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【トイフェルラント魔導鉄道 計画始動編】

 ――トイフェルラント生活一四六〇日目。




 新生トイフェルラントの建国一周年を前に、粗方の国家機関の設置が済んだリオは、本格的に国家の運営を国民に委ねるための議会の設置に動き始めた。

 議会議員の選出に当たり、国民投票による議員の選抜が公示された。

 選挙は公示日から一二〇日後として、一五歳以上の成人には等しく投票権が与えられている。

 議員候補は自薦他薦問わず、公示日から三〇日以内に選挙管理委員会に登録を済ませ、公正なルールの下で選挙活動が保障されている。

 今回の選挙には選挙区のような区分を設けず、得票数の多い上位五〇名が議員として選出される方式だ。投票所はトイフェルラント各地に一〇〇カ所設置され、オディリアから派遣されてくる選挙監視団のスタッフによって公正な選挙が担保されている。集計は即日の公開作業で行われることになっている。

 選出された議員の暫定任期は二年で、今回に限り議員の中で暫定の議長選挙を行い、二年の暫定任期を終えた後、再び国民投票による総選挙が行われることに決まっている。

 これはあくまでも暫定であるため、正式な手続きを経れば選挙制度の見直しが行われることになるだろう。それまでは恭一郎達が相談役として、議員たちの国家運営の支援を行うことになっている。




     ◇◆◇◆




 オメガによる一連の災厄から復興しつつあるトイフェルラントは、魔王による暫定的な専制政治から、国民主権による立憲君主の議会制民主政治への過渡期に入った。

 恭一郎がシズマに依頼した選挙監視団も到着して、真の意味でトイフェルラントが、新たな時代に大きな一歩を踏み出す下地が完成したことになる。今回は選挙では公正を期すため、特例的に投票権を放棄した恭一郎達は、国民総選挙を見守る立場に立っていた。特定の誰かに肩入れしたことで、旧体制への過剰な忖度が起こらないようにする配慮である。




 国民総選挙の告示を行なったリオは、新設した学務院で学校設置に日々邁進している。トイフェルラントは識字率こそ高いものの、魔法に頼った環境のためか、知識の面で見劣りがあった。そこで国民全体の基礎知識の向上を目的とした、大規模な教育改革が進められている。

 これまでは知識を貴族やその係累が独占しているような状況であったため、専業の子弟を除けば、知識の継承の場は皆無に近かった。一部の聖職者や没落貴族の開いていた私塾のような規模では、その効果は限定的である。

 すでにベンチマークテストとして、エアステンブルクの子供達を中心とした希望者に向けて、小規模の学校が開かれている。その教師役は恭一郎達がローテーションを組んで担当している。

 授業内容は日本の小学生の低学年レベルに留まっているが、学習する機会に恵まれなかった者にとっては、驚くべき世界の扉が開かれたに等しい衝撃的な事件だった。

 その噂を聞き付け、正式にエアステンブルクへと赴任したウェスリー司祭が視察に来たほか、恭一郎達の考えに同調した在野の有識者が接触を持ち始めていた。

 これは恭一郎が予想していた以上に、嬉しい波及効果を生んでいる。このような人物を野に放っていたのだから、支配階層であった貴族達はそれほど未来を見据えていなかったのだろう。

 教育の重要性に理解を示した者達を学校の教師として雇うことができるようになれば、トイフェルラントの教育水準を押し上げる原動力になってくれることが期待できる。何より、恭一郎達の負担が大きく減る。




 学務院と同時期に新設された厚生院に医学指導官として赴任したアイリスは、さっそく厚生院内に専用の研究室を確保して、精力的に活動を始めた。トイフェルラントの医療環境は民間療法レベルであったため、魔法の介在しない医学は衝撃を持って受け入れられることになった。

 さっそく基礎的な研究を開始して、人間と亜人の微細な違いを証明する作業に取り掛かってくれている。すでに血液型や免疫抗体などの判別も進んでいて、数件程度の外科手術も行っているようだ。

