【宇宙を駆ける凶鳥】
――トイフェルラント生活一一九三日目。
オメガの追撃を受ける急進派の残存部隊との距離が近付くに連れて、その圧倒的な戦力差が改めて実感できた。
撤退中の残存部隊は、非戦闘艦を先頭にして、部隊の中程に戦闘不能となった艦、後方に戦闘可能な艦、殿に機動部隊が展開していた。
追撃するオメガ残党軍は、一〇メートルはある巨大なカメムシに似た姿をした、宇宙用のバグによって構成されていた。それが群体を成して襲い掛かり、その一部が残存部隊の中程にまで食い込んできている。
殿の機動部隊は、敵の大群の中に取り残され掛かっており、もうまもなく磨り潰されようとしていた。
その後方の戦艦群も戦闘能力を喪失しつつあり、指折り数える程しか残っていない。
残存部隊は、壊滅必至の危機的状況だ。
先行迎撃部隊が敵の側面から割って入ったのは、戦線が完全崩壊する直前のタイミングだった。
残存部隊に近い順から、シンのアースラ、アリッサのフラメンコ、ドートレスのオーバー・レイ、ハリエットの蒼凰、恭一郎のヒュッケバイン改。この五機が、横一列に並ぶ。
ドートレスの指揮で、シンとアリッサが残存部隊の救助と乱戦中の敵の殲滅。崩壊し掛けている戦線を、ドートレスが指揮して立て直す。
恭一郎は敵部隊の分断を図り、残存部隊にこれ以上の敵の接近を阻止する。ハリエットは恭一郎の撃ち漏らしを排除しつつ、分断地点での火力支援となった。
敵の側面まで息を殺して接近した先行迎撃部隊は、一斉射撃によって、敵集団に楔を打ち込んだ。
アースラが、双発レーザーライフル。
フラメンコが、ヒートロケット。
オーバー・レイが、三連装レーザーキャノン。
蒼凰が、バズーカ砲。
ヒュッケバイン改が、グライフとバシリスク。
恭一郎の機体だけが突出した火力を持っているため、ドートレスの発案で、恭一郎の攻撃の射線に沿うように連携して火力を集中させ、敵部隊のかなり深くまで、一気に楔を打ち込むことに成功した。
『全機、突入! 己の仕事を全うせよ!』
ドートレスの突撃命令を受け、救助担当の三機が、残存部隊へと急接近。役目を終えたトランス・ブースターを切り離し、戦闘状態となった。
『こちらも、突っ込むぞ! 生まれ変わった凶鳥の力を見せてみろ!』
「背中は任せた! 行くぞ! リオ! セナ!」
「了解!」
「――突撃……!」
トランス・ブースターで加速をしつつ、恭一郎とリオがグライフとバシリスクで、敵集団の陣形を一気に食い破る。
後続のハリエットは恭一郎の撃ち漏らしを始末しつつ、残存部隊へと接近を試みる敵に、マイクロミサイルを発射している。
「――敵、直上……!」
セナのナビゲートに従い、左腕のグライフを真上に向かって発射する。銃口から放たれた強力なプラズマの奔流が、急降下してきた敵の小集団を蒸発させた。
重水を燃料に発射されるプラズマの威力は、グレネードキャノンに匹敵する。
レーザーのような弾速は望めないが、それを補って余りある加害範囲を持ち、有効射程も出力に応じてかなり伸びる。燃料がある限り攻撃が可能で、レーザー武装のように冷媒の劣化を気にする必要がない。
唯一の欠点は、一点モノのためにコストが非常に悪いことだろう。一基製造するだけでも、統合軍では責任者の首が、簡単に飛ぶレベルである。
グライフで敵を薙ぎ払いながら、敵集団の反対側まで突き抜けた。敵の先頭集団と本隊の分断に成功したが、まだ両者の距離は近い。来た道を引き返し、接近する敵を薙ぎ払いながら、敵部隊の中央部付近まで移動する。
