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【蘇える凶鳥】

 ――トイフェルラント生活一一九二日目。




 オディリア統合軍の急進派と呼ばれる派閥によって強行された、オメガ残党の勢力下にある衛星ナディアへの降下作戦は、当初の予定だった橋頭堡の確保すら行えず、逆に壊滅的な被害を出していた。

 投入した戦力の半数を失って壊乱状態となった急進派の部隊は、総数二〇万以上もの大群を率いるオメガ残党軍の追撃を受けながら、オディリアへと絶望的な撤退戦を強いられていた。




 この急報が恭一郎にもたらされたのは、日付が代わる直前のことであった。

 トイフェルラントを独立国家として成立させ、婚約者のリオを統治者の魔王とした、恭一郎達にとって輝かしい記念日だった。

 同日にトイフェルラントと国交を樹立したオディリア共和国は、その日のうちに、トイフェルラントの顔に泥を塗ってしまうことになったのである。




     ◇◆◇◆




 天から降り注ぐ圧倒的多数の火の粉を払うべく、恭一郎は自宅地下の司令室へと向かった。

同行者は、数奇な運命によって一三歳にして二〇歳手前の身体を得てしまった、トイフェルラントの魔王リオ。父の源一郎の一〇代目の子孫にあたる、オディリア統合軍のハリエット上級特佐の二名である。

 司令室へ到着すると、すでに基地の主要メンバーが集まっていた。

 ミズキ、ハナ、ヒナ、マナ、ミナ、ラナ、リナ、セナの八名である。

 トイフェルラントの独立によって、自宅と融合していたオールド・レギオン第一〇五〇秘匿基地は、トイフェルラント近衛軍基地へと、その名称が変更された。

 基地の主管制人工知能しゅかんせいじんこうちのうで、SEYエスイーワイエフシリーズ、TYPEタイプ・ミズキは、『ミズキ・トウゴウ』へと、基地の名称変更を機に、恭一郎から送られた苗字を名乗ることにして、副司令の役職に就くことになった。

 ミズキの人工知能を簡易複製した、恭一郎支援用アンドロイドの七人姉妹もミズキにならい、トウゴウの姓を名乗り始めている。

 司令室に最近追加されたアルトアイヒェ製の会議卓に着席して、今後の行動を話し合う。ハリエットはオディリア側の駐在武官として、オディリア統合軍との連絡役を兼ねたオブザーバーとという立場で、この会議に出席している。

「まずは、改めて現状の報告を頼む」

 三年前から基地の司令官を曲がりなりにも務めている恭一郎が、ハリエットに説明を求めた。

 ハリエットは記録メディアをハナに手渡すと、全員に情報を共有するように口を開いた。

「今から六時間ほど前、急進派のナディア降下作戦が開始された。投入された戦力は、宇宙戦艦五〇、宇宙用CA五〇〇、宇宙用支援機一〇〇〇、工作艦やその他の非戦闘艦複数。そして、切り札となる宇宙用メサイアが二機。オメガの残党が根拠地としているヴェルヌ峡谷の裏側、ジェイルの海へと降下した。これが、その映像だ」

 ハナに渡された記録メディアに収められていた映像は、降下部隊の旗艦を務めているドルヒ級宇宙戦艦のカメラ映像だった。

 司令室の液晶テレビに映し出された映像は、臨戦態勢で作戦に臨む強襲揚陸部隊の後姿から始まった。すでに機動部隊の展開が終わっており、敵根拠地の裏側のためか、散発的な抵抗しか受けていないようだった。

