【前話回想】
「なんじゃこりゃ!?」
気が付くと、恭一郎は何もない白い空間にいた。思わず叫んだ言葉が、異世界転移時に初めて発した言葉と同じで、軽く既視感を覚える。
「いきなり叫んで、どうしたんですか、恭一郎さん?」
恭一郎の隣には、部屋着姿のリオがいた。さきほどまでの際どいベビードール姿ではなくなっている。早や着替えをしたのだろう。
「いや、いきなり謎の空間に放り込まれたんだぞ。声の一つも上げたくなるだろう? それよりリオは、やけに落ち着いているじゃないか? どこかで、変なモノでも拾い食いしたのか?」
「いくら私が大食いだからって、道端の食べられる草以外は食べませんよ!」
プンスカ。と、腰に手を当ててムクれるリオ。
道草は変なモノじゃないから、食べているらしい。
いやいや、問題はそこじゃない。
「それよりも、こんなモノを拾ったんですけど」
リオが手にしていたモノを、恭一郎が受け取る。
「『前話回想 台本』? なんだこりゃ?」
何もない白い空間に、唯一存在していたモノ。それが、この台本だった。
「取り敢えず、その『台本』とやらを読んでみてください。色々と納得することができると思いますよ?」
リオに勧められるまま、表紙をめくって内容に目を通してみる。
この台本とやらには、次のことが書かれていた。
主席観測者なる正体不明の人物から、恭一郎とリオに『お願い』という名の『強制』で、これまでのトイフェルラントでの日々のことを、他の観測者にも解り易く説明してほしいとのことだ。
観測を継続している者だけではなく、これから観測を始める者に対しても、トイフェルラントやオディリアがどのような世界なのか、簡単に紹介してほしいらしい。
それから、幾つかの注意点が書かれていて、これは安全な表現コードの目安のようだった。簡単に言うと、暴力や性的な表現のなどの扱いについてだ。
唯一、特記事項として、このようなことが書かれていた。
この空間での記憶は、この空間内でしか維持できない。つまり、トイフェルラントに帰ったら、ここでの記憶が綺麗に消去されるということだ。
なんでも、この空間での役割を期待されていた人物が、つい先日引退してしまったのだそうだ。そこで急遽、恭一郎とリオを臨時の代役として抜擢したらしい。
そんな恭一郎とリオのために、この台本が用意されていたのだが、肝心の構成や段取りがほとんど書かれておらず、『フリートーク』の一文で丸投げされていた。
「なんというか、あれだな……」
恭一郎が、眉間を指で押さえる。
「ええ。こういうのって、なんていうんでしたっけ? メタ……メタ……メタボリック?」
「メタフィクション」
「そうそう、メタフィジカルです」
「リオ。何気に、この世界を満喫してないか?」
リオが照れながら頭を掻いている。否定はしないらしい。
「しかし、俺達に任せて大丈夫なのか? 適当に語って、即終了。となる可能性は、想定していないのか?」
「おやおやぁ? 台本に文字が浮かび上がってきましたよ?」
主席観測者の真意を測りかねていた恭一郎に、台本に視線を向けたリオが、恭一郎の意識を連れ戻した。
「なになに? 『役割を果たせなかった場合、君達は元の世界に帰れなくなり、この空間で人生終了の「完結」となります』だぁ!?」
「まさか……、ん!」
『そのコマンドは、無効です』
「なんか今、何処からともなく声が聞こえて来たぞ?」
恭一郎がリオに視線を向けると、リオが驚愕の表情をして固まっていた。
「大変です、恭一郎さん! 私、この空間では、魔法が上手に使えません! 試に恭一郎さんの真横に転移しようとしたら、魔力機関に拒否されました!」
今までの余裕はどこへやら、リオがアタフタと落ち着きを失くして右往左往し始めた。魔法が使えて当たり前のリオにとって、魔力切れ以外での魔法の使用制限は、制約の首輪を着けていた時以来の一大事だ。
「このままじゃ、恭一郎さんの (表現コード抵触警報発令中!) 現場に乱入できません!」
恭一郎はリオの心情を慮って、大いに損をした。この非常時でも我欲に忠実なリオは、別の意味で器の大きな人物なのだろう。一応、褒め言葉ですが、なにか?
