【笑顔なき凱旋】
――トイフェルラント生活一五四七日目。
ツァオバーラントとカガリビは並走しながら、トイフェルラントを目指して航行していた。昨日行われたカガリビ艦長代理であるツバサ=ハートランドとの話し合いの結果、損傷したカガリビの船体を応急修理用の資材で補修し、トイフェルラントのマイン・トイフェル空港地下にあるドックにおいて、船体の完全修理をすることになった。
この結果は単純に、カガリビを収容可能な設備が、近衛軍所有の地下ドックしかなかったためである。そのため、大気圏に突入するために外板装甲に開いた穴を耐熱素材で塞ぐ作業を大急ぎで行っている。
それでも万が一を考え、大気圏突入時はツァオバーラントを盾にして、大気との摩擦熱による温度上昇を抑えることになっている。
ツバサ達との話し合いにおいて、互いの持つ社会情報を交換した。恭一郎側からは、ここ数年のトイフェルラントの出来事、オディリア共和国との関係、オメガとの最終決着などである。
ツバサ達からは、恭一郎の想像を上回る情報がもたらされた。どうやらツバサ達の住む世界は、並行宇宙の地球から続く人類の世界のようだ。
西暦二〇〇〇年代初頭、地球に迫る大型のクエーサーが観測された。詳しい観測の結果、地球への最接近は一〇〇年後であることが判明する。地球消滅の事態に際し、国際連合は非常事態を宣言。全人類の地球脱出計画が開始された。
国家間の垣根を越えた叡智の結集により、人類の科学技術は目覚ましい進歩を遂げた。その最先端技術を投入した宇宙船を大量に建造して、人類は地球を脱出することに成功する。
ところが、脱出船団が跳躍機関が大型クエーサーの超重力の影響を受け、予定外の場所へと跳躍してしまい、船団が離散してしまった。日本からの脱出船の一隻は、偶然にもシラヌイと名付けられることになる恒星系へと流れ着き、人類の生存可能なハビタブルゾーンに位置していた第四・第五惑星から成る二連星に入植することになった。
時は流れ、入植から三〇〇年ほどの時間が経つと、同様の発展を遂げた地球起源人類との再会が起こり始めた。数百光年の広範囲に点在していた惑星に入植を成功させた元地球人達は、光学的な観測で同胞の存在を捉え、改良を重ねた跳躍機関によって交流を求めてきた。
国際連合加盟国の約半数が再会を果たし、発展を宇宙規模に拡大させた人類は、大規模な宇宙開発を共同で行う枠組みを創り上げた。それが、地球連合宇宙開発局である。
宇宙開発局と訳されるこの組織によって、各入植地に宇宙開発を専門とする機関が設立され、専門的な技術を学ぶための学校が建てられた。ツバサ達は、シラヌイ星系に建てられた宇宙開発学校の生徒達であった。
ツバサ達が宇宙開発学校に入学した頃から、深紅の戦闘集団が人類の版図の中に出没するようになった。彼等は星々を武力によって征服し、あらゆる資源を奪い去った。あまりにも凄惨で野蛮な彼等は、深紅の塗装に特別機の星のマーキングから、紅星軍と呼ばれるようになる。
ツバサ達はカガリビでの実技演習航海で星系外縁の辺境宙域を航行していたところ、五隻からなる紅星軍の艦隊に襲われ、星系軍の護衛艦と教師達の監督艦を喪いながらも演習艦一隻で生き残った。
数少ない紅星軍に関する情報には、レーザーやビームなどの熱エネルギーを吸収して無効化する能力があり、実体弾に対しても高い耐性を有していた。その能力を生かし、星機と呼ばれる機動兵器は近接格闘攻撃を主体としている。
その情報を基に、国際連合が開発した試作兵器の一つが、タクミが操縦していた試作戦闘攻撃機のハバキリである。このハバキリには、高速移動に適した飛行形態の他に、星機との格闘戦用に人型形態に変形する機構が組み込まれていた。恭一郎が目撃した装甲の切れ目は、この変形時に動く部分の継ぎ目の一部であった。
このハバキリの活躍と決死の無差別跳躍がなければ、カガリビは宇宙の塵となっていたはずであったという。
◇◆◇◆
ツァオバーラントはその快速を如何なく発揮して、カガリビと共にオディリア近傍宙域に帰還した。跳躍機関のような特殊な機能こそ有してはいないが、その他の性能が恒星間航行可能なカガリビとほぼ同等であったため、オディリア製の艦艇を追い抜いて即日の帰還であった。
夜の帳の降りたトイフェルラントに向かい、ツァオバーラントは大気圏へと突入した。そのすぐ後ろにカガリビが続き、傷付いた艦体を労わるようにオディリアへと降下した。