「敵の前線を押し戻す! フルオープンアタックを仕掛けるぞ!」
改型は三人乗りになったことで、従来機には不可能な、全武装の同時使用が可能となっている。敵集団の正面で、ヒュッケバイン改が静止した。
「バシリスク! 照準、敵中央集団! 左右の射角、調整完了!」
「――全ミサイル、照準開始。目標過多。両翼端部に限定……!」
「仕方ない! 左右の残敵は、最大出力のグライフで殲滅する!」
バシリスクの砲身を正面に構え、グライフが左右の敵に向けられ、肩と脚部に装備されたミサイルが全て起動し、発射口の蓋が開放された。
「フルオープンアタック……ファイア!」
ヒュッケバイン改の武装が、同時に火を噴いた。
バシリスクが榴弾を発射し、正面の敵集団を一気に吹き飛ばす。
グライフがプラズマの槍を撃ち出し、左右の敵集団を舐めるように消し飛ばす。
クラスターミサイルとマイクロミサイルが二手に分かれ、最も遠くにある両翼の敵集団に向かって、雨霰と破壊の塊を降り注がせる。
一瞬にして、敵本隊の先頭集団が壊滅し、周囲が瞬く閃光に埋め尽くされた。
だが、敵の数があまりにも膨大で、前線を少し後退させるだけで精一杯だった。
「――デッドウェイト、パージ……」
「全然数が減りませんよ!?」
「分かっちゃいたが、単機の火力だと、これが限界だ!」
ミサイルを撃ち尽くして、死重量と化したランチャーを排除する。機体重量が軽くなったことで、お役御免となったトランス・ブースターも一緒に取り外す。
「シームルグ、キャノンモードを使用する!」
「――シームルグ。シーケンス、キャノン……!」
身軽になったヒュッケバイン改が、肩の補助アームからシームルグを受け取る。そのまま二基のレールガンをドッキングさせ、一基の長砲身大口径レールキャノンへと変形させる。
オメガを斃した、バスタードウェポンのハイパーレールガンをヴァンガード用に再設計したモノが、このシームルグである。
主力武装の弾速に難のあるヒュッケバイン改にとって、現状で唯一の超高弾速武器だ。装弾数こそ少ないが、大口径のキャノンモードでは、一定サイズまでの物体を弾体として、目標に投射することが可能となっている。
「リオ! 魔力榴弾三基に、魔力をフル充填してくれ!」
「了解! 魔力榴弾、一番から三番まで、魔力充填開始!」
リオが腰のスカートアーマーに搭載している魔力榴弾に、魔力の充填を始める。魔力榴弾とは、最初から攻撃に使われるために制作された、トイフェルラントで流通している最大サイズの物より約二倍大きい超大型の魔力電池である。
魔力を充填した魔力電池は、破壊されると高密度に圧縮されていた魔力が一気に解放され、爆発を伴う現象を引き起こす。CA用に開発を試みた武装としての魔導具に、エネルギー源として搭載した場合の危険性を、最後まで払拭できなかった弱点だ。
この魔力榴弾は、その弱点を逆手に取って造られている。未使用時は安全のために魔力が空になっていて、必要に応じて魔力を充填して攻撃に用いられる。充填される魔力量を調整することで、威力と加害範囲をコントロールすることが可能だ。
リオが魔力を充填している間に、シームルグのキャノンモードの試射を行う。
「通常弾、発射準備!」
「――電圧正常。発射準備完了……!」
射出する弾体がチェンバーに送られ、砲身のコイルに強力な磁力が発生する。
「シームルグ、発射!」
