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瑠璃色の空  作者: 須玖 明希留
5/6

俺が引きこもりを辞めた話

 色々と考えを巡らしている内にあっという間に時間は過ぎて行く。

 俺は相当焦り、疲弊していたらしい。知恵熱を出して部屋で倒れていた所を璃音が発見し、ベッドに寝かせてくれた。

 そして、その枕元で話して聞かせてくれた璃音の思いを知り、俺は行動を起こす覚悟を決めた。

 決行日は明後日だ。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 翌日。俺は社長室の前に立っていた。ノックを二回すると少ししてから扉が開き、中から男性が出てきた。


「お早う御座います。お名前とご用件をお願いします。」

「おはよーございます。琉空です。社長に話があって来ました。」

「琉空様ですね。少々お待ち下さい。」

「はい。」


 佐藤以上にキッチリとした印象を受けたので、思わず背筋が伸びた。ただ佐藤よりも表情が柔らかく、優しそうな感じだった。


「お待たせ致しました。社長は会議室での談話を希望していますので、よろしければご案内致します。」

「それで大丈夫です。」

「ではご案内致しますね。」


 54階の会議室は思っていたよりも小さかった。2人で話をするのにはぴったりだろう。

 案内してくれた男性はお茶を入れて「社長はもうあと5分ほどで来ますので。」と言い残し、早々に戻って行った。

 急須と、あいつに出す分だろうもう一つの茶碗と一緒に残された俺は、とりあえず茶をすすって待つ事にした。


「待たせたな。」


 さっきの男性を後ろに従えて、あいつは俺の机向かいの椅子に座った。男性はあいつの分のお茶を入れると「ごゆっくりどうぞ。」と言って会議室を出て行く。

 それを横目にあいつは茶をすすって一息ついた。


「それで? 話って何だ? 大方人形の事だろうと見当は付くが。アレは非売品だから売らんぞ。」


 勝手に話題を決めつけて、先手を打ったつもりで踏ん反り返っている。鼻から俺の話を聞くつもりがないのが明らかだ。


「一度家に帰ってパソコンとか取って来たい。」

「駄目だ。居座る気か? お前がさっさと人形を諦めればここで生活する必要は無いんだ。」

「璃音は俺と暮らしたいと言ってくれた。俺はそれに応えたい。」

「そういう設定をされているからだ。人形に意思はない。」

「それは違う。璃音には感情がある。璃音は身体が機械だとしても、人間と同じように生活している。人権が適用されても良いはずだ。」

「おかしな事を言うな。そもそも人形は人間じゃない、モノだ。お前はとうとう妄想と現実の区別も付かなくなったのか?」


 頑として意見を異にする俺に呆れ返ったのか、盛大なタメ息を吐いた。


「勝手にしろ。」


 言質は取った。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 そして決行日当日。俺と璃音、そしてミハイロは研究室にいた。


「ミハイロ。お前は、何で璃音を作ったんだ?」

「うーん。兄弟が欲しかったから、かな? だから僕に似せて作ったんだ。愛情で育つようにしたんだけど、僕じゃ役不足だったみたい。本当の愛情ってなんだろうね。No.7をここまで育てたキミなら分かるのかな? ねぇ、教えてよ。僕に本物の愛情ってヤツをさ。」


 ミハイロは無邪気な瞳で俺に笑いかけた。


「……それならまず、一度でも兄弟を捨てた事を反省しろ。作られたモノだからって馬鹿にしていないか? 璃音にも、ちゃんと心があるんだ。それをお前は、知っているのか?」


 ミハイロは驚いていた。それが答えだった。


「求めているばかりの今のお前じゃ、自然と誰かに何かをしてあげたいとは思わないだろうな。それが、愛情ってやつなのに。」


 俺は璃音を抱えて部屋を飛び出す。茫然としていたミハイロはすぐには追ってこないだろう。

 後ろを振り返る事なくビルに備え付けられた非常階段を駆け下りて行く。

 そもそも前提が間違ってた。璃音は璃音なんだ。俺が俺であるように、人形とか人間じゃ無いとかは関係無い。

 俺は世界にただ一人だけの俺として、世界にただ一人だけの璃音を世界一愛してる。ただそれだけでいい。御託ごたくは必要ない。


「こんな狭い世界は、俺達が一度捨てられたように捨ててやって、広い世界に出よう。絶対どこかにはあるはずなんだ。俺と璃音と2人で普通に、幸せに過ごせる場所が。」

「……うん。」


 俺は安堵の表情を浮かべる璃音を見て、あの日の璃音の言葉を思い返す。


『わたしがわたしでいられたのは、お兄ちゃんのおかげ。

 わたしに璃音という名前をくれたように、お兄ちゃんの名前をちゃんと知りたい。

 わたしもお兄ちゃんの名前を意味を込めて呼びたいから。』


「名は体を表す、か。」


 何事も楽しんで欲しい。それが俺に込められた思い。そして、広い世界を見て欲しい。それが璃音に込めた思い。


「琉空お兄ちゃん?」


 腕の中で俺を見つめる純粋無垢な瞳に笑いかけ、最後の一段を降りた。

 これから体に表して行こうじゃないか。


「何でもない、ただの独り言だ。」

「そっか。」


 足元に落ちているリュックを背負う。事前に窓から落として置いた。これからの生活で必要になるだろう最低限の物だけを詰めて。


「璃音、愛してる。2人で幸せになろうな。」

「うん。わたしも、愛してる。」


 親愛のバードキス。俺達はやっと、自由を手に入れた。あの言葉で、俺はその自由を守る覚悟が出来た。


 璃音、俺はお前とのこれからを楽しみたいんだ。











 まだ沈み切っていない太陽の光と、惑星を包むように広がる宵闇の間に生まれた澄んだ青い空。璃音と二人で見た今日の景色を、俺は一生忘れないだろう。

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