それはさておき、トイフェルラントに戻れないのは、非常によろしくない展開だ。せっかくリオと幸せに暮らそうと、恭一郎は開き直ったばかりなのだ。恭一郎の幸せな暮らしには、ミズキやハナ達姉妹の存在が不可欠だ。ようやく手に入れた新しい『普通』の生活が、こんな形で終了することなど、天地が逆転しても容認できない。
恭一郎は覚悟を決めて、台本に書かれている前話回想の導入部分のセリフを覚えることにした。
◇◆◇◆
「恭一郎と――」
「リオの――」
「「前話回想~!」」
拍手と鳴り物の音が鳴り響く。ここはどういう空間なのだろうか?
「ご存知の方は、こんにちは。初めての方は、初めまして。ステレオタイプの『普通』を愛する男、烏丸恭一郎です」
「新生トイフェルラントの美しき魔王。悪を許さない愛と勇気と希望の可憐な魔法少女にして、獣を越え、人を越え、神の奇跡の代行者となった美獣、リオニー・ミンダ・ヒュアツィンテ・アルベルタ・レイチェル・ウンべカントです」
再びの拍手と鳴り物。ここはどこかのスタジオなのか?
「これからこの二人で、トイフェルラントでのおよそ三年間の生活を紹介することになりました」
「ところで、恭一郎さん。前話回想って、何ですか?」
さっそくリオが、台本に無いことを喋り出した。恭一郎もいつぞやの戦闘で作戦の段取りを無視した前科があるので、リオに対して強気には出られない。
「リオも自宅のアニメ作品で、見たことがあるはずだ。各話の冒頭の数分間で、前回放送した内容を簡単に振り返るような演出があっただろう? それが、前話回想だ」
「あの冒頭の尺稼ぎみたいな部分が、前話回想だったんですね」
「簡単にこれまでの展開を振り返って、これから始まるお話に入りやすくする効果もあるから、一概にそうとは言えないな。まあ、大人の事情も絡んでくるから、あまり批判的に見ないであげような」
「分かりました。それでは、前話回想、行ってみよ~!」
こうして、先が思いやられる前話回想が始まった。
まずは、この世界の紹介からが妥当だろう。
「俺が自宅ごと転移してきたのは、昇神した父の源一郎が創造した、トイフェルラントという場所だった。いきなり人里離れた谷の中にぽつんと放り出されて、最初からえらい目に遭わされた」
当時の思い出を、しみじみと語る恭一郎。
「トイフェルラントは、私達『亜人』の住む直径一〇〇〇キロメートルほどの円形の島国です。中央に大きな火山と巨大な裾野の高原があって、その周囲から島の南部一帯が、広大な大樹の森で覆われています。島の北部には旧王都のある上流地域。東部と西部に、それぞれ中流地域があります。その他の居住可能な場所が、下流地域ですね」
かなり詳細を端折っているが、この程度なら問題ないだろう。
「地球と同じような環境にある惑星オディリアで唯一の陸地が、このトイフェルラントだ。以前は他の大陸もあったのだが、オメガによって世界が崩壊してしまい、現在のトイフェルラントを除く全ての陸地が水没してしまっている。実はこのオメガ、元々は父と因縁のある人物の怨霊で、父を憑り殺してこの世界に紛れ込んでから、邪神に昇神していたようなのだ。とはいえ、当時の俺は何も知らされていなかったから、内心では右往左往して上を下への大騒ぎだった」
「私達の世界は『デミ×ラヴ』という、日本の恋愛シミュレーションゲームがベースになっています。本来ならば誰もが幸せに暮らせる設定だったのですが、オメガによって破綻してしまいました。そのことに気が付いた源一郎様が、後から恭一郎さんのために『コネクティブ・アルファ トリプルシックス』という、戦闘メカアクションゲームをこの世界に捻じ込んでいたんです」
実際のデミ×ラヴは一八禁のエッチなゲームなのだが、その方面の表現の有る無しで全年齢版になったりするので、そのことは未だに秘密だ。
「そうして自宅にコネクティブ・アルファ、通称『CA』の基地が追加されていたのだが、機体と武器弾薬が搬入されている分だけで、一切の補給が絶たれた状態だった。基地を管理する人工知能の『ミズキ』と協力して、突然襲ってきた巨大な虎、タイグレスを辛くも撃退。追撃した先で、タイグレスに襲われていたリオを救助することになった」
「私達亜人は、タイグレスの先祖のような、土地神と呼べる存在と人間の間に生まれた、眷属のような存在です。基本的には人型で、身体の一部に種族的な特徴を備えています。私のような混雑種は、その種族的特徴が複数あるので、純潔血統主義のトイフェルラントでは、半端者で魔法も碌に使えない、迫害の対象でした」
