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【紅の略奪者】

 ジェイルの海から航行可能な艦艇が続々と進発し、ヴェルヌ渓谷へと集結を始めた。約五万名の保護した人々をオディリアへと移送するためだ。かなりの人数を移送することになるため、メサイア操者達が事前に幾つもの小集団に彼等を振り分け、到着した艦艇へと順次乗艦させる手筈となっている。

 快速を誇るツァオベリンも半日以内に到着するため、マクシミリアン達が保護した亜人達に乗艦する手順などを説明してくれている。

 恭一郎は連合艦隊への指示の後、オメガとの終戦に関する報道機関向けの原稿などの作成に追われていた。凱旋してからは祝賀会などのイベントが立て続けに組まれているため、それぞれのスピーチに必要なネタも用意しなければならなかったためだ。

 宿願であったオメガの完全な排除が叶い、真に平和を取り戻したこの世界は、戦後処理の高揚と熱意によって希望に満ちていた。

 多くの死者を出す戦いであったが、これ以上の死者が出ることのない世界を手に入れるために散った、最後の尊い英霊達の魂の安息のため、誰もが未来を見据えて動いていた。

 この時までは――。




     ◇◆◇◆




 それは虫の知らせのような、何気ない予感めいたものだった。

 原稿の執筆を中断した恭一郎は、何かに導かれるようにケーニギンの艦橋へと上がった。艦橋にはマナだけが詰めており、他には誰もいなかった。

「マナ、君だけだったのか?」

「はい。ゼルドナさんは基地内の皆さんに、蒼凰の試運転を兼ねて食料を届けに行っています。遥歌さんは先程、お部屋に戻られました。セナはヒュッケバイン改の応急修理を試みると言って、恭一郎さんと入れ違いに格納庫へ向かいました」

 一人でケーニギンを預かっていたマナは、不意に艦橋へ姿を現した恭一郎に、いつも通りの対応を行った。

「周囲の状況は?」

「統合軍の艦艇二〇隻が、基地の港湾施設に接舷中。保護対象者を移乗させています。後続の艦艇一〇隻が、まもなく当宙域に進入する予定です」

 恭一郎が確認のためレーダー画面をのぞくと、友軍艦の反応がこちらへ接近してきていることが確認できた。

 ケーニギンのレーダーは、テロ事件に使われたドルヒ級のレーダー装置を解析し、近衛軍独自に改良を加えた特別仕様である。特に統合軍のレーダーには搭載されていない、次元潜航中のデヴァステーター用に実装した、空間の傾斜を観測する次元境界レーダーが追加されている。

 現在のデヴァステーターは主機へのエネルギー供給が途絶えたため、その全機が機能を停止していた。無用の長物となった次元境界レーダーは、終戦直後から切られていた。

 恭一郎はコントロールパネルを操作して、次元境界レーダーの機能を復帰させる。特に何もなければ、周辺を一通り走査してから元に戻すつもりであった。だがその瞬間、異常を感知したシステムが、警報を発して非常事態を告げた。

「全軍に警報を出せ! 直ちに戦闘待機へ移行! 何かが次元を突き破って出現するぞ!」

 次元境界レーダーが、かつてないほどの異常な空間の歪みを計測した。次元潜航するデヴァステーターは、空間の一点を押し広げて潜航するため、計測される数値は局所的なプラスの傾斜となる。イメージとしては、お肌の大敵たるニキビのような感じになるだろう。

 しかし現在のレーダー画面に表示されている数値は、非常に大規模なマイナスの値を示している。それは、別の次元から何者かがこちらの次元へ干渉している、と仮定されている反応であった。開通しようとしているワームホールの断面をイメージすると解り易いだろう。

