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【慶事は続くよどこまでも】

 ――トイフェルラント生活一二五七日目。




 アイリスがオディリアへ帰国してからしばらく経ったこの日、ある程度精神年齢が成長した遥歌が、ハナと一緒にエアステンブルクへと遊びに行っていた。

 遥歌がアイリスと過ごしていた日々は、見方によっては親子のように濃密な時間だった。恭一郎は家族にはなれたが、義理の兄としての庇護者が限界だった。そこはやはり、大人としての人生経験の量が圧倒的に勝る、アイリスには敵わない点だ。

 リオの実年齢に近い成長を見せた遥歌は、仲良くなったエアステンブルクの子供達と一緒に遊び、恭一郎が隣にいなくても大丈夫な生活を始めている。

 それに伴い、自宅二階の一室を整理して、遥歌の自室とすることになった。現在は一緒の布団で寝てはおらず、それぞれの部屋で就寝するようにしている。同衾の解除に激しく抵抗するものと予想されたリオが、周囲の予想を裏切ってあっさり自室での就寝に同意したのには、何か良からぬことの前触れではないかと、恭一郎を始めとした複数の家族に不安の種を植え付けていた。

 そんな不安の種が芽吹くことも無く、日々は平和な時間の中で過ぎて行った。そんな毎日だったからこそ、それはかなりの衝撃となって、恭一郎達を驚愕させることになった。




「聞いてよ、恭兄さん! ウィノラちゃんのお父さんとソフィーちゃんのお母さんが、今度結婚するんだって! しかも、お母さんのお腹には、赤ちゃんがいるんだって!」

 夕食を終えた遥歌からの報告は、その場にいた恭一郎とリオに、初めて受ける種類の衝撃をもたらした。

 護衛として同行していたハナからの補足情報によると、この二家族は、リオが救助した初期の難民グループに含まれていた。ウィノラの父親であるカールは、鬼人きじん族という額に双角を持ち、口から飛び出る長さの牙を持つ大柄の男性だ。ソフィーの母親であるローザは、牛人族のふくよかな胸を持つ痩身で小柄な女性だ。両名共に同時期に伴侶を失い、怪我をして動けなくなっていたところを助けられている。

 そんな二人の出会いは、同年代であった子供達が仲良くなったことで、親同士も親密になったことが始まりだったという。

 リオが亜人の難民を保護してから、四ヶ月もの月日が経過している。その間に、性的暴行のような事件は一件も発生していない。それはつまり、彼等がとても仲良く過ごしていたことを意味している。

 これまでに親密にしている男女は見受けられていたが、エアステンブルク初の結婚はともかく、エアステンブルク生まれとなる初めての子供が誕生するというのは、恭一郎達にとっても大変意味深いモノがある。何しろ、双方の合意がなければ即座にハナ達が介入して、鎮圧行為に及んでいた環境下での出来事である。

 亜人達の安心して暮らせる世界を作るための第一歩が、新しい命が宿ったことで実際に証明されたのだ。そのことが、恭一郎にとっては我がことのように嬉しい。

「カールさんは、畑仕事によく手伝いに来てくれた人だよな?」

「ローザさんは、乳飲み子の面倒を見ていてくれた方ですね」

 恭一郎とリオの記憶の中にあった二人は、とても誠実で心の優しい人物だった。恐ろしい存在だと誤解されていた人間である恭一郎とも、すぐに打ち解けてくれた理解力も持ち合わせている。

「そのお二方の赤ちゃんですが、推定で妊娠七週目から一〇週目あたりだと思われるそうです」

 ハナが念のため、ローザを医療知識を持つリナに診察させた。医療環境が脆弱なため、ローザからの聞き取りから、そのような診断が下されたようだ。オディリアからアイリスを呼び戻して詳しく検査するという手も考えたが、もうしばらくしたら赴任という形で戻って来てくれるため、ここはひとまず様子見をすることに決めた。

「これは吉報ですね。お二人をこの地へと導いたわたし達としては、ここはやはり結婚とおめでたを祝わなければなりませんね」

 今日の分の家事を終えて一息吐いていたヒナが、恭一郎達に行動を促している。ナディアにいるオメガ残党との決着はまだ着いていないが、宇宙でオディリア統合軍との小競り合いしか発生していない小康状態だ。こういう祝い事は、思い立つ日が吉日という。早速行動を開始するべきだ。

