【ダンデライオン宣言】
――トイフェルラント生活一四八〇日目。
竣工式典にてダンデライオンと名付けられることになるオディリア統合軍の宇宙基地は、衛星軌道上に鎮座する巨大な人工天体である。いくつものモジュールの構造体を繋ぎ合わせ、近傍の小天体から得られた資材も使われた基地の外観は、宇宙空間に聳え立つ摩天楼のようである。
縦が一〇〇〇〇メートル、横が五〇〇メートル、幅が五〇〇メートルの四角柱のような構造体で、宇宙艦隊の母港としての機能を優先的に充実させている。
宇宙基地自体には自衛用の火器しか搭載されておらず、攻撃と防御の要は周囲に展開する機動艦隊に依存している。唯一の攻撃手段は、付近に展開中の戦艦群をアルファ・コネクター規格のケーブルで基地と繋ぎ、全艦一斉の超長距離広範囲殲滅攻撃を仕掛けるブルーム・バリーの動力源となる。その時展開する艦隊の陣形は、宇宙に咲くタンポポの花弁のように見える。
主力となる多数の改ドルヒ級とドッペル級宇宙戦艦、次世代型インベーダーが配備されたエルターン級宇宙母艦の集結する宇宙基地周辺宙域の光景は、さながら盛大な観艦式の様相である。
そんな大艦隊の整列する布陣の中を、一回り大きな艦体のケーニギンが悠然と横切り、基地の港口に寄港した。
◇◆◇◆
主賓の恭一郎とマネージャー役を射止めた遥歌、国務院からシズマ大統領への表敬任務を受けて、随行員として派遣されてきたブルーナ、その護衛役のハナとゼルドナの五名は、賓客用に用意された控室へと通された。
質実剛健の設計思想を貫くメイド・イン・オディリアの基地の内装は、やはりどこか殺風景なモノがあった。それでもなかなかに興味深い造りをしており、身体や姿勢を保持しておくための緩衝材の巻かれたとっかかりが、嫌らしくない範囲で室内に設けられている。
また、壁の一部には移動補助用のグリップがあり、グリップに備え付けのボタンを押すことで、壁伝いに素早く安全に移動できるようになっている。
控室には窓のような開口部分が設けられていない代わりに、各壁ごとに一基のモニターが埋め込まれており、全方向の外部映像が映し出されているため、圧迫感はあまり感じないように配慮されている。
さすがに無重力のため、接客用のティーセットのような食器は備え付けられていない。その代り、ゲル化させた飲み物のパックが窓付きの保冷庫に収められていた。
特に名前の書いていないパックを一つ開け、恭一郎は無造作に中身を口に含む。本来ならばハナに毒見をさせておくべき場面なのだが、オメガ残党以外から命を狙われる理由が見当たらないのであまり気にしていない。
パックの中身は、適度に味が濃くされたお茶だった。無重力状態では頭部への血流が増えるため、浮腫んで鈍る味覚を意識した濃い目の味付けにしてあるようだ。飯マズのオディリアも、飲み物は大分マシになってきたようだ。
お茶を飲んで人心地着いた恭一郎は、式典用に正装を身に纏っている。
基本デザインは軍服風のネイビーのダブルコートで、丈の長さは膝上まで。そのままCAに乗って戦えるように、ベンツがサイドに深く入っている。肩には飾りの施された肩章が配されていて、今まで獲得してきた勲章が並んでいるサッシュを掛けている。
このような式典に必要だろうと、アンドロイド姉妹達が軍の指揮官をイメージして用立ててくれていたモノだ。コートタイプになっているのは、寒冷なトイフェルラントでの着用が前提となっているためだ。
コートの下は普通のスーツスタイルとなっており、靴だけが軍靴風の編み上げ長靴となっている。
遥歌は式典への参加が決まってしまったため、急遽追加されたアンドロイド姉妹と同じデザインのドレスアーマー風の装いとなっている。ただし、基本色がシルバーグレーの姉妹達とは違い、メインカラーが蒼穹を想わせる深い蒼色だった。差し色はシルバーグレーとなっており、ミナの勝負服の配色が逆転したような見た目になっている。