トイフェルラントに凱旋した恭一郎は、地下ドックにケーニギンとカガリビを収容し、傷付いた二隻の修理を始めた。
ケーニギンからはゼルドナの遺体が運び出され、無言の帰宅となった。また、意識の戻らないままの遥歌、大破したパラーデクライト四機に加え、戦闘によって損傷したゲシュペンスト二機、胴体の大破した蒼凰、鹵獲したデスパイアも搬出された。
カガリビからは、実技演習中だった学生二六一〇名が下船し、負傷によって救命カプセルに入れられた六九〇名と、二一〇〇名の学生の遺体が搬出された。それに加え、三機のハバキリと二機の損傷したハバキリが降ろされた。
体格が一〇倍も違う学生達のために、当面の生活環境として幾つかのコンテナを提供して、電気と上下水道を急ピッチで整備した。内部にはリオの魔力で、集合住宅のような区画を作ってもらった。後はツバサ達の采配によって、コンテナが臨時の学生寮として機能することになった。
恭一郎はリオで鍛えた料理の大量生産能力を活かし、彼等の分も一緒に食事を用意して、船体の修理に専念できる環境を整えた。
――トイフェルラント生活一五四八日目。
ある程度の落ち着きを取り戻した恭一郎は、シズマとのホットラインを使った。未だ、統合軍の艦艇はダンデライオンへの帰途の途上であるため、帰還報告ではなく経過報告のためだ。
『色々と、大変なことになってしまったね……』
ある程度の情報はシズマにまで届いているため、その表情に笑顔は微塵も含まれていない。恭一郎からの連絡を敢えて待っていたことからも、シズマはただならぬことが起きていることを覚悟しているようだ。
そんなシズマに対して、恭一郎が短く告げる。
「ゼルドナが死にました。遥歌もショックを受けて、昏睡しています」
『……やはり、良からぬことが起こっていたか……』
恐らくシズマは、このような事態も想定していたのだろう。オメガ残党軍との総力戦によって、味方は甚大な犠牲を出した。その中には当然として、恭一郎達の名前が含まれる可能性があった。その点を覚悟で捻じ伏せようとした恭一郎と、冷静に直視していたシズマとの違いが、精神的打撃の違いとなって両者に表れている。
「我々が保護したシラヌイ宇宙開発学校の学生達からの情報によると、深紅の武装集団は紅星軍と呼ばれる略奪者達で、彼等の活動領域に出没する宇宙海賊のようなならず者だそうです」
『邪神の次は、宇宙海賊か……。ところで、その宇宙開発学校の学生達とは、どのような者達なのだ?』
「多元宇宙における、別の地球から巣立った人類の子孫。とでも言いましょうか? 簡単な言い方をするなら、並行宇宙の住人でしょう」
恭一郎の出した見解は、ツバサ達が並行宇宙から迷い込んできた存在ではないかと言う仮説だった。紅星軍も学生達も、オメガ残党の中枢である動力炉を魔導砲で消滅させた宙域から出現している。高出力の魔導砲には特異点が発生していたため、これが局所的な宙域の次元に何らかの影響を与えていて、別の宇宙から両者を招き寄せてしまったのではないか、と考えたからだ。
つまり、恭一郎達はオメガ残党に対する魔導砲のオーバーキルによって、時空に対してまでやり過ぎてしまった可能性が浮上したのだ。もしも魔導砲に時空へ対してもダメージを与えられる効果があるのだとしたら、紅星軍を時空を超えてこの宇宙に呼び込んだ遠因は、恭一郎達自身にあることになる。
「学生達は基本的な文化や価値観が我々に近いため、交流は簡単に行えました。ですが、我々の存在する宇宙と彼等の存在する宇宙での尺度が違っているようで、我々から見た彼等は、一〇分の一サイズの小人でした。科学技術のレベルが我々より高いのは、恒星間航行能力を備える艦船が日常の中に存在している時点で明らかでしょう。そんな彼等をこちら側に引き入れることができたのは、幸運だったと考えます」
『彼等の知識を吸収して、我々の力に変えることができるからかい?』
「いいえ。逃走した紅星軍の巨大戦艦を沈めるために、力を貸してもらうだけです。それが済めば、彼等を元の宇宙へ帰る手助けをするつもりです。彼等はこの宇宙では異質な存在ですから、本来あるべき世界へと帰ってもらいます」
父の願いによって異世界で暮らしている恭一郎とは違い、ツバサ達は不幸な事故によって異世界に迷い込んできてしまっている。もしも時空を超えた跳躍時と同じ状況で元の世界に戻れるのならば、もう一度魔導砲を発射して、元の世界に跳躍させてあげたい。だがそれは、別の災厄を呼び込むことにも繋がりかねない、危険な行為でもあった。