「迎撃を受けているということは、部隊の存在は敵側も把握していたのか?」

「そのようだ。敵も味方もこの三年の間に、互いの情報を収集する態勢を十分に整えていた。急進派は敵の体制の不備を突こうとしたようだが、結果はこれだ」

 恭一郎の疑問に答えたハリエットの口調が、この後の展開を物語っていた。

 降下目標であるジェイルの海から、激しい攻撃が襲い掛かってきた。先行する強襲揚陸部隊が集中砲火に曝され、次々と爆発する。

 ジェイルの海には、旧トイフェリンで破壊したモノより巨大な拠点用防衛施設のエピタフが、五基も地下に隠されていた。その異様を現すと共に、圧倒的な火力をもって、先行する部隊を一方的に撃破してしまう。

 だが、これはまだ、序の口だった。

 作戦失敗の判断を下した指揮官は、直ちに撤退戦へと移行した。そこへ、ヴェルヌ峡谷から出撃したと思われる敵の強襲機が、前触れもなく襲い掛かってきた。

 単機で主力部隊の側面から襲い掛かってきた敵は、迎撃に向かった機動部隊の防衛線を容易に突破。撤退を開始している主力部隊の宇宙戦艦をたった一撃で、次々と沈めて行く。

 オディリア軍を圧倒する、目を見張るまでの機動力と攻撃力。そして、その詳細な姿を、カメラ映像が捉えた。それは、オディリアの切り札であるメサイアに酷似した、人型のシルエットを持っていた。

「敵方のメサイア、と呼ぶべき機体だな……?」

「我々は、先日のオメガの生み出したヘヴィーレッグ型の巨人機と共に、この敵機種を敵性模倣機動兵器てきせいもほうきどうへいき――『アビス』のコードネームで呼んている。今回、主力部隊を強襲したアビスは、私の蒼凰そうおうと同じ戦闘スタイルの、高機動高火力機だ」

 カメラに捉えられた敵の姿は、ハリエットの分析通りのモノだ。

 ミドルレッグタイプと思われる機体の各所に、高出力の姿勢制御機構が見受けられる。激しい弾幕の雨を自在に掻い潜り、目標に接近してから攻撃を行っているのだ。

 攻撃に用いられている武装は、ビーム兵器であることが判明している。威力も以前の戦闘で喪失した、バスターライフルに匹敵するようだ。しかも、最大三発だったバスターライフルとは違い、こちらはかなりの弾数を撃てるようだ。

 敵機の大きさこそ、先のオメガが使用した三〇メートルクラスの体高ではなく、メサイアと同じ一五メートルクラスだが、短時間の戦闘でこれほどのエネルギーを放出している動力源は、メサイアの光子エンジンの性能を上回っているだろう。

 そのような怪物兵器のビーム攻撃を近距離から直撃させられては、さしもの宇宙戦艦とて耐えられようもない。

「この後、二機のメサイアによる要撃を振り切ったアビスは、戦闘宙域から離脱した。それと入れ替わるように、ジェイルの海からバグの大集団が出撃。撤退する友軍を追撃しつつ、オディリアへと侵攻してきている」

 戦況は、かなりまずいことになっていた。敵と味方の一部が入り乱れている状況で、援護しようにも味方にまで攻撃が当たってしまうような、かなり酷い乱戦となっている。

 CAや支援機の機動部隊が善戦しているようだが、彼我ひがの物量差では到底勝ち目がない。

 このまま敵の大群が殺到し、オディリアへの軌道降下を始めようものなら、地上の被害は想像ができないレベルとなる。

「現在、大統領により非常事態が宣言され、投入可能な戦力が、衛星軌道上に集められている。それでも、敵の最終防衛ライン到達までの残り七二時間で、宇宙戦艦一〇、宇宙用CA一〇〇、宇宙用支援機二〇〇、の打ち上げが限界だ。そこでメサイアは別路、ナディア強襲用に試作されたトランス・ブースターで、大気圏内から直接宇宙へ上がる予定だ」

 オディリア統合軍のドルヒ級宇宙戦艦は、CAを五機、支援機を一〇機搭載して運用できる、全長三〇〇メートルの宇宙船だ。流線型の船体の後方の左右に飛行機の主翼のような小さな翼があり、大口径レーザー砲を上下に一門ずつ、左右で合計四基搭載している。

