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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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七十五話 先生

「……やはり貴様が最大の障害か、『閃刃』」


形勢不利と見た逆徒の行動は早く、

大きく跳んで後ずさると同時に指笛を吹いた。


確かに魔力は尽きていようが、

それでも先に延老自身が言った言葉が効いている。

延老は他に幾らでも戦う手段を持ち合わせている、そう警戒したのだ。

もう大槌の一撃などは通用しないと考えるしかない。


指笛の高い音が辺りに響き、そしてすぐまた静寂に戻る。


(……指笛? となると仲間がいる……のか?)


だとしても何故指笛なのか。

逆徒ならば魔力を飛ばせば如何様にでも仲間を操れそうなものだが。


(可能性として思い当たるのは……魔術で操っていない者、か?)


それは一体何者か。この男の思想に同調した魔族でもいるというのか。

もしそうだとすれば悠長にしている余裕などない。


「最大とは……それは買いかぶり過ぎだな。

 私より強い者など、今この丹波国でもざっと数えて三人はいる」


そう話に乗ったと思わせていきなり斬りかかる。

仲間がどれだけいようが関係あるか。

この男さえ斬ってしまえばこちらの勝ちだとその行動で示す。


攻守が交代し、次は逆徒が防ぐ番となる。

大槌は攻めるにはいいだろうが守るには難しい武器だ。

柄を右手に、槌頭を左手で支え、なんとか脇差の一撃を受け止める。

だが延老にとってはその程度の抵抗は無いも同然だ。

ならばと軽やかに刀身が槌の柄まで滑る。

柄を握る右手が狙われてると悟った逆徒は慌ててその手を放すも一瞬遅く、

その毛むくじゃらな親指と人差し指の間がざっくりと斬られる。


「があっ!」


逆徒にとってはこの戦闘で初めての傷。

その傷は深手とは言えないものの、斬撃を防ぐ大槌を

手放してしまったのは致命的だ。これでは次の一撃を止める術がない。


「ならばぁ!」


逆徒はまだ魔力に余裕がある。

本来は拘束魔術に使う筈だったそれを全て強化に注ぎ込み、両腕の強度を上げる。


「魔力の尽きた貴様ならっ!」


左手による突き上げ、それが躱されると今度は右手による打ち下ろし。

強化されたその二連撃は見てからでは躱せぬ程に速い筈だ。

だが延老はその打ち下ろしも難無く跳んで躱す。


勢い余って地に打ちつけた右腕が地面を割る。

その威力なら当たりさえすれば延老の四肢でも粉々に砕ける筈だが……。


「動作が大きすぎる。

 分かってはいたが格闘術は素人だな」


本来、強化魔術の使えない者の刀など、

ありったけの魔力で強化した逆徒が恐れる必要などない。

強化魔術とは、それほどまでに接近戦の戦局を左右するものだ。

だが……今回は相手が悪すぎる。


「格闘とは……こうするものだっ!」


その言葉とは裏腹に、延老は間合いを詰めるや否やその脇差で喉元を狙う。

無強化の延老の動きは、速いとはいえ今の逆徒が追えぬという事はない。

故に強化した左手でその刀身を掴み取れる。

こうまで強化した腕なのだ、刃が食い込みこそすれど

その指が斬り落とされはしない。


「刀を取っ……ぐはぁ!」


刀を掴み攻撃を封じた筈だ。

だというのに延老の攻撃が続いている。

まず顎がかち上げられた。多分空いた左手による突き上げだとは思うが、

無強化の筈のその攻撃が全く見えなかった。

そのまま左手一本による鳩尾、肝臓、心臓……胴のありとあらゆる急所に

容赦の無い連撃が突き刺さる。

強化されているから堪えられてはいるものの、

そうでなければ間違いなく全てが一撃必殺の威力。


「ぐううっ!」


それでもまだ左手は離さない。これを離して刀を自由にされると、

今度こそ殺される……!