『紅星軍を討つにしても、奴が現在どこにいるのか、判明しているのかい?』
「カガリビのセンサーが、アロイジアへ向けて直進している反応を捉えています。彼等の見解では、アロイジアで損傷した艦の修復を行うつもりのようです。どうやらこちらの攻撃で、奴の跳躍機関の一基を破壊していたようで、その修理には数カ月を要するのではないか、という話です」
『それでは、船体の修理を終えたカガリビと共に、戦力を整えた恭一郎君達がアロイジアへ向かうことに?』
「そうなります。そこで、シズマ大統領にお願いがあります。損傷した蒼凰を、我々に譲って下さい。鹵獲したデスパイアと共に資材に変えて、ヒュッケバイン改に代わる専用機を作りたいのです」
ゼルドナの仇を討とうにも、恭一郎は自身の剣である専用機を失っている。しかも今回は脳波コントロール用のブラックボックスも失っているため、何もない状態からの専用機開発では、とても数カ月では完成させられない。そこで、胴体の損壊している蒼凰とゼルドナのゲシュペンスト、鹵獲したデスパイアの三機を使用して、新たな恭一郎専用機を急造することに決めていた。
このお願いは決定事項を伝えるための形だけのモノであって、事後承諾と言い換えても差し支えない。これはどこまでも個人的な私怨であり、例えシズマであっても我を通すつもりのわがままであった。
また、恭一郎には、時間的な制限が設けられていた。目前に迫った、トイフェルラント初の選挙である。この選挙の後は、国家の主権が統治者であるリオから国民の代表へと委譲されるため、恭一郎が今までのように身軽に動けなくなってしまうからだ。
そのため、選挙の行なわれる前にカガリビの修理を終え、アロイジアへと逃走した紅星軍の討伐に向かわねばならない。出撃の許可を議会に求めている間に、手遅れになってしまっては意味がないからだ。それに、ツバサ達をトイフェルラントで保護するという名目で、元の世界へと返さないという事態の発生も恐れている。
『蒼凰に関しては大統領命令で、機体の廃棄をトイフェルラントに委託する形を取ろう。それから、カガリビの代表者とも会談を行って、我々からも彼等の安全を保障する声明を出しておこう』
「協力の申し出、感謝します」
『気にしなくていい。私も戦う力があれば、恭一郎君のように動いていただろう。だから、私の分まで、奴らに怒りの鉄槌を下してきてほしい』
最後にシズマの個人的な言葉で、通信は終了した。
――トイフェルラント生活一五四九日目。
急ぎ調整を行って開かれたシズマとツバサのホットライン会談は、恙なく終了した。シズマはツバサ達の境遇に同情し、元の世界への帰還を支援するという声明を発表してくれた。
それと同時に、対オメガ戦の戦勝記念式典に関する催しを延期して、アロイジアへ逃走した紅星軍の殲滅後に、改めて開催する布告を発表した。
これにより、恭一郎の独断専行を黙認する空気を醸成してくれた。
ミズキによる蒼凰とデスパイアの解体と解析が進む中、恭一郎は自室に籠って、専用機の設計に心血を注いだ。今回は時間的な制限が付いているため、手元にある技術を盛り込む形で、新型機を作り上げることになる。その結果、通常よりも大型で、従来機には無い特徴を持つ機体が設計された。
新型の専用機は、全高が二〇メートルほどの大きさとなる。従来機よりも大型化したことで、限界まで小型化された魔力縮退炉を搭載することが可能となった。こうして主機から得られた魔力の余剰分を縮退炉へと環流させることによって、魔力の無限増幅機能が実装されている最小サイズの存在となる。
操縦方式は旧来通りのオールド・レギオン方式で、並列量子コンピューターを搭載することで、ミズキがイナーシャルキャンセラーやコンバーターなどの機能を補助してくれることになる。
推力は全て魔力融合ロケット方式に統一され、燃料の重水も不要となった。そのため、燃料の問題から解放されている。ただし、推力が桁違いに高いため、出力調整のサポートが必須となっている。
武装も通常の属性攻撃ではなく、魔力による補助を受けた攻撃に限定された。その武装も機体に直接内蔵される予定のため、武装が破損する確率が大幅に低下している。