 この巨大な船を、たった一基のマスドライバーで衛星軌道にまで打ち上げているため、残り時間的に一〇隻が限界のようだ。

 メサイアの大気圏突破に用いられるトランス・ブースターは、恭一郎達が提供したプラズマエンジンの技術が使用された、複数のプラズマ式パルスロケットを結合させた、次世代型アサルト・ブースターだった。

 このトランス・ブースターをメサイアに取り付け、大型輸送機で高度一三〇〇〇メートルまで運ばれてから、ブースターの点火と同時に大型輸送機から切り離されて、宇宙へと上がることになる。

「五基あるトランス・ブースターのうちの一基は、恭一郎のために確保してある。取り付け作業は、最も近いしち番艦のピエニーで行うことになる。受け入れ態勢の整うのが一二〇分後となるので、遅くとも九〇分後までに、出撃準備を整えていてもらいたい。ピエニー到着後、ブースター取り付け作業に五時間、大型輸送機への搭載に作業に二時間、打ち上げ空域までの移動に三時間を予定している」

 一二時間を要する宇宙への準備工程を経て、敵の最終防衛ライン到達まで、残り約六〇時間となる。

 同時に宇宙へと上がった五機のメサイアは、そのままトランス・ブースターで敵部隊へと先行迎撃に向かうことになる。

 敵との接触は、それからさらに一二時間後だ。

 撤退中の友軍と、追撃中の敵集団の分断を図るのが、先行迎撃の目的だ。陣形さえ整えば、遠距離からの艦砲射撃で、五分の勝負に持ち込める。

 非常に困難な作戦だが、メサイア五機の戦闘能力をもってすれば、理論上は不可能ではない。




 出撃まで残り九〇分を切り、恭一郎と共に出撃するメンバーの選出となった。

 恭一郎専用のヴァンガード、ヒュッケバイン改のコクピットは従来の単座から、三人乗りの複座へと変更されている。そのため、コクピットにはタンデムのパイロットシートとガンナーシートがあり、オペレーターシートが、パイロットシートと背中合わせになっている。

 今回は恭一郎がパイロット、リオがガンナーに確定しているため、残るオペレーターの席を巡って、三名のアンドロイド姉妹が名乗りを上げた。

「わたしが行きます。激しい戦いが予想されますので、最も練度の高いわたしが適任です!」

「いいえ、わたしです。急進派の残存部隊を守りながら戦闘を行うのですから、敵の圧力に押し潰されないようにしなければなりません!」

「いやいや、わたしこそ適任です。敵戦力の分断がこの作戦の基本ですから、一気呵成に攻めるべきです!」

 長女で唯一の猫人びょうじん族型アンドロイドであるハナ、三女のマナ、五女のラナである。

 三名は戦闘用として調整されているアンドロイドであり、長女のハナには十分な実績がある。また、それぞれに得意な戦闘スタイルがあり、ハナは万能型、マナが防衛型、ラナが攻撃型と住み分けが成されている。

「ハナの戦闘経験は、確かに大きいですね」

「今回は、電撃的な戦闘能力が不可欠では?」

「人命優先で行きましょうよ!」

 一方、立候補しなかった次女のヒナ、四女のミナ、六女のリナは、支援用として調整されている姉妹達だ。ヒナは日常生活、ミナは外務、リナは内務を担当している。

「――ん……」

 末妹となる七女のセナは、他の姉達とは異なる調整を受けた、特殊なアンドロイドである。セナにのみ超小型のパワーパックが内蔵されていて、重水からエネルギーを得ている。それに加え、恭一郎が試作した電力から魔力を生み出す魔導具が組み込まれており、余剰の電気エネルギーから少量の魔力を生み出している。

 この魔導具が開発されたことにより、魔力から電力を生み出す魔導具を『E‐コンバーター』。電力から魔力を生み出す魔導具を『M‐コンバーター』。と、名付けられることとなった。

