら、誰にも聞かれないからな」
護衛として同行していたセナに人払いを頼んだ恭一郎は、遥歌と一緒に自室へと向かった。ガレージで話していては、ノイエ・トイフェリンから帰ってくるマクシミリアンに聞かれてしまうかもしれないからだ。
◇◆◇◆
恭一郎の使用している部屋は、元々源一郎の部屋である。元の恭一郎の部屋はリオが自室として占有してしまっていたため、リオと出会ってからは現在の部屋が自室となっている。
恭一郎の自室には、源一郎の収集した書籍が、書棚から溢れるほど所蔵されている。源一郎がリバイバルゲームを制作するにあたり、様々な知識を必要としたことで、専門的な知識を必要とした結果である。
源一郎の死後は、恭一郎のトイフェルラント生活に必要な知識の補完として役目を果たしていて、家族以外の閲覧を固く禁止した、地球の知識の宝庫となっている。
その蔵書の中から一冊の雑誌を手に取り、遥歌と並んでベッドに座る。
「本題を話す前に確認だが、俺が異世界からの転移者で、創世神の加護という祝福を受けていることは、覚えているな?」
「理解しているつもりだ。恭兄さんは地球の日本で生まれ育った人間で、恭兄さんと特別な絆で結ばれた存在は、奇跡の代行者としての力を得るのだろう?」
破邪聖浄の神気こそ放出していないが、遥歌は数々の奇跡を起こした不思議な力を扱える。当時は精神年齢が後退していたため、あまり難しく複雑な説明はしてこなかった。だが今のハリエットの記憶を取り戻した遥歌であれば、伏せていた事柄も理解してくれるだろう。
「そうだ。ではそもそも俺が、どうして創世神の加護を受けるに至ったか、これに付いてから話そう」
先ずはこの世界の成り立ちとして、源一郎が当時は怨霊だったオメガの前身である長谷川周朔によって憑り殺され、昇神してリオ達亜人の世界を作ったこと。
異物として紛れ込んだオメガを討伐すべく、完成間近だったコネクティブ・アルファのリバイバルゲームを、自身と共にこの世界にコンバートしたこと。
その結果として、オディリア共和国とハリエットが生まれていたこと。
そしてオメガ討伐の切り札として、創世神の加護が恭一郎に与えられた経緯を説明した。
それと同時に、CA関連で唯一、リバイバルゲームでCAを次回作に製作するという源一郎のインタビューの掲載された雑誌を、遥歌に確認させた。本来ならばオリジナルのゲームソフトや攻略本を提示したかったのだが、この世界を構成する要素に関する品々は、そのことごとくがこの世界から消失していたためだ。
「そうか……、蒼凰やヒュッケバインは、恭兄さんや私達をオメガの禍から護るための力だったのか……」
「オメガの消滅した今、本来ならば武器よさらば、と言いたいところだが、そう簡単にCAを手放すことができない。CAは今まで、俺達を護って来てくれた。これからも正しく扱えば、俺達を護ってくれるだろう」
「蒼凰は、その役目を果たしたのだな。ペルフェクトバインの一部となって……」
遥歌がそう述懐して、今の変わり果てた機体の姿を脳裏に映している。そして、ふと何かを閃いたように、恭一郎との距離を縮めてきた。
「ねえ、恭兄さん。地下ドックにある蒼凰とかの残骸は、何か使い道があるの?」
「いや。取り敢えず、今のところ何かに再利用する予定はないが……」
不意に距離を縮められた恭一郎は、遥歌のブラウンの瞳を覗き込んだ。やはり俺の義妹は、最高に可愛い。
「だったら、その残骸、私に頂戴! 恭兄さんがペルフェクトバインを生み出したように、私はあの残骸から、私の専用機を造るわ!」
軍備増強路線は、近衛軍内にも存在しているらしい。
思い返せば、近衛軍のCA戦力はほぼ例外なく、個人の専用機に準ずる扱いとなっている。ペルフェクトバインは恭一郎にアジャストされているし、パラーデクライトはアンドロイド姉妹でなければ動かせない仕様だ。ゲシュペンストは獅子族のマクシミリアンのために、パイロットシートがアジャストされている。
