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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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八十三話 光明

「急ぐのはいい、いいが……」


「いいが……何だ?」


「急ぐにも限度、というものがある」


夜をも徹して先を急ごうとした俺への、遠鬼の苦言がこれだった。


「もう走り疲れたか、遠鬼? 俺はまだ行けるぞ……!」


「お前はいいが荷物を運んでいる馬がへばり気味だ。それに……」


「それに……何だよ?」


「眠い」


(なんだ、散々引っ張ってそれか……)


そういえば今日の遠鬼は早起きだった。

あれから岩童と戦って、更にここまで走り通しだ。

その瞼の重さも限界に近いんだろう。


「……分かったよ。今日はここで休む」


岩童との戦いでは、結局何も出来なかったっていう負い目もある。

それに当人は気にしていないとはいえ、身体のあちこちに包帯を巻いている

遠鬼は傍目には痛々しい。こんな怪我人をここまで走らせていたのも、

気が急いていたとはいえ良くない事のように思えた。


後ろを見れば強い西日が目に刺さり、思わず目を閉じてしまった。

手をかざして光をふさぎもう一度見れば、

春夜さんの駆る馬車がかなり後方にあった。

……どうやら俺は、周りに気を払う事も出来ていなかった様だ。


「……延老さん、大丈夫かな」


急ぎ過ぎていた事を反省しつつも、それでも心配は止まない。


「分からん。だが『閃刃』が強いのは間違いない」


「……それは俺も知ってる。だけど、逆徒って奴はそんな延老さんに

 勝てるって言っていたってのがさぁ……」


不安の根源はそれだ。逆徒と会った事のない俺は、その実像を

想像するしかないのだが、それにしたって得体が知れなさすぎる。


熟達の拘束魔術師でありながら、人間を破裂させる何らかの魔術も扱える。

それでいて『山嶽王』の手を借りずとも延老さんを倒し得る何かすらも

持っているらしい。


これだけでもよく分からないのに、更にその反乱の目的と手段すらも

謎と矛盾に満ちている。

春夜さんからは人間の愛玩化が目的だと聞かされていたのに、

岩童が言うには世界を正しい形に戻す為、であるらしい。

そしてその手段が、人間を自爆させて魔族諸共殺して回る……。


(……何だよ、これ? 何処をとっても納得出来る要素がねぇぞ)


