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【たまの休みに観光を】

 ――トイフェルラント生活一二四〇日目。




 静養をしているアイリスが帰国する日が決まり、この機会に皆で休みを取った恭一郎達は、いつもは仕事で訪れているノイエ・トイフェリンへと観光に向かうことになった。

 ワンボックスカーのサイズまで小型化に成功していた、恭一郎仕様の魔導車を走らせる。陸路でノイエ・トイフェリンへと向かうためだ。恭一郎の運転する魔導車に同乗しているのは、リオ、遥歌、アイリス、そして、仕事に向かうリナを加えた四名だ。




 魔導車は軽快に大樹の森を走り抜け、二時間も掛からずにノイエ・トイフェリンの南門に到着した。南門とは言っているが、ノイエ・トイフェリンに外壁の類は存在しない。

 ここには、ハリエットの部下であった工兵達から進呈された、トイフェルラント・オディリア両国の友好を記念した門が建てられているのだ。

 この記念の門は、二羽の鳥が翼を広げながら向かい合っているデザインだ。それぞれの鳥がヒュッケバインと蒼凰を表していて、いわゆるオメガ討伐記念の凱旋門となっている。

 とはいえ、なかなかに幻想的な雰囲気で造られているためにアート作品の趣が強く、誰も凱旋門だと認識していない。

 快速運転をしてきた魔導車も、さすがに街中では速度を落とす。車道と歩道の区切りもしっかりしているため、かもしれない運転をしておけば、かなり安全に走れる。

 魔導車を国務院の駐車場に止めてから、仕事のために国務院の建物の中に入って行くリナを見送った恭一郎達は、さっそくノイエ・トイフェリンの観光へと向かった。




     ◇◆◇◆




「それでは皆さんお待ちかねぇ! ノイエ・トイフェリン観光、レディー・ゴー!」

「おぉ~っ!」

 なぜか意味なく装着していた眼帯を取り去ったリオが、声高らかに宣言した。それに合わせて、遥歌が拳を突き上げて吠える。

 最初からこのノリは、さすがに勘弁してほしい。周囲にいた人々から何事かという視線が、リオ達に集中している。さっそく身元がばれて、俄かに騒がしくなってきた。

「こらこら……! 自分の立場を考えて、周囲に溶け込むように行動しなさい。観光の途中で気付いたら、野次馬の塊を引き連れていたなんてこと、俺は勘弁だからな」

「ごめんなさ~い」

 余所行きの中では一番質素な服装のワンピースを選んでいたリオが、怒られたのにもかかわらず嬉しそうに、自らの頭を小突いて舌を小さく出している。あざといテヘペロに、しょうがないなぁという気分になるのは、惚気に間違いない。

 もっとも、リオのような有名人ならば、ゲノム・シフトを使っていずれかの純粋種に姿を変えない限り、見た瞬間にばれてしまう。これほどに多様な種族的特徴を持つ混雑種は、大変珍しいからだ。

 幸いなことに、この場にいた人々が大人の対応をしてくれたおかげで、大騒ぎに発展するような事態には発展しなかった。

 改めて観光へと足を踏み出した一行は、国務院から徒歩で移動を開始した。




     ◇◆◇◆




 その途中、産業院の近くを歩いていると、とある人物に声を掛けられた。

「おや、ヒュアツィンテの頭領さんではないですか?」

 リオのことを人目を気にして、敢えて魔王や陛下と呼ばないでくれたのは、行商組合で最後の組合会長を務めていた初老の男だった。

「おはようございます、ヴィルヘルム会長。これからご出勤ですか?」

 リオが挨拶をした人物は、牛人ぎゅうじん族のヴィルヘルムだった。短角と呼ばれる牛人の亜種のヴィルヘルムは、茶色い短髪の側頭部上方にしゃちほこに似た小さな角が生えていた。細くて長い尻尾は邪魔にならないように、腰のベルト通しの穴に通して垂れ下がらないようにしている。全体的に引き締まっていたであろう身体は、ここ最近の食事と仕事の環境から、少々無駄なモノが付き始めて困っていると噂されている。

