表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/64

【トイフェルラント魔導鉄道 工事着工編】

 ――トイフェルラント生活一四六二日目。




 昨日のうちにリオに協力してもらい、かなり荒っぽい方法でトンネルの掘削と補強を終えた恭一郎は、石灰石、粘土、火山灰、鉄鉱石などを大量に発注した。このうち、石灰石と鉄鉱石が産出されているベルクドルフに、セメント加工用の焼成炉と粉砕機、線路用の溶鉱炉を建設するため、魔道具一式を携えたスタッフをフェアプシュタットへ派遣した。

 粘土については、アッカーバーデンに粘土質の地層が剥き出しになっている場所があるという報告があったため、確認のために別のスタッフを派遣している。同時に、処理に困っている火山灰の集積状況も情報を集めてもらうことになっている。

 今回建設する線路は、バラストと呼ばれる砂利の上に枕木を敷いてレールを犬釘で固定する方式ではない。地下鉄などで使われているコンクリートに防振枕木と締結装置を乗せ、そこにレールを固定する防振スラブ軌道の方式を選択している。これにより、定期的なバラストの調整作業を省くことができる。建造費用がかさむことになるが、その後のランニングコストが大幅に節約されるはずだ。




 産業院から派遣されたアドルフ、建設院から派遣されたバーニー、魔法院より派遣されたブルーナが恭一郎の下に付き、機関車の設計が始まる。

 アドルフは狼人ろうじん族の男性で、黒い毛並みでなかなかに爽やかな男前だ。アドルフはこれからのトイフェルラントの流通に革命を起こす鉄道の建設を推し進めるため、産業院から直接送り込まれてきた役人だ。

 バーニーは熊人ゆうじん族の男性で、黒い毛並みが筋肉で盛り上がっている力自慢のガテン系だ。バーニーはこれから作り上げられる機関車がとんでも仕様で高額にならないように、建設院から直接送り込まれた職人だ。

 ブルーナは鳥人ちょうじん族の女性で、濡れ羽色の美しい羽根を持った若者だ。ブルーナはこれから機関車を制作する恭一郎の手伝いを行い、その技術力の特異性を理解するために魔法院から乗り込んできた魔導士だ。

 この三人を交えて、恭一郎は機関車の方向性を決定する。恭一郎がワンマンで計画を進めてしまうと、凝り性のためランニングコストを無視しがちになってしまう傾向がある。それは軍事利用を前提に技術力を研いてきてしまったため、要求する仕様に性能が到達するように開発を行ってきてしまった弊害であった。

 その典型例が、自宅にあるトイレットペーパー製造用の魔導具だ。日本製の柔らかい肌触りを追求するあまり、魔力効率がかなり悪い性能となっている。他には軍事用の魔導具で、性能と効率は素晴らしいのだが、その製造コストがかなり酷い。試作品の場合は特にその傾向が強く、試作品の塊であるヒュッケバイン改の製造コストを国家予算として計上すれば、恭一郎はトイフェルラントから叩き出されてしまうかもしれないほどだ。

 そうならないように、この三人が恭一郎の暴走を止めるブレーキ役として、この場に集まっている。……のだが、彼等にも彼等の思惑と立場があり、話し合いは紛糾することになった。




     ◇◆◇◆




 ノイエ・トイフェリンの国務院に設けられた、プロジェクトチームの会議室。

 ここではかれこれ数時間、喧々諤々の論議が火花を散らしていた。

「大量の積荷を素早く運ぶには、やはり機関車の出力を上げるべきだ。一度に魔導車一〇〇両分以上を運ぶことで、輸送コストの削減が可能な計算となる。一両でも多くの貨車をけん引できるようにすることが、この場合は正解ではないのかね?」

 この発言は、アドルフである。彼は産業院から来た役人だけに、輸送に関する計算で利益を算出してきているようだ。

「いいや。出力を上げることは結構だが、その製造には莫大な手間と時間が必要になる。今回はプロジェクトリーダーの全面バックアップがあるからこそ成立するモノで、今後の安定的な運用を考えるなら、機関車の性能はある程度に抑えておくべきだ」

