八十話 岩童
つまりは……なんだ。
遠鬼は最初っから、かすり傷一つ負う事なく岩童を圧倒出来たらしい。
「……そんな戦い方をしたら強くなれんだろう」
肩に刺さった木の枝を抜きながら、
そんな言い訳を繰り返す馬鹿はひとまず放っておこう。
普通に考えればそうだ。遠鬼があの殺傷魔術を飛ばしているだけで
岩童は何も出来ずに切り刻まれていただろう。
だというのに……この馬鹿は、巨人族に力で負けた事が悔しかったらしく、
どうにかしてこの戦闘中に力でも圧倒しようと思ったらしい。
そしてその手段として選んだのが……。
「奴の全力中の全力、防げなければ命を失いかねないその拳に身を晒せばだ、
俺の強化魔術ももう一段上の段階に到達するだろうと……」
「黙れ馬鹿」
「いや、だが実際だな……」
「お前はなぁ……今の自分の身体を見てから喋ってくれ。
……傷だらけだぞ、月陽が何て言うと思ってる!?」
「それは……まぁ……だが、かすり傷だ」
「結果的にだろうが!?」
最後の岩童の一撃、あれを迎撃出来なかったら死すら有り得たらしい。
傍から見ていても分かった。あれはそれ程の一撃だったんだ。
(それをもまあ、よくも……)
遠鬼の右拳には傷らしい傷がない。
あの拳が今さっき岩童の右腕を文字通り粉砕してのけたなんて、
現場を見ていなかった者が果たして信じられるだろうか?
「言っただろう? 魔力とは意志の力だと……」
「……だから?」
「その意志が研ぎ澄まされる一瞬こそが成長の機会となる。
その一瞬をどうやって得るかが戦士として大成するかどうかの分水嶺だ」
「……だから、意図して死地を作ったと?」
「そうだ」
「……この、馬鹿野郎がっ!」
今度の突込みは銀の魔腕が担当した。
「……で、どうするんだ、コイツ?」
腕はおろかその戦意まで完全に砕かれた巨人族の男、岩童。
両腕の痛みも相当だと思うが、それよりも自慢の力でまで圧倒された
その事実がきつかったらしく、まだ茫然自失だ。
「これ以上苦しめるのは酷だろう。今止めを刺す」
「ひ……ひいっ!」
金棒を担いで歩み寄る遠鬼を見て、岩童は情けない声を上げる。
「ちょ……ちょっと待ってくれ!」
そして金棒を振り上げた遠鬼、それを間一髪言葉で制す。
「奴の知ってる事を吐かせるんだ。
こっちは敵について何も知らないんだからな」
そうだ、まず情報を吐き出させるのが先だ。
逆徒と『山嶽王』、その二人だけで今回の騒乱を
引き起こそうとしていたのではないのはこの岩童の襲撃で知れた。
ならば……敵の規模や隠れ家、その企みの概要でもいい、
とにかく岩童が知っている情報は全て知っておきたかった。
「……界武、お前怖い事を考えるな」
「いや、普通だって……」
(普通……だよな?)
同意を求める相手が今は岩童しかいない。だからとその表情を窺ってみるが、
どうやら怯えてそれどころではないらしい。
圧倒的な体躯に膂力。それこそがこの岩童を支えていたらしく、
それを無くした今は最初に見た時とはまるで印象が違う。
その巨体で小動物のように怯える姿は、言っちゃあ悪いが滑稽に映ってしまう。
「だが界武、コイツとて魔族の戦士だ。
こうまで負けた以上は潔く死を選ぶだろう。その意思を汲もう」
そしてまた振りあがる金棒に上がる悲鳴。
「いや……待てって!
どうみても死にたくなさそうだぞ! 勝手に都合のいい意思を汲むな!」
「……痛みに苦しむ者に止めを刺さぬは勝者の恥だ」
(……そしてまた金棒を振りかぶるな!
お前はどうしてそこまでそいつを殺したいんだよ!)
その遠鬼の態度に呆れつつ、ならばと折衷案を出す。
「せめて! せめて相手の意思を確認しねぇと駄目だと思うぞ……。
ほらどうだ、岩童……って言ったっけ?
