【オディリアの歪み】
――トイフェルラント生活一二二二日目。
昨日の内に呼び寄せたリオにたらふく食事を食べさせ、夜陰に乗じて幽霊と合流させた。そのままハリエットの収容されているアレスの屋敷へ向かわせて、潜入のタイミングを待つことになった。
夜が明け、恭一郎はデージーのオディリア統合軍基地を訪れて、陽動作戦となる模擬戦闘を行うことになった。トイフェルラント復興で世話になったから、などとそれっぽい理由を付けて、輸送機の離陸時刻までヒュッケバイン改を用いた、対アビス戦を想定した訓練を提案しておいたのだ。
デージー駐留部隊の反応は、恭一郎の思惑通りにアグレッサー役をお願いするというモノだった。
◇◆◇◆
早朝の軍用滑走路の脇。朝日を全身に浴びるミッドナイトブルーのヒュッケバイン改には、恭一郎一人が乗り込んでいた。
機体性能を最大まで発揮するためには、オペレーターシートにミナとラナのどちらかを乗せる必要がある。だが、今回はあくまでも模擬戦闘であるため、量産機のガーディアン相手では丁度いいハンディキャップだった。
先ずは手始めに、三機で構成される一個小隊と模擬戦を行う。互いに腕に装備した模擬戦用の武装のみで戦い、撃墜判定された時点で終了となる。
量産機のガーディアンは、トータルバランスの良好な機体である。本来のオールド・レギオンのような同一カテゴリーに複数のバリエーションがラインナップされている訳ではなかったが、搭乗者のスタイルに合わせた柔軟性は損なわれてはいない。
恭一郎の最初の相手は、全く同じ機体構成をした、ヘヴィーレッグの三機だった。三機は相手を惑わすように機体を交差させながら、恭一郎へと迫ってきた。先頭の機体からの射撃を躱し、続く射撃も余裕で見切る。
機体に圧倒的な性能差があるため、攻撃の手数で反撃の隙を与えないようにする作戦で挑んできているようだ。恭一郎になかなか的を絞らせない連携は、彼等の高い操縦技術の証明だろう。
だが、アビスには、ドルヒ級宇宙戦艦を一撃で沈めるビーム兵器が装備されている。そのため、三機が密集する位置へ射撃を行うことで、この三機は撃墜の判定を受けてしまった。
その後も数回、小隊規模での模擬戦が繰り返されたが、結果はアグレッサーの全勝だった。やはり、少数の量産機では、アビスのような強敵との戦闘は荷が勝ち過ぎている。
仕切り直して、中隊規模の一五機が、同時に模擬戦闘を開始する。さすがに数が多くなったため、恭一郎も防戦主体から攻勢主体へと、戦闘スタイルを切り替えた。初手からビームを集団の中に撃ち込み、散開した相手を各個に撃破する。
数をこなしていくうちに、多少の被弾判定を受けることになったが、模擬戦闘の結果はアグレッサーの圧勝だった。健闘はしているのだが、やはりアビス相手では分が悪い。
今度は大隊規模で、五〇機との大規模な訓練となった。さすがにこの数では多勢に無勢で、そこには数の暴力があった。狙いを付けずにビームで複数の量産機を行動不能に追い込むことができたのだが、全方向から群がる量産機に膾切りにされてしまう。数機程度ならば格闘戦の苦手な恭一郎でも対応できるが、如何せん数が多過ぎる。結果は善戦空しく、アグレッサーの初黒星となった。
「オディリアに兵あり。お友達になっておいて正解だった」
恭一郎は素直に敗北を認め、模擬戦に参加した兵士達を心から称賛した。それほどまでに、彼等の連携は素晴らしかったからだ。味方の半数以上を犠牲にしたうえでの勝利であったが、指揮官機を潰されても統率を乱さない戦い振りは、恭一郎の彼等に対する評価を上方修正させることに十分な感銘を与えていた。
負け惜しみではないが、フルメンバーが搭乗したヒュッケバイン改が本気になれば、例え最新鋭のインベーダーの二個大隊が相手でも、グライフの乱れ撃ちだけで秒殺することが可能だ。極端な話、メサイアの小隊規模までなら、余力を残したまま勝利することができるアドバンテージがある。
ともあれ、今回は恭一郎の完敗である。実際に戦ったアビスは、もっと容赦のない相手だったことを注意喚起し、彼等に勝って兜の緒を締めさせていると、何者かが通信に割り込んできた。
