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【跳梁する凶人】

 ――トイフェルラント生活一一九六日目。




 早朝のマイン・トイフェル空港に、一機の高速連絡機が着陸した。

 乗っていたのは、メセルの乗員を帰国させるための事務手続きにチェリーの自治政府より派遣されてきた、数名の外交官達だった。

 まだ恭一郎達が寝ている時間であったため、マナとミナの二名が全権代理として、彼等への対応を行った。

 その際、外交官の同行者の中に、カレンとカリムの双子の姉弟の家族で、シンの姉であるアスカ・ルーの名が含まれていた。




 昨晩のように大量のパンケーキとコーンポタージュスープを作り、それを集落の食堂で食べていた恭一郎に、カレンとカリムが合流してきた。

 二人の姉であるアスカ・ルーの来訪は、起床直後にヒナから報告を受けている。アスカより、双子の救助の礼を直接伝えたいという申し出があり、朝食後にこちらから訪問する旨を返答してある。

 食事を手短に済ませた恭一郎は、双子を伴って空港の駐在武官事務所まで赴いた。護衛はハナだけではなく、今朝は珍しく何かを警戒している、落ち着きを欠いたリオも同行している。

 駐在武官事務所の会議室へ通された恭一郎達は、会議室の中で待機していた女性と対面した。

 双子と同じ褐色の肌に背中まで届く長い黒髪を持った、アスカ・ルーだ。

 妹のカレンを可愛いまま成長させて、利発さを柔和に置き換えたような、やや童顔の美人だ。アスカはシン達とは違い、メサイアの操者ではない。それどころか、軍人ですらなかった。アスカは壱番艦のチェリーで、食料生産プラントの運営に携わっているという。

 オディリアの軍人と政府の役人以外では、恐らく初上陸となる民間人だろう。

 アスカは日本の着物のような、前身頃まえみごろを合わせて帯で留める服を着ていた。トイフェルラントの気温では、少々寒そうな格好だ。

「カレンちゃん! カリムちゃん!」

「「アスカ姉様!」」

 シンの時もそうであったが、今回はカレンとカリムの方が、姉のアスカの胸に飛び込んで、互いの無事を喜び合った。どうにもルー家のヒエラルヒーが、如実に表れているような光景である。

 ルー姉妹弟は喜びの分かち合いを手早く切り上げて、会議室の入口で三人を見守っていた恭一郎達へ向き直った。

「お恥ずかしい所を見せてしまいましたわ……。私、ルー家第一子、アスカ・ルー、二三歳にございます。この度は、私の愛する家族の危機を救っていただきまして、大変感謝しておりますわ」

 恭一郎が初めて接触したオディリアの民間人は、どこかふんわりした雰囲気の人物だった。常識を備えつつも温室育ちを想わせる、いいとこのお嬢さんといった口調である。

「リオニーです。妹さんと弟さんとは、仲良くさせて頂いております」

「恭一郎です。家族の無事な再開を、心よりお喜び申し上げる」

 リオがアスカを警戒して、雰囲気がかなり硬化していた。そのリオに若干引き摺られ、恭一郎も挨拶が硬くなる。

「お二方とも、映像で見るよりも優しそうな方で、とても安心しましたわ。このトイフェルラントという国を、短期間で統一なされたモノノフだと伺っておりましたので、もっと豪気な方だとばかり想っていましたわ」

 恭一郎と歳の近いアスカは、ハリエットに通じる天然の気配を纏った、警戒心の少し低い女性のように見受けられた。

「いやいや。戦闘時はともかく、日常ではもっと砕けた感じですよ。婚約者のリオニーも、日夜トイフェルラント復興のために、その身を粉にして働いています。実際は、とても心の優しい女性ですから」