「ではこれより、エアステンブルクへの急襲作戦を実行する。各自、祝いの品を持参の上、目標を電撃的に祝福しに行く。四〇秒で支度しな!」

「いくらなんでも、それは無理ですよ、恭一郎さん」

 リオに冷静なツッコミを入れられた恭一郎は、それでも四〇分で急襲部隊の準備を整えさせた。そして、夜の帳の降りた星明りの中、静かにエアステンブルクへと進行した。




     ◇◆◇◆




 エアステンブルクへの急襲に先立ち、ハナが先触れとして当地へと赴いている。顔役であるオブライエンに事情を説明して、理解と行動の許可を求めた。オブライエンも慶事だからと理解を示し、当人達の周辺に悟られないように手を回してくれている。

 カールとローザの家は、路地を挟んだ隣同士に建っている。どちらか片方に何かあれば、即座に知れてしまう距離にあった。そこで恭一郎達は急襲部隊を二つに分け、二家族同時急襲を敢行することにした。

 この急襲部隊に参加したのは、近衛軍基地のほぼ全戦力となる八名。恭一郎、ハナ、ヒナ、セナの鬼さんチーム。リオ、遥歌、マナ、ミナの牛さんチーム。

 先日復帰したばかりのセナに代わって、今回はリナがミズキと共にお留守番である。

 鬼さんチームは祝いの品として、肉と穀物を中心とした食べ物の詰め合わせ。牛さんチームは祝いの品として、野菜と果物を中心とした食べ物の詰め合わせを持参している。これからお姉ちゃんとなるウィノラとソフィーには、来客用に用意していた焼き菓子を持参した。

 恭一郎としては役に立ちそうな魔導具を贈ろうと考えていたのだが、それは出産祝いにしておくべきだという意見を取り入れて、無難な食べ物に路線変更をしている。




 両チームが音も無く目標宅の前に到達すると、合図と同時に自分達の来訪を告げた。その役目は、ハナと遥歌が担当した。

「「こんばんは~」」

 ハナと遥歌が玄関扉を叩いて数秒後、ほぼ同じタイミングで扉が開いた。奇しくも対応に出てきたのが、娘達のウィノラとソフィーだった。いくら治安が良いからと言って、来訪者の確認も無しに扉を開くのは不用心だ。だがそれは、ひとまず横に置いておく。

 恭一郎がハナに代わって、ウィノラの前に立つ。

「こんばんは、ウィノラ。カールさんはいるかな?」

「今は奥で、お酒を飲んでますが……」

 どうやらカールは、晩酌の真っ最中のようだ。もしかしたら、一人で祝杯を挙げているのかもしれない。これはチャンスだ。ハナに合図をして、持参したウィノラ用の焼き菓子を手渡す。

「実はカールさんに大切なお話があって、こんな時間に訪ねることになった。少し騒がしくすることになるだろうから、今夜だけは大目に見てほしい」

 首を傾げて事態が理解できていないウィノラの横を素通りして、廊下の奥の部屋へと向かう。日本式の恭一郎の自宅とは違い、トイフェルラントの家は土足で上がり込むことが主流だ。

 廊下から扉を開けてリビングダイニングへと入ると、角の生えた大男が酒を飲みながら、上機嫌に鼻歌を歌っていた。所々の音程が外れているため、何に曲かは分からない。

「ウィノラ? ソフィーでも泊まりに来たのか?」

 恭一郎の気配を娘と勘違いしたのか、カールは常温のエールと思しき液体をジョッキに注いでいる。かなり気分よく飲んでいるようで、すでに小さな樽が空になっていて、二つ目の樽に手を付けていた。