「我慢強いな、ではこうしよう」


そう言って事も無げに延老が右手を脇差から離す。

刀を奪われた形となった筈だが、それを気にも留めずにそのまま右の抜き手を

逆徒の空いた左脇に突き刺す。


「があっ!」


こうまでされては反射的に左手が動いてしまう。

その手から零れ落ちた脇差を難無く宙で掴み取り……。


「死ね」


延老は再度喉元を狙った。







「先生、どうして泣いてるんだ?」


炎燃え盛る牧場の片隅で、少年が横たわっている。

その体中に刻まれた刺し傷や切り傷の数が、

ここで起きた戦いの激しさを雄弁に物語る。

その傍らに座る先生と呼ばれた男とて、

全身至る所に傷を負い、特に顔の右半分は血濡れて表情が分からない程だ。


「泣いてなどいない。これは血だ。先の攻撃でな、ちょっと目をやられた」


本当はちょっと目をやられた、程度の傷ではなく、

右目は抉られもう二度と治る事はない。

それでも死にゆく少年を心配させまいと気を張ったのだ。


「でもさぁ……先生、左目からも涙が出てるよ」


そう言われて左の目尻を擦るが……涙は流れていない。

少年の悪戯か……それとも彼の目には、本当に泣いているように見えたのか。


「泣かないでくれよ……。

 先生はさ、約束をちゃんと守ってくれたじゃないか」


「約束……? いや、俺は何も守れなかった……!

 だからこうして……皆を死なせる事に……」


「違うよ。先生は俺達に人間として生きる機会をくれた。

 だから皆は食べ物じゃあなくってさ、人間として死ねたんだよ。

 先生は約束を守ってくれたさ……」


この拘束魔術師が先生と呼ばれるのには理由がある。

食糧として育てられたこの牧場の人間達に、色々な事を教えていたのだ。


それは魔力を強くするための指導から始まり、

健康な体を作るための体操などもやった。

それぐらいまでなら、他の牧場でもやっているところはある。

無論それは人間の為に行われている訳ではなく、

全ては……食糧としての人間の価値を高める為の授業だった。


ただこの男は、他では教えていない事を一つ、少年達に教えていた。

それはとある場所で学んだ人間の歴史である。

魔王の統治するこの世界の歴史は精々百年程度しかなく、

筆不精ばかりの魔族であるから、その百年ですら史書を残しているか怪しい。

だが人間はそれと異なり、千年近く前からずっと種としての歩みを

史書に残してきていたのだ。


自己満足なのは分かっている。

こんな事を教えたとて、この子達は元服を迎える前に食べられてしまう。

それでも……それでも男は伝えたかった。

たとえそれがこの子達にとっては残酷な事でしかなかったとしても、

それでもせめて、生きている間は誇りを持っていて欲しかった。


そして……その想いが最後に引き起こした悲劇こそが、この牧場の炎上だった。


「なぁ……先生?」


少年の声はか細くなっていっており、

逃れ得ぬ死が間近に迫っている事を男は認めるしかなかった。


「……どうした?」


だから、男はその少年の口元まで耳を近づける。

ここからは、もう一言だって聞き逃す事が出来ないのだ。


「先生はさ、これからも……戦うのか?」


「……ああ、勿論だ。お前達に世界を返す。

 そして……お前達が幸せに暮らせる世界を作ってみせる。

 その為に始めた歩みを今更止める事などない。

 俺は死ぬまで、ずっと戦い続けるさ」


「それじゃあさ……先生、俺だけは食べてくれよ……」


「なっ……!」


「だ……だってさ、そうすると先生は強くなれるんだろ?

 ならさ……俺を先生の力にしてくれよ。そうしてこの後も……

 一緒に……戦わせてくれよ……」


少年の気持ちが心に突き刺さり、体中のどの傷よりも痛烈な痛みを生む。

人間としての誇りを取り戻しておきながら、

その誇りの為にまた食糧に堕ちると……十を過ぎたばかりの少年が言うのだ。


「それは……出来ない。

 お前も皆と同じに、食糧として食べられるのではなく、

 人間として弔わせてもらう」


その男の返事を予想していたのか、

少年はしょうがないとでも言いたげな苦笑いを見せた。


「それにな……教えただろう?