「まあ、素敵! 恭一郎様は、リオニー様のことを、とても愛し――大切に想っていらっしゃるのですわね? 私も殿方から、そのように想っていただきたいですわ」

「アスカさんのような素敵な方なら、さぞや人気があるのでは?」

「それが、そうでもないのですわ。仕事柄、私の周りには、脳まで筋肉の方ばかりで、私のような鈍臭いおぼこ娘には、誰も見向きをしませんの」

 立場上、最も偉いはずのリオが沈黙を保っていることで、主に恭一郎と話をするアスカ。その言葉の端々に、無防備な内容が含まれていた。

「そうそう。忘れるとこでしたわ」

 突然アスカが手を叩いて、それまでの話の流れを断ち切った。

「お礼の品を、飛行機の中に置いてきてしまったのでしたわ。悪いけれど二人共、一緒に取って来てくれないかしら? 私の勤めているプラントで作っている、食材を詰め合わせにしてきていたものなの」

 アスカはそう言うや否や、カレンとカリムの二人を一緒に、会議室から追い出してしまった。

 それと同時に、リオが一段と警戒を強めて、恭一郎を守るように前へ出る。ハナもリオの行動を酌んで、いつでも戦えるように準戦闘モードに移行した。

「あらあら。そんな怖い顔をなさらなくても、私達には争う意思はございませんわ。そうでしょう、お母様?」

 リオ達の行動の意味を即座に理解したアスカが、この場にいないはずの人物に話し掛けた。

 その瞬間は、唐突に訪れた。アスカの柔らかな雰囲気が一変して、場の温度が瞬間的に急降下する。

「そうよぉ。私は純粋にぃ、子供達が世話になった礼を言いに来ただけぇ。貴女達の大好きな男をぉ、食べに来た訳じゃないんだからぁ」

 アスカの声色が変わり、どこか鼻に掛かったような話し方に変化した。その表情からも柔らかさが一切消え去り、研ぎ澄まされた氷の刃を想わせる、近寄り難いモノになっている。

「早朝から、異様な気配を感じていました。アナタからは、本能的に危険な香りがします。事と次第によっては、この場でアナタを消滅させますから、下手なことはしないように……!」

 リオが警告と同時に、魔力剣ブロード・ソードをアスカだった人物の首に突き付けた。リオのさじ加減一つで、頭部が永遠に胴体から切り離されてしまう状況だ。

 恭一郎はリオを信じて、その行動を黙認する。

「迷いがないねぇ。いいわよぉ、私好みの鉄火場じゃないかぁ。三年振りにぃ、濡れちゃいそうよぉ……」

 アスカだった人物が、その顔を異様な興奮で上気させている。心なしか呼吸も荒くなり、この状況を愉しむような狂気も感じる。

「アナタは、誰ですか? 正体を現しなさい……!」

 リオが冷徹に詰問する。そこには一切の慈悲はなく、大切なモノを護るためなら、オディリアとの全面戦争も厭わない決意が現れていた。

「私の名はぁ、イスカ・ルー。この子たちのぉ、母親さぁ。三年前から訳有ってぇ、娘の身体に間借りしているのぉ」

 恭一郎が予期しない形で、シズマから決してリオには会わせるなと釘を刺されたばかりの人物と、最悪の形でエンカウントしてしまった。

 一国の大統領にすら凶人と言わしめる、急進派の中心メンバーのイスカ・ルーが、娘の身体を間借りした状態で、トイフェルラントに上陸していた。

「どうやら、嘘は言っていないようです。アスカさんの頭部から、ほんの僅かですが、変な電磁波が出ています。恐らく、脳の一部にインプラントがされていて、そこに別人の人格が収められているのでしょう」

 ハナが猫耳を総毛立たせて、アスカの頭部へと意識を集中させている。内蔵するセンサーを総動員して、アスカの頭部を観察しているようだ。

「大正解よぉ。私の身体はぁ、三年前の戦いでぇ、かなり壊れちゃったのよぉ。今は屋敷の地下のぉ、医療機械の中よぉ。そのままだと動けないからぁ、強化措置した脳の一部を取り出してぇ、産まれ付き脳に障害のあったアスカにぃ、補助脳として埋め込んだのよぉ」