 セナは実験的な試みで制作されているため、人工知能の処理容量の大半が、パワーパックとM‐コンバーターの制御に割り当てられている。そのため、言葉や感情が乏しく、姉達と同じレベルで身体機能を発揮できないので、常に誰かの傍で行動を共にしている。

『この子たちはそう言っていますが、恭一郎さんの考えは?』

 姉妹達の生みの親であるミズキが、それぞれの意見が出たところで、恭一郎に決を促した。姉妹たち全員が、恭一郎のサポートをするために存在している。特に戦闘用の三名は、ここが大きな活躍の見せ場となる。

 そんな戦闘用三人娘に期待の眼差しを向けられ、恭一郎は腕を組んで目を閉じた。そして、それぞれの戦闘スタイルを脳内でシミュレートする。




 今回の作戦では、姉妹の意見はそれぞれ正しい。恭一郎と共に戦うに当たって、最も安定して戦うことが出来るのは、ハナをいて他にはいない。対オメガ戦でも、輝かしい実績を残している。

 急進派の自業自得とはいえ、彼等の救援のためには、素早く敵の大量撃破を行わなくてはならない。

 マナのような守備的な戦闘では、短期的な人的被害こそ少ないだろう。しかし、殲滅速度が遅くなるため、最終防衛ラインにまで敵を引き連れて行ってしまう危険がある。

 かといって、ラナのような攻撃一辺倒では、撤退中の急進派に余計な被害が出てしまう可能性がある。敵の分断時の乱戦では、敵味方の区別を行いながらの戦闘となるからだ。

 そのため、恭一郎と共に戦うのは、ハナを選択することが妥当だろう。

 だが、共にコクピットに乗り込むリオの存在が、ハナ一択の選択に待ったを掛けることになる。

 リオはトイフェルラント最強の魔法の使い手にして、世界で唯一の創世神の加護による奇跡の代行者だ。

 邪神すら跡形もなく消滅させる破邪聖浄はじゃせいじょうの神気を、場合によっては使用せざるを得ない状況に陥るかもしれない。特に、未知の部分が多いアビスと戦闘になった場合、リオの神気が切り札となる可能性がある。

 前回、神気を使ってオメガを撃破した後、搭乗していたトライリープのエアストは、神気の負荷で故障して動かなくなってしまった。損傷機のモジュールを繋ぎ合わせた機体であったとしても、この結果は重大な問題だ。

 宇宙空間で同様の事態に陥ると、地上とは比べ物にならない危険な状況となる。強烈な宇宙放射線や呼吸用酸素の残量など、真空の宇宙は生物の生存に厳しい環境だ。

 その危険を低くするために、一応の対策は成されている。

 ヒュッケバイン改には従来のシステムに加え、魔力・神気専用の伝達系が、新たに組み込まれている。これで神気を使用しても、専用の伝達系だけが故障する仕組みになっている。残念ながら、実機でのテストは、まだ行われていない。

 また、改型にはセナと同じ方式の大型M‐コンバーターが搭載されていて、魔力による機体性能の向上が図られている。セナにはこの魔導具の制御能力があるため、その性能を最大まで発揮できるようになっている。

 よって、恭一郎の出した結論は――。




「今回は、機体性能を限界まで発揮できるように、セナを指名する」

 戦闘用三人娘が、この世の終わりが来たかのように、司令室の会議卓の下に潜っていじけてしまった。自分達の領分を末妹に奪われてしまえば、この反応も仕方ないだろう。

 とはいえ、このままにしておくことはできない。銃後の守りを託すため、フォローは怠らない。

「ハナには、俺達の留守の間、トイフェルラントのことを頼みたい。ミズキ達と協力して、国を守っていてほしい。最強の傭兵としての実力で、リオの不在で跳ね上がりが出ないように、睨みを利かせておいてくれ」

