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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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九十二話 変人

常々思う。俺と月陽にとっては何をどうするのかが一番安全なのか……。


こんな世界だから……どうやったって絶対に安全なんて事は無い。

だからこそ想定される危険に優先順位をつけて、その順位の高い方から

出来る限り対応していく、そういうやり方が望ましいとは思う。


そして今回は、月陽を一緒に連れて行く事による危険の優先順位が、

月陽を集落に置いていく事による危険のそれを上回った……それだけの話。


だけど、勿論月陽は大反対した。







「……なんだ、まだ落ち込んでんのか」


鉄も最初は俺に同情的だったが、こうも長く暗い顔をし続けていたからか、

流石にその言葉に呆れの感情も混ざってきていた。


「別に、いいだろ……」


結局、喧嘩別れのようになってしまった。

あの時の月陽の泣き顔が脳裏に浮かんでは自己嫌悪のあまり項垂れる。

結構な頻度でそれを繰り返しているからか、今から今回の騒乱を終わらせる為の

大仕事に向かう筈の俺ではあったが、どうにも気分が入らなかった。


そう、大仕事なんだ。この説得が成功すれば多分皆が幸せになれる。

そして説得に行く訳だから、戦おうとしている訳じゃない分まだ安全な筈だ。

だとしても……その場に拘束魔術に抵抗できない

月陽がいる事は確かに危険だった。


そういう止むに止まれぬ事情が重なった結果、

延老さんから借りたこの馬車に乗っているのは俺と遠鬼に

青、鉄、咲の三人の子供達。

この五名で廃砦に向かいそこで逆徒を説得するという算段で、

延老さんや春夜さん、月陽の三名はあの集落でお留守番だ。


そのお留守番組だが、月陽は引き続き魔力の霧の特訓。

春夜さんは月陽の護衛は勿論だけど、

ついでに集落の住民の慰撫もお任せしている。

そして延老さんは怪我の療養をしてもらうという事になっている。

ただ療養とは言いつつも、延老さんは治癒魔術のお蔭で痛みが無いのをいい事に、

左手一本で刀を振るう練習をしていた。

左手だけで刀を扱うのは大変じゃないかと心配したが……。


「この年になってまだ剣技の探求が出来るのは至上の喜びでしてな。

 今は楽しくてしょうがありません……!」


そう言っては脇差という名の短い刀を楽しそうに振るっていた。

あの調子だと、もしかしたらすぐにも以前の強さを取り戻しかねない。

……怖い人だ。


「……あの延老って人、界武の言った通り

 そんなに悪い人じゃあなかったな」


俺が後ろを眺めながらあの集落に思いを馳せていたのを察したのか、

青がそんな事を言ってくれた。


三人の子供達に対してずっと好々爺の顔でいてくれた延老さんに、

子供達も敵意以外の何かを感じ取ってくれたようだ。


「分かってくれたか。延老さんはな、

 人間だからと俺達を蔑むような人じゃあないんだ。

 それぐらいは話してみて分かっただろ?」


俺と戦う前ならいざ知らず、あの戦いで俺を認めてくれた延老さんは、

人間を食糧だと見做すような事はもう無い筈だ。


「……ああ、他の毛人みたいな、俺達を人とも思わないような態度が無かった」


「でも……ちょっと変だけどね」


青の言葉に咲も素直な感想を口にする。


「変……?」


「うん。あの人ね、もし私達が成長した後でも毛人と戦う気なら、

 刀を習ってみませんか……って言うの。繊細な武器だから

 人間が扱うのが一番いいんだって……」


「えっと、それは……」


(延老さん……何言ってんだ……)


俺は思わず呆れる。


「ああ、俺にも言ってきた。

 それでさ、俺がその刀でアンタを切り刻んでもいいのか……って聞いたんだ。

 するとなぁ、返事がどんなだったと思う?

 是非に! なんて言ったんだよ、あの人……」


鉄が後に続く。その鉄が言うには、延老さんは

予備の刀があれば基礎だけでも教えられたのにと悔しがっていたらしい。


「い……言ったと思うけど、

 延老さんは人間の剣士の技を見て剣を学んだらしいんだ。

 だからさ、その技をいつか人間に返したいって思ってるんじゃないかなぁ……」


俺の尊敬する延老さんが変人だ、なんて印象を持っていて欲しくはない。 

だからそう言ってその奇行の理由を好意的に解釈しておく。


「そんな事を……毛人が考えているのか……」


学んだ技を人間に返す、その言葉に大きく感銘を受けたのか、

子供達は三者三様に延老さんを思い返していた。


「……結局、手当ての事、お礼言えなかったな……」


その咲の呟きを聞いて、俺はこの三人を騙してしまったような気分になり、

ちょっと申し訳なく思ってしまった。


(延老さん、多分そんな殊勝な事は考えてないんだろうなぁ……)


あの人は……単に強い人と戦いたいだけだ。

そしてその相手が剣士であるとなお嬉しいんだろう。


(でもなぁ……この子達が戦えるまで成長するのに十年はかかるんじゃないか?

