七十七話 弔い
「それじゃあ……守護が襲われたっていうのに、
まだ旅を禁止する御触れも出てない状況なのか……」
「関所にいた役人の話だとそうね。
そもそも指揮する人が誰も居ないし、早馬を飛ばそうにも
危険すぎて人選が難航してるって話。
そりゃあね……守護様を襲うような輩が潜んでて……
しかも『山嶽王』の名前まで出て来たって言うからさ。
皆自分の命が大事よねぇ」
あの野盗の根城で調達した荷台を春夜さんの馬に繋げただけの
急ごしらえの馬車が街道を往く。
手綱を握るのは春夜さん。さっきまで並走していた俺はその横で休憩中。
荷台に座るは月陽のみで、遠鬼は今も走っている。
春夜さんはどうしても遠鬼をその即席の馬車に乗せたくないらしく、
遠鬼の方も別に走るのに抵抗が無いからこうなっているのだ。
延老さんを助けに行こうと新坂を発つ事を決めはしたが、
どこに行けばいいのかまでは考えてなかった。
ああも啖呵を切って守護屋敷を出てきたのだ。今更戻ってだ……。
「延老さん何処にいるか教えて」
なんて聞ける訳がない。
そんな時に出会ったのがお風呂上がりの春夜さんだった。
「ここの役人達には多少は顔が効くから、任せといて!」
話を聞いた春夜さん、そう告げてすぐ旅の準備を整えて、
関所の役人から延老さんの足取りすらも聞き出してくれた。
いつも遠鬼と口喧嘩しているところばかりを見ているせいか
怒りっぽくて怖いお姉さん、という印象をちょっと持ってはいたんだけど、
春夜さんは相手が仇でないのなら人当たりは非常に良かった。
更に……遠鬼は頑として認めないが春夜さんは綺麗な妙齢の女性だ。
男連中はその春夜さんが聞いた事なら何でも懇切丁寧に教えてくれるのだ。
交渉役としてはこれ以上の適任はいなかった。
「……だけどさ、危険な事が分かってるなら春夜さんまで一緒に来る事、
なかったと思うんだけど」
そう、元々春夜さんを連れてくる気はなかったのに、
あれよという間に春夜さんが馬車を用意してしまったのでこうなっている。
「……一応ね、私も戦士なんだけど。
そりゃあ……あの馬鹿程じゃあないけど、そこそこ強いんだけどね」
春夜さんは荷台に積んである鎖の束をジャラジャラと鳴らしながら
不服そうにそう言った。
「そう言えばその鎖……何?」
荷台の一角を占拠しているその重そうな鉄の束、
一体何なのか気にはなっていた。
「私の武器……分銅鎖。こうね、この鎖を振り回して……
その先にある分銅を敵にぶつけるの!」
実際に振り回すのは危険そうなので、春夜さんは手振りだけで
その攻撃を再現してくれた。
(ああ……石を持った魔術の腕を振り回して敵に当てるのと
同じようなもんか)
「そりゃあ……痛そうだね」
「そうね……痛い筈なんだけどね……」
春夜さんはそう呟きながら恨めしそうに後ろを走る遠鬼を見た。
(ああ……一回やったけどあんまり効果なかったのか)
俺の銀の腕でもその掌に裂傷を作るぐらいの事しかできなかった。
あの男を痛めつけるにはどうすればいいのか……。
そう思いながら、俺も遠鬼のいる後方に振り向いたが……
そこで荷台で塞ぎ込む月陽が目に映った。
昨日の出来事から、快活な筈の月陽はずっとこうだった。
治そうと頑張った怪我人を死なせてしまった、
その辛い経験がまだ尾を引いている。
例えば今もそうだ。いつもの月陽なら、俺が春夜さんと話していると
何だかんだと文句をつけて噛み付いてきたものだ。
何とかしたいとは思っているのだが、
自分が頼んだことが原因でそうなっているんだ。
ただ気にするな、なんて言える訳もなかった。
(……駄目だ。やっぱりどう声を掛けていいか分かんねぇ)
「じゃあ休憩終わり。また俺は走ってるから月陽の事、よろしく」
「あっ……そ、そう」