お前……死にたくはねぇだろ?」
「え!? あ、それは……」
ここでの命乞いは沽券に関わったりでもするのか、言い淀む岩童。
「……お前とて戦士だろう?」
誇りあらば死ねと言外に伝える遠鬼。
「えっと……」
「正直に言った方がいいぞ。
じゃないと本当に殺すからな……コイツ」
「……死にたくねぇ……死にたくねぇ! 助けてくれぇ!」
可哀想に、涙まで浮かべての命乞いだ。
だがこれで流石の遠鬼も命まで取りはしないだろうと一息つく。
「おい……遠鬼?」
その命乞い、はたしてその耳に届いたのかと遠鬼を見れば、
何故か遠鬼はあらぬ方向……岩童とは反対側を向いていた。
「とおき~! 怪我、怪我してるっ!」
その視線の向かう先から月陽が走って来ていた。
それを慌てて追いかける春夜さんも後ろに見える。
「……遠鬼?」
今月陽が来ても大丈夫かと、確認の為に聞いてみる。
「大丈夫だ、戦いは終わっている」
先の命乞いが完全に岩童の心をへし折ってしまったらしい。
小さな桶ならすぐに満たすかとも思えるその滂沱の涙に、
俺ももうこれ以上の戦いは起こらないと知った。
「大丈夫? 痛くない?」
小さな子供をあやすかのように、月陽が治癒魔術を使っている。
「ん、おお……」
どう反応していいか分からない岩童は、そんなよく分からない返事をした。
まさか自分も癒してもらえるとは全く思ってなかったようで、
嬉しいのか困っているのか、自分でもよく分かっていないんだろう。
その左腕の切り傷は既に血が止まっており、
遠鬼によって最早まともに動かぬとしか思えぬ程に痛めつけられた右腕も、
痛みだけはどんどんと消えていっているようだ。
「遠鬼と喧嘩するとか……もうしないでね。
勝てっこないんだから……」
「あぁ……それは、そうだな……」
流石に懲りたか、岩童はそこは素直に頷いた。
「殺さないのなら、癒してやるしかないだろう」
月陽に真っ先に治療を受けた遠鬼は、月陽に感謝を述べてからそう言った。
遠鬼の言う事に反対はしないが、それを実際にするのは月陽になる。
「……月陽、危険じゃないか?」
治癒を受けた岩童が暴れるかもしれない。
もしそうなったならと、身を守る術のない月陽を案じるのは当たり前の事だ。
「それなら俺達で止血ぐらいはしてやれるかもしれんが……」
「……しれんが?」
「あの体躯だ。包帯の在庫が尽きるぞ」
そう言う遠鬼だって、枝が深く刺さった腕や肩に包帯が巻かれている。
あれだけで結構な量を消費した筈だ。
(それは、困るか……)
俺と遠鬼で脇を固めれば、岩童から月陽を守る事が出来るだろうか、
そう考えて、やや申し訳なく思いながら月陽を見た。
「……月陽、悪いけどさ……」
「分かった!」
月陽は何故か嬉しそうに岩童の方へ走っていった。
またしても春夜さんが慌ててそれを追いかける。
「月陽ちゃん! 危ないからあまり近づかないで……!」
「こんなおっきい人、初めて見た! 凄いねぇ……」
月陽はその体躯が物珍しいのか、
岩童の周りを歩きながらつぶさに観察している。
春夜さんは気が気じゃないらしく、
右手に巻きつけた分銅鎖を見せびらかしながら、岩童を威嚇していた。
「……あれだと、春夜さんに任せておけば大丈夫かな?」
「だろうな。しかし……春夜、小さければ女でもいいのか」
その過保護っぷりに呆れる遠鬼は、
春夜さんには届かぬ程度の声でそう呟く。
「あ……やっぱり遠鬼もそう思うか?」
遠鬼は口元を手で押さえ、肯定とも否定とも取れぬ小さな頷きを返した。
その不思議な反応に、なんとなく遠鬼が春夜さんを心配してるのではないか、
と俺は思ってしまった。
そういえば、遠鬼は春夜さんの事をどう思っているのだろう。
殺したい程に憎まれているのは知っているだろうが、かといって遠鬼も
春夜さんを憎んでいるようには見えない。
「あのさあ、遠鬼……」
「何だ?」
「春夜さんの事、どう思ってるんだ?」
「戦えば俺が勝つだろうが……」
「あ、やっぱいいや」
聞くだけ無駄だった。
「右手、頑張ったけど全部は治せないからね。
……絶対にもう無茶しないでね!」
「分かった……無茶はしない」
あれだけ献身的に治癒魔術を受けたからか、
岩童は月陽の言う事に従う程度には素直さを見せた。