「いえ、これからちょっと、食料工場の視察に向かうところでして。そちらの大家さんが手に入れてきてくれた調理器具が、とてもいい仕事をしていると報告を受けてまして」

 恭一郎のことを大家という隠語で表現してきたヴィルヘルムは、先日オディリアで購入してきた機材の様子を見に行くらしい。

 恭一郎の購入してきた品々は、その多くがここの食料工場へと運び込まれている。どれも業務用の製粉機、攪拌機、冷蔵庫、冷凍庫、乾燥機、蒸し器、電気式オーブン、フライヤーなどだ。恭一郎自身が仕様書を見ながらテストを行い、トイフェルラント語の説明書を添付しておいたものだ。

 この食料工場は、地方の民業を圧迫しない程度の規模で、トイフェルラントに不足している食料を供給するために建設されたモノだ。現在は栄養価の高い具材が混ぜられたパン、フリーズドライの野菜や果実、高温の油で揚げた味付きのインスタント麺、飲みやすい味付けの粉末スープなどを主に製造している。

 主な消費地がノイエ・トイフェリンであるため、地元飲食店用の加工品も受注生産している。

「実際に動かしてみて、色々な料理が作れましたからね。ヴィルヘルムさんも何かアイデアを思い付いたら、工場長のフリードさんにリクエストしてみてください」

「そうさせてもらいますよ。では皆さん、私はここで……」

 軽い挨拶程度の身軽さで、ヴィルヘルムはこの場を去った。現在の彼は、産業院で暫定的なトップを任されている。つまり、大臣の代理に相当する重役だ。そんな人物が単身で飛び回っているということは、それだけ忙しいということの表れだ。

「俺が言うのもなんだが、役所の皆にきちんと休みを取らせているのか?」

 去って行くヴィルヘルムから視線を外し、リオに疑問をぶつける。

「大丈夫です。輪番制ですが、週休二日を守らせています。もっとも、休むという行為に慣れていない人ばかりなんで、家でも仕事をしているみたいですが……」

 それをあなたが言いますか? という表情で、リオが呆れ返っている。

 基本的に主夫をしている恭一郎に、休みの日というのは存在しない。けれども、ゆっくりと過ごすことは覚えている。それが新しく建設した温室での試験的稲作や、畑での土いじりであるので、精神的にゆっくりしていようとも、肉体的にはお仕事をしていることになる。

 返す言葉の見つからない恭一郎は、先程のリオの真似をしてみた。結果は、完璧に滑った。テヘペロは、可愛い女の子限定の技だった。




     ◇◆◇◆




 ノイエ・トイフェリンで観光と言えば、中央市場を置いて他にはない。何しろ、トイフェルラント中から色々な品が、この中継地に集まってくるからだ。

 かつてトイフェリンに住んでいた貴族達のように、通行税だの理由を付けて、庶民から金銭を巻き上げるようなことを禁止させている。移動の自由を保障して、流通の活性化を後押しした結果、ここはトイフェルラントで一番活気に溢れている希望の都となった。魔法文化華やかなりし頃のトイフェルラントでは、このような市場がたくさん栄えていたことだろう。

 そんなことを考えている恭一郎がまず向かったのは、甘食屋の露店だった。

「おじさん、いつもの頂戴」

「あいよ、二〇個ね」

 リオがさっそく、燃料補給を開始した。すでにかなりの常連のようで、露店の狼人族系の店主とは、つうかあで注文が通っている。リオが新しく発行された大銅貨八枚を渡して、一〇センチメートルほどの大きさのシンプルな丸い薄焼きパンのようなものを、持参した袋に入れてもらう。

 基本的に商品の包装が行なわれていないトイフェルラントでは、買い手が袋やかごを持ってくることが普通だ。ビニール袋は当然、存在しない。

 甘食とは、焼き菓子の一種だ。小麦粉に卵、砂糖、バター、牛乳、重曹を混ぜた生地で焼き上げて作る。スポンジケーキとビスケットの合いの子のような感じだ。

 露店で売っていたモノは、膨らみの少ない丸房露まるぼうろのような出来上がりだ。

 リオから恭一郎達に一つずつ甘食が手渡され、残りの一七個はリオが独り占めした。これから食べ歩きをするのだから、当然の差配だろう。初手から暴食できるほど、恭一郎達の胃袋は強くない。

 露店の甘食を食べてみる。バターと牛乳を使っていないためか、味は非常に淡白だ。その代りに、植物系と思われる材料の味がしっかりしている。大豆あたりの豆類だろうか。重曹のような生地を膨らます材料も入っていないようで、食感はビスケットにやや近い。