ちょっと残念そうな春夜さんを置いて馬車から飛び降りる。
そのままゆっくりと走っていると自然に遠鬼が追い付いてくる。
遠鬼はその身の丈七尺はあろうかという偉丈夫だ。
当然一歩一歩の歩幅が凄い長さで、軽く走ってる風にしか見えないのに
馬車と並走できている。
これを見ると俺もあれぐらいの背丈が欲しくなってくる。
ちなみに、新坂にいた頃は俺の助言もあってか濃紺の着流しを着ていたが、
今はそれまでと似たり寄ったりの粗雑な着物を羽織っている。
まぁ……着流しは走るのには不向きだろうからしょうがないとは思うが。
「なぁ……遠鬼」
「何だ?」
「月陽がさ、昨日からずっと塞ぎ込んでるじゃないか。
あれさ……どうすりゃいいと思う?」
月陽の事を相談するとなると、やっぱり相手は遠鬼になってしまう。
正直あんまりあてには出来ないが、それでも自分一人で思い悩むよりかは、だ。
「……昨日、あれから結構泣いていた。すぐに立ち直れるとも思えん」
「じゃあ……しばらく放っておいた方がいいのか?」
「それは分からん。だが……」
「だが……何だよ?」
「人の死なんてものにはどうせすぐに慣れる。ここはそういう世界だ」
「……そりゃあそうなのかもしれないけどさ」
慣れるというのと、傷つかないというのは……違うと思うんだ。
特に月陽は優しい子だ。この後に親しい人の死なんて見せられでもしたら、
一体どれだけ打ちひしがれてしまうのだろうか。
「遠鬼はさ、例えば自分の大事な人が死んだら……」
そこまで言って、思わず口を噤んでしまった。
そういえば……コイツは生まれ故郷の村を自分で滅ぼした、
なんていう経歴の持ち主だった。
「……そこまで言って口を閉じても意味が無いと思うが」
「……じゃあ、聞くよ。大事な人が死んだら傷ついたりしなかったのか?
それでそういう時はさ、どうやって立ち直ったんだ?」
「……掟だ」
「掟? あの……魔族の掟か」
「そうだ。魔族は強くあらねばならない。
そしてその過程でどうしたって敗死する者が出る。
だがな、掟に従って生きるというのはそういう事だ」
「えっと……つまり、掟に従って生きてるんだからしょうがないって
割り切ってるのか」
「そうだ」
それは参考にならない。やっぱり聞くだけ無駄だったとため息をつく。
「界武、お前達も魔族の掟に従えとは言わん。
だが死を割り切れるだけの何かを持っておいた方がいい」
「ん? あ、ああ……それはそうなのかもなぁ」
それが何か、本当はそれを教えて欲しかった。
だがそんなものは十人十色、自分で決めるしかない。そういう事なんだろう。
それからは特に話題もなく黙々と走っていた。
そうすると向かい側から馬車が一台、
俺達よりもゆっくりと走っているのが見えた。
「お、旅人かな? 今日は初めてすれ違うな……」
そんな呑気な言葉に並走する遠鬼は何も返さない。
かと思いきや、その馬車がすれ違おうかとした時だ。
「界武、あの馬車を止めるぞ」
「えっ!? ど、どうしてだ!?」
「血の匂いがする。それもかなり濃い」
そう言うなり、遠鬼はすぐに後ろに走り出して
その馬車を引く馬の首に組み付いた。
組みつかれた馬はいななきを上げて足掻いてみるも、
すぐに諦めその歩みを止める。
(……遠鬼、馬にすら力押しで勝っちまうのか)
その馬鹿力に呆れはしたが、それよりも問題は遠鬼の言った血の匂いだ。
「な……何ですか貴方達は!?」
それまで手綱を握っていた旅人がいきなりの遠鬼の蛮行に狼狽えている。
それは当然だろう。こんなのがいきなり馬に組み付いてきたら
俺だって生きた心地がしなくなると思う。
「野盗の類ではない、ただ聞きたい事があるだけだ」
そういう遠鬼だが、その声色に態度、これまでの行動に至るまで、
相手を威圧する要素しかない。
