表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
96/198

九十六話 全強化

鳥人族の里を出て来てから、自分の事をならず者だとぬかす馬鹿共を

もう何人と見てきた。確かにそう悪びれるだけあって、そいつらは横暴で

感情を抑えるのが苦手な上に、他人には配慮の欠片も持たなかった。

そうやって人の迷惑も顧みず好き勝手に暴れる癖に強い者には媚びへつらう。

言っては何だが屑と呼んで差し支えない卑劣漢ばかりだった。


そう、卑劣漢だ。これまではただの一人の例外無く、

ならず者を自称する輩はただの卑劣漢だった……。


だから、羽膳にはこの界武という男が分からない。

ならず者と自称するだけあって、確かに感情を抑えるのは苦手に見えるが、

この男の行動原理には、ならず者にありがちな自分の欲望を叶えるため、

という意識が欠如しているように見えた。


『閃刃』を助ける為にと新坂を出たかと思えば、

今度は逆徒の手先でしかない人間達を守る為にと羽膳と対峙する。

そこに界武自身への見返りなどないだろうに、

率先して自ら矢面に立ち戦うのだ。


今のこの攻撃にしてもそうだ。

羽膳を捕まえたままその身を高所から投げ出す。

このまま羽膳が地に叩きつけられたとしても界武とてただでは済まないだろう。

というか、界武の方が酷い怪我を負う可能性とて十二分にある。


口だけは勇敢だが結局は自分の身が一番可愛い。

それがならず者の特徴であり、

そんな奴等が誰かの為にこんな攻撃をする筈がないのだ。


「お前は……一体何なんだっ!」


その問いへの答えはない。

界武は必死に羽膳の両翼を抑え込んでいて余裕が無いのだ。

なるほど、確かに翼を抑えられていては飛行魔術も使えない。

蹴りが主体の格闘術とてこの至近距離では使える技が無い。

自滅覚悟の暴挙にも見えたが、意外と考えられている。


もしかしたら界武は最初からこの一撃を狙って廃砦に逃げ込んだのではないか。

過大評価かもしれないが、そんな考えまでもが脳裏をよぎる。

それ故に……羽膳は不本意だった。


先の敗北から……あらゆる対策を考え鍛錬を重ね、

防壁の魔術を破る手段までもを編み出して……

これは文字通り、界武がその力全てを捧げて放った一撃なのだ。

そんな一撃を返す手段が、羽膳の中にはただの一手しか残っていない。

しかもそれは……この尊き一撃に対してあまりに礼を逸している。

だからだろうか、羽膳はその一手を繰り出すのを限界まで躊躇った。


界武とてなけなしの魔力を使って腕力を強化しているのだろう。

確かにそうしなければ羽膳の翼を拘束し続けるのは不可能だ。

だが……羽膳からしてみれば、界武の強化魔術はまだ弱いのだ。

だからこの拘束も……ちょっと羽膳が強化に魔力を注いだだけで……。


界武の手による拘束を無理矢理に解き放ち、羽膳は空中で羽を広げた。

まさか拘束をこうも容易く解かれると思ってもいなかっただろう界武の驚愕、

それがその表情からありありと見て取れる。

その界武の胴へ振り下ろすような回し蹴り。拘束を解いた拍子に開いた隙間に

無理矢理に足をねじ込んでのその蹴りは、界武を地へと叩きつけた。

その一方で羽膳は広げた翼に思う存分上昇気流を抱え込み、

界武から少し遅れてゆっくりと地に降り立った。


(こんな力任せのやり方……!)


今の回し蹴りからの落下で勝負は決しただろう……羽膳の勝ちだ。

多少ヒヤッとする所が無くはなかったが、それでも何処も負傷していない。

結果だけを見れば圧倒的な……勝利。

だというのに、羽膳は全く気が晴れなかった。


陰鬱とした表情で羽膳は倒れる界武を見下ろす。

三階の高さから翼も無いのに飛び降りて、

更に回し蹴りまで喰らって地に叩きつけられたのだ。

その身体はとうにボロボロで、至る所から流れる血が痛々しい。


「俺の……勝ちだぞ、界武」


その声は小さく、それでいいのかと問いかけるような勝利宣言だった。


羽膳自身気付いてはいなかっただろうが、

この時確かに羽膳は界武がもう一度起き上がってくる事を願っていた。

逃げる逆徒を追う重要な場面にあって尚、

羽膳はもう一度界武と戦いたいと希っていた。


その願いが届いたのかどうかまでは定かではない。

だが……その宣言を聞いたであろう界武の身体が僅かに動いた。


その左腕がじりじりと動き、遂にその掌を地に付ける。

ボロボロの左腕はそれでも渾身の力を込めて上体を押し上げる。

次は右肘が上がる上体を支え、右膝が地に押し当てられて下半身を起こした。


(立つ……のか、界武。渾身の一手を躱され、そこまで傷ついても尚……

 お前は立つのか……)


