【明日の平和のために】
トイフェルラントへ帰還した、その日の夜。
近衛軍基地の司令室には、新王都へ出張しているラナと、故障してメンテナンス中のセナを除いた全員が、今回の宇宙での戦闘の報告と、今後の課題を話し合っていた。
今回の突発的な戦闘には、まともなテストも行われていない機体と装備で臨むことになった。幸いにして、自らの頭上に降り掛かる火の粉を払い除けることが叶い、セナの故障も致命傷に至っていなかった。
しかし、機体の装備や武装に問題点や改善点が多く明らかになり、そのしわ寄せで、セナに負担が集中してしまったのも事実だ。
アビスやボム・アーチンという特殊な敵との戦闘も経験したことにより、今後の戦略を見直しが迫られている。
ミズキが今回の戦闘結果を振り返り、ヒュッケバイン改のコンディションを報告する。
『機体各部の装甲は、試験的に導入した物理と魔法の複合構造により、大きな被害は皆無でした。その代り、骨格全体に金属疲労が確認されました。魔導具で吸収しきれなかった、戦闘による負荷と考えられます』
液晶モニターに映し出された映像には、ヒュッケバイン改の平面図が表示されている。
機体に取り付けられている装甲板には、目立ったダメージ表記が記されていない。強いて挙げるなら、機体の左側にアビスの放ったビームの影響が見られる程度だ。
一方、機体モジュール全体を保持する骨格は、酷使されたことを物語るダメージ表記がかなり表示されていた。特に腕部と胴体に負荷が掛かっていたようで、骨格と一緒にアルファ・コネクターにもダメージが蓄積されていた。
『試作型の量子エンジンは、想定通りの出力を発揮していましたが、システム面に脆弱性が確認されました。シームルグ接続時に発生した過電流により、制御回路の一部が損傷を受けたことで、安全装置が働いていたようです。その後も騙し騙し稼働させたことで、損傷部分が焼切れてしまったと考えられます』
画面が切り替わり、胴体後部に搭載されている、量子エンジンの図面が現れる。
反物質をエネルギー源とする光子エンジンに代わり、量子の揺らぎを利用して、近衛軍基地の主機から半永久的にエネルギーを取り出すのが、この量子エンジンだ。基地とのデータリンクが必須となっているが、非常に小型で高出力なエンジンである。
量子エンジンは、物理量の最小単位である量子からエネルギーを得るため、システムは非常に複雑で繊細な機器で構成されている。今回の不具合は、そのシステムが原因だった。
セナが故障したシステムを自身にバイパスさせて制御したことで、最後まで量子エンジンが稼働してくれていたようだ。
『武装は、シームルグのエネルギー回路が、最大出力時の高電圧に耐えきれなかったようです。キャノンモードを短時間に立て続けに発射したことによって、冷却能力を上回る熱量に達していました。強制冷却機構が上手く連動しなかったことも、ログから推定されています』
改型最大の切り札であるシームルグが、今回の一連の故障の原因でもあった。
シームルグの図面には、シームルグ同士を連結させる合体機構の隣に、問題となった冷却機構が表示されている。二度目のキャノンモードへの移行時に、合体機構の稼働で冷却機構が不具合を起こしたことによって、エネルギー回路に想定外の高い電圧が発生してしまった。
これが量子エンジンに不具合を発生させてしまった、そもそもの原因だ。
『グライフは、攻防に優れた性能を発揮してくれましたが、防御面には改良の余地が認められました。外装シールドへのダメージが、グライフ本体へ伝播しないようにする改善が必要です』
アビスのビーム攻撃を受けた左腕のグライフは、内部構造まで達する被害を受けてしまった。ボム・アーチンに跳ね返されてきたグライフのプラズマの直撃で、シールドが多少傷付いたことを考えると、いかにアビスのビーム攻撃の威力が凄まじいか判る。
プラズマソードでビームを強引に弾くことができたため、高出力時のグライフと同程度の威力と推定されている。
「こうして纏めてみると、とんでもない欠陥を抱えた試作機だな」
ミズキの報告に、恭一郎がその身を震わせた。止むを得なかったとはいえ、いつ故障してもおかしくない機体に乗って、無事に生きて帰ってこられたのが不思議なくらいだ。
『極め付けは、魔力榴弾の常軌を逸した破壊力でしょう。一撃で四万体以上のバグを一掃するなんて、想定外もいいところです』
ミズキも御多分に漏れず、魔力榴弾の非常識な威力に閉口した人物の一人だ。元々魔力榴弾は、使用直前に爆薬代わりの魔力を込める、持ち運びが安全な爆発物として開発された。
密集した敵集団の殲滅を意図して実戦投入されたのだが、実際に使用してみた結果は、核兵器を上回るウルカの破壊光線の威力すら遥かに凌駕していた。しかも、危険な放射線などをまったく生み出さない、無駄にクリーンな超兵器だった。
