八十一話 巨人の村
新しい顔が二人もいるんでな、一応自己紹介もやっておく。
俺の名は岩童。通り名は『剛腕』……今となっちゃあ名前負けしちまうがな、
これでも西の方ではそれなりに有名だったんだよ。
お、そこの鬼の姉御は知ってるっぽいな。そうだ、その『剛腕』だ。
労役中にいけ好かねぇ上役を何十人もぶっ倒したってのが知られてるな。
で……ん、どうしたガキ、労役って何だ……だと?
おい、そこから話さなきゃいけねぇのかよ……。
まあいいさ、全て話すと言ったからな。
俺達の村はな、奴隷の村……なんて呼んでる奴もいたくらいでよ。
村の男は元服するとあちこちに徴発されてなぁ、橋を架けたり家を建てたり……
とにかく、何かを作ったり壊したりする仕事をずっとやらされるのよ。
これがなぁ、終わりなんてねぇ。文字通り、動けなくなるまでやらされる。
勿論危険な仕事だっていくつもあるしな、労役で死んだ奴も沢山いた。
……俺の親父もその口さ。
何故そんな事をさせられてるかって……?
そりゃあ……『山嶽王』様が反乱を起こして勝てなかったからだよ。
命を取られなかった代償としてな、『山嶽王』様が治める俺達の村は
この世界が続く限り労役を課せられる事になったんだそうだ。
だがなぁ……反乱なんて俺達が生まれるずっと前に起きた事だ。
そんなのに縛られるってのも変な話だろう?
そんなの俺達だって分かってる。だがそれでもずっと続けてきた。
何故だか分かるか? 俺達は皆、『山嶽王』様を敬愛していたからだ。
……なんだ、そこの姉御……ああ、アンタも『悪鬼王』の村の出か。
なら知ってるだろう。アンタ達も兵役を課されてるって話だしな……。
話を戻すぞ。『山嶽王』様はなぁ……そりゃあ強かった。
体中に刻まれた服従印のせいでな、全然本来の力を出せてねぇって
話らしいんだけどな、それでも強かった。老いなんて全く感じなかったよ。
だからなぁ……皆尊敬していた。
それが……十年ほど前からか、呆けられてしまった。
で……俺達の名前も全部忘れてしまわれてな、昔の事ばかりを話されるのよ。
人間の反乱に、自分達『三大罪人』が起こした反乱……そこでの戦いの話をな。
いつも同じ話さ、俺はもう殆ど覚えちまったよ……。
で……その話がな、大体いつも同じような感じで終わるのよ。
まだ戦いたかった。勝てる戦いだったと。
そしてなぁ……泣かれるのよ、さめざめと……。
痛ましいなんてもんじゃねぇよ。
俺達はあれを聞く度にもうどうしようもなくなるのさ。
労役だって好きじゃねぇがな。それでも飯は食えるし金ももらえる。
生きてはいけるのよ。だから我慢は出来る。
でもなぁ……『山嶽王』様が泣かれるのは……我慢出来ねぇ。
あの強かった『山嶽王』様が……敗北の記憶だけを只管に思い出しては
ただ泣かれるのさ……。
……それもこれもあの服従印のせいなんだよ!
あれのせいで『山嶽王』様は魔術の殆どを使えなくされてな、
魔王に逆らうという意志も縛られちまってる。
だから姉貴が中心になって、あの服従印を調べる事にしたんだ。
……勿論、あれを解除しようとする事自体が大罪よ。
今度こそ村ごと滅ぼされても文句は言えねぇ。
だからな、誰にも頼らずに俺達だけでやるしかなかったのさ。
服従印を解除してどうするつもりだったかって……?