 その反応が現れた場所は、オメガの動力炉をツァオベリンの魔導砲で消滅させた宙域。ナディアからオディリアの外周を公転する惑星アロイジア方面へと至る進路上であった。

『何事ですか!?』

 蒼凰に搭乗しているゼルドナが、すぐさま通信を送ってきた。

「大規模なマイナス方向の空間歪曲を検知した! かなりの質量を持った何かが、この次元に出現しようとしているようだ!」

『まさか、オメガ残党の別働隊!?』

「不明だ! 全てが終わったタイミングで、増援を送り込むとは思えないが……!?」

 もしも奇襲を意図しているのだとしたら、それこそ今の状況では不可解だ。オメガが消滅して、その手勢だけになった時点で、中枢である動力炉は死守しなければならない状況となった。

 しかし、ツァオベリンの一撃で動力炉は跡形もなく消滅している。そのため、活動するためのエネルギーが供給されなくなり、オメガ関連の全てが機能を停止している。それはオメガの呪縛も同様であり、破邪聖浄の神気を放射することなく全てが解呪されていた。

 もし仮に、消耗した連合艦隊の殲滅が目的ならば、もっと多くの艦が集結している状態を叩くことで、連合艦隊に致命的な打撃を与えることが可能なはずだ。

 実体弾系の弾薬が欠乏しているとはいえ、ケーニギンの戦闘能力はまだ残されている。ヒュッケバイン改もまだ、戦闘に耐えられる損傷率だ。マクシミリアンのゲシュペンストも補給を行なえば問題はなく、ゼルドナの蒼凰に至っては、完全な状態で稼働している。

 統合軍のメサイア部隊も簡単な整備と補給を行っているはずなので、少数精鋭のオディリア最高戦力は健在だ。

「ゼルドナはマクシミリアンと共に、急いでケーニギンに帰投してくれ!出現したモノが敵であった場合、直ちに迎撃行動を行う!」

『了解!』

「マナ! 港湾で移乗作業中の友軍艦へ、可及的速やかに作業を終え、直ちに現宙域からの離脱を勧告しろ! 接近中の艦隊にも、同様の勧告を出せ!」

 空間歪曲のマイナス値が増幅し続ける状況に、恭一郎は危機感を覚えた。連合艦隊の主力はナディアの裏側にいて、ケーニギンの弾薬補給は望めない。

 万が一の事態で撤退しようにも、保護対象者の移送がまだ終わっていない。亜人達に関しては、ツァオベリンの到着を待っているため、基地の中で順番待ちをしている。いくら無人区画の多いケーニギンでも、彼等を収容するには、準備に時間が掛かり過ぎてしまう。

 いざとなれば、ケーニギンを盾に時間を稼ぐ必要を考え、恭一郎は固唾を飲んでレーダー画面を注視した。

 やがて、マイナス値の増加が落ち着き、時空に巨大な穴が開いた。その中から巨大な何かが、恭一郎達の宇宙へと姿を現してきた。




     ◇◆◇◆




 次元境界面に穿たれた開口部は、直径が二〇〇〇メートルを超えていた。どこか別の空間と繋がった次元の回廊から、鋭角的なフォルムの物体が姿を現した。

 それは、某大作映画の星の破壊者を想起させるような、扁平に潰した三角錐の巨艦だった。艦体は目を見張るように鮮やかな深紅に塗装されており、所々に黄色い差し色が入っている。その差し色の部分は、武装や開口部の扉のようで、艦底部と思われる大きな平面と、左右から盛り上がる傾斜状の平面に、多数の四連装砲塔が確認できた。

 また、傾斜のある面には、滑走路と思われる直線的な黄色いラインが複数あり、一様に艦首と艦尾を結ぶ線上に配置されていた。

 基本色が黒であるオメガ軍、一部の特別機を除き艶消しのみで塗装を行わない統合軍、どちらの勢力にも存在していないカラーリングの戦闘艦は、全く別の勢力に所属しているモノと考えられた。

「三角錐型の所属不明艦、全長三〇〇〇メートル、最大幅一四〇〇メートル、ツァオベリンよりも巨大です!」

 艦尾部分の最大幅がツァオベリンの全長と同等の巨艦が、鋭角的な艦首をナディアへ向けながら、ゆっくりと移動を開始した。三角錐の底面に当たる部分から、加速していると思われる推進器の輝きが漏れ出ている。