お気の毒に旅人は震え上がってしまっている。
「……おじさん。ちょっとごめんな。
なんかおじさんの馬車から血の匂いがするってんで調べたいらしいんだよ」
相手を安心させるために、努めて年相応の態度で接する。
「血の……匂いって……」
一瞬は俺の態度からか安堵したような旅人だったが、
血の匂い、その言葉を聞いてすぐに挙動が怪しくなる。
「心当たり、あるんだな?」
隠すようなら遠鬼をけしかける、
それとなくそう匂わせると旅人はすぐに音を上げた。
「向こうの森の隅に……野盗か何かに襲われたと思う死体が残ってて……
その服や荷物が上物だったんで……」
旅人は、恐る恐る、言葉を選びながら喋っているように見えた。
俺はともかく、後ろでその旅人の荷物を漁っている
遠鬼を刺激したくはないらしい。
「盗って来たと……それで、その死体は?」
「そのまま……置いて来てある。酷い有様だったんで……
で、でもだ! 死人の荷物を盗っても罪にはならない筈だ、違うか!?」
「……そうなのか、遠鬼?」
「そうだな。俺達の持ってる金もそうだろう」
そう言って遠鬼が旅人の荷物から引っ張り出した物を広げる。
それは血濡れの着物に鎧、槍の様な武器まであった。
(ああ……そういやそうだった。
今俺が来てる服だって、元はと言えば野盗の蔵から持ってきたんだ)
死人の荷物を着服したその旅人の行為、咎めようにも自分達も同罪だった。
「えっと……それならさ、その死体のあった場所を教えてくれねぇか?」
「……いいけど。今更行ってももう何も残って……」
「盗りに行くんじゃねぇよ、一緒にすんな」
「わ、分かった……!」
旅人は慌ててその場所の説明を始めた。
(ごめんな。そりゃ今は俺、ちょっと偉そうにしてるけど……
やってる事はアンタと大して変わらないんだよ)
それは恐らく守護が襲撃された場所だろう。
旅人からその場所を聞いた俺達は、遠鬼が引っ張り出した血濡れの遺品を返し、
その旅人にしばらく旅は控えた方がいいと伝えて別れた。
「これは……何だ?」
言われて行ってみた場所は、実際に見て見ればそうとしか言いようがない。
街道沿いの林の一角が、文字通りに血だらけ。地面のみならず草木に至るまで、
悉くが血に染まっている。
『「にんげん……ころす……な……はれつ……する……」』
そう言った護衛の言葉を今更ながらに思い出す。
つまりは……この惨状が、人が破裂した結果だという事だ。
遠鬼はやっぱり表情を変えないが春夜さんは顔が引きつっており、
月陽などは顔面蒼白になってしまっている。
「……あそこに死体が四つ積み上げられている。
下着しか来てない所を見ると、あの旅人がやったんだろう」
遠鬼に言われて見てみれば、確かに木の根元に裸の死体が積みあがっている。
「あそこには……原形を留めてないものが捨てられてあるな」
どうしてそんな縁起の悪いものについては目ざといのか。
遠鬼の言葉に視線を向ければ、
草むらの一部から手や足らしきものが突き出している。
……昨日死んだばかりだというのに、
もう烏と思わしき鳥がその肉片を啄んですらいた。
「春夜さん! 月陽にはあれを見せないように……!」
「わ……分かった!」
茫然としている月陽の視界を塞ぐように、春夜さんが抱きしめる。
「……人間が破裂か。聞いた時は疑わしかったが、
これを見れば、まぁ間違いないだろうな」
遠鬼は躊躇いもなくその血の領域に踏み入り、烏が啄む肉片を調べる。
……俺も、沸き上がる嫌悪感を噛み殺してそれに近づく。
「なぁ……そんな事が本当に出来るのか?
服従印ってそんな命令まで刻む事が出来るのか!?」
近づきはするが、流石にあの肉片群を直視は出来ない。
というか……むせ返るような血の匂いに気持ちが悪くなる。
「服従印が……?