もっとも、魔力榴弾の威力に事態を救われたことは、この場にいる全員が異論を持っていない。
「その、魔力榴弾に関して、報告があります」
場が魔力榴弾の話題となったところで、リオが一同の注目を集めるように発言を始めた。
「実は、新王都へ向かう途中で、魔力を高密度に凝縮してから解放する、魔力榴弾の炸裂と同じ状況を作り出す実験をしてみたんです。その結果を、皆さんにも見てもらおうと思います」
リオがかなりの魔力を投入して、非常に強固な魔力障壁を発生させた。内部に直径一メートル程度の空間を囲った、円形の分厚い四枚重ねのグレート・ウォール・シールドだ。
「この障壁の内部の空間が、魔力榴弾の内部だと思ってください。魔力榴弾の中には、魔力親和銀のミスリル製魔力吸蔵板が入っていて、魔力が超高密度に圧縮された状態で保存されています」
リオが説明を続けながら、障壁内の空間にほんの僅かな魔力の塊を生み出す。待機中の家電が通電中であることを示すパイロットランプの輝きのような、とても小さな魔力球だ。
「この魔力球を使って、魔力が超高密度に圧縮される状況を再現します」
魔力球を注意深く別の魔法で包み込み、慎重に圧縮を開始する。小さかった魔力球が、輝きを段々と増していく。魔力の密度が上昇して熱が発生し、光度として表れているようだ。
「トイフェルラント製の魔力電池と同程度、約五〇〇分の一の圧縮状態となりました。まずは、これを一気に解放します」
スリーカウントの後、輝く魔力の球が大きく弾けた。バレーボール大まで光が膨れ上がり、一瞬で消滅する。弾けた魔力が拡散して、威力を失ったのだ。
「このように、ほんの小さな魔力でも、高密度に圧縮しただけで、大きく破裂します。次に、魔力榴弾と同程度、約五〇〇〇分の一にまで圧縮します」
同じ手順で、今度は魔力球を超高密度に圧縮する。先程と比べられないほどに明るく輝いた魔力球が、リオのカウントと同時に大爆発を引き起こした。障壁に隔離されていた空間が光に満ちる。同時に内部の障壁が崩壊して、二枚目の障壁も破壊する。三枚目の障壁が蜘蛛の巣状にひび割れて、内部空間の破壊が収まった。
「私が全力で張った障壁をここまで破壊する威力は、先日のシュヴェーベンの自爆に匹敵します。たったあれだけの魔力に、ここまでの破壊力はありません。よって、魔力は圧縮することによって、性質が大きく変化するモノと考えられます」
それがリオの、魔力榴弾の想定外の威力に対する見解だった。
恭一郎はトイフェルラントの魔導具技術を学び、小型でも大容量の魔力電池の開発に成功していた。その後も研究と改良が繰り返され、現在はオリジナルの約一〇倍にまで、魔力の吸蔵性能が向上している。
その技術を兵器に転用したのは、いずれ来ることになる、衛星ナディアでの戦闘を見据えてのことだった。高威力の攻撃を遠距離から敵拠点へ確実に撃ち込むために、シームルグと一緒に開発された高威力の弾頭なのだ。
敵拠点には堅牢な防衛施設が存在していて、大規模な全方位攻撃によって排除する必要があった。この防衛施設が稼働している限り、不用意に接近すれば、先のナディア降下作戦の二の枚になってしまう。
そこで、安全地帯から防衛施設を破壊するべく、レールキャノンのシームルグが開発された。
シームルグの圧倒的な弾速があれば、迎撃を突破して防衛施設にダメージを与えることができる。より確実に防衛施設を破壊するために、より威力のある弾頭が求められた。
核は製造と使用後の汚染を考えて、反物質は製造コストの高さのため、候補から除外された。
魔力榴弾は製造も容易で、コストもあまり掛からない。何より、魔力は意図的でなければ、汚染物質を残留させることもない。
こうして、魔力榴弾は実戦に投入された。その後の予想外の結果は、再び語る必要もない。
リオが魔力障壁を解除して、魔力圧縮の実演を終えた。
「魔力の性質に、変化が起きるのか……? プラズマエンジンの高出力レーザーで、重水を爆縮させる方式に似ているな?」
恭一郎の脳裏に、CAに搭載されているパワーパックが思い浮かんだ。
『燃料となる対象を縮退させるという過程は、ほとんど同じだと言えるかもしれません。魔力の場合は、一気に縮退状態を解放することで、魔力に相転移のような反応が起こっているのかもしれません』
ミズキの言う相転移とは、個体が融解したり、液体が凝固したり、気体が液化したり、結晶構造が変化して、物質の状態が変化する現象のことだ。
通常では安定している魔力が、高密度に圧縮されることで何某かの状態変化が生じ、それを開放することで、激烈な反応を示すモノへと変質しているのかもしれない。ということだ。
