【小さな願い 魔道の輝き】
基地の振動は、その発生源が地下深くであることが判明した。そこは、恭一郎達が破壊目標として目指していた、基地の動力炉であった。
『まずい! また敵が、根拠地を捨てて逃げるつもりよ!』
エヴァンジェリンが叫ぶ。彼女は四年前の作戦において、オメガの主力を取り逃がした現場にいた。膨大な犠牲を踏み越えて辿り着いた敵基地の動力炉を、当時のオディリア統合軍では手の届かない宇宙空間への逃亡を許してしまった、その記憶が蘇えったのだ。
『今から急いで、動力ブロックに突入するか?』
『駄目です! 今向かえば、脱出ロケットの炎でウェルダンになりますよ!』
ペインの案を、シンが全力で止める。シンは前回の作戦で、オメガの脱出阻止に向かった部隊が、打ち上げロケットの炎に巻かれて全滅したことを知っている。突入を敢行しようとした部隊を引き止めたシンだったが、現在交際している女性の搭乗する機体しか、止めることが叶わなかったのだ。過去の失敗を焼き直しさせるわけにはいかない。
「――震動源、移動を開始。脱出を開始した模様です……!」
「飛んで火に入る夏の虫だ。このための、F計画だからな。ケーニギンの状況は?」
「――戦闘能力消失なれど、健在。回線、開きます……!」
敵基地の内部にあって、ヒュッケバイン改は外のケーニギンとの通信が可能となっていた。量子技術を応用した、量子データ通信である。電波では届かなかったり時間が掛かるような場所でも、タイムラグ無しで通信できるとんでもない通信装置である。
「聞こえるか、ケーニギン! 最終目標が逃亡を開始した。そのデータをツァオベリンのミズキに送るんだ! それから、リオを呼び出してくれ!」
恭一郎の指揮で、F計画が動き出す。ツァオベリンはこの時のために、トイフェルラントの地下で建造されたバトル・モジュールだ。オメガの残滓をこの世界から完全消滅させるための、最後の戦争を勝利に導く切り札として。
『は~い! 貴方だけのリオちゃんですよ~!』
この戦いが始まってから、トイフェルラントで待ち惚けさせられていたリオが、勤めて脱力した反応で繋がってきた。とはいえ、長期間離れ離れになっていた寂しさが伝わってくるので、恭一郎は申し訳ない気持ちになってしまう。だが今は、そのことに感けている時間はない。
「予定通り、敵の動力炉が逃げる。座標をケーニギンに観測させているから、計画通りに殺っちゃいなさい」
『安んじて、お任せあれ! それでは皆さん! お願いします!』
リオとの繋がりが強くなり、恭一郎にもリオと同じ視覚と聴覚が備わった。リオがいる場所は、空港地下の秘密ドックに係留されている、バトル・モジュールの艦橋である。そこには、ヒナ、ミナ、リナの支援担当アンドロイド姉妹と、並列量子コンピューターによって近衛軍基地の基幹システムと同時に存在できるようになったミズキが、管制官として詰めていた。
『ツァオベリン、離床! ガントリーロック、解除!』
「コースゲート、オープン!」
「システム、オールグリーン!」
「離床確認! 進路クリア!」
ツァオベリンが、トイフェルラントの地下で産声を上げた。オメガ残党との最後の戦いのために開発された、超戦艦としての超火力をもってして、単艦でナディアの敵勢力を無力化する破壊の化身として生み出された。
しかし、オメガの犠牲者の存在と戦後のオディリア共和国の関係を考え、痛みを伴うが、犠牲者を救助する方向に方針が転換したことで、こうして秘密ドックで切り札として待機していたのだ。
コア・シップであるケーニギンと結合していない状態でも、バトル・モジュールだけで運用できるツァオベリンが、新たに建設した大型通路を抜けて外の世界へと全容を現した。ケーニギンと同じ濃い蒼鼠色の艦体を持ち、ケーニギンをそのまま巨大化させたようなツァオベリンは、全長が一四〇〇メートル、最大幅二四〇メートルの水上艦型の超大型戦闘艦である。
