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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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九十話 屈折

「分からない事なんて一杯あるよ」


魔力について何も知らない姉さんにその事を問うた際、

そう言って笑ってたのを覚えている。


「でもね、肝心なのは何かを知っている事じゃなくてね……

 分からないものを分かろうとする事だと思う」


「分かろうと……する?」


「そう、私が何度か名前を挙げてきた偉い人達もそうでね。

 分からない事を知ろうと色々頑張ってきたからこそ、

 後の世でもずっと名が知られている訳で……」


「……それで、今やってる実験って奴が大事なんだね」


俺が出した魔術の腕を叩いたり伸ばしたりしている姉さんを

苦笑しながらも見守る。


その時付き合わされていたのは実験といって、

分からないものを知るために必要不可欠な作業であるらしい。

魔力が無くてもその本質を知る事は出来ると、

最近の姉さんは魔力を使った実験にのめり込んでいた。


「何かを知る為にはねぇ……勿論色々な方法があるんだけど、

 まず仮説を立てて、それを実験によって証明する、

 っていうのがメジャーなの。特にこの魔力って奴は、

 私の知る何もかもと似ても似つかないものだからねぇ……」


ちなみに今は、身体から放出される水蒸気、もしくはそれに類するものが

魔力の正体ではないか……という仮説に沿って、

強度を調べたり、熱したりしている。

ちなみに、その程度では魔術の腕はびくともしない。


「この魔術の腕が自在に動かせるというのはね、

 その水蒸気が何らかのニューロンを含んでいて、それが疑似的な腕として……」


「姉さん、もう言ってる事が何にも分からないよ……」


俺の頭脳だと、三角関数や微分積分辺りが限界っぽかった。

それ以上の事を教えられても理解が追い付かないんだ。


「……とにかく、もう私にも時間が無いからね、

 何としてでも……手掛かりだけでも……」


あの時の俺は疑問に思わなかったが、出荷が迫っている事への焦り……

姉さんがそれを感じていたのが今ならよく分かる。

どうしてかは分からないけれど、間違いなく姉さんは知っていた……

出荷されるという事の意味を。ただ……それと知っていながらも、

恐らくは服従印に縛られてそれを言葉にする事が出来なかったのだろう。


そしてあの頃の俺達にとって、魔力とは即ち原始魔術の事だった。

それ以外の魔術なんて見た事すらなかったからだ。

だからだろうか……魔術のほんの触り程度しか分かっていなかった姉さんは

色んな仮説を立てては実験はしていた筈だが、

特に目立った成果を得られた事は……最後まで、なかったと思う。







(今この場に姉さんがいたら……これだけ魔力と魔術についての

 新しい知識を得られた後なら、その本質に迫る事が出来たのかなぁ)


特訓を再開しても何ら得るものの無かった俺は、

そんな感じについつい昔に思いを馳せていた。


人を癒す魔術、人を傷つける魔術、人を操る魔術……

魔力には色んな使い方があり、それを妨害する為の魔術もまた存在するのだと。


(姉さんなら、こんなのに一体どんな仮説を立てたのか……)