この色を選んだのは、やはり遥歌だった。記憶を失っていても、この色に対する特別な想いは無くしていなかったようだ。単にネイビーブルーのコートを着ている恭一郎に合わせただけかもしれないが、愛機としていた蒼凰に通じる色を選んだことは、偶然ではないだろう。
スタイルの良いリオのデザインを踏襲して作られているため、少々胸部のボリュームが物足りないことになっている。さり気なくドレスの胸にパットを仕込んでおいてあげたため、慎ましやかな膨らみは確保されている。
ブルーナは背中の大きく空いたワンピースタイプの服ではなく、背中の部分が隠れるようなにボタンの付けられた、グレーのケープ・ジャケットにパンツスタイルとなっている。
無重力状態では翼を出すための開口部が丸出しとなってしまうため、周囲に素肌を曝して驚かせないように配慮した格好だ。ケープ部分は少し長めのモノが取り付けられていて、翼を畳めばケープの中に隠せるようになっている。翼を出した状態でも、ケープが背中のボタンで捲り上がらないようにされているため、多少動き難いだけで羽ばたくことが可能となっている。
国務院からブルーナが派遣されて来た理由は、仕事でよく恭一郎と顔を合わせている亜人スタッフの中で、最も近くにいた人物だったからである。現在の国家機関を取り仕切っている人物は、あくまでも選挙が終わるまでの暫定的な人事の下で日々の業務をこなしてくれている。それならば恭一郎の負担にならない顔見知りを選んで、特使として送り込んでしまえと言う話になっていたらしい。
ブルーナ自身もこの話に非常に乗り気で、渡航の難しいオディリアの施設を学べるまたとない機会であり、しかも普通のトイフェルラント人としては初めての外国訪問という経験に、好奇心が殊更に刺激されていた。
そのため、表敬訪問を行う特使としての顔を保てなくなるほど、興奮に目を輝かせて周囲のあらゆるモノを観察している。魔導士として事実上の弟子も同然のブルーナの姿は、恭一郎の目にも好ましく映っている。この経験が刺激となり、魔導士として成長してくれれば嬉しいからだ。
護衛で同行しているハナは、シルバーグレーに黄色の差し色の入ったドレスアーマー風勝負服を着ている。ハナ専用に尻尾穴が腰に実装されているため、テイルサプライヤーが自由に動かせるようになっていた。
同じく護衛役のゼルドナは、シークレットサービス風のダークスーツにサングラス姿となっている。所属はミナの直属の部下であり、今回はミナの上官であるハナの指揮系統に組み込まれている形だ。
サングラスは身元がばれる危険を低く抑えるためのモノであり、護衛役としての没個性的な演出のためのアイテムでもある。その実体はカラー・シフトの魔導具であり、他にもタイピン型やエンブレムピン型の偽装用魔導具を複数用意している。
そのため、まさか死んだはずのラザフォード家の兄妹が、この場に存在しているなどとは、身内以外は誰も知ることができないだろう。それでも、警戒するに越したことはない。遥歌はともかく、ゼルドナは敵とされる勢力から寝返ってきた人物なのだから。
◇◆◇◆
事前にアポイントを取っていたため、トイフェルラントの暫定行政府からシズマへの表敬訪問は、恙なく終了した。緊張していたブルーナの挨拶がややぎこちないモノではあったものの、シズマも若い亜人女性からの挨拶であることで、評価をとても甘くしてくれたようだ。
表敬訪問を終え、一旦控室に戻った恭一郎達は、遥歌をシズマに合わせるため、再びシズマの控室を訪れた。今回は非公開の会談という扱いにしてもらい、護衛を含めての完全な人払いが成されている。よって、この場にいるのは、恭一郎と遥歌とゼルドナ、そしてシズマの四人だけである。
これから行われる会談の内容が第三者へ漏えいしたとなれば、両国の関係に深刻な溝ができてしまう可能性がある。特にオディリアの国内は混乱に陥る可能性が高い。同士討ちを避けるための自爆や自決行為が、あまり意味を成していなかったのだからいたしかたがない。
