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瑠璃色の空  作者: 須玖 明希留
4/6

会いたくねぇ奴に会いに行った話

 気付けばぐっすりと寝ていた俺は、璃音に揺り起こされた。


「着いたよ、お兄ちゃん。」

「……おーぅ。」


 ぐっと背伸びをして凝り固まった首や肩をほぐす。

 ふと前を向くと、助手席から佐藤がじっとこちらを見ているのに気付いた。


「あ、おはよーございます。」


 佐藤はタメ息を付いて自分の口の端を指差した。


よだれ、付いてますよ。」

「まじすか。」


 俺は慌てて口を袖で拭った。


「貴方も着けてください。」


 そう言って佐藤から渡されたのは、『関係者』とデカデカと書かれた紙が入ったネームホルダー。

 璃音を見ると既にその首には青いストラップが掛かっていた。


「では、行きますよ。」


 佐藤は助手席を降り、後部座席のドアを開けた。そして俺の次に出て来た璃音の手をとって降りるのを補助する。escortエスコートバッチリじゃねえか。見習お。

 着いたのはドデカイ一面ガラス張りのビルだった。テッペンを見上げると首が痛い。

 佐藤に続いて、璃音、俺、鈴木の順で目の前のビルに関係者入り口から入って行く。


「くれぐれも静かにお願いします。」


 子供扱いかよ。言われなくても分かるわ。子供だけど。

 璃音は素直に頷いていた。


「お疲れ様です。」

「お疲れ様です。」


 すれ違う社員の人達に佐藤や鈴木を真似して挨拶しながら廊下を進み、エレベーターに乗り込む。

 佐藤は沢山あるボタンの内、56と書かれたものを押した。見ると一番大きい数字は59で、それがこのビルの最高階なんだろう。

 56階に着き、1階とは打って変わって静かな廊下を歩いて行く。

 そして直線上にあった両開きの扉の前で止まり、二回ドアノックをしてから佐藤は俺達の方を振り返った。


「社長が貴方達との面会を望んでおります。」


 佐藤はそう言って片側の扉を押し開く。

 中には白髪の混じった黒髪の髭面男が黒いソファチェアに悠々と座り、俺達を待っていた。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「社長、連れて参りました。」


 佐藤が人形と青年を連れて社長室に入ると、社長は笑顔で佐藤を出迎えた。


「ご苦労。」


 そして佐藤の横に並んだ青年の方を見て、表情を変えた。

 社長は目を見開いて何か言いたげに口を薄く開く。しかし、何かを堪えるように俯き「いや、よそう。」と呟いて再び青年の方を見た。


「久し振りだな。」

「……そうだな。」


 社長と青年はどうやら知り合いだったらしい。親しさを感じさせる砕けた言葉使いだが、2人の間に漂う空気は冷ややかなものだった。


「佐藤と鈴木は人形を連れて研究室に先に行っててくれ。人形をミハイロ君に引き渡したら通常業務に戻っていい。」

「承知致しました。」


 佐藤は言われた通り、人形と鈴木を連れて社長室を出た。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 パタンと扉が閉じられ、部屋には俺と髭面男の2人きり。そいつは俺を見とめると、再び口を開いた。


「お前があの人形と一緒だったとは、意外だったよ。」

「ゴミ捨て場に捨てられてたんだよ。何で捨てられてたのかも知ってそうだから根掘り葉掘り聞いてやりたいが、それよりも。璃音の事を人形って言うな。何で人をモノみたいに言うんだよ。やっぱり人体実験していたのか?」


 俺がそう訴えると、またしても驚いたように片眉を釣り上げた。


「人体実験だと? 冗談はよせ。璃音というのがあの人形の事を指してるとしたら、アレはモノだからだ。比喩では無くな。アレは我が社の研究員が開発した機械人形の試作品だ。一緒に居て人間だと不自然な所に気が付いていたはずだが?」

「……機械人形?」


 戸惑う俺に「そうだ。」と念押しし、追い討ちを掛ける。


「硬い皮膚、動きの少ない眼、規則的な瞬き。なかなか人と触れ合わないお前にはこれらは分かり辛いかもな。だが何より明らかな人間ではあり得ない成長の早さと記憶力の高さには、お前も違和感を持ったんじゃないか?」