 アドルフの意見に反対したのは、バーニーである。彼は建設院から派遣された職人だけに、今後も製造される機関車のことも考えて、一両当たりの製造コストを抑えたいようだ。

「お二人共、魔導エンジンでモノを運ぶというのは、結構な魔力を必要とするのです。それは新型の魔導エンジンも同じで、早く移動できるようになっただけで、走行距離は消費魔力量と等価のままです。そこに重量物を乗せるのですから、消費魔力量のことも考えてから発言してください」

 アドルフとバーニーにダメ出しを入れるのが、ブルーナである。彼女の言う通り、恭一郎が改造を施した新型の魔導エンジンは、魔力の伝達と回転の効率を引き上げたモノで、消費魔力と走行距離に関しては従来品とほぼ同じだった。その新型魔導車一〇〇台以上の積荷を運ぶ魔導機関車の消費魔力は、出力が上がるに従って増加するのは自明だ。この魔力の問題を話し合わずに議論を続けることを、ただの現実逃避に感じているようだ。

 そんな中で恭一郎は、それぞれの意見に耳を傾けながらも議論には一切参加せず、一心不乱に設計図にペンを走らせている。故意に存在感を消している恭一郎は、白熱している三人に気付かれることなく、黙々と機関車と貨物車両の原形を作り上げていた。

 やがて形になった設計図に満足して、恭一郎がしばらく振りに口を開いた。

「こんな感じでどうだ?」

 議論に夢中になっていた三人は、恭一郎が一人で勝手に機関車の設計図を描いていることを、この瞬間まで失念していた。それぞれが上司から、恭一郎の暴走だけは食い止めるようにという指令を受けている。当人達はその指令の存在を隠しているのだが、彼等に下命した上司に命令を出したのが恭一郎なので、事と次第によってはマッチポンプになるだろう。

 三人が恭一郎の書き起こした設計図を、おっかなびっくりとしながら目を通す。

「見たこところ、魔導エンジンが多少大型化しているだけで、数は配置されていませんね?」

「貨車の車輪に、見慣れない装置が取り付けられているようですね?」

「これは、例のコンバーターですか?」

 アドルフ、バーニー、ブルーナが、それぞれ疑問を口にする。アドルフは運送能力を高めるために出力を求め、バーニーは製造コストのカットを目指し、ブルーナは恭一郎の技術力を理解するために同席している。

 そんな彼等の意見を参考にして、恭一郎は知りうる限りの知識を盛り込んで、機関車を設計し直した。

「三人の求める要求を満たすため、設計図に少々手直しをしておいた。まずは、機関出力についてだ。ここで魔導士のブルーナさんに、魔導エンジンについての質問だ。そもそも魔導エンジンとはどのような魔導具か、この場で説明してくれるかな?」

 急に話を振られたブルーナは、すぐに魔導エンジンの説明を行った。

「魔導車の動力源として、魔力を消費して稼働する魔導具です。運転者の魔力操作によって制御され、移動方向を任意に操作できるモノです」

「うーん。魔導士としては、五〇点だな」

「そんな!?」

 ブルーナは恭一郎と同じ魔導士ではあるが、階級には大きな開きがあった。魔導士の階級分けは、S・A・B・C・Dとなっており、シングル・ダブル・トリプルの細分化が成されている。ブルーナは全階級の中で真ん中のBに属しているが、トリプルBランクの免許を所持しているので、かなり優秀な部類に入っている。

 対する恭一郎はトリプルSランクであるため、その格差は絶大だ。とはいえこのランク分けには、少々いわくがある。

 Dランクが駆け出しレベル、Cランクが普通レベル、Bランクが上級者レベル、Aランクが専門家レベル、Sランクが規格外レベル、と非公式に呼ばれている。しかもダブルがとても、トリプルが凄くという前置詞が付くため、恭一郎は凄く規格外な魔導士という、どこぞのマッドサイエンティストのような扱いを一部で受けている。

「Aランクへの昇格を目指すなら、だけどね。試験だけでパスできるBランクまでは、あまり魔導具の根幹部分を重視していないから、それは仕方がない。そもそも魔導具とは、特定の効果に機能を特化させた、魔法の補助器具のようなものだ」