 獣の亜人が多いため、オディリアでは大変貴重な獣医学の専門書なども参考に、亜人達と顔を突き合わせて新しい発見の日々を過ごしている。

 リナや遥歌もアイリスの手伝いに行くことがあり、仕事はかなりはかどっているようだ。




 冬籠りの明けたエアステンブルクでは、ローザ以外の数人の新婦のお腹にも新しい命が宿っていた。これまでならば、冬籠り明けに合わせて子育てができるようにお産を行なっていたのだそうだが、生活環境の劇的な改善の影響で、あまり時期を気にしなくなっていたようだ。

 念のため、赴任直後のアイリスに依頼して診察してもらった結果、順調過ぎて大変結構なことだと太鼓判を押されている。お腹も出てきているため、今年中に可愛い住人がエアステンブルクに誕生してくれることだろう。

 そのことに触発されたのか、現在のエアステンブルクでは、空前の恋愛ブームが起こっている。大人も子供も関係なく、代わる代わる大聖堂の庭へデートに訪れているのだ。

 好い機会だったので、大聖堂の南側に簡単な遊具を備えた公園を整備することになった。娯楽の少ないエアステンブルクの住人が、気兼ねなく訪れることができる憩いの場になってくれれば幸いである。

 最近はエアステンブルクまで足を延ばしてくる行商人や露店商も増えてきたので、彼等のための営業区画の整備も一緒に行っている。まだまだ狭い街ではあるが、銘々(めいめい)が好き勝手な場所に出店をするよりも、一カ所に集まって営業した方が集客率が高くなって売り上げの上昇が期待できるからだ。

 外からの商売人の受け入れを街で一括管理することで、賃料などで得た収入から保全費などが捻出できるように手配もしている。これでまた一つ、住人たちの自立するための仕事ができた。

 新しい仕事としては、育児園がエアステンブルクに誕生した。これは今までローザが担当してくれていた幼い子供達のお世話を、出産を控えて大変なローザに代わって行うという仕事である。

 託児所や保育園を一緒にしたような育児園は、面倒見の良いレナードとアルマの夫婦を中心とした布陣で運営されている。今までの子供達の面倒を見る仕事を、範囲を拡大させて専業化したのだ。

 この育児園が恭一郎の想定道りに機能してくれれば、親達は安心して子供を預けて仕事に向かうことができ、産後の母親も社会復帰しやすくなる。何よりも人手の足りないトイフェルラントでは、労働力の確保は非常に重要な問題なのだ。




 トイフェルラントの物流拠点としての地位を不動のものとしたノイエ・トイフェリンでは、魔導エンジンを動力とする魔導鉄道の計画が動き始めた。

 トイフェルラントの流通は、魔導車による各地域への陸運が基本である。その魔導車を改良したことで流通に掛かる時間が大幅に短縮されてはいるが、一度に運べる量自体は増えてはいない。さすがに高効率の魔導車でもピストン輸送を行っても、運転するドライバーの魔力がすぐに尽きてしまうからだ。

 そこで、陸路での大量輸送となれば、やはり鉄道である。鋼鉄製で表面の滑らかな鉄道軌道の上を同じ鋼鉄製の車輪で進むと、魔導車の木製タイヤよりも小さな抵抗で車輪が転がるようになる。敷設された軌道上しか走ることはできないが、鉄道の方が移動に必要なコストと重量が、魔導車の数倍となるのは確実だ。

 空路での輸送は、今のトイフェルラントではまだ維持できない。大量輸送の可能な海路も、周囲が断崖絶壁のため港の建設に時間と莫大な予算を要する。

 アッカーバーデン、ノイエ・トイフェリン、ベルクドルフを繋ぐ線路を敷設すれば、相当量の物資を一度に移送することが可能になる。それは輸送コストの低下に繋がり、行商人達は多様な商品をより多くの客にまで売りに行けるようになる。

 輸送のコストが下がるということは、人の移動も費用が安く済むということである。いずれ高速鉄道のような路線が開設できれば、トイフェルラント中を一日で巡れるようになるかもしれない。

 そんな流通の大革命を実行するため、恭一郎は産業院と建設院を中心に専属スタッフを集め、魔導鉄道計画のプロジェクトチームを結成させた。その大きな狙いは、鉄道路線の完成が、行商人達への事業支援であることを明確化させるためだ。