「……。」


 後の二つには心当たりがあり過ぎるほどにあった。かと言って直ぐに信じる事は出来ない。あんなに人間臭い璃音が機械人形? 人形みたいな可愛い顔をしているとはいつも思っていたが、それは比喩でだ。


「お前は随分とあの人形に入れ込んでいるみたいだから、直ぐに信じられないとは思うが。これから研究室に連れて行くつもりだ。その時に否が応でもわかるだろう。

 その前に質問をいくつか受け付けようか。お前の心の整理が出来るまでな。」

「……最初にも言ったと思うが、なんでゴミ捨て場に捨てられていたんだ?」

「我が社の研究員が不完全なモノだとして破棄したと言った。俺も驚いたが。」

「ミハイルか。」

「ミハイロ君な。これから会うのに失礼だからちゃんと覚えろよ。」

「善処はする。」


 俺の返答に失望したのか長いタメ息をつかれた。


「俺の名前をしょっちゅう間違えていたあんたが言う事じゃ無いだろ。」

「……それはだな。まぁ、すまなかったと思っている。だが、言い訳させて貰うとお前に付けようと思っていた名前が『龍矢りゅうや』だったからだ。」

「でも俺の名前は『琉空りく』だ。」

「そうだな。お前の母さんとはかなり揉めたよ。最終的に俺が負けたけどな。」

「ママが付けてくれた方が断然いいね。」

「お前、その歳でまだ母さんの事をママって言ってるのか? もう17になるだろう。」

「ママがママって呼べって言ったから。」


 さっきより長いタメ息をついて「お前は昔っからマザコンな……。」と呟いた。

 それには全く否定しない。むしろ全力で肯定しよう。ママが大好きで何が悪い。


「俺の事は絶対パパって呼ぶなよ。」

「誰が呼ぶかよ。」


 死んでも呼ばない。あんたの事は大嫌いだから。

 俺の将来を勝手に決めて、俺の意思を無視して、自分の都合ばっかり、理想ばっかりを押し付けたあんたが嫌いで嫌いで仕方がない。


「何にせよ。あの人形を真っ先に連れ帰ったのがお前で助かった。下手をすれば我が社の損失になっていたからな。」


 こいつはいつも自分の会社の事ばかりだ。その会社には注ぐ愛情を、俺は一度だって受けた事が無い。

 優先順位が家庭より会社の方が高い。

 俺がこいつの望むように後継ぎとして言いなりになっていればもう少しマシな愛情が俺にも向けられたことは想像にかたくない。

 だがママをないがしろにしたこいつにこびを売るくらいなら引きこもった方がマシだ。

 ママの最期を看取ったのは結局俺1人だった。俺は堂々と学校を休んだが、名前も呼びたくないこいつはもちろん会社だし、2人とも実家から勘当されていて親も親戚も誰も来なかった。流石に葬式の時は何人か来ていたらしいが。


「これからどうするつもりなんだ?」

「今のままの生活で問題ないからずっと引きこもっているつもりだ。金なら翻訳の仕事で稼いでるし。」

「何で今日は出てきて居たんだ? 外出そんなに好きじゃないだろ?」

「璃音に頼まれたからな。海に行きたいって。」

「……そうか。」


 三度目の大きなタメ息をついて椅子から立ち上がった。


「もう準備は出来ただろう。行くぞ。」


 振り返りもせず部屋を出て行くそいつの背中に無言でついて行く。早く璃音に会いたい。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 研究室に入るとそこには璃音に似た小学生ぐらいの子供と、手術台のような台の上に横たわった璃音がいた。

