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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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七十八話 死後

月陽は随分とぐずった。

それはまあ……当然かもしれない。

ただでさえ死に対して悲しみや恐怖を感じていた時に、

あんなに凄惨な死の現場を見せられたんだ。

その上で、追い打ちをかけるように墓を掘るのを手伝え、

なんて言われればこうもなるだろう。


だから俺が墓を作るのを手伝ってくれと頼んでも、

月陽は嫌っていた筈の春夜さんの胸にしがみ付いて、

嫌だ、見たくないと只々泣き叫んだ。


……可哀想だと思う。思わない筈がない。

こんな少女に本当に墓掘りなんてやらせるのか。

それがどれだけ残酷な事か……そう自分を責めずにはいられなくなる。


「……月陽ちゃん、泣いてばかりいないで界武君の言ってる事を聞いてあげて」


そんな俺と月陽を見かねたのか、春夜さんは諭すように月陽に言った。


「ねぇ……月陽ちゃん? あの界武君がさ、あんなに月陽ちゃんを大事にしてる

 界武君が、月陽ちゃんの嫌がる事をやらせようとすると思う?」


碌に話した事もない春夜さんのその言葉に、

戸惑いつつも月陽は首を横に振った。

……良かった。まだそれ位の信頼は残っていたらしい。


「じゃあさ、大変かもしれないけど……

 それは月陽ちゃんにとって大事な事の筈だよね?

 手伝ってあげようよ。いくら界武君でもお墓をあんなに沢山作るのは

 大変だからね!」


それから月陽は随分と溜めてから、首を小さく縦に振った。







眼前に並ぶ四つの墓。俺と月陽、それに春夜さんも手伝ってくれたお蔭で、

日が落ちる前に作り終える事が出来た。

周りに並ぶ木々が陽光の殆どを遮ってしまっているから

それでも随分と暗かったが、少しばかり差し込む夕陽が土を盛っただけの

簡素な墓を紅く照らしていた。


「そういえば、昔も人を土に埋めてたよね」


月陽は、以前俺と延老さんで倒した野盗に

墓を作っていた時の事を言っているのだろう。

そう言えばあの時の月陽はまだ喋れなかったから、

俺達がしている事を不思議そうに眺めていた気がする。


「どうして……埋めるの?」


言われてみれば俺もよく分かってなかった。

だけど墓がどんなものかは知っているし、

俺がいた牧場にだってそれはあった筈だ。

何よりもこんな世界だ。出荷される前に死ぬ子供だってそれなりにいた筈なんだ。

だけど……覚えてない。姉さんに関する事以外はもう、殆ど覚えていないんだ。


「人の体はな、死んだ後はどんどん弱くなる」


言葉を返せなかった俺に代わって遠鬼が答えてくれる。


「……弱く、なるの?」


「そうだ。だから強かった姿のままでこの世界から旅立ってもらう。

 その為に土に埋める」


(……そうなのか? なんか違う気もするけど……

 魔族的にはそうなんだろうか?)


