【怨讐に囚われた者達】
恭一郎は急ぎ、地下の司令室へと向かった。ミズキや他の姉妹達にも警戒を促し、急進派の凶行に備えるためだ。念のため、修理中のヒュッケバイン改にも、緊急出撃の準備をさせる。
それとほぼ同時に、シズマからのホットラインが入った。
『恭一郎君。緊急事態だ。壱番艦のチェリーが、予定にない航路を進み始めた。予想進路は、トイフェルラント南岸地域一帯だ』
実質的にチェリーは、急進派の掌中にあるという話だ。言わば、急進派の根拠地が、トイフェルラントへ接近しつつあるということだ。凶人母娘の行動は、計画的に恭一郎の力を捕り込む周到さを感じる。
「実はこちらも、緊急事態です。『急進派に鞍替えしろ。さもないと、谷の周辺に被害が出るぞ』と、イスカ・ルーに言われたので、身柄を拘束したところです」
『後手に回ってしまったな。こちらには、すぐに動かせる部隊がない。ナディア方面の監視で、手一杯な状態だ』
「恐らく急進派は、向こうが設定した回答期限が過ぎる約七分後に、何らかの行動を起こすものと考えられます。自らの危険も顧みないでいるようですから、広範囲に被害の出る破壊行動を行うモノと考えています」
『事ここに至っては、恭一郎君達に全てを委ねるしかない。いかなる手段を用いてでも、必ず急進派の凶行を跳ね除けてくれ』
「初めから、そのつもりです。敵は必ず殲滅します。それが例え、同じ人間やトイフェルラントの国民であっても……」
シズマとのホットラインを切り、恭一郎はガレージに向かう。私服のまま改型のコクピットに入り、パイロットシートにシートベルトで身体を固定する。ヘルメットを被り、紐で顎に留めておく。
補機の小型パワーパックと主機の量子エンジンを回し、機体を起動させる。先の長時間戦闘で機体と装備に負荷が掛かっていたため、現在は左腕が完全に外された状態だ。武装は右腕のグライフのみで、先程修理が完了したばかりという有様だ。
「わたしは、オペレーターシートに座ります」
急ぎ空港から戻ってきたマナが、恭一郎と背中合わせのオペレーターシートに着座した。防衛戦闘に秀でた調整をされているマナは、不意の敵襲等が想定される事態に力を発揮する。
◇◆◇◆
急進派の指定した時刻の一分前に緊急出撃した恭一郎は、上空で警戒待機していたリオと合流し、背中合わせになって周囲を警戒する。
夜の帳の降りたトイフェルラントは、暗闇の中にあった。足元には谷の周辺の灯火が瞬いていて、そこに人々の暮らしがあることを感じさせる。
しかし、内陸部方向には明かりが乏しく、新王都の僅かな明かりだけが、機体のセンサーで増幅されて確認ができているだけとなっている。
夜陰に乗じて行われる攻撃といえば、代表的なモノが夜間爆撃だ。地球では、レーダーに映り難いステルス航空機によって、敵の主要施設が集中的に狙われることになる。
幸いにして、こちらには不可視化状態の敵機を発見することの可能なリオがいるため、航空機はトイフェルラントへ接近する途中で捕捉することが可能だ。
現にリオは、水平線までの目視可能な領域の索敵を、魔法で断続的に繰り返している。これならば、低空から侵入する巡航ミサイルも迎撃可能だ。
問題は、長距離から放物線で飛んでくる攻撃だ。特に、ICBMだと厄介だ。迎撃の難しい超高空で複数の子弾が放たれるタイプだと、降り注いでくる弾頭の全てを迎撃しなければならなくなる。
『回答期限の一〇分を経過』
「周囲に脅威目標、発見できず」
ミズキとマナが、レーダーやセンサーで索敵を行っている。今のところ、攻撃の兆候は捉えられていない。
『静かですね。不気味なほどに、敵の気配がありません』
臨戦態勢のリオが、心情を吐露する。遠距離からの攻撃に備え、遠距離迎撃用に魔力を高めている。だが、迎撃すべき標的が一向に現れないため、高めた魔力の管理しかすることがない。
(オディリアの指揮下から離脱したチェリーが、こちらへ進路を変更している。完全にはったりということはないだろう。何らかの方法でこちらに被害を与え、チェリーの通常戦力で谷の周辺を制圧するつもりだと考えられる)
『そう簡単に、私達のお家を制圧はさせませんよ!』
