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【小さな願い ナディア降下戦】

 ――トイフェルラント生活一五四三日目。




 大群をもって迫るバグとの戦いは、第一艦隊から第二及び第三艦隊へと引き継がれた。同艦隊に所属する機動戦力が出撃して、バグとの間に激しい戦闘を繰り広げている。第二、第三艦隊からも支援攻撃が加えられ、連合艦隊側に目立った損害を出さないまま、有利な戦況が続いた。

 先の敵艦との戦闘で損耗した第一艦隊は、後方に控えている第四艦隊と合流して修理と補給を行った。連合艦隊総旗艦であるケーニギン以下、第一艦隊所属の艦は、大なり小なり損傷を受けていた。

 特に手酷く損傷を受けていたのは、単艦で敵艦と渡り合ったケーニギンであった。それと同時に、最もダメージの回復が早かったのも、ケーニギンであった。

 ケーニギンは艦内の無人区画に、装甲防御を兼ねた修理用資材を搭載していたため、損傷個所を新しいモジュールと交換するだけで、元の綺麗な艦体を取り戻すことが容易であったためだ。重水と弾薬類の補給も終り、現在は損傷したプラズマキャノンの修復作業に取り掛かっている。

 第一艦隊を構成するドッペル級宇宙戦艦は、損害こそ少なかったものの損傷艦の数が多く、修理に時間を有してしまっていた。そのため、軽度の損傷艦は応急修理だけに止め置かれ、修理を終えたケーニギンと共に支援砲撃のために戦線へと復帰した。




 ナディアより出撃したバグの大群は、決して少なくはない損害を味方に与えつつも、連合艦隊によって宇宙の塵へと帰った。五体の大型融合体が出現したものの、このような特殊な戦力は第一艦隊との艦隊戦以降、出現することはなかった。撃破されたバグの数は、暫定の集計で一〇億以上は確実となっている。それと比較すれば、連合艦隊の被った損害は微々たるものだ。

 しかし、犠牲を嫌う恭一郎にとって、決して心穏やかな数ではなかった。




 ――トイフェルラント生活一五四四日目。




 連合艦隊はバグによる散発的な抵抗を排除して、衛星ナディアの近傍空間まで進出した。これよりジェイルの海へと降下して、橋頭保を確保することになる。衛星の真裏に位置するヴェルヌ渓谷に対する、進攻の足掛かりとするためだ。ジェイルの海に仮設の拠点を構えることで、後続の第四艦隊の安全を確保する狙いがある。




     ◇◆◇◆




 前年のナディア降下作戦の失敗を踏まえ、連合艦隊から多数のバンカーバスターが、ジェイルの海一帯に撃ち込まれた。地下深くに複数の迎撃用施設のエピタフが隠されていた前例があったために採られた、降下目標地点に対する安全確保の攻撃だ。

 ナディアの地面へと撃ち込まれたバンカーバスターが、岩盤を貫通して地中深くへと侵徹する。その内の数発が、地下に埋設されていた敵施設に命中して、大きな爆発を引き起こした。

 前年の戦いで流れ弾の魔力榴弾が炸裂して、この地に埋設されていた敵施設は全て消滅している。今回の攻撃で破壊された敵施設は、魔力榴弾の炸裂した後で新たに建設されていたモノであろう。

 安全地帯を確保した連合艦隊は、第四艦隊をジェイルの海に招き入れた。そして、第四艦隊を護るように、第五艦隊が防空輪形陣でジェイルの海上空に防衛態勢を敷いた。

 順調に推移していた橋頭堡の確保も、やはりバグの出現によって妨害されようとしていた。惑星ナディアの全周方向から、空と陸を埋め尽くすように無数のバグが攻め寄せてきた。衛星の陰に出現していた敵戦力が、連合艦隊のナディア到着を待ち構えていたのであろう。衛星の裏側へ派遣した偵察機からも、バグの大移動が報告されている。

