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【凶人跋扈】

 シズマとの会談の間に、空港へ追加の駐在員が到着。港には食料を積んだ輸送艦が来港していた。それぞれ、マナとミナが対応していてくれている。

 リオはF計画に従って、空港地下に秘密の建造ドックの建設に着手していた。地上の誰にも気付かれないように、魔法を駆使して静かに地下空間を掘削している。

 掘削残土は魔法で加工され、浜辺の水面下に遠浅の海域を造るための造成資材にされている。これにより、海藻や魚介類が住み易い環境が広がるはずだ。

 そんな働き者のリオのために、恭一郎は昼食の準備である。

 今日の昼食は、ヒレカツにサツマイモとイカとエビの天麩羅、レタスとトマトとチーズのサラダ、玉葱と大豆のスープだ。主食はもちろん、米である。

 先ずは、浜辺で収穫して乾燥させた昆布のような海藻を、料理用バサミで切れ目を入れてから水に浸す。海藻の旨味が出た出汁で、米を炊き上げるためだ。

 スープは玉葱の皮を剥き、頭と根の部分を落してから、適当な大きさに切る。少量の油で茶色くなるまで炒めたら、水と大豆の水煮缶を入れて、玉葱と一緒に火に掛ける。

 ソースは干し果実やトマト等の野菜をミキサーでペースト状にして、赤ワインと少量の唐辛子と塩を加えてからじっくり煮込む。

 豚のヒレ肉を二センチメートル程の厚さに切ってから、肉の組織を柔らかくするために包丁の背で叩く。小麦粉をまぶし、ヒュプシェの溶き卵を浸け、パン粉の衣を纏わせる。

 洗ったサツマイモを輪切り。ワタを取ったイカの身を輪切り、腕を鎌状の突起を取り除いて、適当な塊に切り分ける。エビはハサミを落し、殻を剥いて背ワタを取って腹の筋を切る。ハサミも殻を割って、身だけを取り出す。こちらの衣は、水で溶いた小麦粉に、揚げる直前に潜らせる。

 米を磨ぎ、出汁で炊き上げる。

 スープの灰汁を取り、味を塩で調整して、しばらく煮たら火を止める。

 ソースの火も止め、シンクの端で熱を冷ます。

 海産物からの匂い移りを避けるため、油の入った鍋を二つ用意して、ヒレカツとサツマイモ、イカとエビを分けて揚げる。

 揚げ物の途中で、自宅の呼び鈴が鳴らされた。手が離せない恭一郎の代わりに、料理補助をしていたヒナが応対に向かってくれた。

 しばらくして戻ってきたヒナは、追加派遣されてきた人員の代表者を連れて戻ってきた。

「恭一郎様。オディリア共和国より、ミヒャエル外務次官補と、そのご家族様がお越しになられました」

「もう少しで、料理が終わる。済まないが、どこかで休んでもらってくれ」

「承知いたしました。応接間へ、ご案内しておきます」

「頼んだ」

 ヒナが応接間へ、外務次官補一家を案内して行った。

 圧力釜の蓋を開け、塩で味の調整をする。

 やがて、揚げ物が全て揚がった。

 最後にサラダとして、レタスを手で千切り、ヘタを落して八等分にトマトを切り分ける。そこに硬質のチーズをおろし金で粗く削り、粉チーズのようにレタスとトマトに振掛けた。

 後は、海藻出汁で炊いている炊飯器の米が炊き上がれば、ほぼ完成だ。その米も、もうすぐ炊き上がるため、恭一郎は応接間に顔を出すことにした。




     ◇◆◇◆




 応接間でヒナから給仕を受けていたのは、まだ小さな子供を連れた、若い夫婦だった。しかも恭一郎は、夫人の方と面識があった。

「あれ……、アリッサさん? 長期休暇を取られていたはずでは?」

 上品なフォーマルの装いをしているアリッサが、エレガントに一礼を恭一郎へ返す。

「本日は、急の来訪をいたしまして、大変申し訳ございません」

 戦場とは雰囲気のまるで違うアリッサの言葉を、隣に控えていた男性が引き継いだ。

「お初にお目に掛かります。シズマ・R・ライトハウザー大統領より特命を受けて参りました、外務次官補のミヒャエル・ショットです。改めての紹介となりますが、妻のアリッサ。そして、息子のバーソロミューです」