(確かに、普通に考えたら、難しいだろうな。だが、チェリーの保有する戦力の半数以上が死兵となって捨て身で襲い掛かってきたら、リオもただでは済まないはずだ。最悪の場合、双子まで敵に回れば、谷は全滅するかもしれない)
恭一郎が最も警戒しているのは、カレンとカリムの双子が、敵となって参戦することだ。
単機で戦術級の戦闘能力を誇るメサイアが、絶妙なコンビネーションで二機同時に襲ってきたら、回復中の改型では勝ち目がない。例え万全の状態でも、相当の被害が出ることになるだろう。
幸いなことに現在双子は、宛がわれた駐在武官事務所の部屋で休んでいる。機体の方も少し離れた格納庫の中で、歩哨に守られて保管されている。もしもの場合は、格納庫にグライフを撃ち込んで、機体を破壊することになる。
そこへ、ヒナから通信が入った。
『ミヒャエル大使より、連絡が入りました。低軌道で修理作業を行っていた降下部隊の残存艦四隻が、軌道を外れて大気圏に突入を開始したそうです。予測落下ポイントは、ウルカバレー近辺とのこと』
「本命は、宇宙か! 迎撃するには、火力が厳しいか!?」
宇宙戦艦が大気圏へ突入するにあたり、オディリアの自転に合わせて大気との摩擦を減らすことになり、西から南の方角から、トイフェルラントへ落下してくるものと考えられる。
推進装置を失っていたメセルとは違い、この四隻の推進装置は健在だ。艦に対して翼の面積が小さいため、揚力を得ての飛行は望めない。だが、大気圏突破後に加速して、ウルカバレー周辺に衝突させることは可能だ。
加速によって質量を増した宇宙戦艦が谷の周辺に落下すれば、そこで生み出されるエネルギーは、小天体の落下に相当するだろう。
落下時の衝撃波、落下によって飛散する土砂や宇宙戦艦の破片。
例え自宅に直撃されなくとも、被害範囲内にある谷は、人や建物に甚大な被害が出る。そうなってしまっては、トイフェルラント復興の致命傷になってしまうかもしれない。
攻撃の正体が解ったのだが、迎撃は困難だ。迎撃に最適なレールキャノンのシームルグは、完全に解体されて改装中だ。そのため、超遠距離から狙撃で宇宙戦艦を撃沈することはできない。
グライフの射程は、大気圏内ではプラズマの減衰率が高いため、とても狙撃には使えない。宇宙戦艦を沈めるには、接近してから最大出力での一撃を見舞う必要がある。
高速で滑空する宇宙戦艦を沈めるには、右腕のグライフだけでは一隻が関の山だ。運が良ければ、もう一隻は沈められるだろう。残りは、リオに託すことになる。
そのリオだが、魔法による遠距離攻撃が、少々不得手だった。螺旋砲のような遠距離攻撃用の魔法は使えるが、これはあくまでも地上での有視界戦闘用のモノだ。高速で接近する目標を、正確に撃ち抜くための魔法ではない。
超遠距離での命中率は極めて低く、有効射程内では谷への被害が完全に防げない。こちらから迎撃に出ようにも、突入軌道を途中で修正されて回避されてしまっては、リオの飛行速度では追い付くことが不可能だ。
確実に迎撃するプランが組み上がらない。どうしても、谷へ被害が出てしまう可能性が高い結果しか、恭一郎は導き出すことが出来なかった。
「仕方ない。迎撃は諦めるか」
よって恭一郎は、迎撃をあっさりと諦めた。そして、方針を真逆に切り替えた。
「リオ! 統一言語の魔法を、もう一段階強力なモノにしろ! 俺のイメージと同調して、魔力障壁を全力で張るんだ!」
『了解!』
機体の背後に浮遊しているリオから、魔力の津波が押し寄せてきた。
その瞬間、ハリエットと意識が繋がった時よりも、遥かに心温まる感情が、恭一郎の中を満たした。
それは、圧倒的な多幸感だった。春の麗らかな日差しの下で、畑を耕して種を蒔くような、未来の豊かな実りを想う、恭一郎の求めて止まない平和な日常の温度だ。リオの恭一郎に対する全幅の信頼が、そんな日常の中に清涼な一陣の風となって、優しく吹き抜けて行く。
いずれ手に入れるであろうこの日常を護るため、恭一郎はリオに魔力障壁のイメージを伝えた。
リオと認識を共有した恭一郎は、機体を上昇させてから、西へと飛んだ。背面のストレ・ブースターを噴射させ、速度を上げながら上昇する。イナーシャルキャンセラーが機能しているとはいえ、パイロットスーツの補助無しでは、視界が僅かに暗くなる。軽度のブラックアウト現象だ。