「どちらかと言えば、核融合反応のイメージでしょうか?」
「魔力という、我々にとっては未知の元素が、高い負荷の掛かる縮退状態では、魔力を構成する粒子同士が融合して、非常に高いエネルギーを内包した不安定な元素に変化しているのでしょうか?」
戦闘方面担当のハナとマナも、似たような印象を受けているようだ。
「ですが、魔力電池が魔力を安定して放出できるということは、内部の魔力の状態が、放出時には元の状態に戻っているということですよね?」
「一定の圧力に達していない魔力は、融合状態が維持できないのかもしれませんね?」
「通常の魔力は可逆変化するモノで、一定の条件下で不可逆変化する、熱力学の第一法則と第二法則の特性を持っているモノなのでしょうか?」
ヒナとミナとリナが、それぞれ疑問を呈する。
『魔力の通常使用が、エネルギー保存則。縮退状態から一気に解放することで臨界状態となった魔力が、エントロピー増大則ですね』
「皆さん、かなりの喰い付きですね? 燃料の投下ポイントを間違えたかしら……?」
ミズキとアンドロイド姉妹達の議論が、白熱し始めていた。その熱量を感じ取ったリオが、自らの対応に問題があったのではないかと、不安に思い始めている。
「魔力の状態変化については、今後の検証で明らかにして行くことにしよう。このまま魔力榴弾の話題を続けていては、他の案件を話し合っている時間がなくなりそうだ。ひとまず、この魔力の状態変化を『魔力融合反応』と、仮に呼称しておくことにしよう」
恭一郎が場を仕切り直し、話を本筋に戻した。
機体や武装の改善点等が話し合われ、今回の戦闘で最も難儀した問題を話し合うことになった。
戦場での整備と補給の問題だ。
オディリア製とは規格の違う、独自のパーツで構成されていたヒュッケバイン改は、メセルに着艦しても整備と補給がほとんどできなかった。
唯一の例外が、燃料の重水だ。これだけは、プラズマ用の燃料として、確保することができた。
その後は、ミズキが手配してくれた補給物資が届けられるまで、規格の違う弾薬のせいで、補給そのものが不可能だった。
もしも戦闘中に発生した故障を、現地で直すことが出来ていたとしたら、ボム・アーチン戦での犠牲は大幅に減っていたことだろう。
恭一郎は目の前でドルヒの決死隊を亡くした光景が、いつまで経っても頭の中から離れない。故に、この場で提案した。
「俺達の専用艦を建造する」
微々たる戦力しか持っていない恭一郎達にとって、それは早過ぎる決断でもあった。
地球の軍隊において、水上で航空機を運用する航空母艦を持っている国は、そう多くない。どの国も一定の国力と軍事力があり、中でもアメリカの保有数は頭抜けている。その理由は、航空母艦に必要なコストが、他の兵器と比べても非常に高いことだ。
国力も軍事力も貧弱なトイフェルラントは、CAの専用運用艦を持つ段階まで達していない。
しかし、今後の戦いのことを考えると、遥か三八万キロメートル彼方のナディアで、無補給のまま戦うなど無理筋な話だ。地上と宇宙を往還する手段もない状態では、必要物資を送り込むことすらままならない。
可能な限り早急に、これらの手段を実現する必要に迫られているのだ。
『ワタシも、同意です。ドルヒ級宇宙戦艦のデータは、こちでも拝見しています。オーソドックスな宇宙専用の航宙艦ですが、戦艦とは名ばかりの火力と装甲は、強襲揚陸艦と呼ぶべきかと思っていました』
ミズキの発言は辛辣だが、正鵠も射ている。オディリア統合軍のドルヒ級は、火力も装甲も中途半端だった。
恐らく、主力となる機動部隊を搭載するため、火力と装甲が犠牲となっているのだろう。艦の構造も生産性を考慮されたモノで、宇宙戦力の急速な拡充のため、艦の配備数を最優先しているモノと考えられる。
「俺達に、そんな中途半端な兵器を大量配備する余裕はない。よって、戦闘に耐えうる、本来の戦艦としての能力。CAの運用が可能な、母艦としての能力。地上と宇宙を自由に移動する、単独往還能力。この三点を備えた、多目的万能艦を製作したい」
それから恭一郎が語ったのは、オディリア統合軍がスパイを送り込みたくなる内容ばかりであった。その多くが、素人の着眼点から発想されたモノで、常識の範疇から逸脱した夢想だった。
しかし、近衛軍基地の全員の協力があれば、実現可能な内容でもあった。
「では、この極秘計画は今後、『F』の暗号で呼称する。くれぐれも部外者に悟られないよう、慎重に行動するように」
恭一郎の総括によって、今夜の話し合いは終了した。
旗艦を示すフラグシップの頭文字を与えられたF計画は、ヒュッケバイン改すら霞むほどの機密の塊だ。それが敵だけでなく友好国のオディリアにすら秘匿され、慎重に推し進められることとなった。