主機は超大型魔力縮退炉、補機は大型パワーパック、M型及びE型の大型コンバーターを複数搭載しており、艦首の大口径砲以下、縦一五〇メートル、横九〇メートルの超大型シリンダー五基、ケーニギンと同規格の大型シリンダー一二基、同中型シリンダー四〇基、同小型シリンダー六四二基を備えている。
装甲材はケーニギンと同じ装甲材を使用しており、多重魔力障壁及びゲージ・アブゾーバーによる複合バリアも備え、超大型魔力融合ロケットと多数のプラズマ・パルスロケットにより、理論上は秒速約二九万キロメートルの亜光速度まで到達が可能となっている。
内部はケーニギン同様に無人区画ばかりだが、巨体ゆえの膨大な収容能力によって、人工重力環境による一万人近い人物の生活が可能な規模の環境を整えることも可能となっている。その意味では、宇宙用の箱舟級大都市艦と称すべき巨大艦である。
そのような破壊と創造を内包する超戦艦が、トイフェルラントの空を駆け上る。その姿をエアステンブルクの住人やトイフェルラント駐在武官事務所でアリッサ等に見送られながら、ツァオベリンは苦も無く大気圏を突破して宇宙空間へと到達した。
「ケーニギンより、最終目標の座標データが送られてきました。秒速二〇万キロメートルから加速しつつ、惑星アロイジア方面へ高速移動中」
ヒナの報告を聞いたリオが、間発入れずに指示を出す。
「F計画の最終フェイズへ移行します! 艦首大口径砲、発射準備!」
『命令承認! 艦首融合魔力爆縮放射器、エネルギー充填開始!』
「主機及び補機、出力上昇!」
「安全装置、全解除を確認! 艦首装甲シャッター解放!」
全エネルギーを艦首の大砲へと注ぎ込み、魔力を極限まで縮退させて、破壊力を指数関数的に跳ね上げる。艦首の装甲シャッターが開放され、装甲の下に隠されていた巨大な砲口が姿を現す。
『縮退圧上昇! 特異点の発生を確認!』
「エネルギー充填率、一二〇パーセント!」
「最終目標、照準完了! 射線上に障害物無し! 発射準備完了!」
ツァオベリンがこの戦いの幕を引く、最後の攻撃の準備が整った。目標は、ナディアの根拠地を捨て、再起を図るべく逃亡するオメガの残滓だ。あの動力炉は、オメガのオメガによるオメガのための世界を作る悪意の塊である。現在は主を失ってもなお、その悪意で世界に災厄をもたらし続けている。
「対ショック、対閃光防御! この世界から、完全に消え去りなさい! 艦首超大型魔導砲……発射!」
リオの合図によって、特異点を生み出すまでに圧縮された魔力融合エネルギーが、ツァオベリンの艦首から眩い光となって放出された。巨大な光の彗星が宇宙空間を貫き、逃亡を図る動力炉を飲み込む。恒星すらも消滅させる一撃に囚われた総てが、等しく原子の塵すら残さず消滅した。
光の通り過ぎた空間には何も残らず、悪意さえも因果地平の彼方まで諸共に吹き散らす。
そして、静寂だけが残された。
『魔導砲、最終目標の直撃を確認。最終目標、消滅!』
「やはり最後は私の愛が……、私達の愛が勝つのです!」
最後のセリフを言い直すリオが、ちょっと残念だった。そこで最後に格好よく決めてくれたら、恭一郎は出番のないまま終戦を迎えられていたことだろう。しかし残念ながら、リオは結婚への障害が取り除かれた興奮が内面で暴風のように吹き荒れており、発情を抑えるのに必死な状態となっていた。
そんな状態のリオに最後のシメを任せたら、これから始まる世界史に汚点となって残ってしまうかもしれない。さすがにそれは、あんまりだった。そこで仕方なく、リオとの繋がりを自らの心を乱すことで遮断した。これ以上繋がっていては、恭一郎まで発情が抑えきれなくなってしまうところだったからだ。
現実の自分へと復帰した恭一郎は、急に黙り込んだ恭一郎の次の言葉を待っている強襲部隊の面々から放たれる圧力に曝された。追跡も撤退も言わず、指示を出さない恭一郎を不審に思っているのだ。