「随分とご機嫌そうですね、カールさん? 祝杯でしたら、私も混ぜてほしいですね」

「ブッ、ゴホゲホ……! 恭一郎様ですかい!?」

 突然の闖入者ちんにゅうしゃに、カールが思わず咳き込む。カールの家の向かいも、何やら騒がしくなっている。牛さんチームも、上手いこと急襲が成功しているようだ。

「こんな夜分に、私のような酔っ払いに、何かご用でしょうか?」

 酔いが醒めてしまったカールが、恭一郎の登場に目を白黒させている。

「お隣のローザさんと結婚するそうですね。しかも、おめでただそうで」

「なぜ恭一郎様が、そのことを……!?」

「カールさん……」

 大きな体を小さくして身構えるカールへと歩み寄り、その大きな両肩に手を置く。

「貴方という人は、全く……」

「ご容赦を……! 平にご容赦を……!」

 恭一郎の思わせぶりな態度によって、カールが盛大な勘違いをして涙目になっている。心なしか、身体も小刻みに震えているようだ。カールは鬼という厳つい外見をしているが、とても温厚で性根の優しい好漢だ。そんな相手だからこそ、恭一郎はこうせずにはいられない。

「……水臭いことをしますね。こんな喜ばしいことを、内内うちうちだけで秘密にしているなんて」

「はぇ……?」

「おめでとう、カールさん。友人の一人として、お二人の結婚とおめでたを祝わせてもらいに来ました」

 恭一郎の合図に合わせて、ハナとヒナが食材を持ち込む。セナはオディリア産のスピリッツの大瓶を持って、ウィノラと手を繋いでいる。そして、恭一郎が部屋の窓のカーテンを開けると、ローザの家の窓にはリオ達の姿が確認できた。

「あ、ありがとうございます……! 私のような者のために、わざわざ玉体をもって下されるなんて……!?」

 貴人は厚顔不遜な存在という世界で生きてきたためか、ローザの家訪れているリオに対しても、カールは信じられないといった表情をしている。どうやら、恭一郎達の急襲作戦は大成功したようだ。

「トイフェルラントの新時代を担う、新しい世代の子供が生まれるんです。今夜は共に、祝おうじゃないですか。とはいえ、私はそれほどお酒には強くありませんので、祝杯はカールさんに担当してもらいますね」

 ヒナがキッチンを借りて、酒のつまみとなるベーコンを切って来てくれた。このベーコンは、先日のオディリア行で手に入れた豚バラ肉の塊を、恭一郎が自ら燻製にして加工した品だ。燻製のチップも厳選したモノを使用しているので、いつぞやの魚の燻製のような強烈な臭気は発していない。

 他にも、スモークチーズや冷凍していた塩茹で済みの枝豆、ポテトチップスや作り置きしておいた冷凍前の唐揚げもある。どれも常温のままでも美味しい食べ物ばかりだ。

「恭一郎様から直々の祝福、不肖このカール、有り難く頂戴いたしました。この返礼は、いずれ何か別の形でお返しいたします」

「そんな堅苦しいことは要りませんから、これからのお二人と娘さん達と生まれてくる赤ちゃんのため、乾杯して飲み直しましょう」

 恭一郎はカールと向かい合うようにテーブルに着き、カールに酒を勧めて乾杯をした。それからは、余人の存在を忘れたかのように、恭一郎とカールは酒を酌み交わした。

 ある程度に酒が回ってくると、カールが誰に促されたのでもなく、ローザとの馴初めをを語ってくれた。




 ベルクドルフの外縁に居を構えていたカールは、ウルカの放った滅びの一撃に巻き込まれ、一瞬にして愛する妻と故郷を失った。どうにか娘のウィノラは身を挺して守り抜いたが、一時的に休める場所を見付けるのが精一杯の深手を負っていた。

 カールは記憶すら定かではなくなり、意識がもうろうとしていた時、偶然通り掛かったリオをウィノラが必死に呼び止め、二人は難民として保護された。怪我はリオの治癒魔法で癒され、失った体力は数日間の休養で回復した。

 その頃になると、恭一郎の自宅の周辺には、多くのテントが立ち並ぶ難民キャンプとなっていた。伝説に語られる人間が実在していて、しかも助けられた恩人の想い人も人間だった。このことに、カールは少なからざる衝撃を受けたという。

 娘のウィノラよりも幼い子供達が次々と保護されてくる中で、乳飲み子の世話を一手に引き受けていてくれたのが、ウィノラが仲良くなっていたソフィーの母親のローザだった。

 ローザもカールと同様に、アッカーバーデンで被災して両足を失っていたところをリオに救われていた。再生したばかりの足がしばらく上手に動かせなかったため、乳母としての経験を活かして恩返しを行っていたのだ。

