九十三話 再会、再戦
逆徒自身が交渉の矢面に立たなかった、
その事実だけを考えてもおかしかったんだ……。
俺はそれにもう少し早く気付くべきだった。
その廃砦から出てきたのは、少年が三人に少女が二人……それだけだった。
少女は二人共矢を番え、少年達は短剣を携えている。
あの廃砦の中には他にも子供達がいるのかもしれないが……
少なくとも、彼等の内情などまるで分らない俺にとってみれば、
逆徒が出てこないこの状況は肩透かしも同然だった。
ただそれは俺にとってというだけで、青達にとっては全く違う。
また生きて再会出来るとは思っていなかった仲間達、それが今目の前にいるのだ。
それはもう随分な喜びようで、あの気の強い鉄ですらも涙ぐんでいた。
廃砦から出てきた子供達も、その警戒が杞憂と知って大いにはしゃぐ。
その喜ばしい雰囲気に一人場違いに佇む俺は……。
(遠鬼、早く来ねぇかなぁ……)
なんて考えた。ただそれも一瞬で、如何に知己がいないとはいえ
人間よりも魔族を恋しがるその自分の心中に気付き、一人唖然としていた。
そんなに長い時間は経っていない筈だ。
だが俺の体感では、さっき森を突っ切っていたあの時よりも更に長い時間、
ただ突っ立って待っていたかのような気怠さがあった。
「……待たせちまったみたいで済まねぇな」
のけ者になっていた俺にようやく気付いたか、鉄がそう言って近づいてきた。
済まないとは欠片も思っていなさそうな
その喜色満面の笑みに毒気を抜かれ……。
「ああ……別に……」
そんな曖昧な返事をして目を逸らした。
「っていや、こんな事をしてる場合じゃないだろう!」
自分で自分に突っ込む。場の雰囲気に飲まれて随分と時間を無駄にした。
「な、何だよ、急に……」
「逆……いや、ここでは先生の方がいいか。
とにかく……先生を呼んできてくれよ! 俺の用事を済ませちまいたい!」
そもそも俺は月陽を泣かせてまでここに来たんだ。
で、それもこれも逆徒を説得するという大きな目的があったから。
それが終わるまではのんびりなんてしていられない筈なんだ。
「いや、えっと……それがな……?」
「……何だ、その煮え切らねぇ返事は……」
今度は流石に少しだけは申し訳なさそうな表情になった鉄。
「済まねぇ! 先生はさ、誰かが近づいているのを知って
ちょっと前にここを出たんだって……」
「なん……だと……!?」
聞けば、俺達が森を踏み荒らして近づいているのが、
この廃砦からだとよぉく見えていたらしい。
で……敵の襲来を知った逆徒はその傷だらけの身体を押して戦おうとしたのだが、
尊敬する先生の危機に子供達が黙っている筈もなく、
半ば無理矢理にこの廃砦から逃がしたのだという。
それで……今この廃砦に残っているのは今出てきた五人を含めて七人程度だという。
残りは皆、逆徒の護衛として連れ立って逃げたのだそうだ。
感心な子供達である。
こんな時でなければ褒めてあげたい。
もう思う存分好きなものを食べさせてやりたい。だけど……。
「よ……余計な事を……!」
そう、余計な事だ。
こうなったらその逃げて行った逆徒を追いかけねばならない。
こちらの不用心が原因と言えばそれまでだが、
誰かに八つ当たりもしたくなるというものだ。
そう激昂しかけた俺だったが、廃砦から出てきた子供達の様子を見て、
その怒気を引っ込めた。……引っ込めざるを得なかった。
見れば、泣きじゃくってる子供までいる。
少女の一人などはその不似合いな程に大きい弓を地に降ろし、
別の子と肩を寄せ合って号泣していた。
(ああ……この子達は、命を捨てる覚悟でこの廃砦に留まってたんだ。
逆徒を安全な場所に逃がす為に……)
それが思いもかけずに助かった命。
しかも死んだと思っていた仲間との再会も付いてきた。
その安堵と嬉しさが重なって、どうにもならなくなったんだろう。
「……鉄」
「な、何だ……界武?」
激昂しかけたかと思いきや神妙になった俺を怪訝に思ったか、身構える鉄。
だが勿論、俺にはもう鉄に八つ当たりする気なんて残ってない。
「……良かったな、仲間達に会えて」
不意打ち気味に入ったその祝福の言葉、鉄には随分と堪えたようだ。
「……あ、ああ……ありがとう……」
流れた涙を拭うことも出来ずに立ち尽くす鉄、その肩に俺は手を置いた。
「先生は、ここから更に北の方にある別の隠れ家まで行くと言っていたそうだ。
ただ……今からなら急いで行けばすぐに追いつけると思う」
再会の感激からいち早く脱出してくれた青が、