 子供が璃音の腹に何かしているのを見て、俺は思わず飛び出しそうになった。だが、前にいたあいつに左手で制される。


「遊んでいるわけじゃない。彼は研究員で、あれはメンテナンスだ。さっきも言っただろう。アレは機械人形だと。」


 そう言ってたしなめると、俺を置いて白衣を着た子供に近づいて行った。


「すまん、遅くなった。」

「あ、社長!」


 子供は手を止めて乗っていた踏み台から降り、あいつの横に立った。


「人形と一緒にいた青年だ。名前は琉空。仲良くしてやってくれ。」

「はーい。リクくんよろしく。」


 何故か背筋に悪寒が走る。俺を見る青い眼が得体の知れない好奇心に満ち溢れていたからかもしれない。


「琉空、紹介しよう。我が社の研究員であるミハイロ君だ。この人形をたった一人で作り上げた素晴らしい才能の持ち主でもある。」


 その名前を聞いて俺は驚きを隠せず言葉を失った。

 大人の男を想像していた。それがまだ年端もいかない子供だったなんて。

 しかもこの子供が璃音を作った? たった一人で? 冗談だろ? 冗談にしか聞こえない。研究室に子供がいる時点でおかしいと思っていたのに。


「驚いてるね。」

「無理もない。俺も最初驚いたんだ。驚かない奴なんてそうそう居ないだろ。」

「そうだったんだ。すごくほめてくれた印象しか残ってないや。」

「ミハイロ君には褒めるところしかなかったしな。」


 俺を横目に和気あいあいと話す2人。後ろに静かに横たわる璃音との対比が異常に見えた。


「璃音は、……大丈夫なのか?」


 自答になってしまったが、どうやらミハイロには聞こえていたようで、俺の方を見て璃音を指差した。


「No.7のこと、リンって呼んでるの?」

「……ああ。そうだ。」

「リンって呼びかけて反応する?」


 俺は深く頷くことで答えた。


「ふーん。やっぱり所有者登録完了済なんだ。キミにはたくさん聞きたいこととかやってもらいたいことがあるから何日かここに滞在してもらう予定だよ。社長にはもう許可はもらってあるから。ね?社長。」

「ああ。嫌ならそれで構わないが、人形と一緒に帰れるとは思うな。アレは我が社の所有だからな。」


 俺の答えは一択しか残されていなかった。


「分かった。それで、俺はどこで過ごせばいいんだ?」

「普段はこの研究室内で過ごしてもらう。寝る時はミハイロ君の部屋に泊めてもらえ。」

「僕はオッケーだよ。お泊まり会だね、楽しみ!」


 トントン拍子に予定が決まっていくのを、俺は茫然と静観していただけだった。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 ミハイロが言うには璃音は今、電源を切られている状態らしい。今の状態、特に海水の影響が無いかを調べている為、再起動させるのは明日の午後だそうだ。

 今日はもう遅いので寝ると言う。

 璃音を研究室の作業台に置いたまま、その隣のミハイロの部屋に案内された。


「お前、まだ9時なのに寝るのか。偉いな。」

「子供は寝る時間だしね。明日があるんだし、無理に起きててもしょうがないじゃん?」

「まぁ、確かにそうだが……。」


 璃音を連れて帰る前までは夜更かしが当たり前になっていた。一緒に暮らし始めてからも12時までパソコンで作業をしていた俺はミハイロの早寝の習慣に少し驚く。研究者と言う肩書のミハイロも夜更かしするとばかり思っていた。


「キミのベッドはそこだよ。着替えとか、必要そうなものはその下に入ってるらしいから探してみて。僕先にシャワー浴びてるね。」

「おう。」


 ミハイロの言う通り、ベッドの下にあった段ボールに服や歯ブラシなど、家にあった生活用品が入っていた。


「電子機器とかはねぇのな。」


 ネットは使えなさそうだ。きっとあいつが情報漏洩に気を使ったんだろう。


「次いいよー。」


 風呂から上がったパジャマ姿のミハイロが俺を呼んだ。

 俺も段ボールから出したパジャマと歯ブラシを持って入れ替わりで風呂場に入る。

 風呂から上がるとミハイロは既に自分のベッドで寝息を立てていた。


「……どっからどう見ても子供だな。」


 こんな小さいやつが高クオリティーの機械人形を作ったとは未だに信じ難い。しかも研究室にはミハイロの他に研究者は誰も居なかった。

 居住できる部屋が隣接している事から、あの研究室はミハイロただ一人の為に作られた物だと推測できる。

 あどけない寝顔を見ながら、俺はあいつのミハイロに対する異常なまでの特別待遇に薄ら寒さを感じていた。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 ミハイロは俺より早く起き出して着替えていて、俺が目を覚ます頃にはダイニングに料理が並べられていた。