「旅立って……どこに行くの?」


「分からん。俺達が生まれる前に何処にいて、死んだ後に何処に行くのか、

 それを実際に見知って経験した者などいないからな。

 お前達も、生まれる前の記憶がある者を見た事などないだろう」


「……うん」


素直に頷く月陽だが、俺は何故かその言葉に引っかかりを感じた。

……まあそれはいい。そして遠鬼の言葉は続く。


「死んだ奴がその後何処に行こうとそれはそいつらの問題だ。

 だが生きている俺達は死者がその後も強く在り続ける事を願って

 こうして弔う。つまりな……なんだ、

 戦士にとって死は終わりではない。

 魔族の戦士が死んだ程度で戦いを止める筈もない。

 だから死を悼むのもいいが……必要以上に悲しむ必要もない」


遠鬼はそれが言いたかったんだろう。

そしてその為に、月陽に死者の弔い方を教えたかったんだろう。

正直、魔族のそれをそのまま月陽に教えていいものか、

そこに迷いがありはした。だけど……。


「……じゃあさ、昨日の人も、またどこかで戦ってるのかな?」


それは、昨日月陽が癒そうとして結局果たせなかった護衛の戦士。

彼の姿が、言葉が、まだ月陽を思い苦しめている。


「そうだな。お前の治癒魔術のお蔭で傷を癒してから逝けた。

 次の戦場でも存分に戦えてるだろう」


「……そっか。そうなんだ……良かった」


そこで月陽は、少し悲しそうに……でも、それでも笑ったんだ。

だから……これで良かったんだと思うことにした。







その日はそこから少し離れた場所で野営をする事とした。

野盗の根城から持ってきたお金で色々と必要なものを買っていた事もあり、

それまでよりずっと居心地がいい野営地を作れた。

何枚もの麻布を四方に張り上げて夜風を凌ぎ、更に厚い蓆をしきつめて

快適に眠る事だって出来る。

普段は貴重な塩も存分に使えた事もあってか、夕食の味も良かった。


「……はい月陽ちゃん、こっちの吸い物は熱いから気を付けてね」


「……ありがと」


後は……それまでは相性最悪かと思えた月陽と春夜さん。

その二人の距離が何となく縮まっていた。

打ち解けるというには月陽側はまだ時間がかかりそうだが、

春夜さんはここぞとばかりに積極的に月陽を構っている。

その嬉しそうな姿を見るに、ずっと月陽と親しくしたかったのだと思う。

だけど、向こうから嫌われてるもんだからずっと足踏みしていた訳だ。


(まさか……男女の区別なく、

 ただ子供が好き……なんて事は……)


その嬉しそうな姿を見るに、そんな邪推もしたくなる。


「ねえ月陽ちゃん、はい、あ~ん……」


「……自分でする」


「あ、じゃ、じゃあ……箸の持ち方教えてあげる! えっとね……」


(……邪推、だよな?)


そうあって、欲しかった。







遠鬼と春夜さんの仲は相変わらずで、いざ眠る、

という段に至って随分と紛糾した。それはまあ……結局、

遠鬼、俺、月陽、春夜さんという並びで眠るという事で何とか決着はついた。

春夜さんはそれはもう不服だったらしいけど、

折角の仲良くなりかけの月陽に逆らう事はなく、最後は素直に従った。


(そういえば……春夜さんが近くで眠るっていうのはこれは初めてか)


そんな事に少し緊張したせいか、目が覚めたのは卯の刻になったばかり、

という早朝だった。


目の前に月陽の顔。今更驚きはしないがその後ろの乱れ髪の春夜さんには

ちょっと驚いた。いつも気を張り詰めたような表情にしっかりと束ねた髪で、

隙の無い女性……という感じがする春夜さんだ。

そんな人の無防備であどけない表情に何故か顔が赤くなり、

その動揺を誤魔化すように寝返りを打った。


(あれ……遠鬼がいない)


俺の横にいた筈の遠鬼がいない。

いつもは寝るのも起きるのも一番最後というだらしない男なだけに、

不思議に思って体を起こした。


視界の届く範囲には見当たらない。どこかを散歩でもしているのか。


(多分……あっちか)


心当たりはある。

昨日俺達が作った四つの墓から少し離れた場所に、

遠鬼は大きな墓と小さな墓、その二つを作っていた。

大きなものは原形を留めず、誰のものかも分からない

肉片を仕方が無いからと一つにまとめて弔ったものらしい。

そして小さいものは……。


「よう、今日は早いのな」


思った通り、遠鬼はその小さな墓の前にいた。

声を掛けるとこちらを振り向くが、その表情はいつもの朝に見る

眠たげなものじゃない。


「お前こそ早いな」


「ああ、最近野宿ってなかったからな。ちょっと眠りが浅かった」


緊張していた、なんて言うのは恥ずかしいからそういう事にしておいた。


「そうか」


遠鬼はそれだけ言ってまた小さな墓を見下ろす。

だから俺も倣ってその横に立つ。


(小さな墓だ。これが……これだけが、破裂させられた人間の、墓)