「ヒナより、詳細なデータが送られてきました。トイフェルラント到達まで、およそ三〇〇秒。侵入座標は、二〇二度の方向」
北を起点として、時計回りに角度を表記すると、南は一八〇となる。そこから二二だけ進んだ方角から、宇宙戦艦は突っ込んでくるようだ。
「ほぼ南南西の方角か! このまま加速して、侵入コースに回り込む!」
左方向へ大きく弧を描きながら、機体を南南西からトイフェルラントへ至る軌道に乗せる。程なくして、予測通りに四隻の宇宙戦艦が、推進装置から炎を吐き出しながら突っ込んできた。
同方向へ高速で移動しながら、上空を高速で追い抜いて行く宇宙戦艦に、グライフの照準を合わせる。狙いは、艦尾の推進装置のみ。四隻全てを轟沈させる時間的余裕がないため、攻撃は最低限に止めて、推進装置だけを破壊するのだ。
恭一郎が、グライフを四斉射する。放たれたプラズマの弾丸が、推進装置を正確に撃ち抜いた。推進力を失った宇宙戦艦が、速度と高度を下げ始める。
「敵艦の推進装置を破壊。これだけで、よろしいのですか?」
射程外へと飛び去る四隻を見送り、マナが中途半端な迎撃を疑問に思う。
「これだけで、十分だ。後はリオが、なんとかしてくれる。頼んだぞ、リオ!」
『グレート・ウォール・シールド! 広域全力展開!』
リオが恭一郎のイメージに合わせて、超広範囲に魔力障壁を展開した。その形は、自宅を中心に二〇キロメートル四方にも広がる、ジャンプ台の付いた超巨大な滑り台だ。
推力を失った宇宙戦艦が魔力障壁のジャンプ台の部分に接触して、その表面を高速で滑走する。やがて魔力障壁の滑り台部分を逆走するように急角度で昇って行き、やがて勢いを失って落ちてくる。
『フォルム・チェンジ!』
魔力障壁を巨大なすり鉢状にして、四隻の宇宙戦艦を空港の脇へと誘導する。推力を失った宇宙戦艦は、魔力障壁の上を滑り落ちて行くことしかできない。
大破したメセルの横へと追い遣られた宇宙戦艦は、三度形を変えた魔力障壁の中に捕らえられ、完全に動きを止めた。
「捕獲完了! マナ。ハナとラナで手分けして、宇宙戦艦の乗員を拘束しろ。抵抗する場合は、最悪殺しても構わない」
空港上空へと戻ってきた恭一郎が、新たな指示を出した。
戦艦内部の制圧は、リオが最も安全で手馴れている。しかし、無茶苦茶な魔力障壁で大量に魔力を消費させてしまったので、今回はアンドロイド姉妹の戦闘担当にもお鉢を回したのだ。
『ドルヒ級に乗っている、テロリストの諸君に告ぐ! 君達の目的は潰えた! 大人しく投降しろ!』
戦闘担当の三姉妹が突入準備を整えている間に、リオが敵に対して投降を呼び掛ける。これも、恭一郎の作戦だ。
せっかく宇宙から、F計画に使える資材が降ってきたのだ。可能な限り、再利用しやすい状態で手に入れたい。そのため、自発的に武装解除してもらいたいのだ。
とはいえ、相手は凶人配下の急進派である。無駄な抵抗で時間を稼ぎ、本隊であるチェリーの到来を待つ作戦を仕掛けてきた。
そこで結局、リオを含めてハナとマナとラナの三人娘が手分けして、四隻の宇宙戦艦の内部に突入した。激しい抵抗は三姉妹達の前にも、足止めにすらならなかったことを記しておく。
その後、トイフェルラントへ接近していたチェリーは、ドートレス、アレス、シリウスの三名からなる特別強襲部隊によって、呆気なく制圧された。
こうして、急進派によるトイフェルラントへの攻撃は不発に終わり、一応の収束と相成った。この事件により、多数の怪我人と逮捕者を出した急進派は、事実上壊滅した。
トイフェルラントで拘束された、アスカ・ルー以下の急進派約一〇〇名は、翌朝の輸送機でオディリアへと強制送還された。このことにより、オディリアに対する貸し付けを増やした恭一郎は、F計画用の資材まで大量に手に入れて、また美味しい所だけを総取りすることになった。
――トイフェルラント生活一一九七日目。
イスカ・ルー達の急進派が起こしたテロ事件が未遂に終り、実行犯をオディリアへと送還した恭一郎は、新たな問題に巻き込まれていた。
テロ事件での混乱に紛れて、トイフェルラントに新たな火種が持ち込まれていた。それは、新生トイフェルラントにおける、最初の亡命希望者ということになるだろう。