 手直にあった白紙に、恭一郎がペンを走らせる。

「魔導具の中枢部分には、神聖魔神語による呪文のコードが記されている。魔法の効果を生み出すための魔法コード、その魔法コードを魔力機関へと送る転送コードだ。このコードに魔力を流すことで、魔導具は機能している。ではここで、再び質問だ。旧型の魔導エンジンと、新型の魔導エンジンの明確な違いを答えよ。Bランクから閲覧できる技術情報だから、答えられるはずだ」

 神聖魔神語を書き続ける恭一郎に再び指名され、ブルーナが名誉挽回とばかりに返答する。

「使用されている魔法コードの量が、圧倒的に違っています。魔法コードで細かく機能の設定をすることで、魔力消費量が同じでも、効果を得られるまでの効率が大幅に改善されていることです」

「いい答えだ。旧型の魔導エンジンは魔力を流すことで、任意の方向に動かすことができる。とだけしか、魔法コードが書かれていない。指示を出す文言にしては、あまりにも抽象的で情報量が足りない。この魔法コードを魔力機関が忖度することで曖昧に魔法が発動するため、非効率な効果となっていた。そこで新型の魔導エンジンには、魔力供給量による速度の加減速を加え、明瞭な指示を出せるように魔法コードを追加している」

 説明を終えた恭一郎が、神聖魔神語の書かれた紙をブルーナに手渡した。

「では、この魔法コードを見て、何か気付くことはないか?」

 受け取った紙を真剣に眺めたブルーナは、魔法コードの一部に魔導エンジンとしては欠落している部分があることに気が付いた。

「前進と後進、加速と減速のコードだけで、方向を指示するコードが見当たりません」

「その通りだ。そもそも鉄道とは、決められたレールの上しか走らない。そこで不要な転回用のコードを外して、より魔力を効率的に出力へ転化するためのコードを組み込んだ。最高速度を低めに設定することで、その分出力を上げられるように設定し直してある」

 その説明を聞いて、アドルフの顔に驚きと喜びがあふれた。

「それでは、一度の輸送で大量の貨物を運べるだけの出力を、この魔導エンジン一基で賄えているということですか!?」

「そういうことだ。積載限界重量の算出はまだだが、魔導車二〇〇台分は運べるはずだ。当然、複数の魔導エンジンを搭載しないから、製造コストは抑えられている」

「しかし、この貨車の車輪に取り付けられている見慣れない部品は、一体何なのですか? 貨車の製造に、余計なコストが掛かるのではありませんか?」

 バーニーが設計図を指して、疑問を呈した。恭一郎が、この疑問にも答える。

「これは回生ブレーキという、一種の発電機だ。制動を掛ける時にブレーキとして機能して、車輪に抵抗を生み出して減速させることができる。しかもその抵抗を電気エネルギーに変換することができて、それを魔導機関車に搭載してあるコンバーターで魔力に変換して制動力の強化に使用できる。余剰魔力は魔力電池に充填することもできるから、加速時の補助魔力としても使えるからくりだ」

「と、言うことは、魔力の使用効率が、魔導車の魔導エンジンよりも高いのですね!?」

 ブルーナが気にしていた消費魔力の問題の解決策が示されたことで、純粋に驚きを覚えている。

「一応、補助魔力用の魔力電池を安定的に供給できるように、停車駅に魔力充填施設を建設しようと思っている。そこは一般にも有料で開放することで、誰でも魔力電池を充填できるようにするつもりだ。魔導具が気軽に使えるようになれば、特別な魔法を使うための魔力も十分に確保できるようになる。なんてことも考えている」

 恭一郎の説明は、建前の部分が強調されている。本音はベルクドルフとアッカーバーデンにも、ノイエ・トイフェリンのように近代化した都市を造ることにある。そして発電用のパワーパックと重水素収集装置などを設置して、重水の余剰分を近衛軍基地に確保する腹積もりなのだ。

 現在はトイフェルラントから遠く離れて、宇宙空間で戦うようになっているため、推進剤の燃料として纏まった量の重水の確保が求められている。魔力式の推進装置は性能が申し分ないのだが、製造コストがどうしても高い。トイフェルラントの発展との天秤に量ると、やはり従来通りのパルスロケット式を選択しなかればならない。

