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【戦いの宇宙へ】

 ハリエットに先導されて辿り着いた箱舟級大都市艦のしち番艦ピエニーは、海上を移動する都市そのものであった。

 ハリエットから仕入れた情報によると、ピエニーは箱舟の名が冠された、膨大な数のメガフロートが連結された人工の大地だった。外縁を推進装置を持つユニットが囲み、周囲は護衛艦に守られている。

 全長が、ウルカバレーの約半分となる一〇キロメートル。最大幅が三キロメートルの超巨大水上艦といった構造だ。

 艦の中央部は居住区、その周囲が産業区、その外側が工業区となっている。艦首には艦橋と司令部や行政府等の主要施設があり、両側舷には滑走路と軍港、艦尾には食料生産プラントが配されている。

 到着時刻が深夜であるだけに、都市の明かりは非常に少ない。だが、軍関係の施設が集中する艦首と側舷は、煌々と灯火が焚かれていた。




 恭一郎はハリエットと共に、左舷側の滑走路の端に降り立った。

 すぐさまランドクルーが集まってきて、機体にタラップが掛けられる。

『この場で、トランス・ブースターの取り付け作業と、大型輸送機への搭載作業を行う。休める場所を用意させていから、そちらへ移動して仮眠を執ってくれ』

「了解した」

 ハリエットの言葉に甘えて、作業はランドクルー達に任せることにした。

 システム関係をロックしてから三人で機体を降りると、迎えの車がやって来た。ハリエットと共に車に乗り込み、艦首方向へと向かう。車両は電気自動車だったため、魔導車と似たような静粛性を持っていた。そのせいで、着慣れていないパイロットスーツにムズがるリオの、身体をしきりに掻く音が気になってしまった。もう少し、デリカシーというものを携帯してほしいところである。




 恭一郎達と入れ替わるように、巨大な飛行機が滑走路にランディングしてくる。ハリエットの工兵隊が使用していたモノよりも大きな翼を持つ、大型輸送機だ。ヒュッケバイン改と蒼凰は、この大型輸送機に乗せられて、打ち上げ空域まで運ばれることになる。




     ◇◆◇◆




 艦首部分の行政府施設の一つに案内された恭一郎達は、それぞれに休憩用の個室が割り当てられた。どうやらこの施設は、他の都市からの要人をもてなす迎賓館のような建物のようだ。

 軍の宿舎で休憩するというハリエットと別れ、恭一郎は割り当てられた個室へ入った。

 内装は、少し豪華なホテルの個室。といったところだろうか。特別豪華な装飾が施されている訳でもなく、少し大きめのシングルベッドに、アルコールを含む飲み物の入った小型の冷蔵庫。まあまあの大きさのテレビも備え付けられている。

 トイレとシャワーは別々になっていて、ちゃんと真水が出て来るようになっていた。

 そこで、昨夜から働き詰めだった恭一郎は、仮眠の前にシャワーを浴びることにした。出撃してしまうとしばらくの間は、まともに身を清めることが難しくなるからだ。




 身体を綺麗にしてさっぱりした恭一郎がシャワー室を出ると、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。

 建物を警備する兵士が、何か連絡事項を伝えに来たのかもしれない。

 そう判断して、来訪者の身元を訊きながら、扉ののぞき窓から外の様子を確かめた。

「私です」

 そこには、普段の亜人姿に戻っていた、妙に上機嫌のリオがいた。全身のかゆみは収まっているらしい。その隣にはセナの姿もあり、リオの腕に抱き付いている。

 扉を開けて、二人を部屋の中に招き入れる。

 リオは魔法で作ったパジャマ姿で、セナもリオとお揃いのパジャマを着ていた。

 何かあったのか恭一郎がリオに訊ねると、個室に入ったセナは心細くなり、恭一郎の部屋を訪ねたのだそうだ。ところが、恭一郎はシャワーを浴びていて、セナの来訪に気付かなかった。そこで、孤独に耐えられなくなったセナは、リオの部屋を訪ねることにした。

 リオは仮眠を執ろうと着替えた直後だったため、セナの来訪に気付くことができたそうだ。

 一人になることが苦手なセナは、長い間放置されると、とても不安になってしまう性格だった。今夜は普段の生活圏から遠く離れていることもあり、一人になるのが耐えられなかったのだろう。