俺は最初に会った時、岩童が怖かった。

それはあのとんでもない膂力のせいでもあったが、

何よりもその大きさに恐怖したんだ。

人は誰しも、自分よりも大きなものへの本能的な恐怖があるんだと思う。


そんな本能的な恐怖を感じるもの、それは大きなもの以外にもある。

それが今の逆徒……よく分からないものだ。

自分の理解出来る範囲の外におり、その正体が杳として知れない。

だというのに伝え聞く限りでは、何やら恐ろしいもののように思えるのだ。


その恐怖は夜鳴く鳥の声に似ている。その不吉な響きに正体を模索しようとも、

それがまるで分らない。しまいには有り得ない程の大きさの巨鳥を想像し、

闇夜の森を眺め一人恐怖に震えるのだ。


「ちょっと遅くなったけど……夕食の準備をしよう。

 それまで起きてられるか?」


その恐怖を振り払い、急ぐ気持ちを落ち着けよう。

それには何か作業をするのがいい。

差し当たっては食事の準備だ、正直俺も腹が減っていた。


「……多分」


そう言いながら欠伸をする遠鬼は、かなり頼りなかった。

……夕食の準備は、俺の方でしっかりと済ませておこう。







「あの岩童って男が嘘を付いて、二度と姿を見せなくなるって……

 考えなかったの?」


「……考えなかった」


その日の夕食時、その春夜さんからの問いになるほど、と納得してしまった。

本来は、岩童が嘘を付いている事を警戒すべき場面だった筈だ。

それが……全く、そんな気が起こらなかった。


「あの岩童って奴、全ッ然嘘を付いてるように見えなかったんで、つい……」


「……一応は、反乱に加担してる大罪人なんだけど」


「アイツ自身にそんな自覚無かったからなぁ……

 それにさ、大罪人とは言えど、アイツが誰かを襲ったって事も……」


そこで襲われた筈の遠鬼を見る。さっきまで麦飯をかき込んでいた大男は、

既に寝床でいびきをかいていた。


「……誰かを襲ったって事もなかったし、それにあの怪我だ。

 これから誰かを襲うって事もねぇよ」


「……そうねぇ。遠鬼なんかに手を出したのがアイツの運の尽きね」


春夜さんが言うには、『剛腕』の岩童とはそれなりに名の知られた

男らしかったが、戦士というよりは、ならず者として名が売れていたそうだ。


「ああいうのはね、素質だけは一流って事が多いの。

 でもその実、鍛錬とかは疎かにしてるからねぇ……

 素質があって鍛錬も重ねた遠鬼みたいのとやるにはやっぱり分が悪いの」


そこからは、あんな奴が遠鬼を殺せるのなら私はこうまで苦労していないと、

慣れ親しんだ春夜さんの愚痴が続いた。

月陽の白い目に気が付いて慌てて止めはしたが、

その日はずっと口をきいてもらえなかったらしい……可哀想に。


月陽としては、春夜さんが遠鬼の悪口を言うのも俺と親し気に話すのも

あまりいい気はしないらしい。一時期よりは随分と態度が軟化したが、

それでもこうして気分を損ねると拗ねて大変だったりする。

まぁ、今は春夜さんが相手をしてくれてるので実は助かっているけども。


(月陽の機嫌取りは春夜さんに任せて、俺も早く寝て明日に備えよう……)


やはり気にかかるのは延老さんの安否だった。

……遠鬼は不平不満を口にするかもしれないが、

明日も早朝から旅を続けようと思う。







「実際のところさ、万が一延老さんが逆徒の仲間になっていたら

 どうすべきなんだろうな……」


次の日、馬車と並走しながら遠鬼に確認を取る。


「どうするもなにも、戦うしかない」


「いや、戦うにしてもさ……その前に服従印を解除する事が出来れば、

 助ける事が出来るじゃないか」


「つまり……その場合は『閃刃』を放っておいて逆徒を倒し、

 解除印を手に入れる、という事か」


「それが出来りゃいいんだけどなぁ……

 そもそも逆徒がそう簡単に解除印をくれる訳がねぇだろうし」


「だろうな」


(つまりは、服従印を刻まれてしまえば

 多分もう助ける手段は……ん?)


ちょっと気になる事があった。


その境遇故か俺は服従印について結構色んな事を知っている。

その多くがこの遠鬼や延老さんから得た情報ではあるが、

その中に一つ、重要そうなものがあった。


「そういえばさ、服従印ってそれを刻まれる人の魔力が強ければ強い程、

 効果が弱くなるって話じゃなかったか?」


「そうだな、抵抗されやすくなる」


「という事はだ、延老さん程の人に刻まれる服従印って……」


「かなり特殊な服従印を刻まなければ効果が無いだろうな。

 普通の拘束魔術師ならそんなものは知らんだろうが、

 逆徒は恐らく知っている」


遠鬼の予想は多分合っている。

でなければ逆徒自ら延老さんに会いに行く必要がない。


「その特殊な服従印って、逆徒は何処で学んだんだと思う?」


「分からん」


「いや、ちょっとは考えろよ……。

 多分あれだよ、岩童が言ってただろ。『山嶽王』の服従印を

 調べてたって……」


「ん、ああそうか。『山嶽王』の服従印を参考にしているのか」


多分そうだろう。という事は……希望的観測かもしれないが、

その服従印を解除出来る人が逆徒以外にもいるんじゃないか、という事だ。


「だからさ、その『山嶽王』の服従印を調査したっていう

 岩童の姉さん……石英って名前だったか。

 その人ならだ、逆徒が刻んだ服従印を解除出来るんじゃないか?」


「可能性はある。なるほど、相変わらず頭がいいな……」


遠鬼の方が何も考えていないだけのような気がするが、

その称賛は素直に受け取っておく。


「岩童を見る限りはだけど、

 その石英って人も話が分かるような気がするんだよ。

 だからさ、延老さんを助けた後、急いで戻って話をしておきたい」


「分かった」


最悪の場合、今の俺達を待っているのは逆徒に操られた延老さんだ。

必死に急いでそんな救いの無い結末に終わるのが嫌でしょうがなかったけど、

今光明が見えた気がした。それは幻かもしれなかったが、

それでも今の陰鬱な気持ちを払拭する機会にはなった。


「界武く~ん、遠鬼~!」


そんな時、後方を走る馬車から月陽の声が聞こえた。


「そろそろ着くんだって! こっちに戻って来て休憩しよっ!」


見れば月陽が笑顔で手を振っている。

……うん、色々あったけど、今はもうすっかりいつもの月陽に戻っている。


「じゃあ戻るか?」


「いや、俺は馬車に乗せられないそうだからな……」


そう言って首を振る遠鬼。それを察していたのか……。


「遠鬼も馬車で休んでいいよ~! 春夜が今いいって言ったから~!」


そう言って月陽が笑う。その横で手綱を握る春夜さんは複雑な表情だ。


(ああ、月陽にそうしろって言われたのか……)


春夜さんは遠鬼と一緒の馬車に乗るのも嫌なんだろう。

だろうけど、子供の我儘には勝てなかった訳だ。


「……という事だし、戻ろう」


「そう……だな」


俺と遠鬼は走るのを止め、馬車が来るのをのんびりと待つ。

昼ぐらいに着く筈だったその集落には、

それよりも少し早く到着できそうだった。







街道に唐突に現れたその小さな集落は、

普段ならば旅人達が暫しその身を休める憩いの地であるらしい。


岩童から聞いた話通りなら、その集落で延老さんと逆徒の戦いが

繰り広げられていたらしい。遠目には全然そんな風には見えなかった。

だが実際に近づいてみれば、何となく雰囲気が穏やかじゃない。


「喧騒が聞こえるね」


春夜さんはそう言って集落の入り口付近で馬車を止める。

遠鬼、俺の順にその馬車から飛び降り、月陽がそれを追って慎重な仕草で降りる。


(……ん?)