 外務次官補のミヒャエルは、アリッサと同じ灰茶の髪を持つ、いわおのような男だった。だが、身に纏っているスーツからはち切れそうないかつい見た目とは裏腹に、その眼光はとても優しい。

 息子のバーソロミューは、三歳ほどの幼児だった。ここまでの移動で疲れているのか、座らされている椅子で寝息を立てている。

「遠路遥々、ようこそお出でいただきました。烏丸恭一郎です。まさか、アリッサさんの旦那様がトイフェルラントに派遣されて来るなんて、思ってもいませんでした」

「私もまさか、こんなに早く、妻と共に戦ってくれた恩人とお会いすることが叶うとは、夢にも思っておりませんでした。もう二度と会うことが出来ないだろうと、断腸の思いで宇宙へ送り出した妻を生還させていただきまして、心より感謝しております。おかげさまで、まだ幼い息子を片親にせずに済みました」

 ミヒャエルは居眠りしている幼い息子のバーソロミューを一瞥して、母親の命の恩人に挨拶をしてほしかったのだがと、小さく微笑んだ。

「純粋な実力では、アリッサさんの方が遥かに格上です。むしろこちらの方が、戦闘記録を基にしたシミュレーターで、アリッサさんの操縦から色々と学ばせて頂いたくらいです」

 運用するCAの性能差が明確に存在したことで、結果的に恭一郎達が先行迎撃部隊全体の損耗を最低限に止めることになった。とはいえ、あの圧倒的な戦力差の戦場において最後まで生き残れたのは、アリッサの実力があればこそだ。

 本来ならば、残存部隊は敵の並行追撃により壊滅。迎撃部隊も甚大な損害を出し、敵の一部にオディリアへの降下を許していた公算が高い。

 恭一郎の予想では、それでもアリッサならば、最後まで生き延びていたのではないか。と考えている。

「私の操縦が恭一郎様の参考になるなんて、とても光栄にございます」

 アリッサが多くを語らず、ミヒャエルの横で静かに頬を赤くしている。

 目の前にいるアリッサのように、リオにも奥ゆかしさというモノを身に着けてほしい恭一郎は、アリッサの爪の垢を煎じてリオに呑ませたくなる衝動に駆られた。実行には移さないが、リオにはアリッサを手本に、淑女というものを学んでもらいたい。というのが本音である。

「ラザフォード上級特佐が退院なされるまでは、私がオディリア共和国との窓口となります。上級特佐の退院後も、駐トイフェルラント大使として、しばらくご厄介になりますので、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくお願いします。実は、すでにお仕事をお願いしてありまして……」

 恭一郎はミヒャエルに、今朝のシズマとの話の内容を、掻い摘んで説明した。

「承知いたしました。事前に大統領から、恭一郎様と親しくしていると窺ってはいたのですが、誇張ではなかったのでございますね……」

 うわぁ。部下にまで、本性が見透かされているよ。よくこんなので、大統領になれたもんだ。

 自国の大統領の言葉を信用していなかった様子のミヒャエルの驚き具合に、恭一郎はオディリア政治の不可思議を見たような気分になった。

 互いの簡単な挨拶が終わったところで、恭一郎は魔法でリオと繋がった感覚を覚えた。

『恭一郎さん。秘密ドックの掘削が終わりました。これから、陸棚の拡張に向かいます』

 さすが、魔王の称号が伊達ではない仕事の速さである。地下のガレージから、横穴を誰にも悟られないように静かに掘削。少し離れた場所にある空港の下まで到達したら、そこに建造ドック用の広大な地下空間を掘り広げる。

 掘削した土砂は浜の沖合に運ばれ、海中の切り立った崖に大陸棚の替わりの小さな陸棚として、海中で沖へ突き出すように加工される手はずだ。

(お疲れ、リオ。オディリアから、トイフェルラント駐在大使が挨拶に来ている。仕事が片付いたら、すぐに戻っておいで)

 強力な統一言語の魔法は、一種の念話のような効果を発揮する。そのため恭一郎は、思考だけでリオと会話が通じている。

『分かりました。慌てず急いで、片付けてきますね――』

 リオとの魔法の繋がりが途絶え、改めてミヒャエルと向き合う。リオの魔法は、恭一郎にしか影響を及ぼしていない。そのため他人からは、突然恭一郎の動きが止まったように見えていた。