 鉄道が完成して大量の物資が安く輸送されるようになれば、運送費で生計を立てている行商人達には死活問題となる。仕事を奪われてしまっては、せっかくの新型魔導車の導入も無駄になってしまうからだ。

 そこで、この鉄道を株式会社として独立させ、その運営権の株式を行商人達の持ち合いにする。主要地域に物資の集積場を整備して、そこから効率的に魔導車による配送が可能となるようにするのだ。そうすることで、株式の配当と効率的になった輸送での利益りという、二つの収入方法が得られるようになる。

 その過程で淘汰される行商人が出てしまうのは悲しいことだが、何も運送することだけが仕事ではない。鉄道を運営する側に転職したり、この流通方式を巧く利用して、新しい事業を始めればいいのだ。そのための補助金制度も組み合わせておけば、行商人達の出血は限りなく少なくなる。

 プロジェクトチームは恭一郎の考えがトイフェルラントの利益になることを共通の認識として、それぞれの仕事に取り掛かった。プロジェクトチームの役割りは、機関車の開発と製造、線路の製造、線路の敷設、用地の確保、運営体制の整備である。

 恭一郎が主に担当するのは、機関車の開発と線路の設計だ。特に機関車は新しく開発する魔導エンジンの完成に全て懸かっているので、トイフェルラントでも異端の魔導士である恭一郎の役割りは非常に重い。

 まず始めに、どれほどの幅を持ったレールを敷設するかを決める必要がある。このレール幅は軌間と呼ばれるもので、簡単に説明すると、軌間の幅が狭いほどカーブの小回りが利き、逆に幅が広くなると走行時の安定性が増すようになる。

 日本では狭い軌間の路線が多く、新幹線のような一部の高速列車のみが世界標準の軌間を採用していると聞いたことがある。

 翻ってトイフェルラントでは、どの程度の幅のレールを敷くべきだろうか。以前にCAのオートマッピングシステムで作成した、トイフェルラントの南半分の地図を使って地形情報を確認する。

 まずは物流の中心地であるノイエ・トイフェリンと、南部一帯に広がる広大な大樹の森だ。こちらは殆どが平らかなだらかな傾斜地ばかりで、大樹同士の間隔も広いため、カーブの少なく線路が直線的に敷ける場所だ。

 東の中流地域であるベルクドルフは、山地の中に村や町が点在している。この地域で最も流通の拠点に相応しい場所は、ベルクドルフの交通の要衝として栄えているフェアプシュタットが適当だろう。

 フェアプシュタットまで線路を引くとなると、山間を縫うように線路を敷き、数カ所のトンネルを掘削して進まなくてはならない。多少の高低差とカーブが予想される難工事区間だ。

 西の中流地域であるアッカーバーデンは、大樹の森から急勾配の崖を降った盆地の中に存在している。また、盆地の中はかなり開発が進んでいるため、鉄道用地の確保に骨の折れる場所だ。町や村も丘の上に集中しているため、鉄道の高架を建設する必要がある。

 アッカーバーデンで最も流通の拠点に相応しい場所は、以前アクイラスをリオが魔法で迎撃した、グロッケンで決まりだろう。そこまで野を越え川を越え線路が高架の上に直線的に敷かれていくことになる。

 全体的にカーブが少なく直線的な路線となる鉄道は、ベルクドルフでのルート選びによって軌道の幅が決まる。山や谷を直線的に貫くトンネルや橋を建設することができれば、列車を安全に素早く運行することが可能だ。

 しかし、強引に直線的な線路を通そうとすると、建設費が膨大なことになってしまう。トイフェルラントには、巨大な建設用重機やトンネル掘削用のシールドマシンは存在しない。建設工事は基本的に、亜人達の肉体労働で行われることになるだろう。

 線路を通す高架用の建設資材も、自然の地形を無視するほど多く必要になる。幸いにして、コンクリート用の材料には事欠かないほど、大量の火山灰がトイフェルラント中に集積されている。これをセメントに加工して、砂や砂利と水を加えて混ぜれば、コンクリートがすぐに確保できる。