何故月陽まで降りてくる? この集落は戦地かもしれないというのにだ。


「月陽、危ないかもしれないから馬車で待機」


「嫌」


「月陽……」


「嫌!」


またも置いて行かれるのはどうしても嫌らしい。

月陽はいつもの我儘を発揮して、一向に馬車に戻る意思を見せない。

そのふくれっ面に困り果てていると、馬車の上から鎖の音がした。


「界武君。私が月陽ちゃんを守るから……大丈夫」


分銅鎖を両腕に巻いて、春夜さんまでもが馬車から降りてきた。


春夜さんの戦ってる姿を見た事はないけど……どうなんだろう?

いや、多分俺よりは強いんだろうけども……。


「行くぞ」


その一言で遠鬼が一人集落に入っていく。

月陽の同行を黙認するという事なのか。

遠鬼がそういうのならしょうがない。

何よりも……今度こそ後れを取る訳にはいかない。


「待てって……! じゃあ春夜さん、月陽を頼む!」


恐怖に足が竦む、なんてみっともない真似は岩童との一戦が最後だ。

そう覚悟を決めて遠鬼に付いていく。

そして後ろからは足音が二つ。

その足音に合わせ、シャンシャンと鎖が鳴っている。


(……あの二人の位置まで、敵の攻撃が及ぶような状況は絶対に作らない!)


そうしっかりと意志を定め、俺は歩を進めた。







「お願いします、せめて代わりのお役人が来るまでは、

 この集落に留まってください……!」


「いやだから、私がいる方が危険だと再三言ったでは……」


「そこの人間達も! 何故殺してはいけないのですか!?

 破裂するというのなら、遠くから石を投げて殺せばいいではないですか!」


「それも許しません。悪戯に女子供を殺めるのは勿論、

 それを傍観する気も無いのですよ……」


沢山の魔族が、傷だらけの老人に向かってがなり声を上げている。

その内の一人などは、老人の足に縋ってまで出ていくなと訴えている。

そして……その老人の後ろには、

何故か両手足を縛られた人間の子供達が転がっていた。







不退転の覚悟を胸にその集落に入ってみれば、

どうやらここは戦地などではないようで、

聞こえた喧騒はどうやら住人達の言い争うような声だった。


そしてそれを宥めようとしている優しい声に、

俺は確かに聞き覚えがあった。


「延老さんっ!」


思わず俺は駆け出して、先を行く遠鬼までもを追い抜いていく。

そうして辿り着いた集落内の広場の光景が先程の混沌としたものだった。


「延老さんっ!」


再度俺は叫ぶ。その声に振り向いた老人は、俺の師匠の延老さんに違いなかった。


「界武君……どうしてここに!?」


「たっ……助けに来たんだ!

 延老さんが逆徒に狙われてるって聞いたから……!」


助けに来た、その言葉が空しく響く。

延老さんのその傷だらけの姿を見れば一目瞭然だ。


逆徒は既に襲撃に来たのだ。

それを延老さんは自力で凌ぎはしたものの、あれだけの傷を負ったのだろう。


上等の着物を羽織り、泰然自若とした歴戦の剣士……

それが俺の中の延老さんだった。

だけど延老さんは今、血と解れだらけの装束で

全身至る所にある手当の痕跡を隠しているという、見るも無残な状態だった。

特にその右腕は、岩童がしていたように布に巻かれて首に吊り下げられている。

骨を折りでもしたのだろうか……もしそうであるならば、

延老さんはもうまともに剣も握れないんじゃないのか、

そんな暗い考えまでもが脳裏をよぎる。


「延老さん……ごめん、俺、遅れたんだな……」


そういう事だ。そして、その結果がこの傷だらけの延老さんだ。

大事な人の窮地に何も出来なかったという悔しい思いが俺を俯かせた。


「界武君……よく、本当によく来てくれました……!」


だが何故か、延老さんは本当に嬉しそうに俺にそう言ってくれた。


いやそれどころか……自由に動く左手を縋るように俺の肩に乗せ、

がくがくと俺の身体を揺さぶって来た。


「え……延老さん!?」


「助けてください!

 界武君のお力で、どうにかこの場を収めてはくれませんか!?」


顔を上げて延老さんを見れば、百万の敵を前に孤軍奮闘し続けて、

遂に援軍が訪れたとでもいうような……そんな表情だった。

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