八十九話 逃げ道
「つまり……逆……いや、先生は魔族の世界を終わらせて、
それから人間の世界を作り直すつもりなんだな?」
普通に会話が出来るようになってからも逆徒をそう呼ぶ事だけには
いい顔をしなかった子供達に合わせて、先生と呼んでいる。
違和感は勿論あるが、呼び方を変えたからと言って
俺の中で逆徒の印象が変わる訳でなし、
子供達との円滑な交流の為にそこは妥協している。
「そう仰っていた。魔王と征夷大将軍、その二人を倒す……
もしくは操る事が出来ればそれが達成出来るって……」
子供達の中では青という少年がまとめ役であるらしい。
俺の質問に答えてくれるのは大抵この子だ。
「せいい……? ああ、将軍の事か。そんな名前なんだな」
「ああ。先生が言うには、征夷とは蝦夷を征するという意味で……つまり、
将軍とはそもそも毛人討伐に功があった者に送られた官職らしいってさ」
「そう仰っていたね。だというのにそのまま征夷大将軍っていう名前を
使っている辺り、毛人というのは無知で馬鹿だって……」
青の答えを鉄が補足する。
ちょっと驚いたのだが、この子供達は俺が人間だと知ると途端に饒舌になった。
額当てを付けていた時は何を聞いても梨のつぶてだったというのに、
今はこんな風に聞かぬ事まで丁寧に補足してくれる。
「ああ……魔族って奴はそういう所は本当にいい加減だよなぁ。
俺もそればっかりはその先生に同意するわ」
「そうでしょ、そうでしょ!」
魔族の悪口となると、この咲という少女ですら楽しそうに囃す。
さっきまでは涙声だったとは思えぬその声色に、
ちょっと引くものを感じたりもするが……楽しそうなので良しとする。
折角ここまで会話が盛り上がったからと、
俺からも魔族のいい加減さあるある話を提供してみる。
残念ながらその殆どを子供達は既に知っていたが、
お金の意匠すらそのまま、っていうのは初耳だったようで、
随分と盛り上がった。
「面白かった~!」
話疲れたか、咲が寝転がって伸びをしている。
二人の少年も雰囲気が少し和らいだ感じがする。
こうしてみれば……最初から人間である事を明かしておけば
良かったと今更ながらに思う。
「でさぁ……界武、俺達をどうするんだ?」
俺の付け直した額当てをチラチラと見ながら、
青が多分に警戒を含みつつもそう聞いてくる。
まとめ役としての責任からか、少し聞きづらいであろう事も
しっかりと聞いてくれる。俺としては助かる。
「そうだな……一つだけ頼みたい事がある」
「……何だ?」
「自殺は無しだ。絶対に駄目だ。理由は分かるな?」
「俺達が死ぬと……破裂するからか?」
「それは二の次だ。死んで欲しくないからに決まってるだろうが……」
やっぱりこの子達はまだ分かっていない、
俺がどうして人間である事を明かしたのかを。
「……分かった、自殺しない。いいな、みんな」
「おう」
「うん……」
死んで欲しくない、その言葉に込められた気持ちの全てを
理解したかどうかは分からない。
だけどまぁ……これならひとまず安心だろうか。
「それならもう縛るのも止める。だけど……
まだしばらくこの屋敷から出るのは禁止な。
住民達が怯えてるっぽいからな」
死なないのなら縛る必要も無いかとそう言ったが、
その言葉には三人共不思議なほど驚いていた。
「そんなの……大丈夫なのか?」
「大丈夫って……自殺しないんなら別にいいだろ」
「いや、界武がそんなの決めていいのか?