 元々乳の出の良い牛人族とはいえ、片手では足りない数の乳飲み子の世話は、かなりの負担だったはずだ。それでも、必死に生きようとする子供に授乳するローザの姿に、カールは失った妻の面影を見てしまった。

 それからは畑仕事の手伝いの傍ら、ローザの身の回りの手伝いも買って出るようになった。失った妻への愛を、ローザに向けてしまっていたようだ。そんな中で、恭一郎の暗殺未遂事件が発生した。

 ハナの指示で烏丸邸へと避難する際、たまたまローザの近くにいたカールは、まだ走ることのできなかったローザを抱き上げ、周囲の者達と協力して子供達を避難誘導した。

 烏丸邸の中で一息吐くことが叶ったカールは、腕の中に抱いたままのローザのあまりの軽さに驚いた。恭一郎達から提供された食事によって、多くの亜人達が健康を取り戻して見違えるように元気になっていた。そんな中で、ローザだけが痩せ衰えたままだった。その答えに、カールはすぐさま思い至った。

 母親の出す母乳とは、乳房の乳腺から分泌される不透明な液体で、蛋白質、脂肪、乳糖、各種ビタミンなどを含んでいる。その原料は、母親の血液だ。つまりローザは、自身の身体の回復に回す分の栄養まで、母乳に変えていたのだ。その結果、ローザはカールの腕の中に納まるような状態となってしまっている。

 この瞬間、カールはローザへの想いが愛しいという感情へと変わった。それからは今まで以上にローザの手伝いを増やし、ローザを子供達への授乳に専念させることになった。この行為が功を奏し、ローザはゆっくりとだが体重が戻りだした。

 それからしばらくして、数名の子供が離乳食を食べられるようになった。ローザの身体への負担が少し軽くなったことで、ローザはカールと一緒に子供達の面倒を見るようになった。ウィノラとソフィーも幼い子供達の世話の合間に、二人の手伝いに来られるようになったことで、双方の家族は本当の家族のような距離まで近付いていた。

 やがてカールとローザは、とても親密な関係となる。住む家と仕事も手に入れ、騒がしくも幸せな日々が、二人の愛を育んだ。そんな二人の間に新たな命が宿ったのは、とても自然なことだったと言える。




 カールの話しを黙って聞いていた恭一郎は、自らの行いがカールやローザを始めとした、エアステンブルクの人々の幸せに繋がっていたことを、酌み交わす酒と共に五臓六腑に染み渡らせていた。

 理不尽に母を奪われ、心の一部が欠落していた恭一郎でも、他の誰かを幸せにすることができる。この事実を再認識できたことが、とても嬉しかったのだ。本日の主役であるカールの前なので表情にこそ顕わさないが、涙を流したいほどの充実感に包まれている。

 その後、酔っ払いによる乾杯は何度も繰り返され、前後不覚となった恭一郎は、合流してきたリオに回収される形で自宅へと連れ帰られることになった。

 この一件で、カールとローザの結婚とおめでたが、エアステンブルク中に知れ渡ることとなった。ここから恭一郎達の身に、想定外の連鎖反応が押し寄せてくることになる。




 ――トイフェルラント生活一二五八日目。




 昨夜の深酒でグロッキーな二日酔いを満喫していた恭一郎は、朝食を終えてエアステンブルクへ遊びに行く遥歌と護衛のハナを見送ってから、家事をヒナに任せて自室で休んでいた。カールとローザの幸せを祝福し過ぎてついつい酒量を無視してしまった、完全な自業自得の所業である。