 連合艦隊は、直ちに迎撃態勢を整えた。第四艦隊を護る第五艦隊のさらに外側へ、第一及び第二艦隊が輪形陣で防衛線を形成し、遠距離と空からの敵を受け持つ。機動戦力はシェイルの海全体に展開して、地上から迫る敵に対処する。第三艦隊は第四艦隊の直上に陣を敷き、機動戦力の運用に特化した。




 ケーニギンは第三艦隊と共に輪形陣の中心部上空に滞空して、戦闘領域全体の把握に努めていた。今回の戦闘は機動戦力での戦いが主となるため、ハナ、マナ、リナの戦闘用三人娘に加え、セナもパラーデクライトで出撃することになった。

四機のパラーデクライトは、宇宙用装備のラオム・ファルートを装備した、ラオム・アングリフとなっている。また、整備の簡略化のため、全ての機体が汎用性重視のミドルレッグタイプに統一されていた。脚部を選ばないハナとミドルレッグを好むセナはいつも通りだが、ヘヴィーレッグを好むマナとトライフォワードを好むラナは、機体構成の変更を強いられている。

 恭一郎はケーニギンをゼルドナとマクシミリアンに託し、自身も遥歌と共にヒュッケバイン改に乗り込んだ。そのままケーニギンの甲板の上に待機して、連合艦隊全体の指揮を執る。恭一郎は連合艦隊の総司令官であるが、機動戦力の中でも最高クラスの戦力でもある。また、敵の目標となることで、敵の行動をある程度誘導する狙いも含まれていた。

 ジェイルの海の東西南北へ、ハナ達がそれぞれ展開を終えた頃、敵の一団が次々と戦闘領域へ突入を始めた。連合艦隊はそれぞれの裁量に従い、迎撃行動を開始する。




 全周方向から迫るバグの圧力は凄まじく、空に陸に、激しい砲火と銃火が飛び交った。バグの集団を吹き飛ばし、粉砕し、消滅させる。しかし、いくら倒しても、殺到する敵の数は膨れ上がるばかりであった。

 そのような戦況の中で、最もバグの圧迫を受けていたのは、ジェイルの海の東側、ハナが担当する東部戦線だった。いかに一騎当千の機体を操ろうとも、敵が万単位で殺到してきたのではお手上げである。

 周囲の残存機を統率して、遅滞戦闘と同時に救援を要請してきた。

『ケーニギンに支援要請! このままでは、戦線が崩壊する!』

 東部戦線の状況は、全体的に戦線の後退を余儀なくされていた。集中的に押し寄せるバグの大群に抗しきれず、後退の間に合わなかった友軍機が次々と敵に飲み込まれて反応が消えて行く。中には自爆をすることで、少しでも多くの敵を道連れにする者までいた。

「レールキャノンでの支援砲撃を行う! 座標のデータを送れ!」

 恭一郎の指示に従い、ハナが送ってきた座標へ向けて、中型シリンダーからレールキャノンが連続発射される。中型シリンダーのレールキャノンは直径三〇センチメートルと中口径ではあるが、威力と連射性能は非常に優秀である。

 指定の座標に存在していたバグは、レールキャノンの攻撃で次々と撃ち抜かれ、バラバラに粉砕され、一瞬にして複数の個体が破壊された。レールキャノンの掃射された付近一帯は、巨人が砂遊びでも行っているように敵が一掃された。

 そうして立て直された戦線も、すぐさま後続の敵が殺到してくるため、ほとんど焼け石に水の状態だった。同じような状況は東部戦線だけではなく、西部戦線からも支援要請が届いた。

『敵の大集団が接近中! 現有戦力での撃退は不可能!』

 防戦の得意なマナが断言するからには、相当切羽詰った状況に陥っているのだろう。すぐさまケーニギンに下命して、レールキャノンによる掃射を行う。一定の効果は認められたが、有効な効果は得られない。