リオが自身の身体にある、様々な種族の特徴を指示した。頭頂部には、小麦色の獅子耳。側頭部には、羊のように捻じれた黒竜の角。口には、小さな吸血鬼の牙。背中には、白隼の翼。腰には、金龍の尻尾がある。顕在化している種族的特徴は、この五種族だけだ。しかし、まだリオには、銀龍、白龍、熊、人魚などの多様な種族の遺伝子が眠っている。そのため、純血種では使うことのできない魔法や能力を、数多く扱うことができるようになっている。
「迫害の原因は、トイフェルラントの繁栄の礎となっていた『魔法』が、『魔力』の素となる『魔素』の枯渇で、満足に使うことができなくなっていたことにあった。どうやら魔法は、使える種類が少ないほど、消費する魔力が少なくて済むらしい。逆にリオのように多数の魔法が使えるような場合、消費する魔力も比例して多くなってしまうようだ。例えるなら、多くのアプリケーションがバックグラウンドで稼働し続けている、パソコンやスマートフォンのようなものだ。必要なモノだけに魔力を振り分けることができなければ、ただでさえ少ない魔力が無駄に浪費されてしまう」
「その魔力の振り分けにも、別途魔力が必要なので、混雑種は魔法が上手に扱えなかったんですね。そこへ現れたのが、『創世神の加護』を受けた恭一郎さんです。恭一郎さんは、タイグレスに襲われて気を失っていた私の命を救ってくださいました。そして意識のない私に、あんなことやこんなことを……」
「誤解を招くような言い方をするな。リオの怪我を確かめて、体を清潔にしただけだ」
「同意も得ずに、裸に引ん剝かれました……よよよ」
「あざとく、泣きまねをするな。あれは医療行為の一環だ。怪我で弱っていたリオが小汚いままだと、細菌性の感染症に罹ってしまうかもしれないからだ」
「大義名分はともかく、私の全身をくまなく調べたんですよね? 耳の穴の中から、足の指の爪の間まで。当然、私の豊満な胸も、縊れた腰も、大事な股の間も……」
「小枝のように痩せこけた、子供の頃のリオの身体をな」
リオが恭一郎に自身の魅力をアピールして、特定の箇所を強調するようなポージングをしている。なかなかに、けしからんメリハリだ。
だが、当時のリオは、成長の遅れている一〇歳ほどの貧相な身体だった。寸胴ぺったんこは、恭一郎の守備範囲圏外だ。とはいえ、この三年ほどの間に諸々なことが起きて、現在のリオは二〇歳手前の成熟した身体をしている。ちなみに実年齢は、肉体年齢よりも五歳は下だったりする。
「まあ、恭一郎さんになら、裸を見られても大丈夫ですよ。むしろ見せたいくらいですから。それはさておき、助けられた私は、恭一郎さんの作った白くてドロッとしたもので餌付けされてしまいました」
「消化しやすいように配慮した『おかゆ』だ。口の周りを汚しながら、土鍋から直接食べていたのは、どこのお嬢さんだった?」
「あんなに濃くて美味しいモノを知ってしまって、もうそれなしでは生きてはいけない身体になってしまいました」
「濃厚な魔素のことだな。この世界で唯一、俺だけが魔素を増やすことができたからな。創世神の加護の副次的効果だったのを知ったのは、つい最近のことだ。俺が直接関わって育てた食材の含有魔素が上昇して、俺が調理した料理では、魔素が爆発的に増大するという現象だ。あまり、思わせぶりな言い回しをするな。いちいち修正を加えるのは面倒なんだぞ」
恭一郎が暴走気味に発言を行うリオに向けて、非難する視線を送った。
すると、リオは自分の身体に指を這わせて、何やらムズムズと変な動きをしている。そのことに呆れている恭一郎の視線に気付いたリオは、全く悪びれもしない発言を口にした。
「慣れないポージングをしたせいでブラがずれて、ショーツも股に食い込んでしまいました」
「そういうことは、いちいち報告しなくていい。トイフェルラントの魔王らしく、もっと己の行動に気を配ってくれ。デリカシーが足りてないぞ」
「だって、恭一郎さんも (表現コード抵触警報発令中!) のポジションが気になったりしますよね? 自慢のショットガンが、ケースからはみ出したりしませんか? おっと、ロングレーザーソードでしたか?」
リオがわざとらしく、ニヤケ面で恭一郎の股間を凝視している。
こいつ、完全に遊んでやがる!