「そういうことでしたら、今回はお留守番で我慢します」

 仕方がないといったていで、ハナが会議卓の下から出てきた。

「マナには、空港の管理を引き続きお願いしたい。いつでも俺達が着陸できるように、施設の維持管理を行っていてほしい」

「今回はお役に立てませんでしたが、地上から恭一郎さんの御武運をお祈りしています」

 会議卓の下から出てきたマナが、恭一郎の両手を握って、心配そうに見詰めてきた。

「ラナには、港の業務を託したい。オディリアからの船が入港するから、不正が起こらないように、水際で犯罪を阻止してもらいたい」

「暗くてジメジメしているのは嫌だけど、そこまで期待されると、それに応えないわけにはいかないですね」

 ちょっと嬉しそうに会議卓の下から出てきたラナが、恭一郎にもっと褒めて貰いたくて、身体をモジモジさせている。

『それでは、このメンバーで出撃します。総員、準備に掛かれ!』

「「「「「「了解!」」」」」」

 副司令の号令一下、留守番娘達が司令室から出て行った。それぞれが協力して、恭一郎達の出撃準備を整え始める。

「ということで、今回はよろしくな。期待してるぞ、セナ」

「--ん……!」

 セナの頭に手を置き、優しく撫でる恭一郎。セナは一言だけしか喋らなかったが、短過ぎる返答からは、気合が十分に伝わってきた。

「それでは私は、このメンバーでの出撃を本国へ伝えてくる。こちらも準備が整い次第、管制塔前で蒼凰に乗って待機しておく。くれぐれも、時間厳守で頼む」

 そうハリエットは言い残し、司令室から空港脇の駐在武官事務所へと向かった。

「恭一郎さん。敵は、二〇万以上の大群ですよね? 私達だけで、勝てるのでしょうか……?」

「勝てるさ。俺達が本気になれば、倒せない敵はいない。それに――」

 敵の圧倒的な数の暴力に、少し弱気になっているリオを勇気付ける。そして、恭一郎は黒い笑みを浮かべた。

「急進派とオディリアの連中に大きな貸しを作る、またとない機会だ。俺達の生活を脅かすとどうなるか、骨髄に入るまできっちりと刻み付けてやる……!」

 トイフェルラント復興のため、戦場から距離を置こうと必死に行動を起こしたものの、結果として戦場に立たねばならなくなってしまった恭一郎。今日までの苦労を無にされた恨みが、リオとの甘い時間を中断させられた怒りと合わさって、恭一郎の口から低い笑い声となって漏れ出ている。

「うわぁ……、本気で恭一郎さんが怒ってる。これじゃぁ、負ける要素が皆無だわ……」

 恭一郎の怒りに怯えるセナにしがみ付かれたリオは、今回の作戦の成功を確信した。




     ◇◆◇◆




 出撃準備の整った恭一郎は、パイロットスーツに着替えてガレージにいた。

 今回はオディリア統合軍から手に入れた、リオ用のパイロットスーツが実戦投入される。今度の戦場は機体の外が宇宙空間のため、最低限でも呼吸可能なパイロットスーツが必要だった。

 人間に変身したままのリオは、共に出撃するセナに着替えを手伝ってもらい、金色のラインの入ったパイロットスーツを身に纏っている。恭一郎の使う二重構造のモノでも、ハリエットの使うメサイア用の薄手のモノでもない、一般兵士用のモデルだ。恭一郎の着ているパイロットスーツのアンダースーツとアウタースーツの機能が、一つに統合されたモデルとなっている。

 ヘルメット等の付属品にも同様の金色のラインが入れられ、一目でリオのモノだと分かるようになっている。

 アンドロイドのセナは、真空の宇宙でも死ぬことはないため、リオのドレスアーマーを参考にした勝負服を身に纏っている。トレス部分は動き易いようにタイトなデザインとなり、基本色はシルバーグレー。アーマーのエッジ部分が、パーソナルカラーの虹色で差し色になっている。