「所属不明艦へ、通信を送れ! 何所どこの誰で、何の目的で現れたのかを問いただせ!」

「了解! ――こちら、トイフェルラント近衛軍所属、連合艦隊総旗艦ケーニギン。ナディア近海に出現した、所属不明艦に告げる。貴艦の所属と姓名及び、来訪の目的を答えられたし。繰り返す。こちら、トイフェルラント近衛軍所属――」

 マナが全周波数帯を用いて、所属不明艦に呼び掛けを行う。相手がまともな存在であれば、有無を言わさず攻撃してくることはないだろう。しかし、こちらからの呼び掛けに対して、所属不明艦は不気味な沈黙を保っている。

「所属不明艦より、返答が有りません。念のため、発光信号によるモールスを試みて……所属不明艦の武装が我々を指向!? 発砲を確認! 実体弾による攻撃とみとむ!」

「全軍、戦闘態勢! ケーニギンは前進して、友軍の盾となる!」

 どうやら相手は、問答無用で攻撃を仕掛けてくるような、こちらの常識外の存在であったようだ。

 保護対象者を収容する無防備な友軍艦の盾となるべく、ケーニギンが攻撃の矢面に立つ。高い防御力を有するケーニギンであれば、多少の実弾攻撃にも耐えることが可能なはずだ。

「所属不明艦から、艦載機と思われる反応が多数出現! かなりの数が、当宙域へ移動を開始しました!」

「戦闘可能な全ての機動戦力を緊急出撃スクランブルさせろ! 基地に残る全ての保護対象者を収容するまで、何としてもこの宙域を死守する!」

 所属不明艦の位置は、ナディアにかなり近い。航行中のツァオベリンの現在位置からだと、ナディアの陰に入りつつある所属不明艦の姿が確認できているはずだ。

 しかし、艦首の魔導砲は使用できない。魔導砲の一撃で抉られたナディアが、どのような二次被害を発生させるか予想ができないためだ。

「ケーニギン、所属不明艦からの攻撃の軸線上に乗りました! 防御行動を継続しつつ、実体弾の迎撃に移ります!」

 マナの操艦によって、ケーニギンが使用可能な全てのプラズマキャノンによる迎撃を行う。実弾による攻撃であるため、弾体を迎撃できれば攻撃を防ぐことができる。

「艦の指揮は任せる! 俺はヒュッケバイン改で、艦載機の相手をする!」

 恭一郎は急ぎパイロットスーツへ着替えるため、艦橋を後にすべく走り出す。

「承知しました! 無事な帰還を……!」

 マナの祈りを聞きながら、恭一郎は再び戦場へと身を投じることになった。




     ◇◆◇◆




 ヒュッケバイン改に乗り込んだ恭一郎は、セナと共に出撃した。遥歌は緊急出撃に間に合わなかったため、艦橋に詰めるように指示を出している。

 迎撃が間に合わなかった実体弾がケーニギンに直撃して、弾頭の炸裂した衝撃が艦全体を激しく振動させる。多重魔力障壁を貫いた実体弾に装甲が少なからず傷を負ったようだが、この程度の損傷で沈むケーニギンではない。

 とはいえ、多数の艦載機に囲まれてしまうと、実弾系武装の弾薬が欠乏しているケーニギンでは、かなり危険な事態に陥ってしまう。それを防げるのは、小回りの利くヒュッケバイン改を始めとする機動戦力だけだ。

 出撃したヒュッケバイン改に、ヴェルヌ渓谷基地から帰投した蒼凰が合流を果たす。マクシミリアンのゲシュペンストは、ケーニギンで補給作業を急いで行っている。それが済み次第、戦闘に参加することになる。

 メサイア部隊は出撃準備が間に合わず、順次発進するとの報告を受けている。連合艦隊の本隊からは、すでに多数の機動戦力が出撃を果たしている。しかし、ナディアの裏側という遠隔地であったことが災いして、こちらへの到達はいましばらくの時間を要していた。