そして何より革新的なことは、機体に簡易的ながら変形機構を組み込んだことである。このことによって、新型機は戦闘形態と高速機動形態の二つの形態を手に入れた。この変形機構は、ハバキリの設計思想に共感した恭一郎が、独断で盛り込んだものだ。この結果、CAのカテゴリーから外れた機体となてしまっている。
さらに、機体を構成する素材を魔力強化処理してアマルガム化させ、ミスリル、オリハルコン、アダマンタイトも使用して、可能な限り能力の底上げが施されている。
それに加え、デスパイアから得た歪曲場発生装置も組み込み、恐ろしく製造費用の高い、究極の専用機が設計された。出来上がった設計図はミズキとリオに相談して、直ちに製造に取り掛かった。
◇◆◇◆
船体修理や新型機製造では力になれない恭一郎は、マクシミリアン達に丸投げしていた保護した亜人達の様子を見に行った。彼等は住処が決まるまで、空港の隣に待機させているツァオベリンの艦内で生活することになっていた。
護衛のハナと共に訪れたツァオベリンでは、マナとミナが亜人達の名簿を作成してくれていた。
保護した亜人の総数は、三〇五九名。その大半はマクシミリアンのような獣人系で、蛇や蜥蜴のような爬虫人系、蜘蛛や蟷螂のような昆虫人系、少数ながら吸血鬼のような不死人系も含まれていた。どういう訳か、リオのような混雑種は指折り数えるだけであった。
彼等の中には、もっと温暖な地で暮らしていた種族が含まれていたため、そんな寒さに弱い種族のために、温室のような温かい環境を作らなければならないだろう。また、今はもう絶滅してしまった種族のために、保護施設も用意しなければならない。彼等が子孫を残さなければ、その種は再び絶滅してしまうからだ。
本来ならば、こちらの方面に労力を投じていたはずだったのだが、紅星軍が現れてゼルドナが殺されたことで、恭一郎は復讐のために共通の敵を持つ学生達を保護して、アロイジアへと長征に向かう準備に専念していた。
とはいえ、恭一郎達の本来の仕事は、もうじき発足する議会のための道筋作りである。トイフェルラントの国民が代表を選び、その代表者達が民意を反映した政治を行う際に、保護してきた彼等をどのように扱うべきかを示しておく。そうすることで、今後恭一郎達がどの程度まで干渉するかを測るための、一種のバロメーターになることを期待しているのだ。
――トイフェルラント生活一五五〇日目。
意識の戻らない遥歌を欠いたまま、ゼルドナ・ゾンタークことジェラルド・ラザフォードの葬儀が、家族葬という形で密やかに執り行われた。参列者は恭一郎達を除くと、親交のあったエアステンブルクの代表としてオブライエンとレナード、そして司祭としてウェスリーが参列。オディリア共和国からはアイリス、ティファニア、シズマの名代でミヒャエルが参列した。
内々で行われることになった葬儀であるため、喪服ではなく喪章だけでも大丈夫なドレスコードを採用し、恭一郎は軍服風のネイビーのダブルコート。リオは国交樹立の調印式の際に着ていた赤のスーツドレスの色を黒に変え、ハナ達姉妹は個々人の勝負服のドレスに喪章を付けている。マクシミリアンは、ノイエ・トイフェリンで手に入れてきた黒の喪服で身を固めていた。
オブライエンとレナードは普段着よりも上等な服に喪章を付け、ウェスリーはいつもの魔神教の司祭服だ。
アイリスとティファニアは同じ軍装の喪服で、ミヒャエルだけは黒のスーツ姿だ。
葬儀はウェスリーの好意で、エアステンブルクの大聖堂で行われた。シズマから寄せられたジェラルドとしての日々、恭一郎からはゼルドナとしての後世が語られ、そのあまりにも早過ぎる二度目の死を悲しんだ。
この時になって判明したことだが、ティファニアがそもそもハリエットと顔見知りになった切っ掛けは、ジェラルドがティファニアと親しくしていたからであった。それは友達以上恋人未満の関係に終わっていたが、ジェラルドが戦死していなければ、恋人になっていたかもしれない可能性を含んでいた。
もし先の戦闘でゼルドナが生還できていたら、身分を隠す必要がなくなっていたため、二人の関係が進展していたかもしれなかった。そうなっていたのだとしたら、恭一郎は親戚を得る機会まで、一緒に失ったことになる。