「突然黙ってしまって、失礼しました。今しがた婚約者から、もうすぐ帰ると魔法で連絡がありまして、その応答をしていました」

「なるほど。陛下からの魔法でしたか。遠く離れても以心伝心が叶うとは、とても素敵な魔法でございますね」

「元の魔法が、言語の通訳に使われているモノなので、時たま誤訳を疑いたくなるようなこともありますけれど……」

 ミヒャエルに会話辞典を編纂したエピソードなどを語っていると、リオが空間跳躍で突然戻ってきた。

「ようこそ、トイフェルラントへ! ……って、アリッサさん!?」

 敢えてアリッサの存在を伝えておかなかったので、リオも恭一郎と同じような反応を示している。サプライズは、成功だった。




 その後、リオもミヒャエル達と挨拶を済ませると、昼食がまだだというショット一家を昼食に招待することになった。

 事前に料理をリオ用に多く作っているため、親子三人分程度の追加は問題ない。少々リオの取り分が減るだけで、簡単に賄えるからだ。

 ヒレカツには、自作したウスターソースのようなものを用意。サツマイモとイカとエビの天麩羅には、ミネラル塩と天つゆモドキを出す。レタスとトマトとチーズのサラダは、大皿に盛ってトングで取るようにする。玉葱と大豆のスープは、小さめのスープ皿に入れた。米は茶碗に軽めによそい、お代わりはセルフサービスとした。

 昼の会食は大変好評で、追加のデザートとして出したパンケーキ生地のどら焼きは、リオとアリッサ、そしてバーソロミューの胃袋をがっちり掴む味だった。




     ◇◆◇◆




 会食を終え、ショット一家が滞在先の官舎へ戻ると、恭一郎は再び料理に取り掛かった。

 リオは東西の中流地域の様子を見に行き、新王都に寄ってアンドロイド姉妹五女のラナを回収してくる予定になっている。

 長時間の飛行は、結構な体力と魔力を消耗するという話なので、頑張ってくれているリオのために、魔素たっぷりの美味しい夕食を作るためだ。

 夕食の献立は、根菜入りミートボールパスタの公国風、マグロとトウモロコシのポテトサラダ、鮭とかぼちゃのクリームスープだ。

 先ずは、パスタを作る。パスタ用の粉がないので、小麦粉に塩を入れ、卵と油を混ぜたモノを少しずつ加えながら混ぜ合せる。出来上がった生地は、しばらく休ませておく。

 ゴボウと玉葱を微塵切り、豚のロースとバラを別々にミンチにする。玉葱を油で炒め、ミンチにしたバラ肉と一緒に火を通す。ミキサーでピューレにしたトマトと赤ワインを入れ、灰汁を取りながら煮込む。

 ゴボウとロース肉のミンチを混ぜ合わせ、一口サイズの団子にする。小麦粉をまぶしてから軽く油で揚げ、煮込んでも型崩れしないように表面を固める。

 マグロをさいの目に切り、皮を剥いたジャガイモを六等分程度に切ってから、蒸し器で蒸す。

 クラインの乳と小麦粉を焦げないように炒めて、ホワイトソースを作る。そこへ柵に切った鮭、ぶつ切りにしたカボチャ、水を入れて、灰汁を取りながら煮込む。

 蒸し上がったジャガイモを適度に潰し、蒸し上がったマグロとフリーズドライをお湯で戻したトウモロコシを、マヨネーズで一緒に混ぜ合わせる。

 パスタ生地を薄く伸ばし、二ミリメートル程度の幅で切って、平打ち麺にする。

 表面を揚げたミートボールをミートソースの中に入れて、一緒に煮込む。

 鮭とかぼちゃのスープにとろみが出てきたら、塩で味を調える。

 最後にミートソースとスープを温め直して、食べる前に麺を茹でれば、完成である。

 時間が少し余ったので、デザートを一品追加する。

 小麦粉に砂糖とピーナッツオイル、水酸化ナトリウム製造の工程に手を加えて入手した炭酸水素ナトリウムを加え、オーソドックスなビスケットを量産する。

 ビスケットが焼き上がる頃、リオが新王都に出張していたラナを連れて帰ってきた。

 玄関にリオとラナを出迎えに行った恭一郎は、本日二度目となる呼び鈴を聞くことになった。ラナのろうねぎらう機会を逸した恭一郎は、この訪問者の正体に表情を曇らせた。ルー家の姉妹弟である。