 ケーニギンの迎撃を突破した攻撃が、ヴェルヌ渓谷の周辺に着弾する。基地施設は岩盤の下に建設されているため、しばらくの間は攻撃による被害は免れることができる。しかし、巨艦からの激しい攻撃に対して、そう長い時間は耐えられそうにない。

 撤退を見据えて時間稼ぎを行う為にも、恭一郎はゼルドナと共に先行して、接近する艦載機群の迎撃行動に入った。接近を果たした艦載機は、全高が一八メートル級の人型で、大きな腕部に対して貧弱な脚部を備えた深紅の機動兵器であった。

 武装は実体型の剣や槍を始めとする格闘武器を携え、クロスボウのような機械式のを連想させる大型銃を構えている。古代の戦装束をモチーフにしたような時代掛かったデザインの機動兵器が、大挙して襲来した。

 先制攻撃として恭一郎は、ミサイルランチャーを発射した。二〇発を越えるミサイルが一斉に放たれ、アンバランスな四肢を持つ機動兵器へと襲い掛かる。数発が迎撃に遭い途中で撃墜されてしまったが、多くのミサイルが複数の機動兵器に命中した。しかし、かなり装甲や耐久力が高いようで、致命傷に至る損傷は与えられていないようだ。

「こいつは、結構厳しいか……!?」

 ミサイルで撃破できない時点で、バグよりもしぶといことは明らかだ。それが大群で攻めてくることに、恭一郎は嫌な汗をかき始めた。

 ゼルドナもマイクロミサイルを惜し気もなく連続発射させているが、やはり効果が薄い。相手の前進速度にも影響を及ぼしてすらいない。

『総司令! こちらの火力では、相手の前進を阻むことができません!』

 撃ち尽くしたマイクロミサイルポットをパージして、蒼凰がバズーカでの射撃戦に突入する。威力の高いバズーカの榴弾を連続して叩き込み、数機の機動兵器を撃破した。しかし、バズーカには装弾数に不安があるため、この調子で消費しては、すぐに弾切れを起こしてしまう。そうなってしまっては、レーザーブレードによる格闘戦で対応しなければならなくなる。効率としては、かなり悪いと言わざるを得ない。

「味方の到着まで、どうにか持てば良い! もうしばらく踏ん張れば、マクシミリアンやメサイア部隊が来てくれる! それまではどんなことをしてでも、戦線を維持するんだ!」

 恭一郎はバシリスクから榴弾を乱射して、次々と機動兵器を吹き飛ばす。バズーカよりも凶悪なグレネードキャノンの一撃であれば、防御の厚い機動兵器でも撃破が可能だった。

 しかし、装弾数を増やしたバシリスクでも、圧倒的な数を相手にするとなると、早々に残弾が尽きてしまった。そこで武装をグライフに切り替え、最大出力でプラズマライフルを連射した。高エネルギーのプラズマの塊を、次々と機動兵器に直撃させる。

「――プラズマライフル、効果認めず!? プラズマエネルギー、機体表面にてエネルギー値急速低下……!?」

「馬鹿な!? プラズマを吸収しているというのか!?」

 グライフから放たれた、バグの集団をも一撃で灰燼に帰すプラズマエネルギーが、深紅の機動兵器の前には用をなさなかった。それどころか、エネルギーを吸収されて、逆に強さが増しているようにも感じられる。

『弾薬欠乏! レーザーブレードに切り替えます!』

 バズーカを撃ち尽くしたゼルドナが、レーザーブレードを装備した蒼凰で、機動兵器へと切り掛かる。巧みなフェイントで相手の懐に飛び込んだ蒼凰が、レーザーブレードを一閃する。しかし、装甲の表面をレーザーブレードの刃が撫でただけで、その熱エネルギーが全て吸収されてしまった。

「――熱エネルギーの吸収を確認! 熱量攻撃主体の当機では、対処不能! 撤退を推奨……!」

 実体剣化させたプラズマソードで機動兵器の装甲を強引に突き破り、攻撃手段を失った蒼凰を救出する。通常時よりも数倍のエネルギーを消耗して、何とか破壊することができた。