 恭一郎達がトイフェルラントの砂糖大根であるビッターから砂糖を精製しだしたことで、トイフェルラントでも砂糖の製造が始まっていた。意図的に流出させた製造方法のヒントを基に、今ではまずまずの品が作られている。不純物が含まれているため、お値段が安くて一般でも入手しやすい。この甘食には、そちらの安価な砂糖を使用しているのだろう。雑味が野性的で、癖になりそうな味わいだ。

 これで一個中銅貨四枚は、はたして安いのか、高いのか。現在のトイフェルラントの水準では十分に美味しいため、その判断は保留することにした恭一郎だった。




     ◇◆◇◆




 余談ではあるが、トイフェルラントの通貨は、硬貨が基本だった。

 その硬貨をしこたま貯め込んでいた貴族達が、トイフェリンで財産諸共に消滅してしまったことで、通貨の需要と供給が一夜にして崩壊していた。そこで、リオの新統治体制が通貨の価値を保証して、新たに発行する通貨へと段階的に移行させている。

 リオが使用した新しい大銅貨は、銅の使用量を亜鉛やすずを混ぜることで抑え、アルミニウムの外枠に銅が填め込まれたような二色造(バイカラー)になっている。同様に、中銅貨は同じような造りの一回り小さい五円玉のようなドーナツ形状、小銅貨には小さな銅のプレートが填め込まれているようなデザインだ。

 偽造防止の複雑なデザインで造られている新硬貨も、ミズキが製作した鋳造機械で増産されている。この機械によって、新たに白銅貨が鋳造された。銅とニッケルを混ぜた白銅で鋳造された白銅貨は、今後廃止される銀貨の替わりに流通することになる。

 金貨と白金貨の鋳造は、銀貨と同じく基本的に行わず、それに替わる通貨は紙幣として発行される。こちらもミズキ製の印刷機械が使われていた。

 紙幣はアルトアイヒェの繊維から製造した、耐久性の高い素材から作られていて、トイレットペーパーの開発で失敗した経験が、想定外の所で役に立った。

 第一次発行分の紙幣は流通を最優先させるため、特殊な透かしやホログラム、特殊なインクや複製表示のような偽造防止技術は組み込まれていない。ある程度の量が流通して市場が安定したら、これらの技術を投入した新紙幣を流通させることになっている。

 また、クプファ、ズィルバ、ゴルドー、プラティーンと一定単位ごとに名称が付けられているため、便宜上トイフェルラントマルクと定めることになった。ドイツ語の単語が多様されていたため、こちらも旧ドイツマルクに倣った形だ。

 よって、先程の甘食は一個、四〇クプファ、または四〇マルクという値段となる。




     ◇◆◇◆




 リオの案内による食べ歩きは続く。甘食を簡単に平らげたリオが、串焼き屋の露店に突撃した。

「へい、大将! いつもの、八本頂戴!」

「ヒューナーの胸肉八本、一・六(いちてんろく)ズィルバだよ!」

 リオが白銅貨と大銅貨で支払い、両手の指の間に一串しずつ挟んで焼肉の串を買ってきた。先程の甘食のように、恭一郎達に一串ずつ渡す。残りの五本は自分用だ。

 ヒューナーという肉は、ヒュプシェよりも大型な食用鳥の肉だ。ヒュプシェと比べると肉質が硬く、脂の乗りも悪い。それでいて味も淡白なため、庶民の肉といえばヒューナーと言われるほど、世間に浸透している手頃な値段の食材だ。

 ではなぜ、そんなメジャーな食材を、谷で育てていなかったのか。その答えは、非常に単純である。ヒュプシェの方が、圧倒的に美味しいからだ。

 美味しい食材を求めていた当時の恭一郎は、食材を自前で調達することに拘っていた。試にリオが購入してきてくれた肉を食べ比べた時も、迷わずヒュプシェの肉に軍配を上げていた。

 そこでリオは、ハナに相談することにした。ヒュプシェとヒューナーのどちらを飼育するか、である。

 ヒュプシェは比較的小型で、あまり手間が掛からない大人しい家禽だ。羽根や羽毛も素材としての価値が高い。その代り、繁殖力がそれほど高くないため、食用にするには数を揃えなければならない。