そう簡潔に状況を報告してくれる。
分かってはいたが青はこんな時もしっかり者だ。
「すぐ……追いつけるのか?」
「ああ、大きな道の方では気付かれるかもしれないからって、
先生は森を抜ける事にしたらしいんだ。
だとしたら……界武、そういうのはお前の方がずっと得意だろ?」
「ああ……原始魔術で草木を薙ぎ倒していけばいいからな、俺は」
俺一人でいいのなら、
原始魔術を駆使して木の枝を伝って跳んでいくという方法もある。
……まぁ、これは逆徒を警戒させすぎてしまうだろうから無理かもしれないが。
(しかし……逆徒は子供達に逃げ場所まで教えていたのか。
俺はそれで助かってるからいいけど、
そういう事って普通は隠したりしないもんなのかねぇ……)
青達に出会ってからも思っていた事だが、
この子達は俺に対して何の隠し事もしなかった。
それは俺を信頼してくれているとかそういう事とはちょっと違って……
人間に対しての強固過ぎる仲間意識。そんなものが理由の様な気がした。
「……分かったよ、青。そういう事なら俺とお前の二人だけで先生を追おう。
鉄と咲はここにいてもらった方がいいだろ。
もう少ししたらここに遠鬼が来るだろうから、
話を合わせられる奴に残ってもらわないと……色々大変な事になりそうだしな」
「そう……だな。あの鬼人族の男はちょっと……強面というか……
迫力が凄いというか……とにかく、初対面の子供達だと話にもならないよな」
それで話がまとまったと、俺は青と二人でこの廃砦を出ようとした。
「みんな~! 上! 何か大きな鳥が近づいて来てる!」
俺達の頭の上から声がする。
見上げれば、廃砦の天辺で周囲を警戒していた子供の一人が空を指差していた。
「大きな……鳥……?」
嫌な予感がした。というか、俺は大きな鳥という言葉に
もう反射的に嫌悪感を示すようになっていた。
理由は勿論あのいけ好かない男を思い出すからだ。
(恵まれた境遇に胡坐をかいているくせに、
どうしようもなく強かった……あの鳥人族!)
こんな場所では絶対会いたくないと思っていた男。その名は……。
「……羽膳!」
「……界武……か? 何故こんな所に……しかも、人間と一緒にいるのだ!?」
その漆黒の翼をはばたかせ、魔族が一人この人間の根城に降り立とうとしていた。
「撃つなっ! コイツは防壁の魔術って奴が使える!
生半可な攻撃は届かない! 今は刺激するな……!」
弓に矢を番えようとしていた少女達をそう言って俺は制した。
今、羽膳の奴を刺激する訳にはいかない。
「……皆、界武の言う事に従ってくれ!」
俺の言葉を聞いていいものか迷っていた子供達に向かって、
青がそう補佐してくれた。
その青の言葉には、少女達は素直に従ってくれた。これは助かる。
「……青、アイツは羽膳っていうちょっと厄介な魔族だ。
俺が何とか引き留めておくから……お前は子供達を連れて逃げろ!」
助かるついでに、青に小声で指示を出す。
「……でも、それじゃ界武、お前は……!」
「いいから! 急げ!」
「……分かった」
青はそう言うと足早に俺から離れていった。
……これで子供達は大丈夫だ。後は……羽膳をどうにかしないと。
そう思って上空の羽膳を睨みつける。
だが当の羽膳はこっちを見ていない。怪訝に思いその視線の先を見ると……
そこには、子供達が集まっていた。
その子供達に向けて大きく羽を振り下ろす羽膳。
何をしたかは容易に察せた。あの……風の塊だ!
「何を……しやがるっ!」
咄嗟に作り出した銀の腕で、風の塊があると思わしき場所を殴りつける。
強い手応えがあり銀の腕が弾き飛ばされた。
……銀の腕であっても、羽膳の風の塊には強度で劣る。
だが風の塊の軌道を変える事は出来たようで、
子供達はその直撃を免れ、
代わりに少し離れた地面が衝撃で震え、土埃を上げた。
「……何故攻撃を逸らした、界武?」
「何故じゃねぇだろうが、羽膳! お前は子供達を殺す気か!?」
「ん……? ああ、今そこの人間を殺せばお前も被害を受けるのか。
心配するな、殺すまでの威力はない。ただ……少し気を失ってもらうだけだ」
「だ~か~ら~! どうして攻撃するんだよ!?
今見ただろ!? あの子達は弓を下ろした! お前を攻撃する意思はねぇ!」
「攻撃……しない……?」
初撃を逸らされた事で機嫌を損ねたか、羽膳は乱暴に羽ばたくと
俺から十歩程離れた塀の上に降り立った。
「界武、何故お前が人間達の意思を知る事が出来る?
いや、そもそも奴等は逆徒に服従印を刻まれた生ける武器だぞ!