「全軍に向け、今の戦闘データーを送信しろ! これより、撤退戦を開始する! ヴェルヌ渓谷基地は現時刻をもって放棄! 全保護対象者を収容し、最大戦闘速度で当宙域を離脱! 全機動戦力は、友軍艦の撤退を援護せよ!」

 ゼルドナと共に後退を開始しながら、恭一郎が連合艦隊に撤退を指示する。グライフでの戦闘は不利であるため、シームルグのレールガンで、接近する機動兵器を撃ち抜く。貫通力に優れるシームルグによって、追撃してくる機動兵器の数が減って行く。

「――機動兵器の第二陣、戦闘宙域に到達……!」

 恭一郎達は後退中に、敵の後続部隊に追い付かれてしまった。相手の機動力も、耐久力同様に水準が高いようだ。

 数を回復した機動兵器が、一斉射撃を行う。巨大なボウガンのような銃から、電磁加速された大型の矢が発射された。古代の戦争を再現するように、矢の大群が面での制圧攻撃で襲い来る。

「ゲージ・アブゾーバー出力最大! 魔力障壁強度最大!」

 回避不能な面制圧を耐えるべく、ヒュッケバイン改の防御力を最大にまで引き上げる。そして装甲による防御を捨てている蒼凰を庇い、グライフのシールドを構えて防御姿勢を執った。

「――攻撃、来ます……!」

 多数の矢が撃ち込まれ、ゲージ・アブゾーバーが一瞬で破られた。防御を抜いた矢がヒュッケバイン改のヘルテン装甲に深々と突き刺さる。構えていた盾にも矢が深々と突き刺さり、被害対策を施していたグライフ本体まで矢尻が到達した。頭部は矢の直撃で砕かれ、人間のあごに当たる部分しか残らなかった。背部のバシリスクも機関部ごと弾け飛び、腰の魔力榴弾も矢が貫通して穴が開いた。

『総司令!?』

「……大丈夫だ! もう誰も、死なせたりはしない!」

 一〇本以上の矢が突き刺さったヒュッケバイン改は、ゼルドナが思わず声を上げてしまうような有様だった。幸いにして、被弾カ所との神経接続は、安全に切り離すことに成功している。

 だが、通常の装甲と魔力障壁の積層構造による防御力を重視した機体をもってしても、敵の一斉射撃によって大きな損害を被ってしまった。

「――機体損傷率、六〇パーセント! 頭部喪失! 脚部大破、機能停止! 腕部中破、機能低下! 全武装、使用不能! 戦闘能力喪失……!」

 恭一郎の意思とは無関係に、ヒュッケバイン改は限界を迎えていた。胴体の機能には問題がなく、移動能力の低下は最低限に抑えられている。しかし、その手足は串焼きのように矢で貫かれ、その機能をほぼ失っていた。

 制圧射撃の第二射が、蒼凰を護るヒュッケバイン改に再び襲い掛かる。さらに一〇本以上の矢に貫かれ、脚部は膝から下が失われ、腕部は肩のコネクター部分を残して破壊されてしまった。

「――限界です! 撤退して! お願い……!」

 セナの叫びが恭一郎に行動を促すが、時すでに遅く、更なる機動兵器の到来で、撤退の機会は失われた。満身創痍の恭一郎の前に、特別仕様と思われる機動兵器が姿を現す。

 他の機動兵器と同様に深紅に塗られたその機体は、他の機体よりももう一回り巨大な腕部を持っていた。黄色い四つの星が意匠された肩が巨大化しており、他の機体の二倍強の大きさを持っている。その前腕部には、かにバサミのような肉厚の大型クラッシャーが取り付けら、貧弱な脚部にも同様の小型クラッシャーが取り付けられている。