 三人は明日の早朝の輸送機に乗って、ホームのチェリーへ帰ることが決まったのだという。そこで、今日の内に出発の挨拶に来たというのだ。

 恭一郎とリオにとって、カレンとカリムの双子は、好感の持てる戦友だ。しかしアスカだけは、その身体に間借りしているイスカの次に、恭一郎達の平穏にとって厄介な存在だった。

 不運は重なるモノで、自宅の中は夕食の香りが充満していて、双子の食欲が激しく刺激されてしまった。

 昼食の時と同様に、リオの食べる料理を分けることで、ルー家の三人も夕食の相伴に預かることになるのは、もはや避けられない状況だった。




 ポテトサラダとクリームスープを先に供しておき、茹でたパスタにゴボウ入りミートボールのミートソースを掛ける。それを大皿に乗せて食卓に持って行くと、その豪快な見た目にリオとカリムから歓声が上がった。

 このミートボールパスタを人数分に取り分けなかったのは、お約束の様式美というモノだ。この料理は、とある映画の中で出てきた印象深い一品で、その作品の主人公が相棒と一緒に訪れた公国の城下町の食堂で、仲良く取り合いを演じたモノをアレンジして再現した。

 オリジナルの料理と同様に、そのほとんどをリオに食べさせる目的で、最初から大皿で出すことに決まっていたモノだ。そのため、総重量も二キログラムを大きく超えている。

 出された料理は、恐るべき勢いでリオの腹に収まって行った。育ち盛りのカレンとカリムが次によく食べ、意外にもアスカは小食だった。

 双子の説明によると、母イスカの脳をインプラント移植されて身体の自由を得てから、衰えていた筋肉を取り戻すためにリハビリと食事療法を行ったのだという。

 その効果があり、アスカは恐るべき速さで健康的な身体を取り戻した――はずだった。

 アスカは長年に渡る不自由な生活の中で、どういう理由かは不明だが、少量の食事でも代謝を支えられる、効率の良い身体を手に入れていた。そのような人物が食事量を増やした結果は、皆まで語ることもないだろう。

 それに加え、リオのために栄養もたっぷりの料理が振舞われたのだから、アスカは普段より多く食べたことになるそうだ。

 外見ばかりを気にしてガリガリの女性より、健康的にふっくらしている女性が好みの恭一郎としては、女心の機微にあたる部分であるため、味の感想のみを聞いて、食事量には一切触れないことにした。

 余計な波風を立てて、食事の席を火事場に変えたくない。ましてや、その相手が歩く火薬庫のような人物であれば、尚更である。




 恭一郎が大変気を遣う食事が終わると、アスカは妹弟を早く寝るように割り当てられている部屋へと追い返し、この場に一人で残った。朝の一件のように人払いを行なったアスカは、やはりイスカと人格を入れ替えてきた。

「私の持ってきた食材をぉ、こんなに美味しく料理するなんてぇ、惚れ直しちゃうじゃないのよぉ」

「貴女には、学習能力が欠如しているのですか? 焼却炉の中に放り込みますよ?」

「家の焼却炉は重水のプラズマ方式だから、遺体は残らん。あまり刺激は与えないように、注意して発言をすることだ」

 早々に暴走し掛けているリオをなだめながら、イスカに言動の注意を促す。イスカには、早くお引き取り願いたい所なのだ。

「もおぉ、融通が利かないねぇ? これはぁ、勧誘よぉ。軍の食事を美味しくするためにぃ、ぜひとも彼をぉ、オディリアに招聘しょうへいしたいのよぉ」

 イスカの言いたいことは、恭一郎とリオにも十分に理解できる。何しろ、オディリアの食事は、全般的に美味しくない。身も蓋もない言い方をすると、激マズのなんちゃって料理だ。

 食材こそ豊富なのだが、栄養価優先で、味は二の次な食事ばかりだ。裏を返せば、そこまでオメガとの戦いに、精力を注ぎ込んでいたとも言える。

 イスカの言うように、恭一郎を料理人として手に入れることが出来れば、オディリアの食事は格段に美味しくなることだろう。だがそれは、できない相談だ。なぜなら――。

「ダメです。恭一郎さんは、トイフェルラントの至宝です。私の代わりはいずれ見付かりますが、恭一郎さんの代わりはいません。第一、私が誰にも渡しません」

 イスカの目の前には、地上最強の生物が、恭一郎を手放すまいと立ちはだかっているからだ。普通の人間に毛が生えた程度の存在では、手も足も出ない圧倒的な戦力差である。

「気持ちは理解しているが、諦めてくれ。トイフェルラントが安定するまでは、極力国外へは出ないようにしているんだ」

 そうイスカに言った恭一郎であるが、食材を仕入れにオディリアへ行くための手回しを行なっている。いずれイスカにも知られることになるだろうが、この場でわざわざ言う必要はない。