周囲に目と耳が無いことを確認した一同は、声を潜めて本題に移ることになった。日本人風に変身しているハリエットを目の前にして、シズマが感情の高ぶりを抑えながら口を開く。
「もうすっかり、元気になったようだね? 生きていてくれたことだけでも、私は心から嬉しくて仕方がない……!」
ハリエットが脳細胞の連鎖崩壊を起こしてから一年の時を経て、烏丸遥歌として再びシズマの目の前に帰ってきた。未だに記憶を取り戻してはいないが、恭一郎達からは遥歌の精神の負担にならない程度に、失われている記憶のことは伝えられている。
感極まっているシズマとは打って変わり、遥歌は少々困惑した表情でシズマの前に立っていた。何しろ、近しい者ほど辛口に採点されてしまう悪戯好きの男への対応である。後見人という要素を足し算しても、それを台無しにする引き算の話しを、特にアイリスから散々吹き込まれていた。通常ならば邪険に扱って弄り倒すところなのだが、今回ばかりはそういう対応が許される状況ではない。
「色々とご心配をお掛けしたみたいで、申し訳ございませんでした」
記憶を失っている遥歌にとっては、シズマとの関係は全く与り知らぬことである。しかし、遥歌の身を心の底から案じていることだけは伝わってきたため、その想いに対して感謝の言葉を口にしていた。
「気にしなくていい。我々では、君のことを救えなかった。謝罪を口にするべきは、むしろこちらの方なのだ」
他人の目が届かない状況であるため、シズマが遥歌に対して深く頭を垂れる。公人としてだけではなく私人として、また後見人としても、ハリエットを見殺しにすることしかできなかったことを、シズマは今でも激しく悔やんでいた。
「親代わりとして家族になれなかった私では、君を最後まで守ることができなかった。歪んだ慣例に縛られて、中途半端な手段しか取ることができないようでは、後見人としても失格だった。この通り、許してほしい」
自らの不明を恥じて、遥歌に対して謝罪を述べるシズマは、やはり信頼に値する人物である。普段の行いも反省して改めてくれるのならば、周囲の評価はもっと正当な値にまで回復するはずなのだ。そのことが非常に残念である。
「シズマ大統領。今の私は、烏丸恭一郎の妹、烏丸遥歌です。貴方の知っている方は、己の人生を全うされたのです。そんな相手に対して、謝罪は無意味でしかありません。いつまでも過去の後悔に囚われていては、その方も心穏やかではいられないでしょう。これからは謝罪ではなく、思い出を口にして明るく過ごして下さい」
遥歌がハリエットであったのならば、頭を垂れたシズマに対して拳か膝で物理的な回答をしていたことだろう。痛みを最大限に与えつつ、肉体へのダメージを最小に抑える折檻の極みで、素直になれない愛情表現を繰り出していたはずだ。
しかし、今のハリエットは、遥歌として生まれ変わっている。兄となった恭一郎は、義理の部分を頑なに譲りはしないが、遥歌は本当の妹として日々を楽しく過ごしている。もう孤独の中で必死に足掻いていた頃の、不器用な少女ではないのだ。
もっとも、相変わらずのドジっ子は健在で、慣れないことをすると、高確率で大惨事に巻き込まれてしまう体質のままだ。その部分まで愛されている環境で生活しているため、この体質も徐々に緩和されている兆候が感じられる。
遥歌に顔を上げるように促され、シズマは改めて遥歌の顔を直視した。ハリエットからは終ぞ向けられることのなかった優しい遥歌の微笑みを目にして、彼女を救うことのできなかった後悔から来る寂寥と共に、彼女が救われて幸せになっている実感が、シズマの心の澱を払い除けていた。
シズマと遥歌の接触が上手く行ったことを見届けた恭一郎は、ゼルドナに一瞥を送って合図をした。ゼルドナもそれに応えて、小さく頷いてシズマに一歩近づく。
「実はもう一人、大統領に紹介したい人物を連れてきています。こちらに控えている、護衛役の男です」
「恭一郎様より紹介に預かりました、護衛のゼルドナ・ゾンタークと申します」