……いや違う、また反乱を起こしたかった訳じゃねぇんだ。
ただなぁ……分かってくれねぇかもしれねぇがな、
俺達は『山嶽王』様にもう一度、戦士として戦って欲しいのよ。
そして……戦士として悔いなく戦って……そして、死んで欲しいんだ。
……話、戻すぞ。
それからだ、村の皆も協力して色々やったのさ。
王都へ労役に行った奴が拘束魔術の教本を手に入れたり、
服従印や解除印をあちこちから集めたりしてな。
それを『山嶽王』様に刻まれたものと照らし合わせて……
俺は頭が悪いから分からねぇんだけどな、姉貴は頭が良かった。
だから殆ど独学でな、印のどこがどんな意志を縛ってるかとか……
そんな事まで分かるようになったのさ。
姉貴は石英っていう名前でな。
背丈は俺と同じぐれぇかねぇ……え? 俺の背丈?
確か十六とか十七尺とかそれぐれぇだよ。
頭が良くて器量も良しと来たもんだからな、
嫁に欲しいって村の男共が列をなしたもんさ。
……え、強いのかって? ……普通だよ、多分。
というかなぁ、今は容姿を聞く流れじゃないのか!?
……どうでもいい? ああ、そうかい。
とにかく姉貴は頭が良かった。
だけどな、服従印を読む事は出来てもだ、それを消したり書き直したりは……
流石に出来なかったのよ。まぁ、独学の限界って奴だな。
それでも諦めきれずに夜も遅くまで調べていたもんさ。
……俺の親は労役の時の事故で死んじまってたからな。
この調子だと俺か姉貴が村長を継ぐ事になる。
まぁ皆は姉貴がそうなるだろうと思っていたがな。
いや、俺に人徳がねぇって訳じゃねぇからな!
それだけ姉貴が尊敬されてたって事だ。
そんな事情もあって姉貴は責任感が強くてなぁ。
俺が何度諦めろって言っても止めねぇんだよ。
それで……これ以上根を詰めると姉貴の方が先に
死んじまうんじゃねぇかってぐらいになぁ……
寝る間も惜しんで拘束魔術の勉強をしていた訳さ。
で……そんな時に、傷だらけのあの男が村にやって来たのよ。
俺はその時には労役で村にいなかったがな、
後から人に聞くとだ、そりゃあ惨たらしい怪我をこさえて、
息も絶え絶えで村に転がり込んできたらしい。
村の皆は見て見ぬ振りをしようとしたんだがな。
姉貴が世話焼きでなぁ……つい、手当てをしちまったらしいのよ。
……ああ、その男が『偏愛逆徒』だ。
姉貴がやってる服従印の調査を告げ口したりなんかしない
熟達の拘束魔術師……。
まさに、姉貴が求めて止まなかった男が勝手に転がり込んできたのよ。
姉貴の喜びようはそりゃあ凄かったらしいな。
俺は一目見て胡散臭いと思ったがね。
でも俺が労役から帰ってきた時にはだ。
もう姉貴はあの男の弟子みたいになってやがった。
二人で『山嶽王』様の服従印を見ながらああでもねぇこうでもねぇと……
俺はあの男が好きじゃねぇんだけどよ、
それでも久々に姉貴の生き生きとした顔を見られたもんだから
仕方ねぇと黙認してやったのよ。
ああ、後から知った事だけどな……
姉貴はただ教えを受けているだけでもなかったそうだ。
あの男の方も姉貴の研究結果から色々学んでたらしい。
まぁ、そんなこんなであの男の傷が癒える頃には
『山嶽王』様の服従印は殆ど解明されたんだそうだ。
だが……それがなぁ、とてもじゃないが姉貴達が解除出来る代物じゃねぇ、
って事も同時に分かっちまった。
そりゃあ天下の大罪人に刻む印だからなぁ、
そう簡単には解けねぇだろうとは思ってたけどよ。
でもなぁ……あの時の姉貴の落ち込みようといったらなぁ……。
更によぉ、あの男も傷が癒えるとすぐに村を出て行っちまったのよ。