「いけずねぇ。食事が美味しくなればぁ、士気が上がってぇ、戦争が早く終わってくれるかもしれないのにぃ?」

 至極もっともな考えだが、イスカがどんなに食い下がっても、恭一郎とリオは首を縦に振ることはない。現在のトイフェルラントは、恭一郎とリオの存在がなければ、一年と掛からずに内部崩壊してしまうような程に脆弱ぜいじゃくな国なのだ。

 例えオメガの残党を一掃したとしても、守るべき国が滅んでいては意味がない。

「仕方がないわねぇ。色も欲も通じないなんてぇ、完全に想定外よぉ?」

「本当に、残念ですわ。英雄の浮名の相手になれると思っていましたのに、私では魅力が足りなかったのかしら?」

「そんなことはぁ、ないわよぉ。美しさだけはぁ、あのハリエット・ラザフォードには敵わないけれどぉ、アスカちゃんは十分に魅力的よぉ。私の見立てでぇ、彼の好みはぁ、母性を感じさせるお姉さんなんだからぁ」

 イスカとアスカの母娘が恭一郎達を差し置いて、一人会話劇を始めている。その内容が中々に際どいため、リオの反応が心配になる。

『母性的な年上のお姉さんですって……。アスカさんは、その条件に当てはまっていますね? 恭一郎さん的に、アスカさんは好みのタイプですか?』

 統一言語の魔法でリオが、誰にも悟られないように語り掛けてきた。リオも恭一郎の好みで苦労してきた経緯があるため、母親のいなかった恭一郎が、女性に対して母性を求めてしまうことも把握している。

(残念ながら、俺の好みに入っている。ドジっ子ハティーのような、昔のリオと同じ妹キャラなら、いくら誘惑されても動じなかっただろう。だが、アスカは危険だ。母性全開で迫られたら、理性が崩壊するかもしれない)

『私達の天敵じゃないですか! ようやく恭一郎さんと両想いになって、婚約まですることが出来たのに! こんなポッと出の半分――自主規制単語――な女に、恭一郎さんを取られるわけにはいきません!』

(落ち着くんだ、リオ。ここでこちらが馬脚をあらわせば、相手に一気に付け込まれるぞ。そこまで計算して仕掛けてきているのだとしたら、イスカの洞察力は本物だ。こちらもこのまま繋がった状態で、あの母娘に対抗するぞ)

『分かりました。私達の強い絆で、平和な未来を護りましょう!』

 凶人母娘に対抗するため、恭一郎とリオも互いが魔法で繋がった。これにより恭一郎とリオは、精神的な距離が限りなくゼロになった。特にリオは恭一郎と触れ合うことで精神的な余裕が生まれ、衝動的に敵を攻撃するリスクが大幅に低下している。

「いくら恭一郎さんが欲しくても、貴女方には差し上げるつもりもございません。恭一郎さんは私の婚約者で、私が愛する唯一の雄です。それでも恭一郎さんが欲しいのなら、私から正々堂々と奪い取りなさい。例え世界を滅ぼしてでも、恭一郎さんは渡しません」

(いきなり、相手を挑発するんじゃない!)

『大丈夫ですよ。母親はともかく、娘に関しては恭一郎さんのことを、本気で愛してはいません。でなければ、今朝の一件で引き下がったりはしません。私の攻撃で死ぬ覚悟をしていなければ、私の愛とは張り合うことは出来ないですから』

(言わんとしていることは、理解できる。だが、もうあんな悲しいことはするな。次は、耐えられないかもしれない)

『私だって、二度と御免ですよ。もうあんな死ぬ思いはしたくないし、させません』

 かなり深く繋がり始めたようで、互いの感情の一部が共有される。互いの感傷が交感され、鋭い痛みが二人の心を貫いた。

 恭一郎とリオは互いの心の傷に触れ合ったことで、一段と深く魔法で繋がることが出来るようになれた。

「お二人の間に、私の入り込む余地が見出せませんわ」

搦手からめてはぁ、諦めるしかないかしらねぇ?」

 リオの挑発に圧倒された凶人母娘は、行動方針を切り替えた。

 居住まいを正し、恭一郎達に相対する。

「これからは、正攻法で行きますわ。恭一郎様には漸進ぜんしん的な派閥と手を切っていただいて、私共の派閥へ乗り換えていただきたいのですわ。その見返りとして、実質的に私共が掌握している箱舟級大都市艦チェリーの住民や施設を含めた全てを、恭一郎様とトイフェルラントへ差し上げますわ」