 恭一郎の背筋に、言い知れない悪寒が走った。アスカにどのような脳の障害があったのかは不明だが、そんな娘の脳に自身の脳の一部を移植して、四六時中共に過ごしているようだ。

 リアルに頭の中の人をやっている人物が、異世界には存在していたのだ。

「自分の娘の脳に、なんてモノを……!?」

「リオニー様にはご理解いただけなかったのは、非常に残念でございますわ。けれど、産まれ付き脳の運動野に欠陥を持っていた私に、お母様は身体を動かす自由を与えて下さったのですわ。他にも、私の不自由な部分を交換してくださって、私の代替パーツとなってくださっていますわ」

 アスカに人格が入れ替わり、嫌悪を露わにしていたリオに対して、屈託のない笑顔を向けている。

 母親であるイスカに対して、アスカは心の底から感謝しているようだ。身体の支配権はアスカにあるようで、イスカは本当に間借りしている状態らしい。

「私としてもぉ、三年前に旦那と一緒にぃ、旅立ちたかったのよぉ。でもぉ、最右翼派閥の解体で勢力図が大きく変わっちゃうとぉ、戦力の再編が遅れちゃうのよぉ。そこで仕方なくぅ、娘の中で生き永らえている訳なのよぉ」

 またイスカに人格が入れ替わり、童顔の容姿に似つかわしくない流し目で、恭一郎の全身を舐めるように見詰める。

 まるで恭一郎を誘惑するようなイスカの行為に、リオがより不機嫌になって、イスカの視線を身体で遮る。

「貴方ぁ、なかなかの胆力だねぇ。死んだ旦那の次ぐらいにぃ、私の好みよぉ。本当にたかぶってきちゃったからぁ、私のツバメになりなさいよぉ」

 恭一郎が止める間もなく、イスカの口から、リオへの禁句が放たれた。

 シズマが危惧していたのは、このような事態が発生することだったのだろう。残念ながら、全ては後の祭りである。

 もはや、世界の終焉が目の前に迫っている。そんな空気が、リオを中心に吹き荒れだした。

「自分の娘の身体を使って、朝っぱらから男漁り? しかも、よりにもよって、恭一郎さんを食べようだなんて……!? オメガの残党共の前に、この場で滅ぼすわよ!?」

 リオの怒りの導火線に、火が付いて燃え出した。

 ゆっくりとリオの右手に、魔力が集まり始めている気配がする。

 これは、非常に危険な兆候だ。

「アスカさん! イスカさんが、こんなこと言ってますが、貴女はそれで良いんですか? 身体の方は、アスカさんのモノでしょう?」

 暴走寸前のリオを止めるには、身体の主導権を握っているはずのアスカを説得して、イスカの凶行を物理的に止めるしかない。そこで恭一郎は、アスカの意識に呼び掛けた。ところが――。

「実はですね……。恭一郎様とでしたら、私としても満更ではなくてですね……。むしろ私から、初めてのお相手として、お願いしたいくらいでして……。ぽっ!」

 ぽっ! じゃねえよ!? 当てにしていたブレーキが、完全に壊れているじゃないか!

 アスカが身を捩りながら、赤面した頬に両手をあてて目を潤ませている。喉元に突き付けられている刃のことは、眼中に入っていないようだ。

 恭一郎の目算が完全に裏目に出てしまい、リオの左手にも、魔力が集まりだしている気配がする。

 状況が、かなり詰みかけている。このままでは、リオがリミットブレイクして、民間人をフルボッコにしてしまう。

 そこへイスカが、特大の核弾頭を放り込む。

「今まで不自由な生活をしてきた娘にぃ、女の幸せを感じさせてあげたいのよぉ。娘にはぁ、私の経験値をコンバートさせてあるからぁ、生娘だけど床上手よぉ。感覚も共有してるからぁ、私も一緒に感じちゃうわぁ」

