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和風魔界の反逆者  作者: 猫もしくは犬
二章 羽膳
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七十四話 歴戦

前から迫りくる二人の男は老人と壮年の魔族。

魔族を毛人と呼ぶ逆徒の事だ。その二人を巻き込む事など躊躇わずに

あの大槌を振るうだろう。

更にもう一人、後ろから近づく者はその足音の軽さから女か子供と思われる。

流石に敵を目の前にしては後ろを向いて確認する事は出来ないが。


本来なら延老の刀は、このような弱き者達を戦いに

巻き込ませぬ為に振るわれるべきものの筈だ。

そうだというのにこの惨状……沸き上がる怒りは

一体誰に対してのものなのか。


「ここは危険だ、今すぐに逃げろ!」


操られている者にこちらの言葉が通じるのかどうか。

それを確認しようと、掴みかかってきた男達に警告をしたが……

一見、四肢の動きに変わりはない。

だがその目が助けを求めて延老を見詰めていた。


(意識は……あるのか?)


だとすれば惨い術だ。意識はあるのに体が勝手に戦地に向かうのだ。

その恐怖はいかほどか。

その心中を案じはするが、だからといって捕まってあげる訳にもいかない。

その二人の緩慢に掴みかかる手を躱し、更に後ろから飛びかかってきた

もう一人も屈んでやり過ごす。


どうやら、後ろにいたのは女ではなく少年だった。

その年齢に相応しい、果敢で勢いのある体当たりだった。

このような場面でなければ褒めてあげたい程にだ。


「流石に、簡単には拘束されんか」


一向に延老が捕まらない事に痺れを切らしたか、

逆徒が大槌を振り回してその鬼ごっこに参加してきた。


やはりというか、三人の住人達を巻き込むのも厭わぬという大振りの攻撃。

彼等を庇う形で前に出て、その一撃を刀で弾く。


「よくもまあ……ここまで悪辣な手段を考えられるものだな、逆徒!」


「人間を食糧としか考えていない毛人に言われたくはないなぁ!」


「なるほど、多少は耳が痛いな! だが……!」


鍔迫り合い……そう呼んでいいのか、とにかく槌と刀をぶつけ合う。

逆徒の持つ大槌は、雑な仕上げとはいえ要は鋼の塊だ。

刀で打ち合うにはどうにも分が悪い。今だって刀を魔力で強化していなければ

根元から折られている筈だ。


「生憎と……私はもう人間を食糧などと考えてはいない!」


「……何をぉ!」


力任せに振るわれた大槌が延老を刀ごと吹き飛ばす。


「むうっ!」


ここぞとばかりに力を入れたのか、延老の体が大きく宙に飛ばされ、

そしてその先には逆徒が狙ったのか、操られた住民達が待ち構えていた。


いかな延老とはいえ空中では身動きが取れない。

壮年の男に受け止められたと思いきや、そのまま首が締めあげられる。


「ぐっ……!」


その拘束を解こうにも、左手は少年が、刀を持つ右手は老人が

全身を使って拘束してしまっていた。


「いい様だな、『閃刃』」


「……何、これでも人気がある方でな。

 こうまで熱烈なのは久々だが……」


そう言って笑みを作ったつもりだが、

苦悶に歪むその表情で、どこまで笑みが作れたか。







窮地に追い込まれた時こそ冷静にあるべきだ。


叩き込まれた戦訓がこの状況でも延老に論理的な思考を

捨てさせてはいなかったが、それでも状況は最悪と言っていい。

勿論この拘束も解こうと思えば解ける。

だが強引に為そうとすれば操られているだけの

住民達を傷つけるかもしれない。

特に、右手を抱きかかえるように拘束する老人が危ない。


(しかし奴の拘束魔術……私の動きをこうまで縛っておきながら、

 他の魔族も悠々と操っている。

 それと同時にあれだけの強化魔術も使っている事から察するに、

 恐ろしく魔力効率がいい)


発動に必要な魔力が少ない上に効果が大きな魔術。

そういった魔術に必要なのは技量と経験であり、

ここまで極めようとすれば更に自身の意志をその魔術に特化させねばならない。

ただ、そうなると他の魔術の発動は大きく制限される。


この逆徒にしても恐らくは拘束魔術に特化しており、

他には発動が比較的容易な強化魔術が使えるのみだろう。


(そう考えると、確かに最初は脅威に感じはしたが、

 この男には決定打と呼べる一撃が無いのだ。

 拘束魔術が効かないのならば、

 後は自身の強化に任せた大槌を振り回すしかないのだからな。

 だからこそ最初の連撃を防がれるや、集落の住民を操る事にした訳だ。

 ならば、思うほどには悪い状況ではないか……)


