不倫の代償
夫とは、どこにでも転がっている様なごく平凡な出会いでした。
夫は、取引先の製本会社に勤めていて打ち合わせで、ちょくちょく会ってる内にランチに誘われたのがきっかけでした。ルックスとか性格とか妥協点ほ色々とありましたが、四十路前の彼の強引なアプローチに根負けしてズルズルと付き合っている内に、ランチからディナーへディナーからブレックファーストへ平凡ですよね。
私は、父親がどこの誰かも知りません。さっき、お話した通り母も一人ぼっちでした。なので、天涯孤独なんです。そのせいか私は、どこにでもあるごく普通の家庭に憧れていました。優しい夫とやんちゃな息子とおちゃめな娘に囲まれて家事に追われながら年をとって行く、そんな平凡な人生に憧れていたんです。
夫は、両親も健在で、姉一人、弟一人の3人兄弟と言った、私にとっては、理想的な家庭を持っていたので、この人が、その私の平凡な夢を叶えてくれそうな気がしたんです。
新居は小さな賃貸のアパートでしたが、久しぶりに二人で行った映画の帰り道に立ち寄った新築のマンションのモデルルームに夫が一目惚れして、営業マンに今の家賃にちょっと足すだけで買えますよ、なんて言う甘い言葉に誘われて、1年後に、こんなことになるのも知らずに、まるでスマホの料金プランを決めるように買っちゃたんです。
それは、丁度、三杯目の中ジョキに口を付けた時でした。
「美砂子!」
「えー?」
「今 携帯鳴ったで 多分 ラインちゃうか」
「あ ありがとう」
それは、彼からのラインでした。
「ありがとう・・・って それだけ? 他に言う事 ないのかなぁー それも ラインって 今更 私の声 聞きたくはないとは思うけど 電話ぐらい 出来ないのかなぁー いろいろ 整理するもの あるのに たく! あのマンションどーするのよ! 頭金の半分と毎月のローンの半分 私が出したんだからねぇー 震度7でも大丈夫な あのマンション半分にぶった切りますか!」
「美砂子!」
「えっ!?」
「あんた 何 さっきから一人で ブツブツゆうてんの?」
「あー」
「誰からのライン? もしかして 旦那?」
「う うん」
「で 何て ゆうてはんの?」
「これ!」
酔った勢いもあって、思わず私は、早紀の目の前にスマートフォンの画面を差し出しました。
「ちょっと! 近いって!」
「あー ごめん・・・」
「なになに ありがとう・・・・って これ 何のお礼なん?」
「さぁー なんだろうね?!」
「旦那 そんなに離婚したかったんや!」
また、その言葉に隣のカップルが反応しました。
「早紀! 声が大きいって!」
「ゴメーン」
1年程、前から、なんとなく夫が不倫しているって言うことには気づいていました。
最初の兆候は、ある朝、洗濯機の下に落ちていた彼のシャツから甘い香水の香りがしたんです。
それから、数カ月後、今度は、車のシートの下にラブホテルの割引券が落ちていました。
それが、決定的な証拠となったんです。
でも、夫が不倫するのも仕方がないことでした。
新婚の時から、起きる時間も、寝る時間も、食事をとる時間も、それから、休日もバラバラだったんですから。これでは、寂しかったら不倫して下さいって、言っているようなものですよね。
もし、子供でも出来ていたら、子供の為に頑張ろうと思ったのかもしれませんが、当然のことながら、子供は出来ませでした。
何で、夫婦をやっているのか。何で、同じ家に住んでるのか。
お互いに、訳が分からなくなっていたんだと思います。
そんな頃、やけ酒を飲みに行った藤沢のバーのマスターと恋に落ちたんです。
マスターは、私よりは一つ年下のサーファーで、文系の夫とは、全く違ったタイプでした。
マスターも既婚者だとは分かってはいたのですが、奥さんとは別居をしていて、子供もいないと言う話をバカな私は、信用してしまったんです。
愚痴友達から始まった、その交際は、寂しさも手伝って、身体を重ね合う仲になってしまったんです。
そんな、真夏のある日、2人で行った湘南の海で、ばったりとサーフィンをしに来ていた高校生のマスターの娘さんと会ってしまったんです。彼女の「お父さん!」と叫びながら手を振った笑顔を忘れようとしても忘れられません。不倫相手を、自分のテリトリーに連れて来るなんて、つくづく、男ってバカですよね。奥さんとの別居も子供がいないと言うことも、全部、嘘でした。
私にとって見れば、連続して、男に裏切りられた辛くて切ない出来事でした。
それからと言うもの、私は、もう、誰も信用できなくなって、レインボーブリッジか、スカイツリーから飛び降りて、木端微塵にこの世からいなくなりたい、そんな事を真剣に考えるようになりました。
仕事も手につかなくなって、まるで気の抜けたゾンビの様になってしまいました。
不倫の代償は、私が想像していたよりも、遥かに大きなものでした。
そんな時、死に支度で、家の荷物を整理してところ、思わぬものと再会したんです。
それが、ここ京都へと来ることになったきっかけなんです。
それは・・・。