『英雄様も、大したことないんだな』
不遜な発言は、格納庫から出てきた赤茶の機体から発せられていた。その瞬間に、恭一郎の口角が上がる。
「君は確か、アレスだったか?」
『アレス・バストロールだ』
この模擬戦闘の本来の目的は、アレスをこの場に引っ張り出すことにあった。このアレスという人物は、短気で短慮で独善的な男だ。本来ならば社会不適合者の領域に生息する野蛮人なのだが、メサイアへの適性が非常に高かったことで、現在の地位を得ている。
全てがハリエットの対極にあるアレスは、事もあろうにハリエットの婚姻候補の筆頭になっていた。アレス本人もそのことを普段から鼻に掛けていて、ハリエットのことを自分の装飾品の一つであるかのように振舞っている。
大統領の警護に抜擢されるほどの実力を持っているため、実力が幅を利かせるオディリアでは、この無頼漢を掣肘することのできる人物がほとんど存在しない。そのような気に食わない存在は、アレスが実力を持って叩き潰してきたからだ。
まるで自分の所有物であるかのようなハリエットの周囲に、突然現れて身辺を騒がせているのが、恭一郎だ。いくら誘いを掛けても靡かなかったハリエットが、嬉々として恭一郎達と行動を共にしていることが、アレスにとっては不愉快極まる出来事だった。トイフェルラントへシズマが初上陸した時にアレスから放たれていたプレッシャーは、その歪んだ独占欲が原因だったようだ。
そんなアレスの気に食わない人物が、自分の近くでアレスの得意なCAに乗って模擬戦をしていれば、己の実力を知らしめて優位を示そうと考えるのは、ごく自然な流れだ。そして、恭一郎の誘いに、アレスは見事に掛かったのである。
「そのアレスさんが、メサイアまで持ち出して、私に何か御用ですか?」
敢えて眼中にない相手への対応をすると、自尊心の高いアレスは、恭一郎の術中の深みに嵌って行く。
『俺と勝負しろ、英雄!』
「君と、この私が? なぜ、勝負することになる?」
『実力も無い奴が目の前をうろちょろすると、俺が迷惑するんだよ! だから互いに白黒つけて、俺の前から消えてもらうからに決まっているだろうが!』
「一方的な物言いだな。私には、君との勝負を受ける理由がない。彼等との模擬戦の邪魔だ。この場から消えるのは、むしろ君の方だ」
恭一郎は努めて冷静に、アレスのことを相手にしなかった。それがアレスの怒りの導火線に火を付ける行為であるから、相手を先に激発させて、正当防衛のために布石としている。
『グダグダ言ってねぇで、俺と戦いやがれ!』
アレスが己の機体を、一方的に突撃させてきた。アレスの乗るライトレッグのヴェルセルクは、斧のような刃の付いた槍のポール・アックスを両手で持ち、左右の背と肩に装備した追加ブースターから炎を上げながら、高速格闘戦を仕掛けてきた。
模擬戦用の武装ではなく、刃を落していない本物の得物で襲い掛かってきたことを確認した恭一郎は、正当防衛の大義名分を得た。
『真っ二つに成りなぁ!』
一気に間合いを詰めたヴェルセルクが重量の乗ったポール・アックスで、ヒュッケバイン改の胴体に切り掛かった。ゲージ・アブゾーバーが突破され、左肩付近の胴体の装甲に、ポール・アックスの刃が音を立てて減り込んだ。
無抵抗のままにポール・アックスの一撃を受けたヒュッケバイン改の姿に、その場に居合わせた多くの者の時間が静止する。ただ一人、恭一郎を除いて。
「なかなかの一撃だ。それで、何を『真っ二つ』にしようとしたんだ?」
物理装甲と魔力障壁を重ね合わせた特殊複合装甲によって、アレスの必殺の一撃が阻まれていた。それでも、準備万端整えていた装甲が、もう少しで貫通されるところだった。陽動に必要な演出だったとはいえ、肝が十二分に冷える一撃だ。
『馬鹿な!?』
「馬鹿は、君だ!」
両腕のグライフから生み出したプラズマの刃で、攻撃直後のヴェルセルクを切り裂く。両肩のコネクターを切り裂き、棒立ちになったヴェルセルクを蹴り飛ばす。
「この場に魔王陛下がいなくて、命拾いしたな。今の攻撃で君は、確実に機体ごと消滅させられていたぞ」