 リオがセナと一緒に寝ようとしたところ、恭一郎の動く気配を察知したリオが、セナを連れて部屋を訪ねてきたという次第だった。




「それで、なぜこうなる?」

 部屋に入ってきたリオとセナにベッドへと引き込まれ、恭一郎は二人に挟まれるようにして、仮眠を執ることになってしまった。

 三人でシングルベッドに眠るため、ベッドの両側には、落下防止の魔力障壁が張られている。ベッドが狭いため、必然的に互いの身体が密着するようになる。

 天然モノのリオは言うに及ばず、義肢素材や生体部品の使われている人工物のセナの身体も、程よい温もりと柔らかさを持っていた。

 以前に幼女に戻ってしまったリオと同衾して以来、家族として一緒に寝るのは、今回が初めての経験となる。

 そのようなことを考えている恭一郎の隣では、リオとセナが安心しきった表情で眠りに落ちていた。

 本来アンドロイドには、睡眠という行動は必要ない。しかし、パワーパックと魔導具の制御という高負荷状態のセナには、システムの最適化等のセルフチェックと体内の重水の節約のため、定期的な睡眠が必要だった。

 睡眠中のセナはしばらくの間、外部からの刺激でも目覚めることはない。信頼できる誰かの傍にいなければ、自己防衛すらままならないのだ。

 この場で最も信頼している恭一郎と、この世界で最強のリオと一緒に寝ているセナは、最も理想的な環境で眠っていることになる。

 一緒に眠るリオも、恭一郎は別格としても、セナ達姉妹を家族として愛している。リオの言を借りると、『機械の雌』ということでもあるが、恭一郎のために存在する戦友という側面もある。独占欲の非常に強いリオにしては珍しく、もしもアンドロイドではなかったら、恭一郎の愛人までなら許せるレベルで、彼女達を受け入れていた。

 一人で伸び伸びと眠ることを好む恭一郎には、現在の窮屈な状況には一言物申したいところだ。しかし、こうして二人が幸せそうに眠っている顔を見たことで、今夜くらいはと現状を受け入れることにした。

「これからの戦いでは、二人の力に頼らせてもらうから、今夜は良い夢を見ろよ……」

 そう小声でささやき、恭一郎も目を閉じた。




 朝。

 いつものように早く目覚めた恭一郎は、寝ている二人を起こさないようにベッドから抜け出した。

 用意されていた部屋着を纏い、静かに部屋を後にする。向かうは、この建物の中の厨房だ。

 恐らく恭一郎達のために、ハリエットが朝食の手配をしているはずである。オディリアで出される料理がどのようなモノか、せっかくオディリアくんだりしているのだから、知的好奇心も一緒に満たそうという腹積もりである。

 さっそく、警備の兵士を捕まえて、色々と聞き出すことに成功した。

 兵士のアラン・スミシー (まさかの本名!) 伍長の話しによると、やはりハリエットが、朝食を手配していてくれた。しかも建物地下の厨房で作った料理を、温かいうちに出してくれるとのことだ。

 他にも、近くに父の口座を管理する銀行の支店があり、大型輸送機の離陸の前に残高を確認したいとの希望を伝えたところ、特別に支店の偉い人が対応してくれることになった。

 こういう場合、恭一郎に付き纏う『英雄』云々の二つ名は、物凄い効果を発揮する。アラン伍長への礼として、軽く握手をするだけで、『もう、この手は一生洗わない』と小声で言わしめるほどだ。

 ちょろい、ちょろい。ちょろ過ぎるから、逆に気を付けないとダメだ。

 アラン伍長にちゃんと手を洗うようにツッコミを入れ、恭一郎は地下の厨房へと向かった。




 要人をもてなすための施設だけのことはあり、厨房の設備は大したものだった。業務用の高性能な調理器具が並び、揃えられている食材は、どれも新鮮で種類が豊富だ。

トイフェルラントでは育てられない、温かい地域の食材も含まれている。スパイスやハーブもあり、これでどうして飯が不味くなるのか、その理由が全く理解できない。

 恭一郎の存在に気付いたシェフを捕まえて、こちらからも色々と聞き出すことに成功した。

 シェフのアントニー・ハント氏の話によると、朝食の献立は和食であるらしい。養殖されている鮭のような魚の切り身を焼いたものに、白米と味噌汁と漬物の付いた、定食のようなモノが出来上がりつつあった。