 ミハイロが作ったのかと驚くと、ミハイロは笑って首を横に振った。食事は毎回運ばれて来るらしい。

 食器は洗って運ばれて来たカートに載せて置けば勝手に回収してくれると言う。

 朝食を終えて、璃音が寝ている研究室に行く。

 横たわる璃音に触れると死人以上に冷たかった。普段暖かかったのは機械の熱であったらしい。

 感傷かんしょうに浸っていると、ミハイロが「邪魔だよー。」と俺を退かした。


「ねぇ、No.7とどんな生活を送っていたのか聞かせてくれないかな?」


 璃音の身体をイジりながらはずんだ声で言う。No.7とは璃音の事だろう。それなら七で良くないかとは思ったが口には出さなかった。


「ながら作業だと手元狂わないか?」


 呼び方どうこうよりも、璃音に何かあったら俺が嫌だ。


「大丈夫! そんなヘマした事一度も無いよ!」


 あまりにも自信満々に言い張るので、諦めて俺は璃音と過ごしていた数日間の事をミハイロに話して聞かせた。


「ふーん? 特別何かしたっていう感じじゃないのになあ。アイスが良かったのかな? 味覚は無いはずだけど。」


 そう言いつつミハイロは璃音の口を開けて中を見る。


「なんで璃音はアイス食った事なかったんだ?」

「僕が冷たいものは好きじゃないからね。頼んだ事ないや。」

「そうか。」


 やっぱりキーンってなるからか?


「でーきた!」


 ミハイロは璃音の腹や腕の捲っていた蓋を全て閉じ、いそいそと道具を仕舞い始めた。


「もう終わったのか?」


 予定では午後と言っていたはず。今はまだ午前十時だ。


「僕は天才だからね。」


 ミハイロは腰に手を当てドヤ顔をして見せた。


「電源入れてといてくれない? 首のところの凹みを押し込んで、音がしたら離してね。」


 俺は璃音の上半身を起こして、言われた通りに電源を入れた。

 それから少しして璃音が目を開けた。


「おはよ。」


 声を掛けると璃音はゆっくりと振り向き、俺を見て笑顔になった。


「おはよう。お兄ちゃん。」


 ミハイロは璃音からも俺との生活について聞き取りを始めた。璃音からの視点で進む話は俺が新しく璃音を知れたことも多かった。


「No.7は所有者登録した対象の行動が愛情と判断したら育つように設定してたんだけど、僕の行動に問題なんて無かったと思うんだけどな。

 なんでリクくんの行動はほとんど全部愛情って判断されてるんだろ?」

「……。」


 ミハイロは始終不思議そうに首を傾げていた。璃音はそんなミハイロを無表情で見ていた。



 ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 ミハイロの質問責めが終わり、俺は璃音を買うことが出来ないか研究室に来たあいつに直談した。


「人形は渡せない。璃音はミハイロの、ひいてはこの会社の所有だからだ。」

「一度は捨てたくせに。」

「それはミハイロの独断だ。会社の総意ではない。」


 俺はこれからどうすればいいのか。今のままでいいと豪語していた俺は消えかけていた。

 このままでは璃音と離ればなれになってしまう。

 それだけは嫌だった。


「璃音と同じような機械人形が早く普及すれば、そうすれば璃音が狙われる危険性が減ると思う」

「機械人形はブランドをつけ、高く売り出すつもりだ。外国への輸出も視野に入れている。

 それにあの人形はプレミアムな初号機として見物料が取れるようになるだろう。」


 低コストで大量生産を進めて欲しい俺と意見が違っている。しかも、璃音を見世物にするつもりなのが腹立たしい。

 俺は、覆す為にこいつの会社を継ぐことを目指すべきなんだろうか。

 何を言っても暖簾のれんに腕押し状態で、俺はミハイロの部屋に引きこもった。

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