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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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八十四話 こんな男

その日を待ちに待っていた筈だった。


その日が来れば、それまでの鬱憤を晴らすかのように攻勢に出れるのだ。

この平穏の世を混沌に叩き落さんとする悪人共を探す為、

大空を思うがままに駆ける事が出来るのだ。

そうしてその企みを粉砕し、悪人共を法の下に捕縛し、

然るべき罰を与えて秩序を揺るぎないものとするのだ。


そうだ、今目の前に山積する問題が嘘のように消え、

悪は滅び正義が守られるのだ……。


……果たして本当にそうなのだろうか?

今起きようとしている『偏愛逆徒』の反乱とは、

そんな簡単に解決するようなものなのだろうか?

そして……『山嶽王』程の強者が、そんなに簡単に捕縛されるものだろうか?


いや……もし解決したとしても、それで自身の誇りが守れるのか?

界武のような、ならず者の目をした子供の後塵を拝したままで、

秩序の守護者たる侍所所司代などと名乗れるのか……?


楼京より衛蒼が来たるその日、

新坂の関にてその到着を待っていた羽膳の表情は、何故か晴れなかった。







丹波国守護、厳容が襲撃されて後、ただ新坂を守る事しか出来なかった。

勿論、それはしなければならない仕事ではあった。

一度の襲撃から厳容が生き延びた以上は、再度の襲撃も有り得ると考えるものだ。

だからこそ、この丹波国最大の人口を誇る新坂の町を

逆徒と『山嶽王』の手から守るためにも、

羽膳だけはここを動く訳にはいかなかった。


分かっている。そんな事は分かっている。

自分は成すべき事をしたのだ。自身の働きに瑕疵は無かった筈だ。

……だというのに、大切な人を守る為にとここを出て行った界武の事が、

羽膳の心に引っかかり続けていた。


「出迎えありがとう、羽膳」


だから尊敬する衛蒼のその言葉にも、羽膳は曖昧な返事しか出来なかった。


「……なんだ、調子悪そうだな」


それは、確か鋼牙とかいう狼人族だ。

黒樹林の牧場の管理を任されていたという男で、

この一件に『同族殺し』が絡んでいる可能性を示唆してくれた証言者だ。

この男もまた、衛蒼に付き従ってここ新坂に戻って来たのだ。


「俺の調子は悪くない。だが状況が最悪だ」


衛蒼にはうまく反応できなかったが、何故か鋼牙に対しては

この言葉がすんなりと出てきた。


鋼牙がどんな考えがあって羽膳に声を掛けてきたのかは分からない。

それは皮肉のようなものかもしれないし、

単に心配しただけなのかもしれない。

だがどちらにしろ、その一言のお蔭で少しは現実に戻って来れたらしい。


(……しっかりしろ! これから忙しくなるんだ、

 ぼうっとなんてしている場合じゃない……!)


「衛蒼様。報告しなければならない事が山のようにあります」


「道すがら聞こう。まずは厳容殿にお会いしたい」


馬上の衛蒼はそう言うとゆっくりと馬を進めた。

その歩みに合わせながら、羽膳は報告を続ける。


「いえ、それが……今はお会いになる事が出来ないと思います」


「……何故?」


「逆徒により襲撃されました。厳容様は大怪我を負いながらも

 何とかこの新坂まで辿り着く事が出来ましたが、護衛の者は全滅です」


「……容態は?」


「医者が言うには命に別状はないと。

 昨日も意識はしっかりしていたそうです。

 ただ、今日はまた朦朧としているようで……面会は難しいかと」


「……そうか」


「はい。また、その襲撃についてなのですが……」


『山嶽王』が逆徒に加担しているかもしれない事、

楼京から掠め取った人間達を使い捨ての武器として使っているかもしれない事、

『閃刃』の安否が不明である事、更に……その『閃刃』を助けるという名目で、

『同族殺し』がこの新坂を出て行ってしまった事……


分かっている限りの情報を、簡潔に衛蒼に伝える。

その報告が終わる事には、守護屋敷の門を既に潜ってしまっていた。







「大体の報告は受けたが……その対策よりも先に領民の安全を確保したい」


守護屋敷の一室でそう言うと衛蒼は筆をしたためた。


「旅の禁止とそれに伴う必要な物資の配給の知らせだ。

 これを持って近隣の村々を回って欲しい」


手渡された書状全てに幕府管領の名が記されている。

それはいつもながらの達筆で、楼京ではこの衛蒼から受け取った書状を

飾っている者までいたりする。


「遠方への通達は別途早馬を手配するが、

 普段使わぬ道などを利用するような襲撃避けの工夫が必要かもしれんな」


それからはここ丹波国の役人達を呼びつけて色々と指示を出していた。

衛蒼は若く、呼び出された役人達とてこの年少の上司の言葉に

戸惑うかとも思ったが、流石に管領ともなればもうそういう次元の話ではなく、

中には平伏して指示を受ける者までいた。


厳容が襲撃されてから機能不全に近い状態だった守護屋敷は、

衛蒼の到着一つで一気に慌ただしくなってきた。

その活況を頼もしく思いながらも、やはり脳裏に浮かぶのは界武の言葉だった。


『「言わなきゃ分からないのか?