 無理を言って味見をさせてもらうと、残念ながら場末の食堂の方が格段に美味しいレベルの味だった。

魚は塩気が強くて、非常に脂っこい。白米はジャポニカ種のようだが、いくら噛んでも粘り気が少なく味気ない。味噌汁は豆腐と油揚げが入っていたが、味噌の塩味しかしない。漬物はキュウリのような野菜の浅漬けだが、歯応えがあり過ぎてなかなか噛み切れない。

 食材は全て、オディリアでは最高級のモノを使っているらしい。

 再び無理を言って、料理に使った食材を見せてもらう。

 鮭っぽい魚は塩揉みにされていて、臭みは取れているようだ。身も綺麗で、品質も良さそうだ。やや脂の差しが多いようだから、湯を沸かして塩抜きを兼ねて余分な脂を洗い落し、グリルで両面を焼く。

 米はどうやら、酒用の品種を炊いていたようだ。食用の米は日本人の好む味覚に合わせ、甘くてふっくらに炊き上がるように品種改良されている。

 一方、酒用の米は、独特の切れやのど越しを得るために、雑味が少なくなるように品種改良されている。この雑味の部分に、美味しさの成分が含まれているため、食用にはやや適さない味なのだ。

 米自体にそれほど味がないため、緊急処置として、乾燥シイタケのような香りのするキノコと、ゴボウやニンジンのような根菜を笹掻ささがきにして、一緒に炊き込む。

 味噌汁は、出汁を取らずに作っていただけのようだ。出汁の基本になりそうな昆布や鰹節が見当たらなかったため、適当に選んだ野菜と肉を入れて灰汁を取り、それを味噌汁に混ぜて豚汁風にした。

 浅漬けは細切れにまるまで切り刻み、キャベツの葉のような生食の可能な葉に包んで、炊き込みご飯で余った出汁を少しだけ垂らしてお浸し風にしておく。

 どうやらオディリアの料理は、肉体労働系を意識した塩味の濃い料理で、味より量を選択する傾向にあるようだ。

 こうして恭一郎が手を加えて完成した朝食は、恭一郎にとってはギリギリ及第点の出来だった。

手伝ってくれたアントニー氏が、味見をしてからショックのあまり涙目になってしまったので、恭一郎の料理のレシピを教えるからと、気落ちしないようになぐさめておいた。




 リオが満足するまで食事をした後、残りの滞在時間が一時間を切ってから、恭一郎達はハリエットと合流して、源一郎の残した銀行口座の残高を確認しに向かった。

 口座の所有権は大統領命令によって、すでに恭一郎へと移されていた。

 無理を言って早朝に引っ張り出されてしまった銀行の支店長や職員達に詫びを入れて、口座の残高を確かめさせてもらう。それにより、今までシステム上に存在するだけで、誰も見たことのなかった口座の中身が判明する。

 四一五円。

 語呂合わせで良いご縁という、まさかの落ちだった。まるで、この世界で幸せを手にしていることを確信して疑わない、源一郎からのサプライズなギャグだったのだ。

 オディリアに溢れる日本由来のモノは、このネタを仕込むために用意されたのもかもしれない。

 その場にいたほぼ全員が、いたたまれない表情になっていた。そんな中で恭一郎は、いまいち事態を把握しきれていないリオと、崇敬してやまない源一郎の真意を考えるハリエット、さり気なく服の裾を掴んでいるセナの顔を、順に見た。

 設定がぶっ飛んでる世界だが、元気には暮らしているよ。

 そう源一郎に無言で報告して、恭一郎は心が少し暖かくなった。この四一五円はこの場で引き出され、日本のモノとは全く違うデザインのオディリアの硬貨は、自宅の金庫で記念に保管することになった。




 その後、ハリエットの手続きによって、先の悪魔の失墜作戦で軍や政府から支払われてた各種手当や報奨金が、恭一郎の口座に振り込まれることになった。

 その総額、約一億円。

 命を懸けた金額としては安い気もするが、ハリエットに言わせれば、妥当な金額なのだそうだ。そもそも、オディリアでの軍人は名誉職で、給与体系も日本の自衛隊より遥かに低かった。その代り、危険手当や遺族年金等が手厚く保証されていて、思わぬところでハリエットの懐事情が垣間見えてしまった。