どうにか右足で地を踏みしめた界武は、ゆっくりと……

震えながらもその身体を起こす。


「勝ち……? 馬鹿言うな、俺はまだ……やれる」


中腰ながらも顔を上げた界武。その目からはまだ闘志が微塵も消えてはいない。


(これは……確かに『閃刃』様の言う通りか)


羽膳は思い出す。以前『閃刃』に界武との戦いについて聞いた際、

心で凌駕されたが故に敗北を認めた……確かそのような事を言われた。

聞いたその時は信じられなかった。老いたとはいえ魔族の英雄が

子供に心で凌駕されたなどと、誰が信じられようか。


だが例えば、羽膳が今の界武と似たような状況に陥ったとして、

それでもこうやって立ち上がれるだろうか。闘志を失わずにいられるだろうか。


(……分からない。ただ、自信を持って出来るとは言えない)


そう思えばこそ、羽膳はここで界武を殺したくはなかった。

たとえその強さで圧倒していたとしても、心で圧されてしまったのだ。


「……ならば界武。次の一撃で……確実にその意識を刈り取ろう」


ならば次の一撃はこれ以上の負傷を避け、

確実にその意識を断ってやらねばならない。

狙うは顎を掠めるような一撃。それでこの戦いを終わらせるんだ。







「……ば、馬鹿っ! 止めろっ!」


その止めの一撃を放つためにと構えた羽膳に界武の声が飛ぶ。

いや……その視線は羽膳の後ろ、廃砦を囲む森の方を向いていた。


(何だ……!?)


耳に届いた風切り音に振り向けば、三本の矢が飛んできていた。

慌ててその身を伏せる羽膳の上を矢が通り過ぎる。


……危なかった。

完全に意識の外からの攻撃で、防壁の魔術で防ぐ余裕もなかった。

魔術でその身を強化していた事もあって致命傷にはならなかっただろうが、

界武の声が無ければ矢傷を負っていたのは間違いないだろう。


「界武……何で止めろって言うんだ!?」


そう叫ぶのは今矢を放った三人の子供達の内の一人。


「青、鉄、咲……! 逃げたんじゃなかったのか!?」


界武が言うには、その子供達は皆名前を持っているらしい。

セイ、テツ、サキ……どれも逆徒が付けた名だろうか?


「他の皆は逃がした! だけど……俺達はお前を置いては逃げられない!」


「そうだ! 俺達だって魔族と戦える……!」


「ゆ……弓なら私が一番上手だから! だから……!」


その子供達は競うように界武に伝える。助けに来たんだと……。


「駄目だ! コイツはお前達を捕まえて拷問しようって言うんだ!

 逃げろ! 後は俺が何とかする……!」


「界武、だけどお前……怪我だらけじゃないか!」


「それでもまだ戦える! お前達を逃がすぐらいの時間なら、

 まだ充分稼げるんだ、だから……!」


界武と子供達の、助ける、逃げろの問答が羽膳を無視して始まってしまった。


この状況、羽膳にとっては悪くなっていない……いやむしろ逆だ。

界武との戦いで稼がれた時間、それで人間達を逃がしたのは羽膳も認識していた。

だとしても空を飛ぶ自分ならばいつか見つけられるだろうとは思っていたが、

そうならない可能性だって無くはなかった。

ここに来た本来の目的を思えば、そうなってしまうと拭い難き失態となる。


だがこれで失態を犯す危険を免れた。

更に言えば、界武との戦いに水を差されたのも気に入らなかった。


(……まずあの子供達の意識を断つ。それから界武との戦いをやりなおす)