 合流した出撃メンバーが、新しく生まれ変わったガレージの中を移動する。

 ヴァンガードを収容するために大規模に改装されたガレージは、天井までの高さが一五メートルから二五メートルへと拡張された。横幅は一〇〇メートルのままだが、奥行きは三〇メートルから六〇メートルに拡張されている。

 拡張されたガレージの約半分が、オディリア統合軍から提供を受けた製造設備に占められている。この設備を手に入れたことで、今まで頭を悩ませ続けていた機体の運用制限から、ようやく完全に解放されることになった。

 現在はヒュッケバイン改の製造が終り、エアストの強化・改造が行われている。その後は随時、姉妹達の専用機が製造される予定となっている。




 新しくなった、ヒュッケバインに乗り込む。正式名称は、ヒュッケバイン改良技術先行試験用量産型改修機。長い名称のため、単に改型と略されることもある。

 この機体は従来のヴァンガードのうなじ部分からの搭乗方式から、オールド・レギオンのCAと同じ頭部モジュールの仰向け式に変更され、緊急脱出機能が実装されている。

 出撃メンバーそれぞれが三席一体型管制モジュールのシートに着座すると、昇降アームによってコクピットの中へと引きこまれた。上部のハッチが閉まり、気密が保たれる。

 改型のコクピットは、三人乗りのために内部空間が拡張されていたが、やはり居住性は考慮されていない狭い造りのままだ。

 コクピット空間の拡張のため、胴体モジュールの内部構造が大きく見直され、小型武装の格納用カーゴ・ベイが廃止されている。

 先代のヒュッケバインからサルベージした光子エンジンは再建を諦め、これまでの研究で得られたデータから、主機は量子の揺らぎを利用して半永久的にエネルギーを取り出すことの可能な、試作型の量子エンジンへと転換された。

 量子テレポーテーションの技術に独自の魔力機関研究の理論を組み込み、基地とのデータリンクで座標の観測を行うことにより、基地のプラズマ動力炉から直接エネルギーが転送され続けるという、本物の半永久機関だ。

 補機には、最新型のプラズマエンジンを搭載した小型化されたパワーパックが採用され、余剰空間にM‐コンバーターが搭載されている。

 複数の動力源を得たヒュッケバイン改は、先代と同じミドルレッグの高いトータルバランスを保ちつつ、全ての性能が大きく強化されていた。

 装甲材には、通常のAK装甲と魔力障壁を何層にも薄く重ねあわせた、物理と魔法の特殊複合装甲が採用され、先代ヒュッケバインの三倍の耐久性を実現している。

 ゲージ・アブゾーバーも再設計され、防御性能が以前のモノより向上していた。

 機体各所に慣性を軽減するイナーシャル・キャンセラーの魔導具を配置したことにより、戦闘機動時の機体に掛かる負担が大幅に軽減され、強化処置を施していない恭一郎でも、機体性能を最大限に発揮できるようになった。その結果、機動性は従来機の常識を超えてしまっている。

 改型はカーゴ・ベイ廃止による火力の低下を避けるため、専用の武装が開発されている。

 両腕には、前腕装着型のプラズマブレードとプラズマライフルが一体化した、ガンブレード型複合武装の『グライフ』が装備され、装甲の三倍の厚さがあるグライフと同じ大きさのシールドによって守られている。