「それでも足りないのならぁ、オディリア共和国をあげちゃうわよぉ。各艦に潜伏させている工作員を使ってぇ、クーデターも起こせるんだからぁ」

 世界の全てを手土産に、恭一郎達に自分達の派閥への所属を迫る勧誘だった。追い詰められても、世界の半分しか差し出さないラスボスよりは、凶人母娘の提示した条件は太っ腹である。

 とはいえ、祖国を売り渡してまで恭一郎達を自らの派閥へ引き入れようという、それほどまでの対価に吊り合う目的が、恭一郎には想像できない。

 恭一郎の持っている有効そうな手札は、自身に与えられている創世神の加護、婚約者にして地上最強の生物と化したリオ、苦楽を共にしてきたミズキとハナ達アンドロイド姉妹、独自思想のCA技術、オディリアにおける英雄の名声、こんな所である。

 微妙な手札では、トイフェルラントの国土、トイフェルラントの魔導具、メセル乗員の身柄、がある。

 この手札の中で、最高機密となるのは、創世神の加護だ。オメガを滅ぼすために恭一郎が用いた、リオの奇跡の力である。対外的には、リオの魔法の一つで、禁術指定された危険なモノとされている。

 次に機密が高いのが、独自思想のCA技術だ。元々所有していたオールド・レギオンの小型CAに関する技術は、オディリアとの交流によってアドバンテージがほぼ失われている。

 それとは別に、トイフェルラントの魔導具や魔法を取り入れた、全く新しい概念のCAを開発している。各種のコストを度外視して試作られたCAは、オディリア製のCAを遥かに凌駕する機体性能を発揮していた。

 それ以外の手札は、機密に指定されていないモノばかりだ。規格外のリオを除いて、とても国一つと釣り合うようなモノではない。

 リオも恭一郎と同じような認識で、困惑している感情が魔法で伝わってくる。

「そこまでして俺達を引き込んで、貴女達は何をするつもりだ? 戦後を見据えた、主導権の確保か?」

 恭一郎はこの場が、ヤルタではないのかと感じた。第二次大戦において、枢軸国側の敗北が決定的になったことで、アメリカとイギリスとソビエトがウクライナのヤルタで会談を行い、戦後の新世界秩序の建設について話し合っていた。結果的に、世界は東西の陣営に分断され、冷戦時代に突入していくことになる。

 この世界の今後に関わる話しのため、恭一郎は慎重に身構えた。その横にはリオが控え、心身共に恭一郎と一緒にある。

「世界の今後のことなど、私共にはいささかの興味もございませんわ。オディリアをトイフェルラントの完全な属領にしようが、恭順しない者を虐殺しようが、一向に構いませんわ」

「私達の目的はぁ、たった一つぅ。愛する人を殺したオメガの残滓ざんしをぉ、この世から全て排除することよぉ。だからぁ、確実にオメガの残党に勝利できるであろう烏丸恭一郎という存在がぁ、どんな対価を払ってでも手に入れたいのよぉ」

 凶人の二つ名に相応しい、後先を考えていない過激な目的だった。

 例えば、魔力榴弾を大量に用意することで、ロングレンジの爆撃でナディアに巣食うオメガの残党を、粗方掃討することが可能だろう。その代償として、ナディアの地表は地形が大きく変わり果てることになる。

 しかし、想定以上の威力を誇る魔力榴弾の大量使用によって、ナディア自体の質量減少や天体の崩壊を誘発する危険があり、衛星が喪失した場合のオディリアの環境に、悪影響が出ることが予測されている。

 目的のために手段を間違えた、破綻した力の使い方の一例だ。

 それと同時に、オメガに対する果てしない憎しみが感じられる。急進派に属しているオディリア人は、その多くが過激な復讐心に囚われてしまった人々だった。

 恭一郎の脳裏に、リオを失った時の痛みが走った。同時にリオの温もりが、痛みを相殺して溶かしていく。もしもリオを失ったままだったら、恭一郎は急進派の誘いに乗っていたかもしれない。