 四つ星の機動兵器が恭一郎達に迫り、腕部の大型クラッシャーで打擲ちょうちゃくする。初撃をどうにか避けた恭一郎だったが、四肢を失ったことで姿勢制御が上手く行かず、追撃の一撃を胴体で受けてしまった。クラッシャーの一撃に機体の構造材が大きく歪み、ガンナーシートまでコクピットが押し潰された。

 その衝撃でコントロールパネルが恭一郎の腹部を直撃し、内臓への過大な負荷が吐血を伴う損傷を与える。意識を失いそうになるダメージを受けた恭一郎は、戦闘不能に陥ってしまった。

 動きを止めたヒュッケバイン改に、四つ星の追い打ちが無慈悲に襲い掛かる。展開した大型クラッシャーが半壊したヒュッケバイン改の胴体を捕らえ、恐ろしい圧力で胴体を押し潰し始めた。

 セナが脱出を試みたが、先の一撃でガンナーシートまで潰されたことで、脱出装置は破壊されていた。そこで搭乗用ハッチを爆薬で強引に吹き飛ばし、動けなくなっている恭一郎を抱えて自力で宇宙空間に飛び出した。

 その数秒後、クラッシャーによってヒュッケバイン改の胴体は完全に潰され、補機のパワーパックから漏れ出たプラズマによって、内部から爆発を起こして宇宙の塵となった。

 宇宙空間に放り出された恭一郎とセナは、成す術べなく宇宙を漂うことになった。そんな危機的状況の二人に対して、四つ星は執拗に攻撃の手を伸ばしてくる。その大きな手を開き、二人を握り潰そうと迫った。

 そうはさせじと蒼凰がストレ・ブースターによる加速から蹴りを加え、質量差によって逆に弾き飛ばされる勢いを借りて、無防備な恭一郎とセナを両手で優しく掴んで逃走を図った。

『ご無事ですか、総司令!?』

 機体からの接触回線で、ゼルドナが問い掛けてくる。しかし、ヘルメットの中で吐血して呼吸困難に陥っている恭一郎は、受け答えのできる状態ではない。こうしている今も、蒼凰の加速に耐えることで必死だった。

 そんな恭一郎の代わりに、無口なセナが応答する。

『――内臓損傷、非常に危険! 陛下に救援要請……!』

 セナがモニターしている恭一郎のバイタル・サインが、危険な領域へと下がり続けていた。早く処置を施さなければ、恭一郎は確実に命を失うことになる。しかし、戦闘状態の宇宙空間では、治癒魔法の使えるリオを呼び出すことは難しい。早くケーニギンまで戻り、リオに空間跳躍で治療に来てもらわなければならない。

 事態の深刻さを理解したゼルドナは、ケーニギンを介してツァオベリンに乗艦するリオへ、ケーニギンへの空間跳躍を要請した。その一瞬の隙に四つ星の機動兵器が、ゼルドナの背後から襲い掛かった。

 大型クラッシャーを構えた機動兵器が、逃走を図る蒼凰に狙いを定め、その巨大な腕を伸ばした。普通ならば届きもしない距離にいた蒼凰に向かい、肩の装甲の中から隠れていた長い腕が現れた。その腕がクラッシャーごと前腕を前方に押し出し、逃走する蒼凰の胴体背面の下方を直撃。胸部へと抜ける重い衝撃を蒼凰に見舞った。

 それは、いつか見た光景と同じだった。逃走を続ける蒼凰は、恭一郎達を落さぬように大事に抱えたまま、全力で加速する。そこにもう一撃が加えられ、同じ場所から内部パーツが多数脱落する。激しく姿勢を崩しながらも、蒼凰は受けた衝撃すら加速に利用して、一気に戦闘宙域を離脱した。

 それと入れ替わるように、マクシミリアンのゲシュペンストや実弾装備に換装したメサイアが戦闘宙域に突入して、ようやく組織だった戦闘を開始した。




     ◇◆◇◆




 辛くもケーニギンまで辿り着いた蒼凰は、半死半生の恭一郎を運び終えると同時に、機能を停止して沈黙た。コクピットのゼルドナからも応答がなく、内部がどのような状態になっているのかも判らない。