 そのような裏事情を知らない三人は、恭一郎の深い考えに感動を覚えているようだ。リオのようにとまではいわないが、自分の魔法を研鑽するだけの魔力が確保できるというのならば、トイフェルラントの魔法文化が再興する日が少しだけ近付くかもしれない。その想いに嘘偽りはない。

「ということで、この設計図を明日までに清書してくるから、それで建造費用の見積もりを頼む。予算が降りたら、さっそく魔導車工場の一角を貸し切って、魔導機関車の制作に入る。それでは今日は、これで解散とする。私はこの後、魔法院へ向かう用がある。ブルーナは一緒に付いてくるように」




 こうして魔導機関車の設計会議は、恭一郎の独断専行という形で終了した。翌日に清書された設計図はバーニーによって見積もりに回され、その三日後に予算が降りることになった。

 この時即興で開発された機関車用の大型高出力魔導エンジンは、魔法院に新しい魔導具として登録された。これでまた、恭一郎の収入が増えたことになるのだが、それはまだしばらく先となる話だ。




 ――トイフェルラント生活一四六三日目。




 線路の道床となるコンクリートの型が出来上がり、それを基にテスト用線路の建設に入る。場所は魔導車工場のすぐ裏手で、機関車がすぐにでもテスト走行ができるようにという考えである。

 防振枕木はゴムや樹脂製ではなく、制振合金と呼ばれる金属を持ちいる。この制振合金導入の理由は、トイフェルラントではゴムが産出されていないことにある。オディリアから輸入するという選択肢もあるのだが、生産規模の関係で一定量を安定供給する態勢に不安があった。また、冬季の低温環境で材質の硬化による劣化が懸念されていた。樹脂製に至っては、供給設備の新設が必要なうえ、経年劣化等による剥離した素材の環境汚染を懸念している。自然環境下で樹脂製品の分解は非常に時間が掛かり、微細に砕けた粒子が、地球では非常に問題になっているからだ。

 バラストと呼ばれる砂利を使用しなスラブ軌道の線路は、衝撃の吸収性に非常に乏しい。その結果、レールの継ぎ目の隙間を通過した車輪に多くの負荷が掛かり、レールと車輪の摩耗が増えて損傷を受けやすくなる。乗り心地も衝撃が直接伝わるために悪くなり、発生する騒音も硬い道床からの反響も加わって大きくなる。

 そこで製造コストが高くなるが、防振枕木を導入することにした。レールを固定する締結装置の付いた枕木の下に、制振合金の板を挟んでコンクリートの道床に設置するのだ。この制振合金は金属でありながらゴムのように衝撃を吸収して、レールと車輪を保護してくれる。しかも温度変化による材質の変化も非常に少なく、トイフェルラント魔導鉄道には理想的な衝撃吸収材だった。

 チェーンソーやエアハンマーの振動で発生する、白蝋病はくろうびょうと呼ばれる血管の痙攣性収縮の疼痛対策としても使用され、CAの衝撃吸収素材としても採用されている合金だ。

 原料の素材となる鉱物もベルクドルフで豊富に産出されていたこともあり、少々複雑な加工工程はミズキ謹製の工作機械で量産が可能となっている。この機械の制御のために、専用の人工知能も開発されている。

 この人工知能は、ベルクドルフに設置される生産設備を遠隔地でも管理するために開発された自律型のモノだ。ベルクドルフは山脈の中に存在しているため、通信状況の改善された現在のトイフェルラントでも、未だに通信に不安が残る地域であった。

 そこで、量子エンジンの技術を応用した量子通信機能を搭載して、非電波式の遠隔管理を試みた。テストの結果は良好で、圧縮したデータも短時間で送受信が可能だった。このことで、必要な指示を出すだけで、後は現地の人工知能が自律的に作業を行って報告を上げてくる体制が整えられた。

 この量子通信技術が確立したことで、ミズキの直接影響範囲が格段に広がることになった。そこで現在建造中のバトル・モジュール、ツァオベリンの基幹を管制するためのミズキ専用並列量子コンピューターが、追加で組み込まれることになっている。




 ――トイフェルラント生活一四六五日目。




 生産施設用の電源を確保するため、フェアプシュタット近郊に取得した土地に、パワーパックの設置作業に取り掛かる。燃料採取用の重水素収集装置を取り付けた取水設備を建設して、パワーパック稼働用の燃料を確保する。