 ヒューナーは比較的大型で、気性が荒く非常に活動的だ。喧嘩をして負った怪我が原因で死ぬことも多いが、繁殖力は高いため個体数はすぐ増える。その代り、肉質が軟らかい時期がまったく無く、卵の回収も激しく抵抗されて大変だ。

 そして二人が導き出した結論が、当時の消費量から考えても、ヒュプシェの飼育が妥当である。というモノだった。ヒューナーが脱走して、畑の作物を食い荒らす可能性も捨てきれなかったため、谷にはヒュプシェだけが持ち込まれることになった次第だ。

 そんなヒューナーの串焼きであるが、歯応えはあるが下処理された肉質は変な臭みも無く、亜人よりも噛む力の弱い人間でも噛み切り易い。けて一緒に焼かれている香草のタレが美味であることも、恭一郎には評価ポイントが高い。

 恭一郎達人間サイドが串焼きを堪能している間に、リオは一串を一口で食べ進めている。肉にガブリと喰らい付き、串を肉から一気に引き抜く。そんなセレブなレディーにあるまじき、豪快極まる食べ方だ。周囲の人々と同じマナーであることは理解しているのだが、恭一郎の心情的には、もっと優雅で上品に食べてもらいたいところだ。

 ふと横目で遥歌の様子を窺うと、リオと同じ手法で、肉に喰らい付いていた。案の定、口の中が肉だらけになって、咀嚼に難儀している。

 やはり、遥歌の教育のためにも、リオには後ほど指導を加えておいた方が良さそうだ。




 食べ歩きの合間に、食べ物以外の露店も見て回る。その目的は、アイリスの買って帰る土産の確保だ。残念ながらウルカバレー周辺では、第一次産業以外の生産力はかなり限定的だった。エアステンブルクでも自活を始めた亜人達はいるが、その多くが恭一郎達からの耕作や畜産の委託から収入を得ている。

 それならば、品揃えの充実してきたノイエ・トイフェリンで購入しようという話になていた。オディリアにとっても、トイフェルラントはまだまだ謎の多い国だ。そんな国で生産されている伝統工芸品などは、かなりの希少品となる。

 長期に渡るアレス関連の事件によって仕事現場から離れていたアイリスは、迷惑を掛けてしまった同僚達への土産を大量に欲していた。そんなアイリスのエスコートを兼ねての、中央市場の食べ歩きツアーである。

 さっそくアイリスが、露店に陳列されている品々を物色し始める。リオに統一言語の魔法を掛けてもらっているため、露店商との会話に問題はない。同じように魔法を掛けてもらっている遥歌と一緒に、木工細工の小物を手に取っている。

 オディリアほど極端ではないが、トイフェルラントにも娯楽はそう多くはない。日々の糧を得るには、娯楽に割ける余裕が少なかったためだ。

 一般的な亜人達にとって娯楽とは、もっぱら飲酒であった。ワインやシードル、ビールにウィスキーといった具合に、複数の銘柄が流通している。その中にはアルコール度数の極端に高い蒸留酒もあり、亜人達は酒にも非常に強かった。

 多くの亜人達が慎ましやかに生活している中で、娯楽を愉しめる余裕があったのは、やはり裕福な貴族達であった。彼等は毎夜のように社交のためのパーティーを開き、贅を尽くした数多くの料理を食べ、高名な職人の作り上げた品々を品評する。時には側仕えを大量に引き連れて、僻地に建てた屋敷で競技や趣味に没頭することもあった。中には質素に暮らす者達もいたようだが、概ね貴族と呼ばれる存在は特権を維持するために、自分達の力を誇示した生活を行なっていた。

 その貴族達相手に商売する者達も多く、貴族達の生活に掛かるお金が、結果的に多くの文化芸術の伝統を保護することになった。そして取引先を一夜にして喪った者達が、これまで貴族相手に培ってきた技術力を活かして、ノイエ・トイフェリンで様々な品を売り出している。

 アイリスが手にしていた木工細工も、貴族用の高級家具に使われていた加工技術がふんだんに使われている品で、華美な装飾を抑えたことで値段も手頃になっており、インテリアとして机の上に置いておける上品な小物入れだ。