恭一郎の気も知らず、リオの暴走は続く。
「こうして恭一郎さんの虜になってしまった私は、そのまま永久就職するために、恭一郎さんとの共同生活を始めました。そして恭一郎さんのために働いて、たくさんのモノを恭一郎さんのために貢いだんです」
「雇用契約を結んで、亜人社会に出て行くことのできない俺に代わって、必要な物資の調達をしただけだ。トイフェルラントは、オメガの支配下にあった人間達によって、多大な損害を被っていた。その延長線上で世界が崩壊してしまったため、異世界から来た人間である俺は、そのとばっちりをもろに受けて危険な立場にあった」
恭一郎とリオとの関係は、双方の打算から始まった関係だった。恭一郎は、異世界で生きる術のため。リオは、己が野望の成就のため。
「恭一郎さんのお蔭で魔法も使えるようになり、恭一郎さんに何度も身を挺して救われた私は、心まで恭一郎さんに奪われてしまいました。この雄の子供が産みたいと自覚するほど、心と身体が恭一郎さんを求めてしまいました」
「リオが無茶をして、大きな鷲のアクイラスに啄まれそうになったり、廃鉱の地底湖で巨大海亀のアーケロスと戦って、山体崩壊に巻き込まれかけたりしたからだろ。意図的に引き起こしていたら、命が幾つあっても足りないぞ」
リオはタイグレスに続き、次のアクイラス戦では食い殺されそうになり、アーケロス戦では岩盤の下敷きにされそうなところを、恭一郎に助けられている。滅びつつあるトイフェルラントにおいて、異性のために命を張る行為は、求愛行動と同義であった。始めから恭一郎に対して好感度の高かったリオにとって、全く別の意図で行動していた無自覚の恭一郎に惚れてしまうのは、当然の帰結だった。
「そもそも、そういう直接的な物言いは、今も苦手なんだ。とはいえ、オメガのせいで滅茶苦茶にされた世界で生きて行くために、リオには本当に助けられた。他にも助けられた人物もいるから、彼等のことも紹介しよう」
リオが好き放題に喋っているので、話に纏まりが全くなくなっている。手遅れな気もするが、ここで多少でも軌道修正を行っておくことにする。
「そうですね。まずは、私達の仲間――というよりも、家族からでしょうか。基地の全てを管理して、CAを運用するために欠くべからざる存在。ミズキさんですね」
「その通りだ。ミズキはCAのゲームの中に出て来るオールド・レギオンという集団に属していた人工知能で、俺達の生活においては縁の下の力持ち的な、とても頼りになる家族だ。科学と技術の方面で最も活躍してくれている」
「そのミズキさんの簡易複製人格であるのが、アバターのアンドロイド。ハナさん達姉妹ですね」
「ハナはタイグレス戦で大破したCAを資材にして、俺のサポートをするために生み出された子だ。討伐したタイグレスの毛皮と骨を使って、トイフェルラントの亜人に擬態している。少々精神年齢が低くて危なっかしかったが、経験を積んで成長してくれている」
「ハナさんは、私達自慢の妹ですからね。トイフェルラントでは、私と一緒に色々な場所へ仕事に行って、基地に必要な物資の発見と確保に大活躍してくれました」
リオは恭一郎の生活の手伝いのため、魔導車という魔導エンジンと呼ばれる魔導具を搭載した車両で、行商を行なっていた。その魔導車というのが、恭一郎達が施した改良によって『普通』ではなくなってしまったのだが、今は脇に置いておく。
「ヒュアツィンテ商隊の活躍は、凄かったな。タイグレスの素材の売却益を元手にしていたとはいえ、日用雑貨から希少鉱物、食材はおろか、魔導具までたくさん手に入れてきてくれたからな」
「魔導具工作セットのお蔭で、恭一郎さんは三〇歳を待たずに魔導士になりましたからね」