 凍り付いた場の空気に、大きな音を立てて亀裂が生じた。リオの表情から、一切の怒りが消える。それが嵐の前の静けさであることに、ルー母娘だけが気付いていない。

 魔力剣を解除したリオの両手に、小さな魔力の塊が発生した。両手に魔力の塊を発生させる攻撃を、恭一郎は見たことがある。威力はかなり抑えられているが、範囲攻撃の二重螺旋砲ダブル・スパイラルカノンだ。

「私の雄を横取りするような相手は、たとえ丸腰の民間人でも、容赦はしません」

 そう言うと、リオは両手に生み出した魔力の塊を、胸の前で融合させ始めた。その周囲には、恐ろしいまでの魔力が込められた障壁が張られ、融合した魔力塊を圧縮している。

 リオは意図的に、魔力融合反応を起こそうとしていた。昨夜の実証実験に使われた何倍もの魔力が、人一人を攻撃するために使われようとしてる。

「私の新必殺技で消滅できることを、地獄で喜びなさい。魔力融合放射砲フュージョニック・ブラスター、はっ――」

 恭一郎がリオを背後からそっと抱きしめ、その耳元で優しく囁く。

「それ以上は、駄目だ。俺の愛したリオは、感情任せで人を殺すような女の子じゃないはずだ。そうだろ?」

 昂っている感情を落ち着かせるように、リオの柔らかな身体を優しく愛撫する。それは先日の夜の続きのように、パートナーを慈しむための、甘く情熱的なモノだった。

 攻撃態勢のままで動きを止めたリオは、圧縮した魔力塊を吸収して消し去った。障壁も解除して、別方向に昂って緩みそうな表情を、必死になって繕い始める。

「イスカさんとアスカさんも、かばうのは今回限りです。リオが今放とうとした魔法は、先日使用した特殊爆弾の小規模なモノです。確実に付近一帯が消滅していましたから、命拾いしましたね」

 務めて冷静に、これ以上は命の保証はしないと、ルー母娘に釘を刺す。

「今回だけは、恭一郎さんの顔を立てて、このくらいで勘弁してあげる。今度私の恭一郎さんに手を出そうとしたら、もう一度オディリアが海中に沈むことになる覚悟をしなさい」

 未練がましく全身から殺意を垂れ流したまま、リオが無力な民間人を恫喝した。

 頑張って人殺しを我慢した、リオの頭を撫でて褒める。目の前で惨劇が起こることを防いだ恭一郎は、少しも生きた心地がしなかった。

「お父様のような、優しい殿方との子供が欲しかったのですが、寝取れそうにもありませんわ……」

「済まないねぇ。私も気が焦っていたみたいだわぁ。相手の戦力を過小評価してしまうなんてぇ、現役時代では有り得なかったものぉ」

 母娘はリオの逆鱗に触れた恐ろしさを理解して、渋々ながら身を引いた。最初に言っていた通り、今回のトイフェルラント訪問は、カレンとカリムの命を救った礼を述べるためだ。

 悪戯いたずらにリオを怒らせて、世界の半分を消滅させることではない。

 さすがに凶人と呼ばれていたイスカでも、喧嘩を売る相手が地上最強の生物では、とても勝ち目がなかった。




 アスカによって使いに出されていたカレンとカリムの双子が、大きな箱を持って帰ってきた。アスカの言う通りならば、箱の中身はオディリア産の食材のはずだ。

 オディリアの産品を知るには、良い機会だろう。

「チェリーの特産、米一〇キロ。甘藷かんしょ一〇キロ。蕃茄ばんか一〇キロ。玉葱たまねぎ一〇キロ」

「こちらは、瓜豚うりぶたのロースとヒレとバラのチルド肉が、それぞれ五キロずつ。同じくチルドの養殖深海マグロと養殖鎌イカと養殖ハサミエビと養殖金鮭も、それぞれ五キロずつ。それと、ナチュラルチーズとプロセスチーズの詰め合わせが五キロ程でしょうか?」

 カレンとカリムの説明を聞いて、恭一郎は立ちくらみを起こしそうになった。アスカが食料生産プラントから持ってきた食材は、多くがトイフェルラントでは手に入らなかったモノばかりだったからだ。