 ここでの清算は、恭一郎が新紙幣で行った。




     ◇◆◇◆




 オディリアとトイフェルラントの為替の交換比率が正式に定まっていないため、まだ民間での売買は制限が掛かっている。これまで行われてきたオディリアからの輸入は、オディリア共和国政府からの支援物資が主だ。残りは恭一郎が国としての立場で身銭を切って行った、オディリア円での外国為替取引となる。

 恭一郎の予想では、国力の弱いトイフェルラントの市場を保護するため、しばらくの間は為替関税を掛けることになるだろう。そしてトイフェルラントの市場が十分に機能するようになれば、段階的に関税を撤廃して自由貿易に移行して行きたいと考えている。

 先に行われた恭一郎のオディリア行の目的の一つが、両国間での貿易の枠組みを決めることであり、ミナが特命の全権代理としてオディリア側の担当者と折衝を行ってくれていた。

 国力の差は、概算で約一〇倍と見積もられている。これは恭一郎達の存在が加味された数字であり、実質的な国力差は一万倍を下らないだろう。何しろ、CA相手に剣と魔法で戦う破目になるのだ。この程度の差でいられるのは、恭一郎達の突出した能力があってこそである。




 最近になって、ようやくトイフェルラントで買い物ができるようになった恭一郎は、トイフェルラントの通貨を陰から支える実質的な支配者だ。

 並居る金持ちの貴族達がいなくなったことで、莫大な資金力を持つリオの雇用主である恭一郎が、トイフェルラントで最も多く金融資産を持っている人物になってしまったためだ。

 そこで、新通貨の発行と共に魔法による取引認証の制度は一部が見直され、恭一郎のような魔力機関を持たない人物でも、財務院へ担保となる金額を納めることによって、魔法による認証をある程度免除する証明証を発行できるようにした。同時に、恭一郎名義の信用口座も開設して、大口の取引も可能な状態になっている。

 また、恭一郎が開発した新型の魔導エンジンなどの魔導具は、魔法院において魔導具の登録台帳に記載されている。その魔導具の使用がいわゆる特許使用料のような形で、恭一郎の口座へと振り込まれている。その特許の有効期間は、魔導具登録台帳の記載から二〇年として、それ以降は誰でも使用料を払わずに使うことができるようになっている。

 現在は恭一郎の魔導具が複数使用されている新型の魔導車を生産しているため、これらの使用料が恭一郎の主な収入となっている。一つ一つの使用料は特別に相場の半値以下だが、使用している数と生産量が多いため、なかなかの収益となっている。




     ◇◆◇◆




 アイリスが土産を手に入れた後も、恭一郎達の中央市場観光は続く。露店を巡っては飲み食いを繰り返し、便利そうな道具があれば購入する。

 そんな露店の中には、当然のように魔導具を扱っている店もある。品揃えは日用品レベルの普及品ばかりだったが、オディリアには決して売っていない物ばかりだ。

 当然の帰結として、アイリスは以前の恭一郎と同じように、非常に興味を惹かれていた。

「店主さん、この魔導具は何用の物なの?」

「おや、オディリアの方ですか? ……ああ、お偉いさんの関係者でしたか。こちらは、暖も取れる火起こしの魔導具ですよ」

 アイリスと共にいる恭一郎達と目を合わせ、魔導具屋の蛇人だじん族の店主が応対してくれている。蛇人族は、下半身が蛇の身体になっている種族だ。体温を保つ能力が少し低いため、板の上に毛布を敷き、とぐろを巻いた足の上に商品陳列用の敷物を敷いて、身体がすぐに冷えないように工夫している。

 火起こしの魔導具は、携帯可能な大きさのミニチュア暖炉のような作りをしている。文字通り、火を起こすこともできるため、魔導具の上に鍋を置けば調理もできる。細かい火加減は魔力で操作するため、火力調整用のまみなどはない。

「そっちの蓋付きの箱みたいなのは?」

「これは、水を使わずに食器を洗浄する魔導具だよ。寒い時期の水仕事は、とても辛いからね」

 盆のような大きさの長方形の箱は、トイフェルラント版の食器洗い機のようだ。磁器や陶器、金属などの食器を入れることで、どんな頑固汚れも魔力次第で綺麗にしてくれる優れ物だ。一部の骨や角、木製の食器には使えないという。どうやら、有機的な汚れを何らかの手段で分解して洗浄しているらしく、残飯も一緒に処理してくれているらしい。その影響で、有機素材の食器も一緒に処理されてしまうらしい。