射出能力の強化されたシームルグが、真空中に弾体を秒速約一七キロメートルの速さで撃ち出した。ハイパーレールガンよりも弾速が遅いのは、二機のレールガンを連結する機構による強度の不安から、若干出力が下方修正されているためだ。それでも、威力は折り紙付きだ。
射線上のバグを突き抜けて身体を粉砕しながら、発射された弾体が敵集団の半ばまで到達した。
「――試射、成功。機能正常……!」
砲身を強制冷却させながら、セナがシームルグ試射の成功を告げてきた。
大気中では空気抵抗によって、ここまでの弾速を出せないだろう。とはいえ、今の一撃は威力だけなら、神気を込めたハイパーレールガンとほぼ同等の破壊力が秘められていたように感じる。
早い話が、シームルグはとんでもない威力を持っている。ということだ。
本当に凄まじい貫通力だ。人間相手には、使わないようにしよう。
恭一郎は、シームルグの威力に恐怖した。
そんな恭一郎の心境を置き去りに、敵集団が迫ってくる。
「魔力充填完了!」
「――魔力榴弾、装填開始。弾倉接続……!」
腰の両側に搭載されている魔力榴弾は、このシームルグで発射することが可能な、最大のサイズで製造されている。その構造自体に、シームルグに装填させる弾倉としての機能も完備していた。
シームルグの機関部が開き、魔力榴弾三基が横並びになった状態で接続される。射出する弾体を認識した機関部が、魔力榴弾を内部へ取り込んで、初弾をチェンバーへと送り込む。
「――発射準備、完了……!」
「照準、そのまま! 魔力榴弾、発射!」
リオの魔力が濃密に込められた榴弾が、先程のシームルグの試射によって穿たれた空間に送り込まれた。
そこで生み出された光景は、開発者の一人である恭一郎も想像していなかったモノだった。
敵集団の中程で魔力榴弾が炸裂し、一気に解放された魔力が炸裂した。敵集団を飲み込む黄金の輝きが、爆心地から放射状に広がって行く。際限なく周囲の全てを光の中へ飲み込んで、周囲がビックバンのように燃え上がる。
やがて、その輝きが消え去ると、万単位の敵が一瞬で、目の前から消えていた。
「リオの魔力って、ここまで凄かったのか……!?」
世界を滅ぼさんばかりの威力を目の当たりにして、まるで恭一郎の体温が一気に下がってしまったように、酷い寒気を感じる。
「いくら私でも、あの程度の魔力で、この威力は無理ですよ……!」
圧縮された魔力が爆発する危険性を恭一郎に伝えていたリオも、この一撃の異常さに、顔から血の気が引いている。
今回使用した魔力榴弾は、過去最大の魔力量をプールすることが可能な、恭一郎とミズキの力作だった。それでも、リオの保有する魔力の一割程度しか、溜めておくことができていない。
たったそれだけの魔力で、これだけの威力になるとは、この場で最も魔法に詳しいはずのリオですら、完全に想定外だった。
トイフェルラント史上、最高の魔術師である初代魔術王のエルフ、マイン・トイフェル。その彼を吸収しているリオは、魔力や記憶等、多くのモノを受け継いでいた。
しかしそれは、あくまでも一部だけであった。彼が保有していた膨大な魔力はともかく、魔力以上に重要な記憶と知識には、多くの欠落が認められていた。
リオにもマインの記憶や知識の引き出し方が終ぞ分からず、今は匙を投げて静観していると、恭一郎は聞いている。
疑問と恐怖が尽きないが、敵はまだ半分も減ってはいない。
四の五の言っている状況じゃない! 使えるモノは総て使って、目の前の敵を殲滅することが先だ!