「変なネタばかり覚えやがって。……魔導具とは、トイフェルラントで流通している魔法の道具で、少ない魔力を対価として、特定の魔法のみを発動させるものだ。内部には特別な文字による呪文回路が張り巡らされていて、様々な種類のモノが存在している。その魔導具を制作することができる人物を、トイフェルラントでは魔道士と呼んでいる。同じように、魔法が使える人物を魔法使い。より高度な魔術が使える人物を魔術師と呼ぶ」
「ちなみに私は、魔術が不得意な魔術王です」
「諸々の魔法効果で身体能力がブーストされているから、物理攻撃の方が魔法攻撃より使用頻度が高かったな。そんなリオが現在のトイフェルラントの王様なんだから、魔法文化の衰退はここに極まれりと言った具合か?」
「仕方ないですよ。恭一郎さんが来るまでのトイフェルラントは、古の戦争の影響で、魔素が枯渇していたんですから。その魔素を魔力機関に取り込んで魔力に変えて、その魔力を使って魔法を発現させるのですから。大元の魔素が無ければ、私達の魔力機関は使い物にならないんです」
「リオ達亜人には、その魂に魔力機関と呼ばれる特殊なモノが存在していた。それは先代魔王がトイフェルラントに持ち込んだ、また別の異世界の超技術の産物だ。俺も未だに理解が追い付いていないが、量子コンピューターとDNAコンピューターを掛け合わせた、とんでもない超高性能の演算装置で、条件次第では死者すら復活させられるようだ。もっとも、その方法が分からなければ、魔力を馬鹿食いされた挙句に魔法は不発に終わるようだが」
「魔法を使うにあたって、同じ魔法にも、消費魔力に差が生じるんです。その魔法の効果を得るまでに、途中でどのようなことが発生するのかを正確に理解することで、魔力機関が効果を発生させるために忖度して、必要知識の肩代わりをする分の消費魔力が節約できるからのようです」
「俺のイメージは、数学のテストでの計算問題だな。いきなり計算式の答えだけを書くのと、答えまでの途中式をしっかりと書き込むのとでは、見えてくる式全体の正確さに一光年ほどの開きがあるかもしれない」
「そんなこんなで結構万能な魔法ですが、その源たる魔力機関は、私達にとっても謎の部分が多いんです」
「実は魔導具には、魔力機関の働きをする機能が搭載されていない。魔導具を使用する場合、何処かの誰かの所持している魔力機関を使用して、魔法を生み出している。質の悪いことに、勝手に使用された魔力機関も、その所持者もまったく気付くことができない」
「でも、魔導具のお蔭で魔素の少ない環境でも、ある程度の魔法が使えるようになっていたんです。恭一郎さんも魔法が使えないハナさんのために、いろんな魔導具を開発してあげていましたよね」
「CA用に技術が転用できないかどうか、模索した結果で生み出された試作品ばかりだ。ほとんどの魔導具は、CAに転用することができなかったけどな」
「世話になったと言えば、リオの遠いご先祖様の『ウルカ』のことも触れないといけないな。ウルカは龍系種族の始祖にして、不老長命の亜神だった女性だ。滅びゆくトイフェルラントを救おうと、俺のことを世界救済の鍵として、手段を問わず取り込もうとした。俺に拒否された後も頻繁に出没して、貴重な食料を食い荒らされたりもしたな。まあ、その付けはきっちり身体で働いてもらったから、結果として食の多様性が増して万々歳だった」
「とんでもない年増のくせに、私の恭一郎さんに色目を使って誘惑してきましたからね。当初は目的もしっかりしていて、目的のためなら肉体関係すら迫っていました」
「当時のリオと、あまり大差がないような気もするぞ」
「私達の周りをうろちょろして、ちょっと恭一郎さんに優しくされたからって雌の顔をして、とんだ尻軽ビッチチョロインですよ」
「当時のリオと、似たり寄ったりのような気がするぞ」
「失礼な。私は恭一郎さん一筋で、尻軽ではありません」