 設備の建設は機械の搬入が主だったため、全ての行程を終わるまでに三日しか要しなかった。これは機械の運搬と設置が可能な能力が備わっている、大型キャリアーとエアストEXを使用したためである。

 新型魔導車の性能は、あくまでもトイフェルラントの基準で高性能と位置付けられているもので、性能的には地球の輸送用小型トラックと同程度だ。今までの馬車程度の性能と比べれば、格段の進化と言えるだろう。それでも今回の発電用パワーパックのような重量物の運搬には、専用の魔導車を新たに開発する必要があった。既存のリオ仕様の魔導車では、消費魔力が多過ぎて誰も動かせない。

 最近はあまり出番がなくて、ミズキによってピカピカに磨き上げられていた大型キャリアーの使用は、重量物運搬車両の重要性を恭一郎に再認識させることとなった。




 ――トイフェルラント生活一四六九日目。




 去年からオディリア統合軍が衛星軌道上に建設していた宇宙基地が、間もなく完成して本格稼働を開始するという連絡が入ってきた。その竣工式典には、トイフェルラントにも友好国として参加してほしいという打診が、大統領のシズマから外交ルートを通じて正式に連絡があった。

 幾度となく繰り返されてきたオメガ残党による妨害を全て払い除け、ほぼ一年という短期間で成し遂げた偉業である。その建設には恭一郎による有形無形の支援が含まれていたため、魔導鉄道の開発中で忙しい時間の合間を縫って、恭一郎はケーニギンで宇宙へ上がることになった。

 今回は戦闘が目的ではないため、トイフェルラント代表として式典に赴く恭一郎の随行員の座を巡って、熱い権利争奪戦が繰り広げられていた。

 今回の式典参加の招待枠は、恭一郎を含めて五名である。つまり、この五名を除いた人員は、ケーニギンから降りることが原則的に許可されていない。そのため、残り四枠の席を巡って、立候補者が名乗りを上げている。

 アンドロイド姉妹達より、七名全員が恭一郎の随行を希望していた。他にも、記憶だけが未だに戻らない遥歌、裏方に徹してきたマクシミリアンとゼルドナ、国務院から表敬のために一枠確保してほしいと打診も受けている。

 残念ながら今回は、リオはトイフェルラントにお留守番である。その代り、社会見学として、エアステンブルクの住人を数名、ケーニギンに乗艦させて宇宙空間を体験してもらうことになっている。

 そのため、実質的には残り三席の椅子を巡って争われ、その落選者の中からケーニギン待機組が三名選出されることとなった。その随行員の枠は、恭一郎と表敬人員の護衛役が二名。招待人員のマネージャー役の一名と決められた。

 さっそく護衛役の二名を選出するため、七人姉妹と裏方二人が勝負を始める。遥歌の目的は、恭一郎達とのお出掛けと宇宙基地の見学が主であるため、この次に争われるマネージャー枠か艦内待機枠を射止めることができれば、それだけで良かった。




     ◇◆◇◆




 護衛枠争奪戦は、宇宙空間の無重力状態における有事対応能力で審査することになった。シズマからの事前情報によると、オディリア軍の宇宙基地には、ケーニギンのような人工重力が利いておらず、一部の区画が遠心力による重力環境を備えている程度なのだという。そのため、無重力状態での対応能力が重視されることになった。

 七人姉妹の内、非戦闘要員の三名と特殊仕様のセナの参戦は、純粋な力による戦闘ではないため、攻撃ではなく防衛を重視した採点基準によって判定される。

 審査会場は、ケーニギンの艦内で人工重力を逆転させて作り上げた、人工の無重力空間で行われた。今回の審査の想定は、有事が起こり無重力空間を安全地帯まで退避するという条件だ。いかなる方法でも構わないので、被害を最小に抑えての脱出が求められている。

 審査は公平を期すため、参加者は個別の部屋で待機をして、一人一人が顔を合わせずに順番で行うこととなった。順番は事前に用意したくじで決められ、リオが手加減無しの辛口審査で行われた。