この場にいる目的を再認識して、恭一郎が思考を切り替える。
「――次弾、装填。発射準備完了……!」
セナのアナウンスに応じて、シームルグのトリガーを引く指に力を込める。
再び放たれた魔力榴弾が、敵集団に撃ち込まれた。黄金の太陽のような輝きが全てを飲み込み、再び恭一郎達は恐怖した。
数万単位の数を失った敵が、標的をヒュッケバイン改に切り替えた。最も脅威度の高い目標として、恭一郎達が認識されたようだ。魔力榴弾の威力を警戒して、それぞれバラバラに散開しながら、恭一郎を中心とした包囲陣形へと移行しつつある。
『敵の動きが変わったぞ! ロイヤル・ボックスを包囲するようにして、陣形を再編するつもりだ!』
ハリエットからの通信で、事態の変化が伝えられた。
「敵がバラける前に、もう一撃加えるぞ!」
三度、シームルグが魔力榴弾を発射した。敵の密度が最も高い座標へ向けて、必殺の一撃が撃ち込まれる。
だが、事態はさらに急変する。
「――空間歪曲、観測……!」
セナの報告と同時に、魔力榴弾が空間の歪みに接触した。貫通力の高いシームルグの一撃を阻むことはできなかったが、その軌道が僅かに狂わされてしまった。
標的を外した魔力榴弾が、炸裂することなく敵集団の向こう側へと突き抜けてしまう。
「外された!?」
「歪曲場は、オメガ以外にも使えたのか!?」
拡大を続ける空間の歪みに、恭一郎は歯噛みした。射撃を妨害する歪曲場への対抗手段は確立されているが、後出しで使われては対応が難しい。
「――榴弾、追跡不能。予測軌道、衛星ナディア直撃。推定時刻、四〇から五〇時間後……!」
セナが弾かれた榴弾の軌道を調べたが、空間の歪みに阻まれてしまい、詳しい観測が妨害されてしまった。
不発となった魔力榴弾は、オメガの勢力下にある衛星ナディアの方へと向かっているようだ。まかり間違って、オディリアの大気圏で爆発していたら、とんでもないことになっていたところだ。
「最後の一発が残っているから、軌道修正しての射撃は可能だが――」
敵集団の動きが、恭一郎を包囲せんと広がり続けている。それと同時に、空間の歪みが、そんな敵集団を次々と飲み込んで行く。歪曲空間に飲み込まれた敵は、歪みの中心へと吸い込まれるように集まって行く。
「バラバラになろうとする敵を、空間の歪みが一つに集めようとしている?」
腑に落ちない状況に、リオが疑問を口にする。
「――シームルグ、アラート。Lユニット、ダウン……!」
左腕に装備されている方のシームルグが、先程の射撃で故障してしまったようだ。右腕のシームルグは無事なようだが、魔力榴弾を安全に発射することができなくなってしまった。
「シームルグを回収! 原因の調査を継続!」
セナに指示を出し、補助アームにシームルグを懸架する。
空間の歪みは謎の膨張を続け、敵集団の半数ほどを飲み込んだ。すると、歪みの中心に集められたバグが、次々と合体を始めた。カメムシのようなバグが万単位で集積する光景は、モザイク無しでは虫嫌いが簡単に卒倒するレベルの悍ましさだ。
「――敵。エネルギー、増大。当機の五倍。なおも増大中……!」
「まさか、大量のバグが、融合合体でもしているの!?」
空間の歪みの向こう側で、巨大なバグの塊が誕生しつつあった。
すでにその大きさは、統合軍のドルヒ級宇宙戦艦の倍近くある。質量に至っては、推定するのも馬鹿らしくなる。
「特定界隈において合体中の攻撃は、重大なマナー違反だ。けれども、戦術としては正しい!」
最大出力のグライフで、空間の歪みに切り掛かる。通常の射撃は屈折した空間で軌道を反らされ、明後日の方向に飛んで行ってしまう。格闘攻撃であれば、歪みを計算して補正しながら、攻撃することができる。
「敵の好きにさせる程、俺達に余裕はない!」
グライフから生み出された巨大プラズマソードが、残敵の半数を飲み込んでいた空間の歪みを切り裂いた。空間の歪みが完全に消滅して、巨大化したバグが姿を露わにする。
全長が七〇〇メートルに届く、金属で作られた昆虫の繭のようなものだ。不気味な光沢を放つ繭の表面が、痙攣するかのように、不規則に動いている。