 あの人何歳まで生きるつもりなんだろう……)


まぁ、いい人が長生きするのはいい事だ。百まで頑張ってもらおう。







野営の際の夕食時などは、やたら落ち込んでいる俺に気を遣ってくれたのか、

三人の子供達は色々な事を話してくれた。


その殆どは逆徒に誘拐された後の話で、

出荷の後、何が何やら分からぬ内に別の牧場に連れてこられて、

そこでまず服従印に細工を受けてから、

色々な事を逆徒と凪という青年から学んだらしい。

それは簡単な読み書きから始まり、この世界の歴史や文化、

他にも短刀や弓を使った戦い方をも教わったという。


「……それだけ聞くと、本当にいい人みたいだな」


「みたいじゃなくて、いい人なんだ!」


鉄は特に逆徒に心酔しているらしく、

逆徒がどれだけ自分達に優しくしてくれたかを力説してくれた。


「……先生の背中を見た事があるけどさ、本当に傷だらけなんだ。

 先生もさ、一応は毛人だから本来は体毛でその素肌なんか

 見える筈が無いんだけど……あの背中は切り傷や擦り傷、

 火傷の痕で埋め尽くされていて、体毛が禿げ上がったようになってるんだ」


つまりは、そんなに傷つくまでに逆徒はずっと戦い続けて来たらしい。

それも自分の為ではなく、本来は敵である筈の人間達の為に。


「だから俺達はな、先生の言った事を何も疑わなかった。

 その先生が人間の世界の為に必要だって言うから、

 死んだら破裂するっていう先生の魔術も喜んで受け入れた。

 それで……たとえ俺達が死ぬとしても、それが先生の為になるならってさ。

 だけど……今はよく分からなくなってきた」


延老さんに助けられ、俺に会い、幸せな生き方なんて希望を見せられたんだ。

それがこの子達に迷いという形で根を下ろし始めている。

責任重大だ。この迷いを失望という形で終わらせない為にも、

俺は逆徒を何とか説得しなくてはならない。







「……界武」


一夜明け旅を再開してしばらくしてからだ。

廃砦までの旅中では殆ど口を開かなかった遠鬼が俺を呼んだ。

御者台から届くその低く威圧感のある声、

俺はもう慣れてしまったけど他の三人はそうはいかない。

ビクッと震えたその次には遠鬼に向かって身構えていた。


「……どうした、遠鬼。腹でも減ってきたのか?」


その子供達を安心させようと、努めて呑気な返事をする。


「……そろそろその廃砦だ。見てみろ」


遠鬼が指差す先を見れば、確かに遠目からも少し大きめの建物が見える。

この先の森を抜けた、小高い丘の上にその廃砦は建っているようだった。


「青、あれがその廃砦か……?」


「そう……そうだ。あそこだ!」


他の二人も間違いないと言っている。どうやら……あの場所に逆徒がいる、

可能性が高いという事らしい。


「先生、まだあそこにいてくれるといいんだけど……」


「きっといるって! 絶対に俺達を優しく迎え入れてくれる!」


不安がる咲を鉄が励ましている。

自身も不安だろうに感心な少年だと思う。

いや……それともそれは、自身を鼓舞する為の言葉でもあったのだろうか。


「……馬車で通れる道はあるのか?」


そう聞くのは遠鬼だ。確かにここからではあの森を馬車が通れそうな道が無い。


「道はあった。だけど多分……反対側にあるんじゃないかな」


答えたのは青。ただそうなると、ここからまた結構な遠回りをする羽目になる。


「徒歩であの森の中を突っ切ってしまった方が早い気がするな」


というか、間違いなくそうだろう。

小高い丘とはいえ傾斜はそこまでではなく、

俺一人ならあの森を突っ切るのに多分二刻とかからないだろう。

あの三人を連れてとなるともうちょっとかかるだろうが、

それでも回り道するよりはずっと早い筈だ。


「……遠鬼、今は一刻も惜しい。あの森を徒歩で突っ切って行った方が

 いいと思うけど……どう思う?」


「好きにしろ。ただ……馬車はどうする?」


「ああ……馬車があったか」


あの森を徒歩で駆け抜けるとなれば、馬車はここに置いていく事になる。


延老さんから借りてきた馬車は簡素ながらも作りがしっかりしており、

ここまでの道中は非常に快適だった。

糧食や野営道具などもそれなりに積んでおり、

こんな物が御者も無しにその辺に放置でもしてあるというのは、

盗ってくださいと言ってるようなものだ。


西から東に向かう旅人は全く見かけなかったこの街道だが、

東から西に向かう者はまだチラホラといた。

あの守護の襲撃場所から遺品を盗んだ旅人なんかもその一人だ。

つまり、俺達があの廃砦に行って帰ってくる間に

誰かがここを通る可能性は十二分にある。


「何処かに隠すとか……出来ないか?」


「それでもいいが……多少は時間がかかる」


遠鬼が言うには、森を少し踏み荒らして馬車が通れる場所を作り、

草や葉で荷台を覆って隠す、なんて作業が必要になるらしい。

それにかかる時間を考えると、回り道をして馬車で向かうのと