「最終目標、撃破確認。オメガとの戦争は、終結したよ。はぁ、戦後処理、面倒だな……」
総司令官としてやり残している仕事を思い返して、恭一郎はため息を吐いてしまった。それは恭一郎にとって、この戦いの勝利が既定路線であったため、戦闘中は戦後のことを考えなくてよかったという意味合いが込められていた。
「ダメだよ、恭兄さん。総司令官なんだから、こんな所で中弛みしないの。ほら、みんな恭兄さんの勝鬨を待っているんだから、しゃきっとしてよ」
「――勝利宣言、とても重要。さぼるなら、結婚式に姉妹全員で乱入。希望者も同行させる……!」
珍しくセナが物騒なことを口にしてきたので、恭一郎は勝って兜の緒を締めた。そして、全回線を開いて、対オメガ戦の終結を高らかに宣言した。
その後の世界がどうなったか、語る必要はないほどに驚天動地の盛り上がりを見せた。
――トイフェルラント生活一五四六日目。
最後に立ちはだかった敵機には、やはりオメガによって殺された犠牲者が搭乗させられていた。その数は一万名もおり、オメガ残党軍の完全消滅によって自由の身となり、連合艦隊に保護を求めてきた。
しかし、それだけでは終わらなかった。ヴェルヌ渓谷基地の全体で、非戦闘員の犠牲者約四万名を保護することになったのである。つまり、恭一郎の初期の計画を推し進めていたら、彼等約五万名の命を奪っていたことになっていたかもしれなかったのだ。
しかもこの犠牲者達は、時代も種族もバラバラで、およそ二〇〇〇年前に亡くなったマクシミリアンのような亜人から、消滅前の各大陸の人々、中にはゼルドナのように亡くなって間もない人物も含まれていた。
そんな彼等を保護するために、恭一郎はこの事実を全世界に向かって公表し、連合艦隊をヴェルヌ基地上空まで呼び寄せることにした。
さすがのケーニギンでも、この数の移送は不可能だ。唯一移送が可能であろうツァオベリンも試験航行を兼ねた安全運転のため、その快速をもってしても到着までに約一日の時間を要する。
だが、基地の機能が停止したことで水や食料の供給が絶たれてしまった彼等を、このまま待機させることは人道に反する行為だ。
甚大な被害を出していた連合艦隊も、恭一郎と考えを同じにしてくれた。自身も辛い状況にあるにもかかわらず、オメガによって命を弄ばれた犠牲者に手を差し伸べずにはいられなかったのだ。
こうして、連合艦隊の複数の艦に分散する形で、約五万もの人々が保護されることになった。その内の亜人種約三〇〇〇名は、ケーニギンが担当することになった。彼等はマクシミリアンにより粗方の状況を聞かされ、魔王マイン・トイフェルの死を嘆き悲しみ、新生したトイフェルラントに救われたことを喜んでくれた。
もし状況がこれだけなら、恭一郎の想定通りだったことだろう。残念ながら、そうは問屋が卸してくれなかった。最後に戦った敵巨人機、デスパイアと呼ばれるデヴァステーターの上位機種に乗って戦っていた人物が、凶人と呼ばれる危険人物の奇特な旦那として何度か話の俎上に上がっていた、アレクサンダー・ルーその人であったのだ。
まさか親子で殺し合いに発展する直前であったことまでは想定できず、恭一郎は殺さずを貫き通した判断が正しかったことを痛感するのだった。
◇◆◇◆
保護した亜人達の世話をマクシミリアンとハナとラナに任せ、恭一郎は損傷したヒュッケバイン改をケーニギンに帰投させた。同じく機体に損傷を受けているゼルドナも帰投して、大掛かりな修理の必要なゲシュペンストをハンガーに固定した。パラーデクライトのような大破状態ではなかったが、機体の骨格であるフレームがかなりの被害を受けていたため、ケーニギンでの設備では直せそうになかった。
乗機の損傷が激しいゼルドナに、予備機として受け取っていた蒼凰を使うように指示を出した。すると、遥歌が自らゼルドナのフォローに回り、蒼凰のセッティングの確認作業を手伝ってくれた。遥歌自身も破邪聖浄の神気を使用したことで消耗していたが、久々に元愛機が動くことに喜びを感じているようだ。