突然のことに訝しむシズマに対して、ゼルドナがサングラスを外して素顔を曝す。遥歌のことにばかり気を取られていたシズマは、不意に現れた顔見知りと瓜二つの人物に、声を失って驚愕している。
「護衛として同伴させているゼルドナですが、実はとある陣営から我が国への亡命者でありまして、どうしてもお伝えしなければならない事項がございます」
叫び出しそうなシズマを牽制した恭一郎が、事のあらましを可能な限り簡潔に説明した。ゼルドナはすぐにサングラスを掛け直し、これ以上の無用な刺激を与えないように、護衛役として後方に控えた。
やがて恭一郎からの説明を聞き終えたシズマが、どうしたモノかと天を仰いで苦悩した。死んだ人間が目の前に現れた衝撃は、ハリエットの生存を知らされたに等しい情報量を伴っていたからだ。
「それでは、ゼルドナ君のような存在が、残党軍の中に残されている可能性があると?」
「恐らくは……。確証はありませんが、少なくとも撤退した敵機には、オメガの呪縛に捕らえられたままの犠牲者が乗っていたはずです。マイン・トイフェル亡き今、新たな犠牲者が増えているとは考え難いですが、相手はオメガの残党です。どのような非道を働いているか、全く予想が出来かねます」
シズマは再会の喜びを完全に消し去られ、深刻な問題に直面させられていた。アビスのコードネームを付けられた敵機に、死んでいった知り合いの誰かが乗っているかもしれないからだ。
犠牲者を救う方法は二つ。もう一度犠牲者を手に掛けて、あの世に送り返すこと。オメガの呪縛を解除できる恭一郎に、犠牲者の相手をさせることだ。前者は事が露見した後の痛みが計り知れず、後者は敵の戦力が未知数であるためリスクが計算できない。
とても通信では話せない内容ばかりで、恭一郎もシズマに簡単に伝えることができずにいた。墓場まで持って行く可能性も考えていた恭一郎が行動に出た理由は、とある考えを伝えて相談するためでもあった。
それは、トイフェルラント近衛軍基地の総戦力を投入しての、オメガ残党の根拠地であるヴェルヌ峡谷に対する強行制圧作戦。その一部修正案だった。
「いくらなんでも、危険過ぎる」
かなり大雑把な作戦計画の概要を聞き、シズマが渋面となる。それでも、走り出している恭一郎は止まらない。
「危険は承知の上です。それでも、我々だけで作戦を強行するつもりです。敵の大群を突破して残党軍の中枢だけを破壊できるのは、我々の部隊しかありません。オメガの残滓に引導を渡すために、国力に似合わない軍事力を保有しているのです。常軌を逸している我々の戦力は、これから行おうとするような、不可能を可能にするための力なのです」
「敵の総数は、我々の推定で数百万から数千万体以上。先の特殊爆弾の威力を目の当たりにしたことで、さらなる戦力の増強が図られているかもしれないのだ。決死隊のようなまねは、私個人としても容認できない」
「オメガとの最終決着です。どのような結果になったとしても、世界が平和にならなければ、おちおち結婚もできない立場なんですよ」
「まさか、君ほどの人物から、そのような発言を耳にするとは……」
「それは些か、買い被りというモノです。トイフェルラントで生活を始めてから、戦う理由は一貫して個人的な理由に根差してきました。それがたまたま、他の誰かの考えと方向性が同じであっただけのことに過ぎません。人間と亜人の共存を図るのも、オメガとの戦いに協力するのも、目指している平和な世界のために必要だからです。私は聖人でもなければ名君でもありません。オディリア共和国を滅ぼせるだけの軍事力を持ちながら、決して世界を征服しないのは、なぜだと思いますか?」
不意に恭一郎の思考の推量を求められ、シズマは言葉が見付からない。これまでの脈略から、とても個人的でミクロな視点から導かれたモノであろうという、漠然とした形の掴めない例えしか浮かばなかった。