それに……俺達をそんなすぐに信じてもいいのか?」
「ああ……そういう事か」
遠鬼はこの辺の事は至極いい加減だから、
勝手にしろで済ます気がしてたんで簡単にそう言ってしまった。
だけど……確かに月陽の身の安全の事もある。
一度皆を集めて話し合った方がいいだろう。
「……じゃあ、後で話し合ってから決めるよ。
だけどまぁ……俺が見張ってる間は縛られてなくてもいいよ。
俺は右手が動かないんでな、原始魔術も繊細な作業は結構きついし……
つまりは、面倒くさい」
そう言って動かない右手をブラブラと振って見せる。
「……そうか、大変そうだな」
「そうでもねぇよ。慣れたらどうとでもなる。
この世界も多分そうだ。人間に取っちゃ酷いは酷いが……意外と慣れる」
「……そう……なのか」
慣れる、その言葉に三人は考え込んでいるようだった。
(あぁ、命を賭してでも世界を変えようなんて考えとは
対極に位置してそうだからな、慣れるってのは……)
そういう所で戸惑いが大きいのかもしれない。
だけど……そうなると俺にはちょっと気になる事があった。
「……俺から見たらお前達の方が大変だと思うんだけど。
その……なんだ、破裂する魔術が使われてて、大丈夫なのか?」
ずっと聞きたかった事でもある。
使い捨ての武器として扱われるっていうのはどういう気分なのか。
「ああ……先生の魔術か。あれは別に、
俺達が死んだら勝手に発動するってだけで、
普通にしてると別に何も無いからな」
それはそれで新しい情報ではあったが、
俺の聞きたい事とはちょっと外れていた。
「別に何もなくてもさ、
死ねって言われたら死なないといけないんだろ?」
「先生は死ねとかは言わないよ!」
その俺の問いには、傍から咲が言葉を返す。
「……この魔術を私達に掛ける時に言ってくれた。
これは人の世の礎となる魔術だって……
私達の誇りある生を絶対に無駄にはしないって……だから……」
「……そっか、悪かったな」
感情が高ぶるとすぐに涙声になる少女を宥め、
俺は自分の軽率な問いを反省した。
(使い捨てにされてるんじゃあ……ないんだな)
少なくとも、この子達はそう信じているのだ。
自分達が命を賭して戦う事で、後の世の人間全てを助ける事が出来るのだと。
この気持ちまでは俺は否定出来ない。
俺とこの子達じゃあ……見てきたものも感じた事も違うんだ。
だからこっちの気持ちを押し付けたところで受け取れなんてしないだろう。
でも……だからこそ、俺がこの子達にやらなきゃならない事が一つある。
「その魔術ってさ、解除は出来るのか?」
「え……!? う、うん。多分出来ると思う。
だって先生は全てが終わったら、こんな魔術は忘れてしまうって……」
「先生なら解除出来るんだな。
ならそれでいい。先生に会いに行くぞ」
「それって……界武も俺達と一緒に戦ってくれるのか!?」
青が何やら期待を込めた瞳で俺を見ている。
彼等の認識だと、人間の俺が逆徒に会いに行くっていうのは、
俺も逆徒と一緒に人間の世界の為に戦う、という形に変換されるらしい。
「違う。お前達の破裂する魔術を解除してもらう。
勿論お前達だけじゃない。ぎゃ……先生に付き従ってるっていう
残りの百人近い人間達もだ。人間全員の破裂する魔術を解除してもらう」
「え!? でも……それじゃあ俺達は人間の世界の為に戦えないじゃないか!」
今声を上げたのは鉄か。
やっぱりまだこの子達の中では、自分達は人間の為に戦う勇者なんだろう。
(……でもそんな意識は、逆徒の魔術に頼らず自分の力で戦えてから
持つべきもんだろうに)
そう思うから、俺は静かにその少年を諭す。
「人間の世界の為に戦いたいんなら、身体を鍛えろ、魔術を身に付けろ。
後は……肉でも食べて大きくなれ。それで……そのお前の拳で魔族と戦うんだ。
そうじゃなきゃ駄目だ。そうじゃないとなぁ……
お前が魔族に勝てた事にならないと思うんだ」
「で、でも……そんなのは……」
「人間には無理か……? 俺はそうは思わないけどな。
人間でもしっかり鍛えれば魔族と戦える。実際俺はそうやって戦ってきた。
俺に出来てだな……鉄、お前に出来ないなんて言わせねぇぞ」
「うっ……」
「鍛錬が嫌だ、なんて言わねぇよな。何かしたい事があったなら、
結局それに見合うだけの努力をするしかないんだ。
そしてその為には、逆徒がお前達に掛けた魔術が邪魔なんだ。
死ねば何か達成出来た気分になれるからなぁ……死が逃げ道になる。
それじゃ駄目だ。生きて戦うんだ。それで……戦って、勝ち取るんだ!」
俺がこの子達に言いたいのは多分これだけだ。
分かって欲しいのはこれだけなんだ。
俺は俺なりに辛いながらも頑張って戦ってるんのにだ、
俺より若い奴がそこから簡単に逃げ出されちゃ困る。
そこでしっかり辛い思いをして……そして、幸せになって欲しいんだ。
「青、逆徒の居場所は知っているのか?」
もう呼び方が逆徒に戻ってしまっていたが、もうここは勢いで押し切ろう。
「え!? えっと……ここからだと多分、西にある廃砦で休んでると思う」
「ならもうちょっとしたらそこに行こう。
俺から逆徒を説得してやる。逆徒だってなぁ、
本当に人間達を助けたいってんなら、まずはお前達を助けるべきなんだ。
お前達の言うように逆徒が優しい先生だっていうなら大丈夫の筈だろ?
