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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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七十六話 誓い

「では……三人、私の方で選びます」


凪と呼ばれた人間の青年が逆徒にそう告げる。

あの十人程度の子供達から三人、延老にけしかける者を選ぶらしい。

だがその言葉に、逆徒は悲壮な表情で首を振る。


「いや……これは俺の仕事だ。俺がしなければならん。

 ……青、鉄、咲。『閃刃』は強敵だが……頼めるか?」


「はい」

「……はい」

「分かりました」


二人の少年、それに少女が一人、子供の群れから現れた。

セイ、テツ、サキ……逆徒が呼んだその三つが子供達の名前だろう。

その三人は共に、あの月陽が着ていたような上物の着物を羽織っている。

髪も綺麗に揃えられており、頬にもしっかりと肉が付いている。

この集落にいた魔族の子供達よりも、ずっと大切に育てられていたように見えた。


「青、咲と鉄の指揮を頼む。絶対に……ここで、『閃刃』を仕留めるんだ」


逆徒はその少年達の一人、短髪で鋭い目をした少年を指揮官に指名した。


「はい……行くぞ、鉄、咲」


「分かった」

「……分かりました」


青という少年の言葉にも素直に従う他の二人。

後は特に指示も無いのに鉄という少年が左、

咲という少女が右へと広がり陣形らしきものを敷いて静かに延老へと迫る。


(……訓練されているように見えるな。

 しかし……それでも私を倒せる程に強いようには見えないが)


延老は既に刀を下ろしてしまっていた。

逆徒やその協力者と思わしき凪という青年ならまだしも、

こんな年端もゆかぬ子供達を相手に闘気を維持しろというのも無理な話だ。

更に言えば、この少年達は……楼京から盗まれたという人間達ではなかろうか。

もしそうだとすれば、服従印で逆徒に操られているとしか思えない。


「服従印で操る子供を捨て石に使う……逆徒、それがお前の奥の手か?」


状況は懸念していたそれと別の意味で、

延老にとって良くないものとなってきていた。

だから延老は逆徒を再度挑発する。逆徒が口を滑らせる事を期待してだ。


(せめて……この行為の意図が知りたい。

 奴はこの少年達が私を殺せると言ったが、

 どう見てもその言葉通りの強さとは思えない……)


それがどんなに馬鹿げた手段に見えようと、

その意図が読めないのであれば不気味には違いないのだ。

そして今、延老はその不気味さ故に行動を縛られてしまっていた。


「捨て石……!? ふざけるな! 彼等は確かにまだ若いが立派な武士だ!

 人間の統治する世界、その礎として戦う事を決めた勇者達だ!

 捨て石などでは決してない……!」


「武士……!? ふざけているのはお前だ。

 そもそも武士と対峙した事などないだろうに!

 だというのに……どうしてそのような事が言えるのだ!?」


「黙れ! 人間の為に毛人と戦う者が武士でなくて何だというのだ!?

 『閃刃』……そうやって彼等を侮るのもいいがすぐに思い知る!

 これまで斬り捨てた人間達に詫びながら……死ねいっ!」


その号令にも似た逆徒の言葉に呼応して、少年達が一斉に襲い掛かって来た。







「はあっ!」


その威勢のいい声と共に短刀で斬りかかる少年。

青という名のその少年の攻撃は確かに勢いがある。


「しゃあっ!」

「やあっ!」


連携するかのように左から鉄という少年が、右からは咲という少女が、

共に手に持った短刀で刺し貫こうと突進してくる。


それは好意的に評するならば、思い切りがあっていいとでも言おうか。

ただし戦地でこんな防御を気にもかけない攻撃をしようものなら、

その短刀が敵を貫く前に首を跳ね飛ばされている。

少年達の攻撃とはつまりそういう事……玉砕覚悟の特攻だ。


その攻撃を二度、三度と避けようと特に変化は見られない。

精々、連携の取り方に多少の工夫が見られる程度だ。


(……比ぶるべくも、ないか)


同じ少年とはいえ、界武の戦い方とは雲泥の差だった。

二度の模擬戦や、月陽の解除印を賭けた戦いでもそうだった。

捨て鉢に見えながらも工夫や独自性があり、更には失敗からすぐに吸収して

新たな攻め口を披露してくれたものだ。


それに対してこの少年少女だ。

最早殺して欲しいと言っているようにしか見えない。

眼前で行われている果敢な攻勢も、自殺志願者の狂騒としか思えないのだ。


(逆徒は捨て石ではないと言ったが……

 これが捨て石でなくて、何だというのか……!?)


「逆徒、これでは勝負にならん。この子達を下がらせろ。

 お前とて人間の為に戦っているのだろう。悪戯に屍を拵えるつもりは無い筈だ」


斬れと言われて子供達を眼前に並べられたかのような嫌悪感が延老にはある。

界武と対峙させられた時は侮辱されたと激昂もしたが、

今の状況は憤るというより、只々不快だ。


「……勝負にならぬというなら何故斬らぬ?