シズマの読みは、正しかった。しかし、その具体的な理由までは導き出せない。完全に沈黙してしまったシズマの姿に、恭一郎は簡潔に堪えあわせを行った。
「これから生まれてくる大勢の子供達に、みっともない大人の姿を見せたくないだけですよ」
恭一郎にとって、大人の背中は大きな意味を持っている。その象徴は、今は亡き父の源一郎の背中だ。息子の恭一郎から見ても、源一郎は非常に多彩な能力を持ち合わせた、ある種の天才として見えていた。そんな父親の背中は、どこか小さく見えていた。
トイフェルラントで多くの経験を得た今の恭一郎には、その意味がよく分かる。父の背中が小さく見えた理由が、家族に対する詫びの感情だった。
妻の恭歌を切り捨てることでしか、恭一郎を助けることしかできなかったこと。妻への愛を貫いたことで、結果的に母親の愛を与えることができなかった、恭歌の忘れ形見である恭一郎のこと。社会的にも復讐を遂げた後、結局は失うモノばかりで空しさばかりが残ったこと。その空しさから逃れるために、一人で仕事に逃げ込んだこと。それがさらに、恭一郎を孤独にさせてしまったこと。
それらの贖罪の感情が、源一郎ほどの天才の背中を小さく見せていたのだ。日本では魔法のような奇跡も存在していないため、源一郎の抱えていた絶望感は、一年前に失意の底にいた恭一郎の想像を越えるモノであったに違いない。
これから生まれてくる子供達に、特にもうすぐ生まれるエアステンブルクの赤ん坊に、そんな大人の悲しい背中を見せたくない恭一郎は、親の因縁の残滓であるオメガの残党を、この手で討ち果たしておきたいのだ。それが叶わなければ、後の世代へこのツケが回ってしまうと、半ば確信している。
作戦の結果も、なるべく完全な形での勝利が望ましい。ゼルドナやマクシミリアンのような、無関係なままに巻き込まれてしまった犠牲者達を一人でも多く救い出し、オメガによる悲しみの連鎖を完全に断ち切る覚悟を決めている。
「どこまでも身勝手な考え方だが、私は恭一郎君らしくて逆に安心したよ。行動を起こす動機は別にしても、その結果で得られるモノは、普通の人間では手の届かないことばかりだ。それを成そうというのだから、我々からは君のことが、英雄に見えてしまうのだよ。それが例え、無自覚なことであったとしてもね」
シズマはあまりにも小さなことのために、世界をひっくり返すような戦いを仕掛けようとしている恭一郎に呆れ果てた。それと同時に、英雄と呼ばれている者でさえ、一皮剥けばどこにでもいる小さな幸せを護ることに血道を上げる人間であることに好感を持った。
そしてシズマは、恭一郎が頑なにトイフェルラントに君臨することを拒む理由が理解できた。恭一郎は自らが語る通り、聖人君子ではない。どこまでも感情で動く、心優しいエゴイストなのだ。そんな人物が感情のままに権勢を振るい続けるのは、政治家の視点から見ると大変危険なモノだ。もし恭一郎が正気を失い、感情のままに武力を行使すれば、ゾンネファルナ恒星系そのものが、この宇宙から消滅しかねない危険を孕んでいる。
実際の恭一郎はそこまで深くは考えていないのだが、それはシズマとの経験の差である。リオと一緒に暮らしたいがために、世界を滅ぼしかねない破壊神ルートを拒否した恭一郎は、やはり英雄と呼ぶべき我を貫き通す意思を持った人物だろう。
「もはや、他人の評価を気にしていられる立場ではないですから。例え誰に何を言われようと、大切なモノを護るためなら、躊躇なく拳を振り上げる覚悟ができています。それでも、痛いのは極力避けたいので、妥協や譲歩をすることもありますが」
「そこがまた、恭一郎君らしくてよろしい。私などは政治家として考えがちだから、領土欲に目覚めた恭一郎君が、オメガの残党を叩き潰す序でにナディアを占領して、自国の領土にしてしまうのではないかと邪推してしまった」
「あ、それは考えていませんでした。なるほど、新領土ですか? これは良い知恵を拝借できました」