胴体に突き刺さっていたポール・アックスを排除して、今度は恭一郎がポール・アックスをアレスに向けて突き付けた。
『畜生がぁ! おかしなメサイアに乗りやがって!』
「勝手な思い違いで、負け惜しみを言うな。この機体は、メサイアではない。ヴァンガードだ。機体に性能差があって、当然だろう」
良い機会だったので、この場でメサイアとの差別化を明確にしておくことにした。量産機とメサイアのように、メサイアとヴァンガードにも、明確な差が存在するからだ。
「それはともかく、このまま君を無罪放免にしてしまうと、国と魔王陛下の名誉に傷が付いてしまう。かといって、このまま手打ちにしてしまうと、外交問題となってしまうな……」
この場にいる全員を巻き込むようにして、恭一郎の次の一手が放たれる。
「彼は機体の性能差に不満がおありのようだから、ここはひとつ、互いにガーディアンに乗り換えて、模擬戦闘で決着を付けるとしようか? それなら、同じ土俵に上がったことになるだろう?」
この提案に異議を唱える者は現れず、双方が模擬戦用の機体を用意する運びとなった。
◇◆◇◆
アレスとの模擬戦闘に先立って、損傷したヒュッケバイン改を帰りの輸送機に移動させていたところ、別働隊として動いていたリオから、魔法で連絡が入ってきた。どうやらアレスの屋敷に潜入を果たし、無事にハリエットの身柄を確保したようだ。これから脱出を行うため、恭一郎に合図を求めてきたのだ。
今回の潜入奪還作戦は、デヴァステーターに乗ったリオとジェラルドとマクシミリアンの三名で、恭一郎が陽動を行っている隙に実行された。次元潜航して姿を消したデヴァステーターでアレスの敷地に侵入し、潜入するリオとジェラルドを邸内へと送り込む。敷地のセキュリティーなどを調べ上げたジェラルドに誘導され、リオがハリエットの身柄の確保に当たった。
地下室に運び込まれていたハリエットの発見後、ジェラルド達が敷地内からの脱出するのを待ってから、リオの魔法でハリエットと一緒に恭一郎の所へと跳躍する手筈となっている。
リオはこの日のために、自分と同程度の質量を同時に跳躍できるよう、空間跳躍の魔法をレベルアップさせてくれていた。そして、恭一郎の合図と共に、リオがハリエットを伴って、ヒュッケバイン改のコクピットの中へ脱出してきた。
ペイシェントガウンを着せられた昏睡するハリエットを優しく抱き抱え、ガンナーシートに空間跳躍してきたリオは、治癒魔法を使い続けていた。生命活動を維持するための機械を取り外しているため、治癒魔法を使って命を繋いでいる状態だ。
「ハティーの容体は?」
「良くありません。治癒魔法で回復させた脳細胞が、再び崩壊していっているみたいです。やはり通常の手段では、手遅れのようです」
幾度も恭一郎の命の危機を救っていた治癒魔法も、万能ではなかった。壊れた脳細胞の再生は可能だったが、脳細胞の崩壊現象は治癒させられなかった。特殊な薬剤とナノマシンによって引き起こされる現象には、生物学的治療の範囲外だったようだ。
「やはり、『アレ』に賭けるしかないか……」
「好きになさってください。私も、このまま中途半端なお別れは、本意ではありませんから」
ハリエットの救出に際して、恭一郎とリオは事前に取り決めを行っていた。ハリエットが通常の手段で救えなかった場合、創世神の加護で再生を試みるというものだ。
創世神の加護を受けた奇跡の代行者であるリオの場合、互いへの愛を確かめ合ったことで、再び命を落とした後に生まれ変わることができた。この時、互いに愛し合うという行動が、創世神の加護の対象となる連理の証となった。
連理の証を得るための選定には、恭一郎に対する感情が大きな鍵となる。それは、恭一郎を慕う気持だ。この慕うという感情が、恭一郎からも向けられることで、そこに奇跡の力が生み出される素地が完成する。
恭一郎とリオの間には、今後の人生の伴侶として、慕い合う愛の感情が存在する。実はここが、連理の選定の重要な点だった。
恭一郎とハリエットの間には、広義の解釈で親戚の間柄が存在する。そこを都合よく拡大解釈することで、義理の兄妹としての間柄と言い換える。義理とはいえ兄妹であれば、そこには家族としての愛が生まれる。つまり、家族として慕い合う関係が構築できる。という屁理屈だ。