「私の恭一郎さんを、復讐のための道具にしないでもらえますか? 貴女方に蠢動しゅんどうされると、巡り巡って私達に被害が及ぶんです!」

 リオが威嚇いかくのために、体表近くの魔力を視覚化させる。その姿はさながら、オーラを身に纏った超戦士である。

 今にも気功波を放ちそうな魔王を敵に回した凶人は、一歩も引くことなく凶行を続ける。

「この世界で唯一、科学と魔法をハイブリッドさせる存在である陛下の婚約者様は、私共に示された最高の希望なのですわ。絶望的な状況を二度も覆してみせた、世界を救う英雄である恭一郎様は、奇跡の確率を変動させる特異点と言えますわ」

「貴方の専用機ぃ、新型のヒュッケバインに使われている技術でぇ、私達のCAを強化してほしいのぉ。敵もアビスなんていう化け物を出してきたからぁ、現行の量産型では手に負えないのよねぇ。メサイアタイプでもぉ、単機では荷が重いのよぉ」

 急進派の狙いは、恭一郎達の持つCAの新技術だった。

 魔力機関を参考に開発した、高出力の量子エンジン。

 電力を魔力に変換する、M‐コンバーター。

 物理装甲と魔力障壁を重ね合わせた、特殊複合装甲。

 身体の強化処置を不要とする、イナーシャル・キャンセラーの魔導具。

 戦略級の破壊力を秘めた、魔力榴弾。

 このような恭一郎達の持つ独自の技術が、オメガの残党との完全決着を望んでいるイスカ達急進派にとって、とても魅力的に見えているようだ。

 しかし、これらの技術は、野放途のほうずに広がって良い代物ではない。

 特に魔力榴弾とM‐コンバーターのセットは、扱いを間違えれば世界が滅ぶ危険がある。核兵器よりもクリーンで、威力は最低でも数倍以上。その気があれば、誰でも箱舟級大都市艦を一撃で消滅させられるからだ。

 そのような危険なモノを、後先考えない復讐者に渡すわけにはいかない。

「ヒュッケバインに使われている技術は、機密指定した情報の塊だ。いくら友好国の人間が相手でも、開示できるものではない。第一、こちらのプラズマエンジンの技術で、ナディア降下を拙速に強行したのは、貴女達急進派ではないか。そんな相手に、これ以上の技術提供は行えない」

 毅然と要求を拒否した恭一郎だったが、その程度で凶人は止まらない。

「仕方がないわねぇ……。多少強引な手だからぁ、使いたくはなかったのよねぇ。『M作戦』をぉ、始めちゃってぇ」

「この付近一帯を、人質にさせていただきましたわ。一〇分以内に色好い返事が頂けなければ、私を含めた多数の死者が出ますわ。どうなさいますか、恭一郎様?」

 凶人母娘が、とうとう本性を現した。

 目的のモノが平和的に手に入らないので、実力行使で奪いに来たのだ。質の悪いことに、目的のためなら本当に手段を選んでいないらしい。自分達の命すら人質として、恭一郎に決断を迫ってくる。

 対する恭一郎は、イスカ達が敵対行動を取った時点で、今後の行動方針を決定していた。

「ハナ! テロリストを拘束しろ!」

 恭一郎の護衛として傍で控えていたハナが、一瞬でアスカの身体の自由を奪い組み伏せた。

「俺達の生活を脅かす以上、容赦する必要はない。抵抗するなら、殺して構わない」

 己の手の届く範囲の幸せを大切にする恭一郎の逆鱗に触れ、凶人母娘は恭一郎を完全に敵に回した。恭一郎から平穏な日常を奪ったオメガと同等に扱うことで、外交的配慮を気にする必要がなくなった。それゆえの、テロリスト認定だ。

「ヒナ! マナを呼べ! リオは、谷の上空で周囲を警戒!」

 食器の片付けをしていたヒナを空港へと走らせ、恭一郎と魔法で繋がったままのリオを上空の警戒に向かわせる。

 危険物の持ち込みは、アンドロイド姉妹達が目を光らせているため、事実上不可能だ。メセルに積まれていたモノは例外だが、衆人環視の状態で持ち出すのは不可能なほど、メセルの損壊は酷い状態だ。

 そうなると、遠距離からの攻撃という可能性が残る。トイフェルラント側には探知できない距離に、脅威をもたらす存在が隠れているモノと思われる。そのための、上空警戒だった。

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