考えにくいな。あれは意志を縛る目的に特化していた筈だ。
出来るかもしれんが、別の魔術がそうさせたとする方が理屈が通る」
この状況でもまるで冷静な遠鬼、
それを見習いたくもあり、見習いたくなくもある。
とにかく遠鬼が言うには、服従印では人間を破裂させられないらしい。
つまりは、逆徒って奴は拘束魔術以外にも恐ろしい魔術を一つ扱える。
そしてそれは……人間を武器として爆破させる破滅の魔術……そういう事になる。
流石に肉片は無理だと諦め、そっちは遠鬼に任せて俺は死体の方に行く。
(せめて墓ぐらいは……作ってやりたいな)
延老さんを助けに行くのが第一の目的ではあるが、
それでもこの無残な遺体をそのまま放ってはおけない。
それならと死体の大きさを確認していたら、奇妙な事に気が付いた。
「おい遠鬼、これ見てくれ」
「何だ……? ああ、なるほど」
俺が指差した死体を見て、遠鬼がすぐに俺の言いたい事を察した。
「この四つの死体……下の二つは多分その人間の破裂で死んだんだと思う」
損傷が激しく、欠損があったり火傷が酷かったりと、
あの守護屋敷で見た護衛の傷の特徴とも一致する。
「だが上の二体は……何か武器で殴られて殺されているな」
遠鬼が俺の言いたかった事を代弁してくれる。
そう、上の二体は比較的綺麗なのだ。
多分一撃か二撃、急所を殴られた。それが死因だと思われる。
「お前の考えは?」
そう聞く遠鬼に、簡単に思った事を伝える。
「守護を襲撃した奴等は……その『山嶽王』って奴と逆徒。
『山嶽王』が殴って護衛を二人殺して、残りを逆徒がやった」
「なるほど。だが奇妙な事が一つ」
「えっと……何だそりゃ?」
「今の『山嶽王』がどれだけ戦えるか分からん。
もう死んでてもおかしくない歳だ。
だが……この殴られて死んだ護衛を見るに、まるで苦戦をしていない」
確かに遠鬼の言う通り、護衛達は多分、たったの一撃で殺されている。
「つまりは……『山嶽王』はまだ十分強い。
そうするとだ。こんな守護の襲撃などそいつ一人で事足りる」
「なるほどなぁ……ん、ちょっと待て!
それなのにだ、逆徒が人間を使ってまで他の護衛を倒したっていうのは……」
「二人を倒した後、『山嶽王』が戦うのを止めた。
だから後始末を逆徒がした。そういう事だろう」
「何で止めたんだ……? まるで掟があるからこっちから勝負を挑めない、
とかいう遠鬼みたいなやり口だな」
「……ああ、そうだ。『山嶽王』も掟に従う者の可能性が高い。
だからこの二人以外を相手にしなかったのかもしれんな」
ちょっとした皮肉だったのだが、その可能性は確かにあるそうだ。
その二人だけが『山嶽王』に勝負を挑み、残りは逃げ出したと。
流石に頭がいいな、とか褒められてしまった。
ちょっと後ろめたい。
「そして……だ。そこまでやっておいて、肝心の守護、厳容を逃がしている。
これではあまりに雑だ」
遠鬼の言う事は聞いてみれば確かに奇妙だ。
それだけ護衛の人達が頑張った、と取れなくもないが……
どうしてももう一つの可能性を邪推してしまう。
「逆徒達は、わざと守護を逃がした」
今度は俺が遠鬼の考えを代弁する。
だがその結果、逆徒達はその武器や戦力をこちらに知らせてしまったのだ。
そこまでしてわざわざ守護を逃がす理由とは何だ?
「界武く~ん、遠鬼~! 月陽ちゃんが怯えてるから、
そろそろ戻って来てくれない!?」
深くなりかけた思索、それを春夜さんに無理矢理に引き戻された。
そしてその言葉に月陽の事を思い出す。
(……まずいよな。昨日の一件で死に怯えていた月陽にこんなものを
見せちまったんだ。どうにかして支えてやらねぇと……!)
慌てて馬車に戻ろうとした俺に、遠鬼が声を掛けてきた。
「界武、あの肉片は俺が片付けておく。
お前は月陽と一緒にこの四人の墓を作ってやれ」
「え!? いやでも、それは……!」
「死人を弔う。そのやり方と意味を教えてやろう。
ただ死を恐れ忌み嫌うままでは、ずっとあのままだ」
月陽は春夜さんに抱かれたまま、震えるように嗚咽していた。
(あの月陽に……そんな事をさせていいのか?)
止めた方がいいんじゃないかと思う。思うが……。
「分かった、そうする」
何故か、そう返事してしまった。
その俺の言葉に頷きもせず、遠鬼は肉片の方に向かっていく。
俺の方も同様に、そのまま静かに月陽の泣く馬車へと歩を進めた。
月陽の嗚咽が耳を突き抜け心臓に突き刺さるようで、俺の歩調は重い。
更に、これから月陽に頼もうとする事の内容を思えば、頭だって痛くもなる。
(それでも……多分、この世界で生きる為にはやらなきゃいけないんだな。
そうなんだな……遠鬼)
半ば義務感に駆られて、俺は重たい体を強引に動かしていた。