「そこだけ否定するのか? ビッチとチョロいヒロインも否定しとけよ」
「若気の至りですよ。当時の私は、若かった……」
「そうだよな。魔法で大人に変身したり、正体不明の魔法少女を始めてみたり、欲望に忠実に迫ってきたりしたからな」
恭一郎は遠い目をして、当時のことを思い出す。ウルカと出会ったのは、アーケロスとの死闘の後だった。
当時の基地は、アーケロスの子亀がガレージで暴れた影響で、一時的に複数のCAが動かせなくなっていた。アーケロス戦でリオが大怪我をして、まともな戦闘能力を失った状態だった。
ウルカはそこへ忽然と現れ、リオに秘められていたドラゴンパワーという特殊能力で、その傷を癒してくれた。もっともそのせいで、リオは死ぬほど衰弱してしまったのだが。
後に友好関係となったウルカは、恭一郎に食事を集りに来たり、トイフェルラント中で食材を探し回ったりして、騒がしくも楽しい日々を送ることになった。
「でも、ウルカさんはオメガの使徒にされていた先代の魔王によって殺され、生ける屍にされてしまいました。そのせいで私達は、取り返しが付かない致命的な被害を被ってしまいました……」
「具体的には、基地に保有する戦力のほぼ全てを喪失。自宅も手洗いに直撃を受け、外壁の一部が大破。ハナが上半身だけになって、リオは俺を庇って犠牲になった。……もうあんな思いは、二度と御免だ」
「私を喪った恭一郎さんは、源一郎様が残していた布石によって、九死に一生を得ました。CAの最上位機種である『ヴァンガード』に乗り込み、見事にウルカさんを斃したのです。その後、源一郎様の手によって生き残っていたオディリアの人間達と協力して、私の仇討ちに向かってくれました」
「コネクティブ・アルファ=ヴァンガード。CAを超えたCAとして開発された、戦術級の戦闘能力を持つ戦闘兵器だ。従来機と同様にアルファ・コネクターこそ搭載しているが、使用されている機能の数々は規格外の性能を誇っていた」
「恭一郎さんの専用機には、特別な機能が搭載されていました。本来のヴァンガードは人機一体となる特別な操縦方法であったので、専用の外科的手術を受けていなくても乗れるように、恭一郎さんの脳波を機体へ送るシステムが使われていたんです」
「この世界の人間であるオディリア人は、絶滅の瀬戸際に父が助けた人々の末裔だった。そして俺と最初に接触したオディリア人は、この世界での父の直系の子孫にあたる『ハリエット』だった。彼女は父の愛用していたヴァンガード、彼等がメサイアと呼んでいる機体に乗って現れた」
「整い過ぎた美しさ以外、私の魅力にまったく敵わない方ですね。毅然とした態度とは裏腹に、結構ドジっ子で危なっかしいんですよ。そのせいか、部下の皆さんに陰で愛でられている、人気のアイドル指揮官でした」
ハリエットは、源一郎から一〇世代目の子孫だった。恭一郎とは限りなく他人だが、この世界において唯一の親戚だった。その外見は同じ源一郎の血が流れているのかを疑いたくなるほど、圧倒的に美しい。北欧系を想わせるプラチナブロンドの髪や陶器のような白い肌は、完全に日本人の血ではない。
「そんなハリエットと共に、仇のいるトイフェリンの在った場所へ向かった俺は、ウルカを殺した先代魔王のマイン・トイフェルと戦闘になった。俺は魔力を使う相手には相性が良くて、マインを打ち破ったまでは良かった。だが、オメガに命令されたマインによって、リオが敵として復活して立ちはだかってきた。しかもマインと強制的に融合させられて、ヴァンガードと同等以上の強さになっていた」