 まず米は、ピエニーで食べたモノと同じ種類のようだ。そのまま炊いて食べるには味気ないが、それでも米は米だ。

 甘藷は、サツマイモの漢名だ。ジャガイモよりも糖分が高く、熱を加えることで甘みが引き立つ特性を持っている。

 蕃茄とは、トマトの異称だ。地球では世界中で栽培されている野菜であり、そのままでも美味しいが、ソースやケチャップに加工して料理の旨味を引き上げてくれる優れた食材だ。

 玉葱もトマト同様、世界中で栽培されていた根菜だ。生でも加工しても火を通しても美味しい、非常に優秀な食材だ。

 瓜豚とは、読んで字の如く豚だった。やや原種であるイノシシの特徴を残しているという話だが、地球の豚よりも丸みを帯びて瓜のような外見をしているそうだ。

 海産物も、読んで字の如くらしい。深海性の霜降りマグロ。触腕に鎌状の突起の付いたイカ。ロブスターとクルマエビの間の子のようなエビ。ピエニーで調理した鮭もあった。世界崩壊の影響で、海産物はその多くが養殖モノに頼らざるを得ないという話だ。

 およそ二〇〇〇年の時間が経過していたトイフェルラント近海に魚がいたことを考えると、海の自然が回復するには、それだけの時間が必要ということなのかもしれない。

 チーズはナチュラルチーズとプロセスチーズが数種類小分けにされていて、ナチュラルチーズは硬質のモノと軟質のモノ。プロセスチーズは半硬質のモノがあった。飼育していたクラインの乳は、搾乳量の少なさが原因で、チーズは希少な食材だった。一部で流通しているという噂を小耳に挟んだことがあるが、リオが報告を上げてこないということは、あくまでも噂だったのかもしれない。

 これら、トイフェルラント中を探し回っても見付からなかった食材達が、恭一郎の目の前に新鮮な状態で届けられた。

「求めて止まなかった食材が、オディリアにあったか……!? こんなことなら、ハティーに食材の目録でも要求しておくんだった……!」

 少なくとも三カ月前には、オディリア産の食材を手に入れる機会が巡って来ていた。しかし、当時は自宅周辺やトイフェルラント全体の戦後処理に気を取られていて、そこまで考えが及んでいなかった。

 だが、後悔している時間はない。この機会は、最大限に利用することにする。

「食料生産プラントには、他にも色々な食材があるのか?」

「ええ、ございますわ。今回は取り急ぎ、近場にあったモノだけを詰めてまいりましたの。私共のチェリー以外でも、各艦のプラントで様々な食材が生産されておりますわ」

 アスカの返答を聞き、恭一郎の表情がにやけだす。

「とても楽しそうだけど、ちょっと怖い……」

 考え事で夢中になっている恭一郎の表情に、リオが若干引き気味になっている。とはいえ、恭一郎は食材と調理のことを考えているため、その恩恵を最もあずかれるのは、リオ自身である。

