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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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八十五話 塩

(足りないのは塩……か)


新坂近隣の村々に再度の旅の禁止の通達、

また物流が滞る事で足りなくなるものを聞いて回った。

その際に決まって足りなくなってきた、と言われるのは塩だった。


丹波国は内陸にある為に、他の物はともかく塩だけは

他国から買い付けねばならない。

その為に塩商人が定期的に村々を回るものだが、

最近はその回数も減ってきているという。

つい半月ほど前は野盗が暴れまわり、それを鎮圧したと思えばこの反乱である。

最近の世情不安も反映されているのだろう。


勿論、本来はこのような事件が立て続けに起こりはしないのだ。

『偏愛逆徒』、恐らくはこの男がここ最近の全ての騒乱の黒幕。

であればこそ、今回の反乱さえ鎮圧出来れば

この近隣の世情不安も落ち着く筈である。


羽膳は村々を回る際にも、不安がる住民達にそう伝えた。

今回の事件さえ解決すれば、いつも通りの平和な日々が戻るのだと。

その為に、幕府からは管領までがやって来て事の解決に当たっているのだと……。

その言葉で納得する者もいれば、疑惑の視線を向けてくる者もいた。


(まあ……言葉だけでは十分ではないという事だ。

 行動で示す……つまり実際にこの乱を収めてみせなければ、

 民は心から安らげはしないのだろう)


羽膳としても言葉を重ねるよりは行動で示す方が得意である。

だから今回の通達を済ませ、塩の配給を手配した後、

すぐにでも逆徒の捜索を開始するつもりだった。


しかし……そうなると足りないものがある。

丹波国とて狭くはない。だというのに虱潰しに探して回るのは効率が悪すぎる。

情報だ。逆徒が潜んでいそうな場所の情報が必要なのだ。







「塩の買い付け……ですか?」


「ああ、新坂の備蓄は勿論放出するが、使った分はまた買っておかないとな」


「はぁ……それで買い付けを俺に?」


「頼む。今は人手が足りない」


衛蒼に塩の配給の手配をお願いしたところ、今度は買い付けまでも頼まれた。

本当のところを言えばそのような雑務は他の役人に任せて、

一刻も早く逆徒の捜索を始めたかった。

とはいえ……その指示を断る事も出来ない。


そんな訳で新坂の大通り、塩商人の屋敷門までやって来た。


「お邪魔する。侍所所司代の羽膳というものだ……ん?」


暖簾をくぐって手短に自己紹介を済ませようとしたが、

そこには丁度先客がいた。


「……なんだ、テメェも来たのか」


「テメェじゃない、羽膳だ……!」


鋼牙である。守護屋敷にてこんな男呼ばわりし続けたのが癇に障ったらしい。

羽膳を見ると名前でも役職でもなく、ただテメェと呼びつけるようになった。

しかし……人間の捜索を任じられた筈だが、何故またこんな所にいるのか。


「一体何しに来たんだ、テメェは……?」


「テメェじゃ……もういい。とにかく塩の買い付けだ。

 近隣の村では今塩が足りないそうでな。その為の塩の注文に来た」


それだけ言うと、鋼牙を無視して屋敷の主人を探す。

こんな失礼な男を相手に出来る程、今の羽膳は心の余裕がない。

本当は今すぐにでも新坂を発って飛び回りたいのだ。


それほど大きくはない屋敷だ。勿論すぐに主人は見つかったので、

必要な量の塩を言いつけ、後程守護屋敷に持ってくるよう手配した。


「さて用事は済んだ。お前もこんな所で油を売ってないで人間達を探してこい」


そう鋼牙に言い捨て、そのまま屋敷を出ようとする。


「油を売ってる……?

 ちげぇよ、人間を探すにはここをあたるのが一番早いのよ」


「……何?」


その自信満々な態度が気になった。

塩商人にあたるのが一番の近道とはどういう事だと一瞬考える羽膳だが、

すぐにその意図に思い当たる。


「ああ、人間を匿うにも塩は必要なのか」


「そうだよ。俺は牧場の管理もしてたんだよ。

 だから人間を育てるのに必要な物の大半に思い当たるんでな。

 それでよ……その中で一番足がつきやすいのは塩なのよ」


人間に色々な作業をやらせれば大抵の事が自給自足出来るのが牧場だ。

だがこの丹波国にある限り、塩ばかりはどうにもならない。


「……なるほど」


その経歴からか意外と頭が回る。羽膳は鋼牙への認識をやや改めた。

それにいかにならず者も同然とはいえ、羽膳よりはずっと年長なのだ。

世間知だけを比べれば、生憎と羽膳はこんな男呼ばわりしている

この鋼牙にも敵わないだろう。


「それで……何か分かったのか?」


「いやな、それがよぉ……この一年に限って調べてもらったんだがな。

 特に不自然な塩の流れは無かったのよ」


おっかしいなぁ……と首を傾げる鋼牙。


(……確かにそれはおかしな話だ。

 百人近くの人間を匿うとなれば塩の消費量もそれなりだろう。

 だというのに……もしや、帳簿が書き換えられてたりはすまいな……)


思い出すのは楼京での一件である。逆徒は人間を商う者を操って、

帳簿を書き換え人間達を密輸していたのだ。


羽膳からの怪訝な視線に屋敷の主人が気付いたか、

顔を青くしてこんな事を言ってきた。


「あの……もしや、先程の身体検査で何か見つかったのでしょうか?」


「……身体検査?」


「はい、少し前にまた別の役人が来られまして……

 私を含めた屋敷の者全てを裸にひん剥いて何やら調べていったのです……」


それは多分、楼京でも行われた服従印の確認だろう。

そこで衛蒼が人手が足りないと言っていた事を思い出す。


(……なるほど、今は新坂中の役人、商人達の身体検査をやっている訳だ)