そこで恭一郎はこの場を遥歌に任せ、セナを伴って艦橋へと向かった。艦橋では、戦勝を祝うシズマが個人回線で通信を送ってきているところだった。
『大願成就おめでとう、恭一郎君』
画面越しに相対したシズマは、恭一郎に祝福の言葉を贈る。オディリア共和国の悲願であったオメガの完全な殲滅が叶い、水面下で実行された犠牲者の救出計画まで成功させてみせた恭一郎に対して、最大級の賛辞を贈るべきなのだが、祝われているはずの恭一郎が浮かない表情をしているため、最低限の言葉だけに控えていた。
「多くの人命を喪いました。一三万名以上の死者行方不明者、五万名以上の重軽傷者を出してしまい、大変申し訳ない。皆さんからお預かりした多くの同胞を、私の個人的な戦いによって宇宙に散らせてしまいました」
恭一郎は深々と頭を垂れた。謝って許されるような罪ではない。尊い命を多く散らせ、大詰めの最後だけ活躍した総司令官なる青二才が、これから個人的に幸せになろうなど烏滸がましいにも程がる。
『顔を上げなさい、烏丸総司令。それ以上の発言は、理想を重ねて死んでいった者達への侮辱となります。そんなみっともない姿は、身内以外には決して見せてはいけません』
数年振りに受けた大人からの叱責に、恭一郎は怒られることの大切さを思い出した。子供は未熟であるが故に、時として失敗を大人から叱られる。トイフェルラントで生活を始めてからは、恭一郎が年長者の立場となって、リオや周囲の人物が危ない行動をしないように諌めてきた。
とはいえ、やはり恭一郎も経験の少ない若輩者である。特に性格を除けば真っ当な大人であるシズマから見れば、恭一郎は親子と同じ年齢差がある。多少の色眼鏡で上方修正が成されているが、それでも経験不足の若者だ。
そんな恭一郎が味方の死者数にだけ意識を奪われ、彼等が恭一郎の願いに重ねた平和への想いを忘れてしまっていたことは、平和のためにその身を捧げた彼等の魂を粗雑に扱う行為に等しい。それを大統領としての立場で総司令官へ訓辞としたことで、恭一郎に彼等から託された想いをしっかりと認識させてくれた。
「お恥ずかしい姿を見せてしまいました。ご指摘ありがとうございます、シズマ大統領」
どうにか心を持ち直し、恭一郎が毅然と胸を張り前を向く。連合艦隊の総司令官として、全ての責任は恭一郎の肩に乗っている。今回の犠牲となった多くの人命を悼むことは、人として大切なことである。しかし、恭一郎には悼むこと以外にも、彼等の御霊を慰める方法が存在する。それは、彼等が共に望んでいた平和を、必ず実現させることである。
『良い面構えになった。成長したね、恭一郎君』
「ありがとうございます。しかし、お預かりした戦力を壊滅状態にまで追い込まれてしまいました。この責任は取らなければなりません」
信賞必罰は責任者として、恭一郎は受けなければならない。政治的な裏事情があったにせよ、恭一郎が焚き付ける形で行われた大出兵である。オメガの脅威を完全に取り去ることは叶ったが、そのための犠牲は決して少なくはなかった。戦闘に参加した者は納得しているかもしれないが、残された家族や想い人は納得しているとは限らない。
『それならば、大統領として派兵を許可した私も同罪だ。高潔な精神は素晴らしいが、何事も程度を弁えておいた方が、今後のためだぞ。それにだ』
厳しかった表情を和らげ、シズマが優しげな表情で言葉を紡ぐ。
『この戦いで生き残った者の責任で、散って行った彼等の勇姿を後世にまで語り継がなければならない。彼等の命を賭した勇敢で尊い行為が、子や孫の世代の平和の礎となっていることを、新しい世代の子供達に知ってもらわねばならないからね』