「――エネルギー、増大中。巨大目標内、動力炉と推定……!」
推定五万以上のバグが溶け合った物体は、その金属の繭の中で完全変態を遂げ、碌でもない何かへと羽化しようとしている。
「撃ち尽くしても構わない! 撃って撃って、撃ちまくれ!」
恭一郎とリオが、グライフとバシリスクを連続発射する。狙い過たず、全く同じ場所へと攻撃が繰り返された。
繭の表面が穿たれ、破片が飛び散る。しかし、繭の中まで攻撃が届かない。シームルグの最大出力なら、この繭の貫通も可能だろうが、故障の原因はまだ判明していない。
試作品の一番怖いところは、実戦で使うと、どのようなことになるのかが判明していないことだ。
試作品が実際に戦場へ持ち込まれるまでは、時間を掛けて使用テストを行い、様々なデータを収集して問題を洗い出し、改良を加えて要求されている仕様に見合うことが証明されてから、万全の態勢で行われる。
これを、バトルプルーフという。
今回は短期間で機体と武装を作り上げ、碌な作動テストも行われていない状況で突発的に始まった、自分達の命運を賭けた戦闘に投入されている。
むしろ今まで、ほぼ全てが試作品のヒュッケバイン改が何の不具合も起こさなかったことの方が、よほど不思議なことなのだ。
「もう、弾がありません!」
有効な攻撃を繭へ加えられないまま、バシリスクの弾が切れてしまった。
「まだだ! まだ、諦めるな!」
プラズマの燃料である重水も半分を消費していて、酷使しているグライフにも、小さな不具合が出てきている。
「――敵接近。迎撃……!」
セナが頭部を接近中のバグへと振り向かせ、バルカン砲で迎撃する。一瞬でバグが穴だらけになって破壊された。だが、バルカン砲の弾も、恐ろしい速さで減ってしまう。
それからもバグは次ぎ次と襲来し、バルカン砲だけでは、迎撃が追い付かなくなった。
さらに恭一郎達を窮地へ追い込むように、繭全体に内部からの圧力で、表面に亀裂が入って行く。やがて、繭の内側から多数の鋭い突起が付き出してきた。繭だったモノが崩壊し、内部から巨大な雲丹のような姿のバグの集合体が、ゆっくりとその全体像を現した。
「グライフの攻撃が!?」
直前に放たれていたグライフのプラズマが、突起の先端から発生した空間の歪みに捉えられた。その軌道が他の突起の空間の歪みに触れ、意図しない方向へと再び捻じ曲げられた。その異常な光景に、リオが警戒を促す。
グライフの放った攻撃が、ピンボールのように空間の歪みで跳ね返りながら、突如として発射地点へと戻ってきた。
「全力防御!」
恭一郎は回避が半端になって、機体に予期しない損傷を受けないように、この場で跳ね返ってきた攻撃を防ぐ選択をした。ゲージ・アブゾーバーを最大にして、装甲内の魔力障壁の強度も最高にする。最後にコクピットのある胴体を守るようにして、左右の腕のグライフのシールドを前面に構えて防御姿勢を執る。
巨大な雲丹に跳ね返されたプラズマが、機体の正面から直撃する。ゲージ粒子がプラズマの相殺を行なって威力を減じさせたが、威力を保ったまま突破されてしまう。
グライフのシールドに直撃を受けたヒュッケバイン改は、直後に起きた爆炎の中に飲み込まれた。
幸い防御に徹していたため、機体へのダメージは、グライフのシールドの装甲部分が多少蒸発した程度で事なきを得た。もしも回避行動を選択していたら、機体の一部が破壊されていた威力を持っていた一撃だった。
「以前のヒュッケバインだったら、今の一撃でやられていたな……!」
恭一郎が冷や汗を流して、防御対策を施しておいたことに心底肝を冷やした。
CAは基本的に、戦闘スタイルに合わせた防御力が持たされている。
恭一郎の戦闘スタイルは、最も得意な中距離での射撃戦である。
攻撃力・防御力・機動力を高い次元で実現させた、汎用性の高い機体構成を好んでいる。
改型は先代のヒュッケバインのスタイルを引き継ぎ、科学と魔法の力で、攻撃力と防御力を重点的に強化されていた。機動力はイナーシャル・キャンセラーの魔導具で、従来のブースターの性能を引き出すことで対応している。