ちなみにエアストEXは、マクシミリアン以外は誰でも簡単に操縦できるのだが、実際は恭一郎の作業専用機と化している。
よって近衛軍で唯一、搭乗することのできる専用機を持っていないのは、遥歌だけである。一緒に搭乗することのできた改型が失われた現在は、近衛軍所属艦の艦長としてしか戦うことができない。
「もちろん、ペルフェクトバインみたいな、特別機ではないわ。規格は、パラーデクライトに準拠する。主機も同じよ。ただし、私が扱えるようにコクピットを追加する分だけ、胴体モジュールの造りが違うことになるだけで、余計なコストを掛けずに手に入る機体よ」
遥歌の言う通り、ペルフェクトバインは能力特化のワンオフ機。ゲシュペンストは特殊部隊仕様で、コストパフォーマンスはお世辞にも大変よろしくない。
その点、少数だが量産しているパラーデクライトならば、専用の胴体モジュールさえ用意できれば、予備の機体モジュールを繋げるだけで完成する。
しかも、特殊戦闘攻撃機との合体によって、局地戦用に強化できる汎用性を持っているため、オールインワンの高性能機を制作するよりも安上がりで済む。
「あまり遥歌を危険な目に遭わせたくはないんだが、CAは俺達に託された護りの力だからな……。遥歌の身を護ることを考えたら、専用機は用意しておくに越したことはないか……」
可愛い遥歌のお願いに甘い自覚のある恭一郎だが、力の使い方を弁えている遥歌に対しては、CAの必要性を冷徹に判断していた。
この世界にCAが誕生した理由を知った遥歌であれば、CAを正しく使用してくれる。憧れている源一郎の遺志を違えるようなことは、コアなファンとして許されざる冒涜であるからだ。
「それじゃあ、恭兄さんから承諾を得たわけだから、すぐに皆と相談してくるわね!」
善は急げとばかりに、遥歌は恭一郎の部屋から飛び出して行った。その際、感謝のハグを受けた恭一郎は、これまでに無い衝撃を受けた。
「大豆料理、もっと増やしてやるからな……!」
気のせいかとも思える僅かな違いであったが、遥歌の胸部の柔らかさが、一年前よりも確実に増していた。遥歌が好んで身に着けている下着は、いわゆるスポーツタイプで身動き重視の品だ。そのせいで、今日まで遥歌の成長に気付くことができなかったようだ。
平均以下となる胸の膨らみにコンプレックスを感じていた遥歌にとって、胸の成長は重大な出来事だ。そこで恭一郎は、女性ホルモンのエストロゲンに良く似た作用を持つ、イソフラボンを含んでいる大豆を食事に加えることで、遥歌の成長を応援することに決めたのである。
そうと決まれば、恭一郎のフットワークも軽くなる。遥歌の後を追うように部屋を出て、居間にいたヒナを伴ってオディリア製の温室へと向かった。そこでは、試験的に栽培された稲が、収穫の時期を迎えていた。
◇◆◇◆
その日の夜、夕食の席で恭一郎達は、それぞれが上機嫌で食事を楽しんでいた。
恭一郎は試験栽培していた稲を収穫し、乾燥を開始している。手元にあった資料と、アントニーの紹介で知り合った食料プラント職員からの助言を基にして、初めての稲作は成功と判断してよい出来だったためだ。
後は乾燥後に脱穀と精米をして、炊いたり発酵させたりして食べるだけである。
リオは少しでも早く恭一郎との休みが取得できるように、精力的に政務をこなしてきている。その熱心さたるや凄まじく、通常の三倍――は無理なので、三割増しで仕事の山が減り続けているという。
よほど温泉小旅行が楽しみなようで、チラチラと恭一郎の顔を見ては、嬉しそうに笑顔を浮かべている。
遥歌は自身の専用機の所持を恭一郎に許可されたため、自らパラーデクライトの改造機の設計に挑戦していた。胴体内部の構造をミズキやセナと話し合って決めているため、かなり堅実な機体となることだろう。
地下ドックの残骸も有効活用してくれることになったので、建造コストが大幅にカットされていることもポイントが高い。