もっとも、私には子供はおろか妻さえもいないがな。などとおどけているシズマを見て、恭一郎は思い付いたアイデアをシズマに相談することにした。それは、トイフェルラントとオディリア共和国が共にナディアの開発を行う際に、最初に行う事業の提案であった。
「激戦地となったジェイルの海に、戦勝と鎮魂の記念施設を建設しませんか?」
『それが恭一郎君の出した答えの一つなんだね。私は賛成だ。今しばらくの着工は難しいが、両国の国内が落ち着いてきたら、本格的な協議に入ろう。私も来年は二期目を勤められるかどうかの中間選挙がある。恭一郎君のところも、もうすぐ初めての選挙だから、互いにしばらくは忙しくなるはずだ』
シズマの指摘通り、後一月ほどで、トイフェルラントでは選挙が行われる。これにより民意を反映した内閣が発足して、民主主義国家としてのトイフェルラントが正式に始動することになる。何事にも最初の頃は問題が噴出するモノで、恭一郎達はしばらくの間、この問題に掛かりきりとなるであろうことは明白だ。
リオが切り札としてトイフェルラントにギリギリまで残留していたのも、選挙を成功させるために残留しなければならなかったという側面もある。国の統治者であるリオは、その婚約者である恭一郎よりも国にとっての重要度が高いからだ。
「そうですね。協議は年内からでも可能でしょうが、着工はそちらの選挙結果が出てからになりますね。個人的には次の大統領も、シズマ大統領のような良識ある人物であってほしいモノです。どこぞの狂人のように、いきなり攻め込まれては堪りませんからね」
『誰も好き好んで、虎の尾を踏みには行かないはずだ。恭一郎君達が本気になれば、そいつらがオメガと同じ末路を辿ることになるのだからね』
シズマは恭一郎のドライな部分を、非常に高く評価していた。恭一郎はオディリア共和国だけでなく、トイフェルラント国内に対しても、一貫して大切な存在を護るための行動に終始していた。薬物汚染を水際で阻止し、イスカのようなテロリストに対する抑止力を常に備えている。国内事業を活性化させ、国民の生活水準向上に大きく貢献することで、統治者となったリオに対する評価に高い下駄を履かせている。
この全てが、恭一郎の望む平和な日常のために必要であると判断しているからだ。そこまでしても不満から、大切な存在に拳を上げるような存在が現れたら、恭一郎は迷わず武器を手に戦うことを躊躇っていない。
それゆえに、国の政治を預かる身であるシズマには、恭一郎は組し易い相手だと言える。もっとも、利害も共通している両者の関係であるため、余程のことが起こらない限り、両者の関係は良好のままであり続けるだろう。
両者の話題は、救助した約五万名の当面の処遇へと移った。
「こちらは約三〇〇〇名の亜人を、国内で保護することになりました。明日にはツァオベリンも合流しますので、直接トイフェルラントへ向かうことになるでしょう」
『こちらはさすがに数が多いので、順次ダンデライオンへ移送してから、シャトルに振り分けて地上に降ろす……いや、その前に、身元をきちんと確認して、家族や親類縁者の有無を伝えなければならないだろうな。これは何とも、役所泣かせの大仕事だな。公務員達からは、相当に恨まれる量の仕事が天から降ってくるぞ』
「その点、こちらはまだ楽ですね。何しろ、二〇〇〇年ほど前の方達ばかりですから、リオのように祖先と分かる人物を探し出すことの方が難しいでしょう。問題は、すでに絶滅してしまっている種族が含まれていることですね。彼等のための生活環境が早急に整えられるかが、当面の課題となるでしょう」
人命救助とは、助けましたで終了とはならない。助けた人物のこの先の人生もある程度、下地を作っておかねばならないからだ。せっかく助けた人物が、社会常識が変わり果てた世界に馴染めずに、辛い生活を余儀なくされるなんてことは、是が非でも避けなければならない。オメガによって命を弄ばれた彼等は、今度こそ自らの意思で天寿を全うしてほしいからだ。