 これまでしてきたように敵を切り捨て、

 その屍の上を歩いてここまで来ればいい。

 何度も言うがその子達を侮るな。来るべき人間の世界の為に、

 その命を捧げる事も厭わない武士達なのだ……そうだな?」


「はいっ!」

「そうだっ!」

「そうです!」


勇ましく逆徒の檄に応える少年達。

なるほど傍からどう見えるかは問題ではないのだ。

逆徒と少年達の中では、自分達こそが

紛うことなき武士であり勇者なのだろう。


ならば斬ってやるべきか。彼等の望み通りにその命を絶ってやるべきなのか。

……それは、断じて否である。


『「その剣技で……人間でも毛人でもどっちでもいい。

  女子供をみだりに殺すようなくだらん奴がいたら……斬り捨ててくれ」』


そう言って果てた真の武士の姿を見たのだ。

その約束を心に刻んだ筈だったのだ。

それすらも忘れて悪戯に刀を振るった過去の自分を無かった事には出来ない。

だが……いや、だからこそか、

今ここで、女子供をその刀で斬る訳にはいかないのだ。


少年達の五度目の攻撃。延老は少年達の体に触れる事すらせず、ただ一言呟いた。


「動くな」


それだけで途端に少年達の動きが鈍くなる。

咲という少女に至っては足を縺れさせて転んでしまう程に狼狽していた。

それは効果は似ているものの勿論拘束魔術ではなく、ただの気迫だった。


そしてその気迫に押されたか……少年達の刃は延老に届く遥か手前で

その動きを止めてしまった。


「逆徒、これは最後の警告だ。

 この子供達を退かせろ……そして、お前がもう一度私と戦え。

 隣の凪という男を同時に相手にしても構わん。

 だがこの子達は私と戦う資格が無いのだ」


戦意を無くしかけた少年達を一瞥し、延老は逆徒へ向かって言葉を放つ。

この馬鹿げたごっこ遊びを終わらせ、戦士としての勝負に戻りたい。

それが偽らざる延老の本音ではあった。


「……資格だと!? 毛人風情がどうすればそうまで傲慢になれるのだ!?

 貴様と戦うのに資格など必要あるか!

 貴様はただここでその屍を晒す以外道の無い老い耄れだ!

 彼等若き武士に斬られ死ぬ事こそを誇りに思うべき下賤な毛人だ!」


「……それよ、逆徒。お前は彼等を武士と呼ぶが……

 そもそもお前は武士の何たるかを知っているのか?

 見た事があるのか?」


「それは……」


「無かろう。さもありなん。そして私はその理由も知っている。

 何故なら武士などにお前が会える筈がないのだ。

 私が……いや、私達魔族が殺し尽くしたのだからな」


そう言って不敵に笑う。むろんこれは挑発だ。


「貴様……! そういう所だ! 人間を殺し世界を蚕食するその毛人の所業!

 その下劣な行為を恥じるどころか誇りすらする貴様等がぁ!

 俺は許せんのだ!」


「言葉を返そうか……? お前こそ、どうしてそうも傲慢なのだ?

 そもそも、私が戦歴を誇るのにお前の許可など必要ないのだ」


その延老の言葉に、逆徒は奥歯を磨り潰しかねない程に食いしばる。

それを笑いながらも延老は言葉を続ける。


「その武士を殺し尽くした私が言うのだ。故にこれは間違いない。

 この子達は武士でも何でもない。

 ただお前に操られるままに、おもちゃで遊ぶ哀れな子供達よ。

 私がこうして立っているのがその証左だ。

 真の武士が相手であったなら、

 この消耗した老い耄れなどは今頃細切れにされておるわ」


延老から言わせれば、この逆徒こそが人間と武士を貶めているのだ。

武士とは少なくとも、こんな気迫で押されるような者ではない。

魔族の戦士達の最大にして最強の敵こそが……人間の武士だからだ。


「……黙れ、黙れ『閃刃』!

 そこまで言うのなら彼等が武士であるという証拠を今見せよう!」


「もう十分だ、この子達に負担をかけるな。

 私からそちらに向かおう……!」


延老は少年達には目もくれず、前に倒れ込むように姿勢を低くすると、

一気に逆徒との距離を詰める。

そして、延老が少年達を通り過ぎようとしたその時だ。


「青、鉄、咲……許せ。

 その命を以て『閃刃』を討ち果たせ!」


「なっ……!?」


その不穏な号令を聞き、延老が思わず少年達を見やれば、

彼等は揃いも揃って躊躇いもせず短刀を自らの喉に向けていた。


「止めっ……!」


気迫でその手を止めようするが……間に合わない!