葬儀はしめやかに行われ、棺が運び出されるところまで、式次第が進んでいた。恭一郎とミヒャエルの手によって、棺の蓋が締められようとしたその時、大聖堂の扉を開けて一人の人物が姿を現した。色素の淡い銀に近い少し伸びた金髪、白磁のように透ける白い肌、空色で透明感のある瞳。完全に近い完成度で整った美少女が、白衣を連想させる白のロングコート姿で大聖堂のホールへと侵入してきた。
「ハティーッ!?」
カラー・シフトの魔導具を自ら外して現れた遥歌に対して、アイリスが反射的に叫んでから口を塞いだ。表向きには、ハリエット・ラザフォードは亡くなっていることになっている。その事実を知る人物は、オディリア側ではシズマとアイリスの二人だけだからだ。
「まさか、本物のハリエット上級特佐なのか!?」
「さすがにこれは、知らされていないことに文句は言えませんね……」
ティファニアがハリエットの生存に驚き、ミヒャエルがシズマから伝えられることのなかった理由を察して、死んだはずの人物の登場への対処に困っている。
その反応はオブライエンとレナードも同様で、二人もハリエットには難民キャンプ時代に世話になっており、遥歌として戻って来てからも仲良くしてもらっていた。なんとなく魔法か魔導具を使っているだろうなとは、薄々感じてはいたようだが。
そんな銘々(めいめい)に驚く参列者の間をハリエットは通り抜け、蓋が締められようとしている棺の前まで一直線に歩み寄った。そして棺の中を覗き込み、死せるジェラルドの穏やかな顔を一瞥する。
「もう一度、妹に最期を看取らせるなんて……」
声に出さずに『馬鹿兄貴』と口を動かしたハリエットが、棺の中からゼルドナ用に製作したサングラスを掴み取り、そのまま自身に装着した。カラー・シフトの魔導具が発動して、ハリエットが銀髪で褐色の肌の美少女に変身する。
ジェラルド専用に調整していたはずの魔導具が発動したことによって、最も衝撃を受けたのは、製作者である恭一郎だ。使用者を喪って魔導具のコードが変質したのか、はたまた未知の欠陥が原因か、それともハリエットがジェラルドの妹であるからか、本来の仕様にない効果を発揮するサングラスが、ハリエットをゼルドナのように変身させたのだ。
「家族を護る役割は、私が引き継ぎます。だから、私達を見守っていてね」
ハリエットが一筋の涙を流した。それが見えたのは、棺の蓋を持ってハリエットの眼差しを観察していた恭一郎だけだった。
「記憶が、戻ったのか?」
「ええ。とても心地よい夢を見ていたのだけれど、あんなものを見せられたら、目覚めない訳にはいかなかった……」
恭一郎の問い掛けに、ハリエットが悲しそうに答える。ハリエット自身も、遥歌として恭一郎の義理の妹に生まれ変わり、求めて止まなかった家族の愛情に満たされる日々が、愛おしくて堪らなかったようだ。しかし、再び本物の兄の死を目撃したことで、夢のような毎日から、過去の記憶と共に目覚めてしまったのかもしれない。
「ハリエットに、戻るのか?」
過去の記憶を取り戻したハリエットに対して、恭一郎の心中は複雑だ。まだ一年ほどでしかなかったが、恭一郎はハリエットのことを遥歌という一人の家族として、リオ達と一緒に愛情をもって暮らしてきた。ハリエットも遥歌としての人生を受け入れ、恭一郎達の家族として幸せを感じていた。
この相互補完関係が、ハリエットとしての記憶を取り戻したことで終焉を迎えてしまうのではないか、そのように恭一郎は危惧していたのだ。
「心配しないで、恭兄さん。私がハリエット・ラザフォードに戻るのは、恭兄さんの復讐が終わるまで。復讐が終わったら、恭兄さんのことが大好きな遥歌に戻るから」
悲しみを湛えた表情で、ハリエットが微笑んだ。同じ血の通う者同士、家族を失ったことで反応にも通じるところがあるようだ。
ハリエットの登場によって中断された葬儀が再開し、ジェラルドが荼毘に付される。トイフェルラントでは、灰になるまで火葬することが基本となっている。オディリアも同様に、火葬して弔っていた。
新生トイフェルラントもこれまでの例に倣い、遺体は火葬することになっている。ただし、ノイエ・トイフェリン以南に関しては従来の火葬ではなく、低温プラズマ方式の火葬炉を使用している。
エアステンブルクに建設された火葬場で、ジェラルドは灰となった。集められた灰は骨壺のような小さな箱に入れられ、恭一郎達の手元に帰ってきた。その箱の軽さに反比例するように、恭一郎の心に復讐の炎が激しさを増した。この神経を焼くような痛みを伴う炎を消すためには、復讐を遂げるしか方法はなかった。