『そういえば複数の筋から、元操者や元エースパイロットの帰還報告が届いている。中には伝説的な活躍で有名な人物の名も挙がっている。よくそんな化け物じみた相手の中で、全員無事に生き残れたものだ』
「正直言いまして、デヴァステーターが相手でしたら、機体の性能差で敵ではなかったのです。姿を消してさえいなければ、ルーキーの四人娘でもかなりの撃墜数を稼げたでしょう。数の多さも、同時に戦闘可能な数が制限されている状況だったので、時間を掛けて磨り潰すことしかできないような状況でした。そんな戦法しか執れない相手に、現役の操者達が負けるはずがありません。しかも、殺さずに敵を倒すことである種の壁を形成したことで、完全包囲される前に戦場を移動することができました」
『こともなげに言ってるけれど、それってとんでもないことだよ? 普通はできることすら考えない、狂気の沙汰だ』
「そこが、相手の盲点だったんですよ。敵の狙いは、通常通りに殲滅攻撃をしてくるこちらを巨大な半包囲陣の中に囲い込み、圧倒的な数の暴力で確実に駆逐するつもりだったのです。それがいきなり一丸となって、敵陣深くまで食い込んで行ったのだから、もうこの戦法は使えなくなりました。しかも、不利を悟った敵中枢が時間稼ぎをさせて逃げる算段を始めたことで、一騎打ちという茶番を仕掛けてきました。彼等は簡単に捨て駒にされてしまったんです。そのことで、ほとんどの機体が戦闘行動を中断してしまいました。これが結果的に、全員生還ということに繋がっていたんです」
幾つもの偶然と要因が重なったことで、最後の戦闘は恭一郎の理想とした死者数ゼロの大勝利となった。多数のエピタフと単艦で戦闘を行ったケーニギンも、多少の被弾による損傷と弾薬の欠乏以外、航行に支障がない状態で勝利を収めている。
『私としては、あまり君達に危険な橋を渡ってほしくないのだがね』
「こちらも石橋を叩いて渡りたい、とは考えているのです。しかし、そう悠長に渡っていられる橋がなかなかなくて、仕方なく危険な賭けに出てしまうのです」
『政治や軍事は、そのような石橋をいかに避けるかが問われる部分があるからね。お互い、ここからの数年間が、今後の生活を左右する分水嶺になることを肝に銘じておかなければならないよ』
「普通の日常を求めていたはずが、何の因果か連合艦隊の総司令官で、もうすぐ国の王配ですからね。実際は凡人の私には、勉強することが多くて敵いませんよ」
『個人の認識が、必ずしも他者からの評価と一致するとは限らない。恭一郎君を取り巻く環境が、その良い見本だ。君は政治家でもなければ王族でもない、異世界にある日本の一般市民だ。それでも、英雄の資質と実績を我々に証明してしまった。今回も我々の期待に応えて、長きに渡った闘争に終止符を打ってくれた。最早この世界に、君を英雄と認識しない人物は存在しないのかもしれないな』
「知識としては理解していても、やはり認識が追い付いていないんですよね。普段はこの肩書きを利用して色々やらかしているくせに、いざ周囲から英雄としての行動を求められると、どうしても迷いが生じてしまうのです。こういう場合、参考に出来そうな人物がいないと、苦労するんですよね」
『全てを一人で背負い込もうとしなくていい。これまでも君は、ミズキ君やハナ君達姉妹の力を借りて、リオニー君のために行動をしてきたではないか。今の君には、あの子達を始めとした、多くの仲間や友がいる。そんな彼等の力を少しずつでも借りることができたら、君にはできないことの方が少なくなっているはずだ。かくいう私も、自身を恭一郎君の友だと認識している』
「公式の場でしたら即座に疑っていますよ、その発言は。かくいう私も、自身をシズマさんの友だと認識しています」
二人の間の予定調和として、ささやかな意趣返しを送る恭一郎。性格にこそ難があるが、人格としては尊敬しているシズマの言葉を、恭一郎は己の胸に刻み込んだ。