 改めて銀行関係者に礼を述べてから、恭一郎達は大型輸送機へと向かった。




     ◇◆◇◆




 予定通りの時刻にピエニーから離陸した大型輸送機は、途中で二基の同型機と合流を果たした。この二機にも、今回の先行迎撃作戦に参加するメサイアと操者が搭乗している。

 打ち上げ空域へ到達すると、主翼の下にある胴体の側面が開放され、トランス・ブースターを接続された五機が、機外へと搬出された。

 失速を回避するため、大型輸送機がエンジンを全開にして飛行する。

 打ち上げ準備の整ったヴァンガードとメサイアのトランス・ブースターに、火が入る。機体の背後に接続された、巨大なブースターが激しく唸りを上げ、振動する。

 大型輸送機と固定されていた大型アームが外され、一瞬の自然落下の後、五つの炎がオディリアの重力を振り切って、空の上へと昇って行った。




 恭一郎達先行迎撃部隊が宇宙に上がった場所は、衛星ナディアから見えない、惑星オディリアの影となる衛星軌道だった。ここから再加速を掛け、スイングバイを利用して、敵集団の側面へ到達する軌道へと入る。

 少数精鋭での奇襲を成功させるため、敵から見える位置に入ったら、敵との接触まで無線も含めて一切の操作をすることが禁じられている。

 そのため、無線越しの音声のみではあるが、各機の操者の顔合わせとなった。

 まず最初に口火を切ったのは、メンバーの中で最年長の男だった。

『知ってる人には、久し振り。知らない人には、初めまして。先行迎撃部隊のリーダーを務める、ドートレスだ。愛機は、オーバー・レイ。コールサインは、ミラージュ。無茶苦茶な作戦だが、君達と共に戦えることを誇りに思う』

 ハリエットからの事前情報によると、ドートレスは、かなり経験豊富な古参の操者だ。三年前の大規模作戦にも参加しており、最終局面まで戦い抜いた実力者となる。

 搭乗機のオーバー・レイは、両腕に装弾数の多いスタンダードライフル、背に高威力の三連装レーザーキャノンと高性能レーダー、エクステンドにライフルの予備弾倉を装備した、ダークグレーのライトレッグの機体だ。

 ドートレスは高速で戦場を駆け回り、要所要所で確実な働きをする戦闘スタイルを得意としている。

 その一方で、私生活では七度も結婚と離婚を繰り返す、惚れっぽくて飽きられやすい性格をしているらしい。

「ハーイ、みんな。アリッサ・ショットよ。どんな硬い敵にも、私のフラメンコが風穴を開けてあげるわ。戦場で呼ぶ時は、ヴェスパでよろしくね」

 軽妙なノリのアリッサは、オディリアでは珍しい、成形炸薬弾を好む女性だ。

 搭乗機のフラメンコは、両腕にヒートライフル、両背にヒートマシンキャノン、エクステンドにヒートロケットを装備した、ダークオレンジのフォーレッグの機体だ。

 高額な弾を惜し気もなく敵に叩き込むアリッサの姿から、戦場の金喰い蜂と揶揄されている。その底抜けに明るい言動からは想像できないが、自宅では夫に三つ指を立てるほどに奥ゆかしいく、手の掛かる年頃の子を育てる良妻賢母であるそうだ。

「俺は、シン・ルー。機体名は、アースラ。コールサインは、アルテナ。敗走中の部隊に、双子の妹と弟がいる。この作戦に参加してくれた全員に、俺から先に礼を言わせてもらう」

 家族の身を心配するシンは、急進派の中心メンバーを母に持つ、心優しい青年だ。

 搭乗機のアースラは、両腕に双発のレーザーライフル、両背にスプレット・レーザーキャノン、エクステンドにレーザーライフル用の予備冷媒タンクを装備した、オフホワイトのトライフォワードの機体だ。

 レーザー武装主体で正面からの撃ち合いを好み、味方の窮地を幾度も救ってきた、戦場の白騎士である。プライベートでは、三年前に助けた量産機の女性パイロットに猛アタックされ、現在は二人で同棲中らしい。

「次は、私だな。ハリエット・ラザフォードだ。愛機は、蒼凰。コールサインは、ブレイブ・フェニックス。思うところのある者もいるだろうが、今回も私は、彼の引き立て役だ。精々皆の足を引っ張らないよう、努力をするつもりだ」