不思議な表情で、岩童はその自分の右腕を見詰めている。
大きな麻布に包まれたそれは、太い縄で添え木が固定され、
岩童の首に吊るされていた。
治癒魔術だけでは骨折は治らないからと苦肉の策の結果だ。
流石に包帯を使い切る事は躊躇われたために、
俺達が夜風を防ぐ為に使っていた大きな麻布を一枚、
他にも縄を何本か、あの治療用に提供したのだ。
「もう治らんかもしれんが……一年以上は治療に専念しろ」
先程死闘を繰り広げた相手にそんな事を言われながら手当された岩童は、
一体今何を思っているんだろうか。
「……正直、何と言っていいのか分からねぇ」
そう言った後、岩童は何も喋らなくなった。
感謝をすべきなのか、それとも負け惜しみを言うべきなのか……
岩童は迷いに迷った挙句、何も言わない事にしたようだ。
岩童の気持ちは分からないでもない。敵と思っていた相手に惨めに負けた上に、
こうまで情けをかけられたんだ。そりゃあ自分からは何も言えなくなるだろう。
「別に感謝しろとは言わねぇけどさ、
ちゃんとお前の知ってる事は全部喋ってもらうからな」
ならば恩を押し付けるのではなく、対価をしっかり要求しよう。
これならば、あの沈黙を破る事が出来るのではないかと思う。
「……分かった。何でも話す」
その考えが当たったか、岩童は何の抵抗も見せなかった。
潔いというか、素直というか……。
(これなら、嘘を付かれるなんて心配しなくていい……のか?)
いや、一応警戒はしておいた方がいいだろう。
まずは俺達が既に知っている事から確認してみる。
「ならまず、お前達の大将の名前を教えてくれ」
「大将……? 説明が難しいが二人いる。先生と呼ばれてる
拘束魔術師に、俺の姉貴だ」
「え? えっと……先生? まずはそいつの事を聞きたい」
多分『偏愛逆徒』の事だと思うが……
仲間内からは先生なんて呼ばれてるのか。
「名前は知らん。通り名は……確か『偏愛逆徒』といった筈だ。
長い髪の優男で、弟子が一人に……人間の子供を沢山連れている。
だがな……アイツは変な奴で、
人間を食べる為に連れだっている訳じゃない。
アイツが連れている人間はな、いわば武器なのだ」
それから岩童は、その子供達が破裂する使い捨ての武器である事を
丁寧に説明した。それを聞く月陽などは流石に暗い顔をしたが……
以前のように、恐怖のあまり取り乱す事はなかった。
弟子がいるのは新しい情報だった。
だがそれよりも大事なのは、この岩童が嘘を言っていないという事だ。
とすると……ちょっと奇妙な話になってくる。
「じゃあ次だ。もう一人の大将が……お前の姉?
『山嶽王』じゃないのか?」
そうだ、あの護衛の男の言葉が正しいのであれば、
この逆徒の企みには巨人族の長、『山嶽王』が絡んでいる筈だ。
そして実際に巨人族である岩童が出張って来たところを見れば、
その情報は正しいのだと思っていた。
「『山嶽王』様は……ずっと前に呆けてしまわれてな。
今は俺の姉貴、石英の言う事しかお聞きにならん。
だからな……俺達の大将は『山嶽王』様という事になっているがな、
実際は俺の姉貴が大将なのさ」
恐らくは、岩童が最初に説明が難しいと言った理由がこれなのだろう。
『山嶽王』は確かにここにいる。
だが……その実は、石英という巨人族の女が糸を引いている、という事らしい。
「……岩童、お前が嘘を言っていないのは分かるよ。
でも悪いけどさ……お前達巨人族がどうしてそんな事になっているのかも、
どうしてこの『偏愛逆徒』の企みに加担しているのかも分からない」
これは聞くべきなのかどうか判断に迷う所だと思う。
彼等巨人族の事情は、今回の騒乱にはあまり関係がない気もするからだ。
だけどこうやって岩童と話してみて、俺はどうしてもその事が気になった。
「それは喋ってもいいが……俺は頭が良くない。
長く要領を得ん話になるかもしれんぞ」
それを聞いて俺は他の面々の顔を見た。
遠鬼は小さく頷き、月陽は信頼しきった瞳を俺に向けている。
春夜さんも真剣そうな面持ちのまま、首肯してくれた。
「大丈夫だ、話してくれ」
「……分かった」
そうして、『山嶽王』の反乱とその敗北から始まった、
巨人族の数奇な運命が語られだした。