それなら人手が足りなくなるのも納得だ。


「いやすまん、どうやら怯えさせてしまったようだな。

 俺は別に何も聞いていないから、身体検査は問題無かったのではないか?」


服従印の確認ならばその場で済む筈で、

それでこの商人達が何も言われていないのならば操られてなどいないのだろう。

そう思い、羽膳は先程の怪訝な視線について謝っておく。


「しかしなぁ……としたら、逆徒って奴は塩も楼京から持ってきてるのか、

 もしくは……」


考え込んでいた鋼牙が、独り言のようにそう呟く。


「もしくは……なんだ?」


その続きを聞きたいからと相槌を打つ。


「もしくは……元々塩の備蓄があった場所に人間を匿っている、とかかねぇ」


「なるほど、それなら備蓄が続く限りは塩の流れに不審な点は無くなるな。

 だが……そんなに塩を備蓄している場所なんてこの丹波国にあるのか?

 少なくともこの近隣の村ではどこも塩が少ないと言っていたぞ」


村々の住民達を思い出す。何か足りないものはと羽膳が聞けば、

皆口を揃えて塩が欲しいと言っていたのだ。


「いや、例えばよ……俺が管理していた牧場は結構塩を備蓄していたぞ。

 何せ辺鄙な場所にあるから商人があまり寄らないしよ……

 それに結構な数の人間がいてその増減も頻繁だ。

 塩の消費量も結構バラバラなんでな、それだけにかなりの量を貯めて……」


「それだ!」

「それだよ!」


言葉が被る。

牧場。人間を匿うには打ってつけの場所ではないか。

だが確かに盲点だった。そもそも牧場は厳重に管理されており、

その国では名うての強者が管理者をしていたり用心棒をしていたりするものだ。

それに鋼牙がいた黒樹林の牧場のように、何か問題があれば逐一守護の耳に入る。

そんな場所が逆徒の隠れ家になっているなど、すぐには思い至らなかったのだ。


(だが……確か、この丹波国ではこの一年の間に荒らされた牧場が二か所ある。

 確かそのうちの一つは……)


「鋼牙、お前が管理していた牧場では、

 他の牧場から人間を預かったりしてたのか?」


羽膳は鋼牙をしっかりと名前で呼ぶ。

……もう、こんな男呼ばわりはしないだろう。


「……してねぇよ。他から人間を預かった記憶なんてねぇ!」


「じゃあもう一か所だ……!」


確かその牧場は、一年ほど前に野盗が襲ってきたが迎え撃って退治した、

という話だったか……?


(いや、それも逆徒が仕込んだ嘘の情報だ……!)


あの男なら簡単だ。何しろ服従印を刻んで好きなように操れるのだから。


その牧場……その場所は、確かここ新坂の近郊だ。


「鋼牙、この近郊に一年ほど前に荒らされた牧場がある!

 恐らくはそこが……逆徒の隠れ家!」


「分かった、その名前と場所を教えな!」


「いや、俺が飛んでいく! 恐らく一刻とかからん筈だ、そっちの方が早い!」


「ま……待て待て! 人間を扱う商人をあたるのが先だ!」


急いで飛び立とうとした羽膳を鋼牙が止める。


「商人を……ああそうか、その牧場が最近出荷した人間は……!」


「おう、殺そうとしたら破裂する可能性があるんだろ!?

 まずはそっちを確認する!」







「主人……主人はいるか!」


この新坂で人間を主に扱う商人はそう多くない。

羽膳達はその中で一番大きな一軒に駆け込んだ。


「は……はい!? どうしたのですか!?

 ま、まさか先程の身体検査で……!?」


羽膳と鋼牙、その二人の形相に狼狽する主人。

……どうやら、この屋敷にも身体検査の役人達が来たらしい。


「いやそうじゃない、そっちじゃない!

 調べて欲しい事がある! 今から伝える牧場……

 そこが最近出荷した人間がどこに行ったか教えて欲しい!」


それからは店の主人も一緒になって、三人で大慌てで帳簿を調べる。

鋼牙は難しい文字は読めないらしく、時折その読み方を聞いたりもしていたが、

羽膳達と同じく熱心に帳簿を漁った。


「えっと……ああ、一番最近のがありました!

 ここです、ここ……!」


主人の言葉に三人がその帳簿の前に集まる。

汗だくの男三人集まって酷い熱気だが、

それにも構わず三人はその帳簿を凝視する。


「えっと……これは、三人の人間が出荷されているな。

 日付は昨日か……?」


「だな。買ったのは……この文字は、別の商人か」


「そうです、私共ではありません。だからこれ以上は

 この帳簿からは追えませんが……買われたのが昨日なら、

 もう屠殺場に送られていても不思議じゃありません!」


「その屠殺場は……!」


その時だ。この屋敷の中でもはっきりと聞こえる程の

大きな爆発音がどこからか響いた。


「屠殺場は、通りを三つ跨いだ水場の近くですが……」


その商人の視線から、その場所の大体の目星は付いたが……。


「……音がした方だな」


鋼牙も衛蒼から大体の話は聞いているのだろう。

この新坂で何が起きたのか、しっかりと理解してしまっているようだった。


「遅かったか……!」


今度は鋼牙の言葉も待たず、羽膳は急いで商人の屋敷を駆け出ては空に上がる。

その眼下に映るのは……新坂の町の一角、水場の側だ。

その場所が……家屋や通りに至るまで、ほぼ完全に真っ赤に染まっていた。

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