そう決めた羽膳はその右翼を子供達に向かって振り上げた。


「何を……してやがるっ!」


界武から燃え上るような魔力の迸りを感じ、慌てて構えを取り直す。

それでどうにか顔に迫る界武の左拳を両手を重ねて防いだ。


「界武、一体何処にそんな力が……!」


体力も魔力も尽き果てたとしか見えなかった界武。

その力強い左拳が、羽膳の両手の守りを押し破らんと震えていた。

その拳が纏うは赤銅色の魔力。

その目にはっきりと映る程に燃え立つその魔力は、

間違いなく強化魔術のそれだ。


力で押し負ける予感があった。だから羽膳は跳んで距離を取る。

そこで視界に界武の全身を収めたが……左拳だけではなく、

その身体全体から赤銅色の魔力が滾っていた。


「……全……強化……」


強化魔術とは、基本的には体の一部を強化する魔術である。

その余波としてそれ以外の部分もある程度は強化されるが、

どうしたって強化の幅にはむらが出来る。

その歪な強化は使用者の感覚を狂わせて体捌きに隙を作るため、

熟練の戦士ともなるとその隙を狙って反撃を打ち込めるという。


だからこそ、戦士にとって理想ともされる強化魔術がある。

それこそが全強化魔術。全身をむらなく強化させる事により、

強化前の感覚を維持したまま倍加した身体能力で戦う事が出来るという。


ほんの一握り、強化魔術を極めたとされる一部の格闘家のみが

辿りつけるというその魔術を……元服前の子供が纏っていた。


「なんだそれはっ!」


そんな魔術を隠し持っていたのかと羽膳は叫ぶ。


「うるせぇ!」


羽膳が取った間合いをただの一歩で詰めた界武が連撃を開始する。


「ぐうっ!」


砦の中での格闘戦とは比較にならない界武の攻撃。

顔に掠るどころではない。その強さと速さに急所を守るので手一杯、

急所以外は喰らって耐える、そうしなければならない程に苛烈だった。


「……このおっ!」


ならばもう躊躇いはない。飛行魔術に使う魔力の全てを強化に注ぎ込み、

羽膳もその両足を強化する。これで力と速度で拮抗し、後は技の勝負となった。


「があっ!」

「ぬうっ!」


互いの蹴り足がぶつかり合う。

界武は一度その足を下ろさなければ次の攻撃に移れないが……羽膳は違う。

蹴り足を軽く戻してからすぐに上段の回し蹴り。

それを止められるやすぐに重心移動のみで勢いをつけての足刀蹴り。

まともに喰らってよろめく界武へ向けて同じ蹴り足でのかけ蹴りで顔を狙う。

右腕を左手で支えるようにして作った両手の守りで

何とかその蹴りを防いだ界武だが、羽膳の蹴り足はまだ下りず、

そのまま全身を捻って勢いをつけての回し蹴りに移行する。


変則五段蹴り、その最後の一撃を側頭部に受けてふっ飛ばされる界武。

奇しくもその飛ばされた先には人間の子供達がいた。


「界武……だ、大丈夫かっ!?」


子供達は倒れ伏す界武を支えるように起き上がらせた。


「……畜生、まだ届かねぇのか……!」


支えてくれる子供達を振りほどき、

一歩前に出てはなおも構えを取ろうとする界武。

だがもう腕すらまともに上げられないのか、

構えすらも碌に取れずにただ中腰で立ち尽くす。

ならばとその眼光だけで羽膳を威嚇するが、それも虚仮威しにしか見えない。

何故ならば先の一撃であの全強化魔術も限界に来たようで

あの赤銅色の迸りが消え失せており、引き絞る左拳にも何の力も感じられない。


「……終わりだ」


再度羽膳が右翼を掲げる。あれが振り下ろされたら最後、

界武達四人は意識を断たれ地に横たわる事になる。


「だ……駄目だっ……!」


せめて子供達だけでも守らんと、震える両手を広げる界武。

その界武目掛けて振り下ろされた翼から風の塊が飛ぶ。


身の毛もよだつような風切り音が一直線に界武へと向かい……

空中で何かにぶつかってはかき消えた。


「なっ……!?」


黒く細長い何か。それがどこからか飛んできた。

新手かと羽膳が視線を向けたその先には……見知った大男が立っていた。


「一応急いで来たが……界武、どうしてお前はその鳥人族と戦っている?」


それは官位を従五位上左衛門佐とする朝廷の戦士、

西方では『同族殺し』の通り名で知られた無双のならず者……遠鬼であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