 魔力と呼ばれているそれは意志の力だと。

 お前を食べなくともだ、今俺の胸に宿る怒りと絶望、

 これこそが俺をいくらでも強くしてくれる。

 だから……安心しろ」


その言葉に安心してくれたのかまでは分からない。

だがそれを受けての少年の最後の言葉はこうだった。


「頑固だなぁ……先生」







そう、男は頑なだった。

故にそれから一時だってその志を忘れた事は無い。

世界そのものを敵に回し、

『偏愛逆徒』などと呼ばれるようになってからも何も変わらない。


人間の世界を取り戻す。世界をあるべき形に戻す。


そしてその為になら幾らでも血を流そう。

明日千の命が笑って暮らせるためになら、

今日躊躇いも無く百の命を切り捨てよう。


その為に男は二つの力を得た。一つは怒りの魔力が生んだ強化魔術。

もう一つは……絶望の魔力が生んだ、破滅の魔術である。







「死ねるかぁ!」


逆徒は叫ぶと同時に脇差に噛みつく。

喉元に迫ったそれを、歯で止めたのだ。


「なっ……!?」


流石にこの抵抗は予想していなかった延老、

その一瞬のたじろぎを見逃さずに逆徒は右拳を打ち込む。


「むうっ!」


その強化された拳をまともに受けようものなら

骨という骨が容易に砕けてしまうだろう。

だから延老はその衝撃に逆らわず自ら跳ぶ事でいなす。

ただそんな不意の一撃を受けようと流石は『閃刃』と言うべきか、

脇差を巧みに操り逆徒の口内と左頬を何度も切り裂いて、

歯による拘束からは脱させた。


「……しぶとい」


そう言って延老は血と唾液に濡れた脇差を再度構える。

自ら跳んだとはいえあの拳の衝撃全てを受け切れたとは思えない。

それでも……その構えだけを見れば消耗を全く感じさせない。


「……しぶとくもなる。

 俺は世界と戦っているのだ。そう簡単に死ねる筈がない!」


地に落ちていた大槌を拾い上げ、逆徒もそれを上段に構える。

そして両者が再度打ち合おうとしたその時だ。

何処からか延老目掛けて矢が飛んできた。


「矢……!?」


延老はその珍しさに驚きつつも脇差で打ち払う。


「先生っ!」


矢を射かけた男は、逆徒を先生と呼んだ。

逆徒の後方から必死に駆けてきたその青年は、

すぐに逆徒のすぐ傍まで辿り着いた。


「凪か……よく来てくれた」


振り向きもせずそう告げて、逆徒は大槌を下ろした。

……救援が来るまで、耐えきったのだ。


「先生すいませんっ! 急いで来たんですが、そんなに傷を……!」


「俺の傷などどうでもいい。

 これから起きる事を思えばな……」


ナギ、そう呼ばれた男は逆徒に平謝りしつつも延老への警戒は怠っていない。

手に持つ弓には既に矢が番えられており、延老が少しでも動こうものなら

また射掛けるつもりなのだろう。


「……珍しい、人間の青年か?」


延老が驚いたのはその凪という男の種族である。

その男には魔族らしい体毛や爪、角の類は見られない。

更に弓矢をああも上手く扱えるのが決定的だ。恐らくは……人間に違いない。


「……人間が、魔族に師事していると?」


「そんな事が不思議か、『閃刃』!」


凪はそう言って番えた矢を打ち放つ。

その辺のならず者程度ならばこの見慣れない武器を

あしらう事など出来ないだろうが、ここにいる延老ならば問題は無い。

射かけられるのは久々になるが、それでも身体が忘れていない。


羽虫を払うかのように落とされた矢を見て凪は苛立つ。

尊敬する逆徒をこうも痛めつけられただけではなく、

自慢の武器が役に立たないのだ。苛立ちもするだろう。


「……凪、相手は『閃刃』だ。弓矢が通じる相手ではない」


それを逆徒が宥める。その言葉から察するに、

どうやらこの凪という男を戦力として呼んだ訳ではないらしい。


「分かってます! でも……!」


「……三人だ、それで『閃刃』を仕留める。

 こうなっては駒にするのは諦めるしかないが、

 この男だけは逃がす訳にもいかん。この場で……殺すしかない!」


(……三人?)


延老は逆徒の言葉を怪訝に思う。

今現れた凪という男を加えても二人。三人には一人足りない。

つまりは……まだ何者かが来るという事だ。


(まいったな……あの二人ならまだどうとでもなる。

 だが更にもう一人……一体何が来る?)


形勢は不利になりつつあるが、

延老とて掟に従う戦士である。逃げるという選択肢は最初から無い。

とはいえども、先の攻防で痛めた右腕を更に酷使したせいか、

そろそろ構えを維持するのすら厳しい。

残された僅かな力をどう扱うか、それを延老が考えていた時……

それはやって来た。


「……来たか」


逆徒が後ろからの人の気配に気が付いた。

先程凪が駆けてきた所から幾つもの人影が近づいて来ていた。


「なんだ……それは……!?」


やって来た者達を見て、延老すらも驚くしかない。


それは……人間の子供。十人ばかりの少年少女が凪の後を伝うかのように

やって来たのだ。


「さて……『閃刃』、今からこの中の三人でお前の相手をする。

 子供と思って侮る必要はない。更に言うと、貴様に勝ち目など無い。

 断言しよう……この勝負が終わった後、貴様は間違いなく死んでいると!」


逆徒は三人と言った。それは……逆徒と凪、

それにあと一人という意味ではなかった。

あの人間の子供の中から三人、それを延老にけしかけると……

逆徒はそう言ったのだ。

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