『魔力充填完了!』

 ここでマクシミリアンから、魔力弾頭ミサイルの準備が完了したとの報告が上がってきた。このミサイル攻撃ならば、一度に広範囲の敵を掃討することが可能である。

「各戦線へ殺到する、後続の敵集団を撃滅する! 魔力弾頭ミサイル、発射!」

『了解! ジェイルの海の外縁部へ向け、連続発射する!』

 ケーニギンから発射された魔力弾頭ミサイルが、押し寄せる敵の大群を次々と消滅させる。敵の後続集団が消滅したことで、各戦線に圧迫を掛けていたバグの攻勢に、一時的な衰えが発生した。

「各戦線を再構築せよ! 交戦する敵の数さえ抑え込めば、我々に敗北はない!」

 殺到する敵戦力の一〇分の一程度を撃破した段階で、機動戦力の一割強が失われてしまった。オメガ残党軍も後が無いことを理解しているためか、抵抗の必死さが今までとは明らかに違っている。それはつまり、恭一郎達がオメガ残党軍を窮地に立たせているという結果の裏返しであった。この苦境さえ乗り越えれば、おのずと勝機が見えてくるということになる。

 しかし、敵の抵抗は、恭一郎の予想を超えるモノだった。空間歪曲の反応を検知した偵察機が、次々と通信を途絶させて行くのだ。残存する偵察機からの情報を総合すると、東西南北の各戦線の後方、衛星ナディアの地平線の向こうに、小規模の空間の歪みが検出された。どうやらそこで未確認の融合体が生み出され、その長距離攻撃によって、偵察機が撃墜されてしまったようだ。

 すぐさま謎の敵が出現したであろう地点へ向けて、ケーニギンが魔力弾頭ミサイルを発射する。東西南北の目標に向けて飛翔するミサイル群が、ジェイルの海を越えた直後、全て撃墜されてしまった。

 敵の目的は、こちらの攻撃をジェイルの海の中に限定することで、じわじわとこちらの戦力を磨り潰していくことにあるようだ。彼我の損耗率を鑑みれば、非効率ながらとても有効な手段である。しばらくは戦線を維持できるが、遠距離の広域殲滅攻撃を封じられた状況では、どう足掻いてもじり貧で終ってしまう。

 確か日本の昔の作品で、航空戦力を封じられた人類が、異星起源種の大群と戦うという作品があった。その時は、航空戦力を封じている敵を排除することで、一時的に取り戻した制空権を利用した空爆を行っていた。

 現在の状況は、これと非常に似通っている。こちらの攻撃を封じる未確認の敵に対して、誰かが直接出向いて撃破しなければならない。かといって、今の戦力に余裕はない。メサイア部隊も各戦線において友軍機の救援に動いている。今の状態でメサイア部隊を各戦線から抽出してしまっては、たちどころに戦線が崩壊しかねない。

 数秒の逡巡しゅんじゅんを経て、恭一郎は非情の策を実行に移す。

「パラーデクライト、各機に次ぐ。これより、『ハンマー』を射出する。それを受け取り、地平線の向こうに隠れている未確認の敵を撃破せよ……!」

 それは、恭一郎の愛する家族に対し、単機で敵中を突破して、正体不明の敵を撃破しろ。という命令であった。家族の危機を日頃から忌避きひして、必死に遠避とおざけようとする恭一郎にとって、この命令は愛する者を死地へと送り込むことを意味している。普段から恭一郎のためなら死ねると公言するハナ達アンドロイド姉妹を、本当に死なせてしまうかもしれない命令なのだ。