恭一郎が悪巧みをする時の暗い笑顔を、シズマの前で初めて見せた。この場においては冗談半分の発言ではあったが、リオすら怯ませる恭一郎のダークサイドを垣間見て、シズマは己の大失態に冷や汗が拭き出した。
「あ……、もしかしてこれは、寝た子を起こしてしまったか……!?」
激しく狼狽しているシズマを見かねて、遥歌が援護射撃を行った。
「恭兄さんはたまに、こんな顔をしていますから。今のところ実害は出ていないので、安心しても大丈夫でしょう」
兄のことをよく見ている遥歌の発言は、彼女が気兼ねすることなく自然に過ごしていることを暗に物語るモノであった。その言葉を聞いたシズマに改めて、恭一郎にハリエットの全てを託したことが正解であったことを再認識させた。
◇◆◇◆
オディリア統合軍ダンデライオン宇宙基地竣工記念式典には、主賓として招かれた恭一郎一行を筆頭に、各箱舟級大都市艦からも多くの招待者が参加した。
オディリア共和国が手に入れた、宇宙への橋頭保にして、オメガとの戦いの最前線となる基地である。この基地を足掛かりとして、首魁の討伐された敵の残党を完全に駆逐するべく、式典参加者達の息は荒い。
その式典の壇上で、シズマの演説が聴衆を大いに沸かせることになった。
『――そして我々は、残された大地に住む古き友を得ました。彼等は今こうして私が皆さんへ向かって話している間も、国内の復興と発展に邁進して、かつての平和を取り戻そうと努力しております。そんな彼等の築く平和な世界を護るため、とある人物が私に、こう宣言されました。『いかなる結果になろうとも、オメガとの最終決着に臨む』と。この人物はあくまでも、個人的な感情で敵地に乗り込み、オメガ残党の命脈を完全に断つと断言しました。そのための計画を密かに、この一年の間に進めていたというのです。その準備が間もなく整うので、この軍事行動が我々に対する敵対行為ではないことを、事前に伝えてきてくれました』
式典の会場が騒がしくなり、幾つもの視線が恭一郎に突き刺さってくる。覚悟をしていたため、全く動じることのない恭一郎だが、内心ではリオの頭を撫で回している記憶を延々と再生し続けて、平静さを保つのに必死だった。
『私は、恥ずかしかった。この一年の間、敵を倒すことだけを考え、この基地を必死に建設してきました。だが、その人物は違った。我々のように、敵を倒すために、戦いに赴くのではない。平和で皆が幸せに暮らせる世界を護るために、戦いに赴くのです。我々は過去の仕打ちに対する報復に、囚われ過ぎていました。我々はこの人物のように未来を見ず、過去ばかりを見てきたのです。失ったモノは、二度と取り戻せません。ですが、これから失うなモノは、護ることができます。それは今からでも、遅くはないのです。我々のこれまでの戦いの目的は、オメガに対する復讐でした。しかしこれからは、次の世代に我々のような、悲しい思いをさせないようにしようではありませんか。私はこの人物の考えに賛同して、この場で施政方針の転換を宣言します。我々オディリア共和国は、勝利の先にある平和を護るため、オメガ残党との最終決着に臨むことを!』
一気に高まった最終決戦の機運に、聴衆の熱量が跳ね上がる。そして、シズマがさらに、言葉を続ける。
『それに加えて、オディリア共和国大統領シズマ・R・ライトハウザーの名をもって、オディリア統合軍に下命します。オメガとの決戦決着を勝利で迎えるため、オディリア統合軍とトイフェルラント近衛軍による、連合艦隊を結成せよ。これは我々の戦いが迎える、真の最終局面である。過去に散って行った英霊達のため、これから生まれてくる未来の子供達のために、今こそ我々が最後の血を流す時が来た!』
ダンデライオン竣工記念式典で行われたシズマの大統領演説は、世論を長きに渡る戦いの日々を終わらせる節目となった。
それからのオディリア統合軍は、恭一郎達との連合艦隊を結成するため、部隊の再編成がおこなわれることになった。
その頃のナディア近傍の宙域は、不自然なほど静かであった。