「今の私達と、相性の悪い相手ですね。歪曲率の計算は、あれだけの数に対応していませんよね?」
「その通りだ。複数の歪曲場の干渉で、歪曲率がめちゃくちゃになっている。これじゃあ、グライフで切り掛かっても、こちらに跳ね返ってきてしまう……!」
多数の突起を蠢かせながら、巨大な雲丹がゆっくりと迫ってくる。
グライフのプラズマソードは、威力を上げることで、刃が太く長くなる。逆に威力を弱くすると、短くて細くなる。
敵は改型の攻撃に耐えられる繭を、内側から突き破るだけの強度を持っているはずだ。
必然的に威力の高い攻撃が求められるが、グライフのプラズマソードでは、歪曲場を突破する前に刃の軌道が捻じ曲げられて、自身に向かって帰ってくる可能性が非常に高い。
かといって、威力の弱いプラズマソードでは、歪曲場の向こう側の本体まで、刃が届かない。
レールガンであるシームルグなら、歪曲場の突破が期待できるだろう。だが、この巨体を破壊するだけの総合火力がRユニット一基だけでは、どう考えても不足している。
切り札となるであろう魔力榴弾も、最後の一基を残すのみ。運用は、失敗が許されない。
「――撤退、具申。一時、後退……!」
群がるバグに対応しながら、状況を打破するための方策を探す。だが、多数のバグからの圧力で、考えに集中する余裕が奪われる。
『一旦、戻れ! 突出し過ぎだ!』
ハリエットがバグをレーザーブレードで切り裂きながら、恭一郎に向かって叫び声を上げる。必死に恭一郎の援護に向かおうとしているのだが、バグの群が厚い壁となって立ち塞がり、前進することすらままならないようだ。
現状は敵のヘイト(憎悪)が恭一郎達にだけ集中しているので、回り込んできたバグの大群に半包囲されてしまっている状況だ。
『こちら、ミラージュ! 残存部隊の救助に成功! 増援の第一陣も到着した! 全機、一時後退せよ! 態勢を立て直す!』
ドートレスから味方全体に向け、通信が行われた。どうやら、敵がこちらに集中したことで、乱戦中だった敵も釣り上げる結果になったようだ。
残存部隊から敵が離れたことで、後方からの長距離砲撃が始まっている。
「こちらも後退する! 敵集団の中央を食い破るぞ!」
ゆっくりと移動する巨大雲丹に背を向けて、ヒュッケバイン改を殺到してくるバグの集団へと突っ込ませる。
「道を開けろ!」
グライフで進路上のバグを吹き飛ばして、その間隙の中をストレ・ブースターの推力で一気に突き抜ける。しかしグライフでは、敵集団の包囲網に穴を開けられない。
「機体を回すぞ! イナーシャル・キャンセラー、全開!」
敵集団の中で機体を錐揉み回転させ、プラズマソードで周囲のバグを薙ぎ払う。
こうして敵の包囲網に穴を開けた恭一郎達は、後方のハリエット達と合流して、一時的に後退した。約三時間に及ぶ初の宇宙戦闘は、決着が付かないまま次へと持ち越しになった。
◇◆◇◆
衛星軌道上に待機していた迎撃艦隊の指揮官は、先行迎撃部隊の活躍を目の当たりにして、増援部隊の先行派遣を決断した。敵集団の約半数を撃滅せしめたのだから、その流れに乗って戦況を推移させることに決めたのである。
衛星軌道から進発した増援部隊は、宇宙戦艦が四隻だった。宇宙用CA四〇、支援機八〇を艦内に収容し、最大戦速で戦場へ向かってきてくれた。
危うい状況で壊滅の危機を免れた残存部隊は、旗艦であるフラグシップのドルヒ他、宇宙戦艦五隻、機動部隊が宇宙用CA二〇機、支援機二機にまで、その数が撃ち減らされていた。奇跡的に、非戦闘艦には、大きな被害は出ていなかった。
シンの妹と弟の搭乗していたメサイアは、アビスと呼称された敵の特殊機体との交戦で損傷を受け、その後のバグとの連戦で破損していた。
幸い、操者は二人共無事で、ドルヒで機体の緊急修理を行っていた。
現在は戦闘に耐えられない味方を退避させ、ドルヒと増援部隊を加えて臨時に編成された艦隊により、残存するバグを長距離艦砲射撃で足止めしている。