この小さい墓は、辺りに散らばっていた骨片を

遠鬼が拾える限り拾ってからまとめて埋めたのだそうだ。

原形を留めない、なんてもんじゃない。

その欠片だって集める事に難儀するような、

そんな酷い形の遺体が、そこに埋められていた。


「……界武、お前も死体とそれに付いた傷を見ただろう。

 破裂した際の衝撃は四肢を吹き飛ばす程。それに火傷もあったから……

 相当な熱も発したのだろう。さらにこの骨片だ。少し離れた程度では

 この骨片が突き刺さって酷い事になる」


そう言った遠鬼の表情は複雑だ。怒りや悲しみに、逆徒への警戒も含まれている。

人間を破裂させて武器に使うという逆徒の魔術。

それはそれぐらいに恐ろしい攻撃だという事だ。


「……それはさ、お前でも防ぎようがなかったりするのか?」


「分からんが……懐で破裂されようものならただでは済まん」


「そいつは……大変だなぁ」


遠鬼がここまで言うくらいだ。俺がその被害者ならば、

まず生き残れはしないだろう。


しかしそれを知った所で俺は恐ろしいとは思えなかった。

死ぬかもしれないという恐怖より、破裂させられる人間っていうのは、

一体どんな気持ちなんだろうとか、そんな事に気持ちが向いた。


使い捨ての武器として使われたこの人間を、俺はどう悼めばいいのだろう。

ただ骨片のみとなってしまったその死体を、どう弔うのが正解だったんだろう。

それが分からないままに、俺はただ逆徒への怒りを募らせたんだ。







「界武、あの二人を連れて離れろ」


二人神妙な雰囲気で佇んでいた時、遠鬼がいきなりそんな事を言い出した。


「えっと……何でだ?」


「足音だ。誰かが来たが、これは……」


その言葉に耳をすませば、確かに足音が聞こえた。

だが……何だこの足音は?

遠くから響くような重低音。人のものとは思えない。

むしろこれは……人よりも巨大な獣か何かのものではないか?


「巨人族だ」


その遠鬼の言葉にはっと顔を上げる。遠鬼の表情は戦士のそれになっていた。


「まさか……『山嶽王』か?」


「分からん。だがとにかく急げ。戦った事はないが話には聞いている。

 あいつ等が暴れると……文字通りに地形が変わるんだそうだ」


「……分かった!」


そう言ってすぐに駆けだした。

別にそこまで離れちゃいない。だけど月陽と春夜さんが眠る野営地まで急ぐ。


「月陽! 春夜さん! 起きてくれ!」


その大声に、二人がそれぞれのっそりと体を起こした。


「……何?」


「敵が来た、巨人族だ! とにかく……遠鬼が急いで離れろって!」


月陽は未だ夢心地だが、春夜さんは流石にその言葉に事の重大さを悟ったか、

一気にいつもの気を張った表情に戻る。


「……分かった! 片付けるのは後にして月陽ちゃんを荷台に乗せて離れる!

 界武君も一緒に行く?」


「いや、俺は……」


どうすべきか。遠鬼は二人を連れて離れろとは言った。

だがそうなると……強敵相手に遠鬼一人を残す事になる。


(それは……嫌だ!)


誰かに守られるがまま、なんて俺のやり方じゃない。

そもそも今回の旅だって、俺が延老さんを助けたいからと始めたものだ。


「俺は遠鬼の救援に行く!」


「えっ!?」


返事を待たずに踵を返す。

何と言われようと、助けに行くと言ったら行くんだ。


「とにかく急いで離れてくれ! 敵を倒したらそっちに行く!」







あの二人はこれで大丈夫。春夜さんだって強いとは言っていたし、

月陽を連れてこの場を離れるぐらいはなんて事は無い筈だ。


(問題は……遠鬼の……うわっ!)


その思考を遮ったのは凄まじい地響き。

その後に続くは巨大な何かがぶつかり合うような、大きく重い打撃音。


(戦闘が……始まっている!)