時間的には大して変わらないそうだ。


「それなら……一旦二手に別れる」


俺と子供達で先行して廃砦に向かい、遠鬼は馬車を隠してから後を追う。

俺達が踏み荒らした後を通っていくのであれば、

遠鬼なら多分すぐに追いつく事は出来ると思う。


そう説明すると、遠鬼は難色こそ示さなかったものの……。


「荒事になりそうなら適当に騒げ。それで急いで追いつく」


一応は心配してるんだろう。そう注意はしてくれた。


適当に騒ぐとはどのようにすればいいのか、そこに多少の疑問があるが、

遠鬼の指示がいい加減なのは今に始まった事じゃない。

言う通りに適当に騒げば、遠鬼の方もやっぱり適当に急いでくれるのだろう。

そう思うことにした。







「その原始魔術……凄ぇな」


そう言ったのは鉄だった。その言葉自体も嬉しいし、

子供達の羨望の眼差しも……ちょっとだけど気持ちが良かった。


今回は急ぎという事もあるし、廃砦に行ったからといって

戦いをするつもりもないからと魔力の消費も厭わずに原始魔術を使った。


背丈の高い草をなぎ倒し、岩をよじ登り、先を塞ぐ枝々を手折る。

その全てで俺の原始魔術が大活躍した。

さっきの言葉は、そんな道なき道を往く途中に大きな倒木に飛び乗った後、

青達を魔術の腕で引っ張り上げた時に言われた言葉だ。


「ちなみに、この原始魔術は戦いにも使えてな、

 これで何十という魔族と戦って勝ってきたんだよ……!」


調子に乗った俺は出来る限りの凄みを込めて

そんな自慢話を続けた。何十はちょっと誇張してしまったが……

まぁ、調子に乗った時の自慢話なんてそんなものだ。


「人間が……魔術で毛人と戦えるのか……」


一際驚いたのは青だ。

何でも、人間は魔力で魔族に劣るが故に

多種多様な武器を扱うのだと教わっていたかららしい。


「魔力は確かにアイツ等の方が強いけどな……要は戦い方だ。

 力の強弱はその使い方次第でいくらでも取り返しがつくんだよ」


……うん、浴びせられる尊敬の波動が気持ちいい。


「そらこれで……到着だ」


倒木の上からなら視界を遮る草が無い為良く見える。

後十数歩程度のすぐ先に開けた場所があり、その先には……。


「廃砦だぁ……!」


咲の喜ぶ声。思わず駆け出した鉄などはその背丈よりも高い草に手足を絡まれ

四苦八苦している。


「うわっ、この……!」


足掻けば足掻く程絡まる草や蔦に途方に暮れる鉄。


「鉄、もうすぐそこだ。そんなに急ぐ必要なないぞ~!」


その責任感故か常に張り詰めたような表情をしていた青でさえ、

そう言って鉄の失敗を笑っていた。


そしてそれからすぐ、俺達は廃砦に辿り着いた。


今度こそと駆け出す鉄にそれを追う咲。

二人は共に笑っていた。


俺としては多分これからが大変な筈なんだけど、

そんな二人を見てるとどうしても頬が緩む。


「鉄、止まれっ!」


だがそんな弛緩した雰囲気を青の警告が切り裂いた。


そこで俺も気付く。廃砦から何かが飛んできていた。

それは三本の細長い何か。緩い放物線を描いて迫ってきたそれは、

踏ん張ってその足を止めた鉄の足元に突き刺さった。


「矢だ……! 俺達を敵と勘違いしてる!」


その鉄の言葉を受け、青が両手を大きく振って廃砦に呼び掛けた。


「待てっ! 撃つなぁ! 俺だ、青だ! 鉄と咲もいる……!

 逃げてこれたんだぁ! 撃たないでくれぇ!」


その言葉を受けてか、廃砦から何やらざわざわとした音が聞こえてくる。

そうして廃砦からの反応を祈るような気持ちで待っていた俺達に、

程なくしてその声は掛けられた。


それはちょっと高めの……子供の声だった。

察するに、青達と同じ境遇の子供達があそこに籠っているんだ。


「本当に……青かっ!? 死んだんじゃないのか……!?」


ああ……良かった! 話が通じそうだ……!

その声を聞いた時、恐らくは俺達全員がそう喜んだ事だろう。


「生きてるっ! 怪我はしてるが大した事はないっ!

 鉄と咲も同じだぁ! それに……新しい仲間もいるっ!」


「仲間だってぇ……! 何だそれはぁ~!」


「この世界で毛人に紛れて生きていた人間の子供だっ!

 名前を界武っていう……俺達を助けてくれたんだぁっ!」


その青の言葉に、青自身は嘘を感じていないんだろう。

ただ……俺は逆徒の仲間だとされる事にはちょっとした違和感があった。

勿論ここでそれを訂正し、折角上手くいきかけている交渉に

水を掛ける訳にもいかない。


(さて……ここからが本番か)


俺は逆徒と相対した時、一体どんな言葉を投げ掛ける事が出来るのか……。


困った事に今この状況に至って、俺はそれまで色々と考えていた筈の

対逆徒用の殺し文句、それら全てをどうにも思い出せなくなっていた。

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