 マナからの恭一郎帰還の一報と同時に、ケーニギンへと跳躍してきたリオによって、即座に恭一郎へ治癒魔法が施された。数分で内蔵の損傷が全て修復され、体力を酷く消耗した恭一郎が、リオと共にゼルドナの救助に当たっていた遥歌と合流する。

 機能停止した蒼凰のうなじ部分のハッチを強引に抉じ開け、コクピットの中へ入り込む。真っ暗になっているコクピットの中には、腹部を金属片で貫かれていたゼルドナが、力なく項垂れていた。

「ゼルドナ! しっかりしろ!」

「そんな……!」

 その光景を目の当たりにした遥歌が、そのまま意識を失って倒れてしまった。記憶を失っているとはいえ、血を分けた実の兄の変わり果てた姿に、心が耐えられなかったのかもしれない。

 急ぎゼルドナをコクピットから連れ出し、人工重力区画で突き刺さった金属片を排除してから、リオに治癒魔法を施してもらう。ゼルドナは呼吸も脈拍も止まっており、リオの治癒魔法と並行して、恭一郎が心肺の蘇生を試みる。気道確保のため、口内に溜まっていた血液を吸い出す。

 気道の確保を終えると、胸骨の下から指三本分程度上の部分を中心にして、両手を重ね合わせて真上から圧迫を繰り返し与える。強過ぎると胸骨が折れてしまうため、余計な力を加えずに三〇回心臓マッサージを行う。

 心臓マッサージを終えると、顎を少し浮かせた状態にして喉と気管を広げ、鼻を摘まんで空気が逃げないようにしながら、口を付けてゆっくりと肺へ空気を送り込む。勢いよく大量の空気を送り込むと肺を痛めてしまうため、こちらも胸部の膨らみを確認できる程度で、人工呼吸を二回行う。

 この心臓マッサージと人工呼吸をワンセットとして、ゼルドナに心肺蘇生を繰り返す。すでに恭一郎の治癒で数分の時間が経過した後のため、蘇生率は三割以下まで低下していが、まもなく魔法で損傷個所の修復が完了するため、心肺機能さえ戻れば助けられるはずだ。




「戻ってこい、ゼルドナ・ゾンターク! 戻るんだ、ジェラルド・ラザフォード! これからもずっと一緒に、可愛い妹を見守ってくれ! こんなところで、止まるんじゃない!」

 ゼルドナの心肺蘇生を開始して、一〇分以上が経過していた。リオによる治癒魔法はもう終わっており、傷は完全に元通りに塞がっていた。それでも、恭一郎が懸命な心肺蘇生をいくら繰り返しても、ゼルドナのバイタルは戻らない。

 残り少ない体力で心肺蘇生を繰り返す恭一郎は、薄々理解してしまっていた。恭一郎とセナを護るため、四つ星の機動兵器から致命傷を受けてしまったゼルドナが、その魂を全て燃やし尽くしてケーニギンまで撤退したことに。呼び戻したい彼の魂は、全て燃やし尽くされて二度と戻ることがないという現実に。

「恭一郎さん……。もう、ゼルドナさんを静かに、安らかに休ませてあげましょう……」

 背後から恭一郎の背中を見守っていたリオが、涙で声を震わせながら、恭一郎の肩に触れて心肺蘇生を中断させた。




 この日、恭一郎は大切な仲間を失った。

 この一件が片付いて、正体を隠す必要のなくなったジェラルドを遥歌の兄として、そして恭一郎の義理の弟として迎えようと密かに考えていた恭一郎の願いは、永遠に叶えられなくなった。

 涙も叫びも伴わないこの時の恭一郎の慟哭は、物言わぬ家族の身体を抱き寄せ、その身体を労わるように優しく撫でる行動で現れた。

 リオは気を失った遥歌をセナと一緒に部屋へと運び、恭一郎を敢えて一人にしてあげた。そして自らも家族となるはずであった青年の死に、静かに涙を流していた。

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