 両背には、装弾数を大幅に増加させた、砲身が折り畳み式のグレネードキャノンの『バシリスク』を装備。

 両肩のエクステンドには、ヴァンガード用に製作した補助アームが取り付けられ、連結合体機構を備えたレールガン/レールキャノンの『シームルグ』を懸架している。

 これらの重武装により、単機で従来機の数倍の火力を有している。

 さらに、大型化された頭部の先端にFCSを追加したことで、腕部と背部の武装をそれぞれ独立させて同時使用することが可能な、非常に高い打撃力を実現している。

 今回はこれに加えて、対多数戦闘用に追加オプションが増設されることになった。

 改型の機体モジュールには装甲の複数個所に、エクステンド用のコネクターが新規に増設されていた。オプションは、そのコネクターに接続されている。

 頭部には、左右の側面にバルカン砲が計二基。

 胴体には、正面に増加装甲。

 腕部には、左右の肩の前後にクラスターミサイルのランチャーが計四基。

 脚部には、腰部前方のスカートアーマーと下腿かたいの外側にマイクロミサイルのランチャーが計一〇基。腰部左右のスカートアーマーに魔力榴弾が計四基。腰部後方のスカートアーマーに重水のプロペラントタンクが計二基。

 以上の装備が追加され、不要になれば任意で除装パージされる仕組みとなっている。




 バケモノ火力の機動要塞と化している今のヒュッケバイン改は、重力下での歩行速度が人間並みになってしまっていた。積載重量がオプションの追加装備によって、脚部の安全規定値を超過してしまったためだ。

 もっとも、主戦場が宇宙の無重力空間なので、運用に然したる問題はない。

 機体を発進ゲートまで進ませ、背面のメイン・ブースターに火を入れる。力強い加速によって、ヒュッケバイン改は地上へと到達した。深夜の暗闇の中でブースターの噴射炎が瞬き、機体が谷の上まで飛翔する。

 谷の東側にあるマイン・トイフェル空港の第一滑走路に降り立つと、蒼凰に乗ったハリエットが合流してきた。これから三〇分ほど飛行して、箱舟級大都市艦漆番艦のピエニーまで、ハリエットが水先案内を務めてくれることになる。

『準備を整えろとは言ったが、恭一郎の機体はもはや、私達のメサイアとは別物だな』

 常識外れの重武装をしている機体に驚き、ハリエットが驚きと呆れの混ざった通信を送ってきた。

「属する組織の運用思想の違いだろう。もっとも、実践テストを兼ねた試作品ばかりだから、どの程度で壊れるかも不明だがな」

 オディリアとトイフェルラントでは、根本的に兵器の運用思想が異なっている。

 オディリアでは、大規模な戦力を一定の水準で維持するため、保有する戦力は整備や補給等のランニングコストを抑えるために、極力簡素で規格に沿った、経済的で現実的な範囲の運用が求められている。その代表例が、量産型CAのガーディアンだ。

 切り札であるメサイアも、程度の差こそあるが、基本的に効率を求める運用思想の下で配備されている。

 一方のトイフェルラントでは、そもそもが非武装に近い状態の国だった。そしてほぼ唯一の戦力が、近衛軍基地に所属する戦闘部隊である。

 現状はヴァンガード一機、強化・改造中の小型CA一機、戦闘用アンドロイド三姉妹だけとなる。

 統合軍から入手した量産型CAは、分解・研究された末に資材にされ、ヒュッケバイン改の土台となっている。ヴァンガード急造のからくりは、量産型がベース機としているからだった。とはいえ、見た目は全くの別物なので、事情を知らなければ誰も気付かないだろう。

 ちなみに基地の運用能力にはまだ余裕はあるものの、CAの中隊規模である一五機程度までしか支えきれない。

 純粋なトイフェルラントの戦力は魔王のリオだけであり、他の亜人達は、武装したオディリアの兵士にすら手も足も出ない状態だ。

 そのため、持てる力を一点に集中させることで、一機単位当たりの戦力の向上が図られているのだ。結果として、採算度返しの恭一郎専用機が完成している。

 一点豪華主義に通じるモノがあるが、現実的にはこれが精一杯の妥協の産物でもある。

 ともかく、蘇えったヒュッケバインが歴史に残る常花とこはなとなるか、残念な徒花あだばなとなるかは、この一戦の結果次第となる。


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