  俺が好きな人達を守るためだよ」』


羽膳のように秩序の維持に責任を持つのでもなければ、

逆徒に恨みがある訳でもない。界武は、自らの身を危険に晒すその理由を

『閃刃』を守る為だと言ったのだ。


それは馬鹿げた話のようにも思う。今この場で働く役人達の誰もが、

『閃刃』を守ろうとは露程も思わぬ筈だ。

そもそも自分よりも遥かに強い者を守るという発想がまずおかしい。


(だがアイツは、守ると言った。そして『山嶽王』の名を出されても、

 その意思が怯む事すらもなかった……)


無謀だと言える。愚かだと罵れる。身の程知らずと笑ってもいい。

だが……羽膳はそのどれも出来る気がしなかった。

誰かの為に戦地に向かうというその姿勢に、

ただ衛蒼の到着を待つだけの自分を比べ、

言いようのない敗北感の様なものを持っていたからだ。


「先程から元気が無いな」


遂に衛蒼からも指摘されてしまった。


「いえ、その……」


「先程報告にあった、界武という少年の事か?」


「う……はい、まあそうです……」


自分では淡々と事実のみを報告したつもりだったが、

どうやら界武についての報告だけ熱が入ってしまっていたらしい。


「鋼牙、『同族殺し』は鬼人族の姉弟を連れていたとの事だが、

 お前が会った時はどうだったんだ?」


「……いや、アイツ一人で旅をしてるように見えたぜ。

 後から噂を聞いて回ったりもしたがな、やっぱり一人旅だったって話だよ」


衛蒼は何故か横に控えさせている鋼牙に話を振る。

勿論情報の提供は有り難いが、

何故この守護屋敷にまで入ってきているのだろうか?


「鋼牙、どうしてこんな所にまで入って来てるんだ?」


「ん? お前の上司に聞いてみろよ、情報提供者って奴だよ俺は。

 現地の情報が欲しいとかでな、しばらく話し相手をしてたのよ」


「……衛蒼様?」


「ああそうだ。楼京より東はあまり足を運ぶ事が無かったのでな、

 その情報には色々と助けられている」


こんなならず者も同然のような男をいつの間にやら頼りにしている衛蒼に

少し冷ややかな視線を向ける羽膳だったが、衛蒼は悪びれもしない。


「ですがもう新坂に来たのでしょう?

 こんな男よりもこの国に詳しい者は沢山いるでしょうに……!」


「こんな男って何だ、コラ!?」


「こんな男だろうが。聞けば牢破りまでしたというではないか……!」


「落ち着け、二人共」


睨み合う羽膳と鋼牙を窘め、衛蒼が言葉を続ける。


「鋼牙は罪を反省し長く牧場の管理を勤めてきた。

 罪を償った者にまできつく当たる必要はない。

 それにな、鋼牙は牧場荒らしの現場である黒樹林の牧場を管理していて、

 更には『同族殺し』のみならず、『閃刃』とも面識があると聞く」


「……本当ですか? 適当なこと言ってるんじゃないですか?」


「言ってねぇよ! 確かにあの強さ、言われてみれば噂に聞く『閃刃』に

 違いなかったよ!」


「……まあ、そういう訳でしばらく協力を頼んでいるのだ、そう邪険に扱うな」


「……衛蒼様の指示であれば」


「勿論指示だ。では話を戻そうか。

 そうなると『同族殺し』は……この丹波国でその姉弟を拾った事になる。

 ……その意図は知れぬがそれは今に始まった事ではないな」


「……ですね」


『同族殺し』当人とは数度と会っただけではあるが、

確かに何を考えているのか分からない男だった。

側にいる鋼牙までもが、さもありなんと頷いている。


「ただ不思議なのは……『同族殺し』の界武という少年との接し方だ。

 確か、庇護下の子供への接し方ではなかったとの事だな?」


「はい。変な話だとは思いますが……『同族殺し』は界武をその……

 同等の者と接しているような……そんな印象を受けました」


旅の行く先までもを界武が決めているような、

そんな不思議な一行だったのだ。


「鋼牙、『同族殺し』とは……子供に甘いというか、

 とにかくそんな評判の持ち主だったか?」


「どうだろうなぁ……ただ、アイツは魔族の掟を大事にしてる奴だ。

 その中にこういうのがあった。えっと……何だったかなぁ……」


「弱き者には勝負を挑むな」


鋼牙が一向に思い出しそうにないので、羽膳がそう補足する。


「おおそうだ、それだ。とにかくそういう奴だからな、

 弱い奴は本気で相手にする気が無さそうだったぜ」


「つまり……界武という少年は『同族殺し』にとって弱き者なので、

 多少はおおらかに接しているという事か?」


「そうそうそれよ、俺が言いたい事は大体そんな感じだ」


その鋼牙の言葉に、衛蒼はある程度は納得しているようだった。


だが羽膳はそんな風には思えなかった。

『同族殺し』は界武を弱き者と侮っていたようにも思えない。

むしろ……自分と同等の強き者と見て

その意思を尊重しているようにすら思えたのだ。


「……『同族殺し』がそんな子供と慣れ合うような性格に

 なっているのであれば、羽膳の報告通りに一連の騒動とは無関係かもしれんな」


衛蒼の中では、『同族殺し』の脅威度がググっと下がったようだった。


「え!? いやちょっと待ってくれよ……!