「『動くな』」


逆転の策を編み出さんと頭を回転させていた延老に

逆徒から駄目押しの命令が与えられる。

こうまで動きを縛られた延老に対し、更に拘束を強めるその意図を

読むのは簡単だ。これで決着をつけんと、更に念を入れてきたのだろう。


その命令を受けてか、瞬きすら出来ぬほどに固まる延老。

そしてその余波を受けてか、延老を拘束する住人達までまるで動かなくなった。


「……さて、ではこれで貴様に服従印を刻ませてもらう」


逆徒のその勝ち誇ったような言葉にも、延老は反応を示さない。

どうやら……もう言葉を発する事も出来ないらしい。


「これが歴戦の英雄か。所詮毛人よな、容易い……」


逆徒は勝利の笑みを浮かべながら、延老の頭を掴もうとその右手を近づける。







「逆徒よ。そこで勝ち誇るのがお前の弱さだ」


「……何だと!?」


動けぬと思われた延老が、両腕を拘束されながらもなお吠えた。

そしてその肺腑深くまで空気を取り込んだ次の瞬間……。


「退けいっ!」


この老人がここまでの大声を出せるのかと驚嘆すべき咆哮だった。


その迫力に逆徒は後ろに大きく跳んだ。

ただの虚仮威しとは到底思えぬ程に、その言葉には力があった。


「なっ……!?」


驚愕する。延老のその一回の咆哮で、逆徒のみならず住人達まで

逃げるように延老から離れていた。拘束魔術で操られてるにも関わらずだ。


「ふぅ……久々にやったが全く問題なしか。やはりまだ引退は早かったな」


拘束魔術の影響を確認するかのように、延老は肩を回している。


「……何を、やった?

 俺の拘束魔術を破った訳ではないだろうに」


「今のは魔術ですらない。ただの気迫よ。

 あの住民達も意識があるのは分かっていたからな、

 そこを揺さぶったまでだ。

 だがなぁ、昔の戦場はその眼光一つで敵を動けなくさせる剛の者が

 いくらでもいたものよ」


延老は哄笑する。

勿論、延老にかかった拘束魔術はまだ強く、

残る魔力も殆どない筈だ。

だがそれでも、この老人はまだ底が見えなかった。


「……分かるか? 歴戦の猛者にとってはな、

 魔術ですらその力の一つに過ぎん」


「……強がりを!

 分からぬとでも思うのか!?

 その魔力の霧が薄くなっている事も、

 その刀が折れかかっている事すらも知れている!」


「……ああそうだな、お前の目は悪くない。

 だがそれでもだ、六十年を超える時間をただ闘争のみに費やした、

 この『閃刃』の一体何処にお前が勝てる要素がある……言ってみよ」


まずは挑発する。

住民を人質に使うような戦い方をされると困る。

だからその方向に意識を向けさせない。


「……馬鹿にするなよ!

 貴様こそその頼りない長刀で後どれだけ俺の攻撃を防ぐ事が出来る!?」


案の定というか、激昂しやすい逆徒は簡単にその挑発に乗った。

操る住民達と同時に攻めればいいものを、

自身一人が先行し大槌を振るってきた。


振り回すだけの攻撃を四度、五度と刀で防ぐ。

その際に、住民達から引き離すように立ち位置を変えるのも忘れない。

槌の一撃で吹き飛ばされる際も、今度は集落から離れるように飛ばされる。

この程度の事は延老ならば造作もない。


ただ……二十を超える攻撃を受けきったところで、限界が来てしまった。

それは延老の魔力ではなく長刀の方。

横薙ぎの一閃を受けはしたその時、限界以上に耐え続けてくれた愛刀も

遂に大槌の破壊力に屈し、甲高い音と共に二つに折れた。


「そうら見よ! 貴様が頼りとする刀も俺の攻撃でへし折れた。

 どうだ!? これでもまだ俺が貴様に勝てぬなどと抜かせるのか!?」


そう勝ち誇る逆徒ではあるが、かなり息が上がっている。


(……強化魔術の維持だけで疲労を隠せぬ程に消耗したか。

 拘束魔術に特化した弊害だな)


その一方、延老は愛刀が叩き折られたにも関わらずの涼しい顔だ。

隠しきれぬ汗の量がその疲弊ぶりを物語ってはいるのだが、

その表情だけ見れば全くそのようには見えない。


「刀を一本折った程度でなぜそこまで勝ち誇れる?

 見ての通り私が腰に下げるは二本。

 そして残るもう一本は脇差だぞ?」


笑みすらも浮かべながらそのもう一本を抜く。

これまで握っていた得物が長刀と呼ぶのなら、

これは短刀とでも呼ぶべき長さ。


「……脇差?」


「何だ、脇差を知らぬのか?

 人間が好きなのではなかったのか?

 であるのに、何故人間が良く使った武器の名前すら知らん」


丁度いいのでここでも煽っておく。


「……ふざけるな!