その事実に気が急いて限界まで走る速度を上げる。

そうしてあの墓の側、林の近くに来てみれば……。


「何だ……ありゃ!?」


そう声に出して驚く。巨人族、話には聞いていたが実物を見れば

その名に偽りなしだ。

遠鬼だって相当背が高い筈。だというのにまるで子供のようにすら見える。

十尺……いやそれ以上か。もう目測で測れる大きさじゃなかった。

その巨大な男……遠鬼をそのまま一回りも二回りも

大きくしたような強靭な巨体に、緑がかった長い髪。

それに腰蓑のみを身に纏う。

手に持つは果たして武器と呼べるのか……木、そのものだ。

恐らくはその辺の木を引っこ抜いて、

それをそのまま巨大な槍のように扱っている。

振り回されるその巨槍を、手に持つ金棒で打ち払う遠鬼。

その打撃音が野営地までも響いて来ていたのだ。


重く、そして速い巨槍の攻撃。遠鬼はそれを防ぐので手一杯に見える。

だがそれも当然だ。あんな凄まじい攻撃……

防いでいる遠鬼の方を褒めたいくらいだ。

延老さんの剣技の様な技術の極致にある攻撃とはまるで違う。

これは……そう、あれの正反対、力の極致にある攻撃だ。


「そうらどうした!? 『悪鬼王』の血族とやらはこうも弱いのかぁ!」


巨人はそう雄叫びを上げると強烈な横薙ぎの一撃を繰り出す。

それを遠鬼は金棒で打ち払おうとするが……力で押し負けた。

それでそのままふっ飛ばされ、立ち並ぶ木の幹の一つに叩きつけられた。


「とお……」

「死ねいっ!」


俺の声は巨人の声に遮られる。そして遠鬼に向かって木が飛んでいく。

あの巨人は……信じられない事に、馬鹿力で木をぶん投げたのだ。


「遠鬼っ!」


俺は叫ぶ。如何に遠鬼といえど、

あんなものをまともに食らってただで済む筈がない……!


「ぬんっ!」


両手で持った金棒で、遠鬼はその木を横に打ち払い、

それで何とか軌道が逸れた。

凄まじい地響きと共に投げられた木が地面を削り、

遠鬼が叩きつけられたそれとはまた別の木にぶつかり止まった。


遠鬼も流石の怪力で、その攻撃を防ぎはしたのだ。だが……。


「とお……き……」


遠鬼が血を流している。

腕から、背から、そして……頭から。

あそこまで痛めつけられた遠鬼を見た事なんてなかった。


……さっき投げられた巨槍が地面を削っていたあの時からだ。

何故か地響きがずっと止まない。

それを不思議に思って視線を下げれば……地は震えてなんかいない。

震えていたのは……俺の膝だ。

遠鬼がああも傷ついている姿を見て、恐怖に震えているんだ。


「何だ、こっちに来たのか」


俺に気が付いたのか、遠鬼が呑気そうに声を掛ける。


「だっ……大丈夫かよ!?」


「どうかな……まだ分からん」


肩を回しながら、ゆっくりとした歩調で遠鬼は再度巨人の下へ向かう。


「……なんだ『同族殺し』、あれはお前の子供か?」


巨人が俺の方を向く。その巨大な深緑の瞳に見竦められ、

情けない事に俺は更に震え上がる。


「……違う、俺に子供はいない」


「そうか……まあいい。どっちでもいい。どちらも俺が殺す」


巨人はそう言ってまた別の木を引っこ抜いた。

地鳴りに土埃。どちらもその大きさに圧倒される。

なるほど、これは確かに地形すらも変えてしまうだろう。


「ガキ、お前にも教えてやろう……俺は『山嶽王』の血族、

 通り名は……『剛腕』、『剛腕』の岩童だ!」


ガンドウ、そう名乗った巨人は木の根に残る土を振り払うかのように

大きく振り回す。その一振り一振りで、土くれや小石が吹き飛ばされ、

俺と遠鬼に容赦なく降り注ぐ。


(これは……コイツは何だ!? こんなのと戦えっていうのか!?)


体中に打ち込まれる礫の痛みに耐えながら、

俺はただ恐怖に震えていた。


『あの男を痛めつけるにはどうすればいいのか……』


遠鬼を見ながらそんな風に思った事がある。

だが……その単純明快な回答がここにあった。

何という事はない。あの遠鬼よりも大きく、力が強ければいいのだ。

そんなものは有り得ないとかつての俺なら首を振ったろう。でも今は……。


「遠鬼っ……あれ、どうすんだ!?」


両手で顔を守りながら、俺は遠鬼に向かって叫ぶ。

だけども……遠鬼の返事は聞こえない。

あの『剛腕』が振るう巨槍の轟音にかき消され、俺の耳には何も届かないのだ。

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