「……済まないが、お前達の命を貰う……! だから、勝手に死ぬことは許さん……!」

 恭一郎の脳裏には、ウルカ戦の光景が蘇っていた。今一歩の所で力及ばず、ウルカに止めを刺せなかった時の記憶だ。あの時は恭一郎の発した撤退命令に、仲間の全員が結託して誰も従わなかった。普段から服従を口にしていながら、いざとなれば平然と命令を無視する面従腹背の前科がある。もっとも、字面だけであれば命令不服従で厳罰モノであるが、命懸けで恭一郎を護る行動のためであったので、罰を与えることはできなかった。

 今回は恭一郎の口から初めて、死んで来いと言う命令が出たのである。恭一郎は以前のように命令を拒否して、もっと確実な策を提示してくれることをせつに願った。覚悟を決めた恭一郎ではあるが、その迷いまでは完全に払拭することができている訳ではない。

 そんな恭一郎の心の怯懦きょうだを見透かしたように、愛すべき家族達は返答を返してきた。

『その命令を、待っていました!』

『わたし達は、恭一郎さんのためだけに、ミズキが生み出した現身うつしみです!』

『恭一郎さんのために死ぬ覚悟は、生まれる前から決まっています!』

『――だから、信じて……!』

 ハナ、マナ、ラナ、セナの四名が、恭一郎からの命令を迷いなく受諾した。

「……本当に、済まない……!」

 通信機に拾われないよう、小声で声を震わせる恭一郎。ヒュッケバイン改に同乗している遥歌は、前席のガンナーシートで恭一郎の流す涙に気付かない振りをしてくれた。

 ほどなくして、コンテナごと『ハンマー』がケーニギンから射出された。このハンマーは正式名称を『ディバインハンマー』と言い、アーケロス戦で猛威を振るったヒートハンマーの魔力版である。ハンマーヘッドの両端には、簡易型の魔力融合ロケットが搭載されている。このロケットを敵に叩き付けた直後に噴射させ、指向性を持たせた魔力融合エネルギーで攻撃を行う必殺兵器だ。使用には魔力を充填する必要があり、両端併せて二回しか攻撃を行なえない点で、用途が非常に限られている癖の強い武装である。

 コンテナにはそれぞれ、二本ずつのハンマーが搭載されていた。ハナ達は残弾の少なくなっていた腕部武装を迷わず投棄して、コンテナからハンマーを受け取る。

『ハンマーを受領しました』

『これより、未確認目標の撃破に向かいます』

『やっと、わたし達の見せ場です』

『――作戦開始……! またね……』

 ハンマーを受領したパラーデクライト・ラオム・アングリフ達が、東西南北の地平線の向こう側へ、単機による特別攻撃に移った。全員が目の前に立ちはだかる無数のバグの只中へ、七メートルほどの小さな機体を浸透させる。

「四機を援護する! レールキャノンにて、進路上の障害を薙ぎ払え! しかる後、通常のミサイルで牽制攻撃を行なえ!」

 四機のパラーデクライトの侵攻を援護するため、四基の中型シリンダーのレールキャノンが、進路上のバグを撃ち貫いて行く。そこで生じた敵の密度が低下した場所を、四機のパラーデクライトが駆け抜ける。

『『『『リミッター解除! 魔力充填開始!』』』』

 四機が同じタイミングで、パワーパックの出力リミッターを解除した。連動する四基のプラズマエンジンが臨界状態での稼働を開始して、機体が膨大なエネルギーを吐き出しながら赤熱化する。

 オディリア統合軍のメサイアに迫る性能を持つパラーデクライト・ラオム・アングリフが、メサイアの性能を越えた瞬間であった。膨大なエネルギーによって機動性が格段に上昇し、ブースターから巨大な炎が吹き上がる。そのエネルギーの一部が、ハンマーヘッドの魔力電池に魔力を流し込んだ。次第にハンマー部分も熱を発し始め、攻撃の準備が整う。

 ミサイルによる敵の遠距離攻撃の誘導に援護されながら、四機のパラーデクライトが地平線の向こう側へと消えた。すぐさま、ハンマーを除く搭載火器による激しい戦闘が開始され、四機の武装の残弾数が見る見るうちに減って行く。