少なくとも、にゅーろんとか何とかではないのかもしれないと思う。

……では一体何なのか? それは多分、俺が考えないといけないんだろう。







期限は明日か明後日。それまでにどうにか逆徒の拘束魔術に抵抗する術を

身に付けないといけない。

だけど進展のまるでない今のような状況で、

この僅かな時間を思うと心が急いてしょうがなくなる。


「……今度は何やら悩んでいるようですが、

 いい案は思い浮かびましたか?」


延老さんがそんな俺を案じてか声を掛けてくれる。

ちなみに他の大人は月陽の特訓を見守っているようだ。


月陽は今度は息を大きく吸っては吐いてを繰り返している。

呼気から魔力の霧を作ろうという算段だろうか……面白いとは思うが、

傍目には難しそうな気がする。


「……延老さん、延老さんとしてはこの集落に留まってていいって思ってるのか?」


どうも心に余裕がない俺は、延老さんにも気持ちを共有してもらおうと

そんな事を聞いてみた。

延老さんとしては、急いで新坂に戻って

逆徒との戦いで得た情報を報告したい筈だ。


「早くここを出たいと思ってはいるのですがね……

 ですが、『山嶽王』の名も出ている以上は迂闊に動いてもいけませんので」


「へえ……延老さんも『山嶽王』は警戒しなきゃ、って思ってるんだな」


「はい。何しろですね……昔、何度かやり合った事があるのです」


「……本当に?」


……いや、本当の事だろう。その戦歴を考えれば十分有り得るし、

何よりこの人はそんな冗談を言ったりはしない。


「はい。確か三度ほどやりましたが……

 本当にとんでもない大きさになるのですよ、あの御仁は。

 ただその分速度には難がありましたのでね、

 一度目はその大きさに押されていい所が無かったのですが、

 二度目の戦いでは隙を突いてその右手首を切り落としてやったものです」


「げ……じゃあ、今も『山嶽王』は右手首から先が無い状態……なのか?」


すると延老さんは不可解、とでも言いたげな表情で首を横に振る。


「それがですね……三度目の戦いでは何事も無かったかのように

 切り落とした筈の右手が手首の先にありましてね。

 はて私は記憶違いをしていたのか、それとも霞を斬っていたのかと……

 不思議に思ったものです」


「……拾って繋げた、とか?」


「それにしては傷痕すら有りませんでしたなぁ……。

 ただあの後巨人族は降伏し『山嶽王』の魔術も

 服従印にて封じられてしまいましたので、

 真相は明かされずじまいですよ」


「ちなみに、その二度目と三度目の戦いの間って、

 どれぐらい時間が経ってたんだ?」


「三日と開いてなかった筈です。

 故に私の仮説としてはですね……『山嶽王』が巨大化していた際に受けた傷は、

 巨大化を解くと治っている、というものなのですが」


仮説、延老さんのその言葉についさっきまで思い浮かべていた、

記憶の中の姉さんの姿が脳裏に浮かんだ。


「へえ……延老さんもそうやって仮説を立てたりするんだ」


不思議と、姉さんだけがそんな事をやってるように思っていた。


「勿論ですよ。当たる当たらないはともかく、

 相手の魔術の効果に当たりを付けて対策を練るのは大事です」


……という事は、延老さんは逆徒の拘束魔術についても

当たりを付けて対策を練ってたりしないだろうか。

そう思った俺は、素直に延老さんに聞いてみる事にした。

魔術については俺は素人もいい所だから、

一人思い悩むよりは延老さんの経験に頼った方がいい筈だろうし。


「じゃあさ、ちょっと話変えるけれど……

 延老さんとしては逆徒の拘束魔術ってどういう仕組みだと思ってるんだ?」


それを聞いて少し驚いたような顔をした延老さんだが、

考え込むでもなくすぐに返事が来た。やっぱり既に仮説を考えていたらしい。


「そうですね……そもそも拘束魔術というものは服従印ありきの魔術でしてね。

 服従印も刻まれていない者の意志を拘束する、

 というのはやっぱり考えにくいのですよ。

 つまりは……あの時、何らかの方法で逆徒は私に

 服従印を刻んでいたと思うのです」


「えっ……そうなのか!?」


「はい。勿論私の体のどこにも印はありませんから、

 皮膚に印を刻む以外の方法で、ですね。

 ここからは仮説ですが……こう、見えない魔力の流れを照射して、

 短時間のみ効果がある疑似服従印を私の身体の何処かに刻んだのではないかと」


こんな風にですよ、そう言うと延老さんは俺を指差して、

先程と同じような魔力の光線を俺に照射した。

逆徒の拘束魔術を模したというその光線は

仄かに赤い光を発しているので視認出来る。

だが逆徒のそれは多分、俺の透明の腕と同じように

見えにくくなっているのだろう。


「へえ……じゃあその印を刻まれるのを妨害出来れば、

 魔力の霧なんて使わなくても大丈夫なんじゃない?」


「そうでしょうけれど……

 いつ、どんな方法で刻まれてるのかすら分かりませんので、

 そちらを妨害するのは至難の業ではないかと」


「そっか……じゃあやっぱり、それを刻まれた後の逆徒の命令を

 霧で防ぐしかないのか……」


「でしょうねぇ……ただ、やはりそれはちゃんとした服従印ではないので、

 声に出した命令では意志を拘束できないのです。

 それが救いと言えば救いですね」


ちょっと前まで服従印を刻まれていた俺には分かるが、

あれを刻まれていると魔族が言った命令には

従わなくてはならない気になるんだ。

つまりは、普通の服従印なら言葉だけでその意志を拘束する事が出来る。

だが逆徒の拘束魔術は言葉には特に意味はなく、

魔力の流れを飛ばして言う事を聞かせるらしい。


だからこそ魔力の霧で妨害が出来るのですよ、

と誇らしげに延老さんが言っていた。

……逆徒との戦闘にて延老さんが暴いた貴重な情報に感謝だ。


「……ただ、その魔力の流れも無作為に飛ばしている感じでしたねぇ。

 何しろ、その場にいた他の者も私と同じように操られていましたから」


そう、これも延老さんからの情報だ。

逆徒が延老さんに跪け、という命令を送った際に、

その場にいたこの集落の住人までもが皆跪いていたらしい。

これは延老さんの言うように、

特に狙いを定めず魔力の流れを飛ばしているか……。


(もしくは……疑似服従印を持つ者へ向かって

 勝手に魔力が飛んでいくような感じか)


そのどちらかだろう。まあどっちにしろ……逆徒は意志を拘束する際に、

魔力の流れを延老さんがやったような光線のような形で相手に飛ばしているんだ。


(ん……光線……?)


光線……すなわち光だ。

治癒魔術や強化魔術なんかに当てはめる事が出来ない仮説ではあるが、

逆徒の拘束魔術に限って言うのなら、その魔力は光のようなものになっている、

と言えないだろうか……?


(……悪くない仮説だと思う。実験で確認してみる余地はある。

 だけど……光のようなものであったとして、それが一体何の役に立つと……)


姉さんは光とは何だと言っていた?