完全に論理の飛躍した無理筋だが、少なくとも恭一郎にとって、ハリエットはドジっ子で可愛い妹分だ。ハリエットの恭一郎に対する感情如何では、本当の義理の妹になれるかもしれない。そうすれば、奇跡の介在する余地が生み出されるかもしれないのだ。
これは、そういう賭けだ。
「済まない。もうひと踏ん張り頼む」
「最後まで付き合いますから、悔いの無いように決着を付けてくださいね」
リオが治癒魔法の効果を高め、脳細胞の崩壊現象を上回る再生状態に移行する。異常な治癒の力は、過ぎたるは及ばざるがごとしである。この状態を長時間続けると、ハリエットの脳以外にも深刻な異常を来たしかねない。
恭一郎は連理の選定を迫るべく、ハリエットの意識を黄泉平坂から呼び戻した。
「起きろ、ハティー!」
恭一郎がハリエットの頬を抓ったり引っ張ったりして、意識の覚醒を促す。時間が限られている状況のため、少々荒っぽく扱っている。
「おにいちゃん、だぁれ? ハティーにごよう?」
目覚めたハリエットの様子がおかしい。普段は努めて凛としているのだが、この反応は幼い幼児のようだ。
『脳細胞の崩壊した影響で、再生した部分の記憶が繋がっていないのかもしれません』
場を混乱させないように配慮したリオが、恭一郎にだけ魔法で話し掛けてきた。以前の恭一郎も、身体の一部を再生させた際に、上手く動かせなかったことがあった。それと同じ現象が起こっているのかもしれない。
「こんにちは、ハティー。気分はどうだい?」
リオを助けた場面を再現するようにして、恭一郎は優しく幼児化したハリエットに向き合う。
「すこし、あたまがボーっとする。からだもだるいよ」
苦しんでいる状態ではないようで、ひとまず安心だ。
「ハティーは病気になっちゃっているから、今は我慢してね」
「ハティー、わるいびょうきなの?」
「大丈夫。もうすぐ良くなるはずだから、安心して良いよ」
「うん。わかった」
ハリエットから無垢な笑顔を向けられた恭一郎は、純粋な少女をたぶらかしているような気分になって、心が酷く痛んだ。しかし、ハリエットを助けるために必要な行為ならば、例え後で恨まれようとも、手段は選ばない覚悟を決めている。
「ハティーね、パァパとマァマとバァバといっしょにね、ニィニをさがしていたの。みんなしんじゃったはずなのに、ニィニだけどこかでまいごになっちゃったんだって」
「それは大変だね。それで、ハティーのニィニは見つかったのかな?」
「わかんない。さがしてるとちゅうでね、ハティーもまいごになっちゃったから。それでね、ハティーがきづいたらね、ここにいたの」
ハリエットの言葉が臨死体験のことを語っているのだとしたら、死んだ家族と一緒にあの世へと行きかねない、極めて危険な状態だったようだ。
「ねえ、ハティーもしんだら、またみんなといっしょになれるかな? だいすきなパァパとマァマとバァバとニィニといっしょになれるかな? もうひとりは、さみしいよ……!」
これは、かなりまずい。ハリエットの心は、死者の魂に引き摺られてしまっている。このままでは上手く命を取り留めたとしても、ハリエットの人生が悲しみに沈んだままになってしまう。それはあまりにも不憫だ。
「ハティー。君は、独りなんかじゃないよ。ハティーには、ハティーのことが大好きな人達が、いっぱいいるんだ」
悲しみに支配されたハリエットの心に、共に寄り添う存在がいることを語り掛ける。何かと問題のある人物ばかりではあるが、シズマやアイリスを代表するハリエットのシンパは、ハリエットのことを家族のように愛している。多少の行き過ぎは別問題としても、彼等はハリエットのことを護るべく暗躍していた。
「ほんとう?」
「ああ。本当さ。だって、お兄さんも、ハティーを抱き締めているお姉さんも、ハティーのことが大好きなんだから」
『ちょっと、なんで私まで巻き込むんですか!? ライバルに塩を送るような趣味はありませんよ!』
(張り合いのある喧嘩相手がいなくなって、つまらなそうにしていたくせに、何を今更)
『ちょっ、ナンの事を言ってるんですかね、この雄は!?』