問題は、その亡命希望者の所属にあった。オディリアの人間であれば、ミヒャエル大使やシズマ大統領と協議することができる。しかし、それがオメガ残党軍であれば、誰にも相談することはできない。何しろオメガは、世界の敵だったのだから。
このオメガ側からの亡命希望者には、よりにもよってアビスに乗ったままでのガレージへの侵入を許していた。もし彼等が亡命希望者ではなかったら、恭一郎達の命運は尽きていたことだろう。
亡命希望者の乗った一機のアビスがガレージの中に現れた瞬間は、ミズキが基地の自爆も考えたほどに、生きた心地がしなかった。
自ら投降の意思を示して機体から出てきたのは、キルトアーマーのようなモコモコの戦闘服を身に纏った、二名の人物だった。
怪我をしていると思われる人物と、その人物を介助するもう一人の人物だ。両名共、オメガ製のパイロットスーツを着ており、ヘルメットのフェイスシールドで素顔までは窺い知れない。
リオと戦闘担当の三人娘に包囲された自称亡命希望者は、行動の許可を得てから、ヘルメットを外してその正体を曝した。
果たしてヘルメットの中から現れた人物は、恭一郎達の予想を超えた存在だった。
オメガによって殺されたはずの人物達であったからだ。
念のため、恭一郎達に対して『虚偽禁止』と『敵対禁止』の効果を盛り込んだ制約の首輪を付けさせ、武装解除させた二人の亡命希望者を拘束する。某人造人間や特定の痣が刻まれた人間爆弾のように、この場で自爆されては敵わないからだ。
亡命希望者の一人は、獅子の亜人の成人男性だった。彼は重傷を負った仲間の人間を助けるべく、ここまで魔王を頼ってやってきた。
そして、怪我を負った人間は、作り物のような美貌の青年だった。色素の淡い銀に近い短めの金髪、白磁のように透ける白い肌。そんなハリエットをダブらせる外見の青年が、かなりの深手を負っていた。
ひとまず恭一郎達の安全が確保されたため、リオが治癒魔法を使い、重傷を負った青年の傷を癒した。青年の深かった傷は塞がり、一命は取り留められた。しかし意識は戻らず、昏睡したままだ。
急遽、ガレージの片隅に両名の拘留場所が設けられることになり、空になったコンテナに囲まれた空間に、寝床や簡易トイレが設置することになった。こうしておけば、部外者からは見付かり難くなる。出入りもコンテナの扉を開閉するだけで済むため、鍵を掛ければ出入りも管理できる。規格外のリオとは違い、獅子の男性に空のコンテナを移動させられるだけの力は無かった。
◇◆◇◆
意識のない青年は拘留場所で安静にしておき、獅子の男性を司令室へと連行する。恭一郎達の指示に素直に従い、一切の抵抗をせずに、男性は司令室へと移動した。
会議卓の端に座らされ、両脇と背後をハナ達姉妹に囲まれた状態で、会議卓の反対側に座った恭一郎達による尋問が始まる。
「まずは、貴方の名前を聞こう」
恭一郎がトイフェルラント語で、獅子の男に問い掛けた。男はそれに、素直に答える。
「私の名は、マクシミリアン・フランツ・エトガル・レオハルト・フォン・レーヴェ。レーヴェ伯爵家の当主を務めていた」
制約の首輪が反応していないことから、マクシミリアンと名乗ったこの男性が、嘘偽りを述べていないことが照明された。
「では、これまでに、どのような仕事をしていた?」
「マイン・トイフェル陛下の下で、軍務卿の役職を拝命していた。私は陛下と共に幾つもの戦場を駆け、志半ばで力尽きた」
「それからは?」
「半年ほど前に陛下に蘇らされ、ヴェルヌと呼ばれている地で、あのデヴァステーターの操縦訓練を受けていた」
マクシミリアンもリオと同様に、先代魔王マインの魔法によって、復活を果たした人物だったようだ。
尋問の途中、隣に控えるリオが、魔法で繋がってきた。
『このマクシミリアンという人物、もしかしたら私の先祖かもしれません。次の質問は試に、私のミドルネームに心当たりがないか、聞いてみてください』
以前、リオから聞いたことがある。リオの家系はその昔、トイフェリンに住む貴族であった。獅子族の中でも有名な、軍事に携わる家柄だったということだ。
もしマクシミリアンが今のリオの言うように、活躍した一族の女性の名をミドルネームに含む風習を持っているのだとしたら、本当にリオの先祖にあたる人物かもしれない。