 この場の全員の意識を恭一郎に擦り付けてきたハリエットは、操者としての実力が、このメンバーの中で最も低かった。

 搭乗機の蒼凰は、前回の戦闘と基本的に同じ武装を搭載している。両腕にバズーカ砲、両背に多連装マイクロミサイルポット、エクステンドにRecSレクス・レイ、予備武装だけは、レーザーブレード二基へと変更されている。

 今回の作戦は敵の数が多く、弾切れの後に備えた武装が必須となっている。ハリエットが強化型ハンドガンを外してレーザーブレードを装備したように、他の三機も予備武装に、近接格闘武装が装備されている。

「大統領の時もそうだったが、ハティーから話が振られると、なぜか棘を感じるよな。それはともかく、俺は、烏丸恭一郎。それから――」

「リオニー・ミンダ・ヒュアツィンテ・アルベルタ・レイチェル・ウンべカントです。長い名前なので、リオニーで構いません。最後は――」

「――セナ・トウゴウ。アンドロイド……」

 ヒュッケバイン改と繋がっていることで、セナは制御の一部をヒュッケバイン改のシステムに肩代わりさせている。この状態であれば、短い会話程度ならば普通に喋れるようになる。

「この三名で、作戦に参加する。機体名は、ヒュッケバイン改。コールサインは、ロイヤル・ボックス(貴賓席)。複数のメサイアとの集団戦闘は初めてなので、ハティー共々お世話になります」

 ハリエット以外の三人に対し、恭一郎達三人の役割と、ヒュッケバイン改の簡単なスペックデータを伝える。傍で見慣れていたハリエットとは違い、科学と魔法を取り入れた独自の運用思想に、全員が驚き、呆れ、羨望の言葉を送ってきた。この際だから、メサイアとは全く別の機体として、正式にヴァンガードというカテゴリーの機体にしてしまうのも悪くないかもしれない。




     ◇◆◇◆




 再加速を終え、予定の軌道に入った恭一郎は、狭いコクピットの中で一二時間も缶詰にされている。敵との接触ポイントまでは、機体は最低限の稼働状態にまで機能が落とされ、無音の真空の宇宙でも音無しの構えである。

 もっとも、話し相手のいる恭一郎達だけは、他の四人と状況が異なる。

「さらばーオディリアー……」

「妙に興奮しているな」

「――うん。上機嫌……」

 ガンナーシートで日本のアニメの替え歌を歌い、リオがワクワクしながら、少しずつ遠ざかる水の星の姿を眺めている。

「だって、宇宙に進出した、初めてのトイフェルラント人になれたんですよ? アニメやゲームのように、気軽に来れない場所じゃないですか!?」

 圧倒的寡兵で戦場に殴り込みを掛ける直前だというのに、リオは物見遊山で都会に出てきた御上りさんのようなはしゃぎ振りだ。

 恭一郎も今のリオの気分が、分からない訳ではない。成り行きだったとはいえ、未知の体験が怒涛の猛ラッシュで、一気に押し寄せてきたのだ。

 恭一郎も日本では一般人だったため、気軽に宇宙へ行くことが出来るようになるまでは、あと何世代もの時間を要する環境に生きてきた。リオ程の興奮は感じないまでも、胸の内にはある種の高揚感が湧き出している。

 だが、リオのように夢中になれるほど、恭一郎は童心に帰れなかった。

 宇宙での活動を念頭にして、ヒュッケバイン改のコクピットは、気密を保つ設計で作られている。パイロットスーツを身に纏い、気密の保たれたコクピットの中だけは、人体に有害な高エネルギー粒子の飛び交う真空の宇宙にあって、ほぼ唯一の安全地帯となっている。

 それでも、不意に視界の中を小さな光が横切る。目をつむれば、その輝きがはっきりと見えるだろう。これは、機体に施されている対宇宙線防御を突破した粒子が、目の中を通り過ぎて視神経に光として感知されていることに他ならない。

 ある程度は肉体が許容できるとはいえ、宇宙では地上よりも遥かに高い量の放射線に被曝していることになる。機外に出るための分厚い宇宙服を着れば、多少は被ばく量を抑えることができるだろう。しかし、某タイヤ人間のように着膨れしてしまうため、機体の操縦に支障を来たしてしまう恐れがあった。

 必要に迫られているとはいえ、本来ならばこんな危険な場所に、大切な存在を連れて来たくはなかったのだ。そのために恭一郎は、いかに最短時間で戦闘に勝利するか、そのことばかりを考えていたのだ。