 元々酒に強いカールと酒を酌み交わす危険性を自覚しながらも、完全に雰囲気に飲まれてしまった自身を反省していたところへ、何者かが廊下を掛けてくる足音が聞こえてきた。

 足音の響きの軽やかさから、音の主は遥歌であるようだ。

 部屋に何か、忘れ物でもしていたのだろう。

 そう感じていた恭一郎の部屋へ、遥歌がノックもせずに飛び込んできた。

「聞いてよ、恭兄さん! レナードさんがアルマさんにプロポーズして、婚約したんだって!」

「……ん。そうか……、それは一大事だ……」

 二日酔いの恭一郎は、遥歌の行動によって大ダメージを受けた。頭がガンガンするので、大きな物音は出さないでいてもらいたい。

 そんなことはお構いなしに、遥歌が恭一郎に決断を迫る。

「昨日のカールさんとローザさんみたいに、レナードさんとアルマさんの婚約も、みんなで祝いましょう! ハナねえ達は、いつでも出撃ができるように、準備万端のばっちこい、だそうです!」

 恭一郎は、叫びたくなりそうなほどのクリティカルヒットを喰らった。必死に声を漏らさないように我慢して、布団の中で頭を両手で押さえて悶える。

「分かった。その二人のことも、祝福しに行こう。ただ、その前に……、ヒナかリナを呼んできてくれないか?」

「ヒナ姉かリナ姉だね? ラジャー了解!」

 遥歌が勢いよく扉を閉めて走り去って行ったため、恭一郎は悶絶級の即死ダメージを受けた。恭一郎の目尻から、涙が溢れ出す。だって、遥歌が容赦ないんだもん。

 二日酔いを満喫する恭一郎の精神から、今や完全に余裕が失われていた。




     ◇◆◇◆




 ヒナとリナに処置をしてもらい、何とか二日酔いの峠を越えた恭一郎は、エアステンブルクへと向かった。

 婚約したと報告を受けたレナードとアルマは、馬人族とその亜種の一角種の若者だ。馬人族は、下半身が馬のような種族の亜人だ。初めてアッカーバーデンを訪れた際に、村や町の間を駆けていた人馬型の亜人種がそれだ。

 レナードは成人直前の青年で、子供達のまとめ役を任されている。アッカーバーデン育ちで鍛えた足腰の強さを活かして、遊び盛りの子供達の運動相手をしてくれている。まだ幼い弟と二人の妹と一緒に、親類縁者が犠牲になって彷徨っていたところをリオが保護してきた人物だ。

 一角という珍しい種族のアルマは、とある貴族から別の貴族へ売られる途中で隕石の落下に巻き込まれ、火傷と複雑骨折で灰を被っていたところをリオに救われていた。額から生えている角が、見る角度によってプリズムのような光沢を放つため、昔から貴族の間で観賞用として売買される、見目の美しさに反して不遇な種族の女性だった。

 美しい角の観賞用として育てられてきたため、自身の生活能力が求められたキャンプ生活で最も苦労していた。なにしろ、美しい角を育てるためだけに、食事と運動以外は身繕いしか知らなかったからだ。

 昨日のような急襲は行わず、エアステンブルクに最近できたばかりの喫茶店で、二人の婚約を皆で祝福する。今回は、ヒナにお留守番を頼んである。

 今回は二人から、馴初めなどを聞く機会を得た。




 レナードが弟妹達と保護されてきたのは、アルマが保護されてきた五日後のことだった。この頃から急激に保護されてくる数か増えていたため、受け入れを担当していたハナはてんてこ舞いになっていた。この日は折も悪く、恭一郎もオディリア側との対応で忙しかった。

 連れて来られたまでは良かったが、あまりにも今までと違う環境で困っていると、今まで見たことも無い美しさの同族の姿が目に映った。それが、レナードとアルマの出会いとなった。

 同族ということもあって、レナードはアルマに声を掛け、色々と質問をしたという。だが、上げ膳に据え膳の環境からいきなり放り込まれた難民キャンプの暮らしで、アルマの方が困り果てていた。

 そこでレナードは幼い弟妹達の手前、兄として恥ずかしくないように行動することに決めた。年齢的に少々お姉さんだったアルマを妹分として仲間に加え、アルマも保護対象とすることにしたのだ。

 レナードが仲間の代表として別行動をしている間、アルマは自活する勉強を兼ねて、レナードの幼い弟妹達の面倒を見た。最初の頃はおっかなびっくりの連続であったが、幼い子に頼られたことで自信を覚え、一緒に駆け回って遊ぶようになっていた。