……新坂の中ですら、あれで何人もの命が失われたのだ!
その武器を……どうしてお前は庇い立てる!?」
……これだ! 魔族の中でも特に恵まれた境遇にいるこの男は、
人間を本当に物程度にしか思っていない……!
「武器じゃねぇよ! こいつらは皆生きてるんだ!
心が……意思があるんだよ!
今だってなぁ、仲間と再会出来た事を喜び合っていたんだ!
それをお前は……!」
「仲間……!? 界武、お前は一体何を言っている!?
……まさか、逆徒に操られでもしているのか?
そういえば、お前はまだ暑いというのにずっと首巻きをしているな……!?」
「首巻きは気に入ってるから巻いてるだけだ!
人の服にケチ付けんなぁ! そもそもだ、まだ逆徒に会えてもいねぇ俺が
どうやって操られるって言うんだよ!」
「ん? 会えてない?
……待て、界武。ここには逆徒はいないのか?」
「いねぇよ! もうとっくに出て行ったってよ!
というかなぁ……そもそも、お前はどうしてこんな所に来たんだよ!?」
「それは! 俺の! 台詞だ! 界武!
『閃刃』様を助けに向かったのではなかったのか!?
それがどうしてこんな場所で人間と一緒にいるのだ!?」
「ああ……延老さんならもう合流出来たよ!
それでなぁ……今はここからもう少し東の集落で休んでる!
そうだ! 延老さんが報告したい事があるって言ってたからさ、
そっちにさっさと行ってくれよ!
こっちは俺に任せときゃあいいだろ!?」
「お……お前に何を任せられるというのだ!?
ふざけるなよ界武! 俺はな、衛蒼様の指示でここに来ているのだ!
逆徒がいないとしても、手掛かりの一つも手に入れずに帰れるものか!」
「……手掛かり、だぁ!?
それがどうして子供達を攻撃するのに繋がるってんだ!」
それを聞いた羽膳は、馬鹿にするかのような嘲笑を浮かべて俺を見た。
「馬鹿か、お前は……!
その人間に刻まれている服従印の解析も必要だし、
それに逆徒の居場所を問い質す必要もある!」
「問い質すって、お前……この子達は魔族には何も喋らねぇぞ!
時間の無駄だ!」
「ならば拷問でも何でもしよう! この世界で正しく生きる無辜の民を守る為だ!
その為になら俺は何だってする! ……ああ、死ぬと破裂するというのなら、
死なぬように痛めつけるまでだ……!」
「ごう……もん……!?」
この男は言った。死なぬように痛めつけると……
あんな無邪気な子供達を……!
「……お前は! 痛めつけると! 言ったなぁあああ!」
銀の腕を二本、それぞれ左右の肩から生やす。
それを使って羽虫を叩き潰すように、羽膳を左右から打ち据えた。
「……何の真似だ、界武?」
羽膳を守るは青白い魔術の障壁。それで左右からの挟撃を事も無げに防いでいた。
だがそんな事は分かっている。こんな攻撃が羽膳に届かない事は分かっている。
それでも俺は……そうせざるを得なかった。
「……あんな子供を拷問しようなんてなぁ、
戦士の誇りも何もねぇ、ただの畜生の考え方だよ羽膳。
俺はなぁ、そんな畜生をちょっと叩き潰そうとしただけさ」
それは負け惜しみに近い挑発。
切り札中の切り札、二本の銀の腕による挟撃すらも容易く防がれてしまった俺の
苦し紛れの一手。だがそれは、不思議と羽膳に効果があった。
「な……!? 誇りが無いだと……!?
この世界を、街を、人を守る為の苦渋の決断だ!
これが誇りある戦士の意志でなくて何だと言うのだ、界武!」
「偉そうな御託を並べてもなぁ……!
やってる事は子供を死なぬように痛めつけるってんだろ!?
この阿呆がっ! そんな行為に誇りも糞もあるかぁ!」
「……言ったな、界武……!」
羽膳はその左右の羽を大きく振り上げる。
それだけで両側から羽膳を抑え込もうとしていた銀の腕が弾け飛んだ。
「……もういい、そもそもお前も十二分に怪しいのだ。
まずはお前を倒す。その次にあの人間の一人を捕まえる」
「最初っからそうすりゃいいんだ。
まどろっこしいんだよ、テメェは……!」
延老さんから習った格闘術の構えを取る。
生憎と右手を包帯で固めていないから前に出した右腕が少し格好悪くはあるが、
それでも引き絞った左手には十分に力が込められている。
「この世界の秩序の為に……界武、お前を倒す!」
「青達をテメェ等の玩具になんてさせてやらねぇ……来い、羽膳っ!」
そして待ち望んですらいた筈の羽膳との再戦が、
望まれない状況下、この廃砦を舞台に始まった。