ひでぇ話だろ? だから何度も言うが俺はあの男が嫌いなんだ。
……ああ、話が長くなっちまったなぁ。
そこの治癒魔術を使ってくれた娘……おお、月陽っていうのか。
随分眠たそうだが……大丈夫か? ああ、そうかい。じゃあ続けるぜ。
といってもそろそろ終わりだ。そしてな、ここからが肝心だ。
それからしばらくして、塞ぎ込みっぱなしの姉貴の下に、
またあの男がやって来たのよ。今度は凪って名前の人間の弟子も連れて来てな。
……驚いたか? そうだ、あの男の弟子はなぁ、二十過ぎぐらいの人間の男よ。
その時は労役もなかったんで俺も村にいた。よぉく覚えてるぞ……。
顔を見て喜ぶ姉貴に向かってな、あの男はこう言ったのよ……。
「『山嶽王』の服従印、解除は出来ぬがその綻びを見つけ出せた。
その方法を教えたいが……その代わり、この世界を正しい形に戻す為、
協力を頼みたい」
そりゃあ勿論俺達にとっちゃ朗報だ。
あの男の言ってる事なんか碌に理解もしてねぇうちから二つ返事で引き受けたさ。
……後から知って驚いたよ。いやぁ……驚いたなんてもんじゃねぇなぁありゃ。
このご時世にだ、『山嶽王』様にもう一度反乱の片棒を担いで欲しいってんだ。
あの男……いや、今は仲間ではあるんだけどよ、
狂ってるんじゃねぇかって思ってる、俺は。
ああ……その綻びについてか?
なんでもなぁ……『山嶽王』様に刻まれた服従印、
その中に刻まれた全ての命令をな、
上書き出来る上位の命令って奴が見つかったって話だ。
その命令ってのがな、魔王が直接下した命令には、
他の刻まれてる全ての命令を反故にしてでも従え、っていう奴らしい。
まぁ……理由は分からなくもねぇわな。
『山嶽王』様が戦ってた頃はまだ世情も不安定だったそうだから、
また大きな反乱が起こった時に『山嶽王』様を無理矢理戦地で
こき使うつもりだったんだろうさ。
で……ここからがその綻びよ。
服従印のその部分を僅かに書き換える事でな、
魔王を誤認させる事が出来るんだそうだ。
……そうだ、それを使って姉貴を魔王と誤認させたんだ。
これでな……姉貴の命令があれば『山嶽王』様は戦士としての全ての力を発揮して
戦う事が出来るようになられた。
ああ、そうは言ってももうそのお歳は九十を超えてる。
全力を出せるのも多分一回か二回程度だろうさ。
だから……最後の一回か二回、その戦いに相応しい相手を引きずり出して
『山嶽王』様に戦って頂く。
その為に姉貴はあの男が起こしたこの反乱に加わってるのさ。
そしてな……俺はその戦いに相応しい相手を見極める為と……
後は露払いのつもりで姉貴に付いてきたのよ。
だがなぁ……まさか、最初の一回でここまでつえぇ奴と出会うなんてなぁ……。
運がいいのか悪いのか、だ。
ああ。あの『悪鬼王』をも殺したっていう『同族殺し』なら
姉貴も文句は言わねぇだろう。
俺の方も勿論文句なしだ。今すぐにでも戦って欲しいんだがなぁ……。
実はな、あの男から戦って欲しいって言われてる相手が二人いるんだよ。
一人は左近衛大将その人よ。
今の近衛軍……ひいては、この世界最強の男……。
こいつをもし引きずり出す事が出来たなら、
そりゃあ『山嶽王』様じゃねぇと相手にもならねぇからな。
もう一人は……楼京幕府管領。
ああ……知ってんのか。そうよ、『楼京の守護者』様だ。
コイツもまたとんでもなくつえぇって話だからなぁ。
この二人、両方は無理だとしてもだ、
どちらか一人は片付けて欲しいって頼まれてる。
そう言った事情があるからな、ちょっと……姉貴と相談させてほしい。