延老の目の前で、三人もの子供達がその喉に刃を突き立てようとする。

だというのにだ、このままでは見ている事しか出来ないのだ。







その可能性は考慮してしかるべきだったのだ。

逆徒は躊躇はしつつも延老に少年達を殺させようとしていた。

それはつまり、そうさせる事で延老を仕留める事が出来る、

何らかの仕掛けがあったという事なのだ。


分かってからではもう遅い。

それでも最悪を回避するため、延老はただでさえ酷く痛めている右腕に

更に過酷な仕事を求めた。

伝説の英雄の利き腕はその仕事に完璧に応えてみせはしたが……

それが、最後の仕事となった。







「な……何故だ!? 何故爆発しないのだ!?」


狼狽する逆徒。その醜態を冷ややかに見つめる延老は、

右手から零れ落ちた脇差を左手で掴み直した。


「……まさか、この『閃刃』が人間の子供を救う為に

 刀を振るう事になろうとはな。齢八十に届こうかというここに至っても、

 人生とはげに分からぬものだ……」


三人の少年達、青の持つ短刀はへし折れ、鉄のそれは柄先から砕かれている。

咲のそれに至っては、根元からざっくりと切断されていた。

そんながらくたを喉に突き立てたところで、死ねる筈が無い。


「『閃刃』……貴様……!」


「私はな、誓ったのだ。人間毛人の区別なく、女子供を殺めはしないと。

 そして……それを悪戯に殺める愚物を許しはしないとな……!」


迸る怒気に身を震わせ、延老はゆったりと歩きながら逆徒との距離を詰める。

一見幽鬼のようにフラフラと、たどたどしくも歩を進める。

だがその闘気は戦鬼のそれだ。その足が踏んだ雑草すらも燃え立ちそうな迫力に、

遂に逆徒までもがじりじりと後ずさりを始める。


「逆徒、お前を生かしてはならぬと思い知った。

 さあ戦え、貴様も戦士の端くれだというのなら……私と戦えっ!」


「ぐっ……!」


逆徒は答える事が出来ない。完全に気圧されてしまっている。


「……先生、ここは引きましょう。後は『山嶽王』にやってもらうのです!

 これ以上は我々では……」


そう撤退を提案する凪。


「だが……」


「先生っ!」


「……分かった、撤退しよう」


逆徒は渋りながらもその提案を受け入れる。

たとえ満身創痍だとしても、今対峙しているこの老人は戦鬼そのものだ。

あれを倒せるものとなると、確かに『山嶽王』しか有り得まい。


「……逃がすと思うのか?」


その歩みは緩やかながら、撤退を認めさせない迫力が今の延老にはある。

その言葉通りに、真っ当な手段では逃げる事など出来ないだろう。


「……行ってくれ。あの老人を止めるんだ」


凪はそう言って群れの中の一人の少年の肩を叩く。


「……は、はいっ!」


それでその少年は延老の迫力に怯えながらも走っていった。


「……止せっ!」


思わず延老が叫ぶ。その相手は向かってくる少年ではない。

その後ろで矢を番える凪に向かってだ。


今度は流石に遠すぎる。だから延老は咄嗟に後ろに跳んで倒れ込む。

向かってくる少年を倒れながらも見据えていた延老は、

その子が喉を矢に貫かれる瞬間までを見せつけられた。


その少年が地に倒れ込んだ瞬間に起こる大爆発。

吹きすさぶ爆風に舞い上がる血煙。

骨や肉片が強かに叩きつけられ、延老が思わず呻く。







……そして、目を開く。

眼前に広がる血煙はまだ色濃く、逆徒達が何処に向かったのかすら分からない。

それならばと耳をそばだてようと、こちらも全く聞こえない。

先程の爆発音で一時的に聞こえにくくなっているのだろう。


そこで体を起こそうと右腕を動かすと、その肘から先が痛みだけを発して

まるで動こうとはしない。仕方なく、左手一本でどうにか上体を押し上げた。


(……爆発自体の破壊力も恐ろしいが、その後飛び散る骨片の威力も酷いものだ。

 咄嗟に倒れ込んだからか重傷は避けられたが、全身至る所に小さな傷がある)


この体では、流石に逆徒達を追えはしないだろう。つまりは……逃げられたのだ。

未だ宙を舞う血煙に少年の命が一つ、目の前で失われた事実を思い知る。


(『偏愛逆徒』、奴は……危険だ。野放しにしておくと本当にこの世界を

 破壊しかねない。何とかして守護様と合流しなければ……!)


この一戦で得た重要な情報が幾つもある。

それを守護様や幕府管領に一刻も早く伝えなければならない。

だが……そこで、延老は後ろを振り向く。

そこには、先の爆風で気を失った三人の少年達が倒れていた。

名は確か……青、鉄、それに……咲。


「この子達もどう扱えばいいものか……」


歴戦の勇士とはいえ、子守の経験は殆ど無く素人も同然だった。







逆徒の奇襲を延老は何とか凌いだ。

延老でなくては、対抗する事も出来ぬまま駒に成り果ててしまっていただろう。

それ程に強烈な襲撃だった。

そしてそれはこの後も、場所を変え相手を変えて、

幾度も幾度も続く事になる。


騒乱は、始まったばかりなのだ。

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