「少し、質問を変えよう。今から言う言葉に、何か心当たりはあるか? ミンダ、ヒュアツィンテ、アルベルタ、レイチェル」
「心当たりは、二つある。アルベルタは、私の妻の名だ。レイチェルは、私の先祖にあたる女性の名で、私の娘にも引き継がせた由緒ある名前だ」
ちらりとリオの顔を見る。小さく頷いて見返してきたので、どうやら本当にリオの先祖である可能性が高まったらしい。
「では、現在のトイフェルラントがどのようになっているのか、どう認識しているかを話せ」
「マイン陛下からは、私が死んで、長い時が経ったとしか知らされていない。世界は邪神に滅ぼされ、この地しか残らなかったとだけ聞かされている。そして、マイン陛下が再びトイフェルラントを目指された、と聞いている。そこで私は、この地におわすはずのマイン陛下に拝謁しに来た」
「オメガに殺された者は、その身体の自由を奪われ、奴の操り人形になってしまうのではなかったのか?」
「邪神の呪いによって、私は自由を奪われていた。だが、先日の戦いの最中、その呪いの効力が突然薄れた。恐らく原因は、あの黒い三本足の鳥の意匠された機体と戦ったからだ。その娘に治癒してもらったあの人間も、あの機体に撃破されたことで、呪いが効力を失いつつあるようだ」
どうやら、ボム・アーチンへの決死隊を乗せたドルヒを護衛していた時、恭一郎のヒュッケバイン改が撃破したアビスのコードネームで呼ばれているデヴァステーターという機体に乗っていたのは、あの青年であったようだ。マクシミリアンも、同じ戦場にいた別の機体に乗っていたらしい。恐らく、撃破された青年を回収した機体に搭乗していたのだろう。
「先程魔法で治癒した青年のことは、どれだけ知っている?」
「私が知っているのは、彼がジェラルドと呼ばれている、統合軍とやらに所属していた戦士で、私よりも先に復活させられていたことくらいだ。共にデヴァステーターの教練を受けさせられていたが、会話する自由さえ与えられていなかった」
ジェラルドという名前だけでは、あの青年の身元の照会は難しいだろう。下手に探りを入れてこの二人の存在を感付かれるのは、これからの両国の関係にとって非常に好ましくない。青年が意識を取り戻して喋れるようになるまで、下手な行動は慎むべきだろう。
「では、マクシミリアン卿。貴方の亡命が認められたら、まずは何をする?」
「マイン陛下に拝謁して、呪いの解呪を進言します」
「それは、不可能です」
沈黙を保っていたリオが、とうとう行動を開始した。ここからはリオに任せ、恭一郎は事態の推移を見守ることにする。
「不可能とは、どういうことだ? マイン陛下は、この地に降りられたのではなかったのか?」
「卿の言う通り、マイン・トイフェルはこの地に降り立った。しかし、今は全てを失い、お隠れになられている」
「馬鹿な! あの陛下が、身罷られたというのか!?」
「そうだ。彼の者はオメガの命令に従い、最後に復活させた者に全てを捧げて消滅した。これが、その証拠だ」
リオが驚愕するマクシミリアンの前で、ゲノムシフトを行う。そして、マインから受け継いだエルフの身体へと変身を遂げた。そして、断言するように言い放つ。
「私の名は、リオニー・ミンダ・ヒュアツィンテ・アルベルタ・レイチェル・ウンべカント。マイン・トイフェルの遺志を受け継いだ、新生トイフェルラントの魔王である!」
見事な見栄を切り、マクシミリアンを圧倒する。
「まさか、その名前を受け継いでいるということは、もしや……!?」
「私の先祖は数世代前まで、トイフェリンにおいて貴族として暮らしていました。改めて、お初にお目に掛かります、ご先祖様」
貴婦人のように優雅に一礼をして、リオが再びゲノムシフトを行う。出身家系の獅子の姿だ。
「おおぉ……、娘のレイチェルを見ているようだ……!」
リオとの繋がりを知ったマクシミリアンは、リオから先日のオメガ戦の顛末を聞かされた。そして、恭一郎が全ての中心にいることを理解した。
ジェラルド青年は、その後もしばらく昏睡状態のままだったが、数日後には意識を取り戻した。そして、彼の本名を聞いた誰もが、一様に驚愕することになる。
彼の名は、ジェラルド・ラザフォード。三年前に戦死した、ハリエットの兄だった。