 その武器はおろか、使い方すらも人間達から剽窃した貴様がぁ!」


煽られるままに振り下ろされた大槌を、延老はその短刀で難無く受け止める。


「分かるか? この刀は短く、その分頑丈で防御に向いている。

 私がこれを握った以上、お前の強化して振り回すだけの槌など私には届かん」


「……畜生がぁ!」


武器の知識ですら劣勢に立たされた逆徒は、

これ以上攻めても成果が無いと距離をとる。


「ならばこうしよう……『跪け!』」


「ぐっ!」


その命令と同時に肩と膝が急激に重さを増し、言われたままに跪いてしまう。


「拘束力を更に強くした。その薄くなった魔力の霧では

 抵抗することも出来まい……!」


(……確かに、やはりこれを破らぬ限り私に勝ち目はないか!)


苦し紛れに顔だけをどうにか上げる。

視界に映るは勝ち誇る逆徒の顔に……その後ろの方に変なものが見えた。

またしても拘束魔術の余波を受けたのだろう。

かなり離れた場所にいたあの住人達も、延老と同じように跪いている。


(いや待て。あんな場所にも今の逆徒の声が届くものか……?)


その小さな疑問から、何となく逆徒の拘束魔術、その正体が見えた。


「ハハハハハッ!」


「……何が可笑しい!?」


跪いたまま急に笑い出した延老を訝り、逆徒が怒りの声を上げる。


「……いやなに、こうまで年老いてから知った事が一つあるのでな」


最後に残った魔力を振り絞り、拘束魔術に抵抗する。

そうして延老は腰を上げ、フラフラと立ち上がって剣を構えた。


「貴様の戯言をこれ以上聞くと思うのか!? 『黙れ!』

 そして……『跪け!』」


「ハッハッハ……断る。

 そして教えてやろう、老人はな……耳が、遠くなるのだ」


決死の覚悟で命令に逆らってまで告げた言葉は……ただの常識。


「……馬鹿か、貴様? それを知らぬ者はおらんだろう」


「そうは言うがな、実際どれだけ耳が聞こえにくくなるかは

 分かっておらんだろう。例えば……そうだな、

 あそこのご老人、あのお前が操っていた三人の内の一人だが、

 あれぐらいの歳になるとな、今の私達の会話などはまず聞こえん」


「……だから、何だ?」


「だからだ。そうだというのになぜあの老人は跪いておる?

 声が聞こえている訳ではない。となると何が届いた?

 お前なら分かり切っておろう」


その言葉には逆徒は返事をしない。

それは、逆徒の拘束魔術の根幹であるからだ。

 

「簡単な話だ。お前の魔力があの老人に届いて命令に従わせたのだ。

 ……なるほど、だから魔力の霧で防げたのだな。

 その声による命令はただのまやかしだ。

 貴様は声を出さずともただ魔力を送る事で敵を拘束できるのだ」


「……それを知って何とする?

 どの道貴様に残った魔力では、もう防ぐ事は叶わん筈だ」


どうやら、予測はあっていたらしい。

だが、逆徒の言う事もまた正しい。もう魔力では抵抗できまい。


「……剣を極めた。そう己惚れた時期が私にもあった。

 そうなるとな、色んなものを斬ってみたくなるものだ」


そんな窮地で唐突に始める昔語り。

延老は過去の自分を思い出すかのように語りだした。


「何を急に……!」


「そんな時にな、もう形あるものは斬り飽きたと。

 今度は形ないものを斬ろうと思い至ったのだ」


制止も聞かずに昔語りを続ける。


「まずは水。水面を斬るのに一年かかった。

 次は風。あれも斬るのに一年かかった。

 その次は風すらもないただの空。これは更に時間がかかった。

 ……だがどうにか斬る事が出来た。ならば次は何を斬ったと思う?」


「……もういい、『黙れ!』」


「……魔力だ!」


何もない、空を縦一閃に脇差で斬りつけた。

それだけ。本当にそれだけ。だが……その効果は絶大。


「貴様……!」


「……分かったか?

 これも魔力すらこもっておらん。ただの……剣技だ」


秘技、魔力斬り。

魔力の流れを断ち切るその技は、

その流れが見えてさえいれば斬って無効化してしまう、

この世界で延老のみが辿り着いた剣の極み。


逆徒の眼差しから延老に届く一筋の魔力の流れ。

それを確かに斬ってのけたのだ。


「さて……魔力は尽き果て、刀は一本折れ、

 更に右腕も何やら怪しいがなぁ……

 それでも、ここにいるのは『閃刃』だ、分かるな?

 もう一度聞く、この私の一体何処にお前が勝てる要素がある……言ってみよ」


拘束が解けたその四肢を巧みに動かし、延老は一撃必殺の構えを取った。

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