 恭一郎は放射線の被曝を正しく知り、リオの身体にも悪影響が出ないように、その生命の安全を守る使命がある。

「――ゲージ粒子、撒く……?」

 恭一郎の心情を察して、セナが小声で指示を仰いできた。

「いや、現状維持だ。ゲージ・アブゾーバーが、宇宙線にも対応しているのは有り難い。だが、粒子のエネルギー反応で、敵に察知される恐れがある。それに――」

 替え歌の二番に突入したリオが、ますます興が乗って熱唱している姿を見る。

「――リオの気分に、水を差したくはない。心配してくれて、ありがとうな」

 シート越しに背中合わせに座っている、セナの頭を優しく撫でる。普段はあまり恭一郎の支援ができないセナは、恭一郎に感謝されたことで、さらに気合いが入って気力が漲ったようだ。

「恭一郎さんも一緒に、何か歌いましょうよ? 『極めて大きい』のとか、『地球が狙われている』のとか、『輝く日輪』のとか」

「随分とクラシックな曲をチョイスしたな?」

「なんでしたら、『ちょうどいい感じ』とか、『情緒の旋律』とか、『白い反響』とか、『最後の印象』とか」

「――五人でオペレーション。二人足りない。ラストシューティングは危険。ちなみに、お兄ちゃんし……」

 一部、登場キャラの推しをカミングアウトされたが、これ以上は危険な香りがするので、若干の軌道修正を行う。

「宇宙での戦闘だから、心情的には『無限リング』か、『技をもっと』か、『銅鑼どらを鳴らせ』といっただろうか。『ハガネ』もアリだが……。なぜ、歌なんだ?」

「気分ですよ、気分。これからあの輝きの中に突撃して、命懸けで戦うんです。ここは楽しく歌でも歌って、十分に気分を高揚させてから、突撃しましょうよ」

 遥か前方にある、戦闘の光を指し示すリオ。火線が煌めき、爆発の花が咲いている。この瞬間にも、人の命が失われている戦場に向かっているのだ。

 いくらトイフェルラント最強のリオでも、恐怖を感じないことなど有り得ない。恭一郎と一緒に歌でも歌って、臆病な自分自身に活を入れようとしているのかもしれない。

「――カラオケ。曲掛ける……?」

「いつの間に、そんな機能が!?」

「――ミズキ。『こんなこともあろうかと』って……」

「それじゃあ、『勇〇シリーズ』とか、『魔法少女シリーズ』とか、『エースパイロットシリーズ』とかも?」

「――自宅にあるの、全部。歌詞、ガイドボーカル完備……」

「よっしゃぁ! 燃えてきたぁ!」

「おいおい。ここで、カラオケ大会でも始めるつもりか?」

 ヒュッケバイン改のコクピットでは、呼吸に使える酸素の搭載量にも限界がある。ただでさえ、恭一郎とリオの呼吸で、二人分の酸素が同時に消費されているのだ。熱唱によって、どれだけの貴重な酸素が消費されるのか、さすがにまだシミュレートしていない。

 もしも戦闘が長引き、一切の補給が得られない状況になってしまうことになってしまうのならば、この場での浪費は厳に慎むべきだ。

「――大丈夫。酸素発生魔導具。二酸化炭素吸収機……」

 いつの間に開発していたのやら、ミズキが製作したアイテムが、なぜかセナに持たされていた。ここ数年の魔導具開発の成果は、恭一郎とミズキの間で共有されていた。だが、機械と魔法の相性なのだろうか。ミズキの魔導具開発は、恭一郎の遥か後塵を拝している状態だ。

 それでも得意分野はあり、科学と技術的側面の支援能力が、非常に高い。改型に搭載されているイナーシャルキャンセラーの魔導具も、ミズキの支援がなければ、開発は困難だったことは疑いようもない。

「まったく、用意が良いことで……」

 恭一郎は反対することも出来ず、リオの誘いに乗ることにした。

「この後の戦闘に影響しないよう、気持ち好く歌うように」

 恭一郎の許可が出たことで、セナが曲を流し始めた。

最初に選曲された曲は、『復活』だった。

 皆殺し御大おんたいの全滅エンド作品を選ぶとは、少々不謹慎ではなかろうか?

 そう思わずにはいられない恭一郎をよそに、宇宙でのカラオケ大会は盛り上がるのだった。


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