確か姉さんは……光は物凄い速くて世界を七周半するとか、

波であり粒であるとか……よく分からない事を言っていた。

いや……その前だ、その前!

もっと何か光に関して普遍的な事も言っていた筈だ!







「……屈折?」


水が入った桶、その中に入った木の枝が水面で少し曲がっているように見える、

そんなありきたりな現象も、姉さんからすれば

深淵なる科学の探求への入り口であるらしい。


「そう、光の速度って空気中と水の中じゃあ違うのよ。

 水の中の方が遅くなっちゃうのね。そんな風に速度が違う場所を通る際は、

 その境界で進行方向を変えてしまう、という現象が起こるの。

 それが屈折……今その桶の中で起きている事」


「……そう言われてもさ、どうしてそうなるかが分からないよ。

 どうして速度が遅くなると進む向きが曲がっちゃうのさ……」


「う~ん……その辺の話は三角関数しっかり学んでからやった方がいいと思う。

 今はとにかく、光は空気と水の境界面で曲がってしまう、

 ぐらいに覚えておいた方がいいと思うよ……ああ勿論、

 水以外でも同じような事が起こるよ。硝子とか、ダイヤモンド……」


(また来た、三角関数……)


姉さんの授業にて偶に出てくる、あのさいんやらこさいんやらが大の苦手だった。

そもそも……そんなものを学んだところで何の役に立つのかと

不平不満も言ったものだが、姉さんもここばっかりは譲らなかった。

とにかく、三角関数とはとても大事で必要不可欠なものなんだそうだ。


「……三角関数が絡むんならその辺の話は諦めるけどさ、

 この屈折とやらは……知っていたとして、俺の何が変わるんだろうね?」


桶の水面を木の枝でかき乱しながらそう聞いてみた。

こうなってしまえばこの枝が水面で曲がっているように見えるかどうか、

なんて事は分からなくなってしまう。


姉さんの言う深い探求とやらも、

この程度の事でかき乱されて分からなくなるのなら

一体どうやって役立てればいいのかと思ってしまうのだ。


その時の姉さんの返事までは覚えていない。

だけど……今になって思う。

役に立つか立たないかは俺の心持ち次第なんだ。

実際、今はあの時役に立たないと思っていた姉さんから学んだ知識が、

愛おしいぐらいに俺の一部になっている。







「曲げる事って……出来ないかな?」


「曲げる……ですか?」


首を傾げる延老さんを説き伏せて、もう一度あの魔力の光線を放ってもらった。


その光線は今俺の胸元に届き、光の当たる場所を仄かに赤く染めている。

俺はその光を遮るように、以前と同じような魔力の板を作ってみる。


「それは先程やっていましたなぁ」


さっきと全く同じ事をしたんだ。当然このままではその光線は曲がらない。


「……入射角が甘い」


大事なのは角度、そう思った俺は魔力の板を傾けてみる。


「……おお、確かに少しだけ軌道が変わりましたな!」


俺の胸の中央辺りを照らしていたその光線は、

その照らす場所をほんの少しだけ右にずらしていた。


「……やっぱり、コイツに限っては光みたいな性質を持ってるんだな」


いや、屈折するのは光もそうだが波動の特徴だった筈だ。

つまり……魔力も波動の一種という事になる。


(なるほど、実験とは大事なんだな、姉さん)


少しだけ姉さんに近づけた気がして、思わず笑みを浮かべた。


「ただ……曲がったと言ってもほんの少しだけですなぁ。

 これでは逆徒の魔術を防ぐのはちょっと難しいかと……」


「ああ延老さん、それはね……この魔力の板の屈折率が低いんだよ」


「くっせつりつ……何ですか、それは?」


「ちょっと説明しづらいけど……とにかく、それが高かったらもっとよく曲がるんだ」


屈折率を上げる方法は色々あるらしいが……

最も単純な方法としては、確かその物質の密度を上げるんだ。


「延老さん、まあちょっと見てなって……!

 今から、この魔力の板を圧縮して出来る限り小さくしてみる」


延老さんは自負心の魔力で、遠鬼はまた別の魔力で魔術を阻害しているという。

だけど俺はそんな色んな魔力が扱えない。そしてそれを身に着ける時間も無い。

ならばどうすればいいか……その答えがこれだ。


「これは……大きく曲がりましたな……」


呆れている様にすら聞こえる延老さんの声。

そう、延老さんの放つ光線は空中で大きく曲がり、俺から逸れてしまっていた。

その空中に鎮座するは、魔力の板を可能な限り圧縮して作った三角柱だ。


「……これ、何と呼ぼうかなぁ。魔力の……おむすび?」


何となく麦飯を握って固めた糧食に似ていたから、そんな名前をつけてみた。

そのふざけた名前とは裏腹に、逆徒の使う拘束魔術への対抗手段としてならば

その効果は魔力の霧を遥かに超える。


「私の魔力の霧でも妨害しきれませんでしたが……

 もしこれが、逆徒の魔術もこのように大きく曲げられるのならば……

 あの忌々しい魔術を完全に阻害する事が出来る……筈です」


そう言いながら俺を見詰める延老さんの眼差しが、

何やら恐ろしい化け物を見据えているかのようだった。

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