 それでも危険な奴だってのは変わらねぇだろうが……!」


墓穴を掘ったと言わんばかりに慌て始める鋼牙。


(……そういえば、コイツは衛蒼様に『同族殺し』を倒して欲しくて

 楼京まで来たんだったか)


鋼牙にしてみれば、逆徒などよりも『同族殺し』を倒してもらう方が

重要なのだろう。


「慌てるな鋼牙。逆徒の企みには関係が無かったとしてもだ、

 お前が言う通りに『同族殺し』が黒樹林の牧場を荒らしていたとすれば、

 然るべき罰を私から与える事になる。それは変わらない」


「それなら……いいけどよ……」


渋々納得した、という鋼牙を尻目に次の議題に移る。


「『山嶽王』……その名が出るとは予想だにしていなかったが……

 もし逆徒が『山嶽王』の服従印を解き、手駒にしているとすればだ、

 これほどの脅威、この場で対処出来るとすれば私一人だろうな」


その言葉は己惚れや慢心ではなく、ただの事実だ。

衛蒼はその若さで、『三大罪人』に匹敵するほどの武名の持ち主でもある。


「こうなると途端に動きにくくなる。

 新坂の守りを羽膳に任せて私自ら逆徒を探して回る、

 というのも考えてはいたのだが、

 それで新坂を『山嶽王』に破壊されては意味が無い」


「つまり……、衛蒼様は新坂に留まらねばならないと?」


「『山嶽王』の居場所が特定されるまでは、そうするしかあるまい。

 よって……『山嶽王』の捜索、この優先度を逆徒の捜索と同等まで上げる。

 近隣の村への通達が終わり次第、羽膳は各地を飛び回ってこの二人を

 捜索してもらいたい」


「分かりました。どちらかを発見次第、

 速やかに新坂に戻り衛蒼様に報告すればよろしいでしょうか?」


「『山嶽王』についてはそうだ。逆徒については……

 羽膳一人でも捕縛出来そうであれば戦って構わん。思う存分やれ」


それは信頼の証であろう。

衛蒼はそれだけ羽膳の武力を買っているのだ。


「……分かりました」


相変わらず部下を乗せるのが上手いと羽膳は思う。

先の言葉一つで、界武に対して持っていた敗北感が消えていくのだ。


(そうだ、アイツが大事な人を守るのに手一杯の内に、

 こちらは今回の騒乱の首魁、逆徒を狩ればいい……!)


それが叶えば、羽膳の誇りが間違いなく満たされる、その予感があった。


不意に笑みが零れる羽膳。それを見て衛蒼までもが不敵に笑った。


「では後は……逆徒についてだ。これまでの報告を総じて考えるとだ、

 逆徒個人の強さはそこまでではないだろう。

 言葉だけで人を縛るという拘束魔術は警戒すべきだが、

 それとて既に対策は知れている。

 だから問題は、楼京から盗まれた百人の人間だ。

 それを逆徒が有している限り……

 奴は町一つ思いのままに吹き飛ばす事が出来る、そう考えるしかない」


その言葉に太々しい鋼牙までもが顔を青くしている。

だがそれを笑う事は出来ない。羽膳とて今の自分の顔色が

どうなってるのか分かっている。


「だが……逆徒とて常にその百人を帯同しながら動いている訳ではあるまい。

 恐らくは……その中から十人程度を選抜し側に控えさせてはいるだろう。

 だが残りの九十人は未だ何処かに隠れている筈だ。

 まずはそれを見つけ出し、逆徒から引き離す」


そこで衛蒼は鋼牙の方を見る。


「鋼牙、お前ならいくつか当てがあるだろう。

 九十人もの人間を匿う事が出来る場所……どうだ?」


いきなり振られた話題に、少し驚きながらも鋼牙は考え込む。


「まぁ……この辺を縄張りに暴れまわっていた頃に、

 幾つか廃村なんかを見つけていたな」


「ではやはりお前が適役だと思う。ここ新坂の役人を何人か付けよう。

 それで人間の隠れ家を見つけ出してくれ。

 見つける事が出来たなら、後の対処は任せる。

 ……ああ、解析の為に一人は生かして連れてきてくれれば助かる」


「衛蒼様、こんな男にも仕事を与えるのですか!?」


「テメェまた言ったな……!?」


再度睨み合う羽膳と鋼牙。


「落ち着け二人共……」


衛蒼のその呆れ声にて、その会議は終わってしまった。


そしてここから、幕府を主導とした逆徒の反乱への対処が始まる。

つまりは、これから大規模な騒乱が本格的に始まるのだ。

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