 とはいえ、建設資材があっても、予算には限りがある。実質的に恭一郎達の蓄えを担保とした持ち出しで国家事業を運営している状態のため、国としての収益の多くは恭一郎の有する魔導具技術の使用料と、ウルカバレー産食材の売却益、ノイエ・トイフェリンに建設した工場での利益が主だ。一部の寄付やオディリアからの支援があるとはいえ、これらに頼ってばかりでは、国家財政がいつまでも健全な状態になれない。

 場合によっては財務院に相談して、鉄道建設用の国債を発行してもらうことになる。

 鉄道の軌間の設定だけでも、このような関連事項が問題となって噴出してくる。そこで恭一郎が頼るのが、建設用重機と工期短縮の切り札だ。早い話が、難工事区間のみエアストEXとリオの魔法でコストカットを行うのだ。

 山を貫き谷を跨ぐベルクドルフの工事区間は、リオの魔法で山体に穴を開けて構造を補強、予め加工しておいた高架用橋梁のパーツをエアストEXで組み上げて行く。こうすることで、実際に必要となる出費はリオの食費と建設資材の関連費用だけで済む。

 それでもある程度のカーブは避けられないため、レールの幅は一・四三五メートルの標準軌間とすることに現時点では定めている。




 ――トイフェルラント生活一四六一日目。




 鉄道の建設工事に先立って、ベルクドルフの工事区間の下調べを兼ねた、基礎工程に着手する。今回は大樹の森の際からフェアプシュタットまでのルートの選定が目的のため、エアストEXに乗った恭一郎、パイロットシート裏に護衛のハナ、自力飛行するリオだけでの行動だ。久し振りに初期メンバーだけでの仕事である。

 先ずはフェアプシュタットまでの地形を改めて調査して、地図上に鉄道の建設ルートを書き込む。ベルクドルフはアッカーバーデンとは逆で、標高のある山岳地帯の中に存在する。大樹の森の際からフェアプシュタットまでは直線距離にして一二〇キロメートル、高低差プラス五〇〇メートルといったところだ。

 陸路では山間の曲がりくねった街道で、二〇〇キロメートル近く移動しなければならない。行く手を阻む山々は峻険で、固い岩盤は掘削工事にも不向きだ。めぼしい鉱物資源も含まれていないため、開発は行われていない。宿場町のような村落も確認できず、付近一帯は無人となっている。

 フェアプシュタットまでの鉄道の選定ルートには、高低差を苦手とする鉄道用の登攀とうはん区間を除くと、トンネルが長短合わせて二〇カ所、橋梁が大小合わせて五〇カ所前後と見積もられた。亜人達の人力だけで工事をすると、いくら人間より優れた身体能力をもってしても、一〇年単位の大事業となる。人件費の額だけでも莫大なモノだ。それをチート技術と超チートな婚約者だけで短期集中一点突破するのだから、とても他人にはまねのできない突貫工事だ。

 そんな工事の要であるリオの姿が、フェアプシュタットへの到着早々から姿を消している。町の有力者に会いに行くと言っていたので、鉄道建設計画の詳細でも改めて説明に行っているのだろう。事の大小に係わらず、仕事には事前の報告と連絡と相談が不可欠だ。場合によっては根回しや説明、協力の取り付けも必要になってくる。

 リオの統治者としての自覚ある行動に、恭一郎は大変満足をしていた。




     ◇◆◇◆




 恭一郎達は元来た道を戻り、大樹の森の際で昼食休憩を執った。最近は出費を抑えるために粗食の多かった恭一郎達だが、たまの弁当には妥協はしなかった。

 移動に魔力を消費するリオのために、恭一郎は揚げ物中心のハイカロリーで高濃度魔素かつ愛情たっぷりの弁当を用意していた。リオ用に大量に作られた弁当を雄大な自然に囲まれながら仲良く食べ、食休みでしばらくのんびりして過ごす。午後からはリオの魔法でトンネル工事を開始するため、十分に英気を養って魔力を充実させてもらうのだ。