「その時の私は、オメガによって行動が支配されていて、恭一郎さんを手に掛けなければなりませんでした。恭一郎さんへの想いもオメガの意思に縛られていて、助けを求めることもままなりませんでした。それでも、恭一郎さんは私の想いを酌んで、私をオメガの軛から解き放とうとしてくれました。これまでの戦いのように、命を張って私を救おうとしてくれたんです。けれど、その想いも空しく、恭一郎さんに敗北した私は、オメガによって自由を奪われ、エネルギーの供給パーツにされてしまいました」
「オメガがリオの記憶から作り出した巨大CAに、俺は追い詰められてしまった。ダメージを負って墜落した俺は、ハリエットによってオメガからの止めを免れ、父の最後の布石によって、逆転の秘策を見つけ出した。そして、オメガの隙を突いて、敵の機体からリオを取り戻すことに成功した」
「恭一郎さんに助け出された私は、息絶える直前に恭一郎さんとの間に『連理の証』を立て、創世神の加護を受けた『奇跡の代行者』として、生まれ変わりました。『破邪聖浄の神気』という奇跡の力で、オメガは完全に消滅。世界を崩壊させた邪神は、私達の手で討伐されたのです」
「創世神となった父によって、俺はその加護を受けていた。創世神の加護は、この世界に紛れ込んだ邪神を滅するための奇跡の力を、俺を慕う人物に発現させるものだった。リオが事切れる寸前に、俺達は互いの想いを通わせることによって、連理の証を立てた。それによってリオは、破邪聖浄の神気を操る奇跡の代行者として生まれ変わった。というわけだ」
「それからは、完全にイベント戦闘でしたね。恭一郎さんと私、そしてハナさんと三人で、格好良いラストシューティングでオメガを完全消滅させましたから」
「その後に、機体のトラブルで死に掛けたけどな。誰かさんが動かなかったせいで、別の人物に美味しい所を掻っ攫われて……」
「さぁ、何のことでしょう? 私は恭一郎さんさえいれば、例え異世界で二人きりでも幸せですよ?」
すっ呆けているリオだが、自分だけが幸せであることを良しとする自己中心的な性格ではない。恭一郎のことを第一に考えている心優しいリオは、こうして主席観測者から与えられた役割を果たして、元の世界への帰還を目指している。その過程で多少の悪戯心は放り込んできているが、全てを破綻させて恭一郎を悲しませるようなことはしていない。
「それでもまだ、オメガの残党は存在している。その主力は惑星オディリアの衛星であるナディアにあって、その力を蓄え続けていた」
「オメガを討伐した後、私は先代魔王から力と記憶の一部を受け継いでいたこともあり、トイフェルラントの復興に取り組むことにしました。そこで国民の支持を集め、新しい魔王となってトイフェルラントを発展させようと考えたんです」
「その計画は、オディリアの急進派の横槍を牽制するために変更を余儀なくされ、リオの魔王への即位と、オディリア共和国との国交の樹立が、同日の内に執り行われることになった。その全ては、ほぼ計画通りに終った。だが、同時進行していた急進派のナディア侵攻作戦が失敗して、敵の大群の逆侵攻が始まってしまった」
「せっかく恭一郎さんと好い雰囲気だったのに、急進派とやらの (表現コード抵触警報発令中!) 共のせいで、完全に冷めてしまいました」
終始このような調子で、この後も果樹園跡や露天風呂などの話しが語られた。
◇◆◇◆
一応の役割を果たし終えた恭一郎は、主席観測者から差し入れられた日本のお菓子を摘まみながら、トイフェルラントへの転送準備が整うのを待っていた。
リオはこのお菓子を持ち帰ることができないためか、物凄い速度で大量のお菓子を胃袋に収めている。
「この菓子を今度作ってやれれば良かったんだがな。記憶が無くなるんじゃ、思い出すこともできない」
日本茶をすすりながら、一仕事終えた恭一郎が安堵のため息を吐く。リオがボケて、恭一郎が突っ込むという夫婦漫才に終始したため、予想以上に神経を疲労させていた。