『見付けた!』

『目標捕捉!』

『出たな、ヤマアラシ!』

『――突撃チャージ……!』

 遠距離攻撃を阻んでいた敵は、アーチンのような突起状の砲身を多数生やした、ヤマアラシのような四足歩行のバグだった。その突起から連続して対空射撃を行い、迎撃誘導のためのミサイルを次々と撃ち落としていた。

 敵と目視距離に近付いたことで、敵からもパラーデクライトの存在が認識された。迫り来る脅威に対して、ヤマアラシからの迎撃が始まる。いくら小型で高機動高防御のラオム・アングリフ状態でも、彼我の距離が詰まるごとに被弾が増えて行く。

 装甲や武装が損傷し、機体各部にダメージが発生する。それでも、パラーデクライトの突撃速度は低下しない。

『わたし達近衛軍が』

『この程度の攻撃で』

『止められるなどとは』

『――思わないで……!』

 その言葉とは裏腹に、被弾して満身創痍となって行くパラーデクライトが、とうとうヤマアラシの懐に飛び込んだ。ヤマアラシの体高は二〇メートルほどで、パラーデクライトの約三倍もあった。ハンマーで叩きのめすには、十二分な大きさである。

 攻撃態勢に入った四機が、ハンマーを両腕に構える。そして、必殺の攻撃を繰り出した。

『『『『ディバインハンマー!』』』』

 東西南北の地平線の向こうから、巨大な閃光が連続して発生する。その直後に大爆発が発生し、パラーデクライト四機とのデータリンクが途絶した。ミサイルへの迎撃が止み、遠距離への攻撃が可能となった。

「魔力弾頭ミサイル、発射準備……!」

「待って! まだパラーデクライトが帰還していないのよ!? 攻撃の前に、救助隊を派遣するべきよ!」

 遥歌が慌てて、パイロットシートに座る恭一郎に振り向いた。そうして遥歌が見た光景は、生死不明となったハナ達の生還を必死に祈る、苦痛に顔を歪ませた恭一郎の姿であった。

 本来であれば、いの一番に飛び出して、ハナ達を助けに向かっていたのは間違いない。しかし現在の恭一郎は、連合艦隊の総司令官の立場にある。私情だけで職務を放棄することはできない。恭一郎に出来ることと言えば、こうして必死にハナ達の無事を祈ることしかなかったのだ。

 その祈りは、データリンクの復帰という形で叶えられた。パラーデクライトは、全機が健在であった。しかし、ヤマアラシとの戦闘で深く傷付き、必殺のディバインハンマーを使用したことで、機体は大破してしまっていた。

 四肢が崩壊し、頭部も大破しているパラーデクライトが、どうにか飛行してケーニギンへと帰還を果たす。その着艦はもはや墜落で、ケーニギンでの完全修復は不可能な惨状になっていた。幸いにして、ハナ達には傷一つなかった。

「ハナ、マナ、ラナの三名は、チームゲシュペンストと交代して、ケーニギンの指揮を執れ。チームゲシュペンストは直ちに機体に乗り込み、前線に出てもらう。セナはヒュッケバイン改に搭乗して待機」

 恭一郎はハナ達の生還に労いの言葉を掛けることもなく、淡々と命令を下していく。しかし、その声が鼻声になっていたことは、誰もが気付かない振りをした。全員が生還したことを恭一郎が喜んでいないなどと、誰も疑いはしなかった。




 ――トイフェルラント生活一五四五日目。




 一昼夜続いた戦闘は、連合艦隊の勝利で幕を閉じた。ジェイルの海周辺で繰り広げられた戦いは、一二億体以上のバグによる津波のような大攻勢を跳ね除けることができた。しかし、連合艦隊の被害も甚大だった。