 そんなことを考えていた恭一郎の思考は、リオからの唐突な告白で中断された。

「以前に話した、私の変身の段階のことを覚えていますか?」

「ああ、覚えているとも。俺が暗殺されそうになった時、あと二段階の変身を……なんて言っていたあれだろ?」

 今から一年近く前、オメガを斃して警戒の緩んでいた恭一郎は、次元潜航の可能な小型の人型バグに襲われ、危うく死に掛けた。その際に救助に駆け付けてくれたリオが、そのようなことを口にしていた。すっぴんでさえ恐ろしく強いリオが何段階も変身してもっと強くなるのだから、この世界のパラメーターバランスの異常さを改めて痛感した発言だった。

 そのことを覚えていてもらえたリオは、とても饒舌に口を開く。

「私の変身は、戦闘用の魔法少女形態、能力向上のゲノム・シフト形態、その両方を同時に行う超戦闘用の複合形態があります。そこにもう一段階の変身があるのですが、これが少々厄介で、余程のことがない限り使用しないことにしているんです」

「それがあの時言っていた、残り二段階の変身の、二段階目にあたるモノなのか?」

 リオが無言で首肯した。

「ゲノム・シフトのもう一段階の変身に当たるのですが、ドラゴンパワーのような一種の先祖帰りのようなモノでして、衰弱するような危険はないんですけど、色々とまずいことになっちゃうんです」

 即死でなければ、どんな致命傷でも一瞬のうちに超速再生するドラゴンパワーは、使用者の激しい衰弱という副作用があった。そのような命に関わる危険がないそうだが、その変身はリオが行使を躊躇ためらうような何かが発生するようだ。

「それで、なぜこのタイミングで、その変身の話しを?」

 恭一郎の疑問に、リオがきっぱりと答えた。

「トンネルを一本ずつ個別に掘削するよりも格段に効率的な工法が、その変身をすることで可能となるからです。それこそ、たったの一瞬で、複数のトンネルの掘削が完了します。その許可が欲しかったんです」

 話を聞く限り、大規模な効果をもたらす能力を使用するようだ。自身の能力の異常さを自覚しているリオの行動に、恭一郎は変身の許可を与えることにした。危険な副作用が生じないことも再確認したので、リオの変身を禁止する要素はどこにもない。

「それでは、その変身の前段階として、龍人化しますね」

 恭一郎から少し離れた位置に移動して、リオがゲノム・シフトを使用して金龍の龍人形態へと変身した。リオが最も色濃く受け継いだ、ウルカの子供の金龍の血筋の形態だ。尻尾だけではなく膝下や肘先、首回りや翼まで金色の鱗や被膜に変化する。頭部の角も真っ直ぐに後方へ伸びて形が変わった。

 いつ見ても神々しい輝きを纏う、リオの金龍人形態の艶姿だ。どことなくウルカに通じる美貌となっているのも、恭一郎にリオの血の特殊性を感じさせた。

「通常のゲノム・シフトは、これで完了です。これから先の変身が、恭一郎さんにも初めて見せる、私の最強形態。名付けて、究極解放形態です」

 そう言うや否や、リオから濃密な魔力の高まりが感じ取れた。通常のような魔力の放出ではなく、魔力を体内で練り上げているような力強い圧力を感じる。そして魔力の高まりが一定の水準で安定すると、リオに劇的な変化が生じ始めた。

 リオの着ていた服が、次々とキャストオフされていく。金龍人の全裸を目の当たりにして、恭一郎は血圧が一気に上昇した。どうやら今日は、不自然な湯気はともかく、不可解な光は仕事をしていないらしい。

 リオの変化は、まだ止まらない。身体全体が金色の鱗に覆われ、肌色部分が完全に消滅した。ハチミツ色の瞳が野性的な縦割れの瞳孔に変化する。そのままリオの身体が質量を伴って巨大化して行くのだ。その身体が巨大化するに従って、立ち姿が四つん這いの匍匐ほふく姿勢となった。

 尻尾と首が長くなり、顔も顎が伸びて大きく口が裂け、本人の身長もありそうな牙が生える。背中の翼は巨大化した胴体の中央に移動して、より大型で関節部に爪のような突起の生えた被膜の翼に変化した。