「気にしなくて、いいんですよ。私はこうやって暴食することで、主席観測者なるストーカーの懐に、金銭的痛撃を与えているんです。決して、食い溜めに血道をあげているのではありません」
「おいおい。誰からも観測されなくなったら、俺達の世界にどんな影響が及ぶのか、はっきりと分かっていないんだぞ。最悪、二人で式を上げる前に終了してしまったら、それこそ今までの苦労が水の泡だ」
「だからといって、私達の生活をずっと見続けて良いことにはなりません。彼等が実際に行っていることは、どのような美辞麗句を並べようとも、盗撮と盗聴です。私は恭一郎さん以外の雄に、この肌を曝すつもりはないんです。ストーカーとストーカー予備軍におもねるなんて、恭一郎さんに浮気をされることよりも、我慢ならないんですよ」
焼き菓子を歯で粉砕しながら、リオが飲んだくれのおっさんのようにだらしなく、食べかすを口からボロボロと溢している。
食べることに関して一家言のあるリオが、このようなマナー違反を行うのだから、相当腹に据えかねているのだろう。
それは恭一郎にも、思うところはある。恭一郎とて、リオには遠く及ばないまでも、リオのことを独占したいという気持ちを否定できない。ここでの記憶が失われてしまうため、観測者達を意識した行動を取ることができないのは、如何ともしがたい気分だ。
「それはそうだが、なぜ俺の浮気が比較対象になるんだ? 俺はこれからも、リオを一途に大切にし続けるぞ」
「分かってますよ、そんなことは。恭一郎さんは、不器用なまでに愛することが下手な性格なんですから、他の誰かを同時に愛せるような器用な真似はできっこないんです」
「んぐ。悔しいが、反論の余地がない」
「もっとも、家族愛は結構柔軟ですよね。ミズキさんやハナさん達。家族が増えるごとに、恭一郎さんの幸せオーラが可視化できそうになっていますから」
「そんなところまで見られている、だと」
「まだまだ、ですよ。保護した子供達と遊んでいる時や、ハリエットさん達オディリアの人とも交流できて、凄く充実しているんじゃないですか?」
「そこまで読まれているのか。ひょっとしてリオは、エスパーなのか?」
「どうしようもなく恭一郎さんのことが大好きな、ただの女の子ですよ」
「そうだったな。妙に納得できた」
リオが不満そうな態度を吹き飛ばし、幸せそうな笑顔で恭一郎を見詰めてきた。
「早く結婚して、幸せな家庭を作りたいですね」
「急に改まって、どうした? 変なフラグでも立ったのか?」
「いえ、この空間での記憶は、帰ったら失われてしまうので、普段は言えないような素直な気持ちを伝えておこうと思っただけです。私だって、こうやって嘘偽らざる想いを聞いてもらいたくなることだってありますから」
一方的に心情を吐露して、とてもすっきりした表情をしているリオ。どうにも対抗心をくすぐられた恭一郎は、旅の恥は掻き捨てとばかりに、普段は重い口を開いた。
「俺だって、リオと一緒に夫婦として暮らしたい。ミズキ達家族と一緒に楽しく暮らして、いずれ産まれてくる俺達の子供と一緒に、この世界の素敵なことをもっと見付けて行きたいと思っている。……って、なぜそこで、自分の身体を掻いているんだ? 俺のせいで鳥肌ができたとか言わないよな?」
柄にもなく本音を語った恭一郎に対して、リオが胸や背中、腰や尻のあたりを指で弄っている。
「違うんです。恭一郎さんの言葉が嬉しくて興奮したら、下着の位置がずれてしまって……」
「下着のポジションは、ネタじゃなかったのかよ!?」
恭一郎は、激しく脱力した。それは見事なオーでアールでティーだった。
オルツかれさまである。
異世界ユートピア ~理想の世界は崩壊した後でした~
からの続編となります。
ある程度溜まったらまとめて出しますので、気長に待っていてください。、