絶対に……やり方を変えてくれっから!」
「……そう、なのか……?」
「そうだ」
逆徒がどんな奴かは分からない。だけど俺は敢えて言い切った。
そうしなきゃいけないと思ったからだ。
「……その後私達……どうすればいいの?」
不安そうな声は咲から上がった。
使い捨ての武器として扱われた方がまだマシなんじゃないかと、
そんな不安が声色に出ていた。
「そうだなぁ……適当な廃村に隠れ住んで、
ゆっくり鍛えていけばいいんじゃないか?
それでどんな魔族にも勝てるぐらいに強くなったら、
その時もう一度考えな。人間の世界の為に戦うか、それとも……」
「……それとも?」
それとも……何だろう? その次に続けるべき言葉は
どんなに心中を探っても出てこなかった。
「……その時になったら分かるだろ。
とにかく、今のままじゃあまだ弱いんだ。
まずは強くなってからだ。それからだからな!」
だからそう誤魔化した。
三人が誤魔化されてくれたかは分からないが、
とにかく次にすべき事が更新された。
次? いや……まずは魔力の霧を身に着ける事からか?
そしてその次……岩童の姉さんに会いに行くつもりだったが、
それよりもこの子達の魔術の解除を優先させる。
そもそも、逆徒の奴が過激に殺して回るのさえ止めてくれれば
俺としてはそれ以上はこの件に踏み込む必要も無いし……。
(そうだ、もしそこで逆徒の説得に成功すれば、
この件はこれ以上血腥い展開にはならない……よな?)
そうだ、それで全て万事解決という事になる。
『山嶽王』……は遠鬼に任せておけばいいか。
誰にも迷惑のかからない所で思う存分暴れてくれればいい。
青達を連れ立って逆徒の下へ赴き、その目的には同調しつつも
手段の過激さに限ってやんわりと諫める。
それは子供達をどうにかしたいと咄嗟に思い付いた考えではあったが、
複雑さ故に落としどころに思い悩んでいた筈の逆徒の反乱が、
きれいさっぱり解決出来てしまう妙案のように思えてきた。
「……界武君? 休憩にしては長いなってあの馬鹿が言ってるけど」
俺の中では話がまとまりかけたこの丁度いい時に
春夜さんが俺を呼びに来た。
「ああ……分かったよ」
ただ、俺の中ではまとまりかけてるってだけで、
他の三人はまだ話したい事があるのかもしれない。
という事で一応確認しておく。
「えっと……ひとまず話がまとまったとは思うんだけど、
まだ何か聞きたい事、あるか?」
咲と鉄の視線が青に集まる。
時間が限られてそうなのを察したか、三者三様に言いたい事を言うのを避け、
まとめ役である青に判断を委ねたんだろう。
「廃砦、行くにしても明日か明後日にはここを出ないと。
先生はあまり一か所に長く留まらない」
ここで自分達が知りたい事よりも、俺が知っておいた方がいい事を
優先して伝えようとする辺り、青はいいまとめ役だと思う。
「……分かった。明日か明後日、だな」
残された時間は予想以上に短かった。
とすれば今日には逆徒の拘束魔術への対抗手段を身に付けなければならない。
「なんとか……明日には出発出来るようにしてみる。
青達もそのつもりでいてくれ」
そう言い残し、子供達の監視の役目を春夜さんに引き継いで屋敷を出た。
春夜さんにはもう縛らなくても多分大丈夫とは伝えておいた。
その言葉に少し吃驚はしたみたいだが、分かったと言って微笑んでくれた。
相手が人間とはいえ、子供達に惨い真似はあまりしたくなかったんだろう。
春夜さんのそういう所は嫌いじゃなかった。