 元々運動量の多い馬人族の子供が元気に遊び回っていると、かなり目立つ存在となる。いつの間にか、他の種族の子供達も遊びに混じってくるようになっていた。それを見ていた周囲の大人や子供の親達が、レナードとアルマに子供達の相手を引き受けてくれるようにお願いするまでに、あまり時間は掛からなかった。

 弟妹達と一緒にいられるようになったレナードは、一緒に遊ぶ子供達を兄弟分の仲間として大切に扱い、褒める時にはとことん褒め、怒る時は諭すように言葉を尽くす、子供達皆の頼れる兄貴となってくれていた。




 そんな中、やはり恭一郎の暗殺未遂事件をきっかけに愛が生まれ、今回の婚約という結果に繋がっていったという。

 自身が死に掛けたことでこの二人に良い変化をもたらせたのなら、それは死に掛けた甲斐があったというモノ。と、誇ってもよいのか迷う恭一郎。

 この二人にも食べ物を中心に祝いの品を渡して、この日は飲酒をせずに帰ることになった。成人しているアルマはともかく、未成年のレナードに酒を進めるのはよろしくないからだ。




 ――トイフェルラント生活一二五九日目。




 二度あることは三度あると言わんばかりに、この日も遥歌がエアステンブルクから急報を届けてきた。

「聞いてよ、恭兄さん! ロードフリードさんとブリギットさんも婚約したことが分かりました!」

 ロードフリードは、悪魔のような異形を持つ魔人族の男性だ。だからと言って、本物の悪魔の血を引いている訳ではない。実際には大変珍しい交雑種で、複数の種族的特徴が発現しているにも関わらず、純粋種と同じように魔法が行使できる変異種だ。奴隷として虐げられて命を落としかけていたところをリオに救われている。

 ブリギットは、植物の特徴を持つ草人そうじん族の女性だ。大樹の森の中に隠れ住んでいたが、集落にシュティンケ火山の山体の破片が降り注いた後に炎に巻かれ、身体の大半が消し炭になっていたところをリオが救っていた。

 この二人はかなりの希少種同士で交流を深め、例の事件が切っ掛けで交際を始めていた。ここまで来ると、パターンが読めてしまう。

 そんなこんなで、彼等にも食料を差し上げることになった。




 ――トイフェルラント生活一二六〇日目。




 虫の知らせのような直感を信じて身構えた恭一郎に、遥歌が急報をもたらした。

「聞いてよ、恭兄さん! (以下省略)」

 エアステンブルクにおいて、また結婚を決めたカップルが誕生していた。ここまでくれば、もはやルーチンワークである。恭一郎達は事態を滞りなく処理した。




 ――トイフェルラント生活一二六十一日目。




 また新たな夫婦が誕生するようだ。食料倉庫からの持ち出しが増えて行く。ご祝儀にしておけばと、激しく後悔する恭一郎。




 ――トイフェルラント生活一二六二日目。




「分かってますよ。めでたいことですからね。でも、この間購入してきた肉が、もうほとんど残ってないぞ。……それは何故だって? リオ。お前がおやつとして持ち出していたことは、調べが付いているんだぞ? 勝手に喰った分は、ちゃんと補填しておくように。……そんな捨てられそうな小動物のまねをしても、今の俺には効かないぞ。……こら、遥歌にまで同じことをさせるな。……遥歌は、果物を食べていたのか? 仕方ない奴だ。今回ばかりは大目に見てやる。……うるさい。俺の義妹がこんなに可愛いのがいけないんだ!」




 ――トイフェルラント生活一二六三日目。




「ここに置いていた、未開封の砂糖の袋が無くなっているんだが? ……やはり、昨日の持ち出しは砂糖だったのか。それで、昨日の今日で勝手に食材を持ち出した分の補填は? ……分かってますよ。どうせ胃袋に収まっているんだろ? ……今夜のお代わりは三回までだな。……諦めろ。自業自得だ」




 ――トイフェルラント生活一二六六日目。




 エアステンブルクにおける結婚・婚約のお祝いイベントは、この日の分をって一応の収束を迎えることになった。合計一〇組の新たな家庭が誕生することになったのだが、恭一郎達には新たな問題を解決しなければならなくなった。

 トイフェルラントで信仰されている魔神教の、エアステンブルクへの誘致である。

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