「こいつはちょっと、連絡を取る必要があるな……」

 そう言った恭一郎は、アスカからのお礼の品である食材を受領して、自宅へと帰ることにした。

 表向きは家族の再会を、これ以上邪魔したくない。ということになっている。

 本音としては、早く帰って、美味しい料理を作りたいだけだ。美味しいランチをリオと一緒に食べて、先程の修羅場の一歩手前だった記憶を、旨さの感動で洗い流したいのだ。

 恭一郎にとって、今回の戦闘で得た最大の戦果は、この食材だったのかもしれない。




     ◇◆◇◆




 自宅へ戻った恭一郎は、料理の前にすることがあった。

 シズマへのホットラインだ。

 時刻は始業の時間を回ったばかりなので、最も忙しい絶妙な嫌がらせのタイミングとなる。

 回線の繋がったシズマに、恭一郎が状況を簡潔に述べた。

「リオがイスカを、殺そうとしました」

『それで、イスカ・ルーは?』

「消滅させられる直前に、リオの凶行を止めました」

『あんなのでも、助けてくれて、ありがとう』

「要注意人物の情報は、もっと早くにこちらへ回してください。誰も一つの身体の中に二人分の意識があるなんて、聞いてなかったんですから」

『そこは本当に、申し訳ないと思っている。今日の昼までに、追加の人員が到着するはずだったんだ。その時に、詳細なデータを渡す手筈になっていた』

「ハティーの抜けた穴が、こんなにも早く影響すとは……」

『イスカ・ルーの行動を把握しきれなかった、我々の落ち度だ。現政権を支持していない急進派には、オメガに対する憎しみが強い者が多い。今回は事実上の敗北を喫した戦闘の直後たから、しばらくは彼等も身動きが取れないだろうと高を括っていた』

「まったく、過ぎてしまったことは、仕方ありません。それよりも、メセルの乗員に食料を送ってください。こちらの食料貯蔵庫には、あれだけの人数を支えるだけの備蓄がありませんから」

『そちらは、手を回してある。もうそろそろ、食料を積んだ中型の高速輸送艦が、そちらの港に到着する頃合いだ。乗員達を移送するための大型輸送艦も、明日までにはそちらへ着くはずだ』

「それは、助かります。人数分の料理を出せる食材が、残り少なかったので。それはそうと、近いうちにオディリアへ、食材の買い出しに行きたいのですが」

『それは構わんが、いささか、藪から棒だな。急に買い出しに来たいとは、どういう風の吹き回しだね?』

「斯く斯く然然。という訳で、ルー母娘から食材を受領しました。好い機会なので、オディリアの食材を直接買い付けに行こうかと思いまして」

『一番合わせたくなかった人物とも接触してしまったことだし、渡航自粛は有名無実化してしまったな。関係各所の調整を始めるから、準備が整ったら連絡を入れよう』

「よろしくついでに、広報課のティファニア課長にも連絡をお願いします。密着取材をするなら、平和な日常の姿の方がいいでしょう? 英雄だ、何だと言われようと、実際は同じ人間なんですから。それに、広報課が張り付いていてくれたら、誰もイスカのように下手なことはできないでしょう?」

『衆人環視の中で、恭一郎君達を不快にさせようものなら、オディリア中から総スカンを喰らうだろうな。もちろん、私も含めてだ』

「そういう訳なんで、公的パブリックではなく、私的プライベートな小旅行という具合で、調整をお願いします。大統領への表敬訪問や査問委員会程度でしたら、気軽にお受けいたしますから」

『ここまで大活躍した恭一郎君を査問に掛けるような、組織の論理にしか目を向けていないうつけはいないとは思うが……』

「取り越し苦労なら、別にそれでいいんですよ。トイフェルラントの首脳部は、オディリアとの平和的な共存を望んでいると、こちらの行動によってオディリアの国民に伝えることが狙いですから」

『そういうことなら、今回の作戦の表彰式は、予定に組み込んでおいても大丈夫だな。急進派が煽りに煽ってくれたお蔭で、恭一郎君の人気は君の認識以上に、とてつもなく盛り上がっている。恭一郎君達に協力するだけしてもらって、公式の場でこちらからも感謝を述べないと、国民が暴動を起こしかねないんだ』

「イスカめ、全く余計なことを……」

『今回の一連の騒動が終わってみれば、恭一郎君を戦場に引っ張り出すことに成功した、急進派の目論見通りになってしまった。もう二度と、このような事態にならないよう、最善を尽くすと約束しよう』

「よろしくお願いしますよ。こちらには、たった七日間で世界を滅ぼせそうな、嫉妬深い婚約者様がいるんですから。イスカのような第二第三の凶人が出ないように、手綱をしっかり握っておいてください。次も止められる保証はできませんから」

『理解している。私も好き好んで、オディリア最後の大統領にはなりたくないからな』

 この後に数件の話題で言葉を交わして、シズマとの会談は終了した。


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