 審査の順番は、セナ、マクシミリアン、ヒナ、マナ、リナ、ハナ、ゼルドナ、ミナ、ラナの順番で行われた。

 セナは戦闘が苦手なため、魔導具を使っての魔力障壁による突破を試みた。結果は成功。審査のポイントとして、魔力障壁を周囲に展開したことで味方との合流時に行った魔力障壁の一時解除が、敵に悟られるか否かで失敗していた可能性があったことがマイナスとなった。




 マクシミリアンはリオ直伝の魔法練習プログラムで、亜人としてはかなりの強さにまでレベルアップしていた。その能力を活かして獅子奮迅の勢いで障害を突破したところ、背後からの襲撃に対応しきれずに護衛対象に被害を出してしまった。結果は成功に終わったが、被害を出した点は大きく響いた。




 ヒナは無理をせず、救援を要請した味方が救助に来るまで、物陰に隠れて防御を固め、籠城することにした。結果は惜しくも失敗したが、救援が間に合っていれば、助かっていた可能性が高かった。




 マナは敵の行動を読み、トラブルを徹底的に避ける方法で脱出を果たした。しかし所要時間が最も掛かってしまう結果となったため、救援要請を並行して行っていれば、大きく時間を短縮できたものと思われた。




 リナは大胆にも負傷した敵の治療をすることで武装を剥ぎ取り、変装して怪我人を治療のために搬送するという強行突破を行った。結果は成功したのだが、さすがに強引過ぎる戦法は議論されることになった。




 ハナは自身の持つ圧倒的な戦闘経験を活かし、敵の抵抗を排除しつつ退避を成功させた。護衛対象に目立った被害は出ず、護衛役の最有力候補の一人となった。




 ゼルドナはシステムをハッキングして内部構造図を手に入れ、物陰を隠れて移動しつつ、大胆にも配管の隙間やダクトの中を移動してみせた。スパイを彷彿とさせる行動は成功し、身体が汚れたが最も安全にゴールまで移動することが叶った。




 ミナは敵の先手を打つことで身を隠し、救援要請を出して呼び寄せた仲間と合流してから、なるべく交戦を避けて退避を完了させた。自身も交戦時には武器を取って戦ったため、多少の怪我を負うことになったのはマイナスであった。




 ラナは映画の主人公よろしく八面六臂の大活躍で、敵のほとんどを無力化してしまった。あまりにも派手に戦闘を繰り返してしまったため、敵のほとんどを釣り上げてしまうことに繋がってしまった。撤退が目的でこのような戦果を挙げてしまうのだから、攻撃時の場合はラナの後ろに死体の山ができてしまうのではないかと危惧された。




 このような結果が出たことで、これを参考にリオが辛口で採点した。結果、護衛役を射止めたのは、ハナとゼルドナの二名となった。やはり総合評価と最も安全だった結果が、リオの評価に大きく影響を与えていたようだ。




 護衛役を勝ち取った二名を除き、遥歌を加えた八名が、マネージャー枠を争うことになった。しかし、実質的にヒナと遥歌の一騎打ちとなり、記憶を失っていても一軍の将を務めていた遥歌がヒナに競り勝ち、式典への参加を決めてしまった。

 そして、艦内に待機するメンバーが護衛役審査の評価の高かった人物から選ばれた。セナ、ミナ、そしてマクシミリアンの三名だ。それ以外のメンバーは、リオと一緒にお留守番をすることになった。

 恭一郎としては、この結果は予想を超えるモノだった。何しろ、オディリア側に正体の露見しては非常によろしくないことになる人物が、兄妹揃って式典に参加することになってしまったからだ。

 いくら色を変えて変装を行っていたとしても、直感的に気が付いてしまう人物が現れてしまってもおかしくない。人の直感は時として、理論理屈の埒外から正解を導き出してしまうことがあるからだ。

 死亡したことになっている遥歌の正体は、シズマ以外に式典への参加者で知る者はいない。だが、死んだはずのハリエットに非常によく似た人物の隣に兄のジェラルドにそっくりな人物までいると、さすがのシズマでもゼルドナの正体が露見してしまうリスクが高くなる。

 ここは式典前に国務院から派遣される表敬役の事前の挨拶を利用して、シズマに根回しをしておく必要があるかもしれなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