運命のモノクローム
私は、ライターです。
ライターと言っても、温泉専門雑誌の小さな出版社のしが無い物書きです。
良く言えば少数精鋭、言い方を変えると、人手不足のブラックな会社では、既婚者でありながら家事をする暇もなく全国の温泉地を周ると言った慌ただしい毎日を送っていました。
撮影の交渉から始まって、チケットの手配、現場での撮影まで全部私一人の仕事でした。
挙句の果てに、入浴シーンのヌードモデルまでやる始末。勿論、顔出しだけは、NGですがね。
おかげで子供が出来ないは、夫は不倫するは、挙句の果てに私まで不倫しちゃいました。
その結末は離婚。
当たり前と言えば当てり前ですよね。
京都には、二泊する予定でした。結婚式以来やっと取れた有給休暇だったんです。
でも、次の日の早朝の新幹線で、一旦、横浜に戻って、家には帰る暇もなく出勤して会議の後、秋田行きの鬼のようなスケジュール。これでは普通に考えたら夫婦生活なんて無理でしたね。その事は、今になって分かった始末、つくづく私は天然です。
「いらっしゃいませ!」
テーブルを、拭いていた一人の若いてウエイトレスさんが、私を見てニッコリと微笑んでくれました。
その時の荒んだ私の心には、彼女のその元気な声とにこやかな笑顔が何よりの癒しに感じました。
「お一人様ですか?」
「待合わせで 後でもう一人きます」
「そうですか では こちらの席へどうぞ」
通されたのは、一番奥の窓際の席でした。
「ご注文はどうされますか?」
「それじゃ・・・温かいコーヒーお願いします」
「ホットですね」
窓の外には、桜の花びらがゆっくりと流れる高瀬川のせせらぎがすぐそこに見えてました。
私は、暫くの間そのピンク色をした水面をただただボーと眺めていました。
そして、何気に窓の横に掛けられて一枚のモノクロの写真に目を移しました。
「ホット お待たせしました」
「あ ありがとうございます」
間もなく、香ばしいコーヒーの香りが白い湯気に乗って、私の顔へと漂い始めてました。
「ごゆっくり どうぞ」
気分の良い、おもてなしの言葉と笑顔でした。
「ありがとうございます」
私は、コーヒーカップに口をつけて、また、何気なくそのモノクロ写真に目を移しました。
その写真には日本髪を結った綺麗な芸者さんと軍服を着た金髪の外国の軍人さんが並んで写ってました。
年の頃なら、芸者さんは、二十代前半で、軍人さんは三十代前半と言った感じでしょうか。
背景は、どこかのお座敷のようでした。でも、不思議なことに、この二人は無表情でした。
「何かの記念写真かな? でも何で無表情? そっか 映画のスチールだ 喧嘩でもしたシーンなんだ」
確かに、店内の壁には昔のハリウッド映画のポスターや俳優のブロマイド写真が飾ってあったので、てっきり、私はこの写真も昔の映画のスチール写真だと、その時は、思い込んでいました。
「でも こんな映画あったけ?」
私は、両手の手のひらに挟んだ冷めかけたコーヒーカップを唇に押し付けながら、妙に魅力的な、このモノクロ写真をじっと見てめていました。
この写真が、それからの私の人生を変えてしまう運命のモノクロームとも知らずに。