 敵の根拠地であるヴェルヌ渓谷への侵攻を目前として、戦闘用艦艇の実に四割以上を失い、残存艦の多くが中破以上の損傷を受けていた。軍事的尺度では、壊滅状態となる大損害となっている。

 機動部隊に関しては、さらに悲惨な状況だった。主力量産機の新旧インベーダー部隊の半数が帰還せず、残存機体も修理交換するパーツが底を突いていた。偵察機として運用していた支援戦闘機も、無理やり爆装して戦闘に参加したことで、多くの未帰還機を生む結果となってしまった。

 恭一郎もパラーデクライトがスクラップ同然になってしまったため、大きく戦力を低下させている。幸か不幸か、人的被害がまだ出ていないのは、奇跡的な状態だ。

 メサイア部隊は全機健在だった。とはいえ、新兵の四人娘は初陣で気負い過ぎ、敵の波状攻撃に曝されて機体が損傷していた。

 こうしてジェイルの海へ殺到していたバグの残敵が掃討されると、全てが眠りに就いてしまったかのように、恐ろしいまでの静寂が空間を支配することになった。




     ◇◆◇◆




 甚大な被害の出た連合艦隊は、真の最終局面を前に、再びケーニギンで緊急の作戦会議を行った。艦隊司令と機動部隊指揮官の半数が戦死と負傷で参加できず、集まった顔触れがたった五日で大きく変化していた。

 作戦会議では、改めて集計された情報を基に、敵根拠地への進攻方法が話し合われた。現状の戦力では、とても敵の根拠地まで攻め入れる余力がない。行動可能な艦艇の多くが、次の戦闘に耐えられるとは言えない損傷を受けている。機動部隊も活動の限界点を突破しつつある。さながら、敗戦直前の枢軸国のような惨状だ。もはや、組織だった軍事行動に移れる段階かを論じるまでもない。

 しかし、ここで全軍が撤退するという選択肢は、絶対にあり得ない。ようやく多大な犠牲を払って、オメガ残党軍の喉元に断罪の刃を突き付けるまでに至ったのだ。この機を逃せば、今回以上の犠牲が出ることは疑いない。

 そこでやはり、精鋭の小規模戦力によって、敵根拠地に強襲を掛けるという戦法に辿り着くことになった。これは恭一郎が当初から想定していた最終決戦のプランであった。超戦艦ツァオバーラントを中心に、トイフェルラント近衛軍が全戦力を投入して、ヴェルヌ渓谷に特攻を掛けるというモノだ。

 衛星の形を変えてしまう前提の作戦であったため、ゼルドナやマクシミリアンのような犠牲者の救出に路線変更したことで、廃案となっていたモノである。

 今回の強襲作戦には、総旗艦であるケーニギンのみが参加することになる。今回は電撃的な速力が求められるため、足の遅いオディリア統合軍では歩調を合わせることが不可能だからだ。オディリア統合軍の艦隊は、引き続きジェイルの海に構築した橋頭保の確保に専念してもらうことになる。

 強襲を掛けるケーニギンに同行する機動戦力は、ヒュッケバイン改とゲシュペンスト二機、そして予備の蒼凰の計四機に加え、オラキュリア、アナスタシア、オーバー・レイ、アースラ、レジェンドラ、フォークロアのメサイア計六機を加えた、合計一〇機の特別機だけで編成された。

 新兵四姉妹はジェイルの海に残留して、残存艦隊の防衛に充てることになった。万が一の時は彼女達に、撤退戦で殿しんがりを務めるように命令してある。

 共に攻め込むにせよ、残留して護りに徹するにせよ、次が最後の戦いとなることに違いはない。

 その後、最後の晩餐を共にした強襲部隊は、補給を終えると同時にジェイルの海を発った。そして一路、衛星の真裏に位置するヴェルヌ渓谷へと侵攻を開始した。

 こうして、オメガとの長きに渡る因縁に、決着の時が訪れようとしていた。


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