(魔法で繋がっていなくたって、俺はリオのことをちゃんと見ているからな。たまに視線が、駐在武官事務所の方向に流れていたぞ。本当に、リオは優しくて素敵な雌だよな)
『くぅっ……! 帰ったら、覚悟してもらいますよ! 私が満足するまで、モフらせ続けますからね!』
帰国した恭一郎には、リオの用意したボーナスステージが待っているらしい。これは健全な意味で、昂ってしまう展開だ。混雑種であるリオには、普段から撫でている頭部だけでも、頭髪、耳、角などの撫でモフポイントがある。翼や尻尾も最高で、翼はしっとりふわふわ、尻尾は艶々滑々(つやつやすべすべ)だ。ゲノムシフトで変身すれば、もっと多くの極上ポイントに出会うことができる。
リオにとっても貴重なスキンシップであるため、互いの視線が絡み合う。自然とその表情は、慈しみ合う優しいモノとなる。
そんな表情で無言の会話を交わす二人の様子を、幼児化したハリエットが不思議そうに見ていた。
「おねえちゃんも、ハティーのことすき?」
いつぞやのリオのように、ハリエットから上目使いの不安な視線が、リオの心にも突き刺さる。リオと出会った当時の恭一郎の気分を、とくと味わうがよい。
「そ、そ、そうね。このお兄ちゃんには勝てないけど、ハティーとは仲良しになりたい、かな?」
「素直になれ、ツンデレめ」
「ツンデレって、恭一郎さん!?」
ハリエットの前で、バカップルがいちゃついていた。その光景をしばらく眺めていたハリエットが、楽しそうな表情で静かに泣き出し始める。さしものバカップルも、この事態には慌てふためいた。
「ハティーも、おにいちゃんやおねえちゃんみたいに、またかぞくでわらえるのかな? もうハティーしかいないけど、そんなふうにできるかな?」
この場にいる全員が、家族に対する愛情に飢えていた。恭一郎は、己が命と引き換えに子を産んだ、母の愛。リオは、家族によって人買いに売られたことで失った、無償の愛。ハリエットは、オメガによって唐突に奪われた、家族の愛。
「簡単なことだよ、ハティー。もう一度、家族を作ればいいんだよ。お兄さんとお姉さんが、ハティーのお兄さんとお姉さんになればいいんだ」
「ハティーの、あたらしいかぞく? ハティーのかぞくに、なってくれるの?」
「お兄さん達じゃ、ダメかな? ハティーと一緒に、楽しい家族を作りたいな」
例え、連理の選定が通らなくとも、このままハリエットを孤独の海で揺蕩わせておくわけにはいかない。せめて最後だけでも、紛い物でも温かな家族の愛に包まれながら、幸せな形で最期を迎えさせてあげたい。それが、恭一郎に出来ることの全てだ。
リオの『悔いの無いように』という言葉は、最悪の場合のハリエットに対してのモノだ。事に臨む恭一郎に対して、ハリエットの心だけでも救って見せろと、そう発破を掛けていたのだ。
そして、恭一郎の想いは、ここに叶った。
「なって! ハティーのニィニと、ネェネになって! ハティーはね、かぞくがほしいの! もう、ひとりはいやなの! さみしいのは、いやなのぉ!」
「それじゃあ、今からハティーは、お兄ちゃんとお姉ちゃんの義妹だ」
恭一郎とハリエットが互いを家族として認識した直後、狭いヒュッケバイン改のコクピットの中に、奇跡が起こった。ハリエットの身体から七色の神気が溢れ出し、モデルのような細い身体から、異物が排出されたのだ。
それは、今までの強化手術でハリエットの中に移植された、メサイアを動かすための人工物だった。排出された人工物は、ハリエットの身体を構成するあらゆるところの代替物となっていた。その比率は、生体部品の使われているヒナ以降の姉妹達よりも多い。ここまで多いと、サイボーグと呼んでも差し支えないだろう。
人体にあるべき本来の器官を取り戻したハリエットは、脳細胞の連鎖崩壊も無くなり、一人の人間の女の子として生まれ変わった。残酷な未来から救い出されたハリエットは、安らかな寝息を立てながら、リオの胸に抱かれている。幸せな眠りの中で、これからの明るい未来に期待を膨らませているかのようなその寝顔に、恭一郎とリオも安堵の笑みがこぼれた。