 全長四五メートル、体高一八メートルほどの巨体へと変身を遂げたリオの姿は、ウルカのような恐竜の継ぎ接ぎではなく、西洋風のシンプルな四足のドラゴンのような姿だった。

 全身が美しく輝く金龍への変身を遂げて、リオが大きくなった頭を恭一郎へ向けてきた。その圧倒的な存在感は驚異の一言に尽きるが、全幅の信頼を寄せる無防備な空気が、威圧感を全く感じさせない雰囲気を醸し出している。

『これが私の究極解放形態、真龍化です。巨大化するので服を脱がないといけないですし、広い所でないと身動き一つで、簡単に死人が出ちゃうんですよ』

 リオが変身によって声帯の構造が変化しているためか、口の動きとは関係なく、唸るような低い身体の振動で声を発してきた。リオの告白通り、色々と使いどころの難しい変身であるようだ。今のように誰にも見られていないのならばまだしも、好き好んで婚約者の裸体を衆目に曝したくはない。それに、突き出された顔の鼻先を優しく撫でてあげると、目を細めて嬉しそうなリオの巨大化した尻尾が大きく振り回され、サンドアートのように尻尾付近の地形を容易く変えてしまった。

「驚いたぞ! こんなに綺麗な生き物は、今まで見たことがない!」

『一日一回だけですが、四龍全てに変身できます。後は獅子と隼ですが、コツを掴めば真化変身できると思います』

 リオの言っていた先祖帰りとは、先祖の姿に変身するという意味だったようだ。つまりは、より純粋な亜神に変身できるということだ。普段から亜神級のチートな存在であるだけに、もはや亜神ではなく神に相当するのかもしれない。

『それでは一気に、トンネル工事を進めちゃいましょう。念のため、エアストの中に退避しておいてください』

 リオの指示に従い、恭一郎は昼食の片付けを急いで行い、エアストEXのコクピットの中へ、ハナと一緒に退避した。その姿を見届け、周囲の安全を確認したリオが、フェアプシュタット方向へと向き直った。

『トンネル工事用に最低出力で……、ドラグーン・ノヴァ!』

 リオの大きく開かれた口腔から、黄金の光線が放たれた。周囲に音速の衝撃波を広げながら放たれた光線は、フェアプシュタット方向に聳え立つ山を撃ち貫いた。そのまま射線上に立ち塞がる障害物を水に濡れた金魚すくいのポイのように容易く突き破って、遥か遠い空の彼方へと消えて行った。

 直線的に撃ち抜かれたトンネルの向こうには、さらに向こうのトンネルの入り口が幾つも見えていた。

『本気で撃つと、トイフェルラントが三日月形に成っちゃいますからね。撫でる程度でトンネルの完成です』

 こともなげに語るのは、リオの凄さの表れだ。恐らく今まで通り、誰の目にも止まらない場所で、魔法の練習に取り組んでいるのだろう。リオの魔法の才能が花開いた最大の理由は、たゆみ無い魔法の修行にある。

 今の一撃のような超絶破壊力の力加減等、本来は象が足元の蟻を避けて歩くように難しいはずだ。並みの経験値では、山体ごと吹き飛ばしていても不思議ではない。

 このような攻撃手段を有していたリオが、去年のボム・アーチン戦で真龍に変身しなかったのは、やはり宇宙空間だったことが問題だったのだろう。生身ではウルカのように、空気のないところでは活動できない。しかも衆目に曝されることになるし、そもそも安全に変身できる場所がない。

 一仕事終えたリオが変身を解くと、お約束のように全裸になった。しかも一気に通常モードに復帰したため、肌色満開で瞬間着衣を行うまで、まったく目が離せない悩ましさだ。

 仕事をしなかった不可解な光、グッジョブ!

『恭一郎さんの、むっつりスケベ……! ちょっと、サービスし過ぎたかしら……?』

 少し恥ずかしそうに赤面したリオに怒られた恭一郎は、素直に己の非を認めることしかできなかった。例えそれが、恭一郎に対する悪戯であったとしても、リオの綺麗な姿を見られた幸運だけは否定できなかったからだ。


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