「あら、それは凄いわね。使用前の器具の滅菌に使えそうね。これって、おいくらくらいなのかしら?」

「お値段はお伝えできますが……」

 店主が申し訳なさそうに、アイリスの顔から視線を外す。そのまま恭一郎達へ助けを求めて視線を彷徨わせた。

「バイサー先生。残念ながら、魔導具の国外への持ち出しは認められていません。購入に関しても、魔導具を扱う講習を受けてからでないとダメな決まりになっています」

 恭一郎はアイリスに対して、簡単な魔導具に関する取り扱い環境を説明する。




 現在のトイフェルラントでは、魔法及び魔術と魔導具に関して、新設された魔法院が集中的に管理している。主な目的は、かつて栄えた魔法文化を復興させる目的で、現在まで残っている魔法に関する知識と技術を集中的に管理し、そこから新たな魔法の研究と開発を行うというモノだ。それと同様の理由で、魔導具も魔法院が管理を行っている。

 また、リオの治癒魔法のような、特定分野の稀有な魔法を使える者を国として保護と援助をすることで、魔法の継承を促進させることも含まれている。

 同時に、特定の場所以外では魔法と魔術の使用が禁止され、国家の認定した免許証が発行された者のみが、免除されることになっている。その特定の場所とは、トイフェルラント各地に設置される予定の魔法の練習施設や一部の魔法の使用が許可された地域などを指している。

 リオの場合も例外ではなく、普段は自衛用と移動に関する魔法の使用のみが許可されている。緊急時の攻撃や治癒のような人命に関わる場合にのみ、事後報告を行うという条件での即時使用が認められている。免許証にも魔法や魔術の使用履歴が記録される仕組みが組み込まれた魔導具となっているため、解析すれば不正使用がすぐに判る。

 例外的に、花火戦役やハリエット救出作戦のような、特殊な場合は免除されるよう、国家や軍事の機密として処理されるように裏で手を回してある。

 魔導具も同様で、新型の魔導車のような人の命に関わる魔導具の使用には、一定時間の教習と座学を受けた後に試験を受け、それに合格することで免許証が発行されるようになっている。当然、恭一郎も魔導車の運転免許証を取得している。もっとも、魔法の使えない恭一郎には、特殊車両扱いの自作魔導車限定での運転免許証だ。

 このようにして、魔導具にも使用するためには、国のお墨付きである免許証が必要だった。それは魔導具が使用されているヒュッケバイン改も例外ではなく、そこに使用されている革新的な技術も魔法院に登録され、最高レベルの機密事項として厳重に管理されている。

 この最高機密に属する情報は、それを登記した所有者、国の統治者たる魔王、国民より信任された行政府の長の全会一致がなければ、一般に公開されることは永遠にない。

 魔導具を開発する魔導士も、免許制となっている。国家試験によって魔導士の知識や技術の到達具合に合わせ、複数の階級が設定されている。魔法院からはその階級に合わせて、魔導具に関する様々な知識情報が提供されることになる。トイフェルラントにおける唯一の人間の魔導士である恭一郎も、魔導士として魔法院に登録して魔導具を開発する免許証を所持している。

 すでに最高の階級で諸々の条件がカウンターストップ状態となってしまっているのは、恭一郎が本当に世界を滅ぼせるだけの能力を備えてしまっていたためだ。よって今の恭一郎に魔法院で閲覧できない情報は、職員のプライベート情報程度となっている。

 このように厳重な管理をされている魔法と魔術及び魔導具は、国外への持ち出しに大きく制限が掛かっていた。これらのトイフェルラントが独占しているモノは、オディリアとの外交で強力無比な切り札となる。それを見す見す流出させることはできない。




 一通りの説明を受けたアイリスはしばらく悩んだ後、トイフェルラント赴任後に仕事道具として使うため、国外へ持ち出さないという条件で、恭一郎に購入してもらうことになった。

 その後も色々な露店を回り、その数日後にアイリスはオディリアへと帰国した。その両手には、お土産の詰まった大きなスーツケースがあった。関税機能が正式に働いていたら、相当額の税収が見込まれたかもしれない量だった。

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